1話 ゲームスタート

【ゲーム世界:『Fake Earth』】

プレイヤー名=あそれき(Asodu Rekito)


【現実世界】

戸籍名=藤堂頼助(Todo Raisuke)


雨の音がした。

落ちたときに砕け散る雨粒の音がした。

一粒一粒の雨粒が呼び水となったかのように、凛子とゲームセンターで遊んだ記憶が次々と蘇った。色んなゲームを二人で協力したり対決したりした記憶が浮かんでは消えていく。

『Fake Earth』に参加する前までの記憶が走馬灯のように駆け巡る中、全身が闘争心で燃え盛るのを感じた。武者震いが指先に走った。雨に打たれていくにつれて、集中力が高まっていき、五感が研ぎ澄まされていく。

俺は電源ボタンを押して、スリープ状態で暗くなったスマホ画面を明るくした。


【遊津暦斗 プレイヤーID:9891/1122/2000】


暗灰色の曇天から雨が降りそそぐ中、俺は光り輝いたスマホ画面に表示された「プレイヤーID」と「プレイヤー名」を改めて見つめる。後でいつでも見返せるように、電源ボタンとホームボタンを同時に押して、スマホ画面をスクリーンショットで撮って保存した。とりあえず今この手の中にあるモノが、プレイ前に運営から注意事項として説明のあった「ゲーム専用のスマートフォン」と考えて間違いないだろう。参加したプレイヤー全員に配られ、「ゲームクリアの条件を満たす」あるいは「ゲームオーバーになる」、そのどちらの場面にも出てくる、ゲーム内の最重要アイテム。

とくに画面下に埋め込まれたコインは奪われても壊されてもいけない。

「それにしても『頼助』じゃなくて『暦斗』か。違和感があるな。RPGのキャラっぽく『レキト』って認識した方がしっくりくるか?」

俺は──レキトは学ランの胸ポケットにスマートフォンをしまって星印のついたエナメルバッグを引き寄せた。ゲームを始めるにあたって、運営がプレイヤーに用意した支給品ボックス。中に何が入っているのかは、プレイヤーによって異なっている。手榴弾や防弾チョッキなどの武器・防具があればいいが、見た目で判断するかぎり、このゲームで操作するアバターは「普通の男子高校生」。これが現実を再現したゲームなら、高校生のアバターの設定に合わない、軍人の持ち物みたいなアイテムは支給されていないだろう。

だが、プレイヤーが見方を変えれば、日用品でも武器や防具として活用することができる。どんなゲームだろうと、役に立たないアイテムは存在しない。真のゲーマーであれば、どんなアイテムでも使いこなすことができる。

星印のついたエナメルバッグを開けたとき、頭の中にRPGでお馴染みのコマンド画面から「アイテム」を選択する場面が浮かんだ。


▼電子ノート

(学校の授業で板書を写すときに使用? 薄くて軽い端末で角も丸いため、攻撃力・防御力は低い。全教科の授業を教科別に保存できるのは便利だが、戦いには使えそうにない)


▼デジタルペン

(電子ノートに文字を入力するデバイス。持ち手もペン先も丸いため、攻撃力は低い。吸い付くような手触りだが、戦いには使えそうにない)


▼革製のメガネケース

(イギリス産のブランド物。柔らかい素材でできているので、攻撃力は低い。オシャレではあるが、戦いには使えそうにない)


▼アーカイブ社製の英和辞典

(紙質にこだわったのか、分厚いのに軽い。しかし、その軽さゆえに、攻撃力は低い。鈍器としては重さが足りず、盾としては面積が狭い。語学スキルの向上には使えるが、戦いには使えそうにない)


▼ライムミント味のフリスク

(期間限定商品。レア度は高い。眠気覚ましの効果はあるが、戦いには使えそうにない)


▼ワイヤレスイヤホン

(投げやすいボール状の形。ただし、投擲とうてき武器としては重さが足りない。気分転換したいときには役立つが、戦いには使えそうにない)


▼ポールスミスの長財布

(現金2万7000円、小銭なし。学生証あり。柔らかい素材なので、攻撃力は低い。お金で道具を購入できるが、戦いには使えそうにはない)


