「美味しい。それにこれはバフ効果かな? うん。これは凄い」

食べた後に力が漲ってくる。

補助魔法が付与された料理を食べることで、体を強くできる。

「ねぇ、カリンお姉さん」

「はっ、はいですわ」

「ボクが大人になったら、ボクのために毎日スープを作ってくれない?」

彼女を絶対に逃してはいけない。伯爵令嬢だと名乗っていた。

これはボクにとって奇跡的な出会いだ。シロップが苦手な料理が得意な女の子。

将来的に、公爵家が取り潰しになったとしても、彼女の家ならお金持ちだ。

養ってもらうことができるはずだ。彼女の視線はボクへ好意を抱いている。

この美味しい料理は、怠惰な生活を送りたいボクには絶対に必要になる。

「ボクと結婚してよ」

ボクは伯爵家に婿入りを決めた。

絶対にカリンお姉さんと結婚するんだ。

美味しい料理のために。

「プロポーズでしたわ!」

ボクのプロポーズは、カリンお姉さんがカリビアン伯爵様に伝えてくれたので、正式に成立した。デスクストス公爵には、シロップの方から伝えてもらった。

「好きにすればいいと……」

本当にボクに無関心なんだな。まぁ面倒なことがないだけありがたい。

正式なカリビアン伯爵との会談が組まれて、カリビアン伯爵が経営する海鮮レストランを訪れた。

父上とは別の馬車で向かうことになり、後から合流するのかと思っていた。

だけど、父上が現れることはなかった。

カリビアン伯爵曰く、すでに父上とカリビアン伯爵の間で挨拶を済ませているそうだ。

伯爵には問題はないと言ってもらえた。

家同士の結婚だよ。

しかも上位貴族……それで良いのかな。

とにかく、父上は何がなんでもボクとの同席は嫌だってことだね。

まぁ、ここに父上が来たとしても、良いことはない。

カリンお姉さんが、父上の威圧におびえてしまうからね。

カリビアン伯爵は、海の男という印象の快活かいかつな人だった。

小麦色に焼けた肌、海と船で鍛え上げられた筋骨隆々な身体。

豪快に笑う姿は、海賊のようにも見えるほど荒々しい。

「本当に私でよろしいのでしょうか?」

カリンお姉さんから不安そうな声が漏れる。

何が不安なんだろう。

確かに、見た目はふくよかではあるけれど、まだまだ十二歳で発展途上。

いや、胸元はご立派なほど育っていて、丸顔はむしろ可愛い。

それにカリンお姉さんの魅力は見た目以上に、世界中の料理を作ることができる才能だと思う。むしろ、デスクストス家の肩書きがなければ、ボクの方こそ何もない。

「ボクの方こそ、公爵家の次男です。跡を継ぐこともできません。ですから、カリビアン家に差し出せるのは、この身だけです。結婚後は、婿養子になります。よろしいでしょうか?」

現在は、カリンお姉さんに兄弟はいないので、ボクにとっては都合が良い。

後々、弟でも生まれたなら、カリンお姉さんは弟に家督を譲ればいい。

ボクとしては、カリンお姉さんの料理の腕を生かして、レストランをやれば上手くいくんじゃないかという気がする。

「リューク君からカリンへ告白したと聞いてはいる。だが、カリンの見た目を悪く言う子もいる」

アイリス姉さんは綺麗な子が好きなので、カリンお姉さんの見た目をけなして悪く言ったりするそうです。家族がすみません。

「君はカリンの内面を見て選んでくれたことに、私はそれだけで感謝しているよ」

すいません。内面も優しそうだと思いましたが、料理の腕に惚れ込みました。

それに伯爵家の娘さんなら養ってくれると思って決めました。

「カリビアン家としては、リューク君を歓迎するつもりだ。カリンも、君のことを心から好きだと言っているんだ。何も問題はないよ。ガハハハ!」

「お父様、もう」

「うむ。娘は可愛い。しかし、見たところリューク君は色白で日に弱そうに見えるが、カリビアン家に来て海の仕事をするのは大丈夫なのかね。海運業は、当主自ら海に出ることもあるんだぞ」

