ゲーム開始時から使えるギアの1つ、《対プレイヤー用レーザー》。端末上部のイヤホンジャックにスマートフォンの電力を溜めて、レーザー光線のように撃つことができるギアだ。起動時に照準点が浮かび上がるシステムなので、初心者でも狙ったところに当てやすい。

ただし、発射時にイヤホンジャックの輝きが一瞬だけ強まるため、その瞬間に「防御行動」や「回避モーション」を取られやすい欠点がある。

「──《対プレイヤー用レーザー》起動」

レキトは両手でスマートフォンを構えて、優斗の胸にイヤホンジャックを向けた。左手で持ったスマートフォンを右手で下から支えて、親指でホームボタンを長押しする。端末上部のイヤホンジャックが輝きはじめた。ライトグリーン色の照準点が優斗の胸に浮かんだ。スマートフォンが発熱する。

この世界で生き残っているプレイヤーは、全員が「自分なりのプレイスタイル」を持っている。紫藤は「素早いフットワーク」を活かして、対プレイヤー用ナイフを用いた接近戦を得意としていた。教団ギルドのプレイヤーたちは数の利を活かして、味方全員の動きを完璧に把握する「連携プレイ」を極めていた。戦闘中に使えそうなアイテムを慌てて探すようなプレイヤーは一人もいなかった。

これまでのプレイヤーとの戦いは、機転でなんとか切り抜けることができた。手持ちのアイテムを組み合わせたり、NPCの警察官を利用したりして、ゲームオーバーにならずに済んだ。

けれども、機転に頼るのは、あまりにも運の要素が大きい。毎回アイテムに恵まれるとは限らない。戦いはNPCがやって来ない場所で行われる可能性もある。どんな状況にも左右されない戦い方を習得しておく必要がある。

プレイ時間が12時間経てば片方しか使えなくなる、《対プレイヤー用ナイフ》と《対プレイヤー用レーザー》のどちらを選ぶべきか?

レキトは自宅で一晩考えて、《対プレイヤー用レーザー》をメインに戦うことに決めた。《対プレイヤー用レーザー》であれば、ギルドみたいな集団が相手でも、離れたところにいるプレイヤーを攻撃できる。複数のプレイヤーをレーザー光線で貫通させて倒すこともできる。

何より、凛子と一緒にプレイしたガンシューティングゲームの経験値を活かすことができた。

レキトは親指を長押ししていたホームボタンから離す。端末上部のイヤホンジャックの輝きが強まり、ライトグリーン色のレーザー光線が放たれた。瞬く間にレーザー光線はピンク色の球体を通過する。

コントローラーの形が違っても、狙ったところに撃つ要領はガンシューティングゲームと変わらない。

目線と銃口の高さを揃えること。

そして、目で見るように、銃口の向きを変えること。

「視線」を「射線」に変えるイメージで撃てば、照準点に頼らなくても、思いどおりに当てることができる。

だが、優斗は低く屈んで、対プレイヤー用レーザーを回避した。機敏ながらも余裕を残したかわし方。ライトグリーン色のレーザー光線は壁に当たり、電気ドリルで貫いたような穴が開いた。穴の周りの壁紙クロスはわずかに焦げる。

ピンク色の球体に包まれた優斗は上体を前に傾けて、鋭い角度で床を強く蹴った。残像が一瞬見えるほどのスピードの飛び出し。部屋の奥から入口のドアの前に立つレキトめがけて、真正面から一直線に突っ込んでくる。巨大なピンク色の球体も、中心にいる優斗に連動するのように、レキトに向かって押し寄せてくる。

もし次の1発で優斗の足を止められなければ、ピンク色の球体に押し潰される未来になるのは間違いなかった。

──1発で決めようとするから負けるんだよ、頼助くん。

──FPSはね、狙ったところに早く撃てれば勝てるゲームじゃないんだよ。

凛子とゲームセンターで遊んだときの記憶が蘇ってくる。まだ梅雨前なのに猛暑日のように暑かった5月、新作のFPSのゲーム筐体きょうたいのオンライン対戦に交代で挑んだとき、凛子のように圧勝することができず、見ず知らずの相手にボロ負けした後の記憶だった。隣にいる凛子は棒が2本ついたアイスを半分に割り、少し大きめに割れた方のアイスをレキトに渡した。

『何言ってるんだ、凛子? プレイヤーは急所に当てれば1発で倒せるんだから、2発より1発で倒したほうがいいじゃないか』

『当てることができればね。けど、実際は当たらないでしょう? どんな対戦相手も撃たれないようにプレイしてる。攻撃が来ることをわかっていて、何もしないプレイヤーはいない』

