「えっと、バルか?」
「(^^)/」
紫クマが片手を挙げて顔文字と同じ動作をする。
「リューク様、これは成功? なのですか?」
リベラも何が起きたのか理解できなくて戸惑っている。
「可愛い!」
ボクを支えていたカリンが声を出す。
ミリルが用意してくれた椅子へ、ボクを座らせてカリンが近づいていく。
「カリン!」
危険かもしれないので、止めようとした。
すんなりとバルがカリンの腕の中に収まった。
そして、気づく。
意識のリンクが為されていることに、カリンの柔らかい胸の感触がする。
「カリン様、大丈夫なのですか?」
「ええ、ミリルちゃん。触ってみますか?」
「いいのでしょうか?」
ミリルが戸惑いながら、バルへ手を伸ばす。
「うわ~、フワフワで気持ちいいです」
「私も触りたいにゃ」
女子の手が伸びて、身体を触られるような不思議な感覚を覚える。
くすぐったくはないが、少し変な感じだ。
「リベラ」
「はい」
「どうやら成功したようだ」
「えっ? そうなのですか?」
「ああ、あれはバルだ。意識というか、感覚がリンクしている」
三人の女性にもみくちゃにされている変な感触を共有している。
「バル! フォルムチェンジ」
「(^^)」
ボクが命令すると、バルはいつものクッションへと姿を変える。
感触も再現されていて、寝心地も変わらない。
魔力を注いでいないのにバルの感触がする。
「うん。間違いない。実験は成功だ」
このまま寝てしまいたい……。
「リューク様、やりましたね!」
「おめでとう。リューク」
「リューク様、さすがです」
「凄いにゃ! なんか凄いにゃ!」
四人から成功の祝福と喝采を受ける。
ここまでミスリルをどれだけ失敗して使えなくしてしまったことか……。
どれだけの紙と魔法陣をダメにしたことか……。
「みんなありがとう。みんながいたから成功できた。それぞれ礼をしたいと思う。ボクが出来ることがあれば出来るだけ叶えよう。なんでも言ってくれ」
ボクの申し出に四人の顔が驚きから真剣に悩むものへと変貌していく。
「……リューク様、それはなんでもいいのですか?」
「ああ。ボクに出来ることならね」
リベラが質問をすると、女性たちは四人で話し合いを始めてしまった。
ボクは待っている時間で、バルに身を預けて眠りについてしまう。
夢の中、バルが現れる。
「私はバル……、あなたがマスター?」
夢の中に現れたバルは、紫色のクマではなく……、光の玉? だった。
「マスター? まぁ、そうか。ボクがバルのマスターだ」
「ありがとう。マスターが連れ出してくれたから、私はお腹いっぱいで幸せ」
「うん? 連れ出した? お腹いっぱい? バルが幸せなんて思うのか?」
「私はバル、マスターと共にいる」
これは夢……。
だけど、バルに意識があるような気がして楽しかった。
◇
ボクは半年ぶりに太陽のまぶしさを味わっている。
シャバの空気は美味いなぁ~。
引きこもっていただけですが、なにか?
研究をしている間は、研究以外の全てのことをカリンやリベラに任せていた。
朝起きて洗顔、着替え、食事はカリンが全部してくれる。
シロップばりの働きっぷりだ。
魔法の研究や実験はリベラが動いてくれるので指示を出すだけ。
学園の勉強はミリルがノートを取ってきてくれるので寝たまま頭に入れる。
ボクは唯々頭を働かせて、魔力を流し続けていただけだ。
ルビーを撫でてはグルグルと気持ちよさそうな喉の音を聞く程度には動いていた。
「ふむ。意識をバル以外へ向けるのは本当に久しぶりだな。ボクは真理に気づいたかもしれない。集中するって怠惰なことなんだ」
と言っても半年間も部屋にこもっていたので、太陽の光が怠い。
「バル」
抱き抱えていたクマのぬいぐるみが、形を変えてボクを受け止めてくれる。
感触は最高で、このまま寝てしまいたくなる。
「ダメだ。なんのやる気も出ない」
達成感というか、楽しいことをやりきった後の燃え尽き症候群とでも言えばいいのか。
やる気が起きない。
「リューク・ヒュガロ・デスクストス」
ボクがバルに乗って日向ぼっこをしながら漂っていると。
リンシャン・ソード・マーシャルに呼び止められた。
「君か、何?」
今は誰かと話をするのも面倒なんだけど、厄介な相手に会ってしまった。
「リューク、貴様に聞いておきたいことがある」
「だから、何?」
「貴様はデスクストス公爵家がしていることを理解しているのか?」
真剣な雰囲気で聞いてくるリンシャン。
表情を見れば、戸惑いと不安、その奥に覚悟のような思いが込められていた。
最近は誰かに何かをしてもらうことに慣れていた。
ボクは、漠然とした質問に頭を働かせる新鮮さを思い出す。
そして、自分が大人向け恋愛戦略シミュレーションゲームの中に転生していたことを思い出した。そう言えば、ここはゲームの世界だったね。
リンシャンが聞いてくるデスクストス公爵家のしていることについて、思考を巡らせた。思い当たる事はあるけど、まったくわからないという結論に至った。
ゲームのリュークも、家から悪事の内容を聞かされてはいないはずだ。
どちらかと言うと好き勝手に悪事を働いていただけだしね。
ゲームの学園パートでは、デスクストス公爵家はリュークに対して関与してこない。
リュークの悪さが目立っていただけだ。
立身出世パートでは家から誘導されていた節があるが、今は何も知らない。
「う~ん? 家が何かしてるの?」
「そうか! やっぱり貴様は関係ないんだな」
どこか安心したような顔をするリンシャン。
あれほど敵意を向けていたはずなのに、チームを組んでから態度が変わってしまった。
「何をしているのかは知らないけど、悪いことでもしているの?」
「うん? いや、知らないならいい。私も詳しくは知らん。ただ、貴様は関わらないでほしい。やっぱり私は家族を裏切ることはしたくない」
なぜ、ボクが悪事に加担していると、リンシャンが家族を裏切ることになるのだろう?
