──プリクラ? 普通にスマホで撮ってアプリで加工すればいいじゃないか。
──わかってないな、頼助くんは。記念感出るし、形に残るからいいんだよ。
──記念って別に今日は特別な日じゃないだろう。それにデータの方がなくさないし、いつでも見返せるし。
──もう〜めんどくさいなー! 屁理屈言ってないで行くよ! 一緒に撮れば恥ずかしくないから、ね?
頼助は電源ボタンを押して、凛子とのプリクラが映っているスマホ画面を暗くした。制服のズボンのポケットにスマートフォンをしまって、肩にスクールバッグをかけた。玄関でランニングシューズを履いて、オロビアンコの手袋をはめる。大きく一回深呼吸して、
【当日は弊社スタッフが会場までご案内しますので、準備ができましたら玄関のドアを開けてください】
招待状のメールの文面を思い出したとき、頼助は胸がざわつくのを感じる。どうして運営のアーカイブ社は当日に出迎えに来る時間を指定しないのか? 些細な疑問が頭の片隅で引っかかっていた。『Fake Earth』は世間に存在を隠しているゲームである以上、普通なら人目につくようなことは避けたいはずだ。それなのに、運営の社員がプレイヤーの自宅まで迎えに来て、準備ができるまで待機しているのが不思議だった。
頭の中で「
目の前のドアの向こう側は、不気味なほど静まり返っていた。ドアノブにかけた手が汗をかくのを感じた。心臓の鼓動がドクドクと鳴っているのが聞こえる。
頼助は真鍮のドアノブをひねって、玄関のドアをゆっくり開けた。
「……えっ」
頼助は息を呑み、自分の目を疑った。頭が真っ白になって、思わずドアノブを持ったまま固まる。いったい何が起きたのか、状況に理解が追いつかない。とっくに朝目覚めたことはわかっているのに、まだ夢を見ているような錯覚を覚えた。
玄関のドアを開けた先には、仕立てのいいスーツを着た20代くらいの男女が手を前に組んで並んでいる。どちらも絵画のモデルになりそうな美形で、すらっとした体型。男性は龍のピアスを左耳につけて、女性は虎のピアスを右耳につけている。「双子」よりも先に「クローン」という単語が先に思い浮かぶくらい、二人の顔のパーツはそっくり同じだった。
だが、頼助が驚いたのは、ゲーム会場へ案内する社員の見た目がそっくりだからではない。一人暮らしの部屋を振り返って、玄関のドアを開けた先の光景に目をもう一度向けた。速くなっているはずの心臓の鼓動が遅く感じて、真鍮のドアノブを握った手に力が入る。
目の前から長く続いている通路は、メタリックなフロアに埋め込まれた照明で青く光っていた。4面ガラスの展示ケースが通路の両側に並べられて、世界の家庭用ゲーム機が発売順に納められている。青く光っている通路の終わりには、近未来感あふれる装甲ゲートが設置されていた。
頼助が住んでいるマンションの廊下から見える、歩道橋やコンビニはどこにも見当たらない。電線近くのゴミ捨て場も街路樹の並ぶ遊歩道も何もかも消えている。
玄関のドアが異世界につながったかのように、今まで見たことのない光景が広がっていた。
「お待ちしておりました、藤堂頼助様。『Fake Earth』のゲーム会場までの案内人を務めさせていただきます、
「同じく案内人を務めさせていただきます、
合わせ鏡のような案内人の二人は同時にお辞儀する。頭を下げる速さや角度だけではなく、それぞれの耳につけたピアスの揺れ方までも完璧に揃っていた。一人ずつ見れば、彼らの所作は人間の動きとしておかしな点はない。けれども、二人の不自然なくらい息の合った姿は、機械じみたモーションに見えた。
「……ここはどこだ? お前たちは何をした?」
頼助は平静を装って質問する。いざというときに部屋の中へ引くために、ドアノブから手を離すことができなかった。どうして一人暮らしの部屋が知らない場所に移動したのか。答えを1つだけ思いついたが、さすがにありえない。背筋に冷や汗が流れるのを感じる。
「ご質問いただいたことについて、1つ目も2つ目も回答はほぼ同じです。もっとも、常識が認識を拒んでいるだけで、あなたは答えをすでに察しているでしょう」
「今朝あなたが目覚めた部屋は、我々が藤堂頼助様の記憶をもとに作ったものです。弊社固有の技術を使用して、昨晩あなたが寝ている間に部屋へ入り、弊社のVRヘッドセットを装着して、『Fake Earth』とは異なるプラットフォームの仮想空間に転送させていただきました」
女性の案内人は淀みなく答える。事実を淡々と説明する口調だった。頼助は信じられず、さっきまでいた部屋の様子を思い出す。家具の配置からフローリングの
