第十七話 一年次学園剣帝杯 決勝リーグ

モニターに映し出される恥ずかしい二つ名。

ボクはただただ呆然と、実況解説に耳を傾けている。

聞かなくてもいいなら、モニターを見たくない。


《実況》「さぁ、いよいよ今年のアレシダス王立学園剣帝杯も大詰めに入ってきました。実力ある者達がぶつかり合ったことで、とうとう八強まで絞り込まれました。今年の一年生は豊作としか言いようがありません。敗者となった《水連の魔女》リベラ・グリコ選手や、《人心遊戯》タシテ・パーク・ネズール選手は印象深い戦いを繰り広げました。そんな彼らを倒して上がってきた今年の一年生は、なんと五人も存在します! 八強には二つ名が付けられたぞ! こいつらだ!」


《無冠の王子》ムーノ・バディー・ボーク・アレシダス

《美の女神》アイリス・ヒュガロ・デスクストス

《無頼漢》カリギュラ・グフ・アクージ

《氷の女王》エリーナ・シルディ・ボーク・アレシダス

《美顔夢魔》リューク・ヒュガロ・デスクストス

《烈火の乙女》リンシャン・ソード・マーシャル

《偶像猫娘》ルビー

《剣帝の弟子》ダン


《解説》「今年は二人も平民が残ってますね。奇跡としか思えません。そして、一年生が五人も残ったのは三年生同士のつぶし合いがあったためでしょう」

《実況》「強者ひしめき合う三年生たちは、ライバルたちを潰すことに躍起になり、同学年の者たちで同士討ちや二年生、一年生に倒されることになってしまったぞ」

《解説》「二年生はカリギュラ選手が暴れ回ったことで一気に数が減ってしまいました。上級生同士でつぶし合ったことで、一年生たちには恵まれた環境だったと言えるでしょうね」

《実況》「それでも勝ち上がってきた《無冠の王子》ムーノ選手や《無頼漢》カリギュラ選手などが優勝候補ですか?」

《解説》「そうでしょうね。やはり三年間アレシダス王立学園で鍛え上げたムーノ選手は別格と言えるでしょう。また、圧倒的な武力を誇る《無頼漢》カリギュラ選手は戦闘になれば比類無き豪腕を示してきました」

《実況》「なるほど、その他の選手もガンバってほしいですが、美しい女性が半分も勝ち上がっていますので、私は女性を応援しますよ。全員が可愛い、そして美しい!」

《解説》「台風の目となれるか不明なのが《剣帝の弟子》ことダン選手ですね」

《実況》「剣帝アーサーが、まさか弟子を取るとは思いませんでしたからね」

《解説》「はい。自由人という元二つ名を持つ剣帝アーサーですからね。弟子を取るということは、本格的に自分の技術を伝えたいと考えたのかもしれませんね」

《実況》「そんな戦闘を勝ち上がってきた選手たちとは一線を画すのは、《美顔夢魔》リューク・ヒュガロ・デスクストス選手でしょうか?」

《解説》「リューク選手はここまで、一度も戦いをしていません。その全てが不戦勝です」

《実況》「いったいどんな裏工作をすれば、戦う前に終わってしまうのでしょうか? ほとんどの選手が戦う前に戦線離脱を余儀なくされています。リューク選手の前に立つ者は現れるのか?」

《解説》「いつもクッションの上で寝ているだけですからね。あの美しさが故にファンクラブが出来てしまうほどです」

《実況》「イケメンなのか? 結局イケメンがいいのか?」


デカデカと映し出されるモニターを見ながら、横に立っているタシテ君を見る。

「ねぇ、ボク勝つつもりなかったんだけど」

「さようですか。ですが、なるべくして為ったとしか私は申し上げられません」

物凄く満足そうにモニター見てるよね。

絶対、対戦相手に何かしているよね?

「どういうことですか」

タシテ君の反対にいるリベラが問いかけてくる。

リベラもタシテ君がいることに戸惑いを感じているようだ。

「リューク様が八強になるのに力を使われたということです」

「そうなのですか。リューク様、試合会場に行っても寝ていただけですよね」

学園剣帝杯が行われている間は、全ての授業が無くなる。

参加する者は学園に残り、敗者となった者は長期休みへ移行していく流れが出来ている。

ボクも適当なところで負けて、カリンと共にシロップの元へ帰るつもりだった。

だけど、思惑とは異なり、タシテ君が張り切ってしまった。

ボクと対戦する相手を裏から排除していっちゃったんだよね。

「ハァ、《美顔夢魔》ってなんだよ。ボクは寝ていただけだよ」

「美しきお顔のリューク様が夢へと誘うので、悪魔のようだと言った比喩にございます」

「リューク様が夢に! 羨ましい」

なんだろう。タシテ君とリベラって案外相性いいのかな。ボクにはわからないけど、会話が成立している気がする。

「リューク様、ご安心ください。アイリス様や、リューク様の大切な方々には手は出しません」

「大切な方々って誰?」

ボクにはカリンとシロップしか大切にしている人はいないはずだけど?

