第五話 チョーカー

婚約をしてから三年の月日が流れた。

カリンは健康的なダイエットを成功させた。

丸顔の可愛いさを残したまま、運動をして引き締まったお腹はくびれてプロポーションがよくなった。

健康的な食事を続けたことで、ビッグなお胸だけは自己主張が激しいままだ。

可愛さと女性らしさを兼ね備えた女性へと成長を遂げたカリンは完璧だね。

元々可愛かったけど、さらに磨きがかかって最近は王都で人気があるらしい。

それでもカリンは、毎日のようにボクに会いに来てくれる。

そして、ボクのために料理を作ってくれるようになった。

カリンが作る料理を食べると、バフ効果を得られるのはもちろんだけど、体調面も良くなって、美容にもいいので、やっぱり食事は大切だと実感する。

十四歳になったことで、身長はテスタ兄上よりも高くなった。

腕や足も長くなって、バルと続けている運動のおかげで体も引き締まっている。

理想的な体形をイメージ通りにつくれた。

見た目の美しさ、肉体のしなやかさ、身体に覚えさせた体術、リュークが持っていた魔法の才能……、今のボクにキモデブガマガエルの要素は何一つない。

そして、ボクは一つの答えを見つけつつあった。

どうしてリュークはキモデブガマガエルになったのか?