「……くそ、全然使えないじゃないか」

レキトは思わず毒づいて、雨が降っている空を仰ぐ。「せめて折り畳み傘くらい用意しとけよ」と内心思ったが、目を閉じて気持ちを切り替えることにした。ゲームスタート時に確認しなければいけないことは、まだたくさんある。「ライムミント味のフリスクケース」を手に取って、口の中へ一粒放り込んだ。

どうやらレキトが目覚めた場所は、高層ビルが立ち並ぶオフィス街の一角にある広場らしい。街の中のアバターたちは傘を差して、各々がランダムな行動を取っていた。赤信号の前で貧乏ゆすりをしている男。うつむいてスマートフォンをいじりながら歩く男子中学生。黒いパンストが破けているのを気にしているOL──。傘を差さずに濡れているレキトに対しても、「素通りする人」もいれば「蔑むような目を向ける人」や「心配そうな顔をする人」もいて、全員のリアクションが異なっている。

同じ行動を繰り返しているアバターはいない。一人の人間として、それぞれが自由に生きているように見える。

──「不気味の谷」を超えた、というようなレベルではない。

──本物の人間とまるで区別がつかない。

レキトは奥歯でフリスクを噛み砕き、「ライムミント味のフリスクケース」をポケットに突っ込んだ。ゆっくりと立ち上がり、星印のついたエナメルバッグを肩にかけた。そして、雨の中のオフィス街を見回す。背後を振り返ると、現在地はよく知っている場所であることに気づく。

「さて、スタート地点は『東京』。──初心者には不利なステージだな」


渋い赤色のレンガ造りの建造物が、高層ビル群の前に立ちはだかっている。その全長は数百メートルを優に超えており、正面から改めて見ると、西欧諸国にある城壁に似ていた。美しくレトロなたたずまいは、現代のオフィス街で異彩を放っている。雨で濡れたレンガは深い赤みを帯びており、その重厚感のある存在をより一層主張していた。

開業100年を超えた、日本の表玄関と呼ばれた重要文化財。「帝都ていと」という称号が東京に与えられていた時代の象徴となる建造物。

この世界でレキトが目覚めた場所は、『東京駅赤レンガ駅舎前の広場』だった。

──初心者プレイヤーにとって、都会はプレイ環境に適さない。

レキトは人差し指で眼鏡をかけ直す。『Fake Earth』は人口が多い場所ほど、プレイヤーが集まりやすくなるゲーム。賞金10億円を獲得するためにも、戦いの武器となる「ギア」をガチャで入手するためにも、他プレイヤーからコインを奪わなければいけないからだ。もし都会で敵プレイヤーに見つかれば、「逃げる」選択も「戦う」選択も人混みの中から目立ってしまい、新たな敵プレイヤーに見つかる可能性が高いだろう。誰のコインでも同じ1枚である以上、初心者プレイヤーは絶好のカモでしかないはずだ。

レキトは赤色のスマートフォンを手に取る。ホーム画面内にあるアプリを確認して、「カメラ」を起動した。端末の裏側のカメラレンズを向けると、目の前の光景を縮小コピーしたかのように、雨の中の赤レンガ駅舎がスマホ画面に出てくる。すかさずインカメラに切り替え、自分の顔をスマホ画面に映した。

「サブカル系って感じか。思ってたより元の自分に似てるな」

大人びた男子高校生の顔が、スマホ画面に映っていた。濡れた髪はアッシュグレーに染められている。痩せた顔にはワインレッドのスクエア型眼鏡をかけていて、レンズの中の瞳の色は青かった。肌の色は白くも黒くもない。細めの眉毛はアーチの形に整えており、鼻と口も顔の大きさとバランスが取れている。

現実世界の自分と顔立ちが似ているのは、プレイ前のルール説明で他の参加者が偽物であることを見抜いたボーナスなのか。それともアイドルがみんな同じ顔に見えるように、人間の顔のバリエーションは思っているよりも多くなく、操作するアバターが似たような顔になる確率は実は1%くらいあるのか。仮説がいくつか思い浮かんだが、答えを確かめようのないことを考えても時間の無駄なので、ひとまず頭の隅に追いやることにした。

