「………」
「無視するな」
「もう、うるさいなぁ、何が不満なの」
こんなにも快適で安全にダンジョンを攻略できているのに。
どうして不満があるのかわからない。
「全部だ。どうしてお前はクッションに乗って寝ているんだ。どうしてミリルがお前を運んでいるんだ。どうして魔物が戦っていないのに寝ているんだ。これじゃ戦闘訓練にならないだろ。ハァハァハァ」
息が切れるほど、一気に叫んだリンシャンがボクを睨む。
彼女の思想とボクの思想はやっぱり合わないね。
「ミリル、説明できる?」
「はい。お任せください」
ボクは説明が面倒なので、ミリルに丸投げした。
「よろしいですか? リンシャン様。リューク様がクッションに乗って寝ているのは動かなくても魔法を発動できるからです。じっとしていることで魔法へ集中するためでもあります。私がリューク様を運んでいるのは、リューク様が動かなくても移動するためです。魔物が寝ているのは、リューク様が魔法を発動してくれているからです。ダンジョンは危険な場所なので、戦闘が苦手な私でも弓の訓練をしながら経験値を得られます。弱い私でもレベルを上げることができるということです。リューク様の優しさと行動がわかりましたか?」
オドオドしていたミリルはいない。ハキハキとした口調で説明を終える。
ミリルは仕事をやり終えた満足そうな顔で、ボクを見る。
頭を差し出されたので、「よくできました」と頭を撫でてあげた。
「ズルいにゃ。私も撫でてほしいにゃ」
魔石狩りから戻ってきたルビーが、ミリルと反対にやってきたので撫でてあげる。
可愛い女の子二人を侍らせるような見た目になってしまう。
二人のご褒美が頭を撫でることでいいならラクなので受け入れた。
「だからそれがおかしいだろ。ダンジョンは危険なところなんだ。助け合うことで絆を高め合ってチーム力を向上させるんだ。これでは寝ている魔物を倒すだけの作業じゃないか」
ダンジョンの中で叫び続けるリンシャンの方が、危機管理能力がないと思う。
危険と言いながら、魔物を誘き寄せるような行為をするのはやめてほしい。
「ねぇ、それの何が悪いの?」
危険がなくて安全に魔物を狩れている。
レベルが上がれば、ミリルやボクも強くなる。
レベルが上がればチームも安全になって、ダンジョン攻略がラクになる。
「わっ、悪くは……ない」
魔石を取り除いた魔物は、ダンジョンに吸収されていく。
魔物の死体が死屍累々という気持ち悪い状況にはならない。
魔物を大量に倒せば、ダンジョンを弱体化させることができる。
他のチームも、弱い魔物しか出なくなればラクにダンジョンを攻略できる。
「だが、こんな戦い方……」
「ねぇ、君は仲間を危険に
「違う! 私は……」
尻つぼみに言葉を失うリンシャン。
「魔物は討伐しなくちゃいけないんだよね。簡単に倒すことができれば、倒す人も、魔石を欲しい人も喜ぶんじゃない。どっちが不謹慎なことを言ってるかわかってくれる?」
ここまで言わなければわからないのだろうか?
戦闘バカに戦闘するなということが無理なのかな?