カリンと出会ったことで、料理や食べ物の重要性を詳しく知ることができた。

孤児院では、回復魔法を使ったことで、病気や異常状態にも回復魔法が効果を発揮することがわかった。

ボクが幼いときに、どうして食事をした後に体調を崩していたのか、その答えに対して、そろそろ決着をつけなければならない。


いつもの時間になってもカリンがやってこない。

ついつい、考え事に時間を費やしてしまったけど、いくら待ってもカリンが来ない。

今年の春から、アレシダス王立学園に通うカリンと一緒に過ごせる時間は後少ししかないので、少しでも長い時間を一緒に過ごしたいのに……。

「捜しにいくしかないね」

本邸近くに行くのはあまり好きじゃない。

今の時間なら、父上と兄上は仕事に行っていて、カリンを捕まえる人は一人しかいない。

「アイリス姉さん」

カリンに対して、にらみつけるような視線で深々と椅子へ座る絶世の美女がそこにいる。

ピンク色をした髪に、同じピンク色の瞳と唇。

一つ上だとは思えないプロポーションは、大勢の男性を魅了して、その顔は美しさと愛らしさを併せ持つ。

アイリス姉さんを王国の美の女神と呼ぶ人がいて、幼い頃からの美しさをますます成長させている。

「あら、リューク。どうしたんですの?」

悪びれた様子もなく、カリンを引き留めていた張本人に問いかけられる。

全く自分は悪くないという態度には呆れてしまう。

「カリンを連れて行っても良いかな?」

「わたくしのお茶会を邪魔するつもりですの?」

アイリス姉さんが、怒った顔をしてボクを睨みつける。

「アイリス姉さんが、ボクに会いに来たカリンを連れ去ってしまったんだよ。ボクは、連れ去られた姫君を連れ戻しに来ただけだ」

ボクはアイリス姉さんの目の前に来て瞳を合わせる。

アイリス姉さんは、世間では魔性の女などと呼ばれている。

確かに見た目は綺麗だけど、カリンの方が可愛いからボクには効かないよ。

じっと、瞳を見つめていると炎が宿っているように感じる。

アイリス姉さんと瞳を合わせた男性は、姉さんを自分の物にしたいと思ってしまう。

ボクは全く思わないけどね。じっと見ているとアイリス姉さんの顔が赤くなっていく。

そして、次第に惚けるような顔になってきた。

「わっ私も、アイリス様とお話がしたかったのです。リューク、ごめんなさい」

「カリンは悪くないよ。アイリス姉さん、もういいでしょ?」

視線を逸らすと、アイリス姉さんも顔を背けてしまった。

「好きにすればいいですの。カリンとは学園に行けば、いくらでも会えますの」

「アイリス姉さんだけズルい。来年はボクも学園に行くからね。カリン、待っててね」

「あわわわ、美しいお二人が私を取り合って、あわわわわ」

慌てているカリンは可愛い。アイリス姉さんは不機嫌そうだ。

急いで、この場を離れたいけど、ご機嫌ぐらいはとっておこうかな。

「アイリス姉さん、ボクが来てから綺麗な顔が恐くなってるよ。アイリス姉さんも、もうすぐ学園でしょ。頑張ってね。アイリス姉さんの希少魔法も凄いんだから」

アイリス姉さんにエールを送ったけど、返事はなかった。

なんだか、息を荒くしていたから胸でも苦しいのかな。ちょっと心配だけど、ボクが心配しても余計に機嫌が悪くなりそうなので立ち去ることにした。

婚約が決まってからの三年間は楽しかった。

カリンに連れられて様々な経験をすることができた。

掃除や洗濯、それ以外の世話をシロップがしてくれて、料理はカリンが、運動や美容はバルがしてくれているので、着実にボクの怠惰ライフが充実しつつある。

カリンは行動的な性格で、ボクの提案をすぐに実行してしまう人だった。

ある時は、孤児院で炊き出しを始めて。

ある時は、ダイエットメニューの研究を開始して、ボクの言ったメニューを作り出した。

ある時は、将来のためにレストランでもしたいねと話していると、ダイエットメニューを中心にした女性向けのレストランを造ってしまった。

そんな日々も、カリンがアレシダス王立学園に入学したことで終わりを告げてしまう。

「リューク様、本日も本を読まれて過ごされますか?」

シロップは二十一歳になり、大人の女性として魅力的に成長を遂げた。

肌艶も良くなり、尻尾の毛並みもふわふわで気持ちいい。

百八十センチの身長でモデルように美しい体形になった。

街を歩けば男性の視線を集めることだろう。

膝枕をしてもらったら、細くて成長していなかった昔と違って心地良い。

「そうだね。たまにはお出かけしても良いかもね」

「珍しいですね。リューク様がお出かけされるなんて」

「まぁね、ボクも来年には学園に行かなければならないからね。少しだけ世間に目を向けようと思ってるよ」

来年に向けて街を見て、買い物をしておきたい。

「それは良いことだと思います。それではご準備をしますね」

カリンがアレシダス王立学園に入ってからは、外出をしていない。

買い物は全てシロップに頼めば買って来てくれるし、どうしてもボクが選びたい時は商人に来てもらえばいい。マルさん以外に友達もいないので、会いたい人もいない。

ボクの生活は、カリンとシロップ、それにバルがいれば完結してしまう。

三年間は、カリンのダイエットのためにバルを使っていた。

カリンの筋肉痛を回復させてあげたり、ダイエットメニューの案を考えて提出したり、レストランの下見や孤児院への付き添いとか、何かと忙しかった。

シロップが御者をする馬車で三人で走り回った。

「馬車の準備ができました。今日はどこへ行かれるのですか?」

シロップは、綺麗な尻尾をロングスカートの中に隠し、犬耳を帽子の中へしまって変装を完成させる。

通人至上主義のせいで、シロップたち獣人は蔑みの視線を向けられる。

そのための変装をしているけど、いつかそんな教えがなくなればいいのに。

「行きたいところがあるんだ」

「本当に珍しいですね。雨が降らなければ良いのですが」

「はは、雨は降るかもね。雨が降ってもお出かけするから付き合ってね」

「かしこまりました。本当に珍しい」

お出かけすることはシロップも嬉しいようだ。獣人にとって、街を歩くのは気分が良くないはずがない。それでもボクと一緒に出かけられるのを喜んでくれている。

「じゃ、行こうか」

公爵家の家紋が入った馬車に乗り込んだ。公爵家の家紋を見た平民は道を空けてくれる。大抵の貴族たちも家紋を見て道を譲ってくれる。最高だね!! 権力って!!

