3話 隠しメッセージ
世界で一番強いプロゲーマーは誰なのか?
最強議論は格闘技ファンや漫画ファンが熱心に語り合うように、かつてゲーム好きの人たちの間で盛り上がる話題の1つとされていた。プロゲーマーの頂点を決める論争が尽きないのは、最強候補に挙げられる人たちが実際に戦うことがないからだろう。「eスポーツ」という名の通り、プロゲーマーはアスリートと同じように、専門的に取り組んでいるゲームの種目が異なっている。「『ぽよぽよ』の世界チャンピオン」と「『スプラクリーン』の世界ランキング1位」、どちらが強いのかは比べようがなかった。
だが、今ゲーム好きの人たちの間では、誰が最も強いプロゲーマーなのか、議論が白熱することはほとんどない。あるプロゲーマーの活躍によって、全員の意見が一致して話がすぐ終わってしまうからだ。
常に全身黒ずくめの格好でサイバーパンクマスクをつけて、話すときはボイスチェンジャーのソフトで声を変える、年齢・性別ともに不詳のプロゲーマー『NIR』。『EX JAPAN』で頼助が予選負けしたあの日。14ヶ月前に彗星の如く現れた「彼」もしくは「彼女」は、7つのジャンルのゲームの世界大会に参戦して、すべて優勝する偉業を成し遂げた。その圧倒的な強さから、多くのファンからは『魔王』という呼び名で恐れ称えられている。ただし、「特別で検出できないチートツールを使っているのではないか」、「素顔を隠すのは複数のプレイヤーが演じているではないか」という噂が囁かれており、NIRの実力を疑う者も少なくはない。
しかし、頼助は一度対戦したプレイヤーとして、NIRが一人のプレイヤーであり、数々の優勝は紛れもない実力で勝ち取ったものであることを確信していた。1年以上の月日が経った今でも鮮明に覚えている、格闘ゲームの世界大会の予選でパーフェクトK.O.でストレート負けした対戦。独特の癖もなければ付け入る隙もない戦い方に、当時は絶望に打ちひしがれてしまったが、あの完璧で万能な強さは誰よりも格闘ゲームを愛する心がなければ身につかない。
そして、格闘ゲームに限らず、あらゆるゲームを深く愛して極めているプレイヤーの存在を、頼助は身近に知っている。
凛子と音信不通になってから70日後、生まれて初めて入った彼女の部屋。寝室兼ゲーム部屋の隅にはコレクションケースがあり、eスポーツ大会の優勝トロフィーが7本飾られていた。どれも作品の世界観を表現したデザインで、本物の宝石を加工したような質感。最上段のトロフィーの台座には、「WINNER:NIR」と金文字で名前が彫られている。
頼助は意外と驚かずにいる自分に内心驚きつつ、NIRの正体が凛子であることを悟った。
「どうぞ好きに調べて。あの子の行方がわかる物が見つかるといいけど」
凛子の母親の沙織は、レースカーテンが付いた出窓を開けて換気する。艶やかな栗色のミディアムヘアに、ブラウン色のアイラインを上下に引いて、二重の目が上品な印象になるように仕上げていた。休日でもオンライン会議があったのか、灰色のスーツをぴしっと着こなしている。引き出しのあるゲーミングデスクや24インチのモニターに埃がついていないあたり、定期的に凛子の部屋を掃除しているらしい。
──急にいなくなれば心配する人がいるのに、どうして凛子は姿をくらませたのか?
