第八話 入学式

アレシダス王立学園は、王国史上最も古い歴史と格式を重んじる学園として、魔法の発展に力を入れている。

近年では平民からでも優秀な人材を見つけては特待生として迎え入れるようになり、広く門徒を募集するようになった。

アレシダス王国の至る所に存在するダンジョンからは、魔物が溢れることもあり、魔物に対抗する戦闘力、魔法力、それらを助ける学力を重視している。

このアレシダス王立学園こそ、大人向け恋愛戦略シミュレーションゲームの舞台だ。

ボクが悪役貴族を演じる相手である主人公たちが登場する。

入学試験の結果によって、クラス分けが行われていて、実技、魔法、学科の三項目によって判定されている。

成績上位者順に零クラスから十クラスまで存在する。

総合成績が上位じゃなくても、各部門で一位になった者は特待生として入学が認められて零クラス入りが確定する。

また、学年首席に選ばれるためには、総合的な成績が優秀でなければならない。

「学年首席、エリーナ・シルディ・ボーク・アレシダス君」

「はい」

入学式会場に第一王女が壇上に上がる。

白銀の長い髪に美しい容姿、男子生徒からは感激の溜息が漏れる。

十五歳とは思えないプロポーション。

ゲームの世界のヒロインたちは全員が違った美しさを持つ。

王女は綺麗なんだけどボクとしては推しではないので興味が無い。

ボクは会場を見渡して、ゲームの登場人物たちがいないか視線を彷徨わせる。

目についたのは、上位貴族のために用意された席に、堂々とした姿で座る美少女だ。

赤い長い髪を一つにまとめてくくったポニーテールにして、剣を床に突き立てる姿勢は背筋をピンと伸ばしていて美しい。

リンシャン・ソード・マーシャル、公爵家の娘で女騎士として登場する。

主人公の幼馴染であり、主人公が誰とも恋仲になれなかった場合は、強制的に彼女と結婚することになる。

彼女と恋人になると、マーシャル領の騎士として立身出世パートが始まっていく。

最も王道なヒロインのポジションにいる少女だ。

ゲームの世界でリュークに捕らえられた際には、異世界転生の定番的女騎士のやられ姿である、「くっ殺せ」を言うキャラでもあるので、少し笑ってしまう。

その時の拷問映像は、なかなかにハードな画像が使用されていた。

「何か面白い人でもいましたか?」

リベラがボクの表情を見て、質問をしてきた。

ついつい、ゲームのことを考えてしまうのは悪い癖だ。

「向こうに席に座る令嬢と、男子生徒が仲が良さそうだと思っていただけだよ」

リベラがボクが示した先に視線を向ける。

「マーシャル家のリンシャン様と従者の騎士ですね。リンシャン様は、凛々しく武勇に優れている人だと聞いています。魔法は得意ではないようですが、属性魔法は《盾》が認定されていました」

リベラの基準は魔法なんだね。さすがは魔法狂いだ。

属性魔法は、希少性が高いと秘匿扱いになるが、基本的には登録魔法として誰でも閲覧ができる。

リベラの頭には秘匿されている希少魔法ではない属性魔法なら、三百名の生徒全員の魔法データが入っているのかな? まるで、歩く魔法辞典だね。

「隣にいる男子生徒は、リンさんの婚約者かな?」

「リンさん? ふふ、ダメですよ。ご本人にその呼び方をしては」

「そうなのかい?」

「はい。凄く厳格な方だと聞いています。隣にいる男子生徒は、ダンと言う方ですね。リンシャン様の従者で専属騎士見習いではないでしょうか。確か、属性魔法《増加》の認定を受けていたと思います」