まぁ、リベラは一年間従者をしてくれて、仲良くなったかな?

「もちろん、第二妃のリンシャン様、第三妃のリベラ・グリコ様、妾のルビー様とミリル様でございます」

えっ、なんで、リンシャンが第二妃。

リベラに聞こえないように耳元でいうの止めて、マジっぽいから……。

まぁ、ミリルやルビーは、世話になったからわかるけど。

てか、君のその情報網どうなってるの。

君は研究中はいなかったよね。

「私はリューク様の手下ですので、これぐらいは当たり前でございます」

怖っ! タシテ君。

さすがリュークの第一の手下だよ。

優秀過ぎ。じゃないと勤まらなかったのはわかるけど。

ハァ、有能な部下って何も言わなくても勝手に動くんだね。

上司のボクは何も指示してないんだけど……。

「次の対戦相手である、ルビー嬢には何もしておりませんので」

タシテ君、その報告いる? ハァ、ならルビーに負けてこの辺でおさらばしよう。

「参ったにゃ!」

おい~~~~~!!


《実況》「おおっと! ここまで圧倒的な速度と身体の柔らかさを活かした我らがアイドル猫娘こと、ルビー選手が開始の合図と共に降参だ!」

《解説》「ここまで戦いが成立してこなかったリューク選手。リューク選手の前に立った初めての選手でしたが、降参を選択したことは驚きの展開ですね」


八強になったことで、実況と解説が付いた。

勝手な憶測で何やら話しているが、一番驚いているのはボク自身だ。

「ルビー、どういうつもりだ? 騎士に興味はないのか?」

「無いにゃ」

ルビーの返答があまりに清々しくて、バルから落ちそうになる。

「そうなの?」

「そうにゃ。それよりもリューク様と戦うのは嫌にゃ」

「ふ~ん、じゃあまあいいか」

「それよりも撫でてほしいにゃ。リューク様に撫でられるのが好きにゃ」

そういって側に寄ってきたルビーを撫でてやる。

喉をグルグルと鳴らして喜びを表現している。


《実況》「やっぱりイケメンなのか。我らがアイドルが服従を示しているだと。会場中から男子たちの号泣の叫びが木霊しております」

《解説》「女子たちからは、ルビー選手への嫉妬の叫びが聞こえてきますね」


外野がうるさいので早々に退出させてもらう。

退出していく途中、巨大な体躯を持ったカリギュラ・グフ・アクージが立ち塞がる。

「リューク・ヒュガロ・デスクストス。貴様のような愚者が、勝ち残っていることが不思議でならんな」

長髪を掻き上げるカリギュラ・グフ・アクージは、弱者に向ける視線でこちらをバカにしたような態度を取る。

「裏工作しか能のない愚者よ。貴様は次の試合で、我が輩が倒してやるから待っているがいい」

こちらは何も言っていないのに、言いたいことだけ言って立ち去っていく。

なんとも傲慢で、自分勝手な男だ。


《実況》「八強として選出されたルビー選手が、リューク・ヒュガロ・デスクストス選手に開始と共に降参を宣言。さらに、《無冠の王子》ムーノ選手と《剣帝の弟子》ダン選手の戦いは、激しい長期戦の末、ダン選手の辛勝となりました。互いに消耗が激しい中、よくぞ討ち合った」

《解説》「二戦が終わって、開始と同時に決着がついたリューク選手。対して長期戦の末にギリギリの勝利を収めたダン選手。攻防は対照的ですが、どちらも一年生の勝利は今後に期待ですね。残る二戦はいったいどうなることか? 楽しみですよ」

