幕間五 リンシャン・ソード・マーシャル
ダンジョンチームが発表されて個室を与えられた日。
散々、ミーティングをひっかき回した張本人は真っ先に個室から出て行った。
深々と溜息を吐いて、残された二人を見る。
「ちょっと話がしたい。いいか?」
扉の向こうにダンの姿が見えたが、今はダンを待たせても話をしておきたい。
「はっ、はい。なんですか」
「なんにゃ」
私の言葉に従って、立ち上がるのをやめて席に着いてくれる。
「聞いておきたい。どうしてあんな男のことを気にしているんだ」
二人の態度は明らかにデスクストスに対して好意的に映る。
もしも、あの男に弱みでも握られているのであれば、マーシャル公爵家の力を使ってでも助ける覚悟はある。私の言葉に二人は顔を見合わせた。
「でっ、では私から……リューク様は私の恩人なんです」
「デスクストスが恩人?」
デスクストスと言えば悪名が高い家であり、恩人という言葉が似合うような家ではない。
騙されたとか、脅されているなら納得できる。
恩人とはあまりにも意外な言葉で、大きな声を出してしまう。
「はっ、はい。リューク様は、私がいた孤児院を救ってくれたんです」
ミリルが頬を染めて語り出した内容に我が耳を疑う。
孤児院をデスクストスが救う?
無償でご飯を与えた?
何か毒の実験をしていたのか?
もしくは人身売買のカモフラージュのために?
信じられない言葉に脳が追いつかない。
「ご本人は、当たり前のことをしているので、気にもされていないようでした。その態度が素晴らしいのです。私にとって救世主以外の何者でもありません。凄いことをしてくれたのに忘れてしまうほど当たり前に人を救ってしまう方なのです。弟の命も救ってくれました。リューク様が居なければ、私はここにいません。だから、私はリューク様のために全てを捧げるんです」
デスクストスのことを話すミリルは彼に陶酔していた。
話が止まらなくなり、
瞳は輝いているのに、焦点が合っていない。
恍惚とした表情に赤みかかった顔は、本心からデスクストスのことを慕っているのが伝わってくる。
意外すぎる感情をぶつけられてしまい、どう対処すればいいのかわからなくなる。
もしかして洗脳でもされているのか、そんなことを疑いたくなる。
私は救いを求めるように、ルビーへと視線を移した。
まさか彼女も、そんな不安そうな瞳をしていたのだろう。
「私は……あいつが強いからにゃ」
「はっ?」
ルビーは端的な言葉でデスクストスを評価した。
確かにダンとの勝負で勝利した。
冒険者は強さこそが自分を証明する物差しだと私は思っている。
だが学園には、リュークよりも強い者は大勢いる。
ルビー自身も強い。
対戦をしたことは無いが、戦っても勝てるかどうかわからない。
そんなルビーがデスクストスを強いと断言した。
私は疑うような視線を向けてしまう。
「信じてないにゃ。それは別にいいにゃ。でも、あいつが学園で一番強いにゃ。それは間違いないにゃ。私は強い奴が好きにゃ。私の家族も強い者が好きにゃ。リューク様は差別をしにゃいにゃ。だから、私はあいつの側にいるにゃ」
二人から説明を聞いても全く理解できない。
「恩人? 強者? 差別?」
あまりにも自分の頭の中にいるリューク・ヒュガロ・デスクストスの人物像と一致しない。
デスクストス公爵家は、代々王国の宰相として国王に仕えていて歴史は王国誕生にまで遡る。
初代国王と親友だった初代デスクストスが、王の妹を妻にもらったことで、親戚関係が始まっている。
歴史は進み、デスクストス家が様々な家系と婚姻を結んだことで、王家との血縁は薄まっているが、それでも王家に次ぐ高貴な家系であることは間違いない。
だが、最近のデスクストス公爵家は、悪評しか聞かないのだ。
曰く、獣人を雇っているのは建前で奴隷として人身売買をしている。
曰く、王都に権力を集中させて、貴族達を集めて悪巧みをしている。
曰く、王国の金貨を集めて市場を裏で操作している。
他にもたくさんの悪評があり、事件の裏にはデスクストス公爵家の影が存在している。
兄上は同級生であるテスタの調査のために親交を深め、父上は軍務の合間にデスクストス公爵家の悪事を暴くための調査を続けている。
私は同級生であり、デスクストス公爵家の第二子息であるリューク・ヒュガロ・デスクストスを調査するつもりだった。
事前に調べた奴の情報は、変人の一言だった。
男性なのに美容に興味を持ち。
貴族のくせに自分で食事を作り。
婚約者と遊びほうけるばかり。
それが調査結果であり、私が知り得たリューク・ヒュガロ・デスクストスの人物像だ。
ミリルが言った慈善事業をしたという記録などありはしない。
ルビーが言うように鍛錬をしている様子も調査報告にはない。
では、実際に見たリューク・ヒュガロ・デスクストスはどのような人物なのか。
