幕間四 遠い背中
俺の名はダン。
父さんと同じ騎士になるためにアレシダス王立学園にやってきた。
学園では騎士になるための勉強と訓練をして、マーシャル家に恩返しをするんだ。
それが俺にとっての目標だ。
ただ、王都に来てからの俺はイライラしていた。
それは王都が、平和過ぎるからだ。
マーシャル領は常に魔物の脅威にさらされているところだった。
命の危険と隣り合わせで、自らを鍛えなければ生きていけない日々。
生きるために、みんなが協力し合って、そこには絆があった。
王都は、平和に生きている人たちに危機感がまったく感じられない。
王都に住んでいても、町を出れば魔物は存在する。
それなのに誰も危機感無く平和な日々を過ごしている。
平和なのが悪いとは言わない。
だけど、人と人との間に絆が感じられない。
王都の貴族たちは権力争いに夢中で、協力し合うのではなく、相手を蹴落とすために蔑むことばかりに力を注いでいる。
一番許せないのは、マーシャル領で住んでいる人たちのことを、野蛮人と蔑むような言い方をされたことだ。
アレシダス王国を魔物から守るため、マーシャル領に住んでいる人たちが防波堤となって、厳しい生活をしていることを何も知らないくせに、許せねぇよ。
マーシャル領をバカにしている奴らのボスが、筆頭貴族のデスクストス公爵家だ。
「ダン、あの家の者は我が家の敵だ。絶対に私はあの家の者には負けたくない」
俺が仕えるマーシャル家のリンシャン姫様もデスクストス公爵家を敵対視していた。
魔物の脅威にさらされる北に領地を持つマーシャル家。
気候も穏やかで魔物の出現率が低い南のデスクストス家。
何もかもが真逆の二大公爵家。
それは王国の武と文を司る二大巨頭であり、相容れない両家の確執は、今に始まったことじゃない。それは平民の俺にだって分かっている。
だから姫様に代わって、同学年で入学してくる公爵家の息子の鼻を明かしてやる。
その息子がどんな男なのか気になって入学式の際に視線を向けた。
そこにいた男を見た瞬間、俺の心に怒りがわいてきた。
女のように髪を伸ばして、何の苦労も知らなさそうな綺麗な顔。
横にいる女子と話す軽薄そうな姿。
戦いを知らずノウノウとした態度。
如何にも貴族という風貌の嫌な奴だった。
奴の全てが気にくわない。
極めつけは王女様が挨拶をされている際に、奴はどこからともなくクッションを取り出して眠り始めたのだ。
栄えあるアレシダス王立学園の入学式で睡眠を取るなどあり得ない。
「デスクストス家の腐った性根を、俺が叩き直してやる。入学式で堂々と寝ていたところを見ているからな」
お前みたいな貴族がいるからこそ、救われない者たちがいるんだ。
「はいはい。相手してやるだけありがたいと思ってね」
制服の上から見える身体を鍛えていない細い身体。
魔法成績が上位だと言うが、姫様と共に魔物との戦いで鍛えてきた俺が負けるはずがない。俺はレベル五で、全ての身体能力が上がっている。
「お前のレベルは幾つだ?」
これはあくまで手加減をするための質問だ。
「レベル一だよ」
レベル一だと、貴族のくせに魔物と戦ったこともないのか。
レベル三程度はあると思っていたのに予想以下だ。
いくらデスクストス領が安全だといっても、魔物と戦わないということは絶対にない。
レベルが上がっていないと言うことは、魔物と戦ったことがない?
