第十三話 課外授業
いよいよ本番の課外授業が始まろうとしていた。
リンシャンとルビーの決闘以降。
リンシャンは週末にダンジョンに行く事は誘うが、大人しく従うようになった。
ダンジョン攻略を終えても、何も言わずに立ち去っていく。
「本日より、課外授業を開始します。課外授業は、零クラスから順番に三日間をダンジョン内で生活をしてもらいます。ダンジョン内で生き残ること、食事の用意や寝床の確保など基礎学習にて学んだことを活かしてください。先生達も救援要員として、森ダンジョンには居りますが、教師が助けなければいけない緊急事態以外の救出は、成績の評価を下げることになると覚悟してください」
シーラス先生が、教師代表として課外授業の説明をしてくれて、零クラスは各々のチームメンバーたちの元へと集まっていく。
「おっ、おい」
今日は、珍しくリンシャンの方から話しかけてきた。
「何?」
「どうして何の用意もしていないんだ?」
リンシャンは重そうな鎧を纏い、リュックを背負って立っている。
三日間のダンジョン実習をするにしては重装備過ぎる。
「逆に君は荷物が多すぎない?」
「それはそうだろう。三日間もダンジョンで過ごすんだ。食事だけでなく、女性には準備が必要だからな。荷物は多くなるというものだ」
リンシャンの発言に、ルビーとミリルが顔を見合わせる。
元々、孤児で朝の用意は水で顔を洗うだけだったミリル。
冒険者として、野営が多い生活をしてきたルビー。
二人ともダンジョンで過ごす際に、装備と保存食を用意して、女性の準備を最低限しかしていない。ボクは二人の方が正しいと思う。
公爵家の令嬢として育てられたリンシャンは、従者を男性のダンにしているので、女性として必要な物を全て自分で用意しているのだろう。
別にそれが悪いとは言わない。
ただ、ダンジョンに行く用意として、不適切としか言えない。
「ルビー、バッグの中身を確認して」
「はいにゃ」
「ミリル。マーシャル嬢へダンジョンに挑戦する際の説明をしてあげて」
「わかりました」
ボクに言われるよりも、同性から言われた方が納得するでしょ。
ルビーにリュックを剥ぎ取られ、ミリルに叱られる。
鎧は脱がされ、なんとも情けない姿で正座をして説教を受ける。
リンシャンが逃げ出してボクの前にやってくる。
「どっ、どうして私がこんな目に」
軽装になったリンシャンは、腰に剣を佩き、背中には丸盾を背負って、胸と脛の防具以外は、脱がされてパンツとシャツといった冒険者スタイルになる。
引き締まった身体は、着痩せするタイプでスタイルが良かった。
腰にはマジックポーチをぶら下げているので、荷物は全てそちらのポーチに収納された。
「うん。そんなもんじゃない」
「ちょっと待て、ミリルの説明を受けて、私が無駄な荷物を持ってきたのは分かる。だが、お前はどうして武器の一つも持っていないんだ。食事はどうした。わっ私は、食料を分けてやらんぞ」
こちらの心配をしてくれる辺りは、根が優しいのだろう。
マジックポーチを自分だって持っているのに、何を言っているのだ。
ルビーに負けたからか、改心したダンに何か言われたのか、随分と大人しくなった。
「ボクのことは気にしなくていいよ。三日間よろしく。暗くなる前に寝床の確保をしたい」
「わかりました」
「了解にゃ」
「わっ、わかった」
リンシャンがリーダーとしての役目を果たしていないので、ボクの合図で出発する。
どうせボクはミリルに引っ張ってもらうだけなので、クッションに乗って本を読む。
「おっ、おい」
「うん。何?」
ダンジョンに入ってもいないのに、リンシャンがボクの横を歩いている。
「ダンから聞いた」
「何を」
本へ視線を向けたまま、耳を傾ける。
「医務室まで運んでくれようとしたんだろ」
「結局、ダンが運んだけどね」
「……ミリルから、孤児院で助けてもらった恩を返していると聞いた」
「さぁ、そんなこともあったかな」
「むむむ、私はルビーに負けた。私よりも強いルビーが、お前の方が強いと言っていた。たっ、鍛錬はずっとしているのか」
う~ん、なんだろう。凄く話しかけてくる。
別に本を絶対に読みたいわけじゃないけど、話しかけられて邪魔されると面倒だ。
「してないよ。身体を動かすのは嫌いだからね。はい。話は終わり。ダンジョンに入るよ」
「わかった」
ダンジョンと言う言葉に反応して、リンシャンが臨戦態勢に入る。
ここからの作業も慣れてきた。
眠った魔物を三人が狩って魔石と素材を収集していく。
リンシャンも随分と慣れたようだ。
