4話 世界の理を動かす歯車

雨漏りで水滴の落ちる音がした。廃墟化した壁や床が劣化しているからなのか、落ちた水滴が弾ける音は100坪以上ある部屋によく響いた。50人のプレイヤーたちはレキトたちにスマホカメラを向けた状態から動かない。ガラス張りの窓の前に並んでいるコンクリート柱から、不気味にミシッと音が鳴るのが聞こえる。

「──《始まりの分岐点の前へデュアル・チョイス》」

ふたたび雨漏りの水滴が落ちた瞬間、凛とした女性の声が聞こえた。彼女の呼びかけに応えるかのように、50人のプレイヤーのスマホカメラが一斉に点灯した。「《対プレイヤー用ナイフ》と《対プレイヤー用レーザー》が両方使えるようになるギアよ」と紫藤が声をひそめて言った。

50本の親指が揃ったように動いて、端末下部のホームボタンを同時に長押しする。

輝きを放ったイヤホンジャックから、色とりどりの光の刃が構築されていった。

「ねえ、レキトくん。もしかして君って運が悪い? いきなり私に狙われるし、ヤバいギルドのところに飛ばされるし」

「ツイてる方だと思いますよ。このピンチを切り抜けられれば、また1つレベルアップできるんですから」

「うわ、何その発想。こんな状況でよく言えるね」

「こんな状況だからですよ。とりあえず作戦を考えましたので、引き続き協力してもらいますよ、紫藤さん」

レキトは紫藤に微笑み、話している最中に「メモ」アプリで書いた作戦をスマホ画面で見せる。ゲームオーバーになったプレイヤーのコインを投げ渡した。紫藤は呆れたように笑って、華奢な手でコインをキャッチする。親指でホームボタンを長押しして、起動していた対プレイヤー用ナイフの刀身をロングソードくらいの長さまで伸ばした。

──今回の対戦は、50人VS.2人のチーム戦。

──勝利条件は「教団ギルドからの逃げ切り」。

全方位から殺気が鋭く刺さったのを感じたとき、50人のプレイヤーたちが素早く走り出した。囲んでいるレキトたちに向かって、光り輝くナイフを握って全員が疾走するように迫ってきた。血の匂いに群がってくるピラニアのような勢い。大勢の走る足音が重なって響き、荒れ果てたコンクリートの床がビリビリと揺れる。

レキトと紫藤は反対方向を向いて、背中を合わせた。レキトは高くジャンプして、空中でエナメルバッグを肩から外す。紫藤は片膝をついて、長く伸ばしたナイフをコンクリートの床に根元まで突き刺す。そして、肩越しに二人で目配せを交わして、お互いのアバターを反対方向に回した。レキトはエナメルバッグをハンマー投げのように回して、紫藤はコンクリートの床に突き刺したナイフで大きな円を描いていく。

レキトがぶん回したエナメルバッグは、急接近してきたプレイヤーたちに次々とヒットした。直撃したプレイヤーたちはよろめき、装着していたガスマスクが横にズレてひるんだ。紫藤が突き刺したバイオレット色の光の刃によって、円状に切り裂かれたコンクリートの床が凹み始める。

──「対戦ステージ」をどう利用するのか。

──誰にでも平等に使える「ステージギミック」を『敵』にするのか『味方』にするのかで、戦いの形勢は大きく変わる。

真上に跳んだレキトが踏みつけるように着地したとき、円状に切り裂かれたコンクリートの床が下の階へ抜け落ちた。「50人のプレイヤーたちがいる部屋」から「1つ下の階の誰もいない部屋」へ。廃ビルのステージを破壊して、逃げ場のなかったギルドの包囲網を真下へ突破する。

紫藤は抜け落ちた床から飛び降りて、片足でふんわりと着地した。落下中に体勢を崩したレキトは転がるようにして受け身を取る。

そして、50人のプレイヤーたちが下りてくる前に、急いでレキトたちは部屋の外へ飛び出して、廃ビルの出口につながる階段へ走った。

「──交代です、《貴方は誰かの代わりキャッスリング》」

凛とした女性の声が遠くから聞こえた。

急に視界がグニャリと歪んだ直後、走っていたレキトは目の前に現れたコンクリート柱に激突した。金属バットで頭部をフルスイングされたかのような衝撃! 強烈な痛みとともに、目がチカチカと明滅する。

いったい敵プレイヤーは何のギアを使ったのか?