デスクストス公爵が、こいつを可愛がって戦わせなかったということだ。
はっ、ますます気に入らない。
姫様が、女性の身でどれだけの魔物と戦ってきたか、あの過酷な日々を俺は忘れない。
こいつだけは絶対に許さん。
「それでは成績二十位ダンの申し出により、成績二位リューク・ヒュガロ・デスクストスとのランキング戦を開始する。両者前へ」
グローレン・リサーチ先生が審判役となり、闘技場の中央で向き合う。
「良い戦いをしよう」
あろうことか手加減しようと思っていた俺に向かって、奴は挑発するような言葉をかけてきた。何が良い戦いだ。貴様が俺とまともに戦えるはずがないだろ。
俺は頭に血が上る。もういい、一瞬で終わらせてやる。
「開始」
先生のかけ声と共に俺は最速で身体強化を発動した。
マーシャル公爵様にお褒めいただいた身体強化は、俺が一番得意な魔法だ。
「はっ」
だが、奴は俺が身体強化をかけるタイミングを狙って拳を振るってきた。
「なっ」
とっさに飛び退いたが、奴は俺から離れない。
同じ高さ、同じ速度で動いて前進してくる。
近すぎて剣を振るうことができない。
「ぐっ」
奴の攻撃は全て体術で、何発かもらっちまった。
制服の下に防具を着けていなければ、最初の一撃で大ダメージを受けていただろう。
魔法が得意と聞いていたから油断していた。
「舐めるな!」
強引に剣を横
しかし、奴は上半身を反り返るほど倒して剣を避けた。
ありえない動きに俺の身体が硬直する。
大ぶりをした俺は隙だらけになり、身体を反らした奴は反動を使って、頭突きをお見舞いしてきた。目の中に光がパチパチと輝き、視界がホワイトアウトする。
二、三発顔面を殴られて意識が飛びそうになる。
「ぐっ」
胸倉を掴まれて首を絞めるように持ち上げられた。
「はっ、離せ」
「終わりにしよう」
暴れて剣を振るおうとするが、奴の蹴りが俺の剣をはじき飛ばした。
奴が俺を見上げる。
俺は何も出来ないで終わるのか? そんなの嫌だ。
「ブースト」
奥の手である属性魔法を使う。
「やらせないよ。スリープ」
ぐっ、奴の手から逃れようと身体能力《増加》をかけた。
だが、俺はそこで意識を失っていた。
◇
世界は広い……。
俺はマーシャル領の生活しか知らなかった。
マーシャル領では戦うことが全てだった。
強さだけが自分の証明だと思ってきた。
だけど、俺は自分の力を示す戦いで負けた。負けたら死ぬ。
父さんは領を守るために命をかけた。俺はまだ死んでいない。悔やむことが出来る。
だから、俺は自分を見つめ直すことにした。
今回の敗北は、相手を見た目で判断して手加減しようとまで考えた自分の驕りだ。
油断して、調子にのっていた。
相手の力量も知らないで、自分のことばかりで……。
「バカだったな」
目標は変わっていない。強くなって学園剣帝杯で優勝する。
そのために何をすればいいのか?
バカな俺が思いついたのは、他の奴よりも早く起きて身体を動かすことだった。
早朝に起きて、軽いランニングをして汗を流してから剣を振る。
素振りから始めて、マーシャル流剣術の形を一つ一つ確かめるように形をなぞっていく。集中して身体を動かしていると頭がカラッポになって気持ちが良い。
学園に来てからは、食事も好きなだけ量を食べられて身体もデカくなってきた。
授業は、実技と魔法を中心にして強くなるための最短ルートを進んでいる。
そんなある日、俺は早朝に奴の姿を見つけた。
あの入学式の日から、目で追ってしまっていたから間違えようがない。
リューク・ヒュガロ・デスクストス公爵子息の姿を。
俺が従う姫様、リンシャン・ソード・マーシャル公爵令嬢の敵であり、俺にとってはいつか倒さなければいけない相手。
まだ、日も昇っていない朝方に奴がいることに違和感があり、俺は何か悪いことでも考えているんじゃないかと警戒して観察を続ける。
だが、考えていたことが杞憂であったことを知る。
奴は、軽く散歩を済ませると、少し広い場所に行って鍛錬を始めた。
武器を使わない体術。
格闘家と呼ばれる冒険者が、己の肉体のみで魔物を倒す術を持つという。
それを実戦で使う奴を初めて見た。
デスクストスの動きは洗練されていて一切の無駄がない。
「綺麗だ」
それが戦う形であることは見ていて分かる。
舞を舞っているように滑らかで、無駄がなく、鍛錬の熟練度が高いことがわかってしまう。
目を奪われる。魅了される。圧倒される。
「勝てないはずだ」
何も出来なかった俺は意識を奪われたことも、魔法が未熟なせいだと思っていた。
鍛錬に裏付けされた実力は、武を志す者であれば理解できる。
「奴は、見た目も、強さも、魔法も、全てを鍛えていたんだ」