今朝目覚めた自分の部屋は、本当にアーカイブ社がコピーして作った部屋なのだろうか? 部屋の見た目を同じにすることはもちろん、生活の匂いやフローリングの感触まで再現するのは難しい気がした。そもそも、現実世界と比べて違和感がないレベルで、人間の五感を仮想空間で再現できるとは思えない。考えれば考えるほど、不可能だと思える点が次々と浮かんでくる。
だが、玄関のドアを開けた先の景色が変わった理由として、「頼助が夜に寝ている間に、アーカイブ社に仮想空間へ移動させられたから」以外の答えを思いつかなかった。「なぜ運営は自宅へ迎えに来る時間を指定しなかったのか」という疑問にも説明がつく。常識的にありえないはずなのに、それ以外の選択肢が残されていない。
頼助は舌を強めに噛んで、痛みも現実世界と変わらないことを確かめた。
「ご質問はほかにありませんか、藤堂頼助様?」
「特にないようであれば、『Fake Earth』の参加について、最終意思確認させていただきます」
「もし『Fake Earth』に挑戦する気持ちが変わらないのであれば、参加の意思を改めて表明してください。我々はあなたをゲーム会場まで案内させていただきます」
「しかし、『Fake Earth』への挑戦をおやめになりたい場合は、我々が用意した部屋のベッドでお休みになってください。プレイヤーの資格を失う代わりに、あなたを本物の部屋へ帰すことをお約束いたします」
男性の案内人と女性の案内人が交互に話す。そして、主人公の選択を待つNPCのように、両手を前に組んだ姿勢のまま口を閉ざした。二人の目は瞬きのタイミングも完璧に揃っている。「あなたは人生を賭ける覚悟はありますか?」と問いかけるような目をしていた。
頼助は二人の案内人を見つめ返す。凛子と一緒にゲームセンターで遊んだ日々と、凛子がいなくなって一人だった日々が、交互にフラッシュバックする。頭に思い浮かんだコマンド選択画面、その中にある選択肢は「はい」の一択しかない。
凛子を助けるために、プレイヤーとして戦う覚悟はとっくにできていた。
「やめるわけがないだろ。早く案内してくれ。『Fake Earth』をプレイすることを楽しみにしてるんだ」
頼助は微笑み、握りしめていたドアノブを離す。敷居をまたいで、ゲーム会場へ続く通路へ一歩前に踏み出した。現実世界へ戻る道が断たれるように、玄関のドアが閉まる音がする。後戻りできなくなった瞬間、心が不思議と落ち着くのを感じた。
「「かしこまりました」」
二人の案内人は声を揃えて返事する。お互いが左右対称になるように背を向けて、床が青く光っている通路を並んで歩いていった。揺れる三つ編みの軌道も、鏡で映したようにシンクロしている。頼助は二人の案内人の後をついていく。
そして、近未来感あふれる装甲ゲートの前で、二人の案内人は立ち止まった。ピアスをつけた側の手を前に出して、それぞれの手のひらで同時に装甲ゲートに触れる。重厚感のあるゲートが液体に変わったかのように、二人が触れたところから波紋が広がった。通路の両側に発売順に飾られた家庭用ゲーム機が、電源スイッチをオンにした音を一斉に鳴り響かせる。
「行ってらっしゃいませ、藤堂頼助様」
「あなたがゲームをクリアして、無事に戻ってこられることを心より祈っております」
二人の案内人が頼助の後ろに下がったとき、『Fake Earth』のゲーム会場につながるゲートが開かれた。
頼助の目に飛び込んできたのは、真っ白なドーム型の空間だった。天井は5メートル以上の高さで、大型のプラネタリウム館くらいの広さ。近未来感あふれる装甲ゲートが、曲線の壁に等間隔で配置されている。ドーム型の空間の中央には、直径10メートルのラウンドテーブルが備え付けられていた。
18人のプレイヤーらしき人たちが、ラウンドテーブルの前のボールチェアに座っている。
金髪碧眼のゴシックドレス姿の老婦人、サソリの標本を制作している白人の子ども、幸せそうな顔でよだれを垂らして寝ている中東系の女性、縫合跡だらけでサイボーグ義手をつけた黒人男性──。18人のプレイヤーは国際色豊かなメンバーで、年代もばらけているようだった。全員が何者かはわからないけれど、一目で只者ではないことがわかる。何人かが頼助に視線を向けた瞬間、重たいプレッシャーが正面からぶつかるのを感じた。
頼助は眼鏡をかけ直すふりをして、思わず緩んだ口元を隠す。凛子とゲームセンターで対戦する前、緊張感で空気が張り詰めていたのを思い出した。彼らは協力し合う仲間なのか、それとも蹴落とし合うライバルなのかはわからない。どちらにせよ、心からワクワクしている自分がいる。