夜まで休息を挟みながら、レベル上げを繰り返した。
「野営の準備をするね」
ボクは、丁度いい見晴らしの場所を見つけてテントを張る。
「なっ、なんだこれは」
「テントだけど、見れば分かるよね?」
数名が入って寝られる程度の大きな天幕式のテントをマジックポーチに入れて持ってきた。
「分かるが、こんな大きなテントをダンジョンの中で張ったら、襲ってくれと言っているようなものだ」
「うるさいなぁ。ボクのポーチはマジックバッグなんだよ。チームなんだから知っているでしょ。一日中、外で過ごしたんだから、シャワーも浴びたい。ベッドで寝たい。ちゃんと身体のケアをしないとお肌に悪いからね」
テントは、四人が寝ても余裕があるほど広さが十分にあり、簡易トイレ、魔導シャワーを設置できるようにしている。全てカリンが買ってくれたものだ。
去年のカリンとアイリス姉さんたちもテントで過ごしたそうだ。
食料は、カリンが作り置きしてくれている美味しい保存食をポーチに入れて持ってきた。
「野営で、こんな豪華な食事が」
「美容には良質なタンパク質とミネラル、食物繊維が必要なの。糖質とグルテンはお肌の敵だよ。食事は身体の資本だろ」
大豆で出来たパスタに干し肉と野菜とキノコのスープ。
カリンが発明したダイエットメニューは味もいい。
リンシャンにも振る舞ってあげているのにうるさいなぁ。
「リューク様、食堂のご飯より美味しいです」
「凄いにゃ。美味しいのにお肌が綺麗になるなんて反則にゃ」
ミリルとルビーは幸せそうにパスタとスープを味わっている。
「美味しい……」
リンシャンも一口食べて頬を緩める。
一通りの食事を終えたボクはシャワーを浴びて、洗顔や化粧水などの、美容関連の寝る準備をしてからパジャマを着てベッドへ入る。
「おっ、おい。寝ている間の見張りは誰からするんだ。リュークが寝るなら、私からにするぞ。いいのか?」
夜になって張り切り出すリンシャン。
ボクは説明するのも面倒なので、ミリルに説明を託した。
「リンシャン様、見張りは不要です」
「はっ?」
「リューク様は、寝ている間も常時魔法を発動していられるそうです。ですから、リューク様の半径三十メートル以内には魔物は近づくことができません」
リンシャンがこちらへ視線を向けているのを感じたが、ボクは目を閉じた。
「こいつ。もう寝たのか、クソ」
まだ寝てはいないが、うるさいので寝たふりをする。
「姫様」
「なっ、なんだ。どうしてミリルが私を姫様と呼ぶ?」
「私の出身はマーシャル領です。姫様のことも知っております」
「そっ、そうだったのか」
同郷の者だったことにリンシャンが嬉しそうな声を出す。
「どういうおつもりですか?」
「何がだ?」
「この間まで、リューク様のことをお嫌いでしたよね」
「おっ、おい。寝ていると言っても、本人がいる前だぞ」
まぁ起きているけどね。
いつでもスリープで眠れるけど、彼女たちの話に興味がある。
「リューク様は、一度寝てしまうと一定時間は起きないそうです」
スリープタイムを使うからね。
「そうなのか」
「ただ、防御システムが働くから、敵意を向けたり、攻撃するような動作をしたら撃退されるそうです」
寝ている間は、バルが監視しているからね。
「なんだそれは、達人レベルではないか」
「そんなことはどうでもいいのです。姫様のお気持ちをお聞かせください」
珍しく、ミリルが強気にリンシャンに詰め寄っている。
「いや、あの……ふぅ。気持ちか……そうだな。自分でもわかっていなかった。だけど、整理するために話すのもいいかもしれない」
「やっと話す気になったかにゃ」
「ああ、今まですまなかった」
リンシャンが二人に対して、謝罪を口にする。
公爵家の姫君として育てられたリンシャンが、平民である二人に頭を下げた。
「あっ、顔をお上げください」
「いいや、まずは謝罪を受け入れてほしい」
「何を謝罪しているのかにゃ」
リンシャンの謝罪に、ルビーが冷静に問いかける。
「今までの私の態度だ。傲慢で自分勝手だった」
「そうかにゃ。そう思うなら私は謝罪を受け入れるにゃ」
「私も謝罪を受け入れます」
「そうか、よかった。お前たちはチームであり、クラスメートだ。仲良くしてくれると嬉しい。どうか私のことはリンシャンと呼んでくれ」
素直に謝罪を口にできたリンシャンの態度に、ボクはこれ以上聞くのは無粋だと判断して眠りについた。
遠くから三人の笑い声が聞こえてきたから仲良くなれたのだろう。
◇
明け方に目が覚めたボクはモーニングルーティンを始める。