《実況》「本当にそうですね。今年の学園剣帝杯は何が起きるのかわからない。先が読めない」

《解説》「様々な思惑が絡み合い。誰が優勝するのか、楽しみで仕方ありません」

《実況》「大会も残り五試合です。好カードが続きますので、見所は十分ですね。それでは続いての戦いは美しき女性の戦いをお送りします」

《解説》「上流貴族のお二方は、見た目だけでなく、その魔法すら美しい」

《実況》「はい。どんな戦いを繰り広げるのか目が離せませんね」


アイリス姉さんの戦いを見るのは初めてだった。

やはりゲームのボスとして登場するキャラは強かった。

エリーナが氷のスノードームを作り出して、戦いは全く見えなかったが、氷が割れた後に立っていたのはアイリス姉さんの方だった。

エリーナは辛そうに顔を赤くして、床に倒れている。

傷一つついていないアイリス姉さんには、誘惑以外にも秘密がありそうだ。

アイリス姉さんは、恍惚とした妖艶な表情でエリーナを見下ろしている。

レベル差を覆せるほどエリーナは強くなかったということだろう。


《実況》「いったい何が起きたのか? エリーナ嬢が倒れている」

《解説》「美の対決は、女神の勝利ですね」


アイリス姉さんは、息を切らしたエリーナを見下ろして言葉をかける。

「あなたがリュークに興味がなくて、わたくしのところへ来たいなら、いつでも訪ねてくるがいいですの」

アイリス姉さんの勝利宣言が告げられて、颯爽と会場を立ち去っていく。

アイリス姉さんの戦いを見終わったボクは《烈火の乙女》リンシャン・ソード・マーシャル対《無頼漢》カリギュラ・グフ・アクージの試合が行われる会場へ移動していた。

控え室でのカリギュラから向けられた態度で、ボクは二人の試合を観戦することにした。

「珍しくモニターではないのですね」

リベラとタシテ君もボクの後ろに控えて見守っている。

「リンシャン様がご心配であれば……」

不穏な気配を醸し出すタシテ君。

「タシテ君。これは彼女の試合だからね。邪魔したらダメだよ」

「かしこまりました。お望みのままに」

「えっ? 邪魔?」

「リベラは気にしないでいいよ。それよりも対戦相手だったリンシャンの試合だけど、リベラは嫌じゃない?」

リンシャンに負けた日の悔しそうな顔を覚えている。

引きずっていないかと、心配になってしまう。

「全然大丈夫です。もう気にしていません。それよりもリューク様との思い出が出来たことの方が嬉しいです」

あの日以来、リベラの距離が近い気がする。今もバルに乗るボクの隣から離れようとしない。柔らかいし、良い匂いがするので悪い気はしない。

だけど、カリンに怒られないか心配だよ。タシテ君も普通に側に控えるようになったし。

リベラが寄り添っていることが当たり前のような態度をとってる。

この状況でいいのかな?

「そっか、ならリンシャンが負けるところを見て笑うとしよう」

「いえ、私に勝ったのです! ここでも勝ってほしいです。そして、リューク様にコテンパンにされれば良いのです」

あれ? やっぱり気にしているよね、それ。


《実況》「準々決勝の最終戦は、互いに闘気と武力に優れた武門の家系がぶつかり合います。どちらの家が強いのか? 対人戦を得意とするアクージ侯爵家に対して、魔物との戦線を守り続けるマーシャル家……二つの家は武家として王都中に知られているほどです。楽しみですね」

《解説》「そうですね。《無頼漢》カリギュラ選手は、戦闘の天才ですからね。どこかの流派に属しているわけではなく、戦いの中で培った戦闘技術はここまで圧倒的な強さを発揮しています。それに対して《烈火の乙女》リンシャン選手は、正統派のマーシャル流剣術に身体強化、闘気、属性魔法とバランスがよく。粗削りの戦闘技術に対して正統派です。どちらが勝つのか興味がありますね」