座っているプレイヤーの数が18人に対して、ラウンドテーブル前に置かれたエッグ型ゲーミングチェアの数は19台。一番手前のゲーミングチェアの背面がほのかに光っている。
頼助は胸を張って、堂々と見せつけるように歩いた。後ろの装甲ゲートが閉じていく音がしても、振り返らずにまっすぐ進んだ。18人のプレイヤーたちに一礼して、一番手前のゲーミングチェアに腰を下ろす。
『第2000期のプレイヤー全員の着席が確認できました』
『ただいまより皆様がご参加いただくゲーム、『Fake Earth』についての説明を始めます』
中性的な声のアナウンスがエッグ型ゲーミングチェアの内側から聞こえたとき、「地球のホログラム」がラウンドテーブルの上に浮かび上がった。
このゲームの舞台は、現実世界を模倣した仮想空間です。プレイヤーのみなさまが脳で知覚する、ありとあらゆるものを、完璧に再現した世界がそこには構築されています。
もしゲームの中で海に潜れば、青くぼやけた視界や海水の冷たさから、プレイヤーのみなさまは「海の中にいる」と感じることができます。海に潜った状態で口を開ければ、海水が口の中に入って「塩辛い」と感じることができるでしょう。長く潜りつづければ、息がだんだん苦しくなり、最後にはゲームの中で「溺れること」を体験することになります。
この世界に存在するすべてのものは、イメージとして「存在しているように見える」のではありません。プレイヤーのみなさまは、皮膚や目などの感覚器官を通じて、「本当に存在している」と認識することになります。
これからプレイヤーのみなさまには、この現実世界によく似た世界に入っていただき、そしてそこから「脱出」するために、最善を尽くしてもらいます。
つまり、「世界からの脱出」がゲームの目的です。
もし〈ある条件〉を満たした上での「脱出」に成功した場合には、私たちアーカイブ社が発行する「ブラックカード」をお渡しします。こちらは全世界で1枚しか存在しない、唯一無二のクリア
ただし、このゲームには、「ゲームオーバー」もあります。『大きなリターンを得るためには、それなりのリスクを背負わなければいけない』ということです。
ゲームオーバーになると、どうなるのか。
簡潔に言えば、ゲームオーバーになったプレイヤーは、現実世界に帰ることができなくなります。
10代から20代の頃に、将来の夢を語りあった親友とは二度と会えなくなります。
いつかは一緒に暮らしたいと思っていた彼、あるいは彼女にも二度と会えなくなります。
まだ
そのため、プレイヤーのみなさまには、1つだけお願いしたいことがございます。
ゲームを始める前には、必ずあなたにとって大切な方へ、〝最後のあいさつ〟を済ませておくようにしてください。
さて、イントロダクションはここまでです。
このゲームの名前は、『
それでは、さっそくゲームのルール説明を始めましょう。
まず、『Fake Earth』の世界から脱出する──ゲームクリアの方法は2つあります。
中性的な声のアナウンスが流れる中、頼助を含んだ19人のプレイヤーが囲んでいるラウンドテーブルの上には、「地球のホログラム」が浮かんでいる。頼助はスクエア型眼鏡を外して、目の前で反時計回りに自転している惑星を見つめた。
鮮やかな群青色の海、立体感のある大陸、真っ白で渦巻いている雲。この「地球」には宇宙空間から肉眼で直接見ているかのようなリアリティがある。これが「
●脱出方法その1:【ゲームマスターを倒すこと】
この世界の管理者であるゲームマスターを活動停止にすることができれば、ゲームクリアです。『Fake Earth』の世界が崩壊した直後、みなさまは現実世界に戻り、アーカイブ社の「ブラックカード」を手に入れることができます。
●脱出方法その2:【他プレイヤーが持つコインを7枚集めること】
他プレイヤーのスマートフォンを壊して、画面の下に埋め込まれた「コイン」を合計7枚手に入れる。そして、電話アプリで自分のプレイヤーIDをダイヤルして、運営に「ゲームクリア」を申請すれば、『Fake Earth』の世界から脱出できます。
ただし、この脱出方法の場合の報酬は、「賞金10億円」のみとなります。アーカイブ社の「ブラックカード」を手に入れることはできません。
ここでいくつか注意していただきたいことがあります。
▲注意その1:【アイテム】について
ゲーム開始時、プレイヤーは「スマートフォン」を支給されます。SIMカードの代わりにコインが中に埋め込まれた、ゲーム専用のスマートフォンです。
もし『コインが壊れる』あるいは『他プレイヤーのゲームクリア時にコインを使われる』など、ご自身のコインを失った状態になった場合、プレイヤーの故意・過失を問わず、ゲームオーバーになります。