いつもなら愛しい天使が、横に眠っているはずなのに。
今日は三人の美少女が寝ている。
愛しい人がいないだけで寂しく感じてしまう。
三人を起こさないようにテントを出て、ダンジョンを散策する。
朝は魔物も寝ているのか、ダンジョンの中は静かで心地よい空気が流れていた。
「ふん」
最近はコントロールの魔法を強化するために、バルに体を預けながら、意識を覚醒させている。バルを発動しながら、魔法を同時に発動する鍛錬をするためだ。
無属性魔法のサーチを習得してからは、応用を考えるのが楽しい。
寮内にいる人間の数や性別まで判断するために、色別のマークをつける設定を作った。
マークによって、敵か味方か判別できるようにした。
敵は赤、味方は青、どっちとも判断できない警戒が必要な相手は黄色。
相手の魔力や敵意によってサーチが反応するように設定する。
イメージは有名なダンジョンゲームに使われるマップ画面だ。
敵であればオートスリープが反応して飛んでいく。
それでも近づかれた敵は、バルによって迎撃される。
三つの魔法を同時に発動していると魔力消費が激しい。
そのため魔力を調整してコントロールする技術を訓練中というわけだ。
不意に武器を持った黄色信号がサーチにかかった。
バルが撃退行動を取ろうとする。
「くっ、さすがだな」
剣を持って攻撃を仕掛けてきたのは、リンシャンだった。
鞘に納められていると言っても、撲殺は出来ると思うぞ。
ボクは意識を覚醒させて体へと戻した。
「なんのつもりだ。本当に殺されたいのか? ここは学園じゃない。校内ランキング戦でもないんだぞ。ダンジョンでお前を殺せば証拠も残らない」
ボクは怒りで、魔力を含んだ威圧をリンシャンにぶつける。
「それが本来のお前なのか」
「はっ?」
「気配を消して、ずっとお前が起きてからの行動を見ていた。ダンジョン内の散策をして、激しい肉体鍛錬、それをしながら魔法をいくつも発動していた。どれも凄い技術だ」
彼女の表情に敵意は見えない。
戸惑いと不安、そして、後悔の感情が見て取れる。
「ハァ、何がしたいんだ。本当に」
「私と戦え」
「またそれか、お前は戦うことしか頭にないのか」
「私がバカなことは、自分でもわかった」
呆れて声を掛ければ、リンシャンの顔は今までのような思い詰めた顔ではなかった。
今まで見たことがない、清々しい顔をしていた。
「デスクストス公爵家が我が家にとって、敵対貴族であることは変わらない。だが、お前が私の敵なのかどうかは、私にはわからない。ずっとお前を敵視してきた。ダンは言ったんだ。誰かに聞いた話を信じるんじゃなく、自分で見たことを信じろと」
ダンの態度の変化もおかしいが、リンシャンもその影響を受けたようだ。
ゲームの流れと違ってしまったのは、チュートリアル戦で勝ってしまったせいか。
ボクのせいで流れが変わってしまったのなら。
「一度だけだ。模擬戦として戦ってやる」
「本当か!」
「但し、金輪際ボクに対して戦いたいと言ってこないことが条件だ」
「ありがとう」
悩むかと思ったが、リンシャンは嬉々として礼を口にした。
お礼を言われるのは想定外なので、拍子抜けしてしまう。
本当に今までとは違うようだ。
正義感を振りかざし、こちらの話を聞かないリンシャンではない。
「お前は何をかけた戦いだ?」
「何も、私は戦った相手と刃を交えることで、心の会話ができると信じているんだ。お前と戦うことで、お前のことがわかると信じている」
「そうか、本当に戦闘バカだな」
ボクはコントロールで意識を覚醒させた状態で、バルへ体を預ける。
属性魔法を使えば、簡単に勝ててしまう。
だけど、それじゃリンシャンは納得しない。
「いくぞ」
正攻法で剣を振るうリンシャン。
バルは、身を躱してリンシャンの腕を取ろうとする。
しかし、大きく飛び退いてリンシャンが距離を取った。
「やらせない」
リンシャンの動きには形があり、一連の動作を覚えてしまえば、バルの敵ではない。
バルは相手の動きをデータとして蓄積していく。
蓄積されたデータから相手の行動を予測して、ヒット率の高い行動を当てることができる。
「くっ」
剣を交わすほどに、リンシャンはボクへ攻撃を当てることができなくなっていく。
「ハァハァハァ」
息を切らせるリンシャン。
そろそろ終わりにしよう。
「ぐうっ、まだだ」
バルによって倒されるリンシャンが悪あがきのためにボクの腕を掴んで一緒に倒れた。
二人は、身体を重ね合わせ、唇がぶつかり合う。
「んん」