リンシャンは深く息を吐いて精神を整える。

綺麗な魔力の流れで、身体強化されていく。

真っ赤な闘気が全身を包み込む。

「準備は終わったか?」

「ああ。お前を倒す準備は終わった」

「へへ、いいだろう。かかってこいよ」

互いに気が高まり合う。

リンシャンはカリギュラへ向けて剣を振るう。

真正面から向かっても、当たらない。

「おっ! 意外だな。搦め手を使うとは」

リンシャンは剣で斬りつけると見せかけて、《炎》の槍で、意表を突く。

難なく躱されたが、剣での追撃は忘れない。

今のやりとりは、リベラがリンシャンに仕掛けた意表をつく戦法だ。

「ほう、ちった~やるじゃねぇか」

リンシャンを見定めるように余裕を見せるカリギュラ。

何かを狙うように精神を統一するリンシャン。

リンシャンは身体強化を解除して、カリギュラに能力ダウンの魔法をかける。

「なっ」

意表を突かれて膝を折ったカリギュラの首へと剣を当てる。

リベラの時と同じ決着に、ボクとしては呆気ないものだと立ち去ろうとした。

これが戦場であれば首を切って終わるが、リンシャンは試合ということで寸止めした。

「決着だね」

カリギュラ・グフ・アクージは大したことないな。

立ち去ろうとして、カリギュラが叫び声を上げた。

「終わるか~~!」

カリギュラは負けを認めずに、寸止めされた剣を払いのけて、身体強化を解除したリンシャンの腹部へ打撃を加えた。

「グハッ」

「バカが、これは死合いだぞ。死ぬこともこっちは覚悟してんだよ。寸止めしてんじゃねぇよ」

カリギュラの身体から闘気が噴き上がる。

ダメージを受けたリンシャンが苦しそうに闘気の圧に苦しんでいる。

「ぐうう」

身動きが取れないリンシャンの頭を掴んでカリギュラが持ち上げた。

「おい、姫さん。死合いを舐めてるのか。所詮、貴様は女だ」

カリギュラの拳がリンシャンの頬を打ち、腹を殴打する。

ボクは自分でも気づかないうちに拳を握り締めていた。

リンシャンが負けるのは、ボクにとっても望ましいことだ。

あいつは面倒で、うっとうしい女なのだから……。

「舐めるなよ」

リンシャンが反撃に転じるために、自身の魔力を暴走させる。

「はっ、バカが」

それに気づいたカリギュラは、リンシャンを地面に叩きつけて、属性魔法を発動させた。

《速度》を最高まで高める属性魔法を使って、自身の動きを速くして距離を取った。

「一人で自爆してろ」

リンシャンは暴走した魔力の暴発によって、全身に傷を負って倒れた。

カリギュラはリンシャンに近づいて鎧に手をかけた。

おいおい、リンシャンを辱めていいのは、リュークだけだろ。

ゲームのリュークがするような行為をお前みたいな三下がしようとするなよ。

「くっ……こ」

ハァ、リンシャン。君が、そのセリフを言う相手はボクじゃないかな。

ボクは自分でも驚く行動に出ていた。

「カリギュラ・グフ・アクージ」

ボクはバルの上に立って、カリギュラの名前を叫び、怒りを爆発させていた。

「あぁ? なんだ」

「離せ」

「あぁ、リューク・ヒュガロ・デスクストス。貴様になんの……」

魔力、闘気、威圧、《怠惰》、ボクは自分の身体に備わる全ての力を解放して、カリギュラを刺激した。

これほどの怒りを感じたのは初めてかもしれない。

「くく、なんだよ。力を隠してやがったのか? 面白ぇじゃねぇか。いいぜ、マーシャル家のお姫様は貴様にくれてやる。お前の女だったか、デスクストス家と戦争する気はねぇよ。だが、わかってるんだろうな、リューク・ヒュガロ・デスクストス。お前は俺に借りをつくったんだ。明日は必ず俺を楽しませろ。その義務がお前には出来たんだからな。この借りは高く付くぜ」

カリギュラは両手を挙げてリンシャンから離れていく。

審判がリンシャンに駆け寄り敗北を宣言した。

嫌な笑みを浮かべて退出していくカリギュラの背中が見えなくなるまで、ボクは威圧を止めなかった。

「タシテ」

「はっ」

「ボクの戦いだ。邪魔するなよ」

「お望みのままに」

ボクは自分でも面倒だと思うが、久しぶりに自ら手を下す決断をした。


《実況》「いよいよ四強が出そろいました」

《美の女神》アイリス・ヒュガロ・デスクストス

《無頼漢》カリギュラ・グフ・アクージ。

《美顔夢魔》リューク・ヒュガロ・デスクストス

《剣帝の弟子》ダン

《解説》「ここまで多くの戦いを見て来ましたが、残った者たちは曲者揃いと言った感じですね」

《実況》「はい。ここまで無傷で敵を圧倒してきたアイリス選手の強さは異常と言えるでしょう。カリギュラ選手の強さは、準々決勝のリンシャン選手との戦いで証明されましたね。やはり上級生の強さが際立ちます」