「……」
黙り込んでしまったリンシャンに、二人も気まずそうな顔をする。
「ハァ、気に入らないなら今日はもう解散にしよう。本番の課外授業じゃないんだ。リーダーがやる気ないならもういいでしょ?」
元々、リンシャンによって、強制的に週末に集められたんだ。
これ以上続ける意味はない。
「まっ、待ってくれ。私が……悪かった。続けよう。まだ時間はある」
顔は納得しているようには見えないが、他の者たちのために引き下がったようだ。
それからは黙って働くようになったリンシャン。
ルビーと共に眠る魔物を狩って魔石を取り出す。
こうして初ダンジョンは終了した。
学園に魔石を提出して完了となる。
解散寸前で、リンシャンが立ち止まる。
「リューク・ヒュガロ・デスクストス」
「何?」
「私と校内ランキング戦をしてほしい」
「ハァ、ダンの時のことを忘れたの。殺すよ?」
「……」
思い詰めた顔をしたリンシャンがジッとボクを見つめる。
「そんな真剣な目で見られてもね。面倒だな。ルビー」
「はいにゃ」
「君が相手をしてやれ」
「任せるにゃ」
「まっ、待て! それでは意味が」
自分勝手にこちらの都合も考えないで、戦闘で決着をつけようとする。
自分が間違っているとは考えないのかな。
「何、意味? ボクには戦うことに意味なんてないよ。君には意味じゃなくて目的があるんでしょ。君が勝ったら、魔法を使わないで魔物と戦闘しろっていうんでしょ? わざわざ危険なことをチームに命令するための戦いでしょ」
「そっ、それは……」
瞳を揺らして、迷いながら奥歯を噛み締める。
「前にも言ったけど、力だけで決めようとする野蛮な奴は殺すよ。君はボクとどっちの意見が合っているのか決める戦いがしたいんでしょ。ボクの代理としてルビーが代表を務める。彼女が負ければ君の言うことを、チームメンバーが聞くんだ。ボクでもルビーでも一緒だよね。その代わり負けたら従ってね」
これはボクなりの譲歩だ。面倒な戦いをしたくないって言うのもあるけど、彼女の気持ちを発散させてあげることで、大人しくなってくれればそれでいい。
彼女は、戦うことでしか伝えられない不器用な人なのだ。
「……わかった。ルビー、頼めるか?」
「わかったにゃ。ランキング戦をリンシャンに挑むにゃ」
「承諾する。戦い方は一対一だ」
不器用な女子を気遣うって面倒だなぁ。
◇
闘技場でルビーとリンシャンが向かい合う。
審判は、副担任のシーラス先生が務めてくれる。
「ルビー、お前に聞いておきたい」
「なんにゃ」
「お前は冒険者だ。どうしてあの男の戦い方を認められるんだ」
リンシャンは、縋るような目でルビーに問いかけていた。
「はっ、お前は本当にバカなのかにゃ」
「ナニっ」
「冒険者は、戦うことを目的にしてないにゃ」
「なんだと、魔物と戦っているじゃないか」
「そこが考え方の違いにゃ。私たちは、生きるために仕事として魔物と戦っているにゃ。魔物を狩るのも、魔物と戦うのも、素材や魔石を集めるためにゃ。安全に魔物を狩れて、ダンジョンの素材が集められるなら嬉しいにゃ。命をかけなくていいということは、仲間や自分が傷つかないで仕事ができることにゃ。これほど幸せなことはないにゃ」
リンシャンは、目を閉じて覚悟を決めたようだ。
「答えは決着の後に出す」
「いいにゃ。相手してやるにゃ」
二人が臨戦態勢に入って、シーラス先生が開始の合図を宣言する。
「それでは、成績ランキング十八位ルビーの申し出により、成績ランキング四位リンシャン・ソード・マーシャルとの校内ランキング戦を開始する」
二人が距離をとり、合図を待つ。
「開始」
二人が同時に動き出した。
少しだけルビーの速度が勝る。
「ふんにゃ」
「舐めるな」
獣人特有の身体能力の高さを活かした素早い動きは、学年一位の速さを誇る。
相手の死角を狙ってフェイントをかけるルビーの動きに、リンシャンも対応している。
実技学科で、手合わせをしてる者同士なのである程度は動きが読めるのだろう。
「無理にゃ」