思わず頭を手で押さえると、「レキトくん!」と紫藤が名前を呼ぶ声がした。さっきまで近くにいたはずの彼女の声が、10メートル以上離れたところから聞こえる。後ろを振り返ったレキトは息を呑み、最悪の状況に置かれたことに気づく。

──おそらく《貴方は誰かの代わりキャッスリング》は、プレイヤーの位置情報を操作するギア。

──階段を駆け上がる二人分の足音から推測するに、正確には「プレイヤー同士の位置を入れ替えるギア」なのだろう。

50人のプレイヤーたちがいる部屋に、レキトたちは戻っていた。

「素敵な目ですね、あなた。もっと近くで見てもいいですか?」

隣から凛とした女性の声が聞こえたとき、真っ白な手袋をめた手に頬を触れられた。赤ん坊に触れるような優しい手つき。しかし、指先からとてつもなく冷たい感触が伝わった。凍るような寒気が背筋を走って、全身に鳥肌が立つのを感じる。女性プレイヤーは指先に力を込めて、レキトの顔を右の方へ向けた。

レキトは触られた手を払いたかったが、自分の腕を上げることができなかった。正確に言えば、顔を背けることも足も動かすこともできない。左手の小指すら曲げることもできなかった。

忘却を願う悪貨マーダー・コイン》の力によって、アバターが操作できなくなったときと明らかに違う。凛とした声の女性プレイヤーの存在に、息もできなくなるほどの恐怖で動けなくなっている。

今この瞬間にゲームオーバーにならずに済んでいることが、奇跡としか思えずにはいられない相手だった。

「……ああ、あなたは本当にいい目をしてますね。揺るぎない意志を宿した左目に、誰かのために戦う覚悟をした右目、そして原石の輝きを持った瞳。あなたは『超人類こっち』側のようですね」

凛とした声の女性プレイヤーは惚れ惚れしたように語りかける。真っ白な教団服のフードをかぶり、フルフェイス型のガスマスクを装着した顔。黒塗りのゴーグルのレンズから、女性アバターの目が透けて見えた。色素の薄い緑色の瞳は、恋に落ちた乙女のようにレキトをうっとりと見つめている。

「『Fake Earth』はプレイヤーのコインを集めるゲーム。賞金10億円の報酬を目指すにせよ、《ガチャストア》でギアを手に入れるにせよ、他プレイヤーのコインが必要になります。もっとも、誰のコインなのかは問われません。初心者のコインでも、古参のコインでも、運営は1枚のコインとして等しくカウントします。ですが、プレイヤーの命となるコインは、本当に同じ価値なのでしょうか?」

凛とした声の女性プレイヤーは、レキトの目を見つめたまま問いかける。

「多くのプレイヤーたちの考えと違い、私たちギルドはそうは思いません。これが現実世界を再現したゲームなら、交通事故で亡くなった人の年収に応じて賠償金が変わるように、人間の命の価値は平等でないところも再現されているはずだからです。強いモンスターあるいはレアモンスターを倒せば、経験値が多くもらえるように、実力のあるプレイヤーや類いまれな素質を持ったプレイヤーを倒せば、彼らのコインは価値が高いでしょう。──あなたのコインでガチャを回せば、いいギアが引けそうです」

色素の薄い緑色の瞳が嬉しそうに輝く。女性プレイヤーはレキトの頬をでた。反対の手には、対プレイヤー用ナイフが握られている。真っ白な光の刃がレキトの胸の高さまで持ち上げられる。

女性プレイヤーから10メートル離れた場所で、紫藤が教団ギルドのプレイヤーたちと戦っているのが見えた。整った顔をしかめて、迫りくる対プレイヤー用ナイフを辛うじて避けている。素早くバイオレット色の光の刃で斬り返す余裕もなく、防戦一方に追い込まれている。急いで助けに行かなければいけない状況なのに、レキトは身がすくんで動くことができなかった。