なるほどね……。ダン、彼がゲームの主人公となるはずの少年というわけだ。

ボクが彼を見ていると彼もまたボクを見た。二人の視線が交じりあった瞬間。

ダン少年から、嫌悪感を含んだ視線が向けられる。

ボクは人の悪意に敏感なので、すぐに悟ってしまった。

「どうして彼はボクに対して嫌悪感を含む敵意を向けてくるのかな?」

「嫌悪感ですか。多分ですが、デスクストス公爵家とマーシャル公爵家の仲が、あまり良くないからではないでしょうか?」

主人公ダンと、ボクの間には生まれながらに敵対関係が義務付けられているようだ。

なんともゲームの強制力というのは、面倒で仕方ないね。

「ファ~、王女様の話は長くてつまらないね」

「エリーナ様はとても美しい方ですが、ご興味はありませんか?」

もう一人のメインヒロインである。王女様は確かに美しい。

だけど、アイリス姉さんを見た後だと、似たような印象しか持てない。

それにゲームでもあまり興味がないキャラだった。

「ないね。ボクには婚約者として大切にしてくれる女性がいるから興味ない」

「二人も……、うかうかしていられませんね」

何やら、ぶつぶつと呟くリベラの横でボクはバルを出現させる。

「少しお休みになりますか?」

「そうする。でも、いいの?」

リベラは真面目そうに見えるので、サボるのを許してくれないと思っていた。

「はい。流石にこの状況でお話はできませんから。ゆっくりお休みくださいませ。終わったら起こして差し上げますね」

「ありがとう、助かるよ」

リベラは理解ある子だった。

ボクは早速バルを出して心地よく眠ることにした。

「リューク様、リューク様」

「う、うん。やぁリベラ、もう終わったの?」

「はい、生徒たちの退出が始まりました。そろそろ起きてください」

「は~い」

ボクはクッションをマジックポーチに収納して、バルを消した。

「それが噂のクッションなのですね?」

「噂の?」

「父から、リューク様に初めて会われた時に、クッションに乗って浮いていたと」

マルさんとは、あれから多くの文通を交わしている。

初対面の時を思い出して少し笑ってしまう。

「多分、これが噂のクッションだよ。気持ちいいから今度乗せてあげるね」

「良いのですか。嬉しいです」

新しい魔法に興味のあるリベラは、心から嬉しいと笑顔になってくれる。

とても可愛い。

自分の興味があることに関して素直に好奇心を持てるリベラは素敵だと思う。

「くっ。今からオリエンテーションがなければよかったのに」

「はいはい。そろそろ移動しようね。下の生徒は、もう誰もいないよ」

悔しそうに考え込んでしまったリベラの手を握って立ち上がらせる。

「ふぇ。てっ、手を握って!」

「ダメだった?」

「いいえ、ダメではありません。初めて男の子と手を繋いだので驚いただけです」

「ごめんね。リベラの初めてをもらっちゃった」

顔を赤くして伏せてしまうリベラと手を繋いだままホールを出た。

ボクらと同じように他の生徒が出ていくのを待っていた生徒と鉢合わせしてしまう。

剣を持った少女は、こちらに対して軽蔑した視線を向けてきた。

「ふん。軟弱な」

ボクがリベラと手を繋いでいるのを見て、リンシャン・ソード・マーシャルが吐き捨てるように言い、後ろからついて来た騎士見習いのダンが睨みつけてきた。

「なっ! ななななんですか? 別に私たちは何も」

リベラは恥ずかしそうな顔で、何度かボクの顔を見て頬を赤らめる。

「はいはい。気にしない、気にしない」

ボクはリベラの背中をポンポンと軽く叩いて落ち着かせる。

「リューク様は、怒らないのですか?」

「怒らないよ。怒るなんて、凄くエネルギーを使うし面倒だからね。それよりもリベラと楽しい時間を過ごす方がいいよ」

ボク独自の見解を告げると、リベラは笑顔になってくれた。

「ふふ、リューク様らしい答えですね。私と話をするのは楽しいですか?」

「うん。楽しいよ」

「ふふ、私もリューク様とお話しするのは楽しいです」

怒っていたリベラは、少しだけ顔を赤くして機嫌を直してくれた。