カリビアン伯爵の意見はもっともだ。

体は引き締まって細いだけなんだけど、海運業は筋肉があればいいと言うわけではない。

一番の敵は紫外線だ。

「それは問題ありません。日焼け止めを塗りますので」

そうすれば日焼け対策はバッチリだ。

「そっ、そうか」

それに、海に出た船の上でもバルに乗っていればいい。

船酔いもなければ、重い物はバルが運んでくれるので、ボクが働くことはない。

ボクはどこでも寝ているだけだ。

「そろそろ邪魔者は消えるとしよう。カリン」

「はい。お父様」

「父さんは、仕事に戻るから、あとは二人で楽しくお話をしてきなさい。リューク君も娘を頼むぞ」

「かしこまりました。お義父さん」

「気が早いぞ。ガハハハ」

カリビアン伯爵は、好感の持てる人だった。

最後まで豪快に笑って退出していった。

「あっあの、リューク様」

「何かな」

決意を込めたように、真っ直ぐな瞳でカリンお姉さんがボクを見る。

「私、綺麗になりたいのです」

本当に決意表明だった。

ボクは一瞬だけ思考をフリーズさせる。

カリンお姉さんが何を言っているのか、考えてみるけどわからない。

「うん。カリンお姉さんは可愛いよ」

「違うのです。リューク様は、男性なのに綺麗です。噂では、幼い頃から美容と健康について独自の方法を実践されていたと聞き及んでおります」

誰から? まぁ、カリンお姉さんと繋がるデスクストスは一人しかいないから、アイリス姉さんから聞いたんだろうけど。

デスクストス家って無関心に見えて監視しているのかな。

「私も、リューク様の隣に並ぶために綺麗になりたいのです」

「う~ん。手伝うことはできるけど、厳しいよ」

ボクなりの美容知識や健康知識、ダイエット知識などもある。

「覚悟しています。私でも綺麗になれますか」

「うん。凄く簡単な方法でなれるよ」

「うえぇ、簡単なのですか」

ボクの属性魔法と、バルを使えばダイエットは簡単にできてしまう。

ただ、ダイエットをすれば綺麗になれるとはボクは思っていない。

「ボクはね。カリンお姉さん」

「カリンと呼んでほしいですわ。私もリュークとお呼びしても」

「いいよ」

ボクは、これから話す内容をカリン以外に聞かれたくなかったので、海鮮レストランを出た。カリンを連れて屋敷に戻ってきて、ボクの部屋にカリンを招き入れる。

アイリス姉さん情報を聞いた後なので、シロップに聞き耳を立てる間者がいないか見張ってもらうことにした。

「カリン。ボクがしてあげられることは、ボクの魔法を使って運動をさせてあげることだ。運動を強制して、強引に眠りにつかせることで体を引き締める」

「魔法を利用したダイエットですか?」

「うん。ボクの属性魔法は、《睡眠》と《怠惰》の二つなんだ」

「二属性持ち。凄いですわね」

「ありがとう。ボクの属性魔法と無属性魔法を使えば、簡単にダイエットができてしまうんだ」

「簡単に、どうすればいいんですの?」

ボクは、魔力を練ってバルを作り出した。

「なんですの」

「これはバル。バル、挨拶して」

「m(_ _)m」

「まぁ可愛いですのね」

どうやらバルに対して悪い印象はないようだ。

「カリン、運動は得意?」

「……苦手ですわ。でも、力持ちですのよ」

体に脂肪がついていると、体が重くて運動は苦手に感じるよね。

逆に力は出るから料理をするカリンには良いんだろう。

「全然問題ないよ。運動はバルがしてくれるから」

「えっ、バルちゃんが。バルちゃんは何ができますの?」

シロップに見せたように、バルの使い方を実践して見せる。

「凄いですわ。リューク様は格闘家でしたのね」

「違うよ。これは全てバルがボクの身体を動かして勝手にしてくれるんだ」

「バルちゃんが、どうなっているのでしょうか?」

スリープタイムでカリンを一時間だけ寝かせる。

バルはボクの脳内とリンクしているので、ボクが記憶している運動方法をカリンに行わせることができる。

最初は、体を慣らすために有酸素運動から開始する。

「ハァハァハァ、寝ていただけなのに凄く疲れていますわ。これは意識がないのに、楽なのでしょうか?」

一時間だけ強制的に寝かされて、バルで運動をさせられる。

覚醒したカリンは、体に残る痛みのせいで混乱しているようだ。

「慣れない間は、体への負荷が少ない運動をしてもらうつもりだよ。それでも筋肉はついてくるから体には痛みが出るよ。それは我慢してね」

ボクは、筋肉痛で動けないカリンに対して回復魔法をかけてあげる。

「がっ、頑張りますわ」

カリンにとって綺麗になりたい=痩せたいと言う理由は理解できた。

だけど、料理が得意なカリンが、料理をやめて食事をしないで痩せるのはナンセンスだ。

ボクにとっても、カリンが料理をしないなんて嬉しくない。

料理は技術だから、カリンには料理の腕を磨いてほしい。

ボクの目的を叶えるためには、カリンには料理上手なまま綺麗になってもらう。

「運動の次は外見的な美容だね。洗顔、化粧水、乳液、保湿クリームはしている?」

「はい。毎日しておりますわ」

「では、いつものやり方を見せてくれる?」

シロップの時も思ったが、洗顔は存在している。

だけど、正しい遣り方をわかっていない節がある。