《解説》「上級生にどこまで迫れるか! 一年生二人の活躍が見物でしょうね」

《実況》「それでは準決勝第一試合、アイリス・ヒュガロ・デスクストス選手対ダン選手の戦いから見ていきましょう」


ダンの試合を見ていたボクは、対峙した二人を見て、見るほどの試合ではないと判断した。

ムーノとの戦いで、全身に傷を負い、魔力を使い果たしているダン。

リンシャンの試合中は、医務室で療養していたそうだ。

それに対して、無傷で勝ち上がってきたアイリス姉さん。

ダンは、デスクストス公爵家には、絶対に勝ちたいと思っているだろう。

リンシャンが、カリギュラ・グフ・アクージに負けた以上。

ダンへかかる王権派の期待は膨れ上がっている。

「あらあら、子犬が私を見ないで、先のことばかり考えているようですの」

アイリス姉さんは、ピンクのドレスを着て現れた。

戦闘に来たとは思えないドレス姿に、ダンが呆気にとられる。

「悪いが、あなたは眼中にない。すぐに終わらせる」

「そう、なら少しだけ相手してあげるわ。チャームアイ」

精根尽き果てているダンでは、アイリス姉さんの属性魔法《誘惑》に抵抗できない。

「あっ、うっうう」

誘惑されたダンは頬を赤く染めて、呆然とした瞳でアイリス姉さんを見つめる。

「ポチ、お座り」

「ワン!」

ダンは無様に、アイリス姉さんにお腹を出して負けを宣言した。

ああ、面倒だ。

どうして、面倒なことって世の中には多いのかな。

みんな頑張って働き過ぎじゃないかな。

もっと気楽に生きて楽しめばいいんだよ。

特に睡眠とか、ゴロゴロするとか、温泉に入るとか……。

あっ、カリンと温泉行きたい。

「リューク」

控え室にやってきたのはリンシャンだった。

カリギュラ・グフ・アクージにやられた傷は、もうほとんど残ってないようだね。

心にもトラウマは無さそうな目をしている。

「なに?」

「あのとき、どうして叫んだんだ?」

リンシャンが「くっ殺せ」をボク以外に言わされると思うと、自然に怒りが湧いてきた。それはボクのモノだって、自分でもなんであんなことしたのかわからないよ。

「なんでかな? わからないや」

「そうか。アクージに勝てるか?」

「リンシャンは勝ってたじゃん」

あの戦いは、リンシャンが余裕で勝っていた。

審判も勝利を宣言しようとしていた。

「えっ?」

「君は戦場で同じ状況なら、アクージの首を刎ねていただろ? あれが戦場なら終わっていたよ」

カリギュラは死んだくせに何を吠えているのか?

すでにカリギュラはリンシャンに負けている。

「……ふふ」

ボクの答えに、リンシャンは今まで見せたことがない柔らかな笑みを向けてくる。

「そうか、私は勝っていたか」

リンシャンは、苦笑いを浮かべる。

「ありがとう。リューク、私の心は救われた」

「そんなことどうでもいいよ」

「ふふ、そうだな。貴様と私は敵対する家同士だ。相容れないのだろうな」

「家なんか関係ないさ。自分のしたいことを好きにすれば良いんじゃない? 君自身は自由だろ」

ボクは立ち上がって会場へ歩き出す。

リンシャンのことなどどうでもいい。

「一番近くで観戦させてもらう。勝ってくれとは言わん。無事に戦いを終えてくれ」

リンシャンからの激励に、片手を振って返しておく。

今は目の前の敵をどうするか……。


《実況》「いよいよこのときがやって参りました。決勝戦で待つアイリス選手への切符を手にするのはどちらなのか。《無頼漢》カリギュラ・グフ・アクージ選手の強さは皆が知るところです。それに対して、《美顔夢魔》リューク・ヒュガロ・デスクストス選手は一度も戦うことなくここまで来ました。未知数としか言いようがありません」