「……さて、アレは使えるかな」

レキトはスクエア型眼鏡を外す。視線を斜め上に向けて、細い雨をじっと見つめた。落下する雨粒は空気抵抗を受けて、自らの形を変えていく。「球体」だった雨粒は下半分が潰れて、「ドーム型」の雨粒に変形していく。一粒一粒の雨粒の中に、ビルの窓が映り込んでいるのが見えた。

眼鏡をかけていたときよりも、目はよく見えている。遠くの雨粒の形まで鮮明に見えるようになったことで、脳内で処理する情報量は多くなり、頭がフル回転しているのを感じた。ゾーン状態に入ったスポーツ選手みたいに、集中力が最大限に高まっているのがわかる。けれども、後頭部が10秒後にうずき始めて、痛みは徐々に増していき、最後には血管がちぎれそうな激痛に変わった。

レキトは目を閉じる。視界が真っ暗になると、後頭部の痛みは引いていった。鮮明に見えるようになってから頭痛に耐えられなくなるまで、有効持続時間は約60秒。プレイヤーが操作するアバターの「脳」は現実世界と同じだから、この世界でも眼鏡を外せば「目の力」は使えるらしい。

最後に「ギア」のシステムを確認しようと思ったとき、急に降っていた雨が激しくなる。BGMの音量を上げたように、雨粒が地面を叩く音が強くなった。まだスタート地点から動きたくなかったが、これ以上雨にひどく濡れて風邪を引くわけにはいかない。外していた眼鏡を装備して、レキトは閉じていた目を開ける。

赤レンガ駅舎前の広場を行き交うアバターたちは各々のペースで歩いていた。誰もが近くにいるアバターを気にかけることはなく、時には肩が触れ合いそうな距離ですれ違っている。全員が傘を差しているせいで、どんな表情をしているのかは見えにくい。彼らの中の一人が傘を手から離して、走ってレキトに襲いかかる──そんな悪い想像が脳裏をよぎる。

──NPCかプレイヤーか、見た目で区別することができない。

──東京駅前の広場を通る人たちが、みんな怪しい人に見える。

レキトは赤色のスマートフォンを握りしめた。頭からつま先までずぶ濡れになっている。額から流れる水滴が、雨粒なのか冷や汗なのか、レキトにはわからなかった。

「どうしたの君? 大丈夫? もしかして傘がなくて困ってるのかな。──初心者プレイヤーくん」

雨音のBGMが流れている中、後ろから若い女性の声が聞こえた。優しくて安心感を与えるような声色。聞き覚えのない声のはずなのに、どこかで会ったことがあるような親しみを感じる。気品のあるヒールの足音が近づいてくる。

レキトが振り返ると、傘を差したパンツスーツ姿の女性が手を振っていた。華やかな顔立ちで、スレンダーで引き締まった体型。後ろで束ねている髪は艶があり、暗めのブルージュに染めている。彼女のダークカラーのスーツの襟には、運営のアーカイブ社の企業ロゴと同じ「赤い地球のバッジ」を付けていた。

「ねえ、早くこっちにおいでよ。『Fake Earth』は病気も再現してるゲーム。そんなところに突っ立って、状態異常になってもいいの?」

強めの雨が降り続ける中、傘を差したパンツスーツ姿の女性はちょいちょいと手招きする。切れ長の目を細めて笑う顔は、明るくさっぱりした印象を感じさせた。駅前の広場を歩く男性アバターたちは、彼女を横目でちらっと見て通り過ぎていく。華やかな顔立ちとヒールが映える立ち姿に目を惹かれているようだった。

「……あの、すみません。あなたは誰ですか?」

「さて、誰でしょう? まあ、おおよその見当はついてるよね。ゲームを始めたばかりのプレイヤーに話しかけるキャラクターなんて、お約束みたいなものなんだし」

得意げな顔をした女性は、スーツの襟を彩る赤い地球のロゴバッジをアピールした。そして、手帳型のケース付きのスマートフォンをレキトの前で開く。光っているスマホ画面には、控えめに笑っている彼女の顔写真入りの社員証──このゲームを運営する「アーカイブ社の社員証」の電子データが表示されていた。