『だから2発以上撃てってこと? 警戒されているなら、何発撃っても結果は同じだろう』

『撃つ目的を変えるんだよ。1発目は対戦相手を「倒す」じゃなくて「崩す」って感じかな。足を狙ったり、罠を仕掛けた場所に逃げるように誘導したりとかして、とにかく避けられない状況を作る。相手を何もできないようにすれば、次で仕留めようとしているのが読まれても、何の問題もないでしょう?』

レキトは肩の力を抜いて、親指でホームボタンを長押しした。心臓の鼓動は不思議なくらい落ち着いている。《小さな番犬リトル・ケルベロス》の吠える声もいつもより遠く感じた。振動で対プレイヤー用レーザーがブレないように、赤色のスマートフォンを握る力を強める。

優斗は全速力でレキトに向かってきた。距離を詰めれば、レーザー光線は避けにくくなる──にもかかわらず、真正面から前に突き進んでいた。視線と視線がぶつかり合う。押し寄せてくるピンク色の球体はデスクチェアをすり抜けて、赤色のスマートフォンのイヤホンジャックは光り輝く。

両手でスマートフォンを構えたレキトは斜めを向いて、ライトグリーン色の照準点を優斗から外した。縦向けに壁掛けで飾られたスケートボードに狙いを定めて、2発目の対プレイヤー用レーザーを放った。ライトグリーン色のレーザー光線をデッキ板のビス穴に通して、留め具の結束バンドを破壊する。壁から落ちたスケートボードは床を走り、迫り来る優斗が左足を踏み下ろす位置に滑り込んだ。

「俺が体勢を崩した後に、2発目でとどめを刺す作戦だろ? 悪いけど、そんな見え透いた手は通用しないよ」

片眉を上げた優斗は急停止して、軸足じくあしとなっている右足をぐっと曲げる。そして、左足がスケートボードを踏む前に、右側に置かれたベッドに向かって跳んだ。横に跳んだ優斗は壁で受け身を取り、ストライプ柄のシーツに着地する。そして、ベッドを突っ切るように走って、入口のドアの前に立つレキトとの距離を詰めてきた。

表情が強張るのを感じながら、レキトは優斗にイヤホンジャックを向ける。両目に力を入れて瞬きを止めた。口の中に溜まったつばを飲み込む。

ここは「自分の部屋」。プレイ時間20時間のうち、半分以上の時間を過ごしたゲーム攻略の拠点。今朝、優斗が入ってくるまで、NPCの家族は誰も立ち入らなかったバトルフィールド。

疲れたアバターを休める時間はあった。今後のプレイスタイルを見直す時間もあった。

敵プレイヤーの襲撃に備えて、「罠」を仕掛ける時間も十分にあった。

「──ッ!!

優斗がベッドを走っている途中、彼の右足がベッドの中へ沈んだ。アバターの足首が見えなくなり、膝下まで一気に下がった。マットレスを支える床板より深く落ちる。ストライプ柄のシーツが沈んだ右足とともに引っ張られる。

めくれたシーツの下には、「対プレイヤー用ナイフでベッドを切り抜いた落とし穴」がいくつもあった。

「避けたと思わせて、誘導したのか!」

「いえ、本気で転倒させるつもりでしたよ。ただ、外した場合の作戦を用意していただけです。プレイヤーとしての『経験』の差で負けないように、勝つための『準備』をしておいたんですよ」

レキトは赤色のスマートフォンを構えて、光るイヤホンジャックを優斗の胸に向ける。親指をホームボタンから離して、3発目の対プレイヤー用レーザーを撃った。対戦相手を仕留めるための一撃。急所の心臓を狙ったことは相手に撃つ前から悟られているだろう。

だが、片足が落とし穴にはまった優斗は避けようとしても間に合わない。すぐ落とし穴から抜け出せても、対プレイヤー用レーザーに当たるより早く、回避行動には移れない。

優斗は両目を閉じて、即座にまぶたをすうっと上げた。

「《愛を証明するためにキー・リレシップ》、解除!」

青い瞳が左右に揺れた瞬間、優斗を囲んでいたピンク色の球体が崩れた。ドロドロしたゼリー状になって床に落ちて、炭酸が抜けるような音を立てて蒸発する。優斗は必死の形相でホームボタンを連打した。微かに光ったイヤホンジャックから、「レーザー光線より短い光弾」が連打した数だけ放たれた。

桜の花びらのような光弾が、ライトグリーン色のレーザー光線に連続で命中した。正面から衝突するのではなく、左寄りに集中して当たっていく。細く短い光弾に対プレイヤー用レーザーを撃ち消す力はなかった。レーザー光線が突き進むスピードは変わらない。

だが、ライトグリーン色のレーザー光線はわずかに右に逸れた。優斗の心臓に向かっていた軌道を変えられる。

3発目の対プレイヤー用レーザーは、優斗の心臓から離れた肋骨を撃ち抜いた。

──撃ったレーザー光線に連射した光弾を合わせる精密射撃!

──「超集中状態」×《対プレイヤー用レーザー》の合わせ技か!