ボクらは同じ教室なので、一緒に零クラスへと向かってホールを後にした。


零クラスの教室に入ると、席は各自自由に座って良いようだ。

教壇に向かってすり鉢状になっている教室だったので、どの位置からでも先生が見やすい。

ボクらは最後尾の最上段に腰を下ろした。

「全員揃ったようだね。それでは私から自己紹介をさせてもらう。零クラスの担任をさせてもらう。グローレン・リサーチだ。よろしく頼むね」

年齢は三十歳前後の優しそうな笑みを作る男性教員。

ゲームでも一年次に登場して、ステータスの説明をしてくれる先生だ。

プロローグ画面と同じ担任の自己紹介に、ボクはここが改めて、大人向け恋愛戦略シミュレーションゲームの世界で、今からゲームが開始されるのだと実感する。

「副担任を務めます。シーラスです」

二十歳前後に見える副担任の女性教員。

彼女もメインヒロインの一人だ。

精霊族なので実年齢は数百年を生きるエルフで、魔法の深淵を見た魔女として、メインヒロインの中で最も攻略難易度が高い。

「この零クラスは、実技試験、学科試験、魔法試験で、今期の上位成績者を集めています。三名の特待生を含めた二十名で、学園内では、王族、貴族、平民など家柄に左右されることはありません。全ては能力によってのみ、君たちを判断します」

最前列の中央に座る女子生徒が手を挙げる。

「はい。マーシャル君。なんですか?」

「能力で判断されると言われましたが、互いの順位や能力をどう把握するんですか?」

「良い質問をありがとうございます。それを可能にしたのがこちらです」

配られたのは、腕時計型の魔導器具。

「これはマジックウォッチと言います。君たちの魔力を感知して、現在の成績や順位などを掲示板で確認ができるようにする大発明です。まずは、魔力を流してみてください」

言われた通りに魔力を流し込むことで、目の前にゲームで見たステータス画面が現れる。

成績以外にも様々なことがわかるようだ。

学園パートと立身出世パートでは、ステータスの表記が変わる。

学園パートでは、こういう表示がされるので、面白い。


名前:リューク・ヒュガロ・デスクストス

年齢:十五歳

レベル:一

魔物討伐数:ゼロ

所属クラス:零クラス

実技評価:三百名中十位

学科評価:三百名中五位

魔法評価:三百名中二位

成績ランキング:総合二位

習得魔法

無属性魔法(生活魔法、強化魔法、補助魔法、回復魔法、不明)

属性魔法(《睡眠》魔法、《怠惰》魔法)


それぞれの項目は、詳細も確認できるようだ。もっと詳細を調べたいが時間がない。

「確認は出来ましたか? 魔力を流したことで、皆さんの魔力をマジックウォッチが認識して登録しました。登録された本人しか詳細を見ることはできません」

個人の秘密に当たるところは本人にしか確認ができないようになっている。

学科評価の詳細を見れば、得意科目や苦手科目がグラフとして表れる。

これらを一つ一つ検証していく時間を、今度取ることにしよう。

「所属クラスと成績ランキングは、学園側が把握する必要がありますので、誰もが見える掲示板に現在の成績ランキングが確認できます。どうです? 魔導器具こそ人類を進化させる最高の叡智でしょ?」

リサーチ先生が興奮して語り出したところで、シーラス先生が止める。

「リサーチ先生は、魔導器具狂いなんです。本当に変わり者ですよね」

魔法狂いのリベラに言われてしまうなんて残念な先生だな。

「リベラの成績はどうなの?」

ボクがリベラに問いかけると、クラスメートたちが一斉にリベラを見た。

掲示板で見えると言っても他人の成績が気になるようだ。

「後で話した方が良さそうです」

リベラの返事に頷いて、それ以上聞かないようにした。

リサーチ先生を止めたシーラス先生が説明を引き継ぐ。

「マジックウォッチに記載されています、成績ランキングや、科目評価は、定期的に行われる試験によって変動します。アレシダス王立学園の授業は自由選択制です。己が学びたい未来に向けて授業を選択してください。現在の順位は、入学時の成績でしかありません。今後の成長は皆さん次第です」