また「プレイヤーはスマートフォンと一心同体」です。わかりやすく説明すれば、「プレイヤーの心臓が動いているかぎり、スマートフォンの電池は切れない」ということです。
しかし、逆に言えば、「スマートフォンの電源を落とせば、プレイヤーの心臓は止まる」ということになりますので、くれぐれも丁重に扱ってください。
▲注意その2、【ギア】について
このゲームには『ギア』というシステムがあります。支給されたスマートフォンで使えるアイテムで、おおよその仕組みはアプリと同じです。プレイヤーの戦闘などゲーム攻略に役立てることができます。
ちなみに全プレイヤーは《対プレイヤー用ナイフ》と《対プレイヤー用レーザー》のどちらかを使うことができます。この2つのギアは「スマートフォンの電力を『ナイフ』または『レーザー光線』に変換する機能」です。ゲーム開始から12時間経つまで、新人プレイヤーはどちらのギアも特別に使うことができますので、お試しになった上でどちらかをお選びください。
▲注意その3、【サービス終了】について
このゲームは、ゲームマスターが活動停止した直後、サービスは終了いたします。
つまり、アーカイブ社の「ブラックカード」を手に入れることができるプレイヤーは、ゲームマスターを活動停止にした1名のみということです。
なおサービス終了時には、ゲーム内のプレイヤーは一人残らず現実世界へ強制転送します。世にある多くのオンラインゲームのように、半永久的に存続することを目指していません。あらかじめご了承ください。
ゲームのルール説明は以上です。
これよりゲームを始める前に、質疑応答の時間を10分間設けますので、お訊きしたいことがある方は挙手してください。
質問はありますか、記念すべき第2000期の選ばれし挑戦者のみなさま?
中性的な声のアナウンスが呼びかけたとき、地球のホログラムが音もなく消えて、頼助を含む19名のプレイヤーたちの前に「ネームプレート」のホログラムが一斉に浮かび上がった。『高校生 藤堂頼助(17歳)』と記された文字の前には、国籍である日本の国旗マークが付けられている。
質疑応答の残り時間10分を示すデジタル数字が、ラウンドテーブルの天板に映し出される。
頼助を含む19名のプレイヤーたちは、カウントダウンが始まるよりも先に手を挙げた。
質問者:サンダー・ディヴィス(41歳)[輸入車ディーラー・アメリカ(男性)]
Q1、Hey! プレイヤーが操作するアバターはどうなってる!? 現実世界の自分と同じかい? それとも希望したら、僕は美少女アバターになれるのかい?
A1、プレイヤーが操作するアバターは、運営が『Fake Earth』で活動しているNPCの中からランダムで振り分けさせていただきます。
生まれるときに国や肌の色を選べないように、アバターの名前から性別・年齢・職業・身体能力など何もかもが運によって左右されます。そのためゲームが始まったとき、現実世界の自分と大差ないと思う方もいれば、まったくの別人に生まれ変わったと思う方もいるでしょう。みなさまは魂が
ただし、当たり前のことですが、「脳」は現実世界と同じものです。「質問するために、手を挙げよう」と思ったときに手を挙げられるように、みなさまが操作するアバターもそのアバターの能力の限界を超えない範囲で、思いどおりに動かすことができます。
また「現実世界での記憶」や「共感覚」など、脳に関するものは引き継いでおりますので、ご安心ください。
質問者:シャルル・ヌニーナ(120歳)[資産家・フランス(女性)]
Q2、操作するアバターが何者なのか、プレイヤーが知るにはどうすればいいのでしょう? NPCに憑依するということは、その人の記憶を引き継ぐことができるのでしょうか?
A2、大変申し訳ございませんが、プレイヤーは操作するアバターがNPCだった頃の記憶を知ることはできません。もしNPCの記憶を共有した場合、その人が歩んできた人生を追体験することになり、みなさまの脳に望まぬ影響を及ぼす恐れがあるからです。
いかに本物から偽物になり代わっているのを隠すのか? 相手を欺くことは、このゲームの醍醐味の1つです。
操作するアバターの個人情報は、持ち物やコミュニケーションアプリのトーク履歴などから把握してください。
質問者:マリウス・イプセン(54歳)[記者・ノルウェー(男性)]
Q3、ギアについて詳しく説明してください。どうやって手に入れることができるんですか? 《対プレイヤー用ナイフ》と《対プレイヤー用レーザー》以外にどんなギアがあるんですか?