「……ほんの少しだけ痛みます。ですが、ご心配いりません。この痛みも、あなたは忘れてしまいますから」

穏やかな口調で言った女性プレイヤーは、フルフェイス型のガスマスクを外した。可憐かれんなドールフェイスの口元を綻ばせて、真っ白な光の刃をレキトの胸へ近づけていく。「攻撃」というより「儀式」を行っているような振る舞い。真っ白な光の刃に照らされて、レキトの胸は徐々に明るくなっていく。

速くなる心臓の鼓動を感じながら、レキトは迫ってくるナイフを見つめた。頭では逃げなければいけないことはわかっていた。このまま何もしなければ、ゲームオーバーになることは目に見えている。

しかし、死が間近に迫ってきても、レキトは指一本動かすことができなかった。恐怖に陥った本能が逃げろと訴えかける理性を抑え込んでいる。

頭の中で記憶が走馬灯のように駆け巡り、凛子と一緒にゲームセンターで遊んだ思い出が色鮮やかに蘇った。


──ピ、ピ、ピ、ピー!


そのとき時報がレキトのスマートフォンから鳴った。100坪以上ある部屋の中で、その音は余韻を残して響く。女性プレイヤーのナイフを近づける手が止まった。嘘みたいに重かったアバターが一瞬だけ軽くなる。

レキトは女性アバターの手を払って、苦戦している紫藤の元へ全速力で走った。最大限の力を込めてエナメルバッグを投げつけて、紫藤を対プレイヤー用ナイフで斬ろうとしたプレイヤーにぶつける。

時報を鳴らしたスマートフォンを見ると、プレイ前のルール説明のときに見た「地球」がスマホ画面に映っていた。

『プレイヤー名「遊津暦斗」様、アーカイブ社運営局よりゲームに関するお知らせです。ただいまをもちまして、ゲーム開始時からプレイ時間が1時間を経過しました。現実世界でご活躍されていた頃のように、この世界でも「最善」を尽くされていることに心より感謝申し上げます。よって、運営局より新規プレイヤー応援特典として、「ギア」をランダムで1つ提供させていただきます。ぜひゲーム攻略に役立ててください』

中性的な声のアナウンスが流れたとき、赤色のスマートフォンが光り輝きはじめた。青白い光がスマホ画面から放たれて、部屋の天井まで照らしている。

そして、赤色のスマートフォンは激しく揺れた。強く握りしめていなければ、手のひらから滑り落ちるほどの振動。新たな生命がスマホ画面の中から飛び出してくるかのような震え方だった。

『それでは「遊津暦斗」様が入手するギアをご紹介させていただきます』

『未知の可能性を秘めた、この世界の理を動かす、第一の歯車』

『№25小さな番犬リトル・ケルベロス》』


まばゆく輝くスマホ画面は、廃ビルの室内全体を照らしている。青白い光を受けて、ガラス張りの窓の前で並んでいるコンクリート柱は割れ目まできらめいていた。50人のプレイヤーたちの戦いによって、コンクリートの床から舞い上がった埃がキラキラと光っている。幻想的なイルミネーションを見ているような光景だった。

握りしめたスマートフォンの振動が止まると、犬小屋のアイコンがホーム画面に登場した。「読み込み中」というアイコン下の文字が「インストール中」へ瞬く間に切り替わる。円形のゲージが時計回りにぐるりと光って、「インストール中」の文字が「《小さな番犬》」に切り替わる。

そして、暗かったアイコンが明るくなり、三角屋根の犬小屋の扉が勢いよく開いた。

──ケルベロ! ケルベロ! ケルケルケルベロ!

銀色の毛並みの小犬が、犬小屋のアイコンからぴょんと飛び出てきた。柴犬風にカットしたポメラニアンに似ていて、真ん丸の目はくりっとしていて可愛らしい。長くボリュームのある尻尾を嬉しそうに振っている。番犬らしさをアピールしているのか、小犬の首には青色のスパイク首輪がつけられていた。

『№25《小さな番犬》』

『プレイヤーに危険が迫ったとき、犬の鳴き声とスマホの振動で注意を呼びかけるギアです』

『プレイヤーに迫る危険度の高さに応じて、鳴き声と振動は大きくなりますので、どうぞ様々な場面でご活用ください』

中性的な声のアナウンスが終わると、スマホ画面から放たれていた光は消えた。青白く輝いていた廃ビルの部屋は、夢から現実に引き戻されたかのように薄暗くなる。《小さな番犬》はホーム画面をトコトコと歩いて、犬小屋のアイコンへ戻った。真ん丸の目を閉じて、鼻ちょうちんをぶら下げて眠り始める。