カリンは、シロップよりはマシだったけど、石鹸を泡立てることなく顔に塗っていた。

塗られた石鹸を洗い流して、終わり。

ボクは横で石鹸を泡立てて、正しい洗顔を指導した。

「そんなやり方では汚れが落ちないのでは?」

「汚れは石鹸の泡が自然に浮き出させて落としてくれるんだ。ゴシゴシと摩擦することで肌を傷つけてしまうんだよ。カリンはゴシゴシと洗っていたんじゃないかい?」

「しておりましたわ」

素直に言うことを聞いてくれるので、一つ一つ説明をしていく。

カリンは好奇心旺盛で頭もいい。説明をすれば理解してくれる。

「それは綺麗な肌を傷つけてしまうんだ。正しい洗顔の仕方として、まずはしっかりと泡立てて、ぬるいお湯でゆっくりと洗い流していく。この時もゴシゴシはダメだよ」

ボクは実践しながら、カリンにやり方を指導していく。

ダイエットをして、急激に痩せても健康には良くない。

美味しい食事、運動、美容の正しい知識を使って、健康的なダイエットをしないとね。

カリンが得意な料理で、美味しいダイエットメニューを考えてみるのも面白い。

カリンと婚約が決まってから、ボクは外へ出かけることが多くなった。

シロップが御者をしてくれる馬車に乗って向かうのは孤児院だ。

通人至上主義を謳う教会をボクはあまり好きではない。

だけど、カリンは迷える孤児たちに食事の提供をしている。

それにも意味はあるんだけど、ボクは孤児院に行く際にカリンに連れ出される。

カリンとしては、ボクが提供したダイエットメニューの開発にハマっていて、作りすぎた料理を孤児院に提供している。

カリンは料理の実験ができて、食べきれない食事は孤児たちが食べて元気になる。

ウィンウィンの関係が結べて最高だね。

ダイエットメニューは、蒸し鶏のサラダや大豆をアレンジして作られた料理で、ヘルシーかつ栄養が豊富に含まれた食材を多く使っている。

カリンが健康的に痩せられるメニューを考え抜いた。

ボクの提案を面白いと言って、カリンは次々と新メニューの料理を開発している。

最近のお気に入りは、豆腐ハンバーグとお味噌汁だね。

異世界に転生して和風料理が食べられることが嬉しい。

「カリン。今日もするの?」

「もちろんです。提案してくれたのはリュークですよ」

「そうだけど、これだけ毎日しなくても」

あまりにも多くの料理を試作で作るので、食べ過ぎは体に良くない。

そこでボクが提案してしまったのだ。食べる物が少ない孤児にでもあげればと……。

それからほぼ毎日孤児院に駆り出されている。

孤児院はいくつかあって、毎日違うところに行くので、そりゃ毎日行く必要があるのかもしれないけど、ボクはあまり家から出たくない。

のんびりと怠惰に過ごしたい。

それに孤児院はどこも汚い。

クリーンが使えるからって、家全体が綺麗になるわけじゃない。

孤児たちはクリーンも使えないから余計に汚くて、衛生面もよろしくない。

「病気になった子がいるですって?」

カリンに助けを求めた少女がいた。

どうやら病人が出たようだ。

孤児院は教会の傘下だが、神官に診てもらえば金銭を要求されてしまう。

本当にこの国の教会はボクには合わないね。

管理しているんだから、お金を取らずに診ればいいのに。

「仕方ないなぁ。診せて」

孤児院の中は埃っぽくてお世辞にも綺麗な環境だとは言えない。

ボクは環境のチェックを終えて、病人がいる部屋へと入った。

十歳ぐらいの男の子が、苦しそうにベッドで寝かされている。

その横には痩せ細った姉が心配そうに弟の世話をしていた。

ボクは症状を診て、ただの風邪を拗らせただけだと理解できた。

放っておけば肺炎になって死んでしまうだろう。回復魔法をかけて治療していく。

結構、危ない状態だった。

ボクが回復魔法が得意で、前世の知識がなかったら治せなかった。

「いくら払えば……!」

怯えた表情をした痩せ細った姉は、お金を払うという。

孤児にお金を求めるなんてことはしない。

だって、ボクはデスクストス公爵家の子息でお金には困っていないからね。

「お金なんていらないよ。君たちに魔法をかけたのは、魔法の実験をするためだからね。むしろ、君の弟を実験体にしたんだ。回復魔法で病気が治ることもわかったからね。逆にこちらがお礼をしないといけないね」

ボクが何を言っているのかわからないという顔をしていた。

姉の方は利発そうな顔をしているのに環境が悪すぎる。

孤児院に金貨五十枚を寄付した。

院長には孤児院の衛生管理の重要性と、ここで暮らしている子供たちへ教育を施すように言いつけておく。

「シロップ」

「はい。リューク様」

「公爵家って、腐ってしまうほどお金を持っているよね。腐るぐらいなら、どこかに捨てた方がいいとボクは思うんだ。だけど、捨てるぐらいならここで使っても問題ないよね。院長、ボクは考えるのが面倒なんだ。拒否はなしだよ」

「はっ、はい。デスクストス公爵様。いえ、リューク様の仰せのままに」

院長は土下座する勢いで、金貨を受け取った。

カリンに付き合って、孤児院に来たけど、色々と実験ができて面白いかもね。

それからは、病気や怪我、魔物や毒などで侵された子供に対して、回復魔法がどこまで効果があるのか実験を繰り返した。