A3、『ギア』は《ガチャストア》という専用アプリを起動し、他プレイヤーのコイン1枚を使うことで、新しいギア1つを引くことができます。このほか運営が開催するイベントを攻略したり、一部の特殊な条件を満たしたりすることで入手することできます。
なお、《対プレイヤー用ナイフ》および《対プレイヤー用レーザー》以外のギアにつきましては、ゲームが始まってからのお楽しみです。
ご自身の目でご確認ください。
質問者:ネラ・フレイザー(15歳)[祈祷師・ニュージーランド(女性)]
Q4、すみません、アーカイブ社の「ブラックカード」とはどういうものでしょうか? 私、今日までスマホも知らなかった世間知らずですので、どれくらい価値のあるものかわからなくて……。
A4、【アーカイブ社グループのサービスを無料で受ける権利が付与される】──これがアーカイブ社の発行するブラックカードの特典です。
たとえば、一人旅で月に行くことができます。ミシュラン三ツ星のレストランの食事を日替わりで楽しむことができます。全身をハリウッド俳優そっくりに整形することができます。
そして、「死者を生き返らせること」も実現できます。
みなさまがブラックカードを手にできれば、これからの人生で物質的な不自由を被ることはありません。アーカイブ社が存続するかぎりは、無期限の保証が適用されますので、お子さん、お孫さんの代までお使いください。
質問者:
Q5、「死者を生き返らせること」、本当に信じていいんだな? もし嘘だったら、〝タダ〟じゃ済まさねえぞ。
A5、はい。西暦2000年以降に生存していた人間であれば、誰でも生き返らせることができます。肉体につきましては、病院の電子カルテデータから、記憶につきましては、みなさまや生き返らせたい人の家族の思い出などから、情報を集めて、完璧に再現することができます。
数世紀前の絵画を復元するように、本人そのものを30日間で復活させることをお約束いたします。
──おかしい。この質疑応答、明らかに不自然なことが起きている。
頼助は手を挙げたまま、他のプレイヤーたちを横目で見る。同じ疑問を持っていそうな人は誰もいないようだった。
質問するプレイヤー以外は発言できそうにない緊迫した空気の中、19人のプレイヤーの前にあるネームプレートのホログラムのうち、頼助の右隣にあるプレートが縁取られるように光り輝く。
挙げていた手の指が6本あるマフィアのボスみたいな人相の男は、威圧するように指をボキボキと鳴らした。
質問者:メフメト・セイスマン(69歳)[政治家・トルコ(男性)]
Q6、実際プレイヤーがゲームオーバーになったらどうなる? 「現実世界に帰れない」というのは、やはり「死ぬ」という理解でいいか? 私は答えを知る必要はないが、他のプレイヤーのために教えてくれ。
A6、もしプレイヤーがゲームオーバーになった場合、生まれたときからゲームオーバーになるまでの記憶を消去させていただきます。そして、アーカイブ社が作った記憶を組み込んで、『Fake Earth』のキャラクターとして寿命が尽きるまで生きてもらいます。
〝第二の人生〟といいましょうか。
新たな記憶に替わったみなさまは、路上ライブからメジャーデビューを目指したり、気の合う仲間と新しい会社を立ち上げたり、愛する人と結婚式を挙げたりなど、現実世界と同じように人生を体験することができます。
なお現実世界の肉体につきましては、こちらで「完璧」に管理させていただきます。これからみなさまが中に入ることになるハード機のコクーンで、1日に必要な栄養量は血液への点滴注射で摂取して、適度な運動は微弱な電気で全身を振動させる方法で行います。
みなさまの体は、概ねゲームを始める前よりも健康な状態になりますので、ご心配なさらずにプレイしてください。
質問者:フォラフ・アルバジーニ(27歳)[ITエンジニア・オーストラリア(男性)]
Q7、なんでゲームオーバーになったプレイヤーをゲーム空間で生かす? 高額なクリア報酬まで用意して、おたくら何が目的だ?
