私の名前はミリル。

この度、アレシダス王立学園へ特待生として入学することが決まりました。

これも全てあの方のお陰です。

学園を卒業したら、全てをかけてあの方に恩返しをしたいと思っています。

私は、十一歳まで普通の家庭で育ちました。

兵士をしている父、裁縫の仕事に行く母、少し歳の離れた弟、四人家族で貧しくはありました。ですが、それが幸せな家庭だったと今なら思います。

ある日、住んでいた領で大規模な魔物の行進が起こりました。

魔物の行進により、父は帰らぬ人となり、私たちの生活が変わってしまいました。

生活が苦しくなった母は魔物が多く、仕事がないマーシャル領を出る決意をして、仕事が多く安全な王都へと移り住むことを決めました。

子供二人を連れての旅は安全なものではありません。

王都へ向かう商隊にお願いして、同行させてもらうことになりました。

不幸は続いてしまう。

商隊が途中で魔物に襲われ、母は魔物から逃げる際に別々になり、生死がわからなくなってしまいました。

私は弟を連れて、必死に逃げる際に無意識で魔法を使ったそうです。

そのお陰で、幼い弟と二人で助かることができました。

子供二人では王都で住むことは難しいため、仕事を探すこともできませんでした。

王都まで連れてきてくれた商人さんの厚意で、孤児院を紹介して頂きお世話になることになりました。

孤児院はあまり環境の良い場所ではありませんでした。

孤児院長さんは良い人で、それだけが救いでした。

街の清掃と薬草採取をして、稼ぎを孤児院の経営に充ててもらう日々は、生きることが精一杯でした。

そんな日々に変化が訪れたのは、あの人がやってきてからです。

「カリン、今日もするの?」

「もちろんです。提案してくださったのは、リュークですよ」

「そうだけど。これだけ毎日しなくても……」

カリビアン伯爵家のカリン様は、ご自身で作った料理の試作を、孤児院へ提供してくれています。貴族様ではありますが、接しやすくとてもお優しい方です。

ご自身が来られない日も、料理だけは届けられているので、孤児達は美味しい食事をいただけるようになって元気になりました。

私が驚いたのは、一緒に来られていたデスクストス公爵家のリューク様です。

必ずカリン様が来られるときには一緒にいらっしゃいます。

男性とは思えないほど、綺麗な男の子で、同い年であることが恥ずかしくなります。

リューク様が来ると、私はいつも隠れていました。

魔物の行進以降は会うことがなくなった幼馴染が懐かしいです。

リューク様とは全く似ていませんが、カリン様とリューク様を見ていると羨ましくなります。


弟が高熱を出しました。

教会に行って回復魔法をかけてあげるためには高いお金がかかります。

病気を治すためには、高い薬を買ってあげなければなりません。

孤児では、ただの病気を治してあげることもできなくて、死を待つだけ。

無力な自分に何度涙を浮かべたのかわかりません。

「病気になった子がいるの? 仕方ないなぁ、診せて」

私が弟の看病をしていると、リューク様が診せてと部屋へと入ってきました。

どうしていいのかわからなくて狼狽うろたえていると、弟の状態を診たリューク様は回復魔法をかけてくれました。

後で孤児院長に聞いた話ですが、弟の命は危なかったそうです。

教会は、支払う料金によって回復魔法のレベルを変えているので、一番安い回復魔法を使ってもらうだけでも銀貨一枚です。

それでは治るのか不明だったと知りました。

銀貨一枚でも、孤児である私には大金なので払うことができません。

弟の病気を治すためにいくら必要だったのかもわかりません。

そんな弟の病気をリューク様は一度の回復魔法で治してくださいました。

孤児である私たちに銀貨なんて大金が払えるはずがありません。

ですが、リューク様にそのことを伝えると……。

「いくら払えば……」

「お金なんていらないよ。君たちに魔法をかけたのは、魔法の実験をするためだからね。むしろ、君の弟を実験体にしたんだ。回復魔法で病気が治ることもわかったからね。逆にこちらがお礼をしないといけないね」

実験体の意味はそのときの私にはわかりませんでした。

意味がわかっても、照れ隠しで言われたのだと今ならわかります。

リューク様がしてくださったことを一生忘れることはありません。

カリン様が孤児院で料理を振る舞ってくれるようになったのも、リューク様が提案してくれたそうです。

「リュークが、食べ物を孤児院にあげたら? と言ったのですわ。自分で食べるんじゃなくて、人に食べさせて自分が食べる量を減らせば痩せられるでしょって言いましたの。私って、ついつい美味しい物が出来てしまうと食べ過ぎてしまいます。ここで皆さんが喜んで食べてくださる姿を見られて嬉しいのです。やっぱり料理は人のために作る方が楽しいですね」