しかし、次の瞬間、大きな鼻ちょうちんが割れて、《小さな番犬》は激しく吠え始めた。赤色のスマートフォンが振動して、「DANGER」のポップアップが画面に表示される。

慌ててスマホ画面から顔を上げると、教団ギルドのプレイヤーが間近に忍び寄っていた。レキトは親指でホームボタンを長押しして、ライトグリーン色の光の刃でナイフを受け止めた。すかさず紫藤が助太刀に駆けつけて、教団ギルドのプレイヤーを遠ざける。そして、後ろから斬りかかろうとしたプレイヤーの方に目を向けず、近づくことを牽制けんせいするようにナイフを向ける。

《小さな番犬》が吠え続ける中、50人のプレイヤーたちはレキトたちを囲み始めた。

「……やっぱり運が悪いね、レキトくん。逃走系のギアをもらえたら、この状況も切り抜けられたのに」

「いえ、もしかしたら当たりかもしれませんよ。このギアのおかげで、俺たちは逃げ切ることができるかもしれません」

「本気で言ってる!? そのギア、結局『吠えて震えること』しかできないんだよ!」

「吠えて、震える。その機能で十分なんですよ。戦闘中に作戦を共有するときにも、このギアは役立ちますし」

レキトは口元を手で隠して、声をひそめて紫藤に作戦を5秒で伝える。《小さな番犬》の吠える声が被さり、敵プレイヤーたちに伝わらないようにかき消してくれていた。一か八かの作戦を伝え終えた直後、紫藤から何の反応もなかったので、声が小さすぎたかと不安になって彼女を横目で見る。

紫藤は心配そうな表情を浮かべて、ちょうど横目でレキトを見ていた。

「どうしました、紫藤さん? 作戦に不備があるなら、遠慮なく言ってください」

「……べつに不備はないよ。悪くない作戦だと思う。けど、ほかに何か別の方法はないの? この作戦だと、成功したとしても、レキトくんが……」

「ああ、そういうことでしたか。あなたがいるから大丈夫ですよ。チャンスは必ず5分以内に訪れます。相手にバレないように、あのギアを──」

作戦の要点を伝え直そうとしたとき、《小さな番犬》が吠え声を強める。レキトが視線を戻すと、意識が紫藤に傾きかけた隙を狙って、何人ものプレイヤーたちが光り輝くナイフで襲いかかってきた。レキトは静かに息を吐いて、ライトグリーン色の光の刃を構える。紫藤と死角を補い合いながら、次から次へとやってくるナイフを防ぎ続けた。

教団ギルドのプレイヤーたちの猛攻をしのぐ最中、レキトは心に余裕が生まれるのを感じた。50人のプレイヤーたちが相手といえども、一度にナイフで斬りかかれる人数は五人くらいに限られている。操作するアバターが馴染んできた今、ひたすら攻撃を食らわないことに専念すれば、迫りくるナイフを見切ることは不可能ではない。

──おそらく50人のプレイヤーたちが《対プレイヤー用レーザー》や他の攻撃系ギアを使わないのは、「味方の巻き添え」あるいは「廃ビルの崩壊」などのリスクがあるため。

──このまま一定時間が過ぎるまで粘れば、必ずギルドから逃げるチャンスはやってくる。

頭の中でQTEのボタン入力画面が立て続けにカットインしてきた。瞬きすることも許されない緊迫感。必死に避けつづけるアバターはだんだん軽くなり、集中力が研ぎ澄まされていくような気がする。

ふと凛子と一緒にゲームセンターで「弾幕系シューティングゲーム」をプレイした記憶が蘇り、お互いに無言でレバーをカチャカチャ鳴らして、画面を埋め尽くすような敵弾の嵐の隙間を縫うように避けたことを思い出した。

「皆さん、『ナイフ縛り』はやめましょう。この方々のコインの価値なら、攻撃系のギアを2つ使っても問題ありません。──《対プレイヤー用レーザー》の使用を許可します」

緑色の瞳の女性プレイヤーはスマートフォンを掲げて、側面のサイレントスイッチを左にスライドする。親指でホームボタンを長押しして、端末上部のイヤホンジャックの穴をレキトに向けた。電気を溜めたイヤホンジャックは光り、真っ白なレーザーポイントが学ランの第二ボタンがあった場所に浮かんだ。他のプレイヤーたちも《対プレイヤー用レーザー》を構えて、色とりどりのレーザーポイントが学ランを水玉模様に変えるように浮かぶ。