A7、人間の脳のデータがほしいからです。それもできるかぎり詳細なデータを。
みなさまもご存じのとおり、アーカイブ社は「人類の進化」を目標としています。生物の起源から、宇宙の果ての先まで、世界のすべての謎を解き明かすために。そして、みなさまの中にもいらっしゃるかと思いますが、超情報化社会の膨大な情報量を浴びたことで脳が覚醒して、望まぬ力を与えられた人たちが増えている問題を解決するために。IT・医学・脳科学を中心としたあらゆる分野に注力して、全人類が種族として進化する方法を研究しています。
長年の研究の結果、人間の四肢や内臓器官などは、赤ん坊や老人への移植も問題ないレベルで再現できるほどに解析しました。
しかし、「人類の進化」の鍵と考えられている脳につきましては、研究の行き届いていない部分があります。補足しますと、物体としての脳はすでに再現できているのですが、どうすれば生物としての限界を超えた成長ができるのか、進化のメカニズムを解明できていないのです。
だから、数多くの脳のデータを集めて、人類共通の進化理論を見つけるために、ゲームオーバーになったプレイヤーは、その後も「人類の進化」の協力者として、ご活躍いただきます。
とりあえず、「アーカイブ社がみなさまの命を奪うことはない」とお考えください。
質問者:アジダ・ネシャット(33歳)[現代アート作家・アフガニスタン(女性)]
Q8、運営ちゃん、ゲームオーバーの条件って何~?
A8、ゲームオーバーの条件は、次の3つになります。
1.自分のコインが壊れる。
2.他プレイヤーにスマートフォンからコインを奪われる。
3.ゲーム内で死ぬ。
みなさまの残機はたった1つしかありません。アクションゲームやシューティングゲームのように、ゲームオーバーから数秒後に復活することはありません。
人生と同じように、1回かぎりのチャンスとなります。
質問者:ルドラ・シン(24歳)[カバディ選手・インド(男性)]
Q9、はいはい質問っす! 馬鹿なんでルールまったく理解してないっすけど、とりあえず「ゲーム内で死ぬ」ってどういうことっすか!?
A9、簡潔に言えば、「アバターの活動が完全に停止すること」です。
現実世界では「死んだら終わり」と考えられているように、このゲームでも高層ビルから飛び降りるなどして、アバターが生命を維持できない状態になれば、みなさまはゲームオーバーになります。
もちろんアバターと現実世界の肉体は別物ですので、みなさまがゲーム内で死んだとしても、現実世界で死ぬことはありません。
今後はゲームオーバーになったということで、『Fake Earth』のキャラクターとして、「人類の進化」の研究にご協力いただきます。
質問者:エドワード・ウェブスター(30歳)[探偵・イギリス(男性)]
Q10、ゲームマスターの情報を教えてくれ。いくら何でもノーヒントというのは、この名探偵エドワード・ウェブスターをもってしても、さすがに手こずると言わざるを得ないんだが。
A10、ゲームマスターの情報について、みなさまが満足できる回答をすることはできません。これはネタバレ防止のためではなく、「ゲームマスターの外見的特徴は何もない」としか答えようがないからです。
世界のどこかにいるゲームマスターは、基本的に誰かのアバターに変装しています。そして、『Fake Earth』が現実世界を再現しているように、その変装も外見は完璧に再現しています。場合によっては、みなさまがよく知るアバターに変装することもあり、ゲームマスターを見つける難易度は非常に高いでしょう。
もっとも、これはあくまで「ゲームマスターを探すだけでは、ゲームマスターは見つけることができない」という話です。
みなさまがプレイヤーとしてご活躍いただければ、いつか必ずゲームマスターを見つけられる。
特別な人間として選ばれた挑戦者たちの中でも、傑出したプレイヤーであることを証明してください。
ラウンドテーブルに映し出された残り時間は、まもなく半分の5分に差しかかろうとしている。第2000期の参加者たちは、誰ひとり質問の順番を譲るつもりはないらしく、質問を終えた人を含めた全員が手を挙げつづけていた。「操作するアバターを選べないこと」といい、運営がルール説明で開示していない情報があまりにも多い。セーブの有無や他プレイヤーの見つけ方など、まだまだ訊きたいことはたくさんあるのだろう。
だが、頼助は挙げていた手を下げた。運営に確認しておきたいことは、他のプレイヤーたちが代わりに質問してくれている。この質疑応答が始まってから抱いていた疑問に思考のリソースを割きたかった。人差し指でスクエア眼鏡をかけ直して、今まで質問したプレイヤーたちの前にあるプレートの国旗マークを改めて見ていく。
アメリカ、フランス、ノルウェー、ニュージーランド……。質問した10人のプレイヤーたちは、その国を代表するかのように出身国が異なっている。事実上、英語を公用語としている国からの参加プレイヤーは4名、各国特有の言語を公用語とする国からの参加プレイヤーが6名。
今のところ頼助と同じ日本人はいない。
──どうして世界中から来たプレイヤーたちは「自国の言葉」ではなく、「日本語」で質問しているのか?