あの人、リューク様は人のために魔法を使ってくださっても見返りを要求するどころか、私たちに与えるご飯まで用意してくださり、それ以上に環境まで整えてくださいました。

「うん? ここの子達は勉強してないの?」

「毎日、生きるのに必死なのです」

弟の治療のために孤児院内に入ったリューク様は勉強道具がないことに驚かれていました。

「シロップ」

「はい。我が主様」

綺麗な獣人のメイドさんは、リューク様に呼ばれると金貨がたくさん入ったお財布を孤児院長へ渡していました。

「公爵家って、腐ってしまうほどお金を持っているよね。腐るぐらいなら、どこかに捨てた方がいいとボクは思うんだ。だけど、捨てるぐらいならここで使っても問題ないよね。院長、ボクは考えるのが面倒なんだ。拒否はなしだよ」

「はっ、はい。デスクストス公爵様。いえ、リューク様の仰せのままに」

そう言ってたくさんのお金を孤児院に寄付していかれました。

院長は、リューク様の寄付で、勉強する環境を整えてくれて、働かなくても生活ができるようになりました。

リューク様にとっては暇つぶし程度の出来事だったのかもしれません。

ですが、弟は命を助けられ、私は昔からしたかった勉強が出来るようになりました。

今では弟は元気になり、私は特待生として無償で学園にも通うことができます。

もしも卒業して、あの方のお役に立てるのであれば、私の全てはあの方のために……。

特待生である私は学費を心配することなく勉強に専念できています。

いつかリューク様やカリン様に恩返しが出来るようになりたいと思って、得意な勉強だけは、疎かにしたことはありません。

勉強が好きな私は現在、医療についての勉強をしています。弟の病気はリューク様の回復魔法でなければ治せませんでした。リューク様は多くの方を助ける力をお持ちです。

ですが、リューク様がご病気になった時、私がリューク様とカリン様を救いたい。

命の恩人であるお二人がご病気で困ったとき、医師としてお力になりたい。

医療を勉強して、弟のような困った人、苦しむ人に医療を提供出来るようになりたい。

今の私の目標は医師になることです。

ですが、今の私は少しふて腐れています。

恩人であり、憧れの人であるリューク様と同じ零クラスになれたのは嬉しいです。

心から喜びました。

同じチームとして発表されたときなど、部屋に帰ってからは飛び上がって喜んだ程です。

早速カリン様の許へ向かって、リューク様のお世話をする許可をもらいました。

カリン様は、快く受け入れてくれて、チームで行動する間はリューク様のお世話係の役目を、リベラちゃんに代わって務めることもお受けすることができました。

それなのに課外授業が始まってから、リンシャン様ばかり、リューク様と話をしてズルいです。

ずっと、リューク様のことを嫌っていたはずなのに、ルビーちゃんに負けてから、リューク様のことを目で追っているんです。

その気持ちはわかります。リューク様は、見ているだけで癒やされます。

見た目が良いのはもちろんですが、優しさを知り、眠そうな瞳を見て、やる気のない態度に癒やされ、全てがほっこりとしてしまって、ハァ~好き。

それなのにリンシャン様が話をするから私は話すことができません。

リューク様が出してくださった天幕でも、休憩している間、ずっと何か話しかけているので話が出来なくて悲しいです。

そんなときリューク様が私を見ました。私の出番です。

「リンシャン様、見張りは不要です」

「はっ?」

「リューク様は、寝ている間も常時魔法を発動できるそうなのです。ですから、寝ている間も魔物は天幕の周囲三十メートルに近づけば寝てしまうので問題ありません」

何度か、ダンジョンをご一緒しているときに教えていただきました。

ふふ、私偉いです。リューク様のお役に立てました。

リンシャン様の相手をしなくてよくなったリューク様はすぐに寝息を立て始めました。

寝ているお姿も素敵です。ハァー好き。

「こいつ、もう寝たのか? クソ」

リューク様が寝てしまったので、私は今日一日の鬱憤を発散することにしました。

相手は公爵家の方です。私なんかが話しかけることも出来ない方です。

ですが、ここは学園なので対等な立場だと自分を奮い立たせます。

「姫様!」

「なっ、なんだ? どうしてミリルが私を姫様と呼ぶ?」

