自宅へ帰る馬車の中では、タシテ君と二人きりになっていた。
リベラはすでに自宅へと送り届けた。
男爵家は貴族街ではなく、市民街の高級住宅地に家があった。
ボクとタシテ君は貴族街に家があるので、市民街から貴族街に向かう途中、王都の町中を馬車は走り抜けていく。
「リューク様、年越しは船上パーティーが開かれますね」
「面倒だよね。ボクはそういうの大嫌いなんだ」
「ふふ、リューク様ならば目立つでしょうね。今回がある意味で社交界デビューとなるわけですから」
「はぁ、貴族の習慣って本当に面倒だね」
「我々上級貴族は、模範とならねばならない。と言う王国の掟もあります。何よりも持てる物が持たざる者を導くのは世の習わしかと」
「貴族は名誉とプライドばかりだと思うけどね。うん?」
ボクは馬車の外で繰り広げられる光景に眉を
「どうかされましたか」
タシテ君はすぐにボクの表情の変化に気づいたようだ。
窓の外へ視線を向ける。
「ああ、奴隷商人ですね」
「奴隷商人?」
「はい。王国では通人至上主義が国教になっております。教会が主導して亜人の弾圧をしておりますが、逆に亜人を奴隷として、売り買いする奴隷商人もまた教会が管理しているという話です」
馬車の外では、未成熟な兎の獣人が親によって奴隷商人に売り渡される光景が繰り広げられていた。
見ているだけで不快になる光景だが、アレシダス王国とはそういうところだ。
華々しい貴族社会。
アレシダス王立学園に通えている平民や自由人はまだマシな存在なのだ。
それよりも下層に生きる亜人たちからすれば地獄のような場所でしかない。
デスクストス公爵家では、獣人も精霊族も雇用して受け入れている。
貴族派の人間にはそういう家が多く存在するが、全てがデスクストス公爵家のように、きちんとした雇用契約を結んでいるわけではない。
ほとんどが奴隷として購入され、差別と虐待の対象となっている。
見ていても胸糞悪くなる光景だが、獣人の父親からすれば、娘を手放すことで他の家族を食べさせることができる。これが現実なのだ。
「ちょっと休憩しようか」
「リューク様の望まれるがままに」
タシテ君は、ボクの考えていることがわかるように応じてくれる。
ボクは馬車を降りて、奴隷商人に近づいていく。
「なっ、なんでしょうか。貴族様」
ボクの身なりと、止まった馬車を見て怯えた目をする奴隷商人。
別に彼も仕事でしていることなので、取って食おうと言うわけじゃない
「少し社会見学だと思ってくれ。君に聞きたい。この子はどうなるんだい?」
兎の獣人は怯えた目をしてボクを見る。
未成熟だが、意外にも年齢を重ねているように見える。
ちゃんと食事を取れていないからか、手足は痩せ細り。
くすんだ髪はボロボロで、もしもシロップが彼女のような状態だったらと思うと、ボクは奴隷商人を許せないと思ってしまう。
「グフフフ、これはこれは貴族のお坊ちゃま方、どうされましたかな」
ボクの質問に奴隷商人が答えるよりも早く。
醜く太った巨漢の男が、ボクたちの前に立って視界を遮る。
奴隷商人と獣人の少女がボクの視界から見えなくなってしまった。
あまりにもデブで縦にも横にも大きい。
「なんだお前は」
「私ですかな。グフフ、人に物を尋ねるときは、まずはご自分が名乗るのが礼儀ですよ。まぁ子供のすることです。大人である私が譲歩して差し上げましょう。私はシータゲ・ドスーベ・ブフと申します。教会の関係者ですよ」
教会の関係者だと言われて、ボクは眉を顰める。
タシテ君は、そっとボクに耳打ちをする。
「アレシダス王都支部、通人至上主義教会支部長です。教会では教主をされている方です。アレシダス王国内でも伯爵位をお持ちです」
ボクは奴隷商人と教会関係者という繋がりから、ゲームの設定を思い出した。
貴族派には、五人の上位貴族が出現する。
カリギュラ・グフ・アクージは、その一つであるアクージ侯爵家の人間だ。
本来はテスタの手下として出現する存在をボクは廃人に変えてしまった。
それぞれの貴族は立身出世パートで、デスクストス家を支援する中ボスとしての役目を持つ。
ボクの目の前で気色悪く笑みを作る伯爵は、アイリスを倒す際に出現する上位貴族だ。
アイリスは、立身出世パートでは、大勢の男性を侍らせる逆ハーレムを形成する。
その裏で暗躍するブフ伯爵家は、教会の信者に怪しげな薬を使って、亜人たちを暴走させる事件を起こすのだ。
その悪事を起こす存在こそ、目の前に醜い顔でボクを見ているこの男だ。
「それで、何かご用ですかな。見たところ上位貴族の子息とは、お見受けしますが」
こちらを見定めようとする瞳は狡猾で、気味が悪いだけではないことを証明している。
「奴隷商人を見たことがなくてな。社会見学だ」