頼助は口元に手を当てて、10人のプレイヤーたちが質問したときのことを思い出す。彼らが話した日本語は、日本人が声の吹き替えをしているかのように流暢な発音だった。全員の唇の動きを見るかぎり、運営が同時通訳している可能性はない。誰もが日本語を使いこなせることに不自然さを感じる。
そして、一番奇妙なことに、頼助以外のプレイヤーたちは、質疑応答が日本語で行われていることに疑問を抱いている様子がない。お互いに初対面であるはずなのに、他の外国籍のプレイヤーたちが日本語を話せることを当たり前のように受け入れている。
もし頼助以外のプレイヤーたちが知っている何かがあるなら、ゲームが始まる前に解き明かさなければいけない。質疑応答の終了まで、残り5分3秒。後半に出そうな質問と運営の回答はだいたい想定がつく。
頼助はプレイ前の質疑応答に耳を傾けながら、他の18人のプレイヤーたちに隠された謎の答えを導き出すことに集中した。
質問者:イ・ハヌル(19歳)[アイドル・韓国(男性)]
Q11、これがゲームなら「セーブ」とか「コンティニュー」はあるのか? 個人的にはない方が燃えるんだけど。
A11、『Fake Earth』には、セーブもコンティニューもありません。現実世界でみなさまが時間を止めることや過去に戻ることができないように、このゲームも一時中断とやり直しはできないシステムとなっています。
質問者:テオ・ブラウン(8歳)[動画配信者・カナダ(男性)]
Q12、じゃあさ、「ギブアップ」ってできる? ぼく途中で飽きたら、お家に帰りたいし。
A12、他プレイヤーのコインを3枚集めれば、プレイヤーはいつでもギブアップすることが可能です。電話アプリで自分のプレイヤーIDをダイヤルして、運営に「ギブアップ」を申請すれば、みなさまは『Fake Earth』をプレイしていた頃の記憶を失う代わりに、現実世界に帰還して普段どおりの生活に戻ることができます。
ただし、ギブアップした場合、『Fake Earth』をふたたびプレイすることは認められません。
人生がやり直しできないように、このゲームもやり直すことができない。
チャレンジは1回かぎりですので、その点だけご注意ください。
質問者:ネコ(18歳)[傭兵・無国籍(女性)]
Q13、もしコイン7枚集めてゲームクリアしたら、またプレイすることってできないの? 七人殺して10億円なら、いい収入源だしライフワークにしたいんだけど。
A13、他プレイヤーのコインでクリアしたプレイヤーは、『Fake Earth』にふたたび挑戦することができます。【ゲームマスターを倒す】というエンディングを迎えないかぎり、『Fake Earth』のサービスが終了することはありません。
またゲームマスターを倒してクリアした場合でも、他プレイヤーのコインでゲームクリアした場合でも、みなさまはゲームで体験したことを忘れることはありません。クリアしたプレイデータが消えないように、みなさまの素晴らしき成功体験も記憶に残りますので、ご安心ください。
質問者:ブルーノ・サンパイオ(63歳)[投資家・ポルトガル(男性)]
Q14、最初に「チュートリアル」とかないのかな? おじさん、誰かに手取り足取り教えてもらわないと不安でね〜。
A14、プレイ前にルール説明と質疑応答を行っても、ゲームは実際にプレイしたときに疑問が出てくる場合があります。そのため、運営はプレイヤーがゲーム開始から24時間以内にチュートリアルと接触できる機会を用意しています。
もちろん、「自分で考えながらプレイしたい」と感じるプレイヤーもいますので、ゲーム内のチュートリアルはスキップ可能です。
質問者:デズモンド・ノア(44歳)[無職・南アフリカ共和国(男性)]
Q15、ゲームと現実世界を区別するものはあるか? たとえばアバターは痛みを感じないとか。──俺がいた頃と変わってないなら、お前たちはそういう遊び心を入れるだろう?