見た目は、噂通りで男のくせに小綺麗にしていて、軟弱な印象だった。
入学式でも、授業中でも、こうしてチームを組んでも女性を侍らせている。
婚約者ではない女性と遊びほうけてばかりの女好き。
貴族らしくない男で、挑まれた決闘を断った。
ただただ誇りのない貴族で、印象はやっぱり最悪だった。
でも、鍛錬した様子もないのに、ダンには勝利した。
噂通りの見た目と態度を取るのに、調査にはない強さを持つ。
総じて私が出した結論は……。
「理解できない。奴の一族は悪だ。理解出来ない以上。得体のしれない者であることに変わりは無い。監視をやめることはないな」
二人に礼を述べて、解散を口にした私は廊下に出てダンと合流する。
「待たせたな」
「いや、全然大丈夫だぜ。奴がいないのによかったのか?」
ダンはデスクストスが出て行くのを見ている。
「問題ない。私は彼女たちと話したかったんだ。奴は私以外のメンバーには慕われていたぞ」
「そうか」
「うん、驚かないのか? 私には理解出来んな」
いつもならダンも私と同じく文句を言うところなのに。
ダンは何も言わず困った顔をしていた。
「ダンジョンに入れば奴のことを理解できるかもしれない。人は危機に直面したとき本性を現すからな。魔物と対峙すれば奴の本性が見えるかもしれん。監視は続けるつもりだ」
私は入学してから、ずっとデスクストスのことばかり考えている。
理解できない行動が多いことに答えが出ないからだ。
ダンジョンで奴を見極める。
ダンジョンでも私は奴を理解することはできなかった。
だからこそ、戦うことで奴を知ろうと校内ランキング戦を挑んだ。
やつは戦いを拒否して、ルビーに代理を任せた。
ルビーに負けて意識を取り戻した私の横にはダンがいた。
「うっ、うん。ここは」
「よう。目が覚めたか、姫様」
「ダン、ツッ! そうか……私は負けたのか」
顎に残る痛みと、未だに揺れる視界。
ダンがいる安心感と共に、ルビーに負けたことを実感する。
デスクストスが言うことが正しかったような、喪失感が胸を締め付けた。
「ああ。負けた。俺たちは二人とも負けたんだ」
「なんだ、お前は悔しくないのか?」
「悔しいさ。悔しいから、俺たちは理解しなくちゃいけねぇ」
「……何をだ」
私は揺れる視界を閉じて、顔を腕で隠しながら問いかけた。
「俺たちは間違っていた」
「間違ってなど!」
「間違ってんだよ。誰かに聞いた話を信じるんじゃなく、自分で見たことを信じろよ」
否定する私に対してダンが怒鳴り声を上げる。
それは今までの彼とは違う叫びだと理解できる。
「……ダン」
「いいか、リューク・ヒュガロ・デスクストスは強い。それもとんでもなく強いんだ。あいつの家が悪さをしてるとか、そんなこと知らねぇよ。あいつ自身は強さを手に入れるために努力してんだよ。それを認めて理解しろ。俺たちは強くなる努力をあいつ以上にしないと勝てないんだ。姫様、お前はあいつよりも弱い」
それは私もわかっていたことだ。
私以上の強さをもっている相手であること。
奴を慕う者達がいるということ。
奴個人は何か悪いことをしたかと聞かれれば何もしていないこと。
やる気が無く何もしようとしない。
無害なくせにやることは効率が良くて、納得ができない。
「すまん。言い過ぎた」
「いい。私も自分で考え始めていたことだ……」
「よし。寮に帰って美味い物食べようぜ。腹がへっちまったよ」
「ああ」
ダンに肩を貸してもらって部屋に帰った。
その後も、私はリューク・ヒュガロ・デスクストスについて考えていた。
それからの日々は、リューク・ヒュガロ・デスクストスを目で追う日々だった。
負けた手前、ダンジョンでは奴の言うとおり効率的にレベルを上げた。
マーシャル領にいたときは危険な魔物が多かったので、戦える相手は限られていた。
そのため騎士に守られ、少しずつレベルを上げることしかできなかった。
だが、魔物が弱いこともあるのだろう。
リュークの言うとおりに魔物を倒して行けば、二週間ほどで私はレベル十を超えた。
レベル十は騎士としては駆け出しとして認められるレベルだ。
基本的にレベル二十からが騎士として認められるレベルになる。
身の軽さを味わい、眠らされる前の魔物に気づいて一人で戦ってみた。今までなら苦戦した魔物を簡単に倒すことができた。奴に咎められるかと思ったが、奴は何も言わずにただ近づく敵を眠らせ続けていた。
ミリルも矢を撃てる範囲が広がり威力も上がった。
ルビーの素早さや隠密力も高まっている。
レベルを上げることで、各々が得意な分野がレベルアップしているのが実感できた。
いよいよ課外授業本番という頃には、私のレベルは十五にまで達していた。
入り口付近であれば一人でダンジョンにチャレンジしても問題ないレベルになっていた。
出発の際に準備万端にして行ったつもりだが、三人からダメだしを受けた。