「『Fake Earth』の世界にようこそ。私はどうライ。この世界のチュートリアルを任された、アーカイブ社の社員よ。ほらほら、とりあえず傘に入って」

雨は弱まる気配はない。レキトは頭を軽く下げて、水色の傘の中に入ることにした。近づきすぎないように傘の下の端で立ち止まると、「もー遠慮しないの」と紫藤に学ランの袖を引っ張られる。紫藤と肩が触れ合う距離まで縮まったとき、湿った空気の中から、柑橘かんきつ系の香水の匂いがした。

「はい、これ私からのチュートリアル記念のプレゼント。『状態異常を防ぐアイテム』だから大事に使ってね」

紫藤は弾んだ声で言って、レキトに水玉模様のギフト袋を手渡した。手のひらと同じくらいのサイズのギフト袋。「いい素材を使ったプレミアムアイテムだよ」と紫藤の楽しそうな声を聞きながら、レキトはギフト袋のリボンを解く。水玉模様のギフト袋の中には「ギンガムチェックのハンカチ」が入っていた。

「……ありがとうございます」

レキトはお礼を言って、濡れた髪をプレゼントされたハンカチで拭いた。柔らかい質感は現実世界と変わりない。髪を拭いたハンカチが雨粒を吸水するところも、細かいチェック柄の色が濃くなるところも、完璧に再現されている。試しに指でそこをつまんでみると、綿の繊維に染み込んだ雨水がじわりとにじみ出てきた。

「じゃあ、さっそくチュートリアルやろっか。最初はギアの話でいいかな? 使い方とか知りたいでしょ?」

「えっここでですか? 人目につきますし、場所を変えた方がいいと思うんですけど」

「ああ、それなら大丈夫! 私たち運営は、世界中どこでもチュートリアルできるように、便利なギアを持ってるから。今から使うとこ、よーく見ててね。これが君たちプレイヤーの可能性を広げるギアの力。──№116《我らは世界の端役なりフーズロール》」

紫藤はスマートフォンのマイクに向かって、呪文みたいな言葉をつぶやく。そして、いたずらっぽい笑みを浮かべて、細長い指で足元を差した。視線を下に向けると、濡れた路面にレキトと紫藤の映る影が、傘の影より明らかに薄くなっている。目の錯覚でもなければ、光の加減の差でもない。傘の下にいる二人の影が透き通っている。

そして、紫藤がギアを起動した後で変わったのは、「レキトたちの影の濃さ」だけではなかった。赤レンガ駅舎前の広場を行き交う人たちの反応。さっきまで誰もが雨で濡れたレキトや紫藤を通りざまにちらっと見ていたのに、今は一人も見向きもせずに歩いていく。近くを通る人たちがレキトと紫藤を避けていくあたり、彼らから存在自体が見えなくなっているわけではない。紫藤を横目で見ると、隣にいる彼女は満足げな顔でレキトを見つめていた。

「どう? 面白いでしょ? これ、起動してから30分間、NPCにモブキャラだと思われるギアなんだ」

「……色々と活用できそうなギアですね。ちなみに、ギアはプレイヤーが名前を言えば、それを音声認識で使える仕組みなんですか?」

「おっ察しがいいね。あとはホーム画面でアイコンを叩けば使えるけど、あんまりそうする人はいないかな。戦いながらだと操作ミスがあるし、必殺技っぽく叫んだ方が指を動かすより早いし」

紫藤は手帳型のスマートフォンのロックを解除する。彼女のホーム画面はアプリがぎっしり詰まっていた。各アプリの間隔はわずか5ミリくらいしかない。親指がほんの少しズレるだけで、違ったものを起動してしまうことは目に見えて明らかだった。

「こんな感じで改めてギアの説明するね! 今見てくれたとおり、『ギア』は『超科学を現実化するアプリ』。だいたいのプレイヤーは戦うときに使ってるかな。もちろん包丁や拳銃とかで攻撃してもいいんだけど、最初から使える《対プレイヤー用ナイフ》と《対プレイヤー用レーザー》の方が便利だしね」