「そうでしたか。それはそれは宜しいですな。なんでしたら、私めが直々にご案内いたしましょうか」
「結構だ」
すでに、ブフに隠れて奴隷商人は兎の獣人を連れ去った後だ。
タイミングを逃した今となっては追及するのも面倒だ。
「帰るぞ」
ボクが馬車へと戻る背中へ向けて。
「グフフ、ご利用がありましたら、いつでも」
シータゲ・ドスーベ・ブフは気持ち悪い笑みと、勝ち誇ったような声をかけてくる。
「タシテ君」
ボクは馬車に乗り込むとタシテ君の名を呼んだ。
「はっ」
「調べろ」
「リューク様のお望みのままに」
「いつ必要になるのかわからないけど、あいつの全てを調べろ。通人至上主義教会。絶対に何かある」
ゲームでは主人公のダンが、シータゲ・ドスーベ・ブフを倒して、奴隷商人たちを辞めさせて終わりだ。もしも、その時が来たら。
ボクは裏からあいつがしていた全てをぶち壊してやる。
奴隷も、財産も、地位も、気持ち悪い顔で勝ち誇ったことを後悔させてやる。
「リューク様は、亜人のことをどう思われていますか」
ボクがイライラしていると、タシテ君から質問を投げかけられた。
「どういう意味」
「そのままの意味でございます。教会に賛同するのか、それとも教会に敵対するのかです」
ここが馬車の中で、二人きりでなければ絶対に口にしてはいけないことのようだ。
タシテ君は覚悟を決めた顔でボクを見ていた。
「決まっているじゃない。通人至上主義なんて言っている頭のおかしい奴は潰してもいいって思っているよ。ボクの大切な人は獣人だからね」
「承知しました。今後、何が起ころうと、タシテ・パーク・ネズールは、リューク様のお望みのままに動きます。何なりとお申し付けください」
「どうしたんだい改まって」
タシテ君の表情は、清々しいものへと変わっていた。
「いえ、リューク様のなされる行動を見ていると、私が如何に小心者かと思わされるのです」
「小心者? ボクなんて何も考えていないだけじゃない」
「いえ、深謀遠慮なお考え、何よりも慈愛に満ちたお心は、私では思いつくこともできませんでした。今まで私は獣人は奴隷であると当たり前に思っておりました」
「そうなの、まぁ人それぞれじゃない」
タシテ君が、ボクの前で獣人を蔑んでいれば、ボクはタシテ君との付き合い方を変えていたかもしれない。
「いえ、それこそ馬車から見ていた獣人の親子など私には何の関係もないと思っておりました。ですから、リューク様のように動くことは決してありませんでした。ですが、リューク様は動かれ、伯爵を相手にしても一歩も引かれなかった。私はリューク様の後ろに控えていただけにすぎません。それが恥ずかしい」
まぁボクはゲームのキャラとしか思っていないからね。
タシテ君からすれば、他家の偉い貴族様だと思うと萎縮しちゃうってことかな。
「ボクなんて何も考えていないだけだよ」
「ふふ、それはそれで凄いことですよ。では、最後に一つ」
「うん?」
「ブフ伯爵が、リューク様の大切な人を傷つけた場合はどうなされますか」
「大切な人を傷つけたら」
ボクの頭にシロップやカリンの顔が浮かぶ。
もしも、シロップに対して獣人だと言って暴力を振るえば。
「潰すよ。全力で」
自然に体から魔力が迸り、威圧を放ってしまう。
タシテ君は、ボクの様子に怯えたように体を震わせる。
「ふふ、やはり私は小心者です。リューク様のように即決はできません。リューク様は近いうちに本当にしてしまいそうです」
「言っているだけだよ。結局は誰かがそれをしてくれれば、ラクだしね」
「リューク様がお望みであれば」
「う~ん。今はいいかな。でも、いつでも使えるように調べておいてね」
「かしこまりました」
タシテ君を送り届けたボクはふと先ほど見た兎の獣人を思い出す。
「あの子はどうなるんだろうな」
教会が経営している孤児院は劣悪な環境だった。
しばらく行っていないけど、ミリルの様子から多少は改善されたと思う。
だけど、奴隷は孤児よりも良い環境は望めないだろう。
「まぁ、ボクには関係ないか。ボクの大切な人に手を出されるわけじゃないしね」
少しだけ嫌な予感がしたけど、ボクは近づいてくる家の前に、愛しいシロップの姿が見えたから見たことを忘れることにした。
「やぁ、シロップ。ただいま」
「お帰りなさいませ、リューク様。お帰りをお待ちしておりました」
シロップが笑顔で出迎えてくれる。
やっぱり、ボクの帰る場所は、シロップとカリンがいる場所なんだ。
シロップが出迎えてくれて、屋敷にはカリンの姿も見える。
尻尾を振って嬉しそうに出迎えてくれるシロップはやっぱり可愛い。
もしも、ボクの大切なモフモフを虐げる者がいるなら、絶対にボクは許さない。
たとえ、権力を持つ者であってもね。