「私の出身はマーシャル領です。姫様のことは知っております」

「そっ、そうだったのか」

同郷に出会えて嬉しそうにする姫様に、私はズイッと一歩踏み出す。

「どういうおつもりですか?」

「だから何がだ?」

「この間までリューク様のことをお嫌いでしたよね?」

「おっ、おい。寝ているといっても本人がいる前だぞ」

慌てる姫様は怪しいです。

「リューク様は、一度寝てしまうと一定時間は起きないそうです」

「そうなのか」

「ただ、防御システムが働くから、敵意を向けたり、攻撃するような動作をしたら撃退されるそうです」

「なんだそれは、達人レベルではないか」

「そんなことはどうでもいいのです。姫様のお気持ちをお聞かせください」

自分がこんなにも強気で話ができるなど思いもしませんでした。

リューク様のことになると負けるわけにはいきません。

「いや、あの……ふぅ。気持ちか……そうだな。自分でもわかっていなかった。だけど、整理するために話すのもいいかもしれない」

「やっと話す気になったかにゃ」

それまで私と姫様の様子を見ていたルビーちゃんが会話に参加してきました。

「ああ、今まですまなかった」

突然、姫様が頭を下げられました。

領主様のご息女であり、貴族のリンシャン・ソード・マーシャル様が平民に頭を下げるなど、とんでもないことです。

「あっ、頭をお上げください」

「いいや、まずは謝罪を受け入れてほしい」

「何を謝罪しているのかにゃ」

慌てる私の横でルビーちゃんが問いかけました。

「今までの私の態度だ。傲慢で自分勝手だった」

「そうかにゃ。そう思うなら私は謝罪を受け入れるにゃ」

「私も謝罪を受け入れます」

「そうか、よかった。お前たちはチームであり、クラスメイトだ。仲良くしてくれると嬉しい。どうか私のことはリンシャンと呼んでくれ」

ズルいです。

普段、偉そうにしている人が態度を変えるなんて、なんだかこっちが悪者みたいです。

「友に叱られたんだ。誰かに聞いた話を信じるんじゃなく、自分で見たことを信じろと。だから、私は奴を見ている。ここ数日は奴の行動を見ていた」

リンシャン様はどのような答えを出したんだろう?

「奴は呆れるぐらい無害だった」

肩を落とすように息を吐くリンシャン様。

その姿が面白くて、私はルビーちゃんと目を合わせて笑ってしまいました。

「ふふふふふ」

「にゃはははは」

「なっ、なんだ? なんで笑うんだ」

「無害って、なんですか? なんだか悪い人の方がよかったみたいに聞こえますよ」

私の発言にリンシャン様は困ったような顔をする。

「そうなのかもしれない。私にとっては悪い奴でいてくれた方が敵としてラクだった。無害であるが故に戸惑ってしまう」

「お前は本当にバカな奴にゃ」

「なっ」

「無害ならいいにゃ。リューク様は強いにゃ。メスは強い男を好むものにゃ。お前はリューク様を見張っているうちに気になり出したにゃ」

「ちょっ、ちょっと待て。誰があんな奴を好きに、それとこれとは別だ。わっ、私はダンのことが」

リンシャン様は、ダン君が好きなのかな?

それならライバルじゃないから良いけど。

「ハァ~気づいてないにゃ? 教室にいるときも、ダンジョンにいるときも、お前はダンよりもリューク様を見てるにゃ。それに私は好きとは言ってないにゃ。好感を持って気になるって言っただけにゃ」

ええええ、リンシャン様がリューク様を? リューク様はリンシャン様のことをめんどうだとよく言っているので大丈夫かな?

「むむむ、ハァ、私も分からないんだ。こういうことは初めてだからな。ダンに対しては確かに好感を持っている。父上からは、いつかはダンを婿としてもらうと言われていたんだ。私はダンと結婚するって思ってきた。だが、ダンは学園に来てから自分のことに夢中で、エリーナやリベラと魔法の話ばかりで、私の相手をしなくなった。リュークはなんだかんだと言っても、私の相手をしてくれているから。今日だって、嫌そうな顔をしているのにずっと話してくれて」

なっ、なんだこいつ。めっちゃ乙女やないかい。

「ミリル、顔が崩壊してるにゃ、落ち着くにゃ」

男勝りなリンシャン様の乙女変化を、これは絶対にリューク様に見せてはいけない。

私の任務はリンシャン様からリューク様を守ることだ。

カリン様

リベラちゃん

必ずやり遂げて見せます。