全てに妥協が見られない。
自分はどうだっただろうか? 見た目は髪は短く切りそろえているがボサボサ。
母さんがいないから洗濯もろくに出来ていないヨレた服。
強くなるための方法も、マーシャル流剣術と魔法だけ、その魔法も全然理解できていない。
「はは、負ける要素ばっかりじゃねぇか」
今なら分かる。
リュークの奴は貴族の坊っちゃんだ。
だけど、メチャクチャ努力している。
本来レベルが上がれば身体能力が向上して、レベルが低い奴には負けない。
だけど、レベル差などの関係ない能力値に差があるんだ。
奴は、日々の鍛錬によって己の能力を高めている。
見た目の所作が綺麗なのも、体術の鍛錬も、魔法の理解力も、勉強も俺より上。俺よりも遙か遠い先にいる。
「くく、メチャクチャ遠い背中じゃねぇか。遠すぎてまったく見えねぇよ」
高い高い壁であり、それでもマーシャル家のために倒さなければならない。
「おもしれぇじゃねぇか! 絶対に越えてやるよ。今のままじゃダメだ。魔法も、戦闘も、勉強も負けてるなら全部やってやる!」
デカい目標を手に入れて様々なことに目を向けるようになった。
そうすることで俺は知ることになる。世界は広い。
手始めに始めた体術は、メチャクチャ難しかった。
リュークを真似るように身体を動かしても、リュークのように綺麗に身体を動かすことが出来ない。荒々しく力に任せた攻撃の方が自分に向いている。
リュークとは同じに出来ない。
でも、真似たことは無駄じゃない。
自分に合った戦い方を理解できた。
魔法の勉強を始めて自分が弱すぎることを知った。
リュークが本気で魔法を使っていれば、自分などすぐに負けていた。
魔法に対抗するためには魔法耐性を向上させなければならない
そうしなければ魔力の高いリュークの属性魔法を防ぐことが出来ない。
属性魔法も、今までは身体強化をブーストさせることしかしてこなかった。
もっと使い方の工夫が必要で、応用するために魔法を勉強しないと通用しない。
知らないことが多すぎて、自分が本当にバカで田舎者だったことを学園の授業を聞くほどに思い知らされる。
「ダン、最近は勉学にも身を入れているようだな。お前にしては珍しいじゃないか?」
俺と同じく、実技と魔法の授業を多くとった姫様に声をかけられる。
「ああ、俺は強くなりたい」
「うん? 強くなりたいのに勉強をするのか?」
「そうだ。身体を強くすることも、魔法をたくさん覚えるのも大事だとは思う。だけど、それを使うための頭がなければ結局奴には勝てない」
「奴? デスクストスか、またランキング戦に挑戦するのか?」
姫様が心配そうな顔をする。
ああ、分かっていたんだ。
姫様も、俺じゃリュークに勝てないって思っているんだ。
「まだ、やらねぇよ。今のままじゃ勝てないからな。だけど、明日の俺は今日よりも強くなる。一歩一歩、進んで奴に追いつく。必ず、俺が奴を倒すんだ」
俺の言葉に姫様は心配そうな顔を止めて、誇らしい顔をしてくれる。
「ガンバレ! 私も負けないぞ」
「ああ、姫様にもランキング戦を挑むからな。マーシャル領からの続きだ」
「いつでも受けてやる。待っているぞ」
姫様は、俺よりも魔法への理解がある。
属性魔法の応用も使えて、魔力も俺よりも多い。
戦闘をすれば負けないまでも、まだ確実に勝てるとは言えない。
「本当に世界は広いな。強い奴がいっぱい居るじゃねぇか」
実技講義は様々な戦闘の技術を教えるだけでなく、戦闘に役立つ戦術や戦略を勉強する。
実戦的な講義では、冒険者ルビーと模擬戦を行った。
「お前じゃ私に勝てないにゃ」
「絶対倒してやるよ!」
短剣を使うルビーの動きについていけなくて、何度挑戦しても一度も勝てない。
騎士とばかり訓練をしてきた俺は奇襲に弱い。
変則的な動きについていけない。
魔物と戦っているときは必死で自分がどんな動きをしていたのか理解していなかった。
魔法講義は、座学以外にも実戦的な訓練も多くあった。
攻撃魔法の講習で、王女様と模擬戦をした。
「身体強化は素晴らしいですが、それ以外が全て拙いですね」
エリーナ王女様の属性魔法である《氷》を防ぐこともできなくて、あっさりと負けちまった。無属性魔法の魔法障壁を作ってもすぐに砕け散る。
魔力コントロールが下手な上に、根本的な魔力量が全然勝てない。
実技も、魔法も、女子に全く歯が立たない。
リューク・ヒュガロ・デスクストスは、女子達よりも遙かに強い。
遠い背中を思い出して、俺は今日も立ち上がる。
「絶対に追いついてお前を倒してやる」
騎士になることが学園での目標だが、越えたい背中を越えるのも今の俺の目標だ。