シーラス先生の言葉に、生徒たちは思うだろう。

自分の頑張り次第で成績ランキングは上げられる。

「実技に関しては、一年に一度学園剣帝杯と呼ばれる一大イベントが年末に行われます。学園剣帝杯で良い成績を残せば、魔法や学科で悪い成績を取っていても、上位クラスに残ることができます。また、学園剣帝杯で優勝した者には、王国より名誉騎士の称号が与えられます。四年に一度行われる王国剣帝杯優勝者へ挑戦権も同時に得られます。どうか学園剣帝杯で優勝することを三年間の目標の一つとして見てください」

主人公ダンの最初の目標は騎士になることだ。

それは学園剣帝杯で優勝することを意味する。

学園剣帝杯で優勝することで、名誉騎士の称号が得られる。

貴族の仲間入りを果たすことができるというわけだ。

貴族の仲間入りをすることで、他の領地への移動の身分が国から保証されて、立身出世パートで役に立つようになる。

「学園剣帝杯に向けて、アレシダス王立学園では、練習試合が認められています。校内ランキング戦とは個人の成績下位の者に挑む形でのみ成立します。下位の者が勝てば、個人成績のランキングを上げることができます」


校内ランキング戦の詳しいルールとして、成績ランキングは掲示板に掲載される。

・ランキング戦は下位の者が、上位の者に挑戦する形でのみ成立する。

・ランキング戦は一対一戦とチーム戦があり、挑まれた側に一対一戦か、チーム戦の選択ができる権利がある。

・ランキング戦に挑める相手は、同じクラス内か、下位クラスから上位クラスへは成績上位者五名のみとする。

・成績ランキング下位の者がランキング戦に勝利した場合、上位者の成績を獲得できる。

・成績上位者が敗北した相手が、下位クラスの者であれば、所属クラスが変動する。

・成績下位者が敗北した場合、同じ相手には半年間校内ランキング戦への挑戦権を失う。

・校内ランキング戦は基本的には、拒否できないが、応じるまでは開始もされない。

・校内ランキング戦に参加できるのは、一対一戦、チーム戦、それぞれ一日一回までとする。

・怪我や病気など、戦えない状態であると認められた場合のみ代理人を立てることを認められている。

代理人が立てられない場合や、挑まれた者が決闘を一定期間の間、拒否を続けていると、校内ランキング戦敗北となる。

・校内ランキング戦の敗者は、同じ相手に五回負けると挑戦権を失う。


ボクは読み終えた内容に面倒くささを感じてしまう。

この内容は、本来のキモデブガマガエルとして成長したリュークのために存在している。

校内ランキング戦の初戦でヤラレ役として、ゲーム主人公であるダンに敗北する。

それ以降リュークは、あの手この手を使ってダンに戦いを挑むようになる。

その際にリューク陣営が卑怯なことをしてもいいように、ゲームの設定として、リューク側が有利に戦いを申し込めるように考えたルールなのだ。

そのため、敗者に対して温情が強く、勝者に不利なルールになっている。

そろそろ面倒な時間が迫っていた。

校内ランキング戦の説明を先生が終えたところで、強制イベントが開始される。

「先生よろしいですか?」

ゲームの主人公であるダンが立ち上がって声を上げる。

「あなたはダン君ですね。なんでしょうか?」

「ランキング戦はいつから出来るのでしょうか?」

ダンの質問に答えを持たないシーラス先生が、リサーチ先生を見る。

「マジックウォッチの登録が済んでいるのであれば、いつからでも可能です」

「でしたら、挑戦を申し込みます」

ダンが振り返ってボクを見上げる。

「俺と勝負しようぜ。リューク・ヒュガロ・デスクストス!」

ダンの宣言によって、強制イベントであるチュートリアル戦が始まろうとしていた。

見た目が変わったボクに対しても、態度を変えないダンは、やっぱり面倒なゲームの強制力が働いているのかな。