関係ないと思うけど……。
「ふ~ん。よくわからないけど、ボクが家族に協力することはないよ」
「何故だ? 家族なんだぞ」
意外にも家族を否定すると、リンシャンの方が驚いた顔をする。
きっと、家族に愛されてきた子なんだろうな。
ボクが転生者ということもあるけど、あの家族には全く情がない。
アイリス姉さんだけは、カリンの友人として、カリンが望めば助けるかな?
姉として優しくしてくれたこともあるしね。
それ以外の家族には何も感じない。
「君は幸せ者なんだね」
「何?」
「世の中には君が思っている幸せな家族ばかりじゃないんだ。君が進む道と、ボクが進む道は交じり合うことはないさ。ボクはただ自分のことだけを大切にするつもりだからね」
話は終わった。
ボクはリンシャンから距離を取るために浮かび上がる。
「交じり合うことはない? そんなことわからないじゃないか。貴様は私の……」
リンシャンが何かを言いかけたけど、最後まで言葉を紡ぐことはなかった。
ボクは自動式のバルを作ったことで満足していた。
だけど、物語はまだまだ序盤にすぎない。
やっと学園パートの一年目が、学園剣帝杯に向かって動き出したにすぎない。
気を抜きすぎていた。
「ハァ、本当に面倒だね。怠惰な生活を送るのは、もう少し先になるね」
リンシャンのお陰だと言うのは嫌だけど、ゲームの世界で怠惰に生きるために頑張ってきたことを思い出して、モーニングルーティンを始めることにした。
「バル、今日は実体がある君と組み手をしようと思う。バトルフォームにチェンジしろ」
ボクが命令すると、紫のクマは、その姿を人へと近づける。
髪は紫に、身体はレアメタルボディーへ。
ミスリルの羽を生やした美しい幼女が完成する。
「さぁ、戦おう」
ボクの中にいるバルと、対峙するレアメタルバル。
二体のバルが拳法の達人同士が行うようにゆっくりとした動作で、組み手を行う。
それは動きを確かめ合うように、ゆっくりと技をなぞり合う。
次第に攻防が激しくなっていくに連れて、両者の身体に傷が出来る。
「魔力は無限に使えるからね。レアメタルバルには負けてあげられないな」
地面に倒れたのはレアメタルバルだった。
バルがボクの魔力を保持していることで《睡眠》や《怠惰》など属性魔法の効果がない。
しかし、身体強化や補助魔法、生活魔法の一部を駆使してレアメタルバルの意表をついたことで勝利を収められた。
ボクは自分の体へ回復魔法をかけて、バルは自己再生で傷を修復する。
「ふぅ、魔法を使うのも集中力がいるから疲れるね」
「リューク!」
一息吐いて休息を取っていると名を呼ばれる。
声を弾ませてやってきた相手に驚いてしまう。
ダン? 半年前よりも逞しくなった身体は、レベル以上に鍛えていたのだろう。
「うん? ああ、ダンか、何か用?」
「久しぶりだな。最近はお前を見かけなかった」
「ちょっとね。それより何?」
ダンから名前で呼ばれることも違和感がある。
「俺は剣帝アーサー師匠に戦闘術を習って闘気を習得した」
噂には聞いていたけど、剣帝アーサーはダンを弟子にしたんだね。
「魔法の深淵を知る魔女シーラス先生に師事して魔法も強化した。もうすぐ行われる学園剣帝杯では絶対にお前に勝つからな」
剣帝と魔法の深淵を見た魔女に鍛えてもらったことで自信がついたようだ。
それは強くなっていることだろう。
レアメタルバルの試運転の相手としては申し分ない。
それに闘気、そんな力もあったな。興味がある。
「闘気か、見てみたいな。試運転にはいいかも。よし、ダン。模擬戦をしてやる」
「いいのか? お前でも、今の俺には勝てないぞ」
ボクが模擬戦をしてやると言うと、満面の笑みを浮かべる。
わかりやすい奴だ。
自分の力を示したかったのだろう。
いいさ、レアメタルバルとどちらが強いのか見せてくれ。
「ご託はいい。かかってこい」
ダンは剣を構える。
半年前よりも遙かに様になっている。
それに青白い魔力?
いや、オーラとでも言えばいいのか、闘気を纏っていた。
闘気は、魔法とは別の力で、生命力を力に変換する……、だったか?
「いくぞ!」
「ああ。こい」
ダンが地面を蹴って向かってくる。
速いが、直線的過ぎる。
レアメタルバルの動きの方が速い。
ダンの側頭部を殴打した。
弱い……、いや弱くはないが、物足りない。
「とりあえず実験は成功だな。闘気は理解できたか?」
意識を失って倒れるダン、バルがダンを解析する。
理解は出来たが、バルは闘気を使えなかった。
生命エネルギーという概念が、バルには当てはまらないのかもしれない。
感覚を共有しているボクが、バルが得たデータを使って闘気を発動すれば……。
「ふむ。出来たな。元々、数年に亘って身体を鍛えてきたから、基礎は出来ていたようだ。あとはきっかけが必要だったということだろうな……。ダン、ありがとう。君のお陰でバルとボクがまた強くなれたよ」
お礼として回復魔法をかけてから、ボクはその場を立ち去った。