《小さな番犬》の吠え声の音量が跳ね上がった瞬間、レキトは両膝をコンクリートの床に叩きつける勢いでしゃがんだ。電撃が迸るような音が駆け抜けて、複数のレーザー光線が瞬く間に通り過ぎた。廃ビルの壁に小さな穴がいくつも開き、微かな光が外から差し込み、レキトたちをほのかに照らす。

全身から汗が噴き出すかのように、何種類ものレーザーポイントが学ランに浮かび上がる。

レキトは眼鏡を手で押さえて、コンクリートの床を転がった。同時に放たれたレーザー光線を避けるのも束の間、逃げた先にいたプレイヤーが光り輝くナイフで切りつけてきた。体勢を崩していたレキトは寸前でかわすも、学ランの胸ポケットが破ける。すかさずカーキ色のレーザー光線が耳の上を通り過ぎ、側頭部の髪から焦げた臭いがした。

──ケルベロ! ケルベロ! ケルケルケルベロ!

《小さな番犬》が激しく吠えつづける。端末のバイブレーションはますます強くなり、「DANGER」のポップアップはスマホ画面で点滅していた。近くにいるプレイヤーたちはナイフで攻撃してくる。離れたところにいるプレイヤーたちはレーザー光線を撃ってきた。

何発ものレーザー光線が飛び交う戦場で、対プレイヤー用ナイフを持ったプレイヤーたちが変わらず攻めてくる。彼らは素早く動き回っているのに、誰一人レーザー光線にかすりもしていなかった。味方のアタッカー全員の動きを完璧に予測しなければできない連携プレイ。対プレイヤー用レーザーを撃つプレイヤーたちは、接近戦を仕掛けるアタッカーたちの隙間を通して、標的のレキトを狙い撃ちしている。

──大多数のプレイヤーたちによる、全距離からの集中攻撃。

──敵が本領を発揮するなら、こっちは120%の力で応じればいい。

だから、頭脳をフル稼働させて、目の前の状況を整理しろ。対戦相手の思考を分析して、未来の行動を予測しろ。全力を出し切って、限界を超えて、最善を尽くせ。

絶対に攻略できないゲームがないように、絶対に勝てないプレイヤーもいない。

視野を広げて、見方を変えて、攻略法を見つけるんだ!

「──学習しろ、学習しろ、学習しろ!」

レキトは目を見開き、スクエア型眼鏡を投げ捨てた。急接近するアイボリー色の光の刃を見つめて、学ランの裾に触れた瞬間に回避する。すかさず一斉に飛んでくるレーザー光線を見切って、ライトグリーン色の光の刃で斬った。後ろを振り返り、光り輝くイヤホンジャックの向きからレーザー光線の軌道を把握する。

目の力の有効持続時間は60秒。同時に放たれたレーザー光線をかいくぐって、レキトは斬りかかってきたプレイヤーにカウンターで一太刀を浴びせた。そのまま斬ったプレイヤーを踏み台に高くジャンプして、横から突撃してきたプレイヤーの背中にナイフを振り下ろす。斬った二人のプレイヤーが倒れて、混雑していた視界がわずかに開ける。

だが、倒れた二人のプレイヤーはすぐ起き上がった。味方が回復系のギアを使ったのか、レキトが斬った傷は綺麗さっぱりなくなっている。光り輝くイヤホンジャックを紫藤に向けていたプレイヤーの五人がレキトに狙いを変えた。そして、彼らは斜め上にレーザー光線を放ち、レキトの頭上の天井を破壊する。

天井から瓦礫の雨が降りそそいだ。大量の埃と粉塵が霧のように広がる。廃ビルの薄暗さも相まって、教団ギルドのプレイヤーたちの姿が見えにくくなった。急激に処理しなければいけない情報量が増えて、後頭部がズキズキと痛み始める。

急いで瓦礫の落下地点を見極めようとしたとき、横殴りのレーザーの雨が襲ってきた。咄嗟に横へ身をかわして避けると、対プレイヤー用ナイフを持ったプレイヤーたちが走ってきた。ランダムで落ちてくる瓦礫から、フルフェイス型のガスマスクが頭を守っている。

──「装備アイテム」で味方へのダメージを無効にした上でのステージギミック攻撃!