荷物を減らされ、防具も最小まで減らされてしまった。
身軽で動きやすい姿の方が、ダンジョンでは行動しやすい。
必要ないアイテムについて、ミリルの説明も納得できた。
いつも通りリュークの魔法で魔物を倒す課外授業初日には、私のレベルは十六になった。
こんなにも簡単にレベルが上がっていくのは、今まで感じたことがない。
夜になると、奴が用意したテントの中で寝ることが出来た。それも奴のお陰で安全に休むことが出来た。全て、リュークが起点となっている。
先に眠ってしまったリューク。
女子だけで話す機会が出来て、ミリルとルビーに謝罪した。
今までの私はリュークを敵視するあまり、二人のことを考えていなかった。
それはリュークが言った言葉が正しかったことを認めることになる。
ここまで効率よくレベルが上がって二人が強くなったのを見て、私は認めるしかない。
奴を見るようになって、奴自身は無害だと判断した。
むしろ、様々なことに気を使っていることがわかってきた。
貴族派の者達がリュークに命令されて嫌なことをすることもない。
傲慢な貴族は、下の派閥に悪さを命令する者がいる。
リュークはそんな者とは違っていた。貴族派の者達がのんびり出来るように、休憩時間にはどこかに居なくなる。リュークが居なくなれば教室内で、もめ事も起きない。(基本的にもめていたのは私だった)
◇
考えごとばかりしていると、眠りが浅くなってしまった。
ふと気がついたとき、リュークがベッドからいなくなっていることに気づいた。
簡易な装備だけ持って、私はテントを出た。
リュークの姿を追いかけて気配を辿った先に奴を見つけた。
まだ明け方の暗い時間、リュークは一人で鍛錬をしていた。
洗練された格闘術で身体を動かしながら、魔法を発動して、武術と魔法を融合させるような独特な形を実践していた。奴の動きに……、見惚れてしまう。
滑らかな形に、鍛え上げられた身体。
美しい魔法は、どれだけ鍛錬すれば辿りつけるのかわからない。
ダンが言った意味をやっと理解できた。私は……気がつけば奴に襲いかかっていた。
「くっ、さすがだな」
あっさりと躱されてしまう。
「なんのつもりだ。本当に殺されたいのか? ここは学園でも、ランキング戦でもないんだぞ。ダンジョンでお前を殺せば証拠も残らない」
威圧を受けて、初めて分かる。リュークは私よりも遥かに強い。
「……それが本来のお前か」
「はっ」
「気配を消して、ずっとお前が起きてからの行動を見ていた。激しい肉体の鍛錬。それをしながらの魔法発動、凄い技術だ」
これが本来のリューク・ヒュガロ・デスクストス。
「ハァ、何がしたいんだ」
「私と戦え」
「またそれか、お前は本当に戦うことしかできないのか?」
「私がバカなことは自分でもわかった」
私は自分の目でちゃんとリュークを見ていなかった。
「デスクストス公爵家が我が家にとって、敵なのは変わらない。だけど、お前が私の敵なのかどうかは、私にはわからない」
家族の言葉を疑うわけじゃない。
でも、私にはリュークが敵には感じられない。
「ずっと私はお前を敵視してきた。だけど、ダンは言ったんだ。誰かに聞いた話を信じるんじゃなく、自分で見たことを信じろって」
ダンの話をすると、リュークは深々と息を吐いた。
「一度だけだ。模擬戦として戦ってやる」
「本当か?」
「但し、金輪際ボクに対して戦いたいと言ってこないことが条件だ」
「ありがとう」
嬉しかった。戦うことで語り合えることもある。
「お前は何をかける戦いだ」
「何も、私は戦った相手の心を刃を交えることで会話できると信じている。お前と戦うことで、お前のことが分かると信じている」
「そうか、戦闘バカだな」
奴が初めて笑った顔を見た。
何故か、ドキッとして少し胸が痛い。
「いくぞ」
もっとも得意な一撃で初撃を放つ。
しかし、躱されて腕を掴まれそうになった。
「やらせない」
何度攻撃を仕掛けても当たらない。
「くっ、ハァハァハァ」
息を切らした私の元へリュークから初めて攻撃を仕掛けてきた。
「ぐうっ、まだだ」
奴が仕掛けた攻撃に対して、私は腕を掴んで共に倒れる。
なっ、私の唇にリュークの唇が!
「んん」
リュークは何もなかったように離れていく。
「終わりにしよう」
そういってデコピンを受けた。
「ハゥッ」
衝撃が強すぎて立てない。
「ボクの勝ちだ。金輪際、ボクに戦いを挑むなよ。ハァ、シャワー浴びてこよ」
去っていくリューク……。
私の初めてをリュークに奪われた?
一気に顔が熱くなる。
「二人の元へ戻るのはまだ無理だ」
私は顔の火照りを冷ます為に辺りを歩いているうちに違和感に気づいた。
「なぜだ? 魔物がいない?」
違和感を覚えた私はしばらく散策をしてテントへ戻り、ミリル達に異変を報告した。
リュークは眠っていて、彼の顔を見るだけでドキドキしてしまう。
今、私の横にはリュークが寝ている。