だけど、経験値はルビーの方が上のようだ。
リンシャンがルビーの速度についていけなくなってきている。
「シールド」
ルビーの猛攻に耐えきれなくなったリンシャンが、属性魔法《盾》を使って防御を固める。
だが、《盾》を使って背後を守っても全方位はカバーできない。
「甘いにゃ。《風》よ。吹くにゃ」
リンシャンがルビーの作り出した属性魔法《風》から身を守るために立ち尽くしている間に、ルビーはリンシャンの下に潜り込んで顎を蹴り上げた。
下から突き上げられて、脳を揺らしたリンシャンは意識を失って倒れた。
「終わりにゃ」
「勝者ルビー。これによって成績ランキングを変動させます」
シーラス先生の決着の声が闘技場に響き渡る。
二人の戦闘を見ていた。
ボクはゲーム世界に登場する、リンシャン・ソード・マーシャルについて考えていた。
彼女は、主人公が誰とも上手くいかない時でも、結婚ができるちょろインとしてゲームに存在する。
プレイヤーとしては、簡単に攻略ができるので、人気の少ないヒロインだった。
個性豊かで見た目も可愛いヒロインが多く登場するため、簡単に攻略できるリンシャンよりも、明るく可愛い猫娘のルビーなどは人気ヒロインだった。
リンシャンは、他の女性を選ばなければ勝手に結婚できる。
どうでもいいヒロインとして、プレイヤーたちからちょろイン認定を受けていた。
だけど、ボクの評価は他のプレイヤーとは違う。
今のボク、悪役貴族のリュークには厄介な相手として、話が噛み合わないこともある。
だけど、ボクがプレイヤーだった時、リンシャンは推しキャラだった。
本来の彼女は、最高の良妻なのだ。
主人公を愛し続けるからだろうと思うプレイヤーも多かっただろう。
だが、違う。違うと宣言する。
確かに主人公とのエンディングでは、プレイヤーの想像通り、主人公を愛し続けた良妻として、夫を一途に愛し、子供を心から愛する素晴らしい女性であることは間違いない。
愛する者を大切にするが故に、愛する者から与えられる言葉を信じてしまう。
それだけ彼女は純粋なのだ。
今は、主人公のダンと恋人関係ではないので、マーシャル公爵家から告げられたデスクストス家の情報を
では、ボクがどうしてリンシャンを推すようになったのか、その話をしよう。
ダンの恋人に選ばれなかったリンシャンはどうなるのか?
そのほとんどが、悪役貴族のリュークに捕えられる未来が待っている。
リュークに捕えられたリンシャンは、「くっ、殺せ」と言わされながら、初めての体験を経験する。そして、リュークの子を身籠るのだ。
立身出世パートでは、リュークの妻として、ダンの敵として現れるリンシャン。
リュークの妻となり、主人公の敵になったことで、リンシャンの美しさが際立つことになる。リュークが強引に彼女を手に入れたとしても、リンシャンは初めてを捧げた相手を夫として認め、最期まで添い遂げてくれるのだ。
それは、リュークとの間に出来た子を守り、リュークを愛する気持ちを貫き通して気高く誇り高い女性であり続けた最期を遂げる。
プレイヤーとしてゲームをしていれば思うことだろう。
リュークを殺せば、リンシャンは戻ってくると。
だけどリンシャンはダンの申し出に対して……、
「戻ってこい。リンシャン。また一緒に暮らそう」
「もう遅いのだ。私の家族はこの子とリュークだけだ。ダン、貴様は夫を殺した。私は死んでもお前のモノにはならない」
斬首されたリュークの頭を抱き抱えて、自らの体を激しい炎で焼くリンシャン。
リュークと共に最期を添い遂げる姿は脳裏に焼き付いている。
リンシャンは、良い意味で一途な性格の乙女なのだ。
夫だけに尽くす、ダメンズ製造機とも言う。
怠惰なボクとしては悪い称号ではない。
その清らかな心は、悪い男にも尽くしてくれる。
リンシャンのことを考えながら、闘技場へと下りていく。
「勝ったにゃ」
「よくやった」
勝利を喜ぶルビーの頭を撫でて誉めてやり、リンシャンへと近づいていく。
「デスクストス君、何をするつもりですか?」