レキトは瞬きを堪えて、次から次へと迫ってくるナイフを連続で避けた。すかさず後ろに跳んで、天井から降ってきた瓦礫を回避する。空中でアバターをひねって、ブロンズ色のレーザー光線を紙一重でかわす。

しかし、直後に放たれたローズ色のレーザー光線は、間近に迫るのが見えていても、回避は間に合わなかった。

──ケルゥ!? ケルベロ! ケルケルケルベロ!

《小さな番犬》が悲鳴を上げるように吠える。被ダメージにコントローラーが振動するように、赤色のスマートフォンが激しく震えた。レキトは顔をしかめて、撃たれた肩を手で押さえる。まだ敵のターンは終わっていないと思ったとき、前後から2本のレーザー光線がレキトの学ランを同時に貫いた。

痛みが全身を駆け抜ける。叫びたい衝動を必死に抑え込んだ。学ランに開いた穴から、シアン色の血が溢れてくる。電源を切られたゲーム画面のように、頭の中が真っ白になっていく。

もしもゲームオーバーになったら、こんな風に記憶が消されるのだろうか?

レキトは歯を食いしばり、握った手からスマートフォンを落とさないように力を込めた。

凛子が対戦でピンチになったとき、楽しそうに目を輝かせてプレイしていたことを思い出す。

「──学習しろ! 学習しろ! 学習しろ!」

レキトは全力で叫んで、猛スピードで駆け抜けるレーザー光線をくぐり抜ける。コンクリートの床に落ちた瓦礫を蹴飛ばして、対プレイヤー用レーザーを構えたプレイヤーの手にぶつけた。急いで左右を見て、死角にナイフを持ったプレイヤーがいることを見抜く。そして、振り向き様にライトグリーン色の光の刃を放って、背後から斬り込んできたプレイヤーを退けた。

目の力のタイムリミットまで、残り30秒。壊れた天井から瓦礫はもう落ちてこない。強引に攻める覚悟を決めて、レキトは後ろへ退けたプレイヤーとの間合いを詰めた。次の瞬間にレーザー光線で撃ち抜かれた痛みを堪えて、目の前のプレイヤーの脇腹をすれ違いざまに斬る。学ランに風穴が増えた痛みを耐えて、斬った先にいるプレイヤーにナイフを振るう。

死に物狂いで戦いながら、レキトは笑みが零れるのを感じた。全身に力がみなぎってくる。目に映るすべてのものがより鮮明に見えるようになった。誰がどう攻撃してくるのか、全員の指の動きや顔の向きから、より先の未来が先読みできるようになる。

今なら50人のプレイヤーたちを倒せそうな気がした。

だが、そのときアバターの膝から力が、一瞬、抜けた。コンマ1秒もの遅れが許されない状況で、予想外のタイムラグが生じる。目では見えているのに、思いどおりに動かせない。格闘ゲームでダメージを受けた操作キャラが仰け反っているとき、コマンド入力しても動かなかったときの映像が頭をかすめる。

レキトは踏ん張って、当たる直前の攻撃をさばくことに集中した。ライトグリーン色の光の刃を振り回して、最小限のダメージで済むように防御する。撃たれた腕が途中で動かなくなり、急所だけは守るように切り替えた。わずかな希望に賭けて、生き延びることを最優先にする。

両目が充血していくのを感じた。後頭部がズキズキと痛みはじめた。切り傷が増えて、銃痕が刻まれて、アバターは徐々に損傷していく。

そして、目の力のタイムリミットの1分が過ぎた。

レキトは目を閉じて、血まみれになったコンクリートの床に倒れた。

「……最期に言い残すことはありますか?」

《小さな番犬》が必死に吠える中、凛とした女性の声が耳元で聞こえてきた。冷たい指で頬を撫でられる感触が伝わる。重たいまぶたを開けると、緑色の瞳の女性プレイヤーがレキトのそばで座っていた。穏やかな笑みを浮かべて、慈しむような目でレキトを見ている。