「なるほど。たしかに『支給されたスマートフォンは電池切れしないシステム』ですから、刃こぼれや弾切れの心配もしなくていいですもんね」

「そういうこと! いや~話が早くて助かるよ。君は優秀な脳を持ってそうだし、今日は特別に色んなことを教えてあげようかな」

紫藤は切れ長の目でウィンクした。

「じゃあ説明を続けるね。ギアが実質アプリと同じだから、電波がないところで使えるかどうかなんだけど──」

「実は『使える』ですよね? この世界はゲームですから、どこでも電波があるようなものですし」

「こらこら、チュートリアルより先に答えを言わない。私の仕事がなくなるでしょ?」

「すみません。……それでちなみになんですが、電波なしで使えるなら、速度制限の心配もいらないですよね?」

「ちょっとちょっと! 勝手に自分で補足もしない! 私の存在意義がなくなるから、ね?」

紫藤はレキトを睨みつけて、念を押すように指差す。有無を言わせないような顔をしていた。あまりの剣幕に気圧されて、レキトは無言でこくりとうなずく。正直こちらの質問にだけ答えてほしかったが、それを言うと怒られそうなので、黙っていることにした。

それから紫藤は身振り手振りを交えて、「使わないギアを整理する方法」や「他プレイヤーのコインの保管方法」などを教えてくれた。先輩が後輩に手本を見せるように、ゲーム専用のスマートフォンの操作方法を実演していく。

昔からゲームのチュートリアルが苦手だった。長い時間をとられるし、言われなくてもわかっていることを聞かなければいけない。「プレイヤーが感覚的にシステムを理解できるように、制作者はゲームデザインしてほしい」と思ったことは何度もある。

けれども、隣で一生懸命説明している紫藤のチュートリアルは、聞いていて不思議と心地良かった。

「じゃあ、最後に、ゲーム開始から使えるギアの1つ、《対プレイヤー用ナイフ》を使ってみよっか。実はこのギアは初心者がより簡単に使えるように、『ホームボタンの長押し』で起動できるんだよ。あとナイフを起動した後にも長押ししつづけたら、刀身を長くすることができるし、切れ味もコンクリートブロックを斬れるくらい鋭くなるから覚えててね」

「ということは、もう1つの《対プレイヤー用レーザー》にもショートカット機能があるってことですか?」

「うん、同じくホームボタンの長押しだよ。両方使えるお試し期間中は消音モードをオンにしたら、《対プレイヤー用レーザー》に切り替わる仕組みだけど、プレイ時間が12時間経ったら片方しか使えなくなるから、『ナイフ』と『レーザー』のどっちにするのかは考えてといてね。……とりあえず私に持ってるスマホを貸してもらっていいかな? ショートカット機能が使えるように、スマホの設定を変えるからさ」

相合傘の中、紫藤は微笑んで、手帳型のスマートフォンを軽くスイングする。女子大生がテニスラケットを遊びで素振りする姿によく似ていた。色白の手首に香水をつけているのか、柑橘系の匂いが鼻をふわりとくすぐる。

「そうですね。これからプレイヤーと戦うときに、《対プレイヤー用ナイフ》や《対プレイヤー用レーザー》をすぐ起動できなかったら、戦いは不利になりますからね。ぜひお願いしたいと思います。──ただ、その前に質問を1つだけいいですか?」

「なーに、改まった言い方をしちゃって。プレイヤーは何でもチュートリアルに質問していいのよ。私は、君にこの世界の仕組みを理解してもらうために存在してるんだから」

水色の傘を差す紫藤は、切れ長の目を細めた。透き通った笑顔はまぶしい。歯並びもきれいに整っていた。暗めのブルージュの髪に、細身のダークカラーのスーツも、華奢きゃしゃな体に似合っている。

もしも恋愛シミュレーションゲームに登場していたら、魅力のあるキャラクターとして、かなり人気が出ていただろう。SNSで話題となり、たくさんのファンアートが投稿されて、多くのプレイヤーから愛されていたに違いない。

「紫藤さん、あなたはプレイヤーですよね?」

声のトーンを落として、レキトは質問した。冷えた指先に息を吹きかけて、握っては開いて手を温める。

突然フリーズしたゲームのように、雨の音がザーッと響いていた。