ボクを警戒しているシーラス先生が問いかけてくる。
「医務室に連れていくだけです。闘技場の中にあるのでしょう?」
「あるわ。お願いできるかしら、私は、学園長に報告するけど大丈夫?」
「ええ、構いませんよ」
シーラス先生は、警告するように学園長と口にする。
ボクにとってはどうでもいいことだ。
リンシャンをバルに乗せて浮き上がらせる。
「その魔法は……デスクストス君。お願いしますね」
シーラス先生は闘技場を去っていく。
ボクは残されたチームメンバーの二人を見る。
「ルビー、ミリル、今日は解散だ」
「はいにゃ」
「わかりました」
ルビーは、ボクの意図を酌んで、素直にボクの言うことを聞いて従ってくれた。
ミリルは、ボクの言うことに対して、反論する気も無い様子で全て受け入れてくれる。
ゲームの世界では、主人公に選ばれなかったリンシャンは、リュークと戦って敗北する。
そのあとは、リュークが無理やりリンシャンを自分のモノにする拷問シーンに入る。
ただ、今回リンシャンを倒したのはボクではない。
それにボクは拷問するつもりもない。
男性であるボクが、女性であるリンシャンを医務室に運んでいく。
それはボクから推しへの敬意でしかない。
医務室に向かう途中、ダンが駆けつけてきた。
「リューク・ヒュガロ・デスクストス……。姫様は負けたのか?」
見ればわかることを問いかけてくる。
「ボクにではないけどね」
「戦いを挑まれたんじゃないのか?」
「断ったよ。代わりにルビーが戦った」
ダンとまともに会話をするのは初めてだ。
もっと熱血漢で猪突猛進的なタイプかと思っていた。
だが、ダンは冷静に現状を見ている。
もっと考えなしに突っかかってくるかと思ったが、意外にも冷静な対応に拍子抜けしてしまう。
「意外だな」
「うん? ああ、デスクストスには迷惑をかけたと思っている。すまない」
ダンは入学時に行った校内ランキング戦でのやり取りを謝った。
「ふむ、どういう心境の変化だ」
想像していた主人公像とは違っていた。
何か企んでいるのかと
「別に何も、心境は変わってねぇよ。元々、デスクストス公爵家は姫様の敵だ。いつかはあんたを倒すことに変わりはねぇよ」
倒すと言いながら嫌悪も敵意も感じない。
「だけど、あんたは思っていたより嫌な貴族じゃないってのはわかる。努力して、俺よりもずっと先を歩いているスゲー奴だ。今の俺じゃあんたには勝てない。それにあんたは敵だが、筋は通っていることは理解している」
本当に意外な奴だ。
主人公ダンの意外な一面に、ボクは口元を歪めて笑ってしまう。
「バカに毛が生えたようだな」
「ウルセェよ」
「マーシャル嬢のことは君に託そう」
バルによって浮かせていたリンシャンを、ダンの腕へと下ろした。
これが本来の姿だ。
未だに目を覚さないで眠り続けるヒロインを受け取るのは、物語の主人公だ。
「ありがとう。姫様はちょっと頭が固いかもしれねぇが、あんたは悪い奴じゃねぇ。俺はそう思う。あんたを超えるために俺は鍛え続ける。姫様は、家の事情もあるから無理かもしれねぇけど、自重させるように言っておくよ」
どうにもお人よしが過ぎる主人公の態度が、気持ち悪い。
そんな調子では、これから訪れる困難を乗り越えることは出来ない。
「……お前にボクの何がわかる?」
今出せる魔力を最大限まで放出して、殺意と威圧を含んでダンを見る。
「嫌な奴じゃないだって? 勘違いするなよ。下郎が」
唾を呑み込むダン。
ボクから紫の魔力が柱となって噴き上がる。
ダンは、ボクからの威圧を正面で受け、視線を逸らすことなく覚悟を示した。
くくく、面白い。それでこそ物語の主人公だ。
バカな猪武者など怖くない。
主人公として、努力して成長してもらわなくてはならない。
そのためならばボクは、悪役貴族を演じてやろう。
「ボクは、あくまで怠惰な悪役貴族だ。それだけは忘れるな」
魔力を収めたボクは、ダンから視線を逸らして反対方向へ歩き出した。
「とんでもねぇな」
ダンから聞こえてきた声に応じることはない。