《解説》「強さで無敗、知能で無敗、どちらが優勢なのか全くわかりませんね」


知能で無敗って、タシテ君がガンバっただけだよ。

ボクは何も指示していない。

まぁ、それも認められる戦いなんだろうね。

「リューク・ヒュガロ・デスクストス」

獰猛な笑みを向けて嬉しそうにこちらを見るのはやめてほしい。

「名を呼ぶなキモい」

タシテ君から、カリギュラ・グフ・アクージについて調べた資料を渡された。

アクージ家は貴族派の中でも武闘派で、帝国との戦争を一手に引き受ける戦争一家だ。

アクージ家の家訓として、《力こそが全て》であり、何をしてでも勝てばいいと言う教えがある。リンシャン戦の決着を認めなかったのも、そういう理由があるそうだ。

だけど、それってボクには関係ないよね。

自分の思想を押し付けるとか、本当に面倒な奴でしかない。

何の恨みがあるんだと思えば、アレシダス王立学園に入った直後。

カリギュラが一年次の時にガッツ・ソード・マーシャルとテスタ・ヒュガロ・デスクストスに立て続けに勝負を挑んで敗北したと言う記録が残されていた。

逆恨みもいいところだよね。

兄たちに勝てなかったから、自分よりも弱いであろう後輩のボクとリンシャンを目の敵にして復讐しようとするなんて。

しかも、アイリス姉さんに求婚も迫っていたらしい。

アイリス姉さんと結婚して、内部からデスクストス家を乗っ取ろうと妄想していたらしいよ。タシテ君がわざわざ、自分に詰め寄っていた上級生に《協力》してもらってお話しいただいたらしいからね。間違いのない事実だ。

ボクやアイリス姉さんにちょっかいを出すために裏工作や、悪いことも随分とたくさんしたみたいだね。

二年生や三年生の中には、被害を受けて生活ができなくなった人や、行方不明になった人もいるみたいだ。被害を被った人が、かなりの数になる。

もしも、カリギュラが優秀であれば、タシテ君がいくら調べても情報漏洩は最小限に収められていたはずだ。

資料を見る限り、カリギュラの仕事は雑でお世辞にも優秀といえる人間ではない。

むしろ、生きているだけで迷惑なほど害悪な人間であることは資料からでも読み取れる。

人一倍、プライドが高く。傲慢で自分勝手。アクージ家の兄弟姉妹たちとの後継者争いを勝ち抜くために、法に触れることもたくさんしている。

暴力と命のやり取りを好む人種だ。

ボクとカリギュラ・グフ・アクージはどうにも考えが合わない。

出世欲があるのは、別に構わないが、自分が無能でありながら、周りに迷惑をかけていることに気づいていない。本当にキモいやつだ。

「何だと」

「だから、キモい顔をこちらに向けるな」

「許さん」

沸点の低い奴だ。すぐに怒りを表す。

弱い奴ほどよく吠えると言うけど、資料を読んだ後だと余計に滑稽に見えるね。

「ボクは、怒るのも面倒だと思っているんだ。そんなボクを怒らせたお前は大したもんだよ」

「はっ、温室育ちのボンボンが怒ったこともないのか。笑わせるなよ。貴様らは好き勝手にこっちへ命令してくるばかりで自分たちは何もしねぇ。力があるなら示してみろよ」

カリギュラには、カリギュラの考えがあり、思いがあるんだろう。

「その必要もないさ。ボクは戦いを否定していてね」

「はっ、戦う力がねぇだけだろ」

「まぁ、こういうときの定番は君の力を全て見た後で、ボクが逆転する。そんなシナリオが盛り上がるんだろうな」

「はぁあ、何言ってやがる」

ボクは自分で決めている事があるんだ。

どうしても許せない相手、大切な人を傷つける相手には容赦しないって……。

「まだ、使うのは二度目だから制御が難しいな」

「お前が何かをする前に、一瞬で終わらせてやるよ」

開始の合図が鳴り響き、カリギュラは属性魔法《速度》を使って音速を超える速度でボクの背後へと回り込む。

「うん。君は属性魔法をよく使えていると思うよ。もしも、ここが戦場か、君が逃げる選択が出来る場所ならボクから逃げ切っていたかもね」

カリギュラがボクを仕留めるために、腕を振り上げる。


大罪魔法《怠惰》よ。


ボクの属性魔法は、ボクだけが理解してることがある。

大罪魔法……。

希少魔法よりも、さらに上位の魔法。

立身出世パートでは、登場しなかった《怠惰》の大罪魔法をボクは宿している。

立身出世パートで、出現する七つの大罪と呼ばれる大罪魔法は、六つ。

出現しなかった七つ目の大罪こそ《怠惰》であり、やられ役として早々に排除されてしまっていた力。それをボクは宿しているんだ。

大罪魔法はあまりにも強力だから使うことをためらってしまうほどだった。

だけど、生きていることも害になるような人間ならば、使ってもいいよね。

命までは奪わないから。

「あ……あぁ」

ダラシナく口を開けて、ヨダレを流すカリギュラ。