A15、まず、みなさまの感覚は、現実世界と変わりありません。『Fake Earth』で怪我をすれば、脳から痛みを感じさせる信号が送られてきます。大気のウィルスが体内に入れば、インフルエンザの発熱で苦しむこともあります。もし自分の手で心臓にナイフを刺せば、死ぬ瞬間の感覚を体験できるでしょう。
ただし、現実世界の肉体との相違点として、アバターの血は「シアン色」に変更されています。これはプレイヤー同士の戦闘が「現実世界」ではなく、「ゲーム」での出来事だと認識してもらうための措置です。
質問者:ビアンカ・ゴルゴーネ(29歳)[マフィア・イタリア(女性)]
Q16、プレイヤーとNPCを見た目で区別することはできるのかしら? NPCと見分けがつかないなら、コインのために無差別に殺してくしかなさそうだけど、あんまりヒドいことはゲームでも気が進まなくて……。
A16、プレイヤーとNPCを見た目だけで区別することはできません。大勢のNPCたちがいる環境下で、いかに敵プレイヤーを自分が見つかる前に探し当てるのか? FPS/TPS系のゲームと同じように、「索敵」は『Fake Earth』にとっても重要な要素の1つです。
その一方で、プレイヤー同士が対戦しやすくするために、『Fake Earth』では「バトルアラート」というシステムを導入しています。これは運営がみなさまのスマートフォンに警報音を鳴らしている間、「近くにいるプレイヤーの現在位置」をロック画面に表示された地図で見ることができるものです。バトルアラートの配信頻度は週におよそ1回、時間は5分間鳴らしますので、ぜひゲーム攻略にご活用ください。
質問者:ミネス・ミミズク(25歳)[ペット散歩代行業者・アルゼンチン(女性)]
Q17、あの~プレイ中のお金はどうなります? お金がないと、私たち生活できませんよね~? なんていうか、人生賭けたゲームに参加するわけですし~、軍資金をたっぷりもらえませんか~?
A17、支給するスマートフォンの電子マネーを活用ください。ゲーム開始時とプレイ時間30日間が経過するたびに、毎回100万円ずつ自動でチャージします。
このほかプレイヤーはお金を現実世界と同じ方法で稼ぐことができます。必要に応じて、投資やギャンブルなどで、所持金を増やしてください。
質問者:アンナ・ソルダトワ(44歳)[弁護士・ロシア(女性)]
Q18、私がお訊きしたいのは「数字」です。「①現在『Fake Earth』にいるプレイヤー」、「②ゲームオーバーになったプレイヤー」、「③ギブアップしたプレイヤー」、最後に「④他人のコインでゲームクリアしたプレイヤー」、以上4点のデータをお願いします。
A18、ご質問に対する回答は次のとおりです。
ゲームに参加中のプレイヤーは「21万9224名」。
ゲームオーバーになったプレイヤーは「108万425名」。
ギブアップしたプレイヤーは「3万7564名」。
そして、他人のコインでゲームクリアしたプレイヤーは「891名」です。
質問者:藤堂頼助(17歳)[高校生・日本(男性)]
Q19、これは「質疑応答に見せかけたルール説明の続き」か? 今この場にいる俺以外の参加者全員、お前たちアーカイブ社が作ったフェイクだろう?
A19、──正解です。プレイ前のデモンストレーション、お楽しみいただけましたでしょうか?
質疑応答時間が終わったことを知らせる、大音量のアラーム音が鳴り響く。直径10メートルのラウンドテーブルの天板には、「『Real World』→『Fake Earth』」と光った文字が映し出された。頼助は挙げていた手を下ろす。自分の胸に手を当て、生きている感覚が手のひらへ伝わることを確かめる。
他の18名のプレイヤーたちは全員いなくなっていた。挙げていた手の指が6本あったトルコ人の男性も、民族衣装のニュージーランド人の少女も、誰もかれも綺麗さっぱりと消えている。いったいどんな技術を利用して、アーカイブ社が人間のフェイクを生みだしたのかはわからない。消えた参加者は全身がホログラムのように透けていなかった。整髪料で固めた光沢のある髪型や手の甲に浮き出た血管などの質感はリアルだった。
人間として間違いなく実在しているように見えた。
もし参加者全員が日本人だったら、きっと質疑応答が終わるまで「フェイク」に気づかなかっただろう。
本物だと思っていたものが、アーカイブ社が作った偽物だった。今まで当たり前だと信じていたものが正しいものなのか、急にわからなくなる。
「……なあ、俺は本当にリアルに存在してるのか?」
誰もいない部屋で、頼助は問いかける。
時間切れの質問に答えが返ってくることはなかった。
さて、プレイ前のデモンストレーションは以上をもちまして終了です。これより『Fake Earth』の世界へ転送するために、プレイヤーの意識の接続を開始します。意識の接続が完了するまでの時間は5分──この時間をどう過ごすのかは、プレイヤーのご判断にお任せいたします。
もしゲームのルールを再度確認したい場合は「Aボタン」を、家族や友人にメッセージを残したい場合は「Bボタン」を、プレイを中止したい場合は「Cボタン」を、ただいまお手元に用意しましたコントローラーから選択してください。
また新たな質問を思いついた場合は、運営のチュートリアル担当社員にお尋ねください。我々はプレイヤーが〝最善〟を尽くしてくれることを望んでいます。
準備はいいですか?
覚悟はできましたか?
もしものとき思い残すことはありませんか?
……それでは意識の接続を開始いたしましょう。
──『Fake Earth』。みなさまの世界によく似た空間へようこそ。