ボクはバルによって馬車の中にクッションを作り出す。

揺れる馬車もバルがいれば快適になるからバル万能。

シロップは御者として馬車を走らせて街へと入る。

特権階級である公爵家の家紋を見せつければ、どこでも行きたい放題だ。

「リューク様、街へ入りました。どこへ向かわれますか」

小窓を開いたシロップに問いかけられて、ボクは行き先を告げる。

「マイド大商店までお願い」

「かしこまりました」

マイド大商店は、所謂いわゆる大手のデパートだ。ゲーム内にも登場する。

各階層で売っている物が違うため、ゲームの主人公として訪れた時は、アイテムや装備、好感度を上げる女の子へのプレゼントなどを買いに行く場所として使う。

「マイド大商店は、人が多いですが大丈夫ですか?」

「仕方ないよ。見たい物があるんだ」

「かしこまりました」

シロップは、御者をするのが好きだ。馬車の操縦を好きだというのは変かもしれないけど、体を動かすことが好きなシロップは、巧みな綱捌きで馬車を操縦する。

「到着しました」

「速いね」

「公爵家の馬車を塞ぐ者はおりませんので」

シロップが、公爵家の馬車でスピード狂にならなければいいけどね。

「入ろうか、シロップも欲しい物があれば好きに買っていいからね。どうせお金はデスクストス公爵家に請求が行くんだから」

「ありがとうございます」

ボクに無関心な父上は、お金をいくら使っても気にしない。

やりたい放題しても問題ない。

まぁボクなりに節度は持って使ってはいるつもりだけどね。

店内に入っていくと、客たちの視線がこちらへ集まる。

すぐに一人の男によって視線が遮られた。

「ようこそいらっしゃいました。デスクストス公爵家のリューク様ですね」

名乗ってもいないのに、ボクの素性を言い当てた男性は、身なりが整っている。

顔を見て、ボクはその理由を納得した。目の前の男はゲームにも登場する。

「ボクのこと、知ってるの」

「商売人たるもの、情報こそが武器ですので、こちらでは人が多くてゆっくりと商品のご紹介ができません。どうぞこちらへ」

身なりの良い男性に案内されて、賓客用の部屋へと通される。

ゲームの知識があっても、初対面であることは間違いないので、知らぬ演技はしておく。

賓客用の豪華な部屋には、大きなテーブルとフカフカなソファー、専属給仕をしてくれる綺麗なお姉さんがいて、飲み物やお菓子が食べ飲み放題になっていた。

貴族の中でも、最上級の公爵家はどこでもおもてなしが凄いね。

「わたくしはマイド大商店の店主、モースキー・マイドと申します。リューク様におかれましては、ご来店していただきありがとうございます。私のようなむさくるしい年配の男では、つまらないでしょうから。本日は我が娘にご案内をさせていただきます」

モースキーは四十歳前後なので、年配というほどの感じは受けない。

気の良いオジサンと言った印象で、態度も丁寧で悪い印象は持っていない。

紹介された少女が姿を見せる。

褐色の肌に編み込まれた赤茶の髪がエキゾチックな魅力を持つ女性だ。

胸元はカリンに負けないほど立派に育っていた。

服装は奇抜に見える柄物のワンピースで、彼女に良く似合っている。

「お初にお目にかかります。モースキー・マイドが娘、アカリ・マイドです」

ボクは、彼女に会うためにここにやってきた。

彼女は、ゲームの攻略対象であるメインヒロインの一人なのだ。

ゲームでは、学園パートで立身出世パートに向かうためにメインヒロインを攻略して、立身出世時の立場を決める必要がある。

アカリ・マイドを攻略すると、ゲームの主人公は商人として立身出世パートを始めることになる。マイド大商店に来た目的は彼女を一目見たいと思ったからだ。

まさか接客してもらえるとは思わなくてラッキーだね。

「リューク・ヒュガロ・デスクストスだよ。こっちはシロップだ」

「シロップでございます」

「リューク様、シロップ様ですね。よろしゅうお願い申し上げます」

アカリは、シロップにも丁寧に挨拶をしてくれた。

今のシロップは帽子を脱いで、獣人である正体を明かしている。

アカリは蔑む視線を一切向けることはない。

大好きなゲームのヒロインの一人だから、会ってみたいと思っていた。

アカリの性格は商売に厳しいが、ノリが良くて優しいことがわかって嬉しい。

気分よく色々な物を見せてもらって、オススメ商品のほとんどを購入した。

目玉商品は《魔導ドライヤー》と《魔導美顔器》は絶対購入だね。

「シロップは何が欲しい?」

「私は別に……」

遠慮しているのか、シロップはあまり自己主張をしない。

日頃の感謝も込めて、何か買ってほしい。

「でしたら、こちらのチョーカーはいかがですか?」

どうしたら良いかと思案していると、アカリが可愛い赤いチョーカーを見せてくれる。

白い髪をしているシロップに赤いチョーカーはよく似合う。

「まぁ、素敵ですね。ですが……」

チョーカーを気に入ったのか、一瞬だけシロップが嬉しそうな顔をした。

アカリのチョイスが正解であることは表情でわかった。

「それをもらうよ」

「どうも、おおきに」

「リューク様!」

「いつもシロップにはお世話になっているからね。お礼だと思って」

ボクはアカリからチョーカーを受け取ると、シロップの首へと巻いてあげる。

チョーカーに付けられている鍵はアクセサリーなので取り外しには関係ない。

ボクがシロップを縛る首輪に見えるのは、気のせいだよね?

「まぁ素敵です」

「よく似合っております」

鏡の前でシロップは着けられたチョーカーを見て喜んでいる。

「シロップが喜んでくれたならよかったかな」

攻略対象のメインヒロインのアカリに出会えたのは、ボクにとって満足いくお出かけだった。