急いでレキトは親指でホームボタンを押し直して、端末上部のイヤホンジャックに電気を溜めた。ライトグリーン色の照準点が優斗に浮かぶと同時に、4発目の対プレイヤー用レーザーを撃つ。

だが、優斗はベッドの穴から抜け出し、俊敏な身のこなしでレーザー光線を避けた。歯の立ったサバイバルナイフを握りしめて、一直線にレキトに向かって駆け出した。

《小さな番犬》の吠える声の大きさが跳ねあがった。赤色のスマートフォンは激しく振動する。

レキトは構えたスマートフォンを下ろして、入口のドアの方へ手を伸ばした。

「万策尽きたみたいだな。お前の人生ゲームはここまでだ。恨みはないが、弟を返してもらうぞ」

「いいえ、作戦はまだ終わってませんよ。対プレイヤー用レーザーを止めるために、あなたは俺に近づいてしまいましたからね。俺を倒すために、自分の意思で、ここに誘導された。──スマートフォンは『ギア』を使うための道具じゃありませんよ、優斗さん」

レキトは微笑み、入口のドア近くの照明スイッチを押す。部屋の明かりをオンからオフに切り替えた。ゲーム画面がロード状態に入ったように、真っ暗になった部屋に置かれたオブジェクトが見えなくなる。床に広がったシアン色の血も、割れた観葉植物の鉢も、サンバースト塗装のエレキギターも暗闇の中に消えた。

レキトは「カメラ」のアプリを起動して、雷のマークを叩く。端末裏のカメラレンズを優斗の青い瞳に向ける。

そして、真っ白な撮影ボタンを押して、至近距離から「フラッシュ」を焚いた。

小気味のいいシャッター音と同時に、優斗の瞳に映った閃光が爆発する。カメラレンズを見てないレキトでも、目を閉じてしまいそうになる眩しさだった。優斗は目をくらませて、低い声を漏らしながら閉じた瞼に手を当てる。振り抜いたサバイバルナイフはレキトから大きく外れて、入口のドアに根元まで深く突き刺さった。

親指でホームボタンを長押ししながら、レキトは足音を殺して、優斗の後ろへゆっくり回り込んだ。《小さな番犬》は静かになって、赤色のスマートフォンの振動も止まっていた。端末上部のイヤホンジャックが光り輝く。ライトグリーン色の照準点が優斗の後頭部に浮かび上がる。

遊津暦斗VS.遊津優斗。

お互いの人生を賭けた兄弟対決は、決着がついたも同然だった。

「……はぁ、ここまでか。ゲームオーバーになる前に1つだけお願いしてもいいか? 明日の暦斗の誕生日、精一杯喜んでやってくれ。みんな、準備やサプライズを頑張ってるからさ」

優斗はため息をついて、諦めたように両手を上げた。敗北を受け入れるような穏やかで落ち着いた声だった。しかし、青色のスマートフォンを握った手はわずかに震えている。

レキトは口を結んだ。ライトグリーン色の照準点がブレないように脇を締める。

目の前のプレイヤーは絶対に倒さなければいけない相手だ。NPCの家族との暮らしに価値を置いて、弟のアバターに憑依したレキトをゲームオーバーにしようとしている。ここから家出できたとしても、優斗はNPCの弟を取り戻すために、どこまでも追いかけつづけてくるだろう。NPCの両親にしたって、高校生の息子がいなくなったら、行方不明者として警察に捜索願いを出すはずだ。

今後ゲームをプレイしつづけるためには、優斗をゲームオーバーにして、プレイヤーからNPCの兄に変えるしか方法はない。いますぐ対プレイヤー用レーザーを撃たなければ、優斗は目が見えるようになって、逆にレキトがゲームオーバーにさせられる。

──現実世界へ凛子を連れ戻すために、こんなところで負けるわけにはいかない。

──『Fake Earth』を終わらせることができれば、NPCになったプレイヤーも現実世界へ全員解放できるのだから、ゲームオーバーにすることに心を痛める必要はない。

だが、レキトは親指をホームボタンから離せなかった。ゲーム攻略に必要なコインを手に入れられるチャンスなのに、対プレイヤー用レーザーを撃つことができない。

NPCの家族との日常を大事にする優斗が、凛子とゲームセンターで遊ぶ日常を大事にしていたレキト自身と重なっていた。

「きゃあああああああああ!!

突然、妹の美桜の悲鳴が1階のリビングから聞こえてくる。家中に響きわたる、恐怖に震えた叫び声だった。《小さな番犬》が吠えはじめる。「DANGER」のポップアップがスマホ画面で点滅していた。

妹の美桜が悲鳴をあげた直後、大人しくなった《小さな番犬》が吠えている。優斗は不審な素振りを見せていないのに、レキトに危険が迫っていることを呼びかけている。

この部屋の下のリビングで、何かまずいことが起きているようだった。