頼助はスクエア型眼鏡をかけ直す。沙織から聞いた話によれば、凛子はゲーミングチェアに書き置きを残して、頼助が最後のLINEを送られた日にいなくなったそうだった。
『企業案件で新作ゲームのテストプレイヤーに選ばれたから、しばらく泊まり込みでプレイしてくる。遅くても1週間くらいで帰るから心配しないでね』
凛子と連絡が取れなくなった沙織が警察に相談したところ、捜索に動いてくれたようだが、今のところ足取りはつかめていないようだった。
新作ゲームのテストプレイで泊まり込みはあり得る話だが、電話やメッセージなどのやり取りがまったくできないのはおかしい。おそらく凛子が母親に嘘をついたのは、とあるゲームをプレイすることを隠したかったのだろう。もしそのゲーム──『Fake Earth』がどんなゲームなのかを知れば、沙織はショックで倒れてしまうかもしれないから。
『Fake Earth』は海外のゲーマーの間で都市伝説として知られている、世界初のフルダイブ型のVRゲーム。真偽は不明であるが、誰も完全な意味でクリアできたプレイヤーはおらず、それを成し遂げられた者には「どんな願いも叶えることのできるアイテム」を与えられるそうだった。ただし、ゲームオーバーになったプレイヤーは「現実世界に二度と戻れない」らしく、それが何を意味するのかは謎に包まれている。
どうして凛子は『Fake Earth』に挑戦したのか? なぜ頼助を誘わないで、一人でプレイすることにしたのか?
彼女がいなくなった今、答えを知れる可能性のある場所はこの部屋しかなかった。
「すみません。凛子のお母さんが部屋を調べたとき、何か気づいたことはありますか? 例えば、変わった物があったとか」
「残念ながら、そういうものは何も。でも、そういえば、あの子の日記が見当たらなかったわね」
「日記ですか?」
「そう。昔から毎日書いててね。隅々まで探したんだけど、どこにも見つからなくて。……もしかしたらあの子が処分したのかも」
遠い目をした沙織はため息をつく。直接言葉にはしないけれど、最悪の可能性を想像しているようだった。年頃の娘が自宅に1ヶ月も帰ってこないとなると、親としては希望に
しかし、頼助は凛子の日記はここにあるに違いないと確信していた。凛子は消息を絶つ前、頼助に送ったLINEの文面と同じように、沙織にも「すぐクリアして帰ってくる」と家出が短期間であることを伝えている。少しの間だけ不在にするつもりでいる人が、わざわざ自分の日記を処分するとは思えなかった。おそらく凛子は日記を部屋のどこかに隠している。一緒に遊んだゲーム仲間として、隠し要素みたいな遊び心をインテリアに取り入れている直感があった。
頼助は凛子の部屋を見回して、自分なら日記をどこに隠すのかを考える。「隠し部屋」や「隠し扉」という単語が頭に浮かんだが、一緒に暮らしている沙織が知らない設計があるとは考えにくい。日記は基本的に毎日書く物である以上、物理的に取りにくい場所にも隠さないだろう。
となると、思いつく隠し場所は1つしかない。
頼助はゲーミングデスクに近づき、天板の下の引き出しを開ける。箱型の引き出しの中には何も入っていない。そのまま奥まで引っ張っていくと、簡単にゲーミングデスクから取り外すことができた。外した引き出しを斜めに傾けると、「隠し引き出し」が向こう板の裏から現れる。
『10 Years Diary』と題された日記帳が、隠し引き出しの中に入っていた。
「すごい。よくわかったね。もしかして凛子から聞いてた?」
「ゲーミングデスクに引き出しがあるのは珍しいので、気になってたんですよ。この部屋を見るかぎり、日記を書ける場所は他にないですし」
「なるほど。さすがゲーマーね。とりあえず早く読みましょう」
「ですね。何かいい情報があればいいんですが」
凛子の日記をゲーミングデスクの上で開いて、頼助と沙織は最後のページから
「……どうやら手がかりはなさそうですね」
「そうね。3ヶ月分以上調べてもダメみたいだし。最後のページが消されてなかったら、話は違ったんだろうけど」
沙織はしかめ面をして日記を間近で見つめる。凛子がいなくなる前日に書かれた日記は、消しゴムで綺麗さっぱり消されていた。書いている途中で気分が乗らずやめたのか、書いた後で誰かに万が一見られたらまずいと思ったのか。真っ白になったページから凛子の気持ちを読み取ることはできなかった。
「ちょっと休憩にしましょうか。せっかく来てくれたのに、まだ何も出せてなかったし」
「いえ、そんなお構いなく」
「遠慮しないで。それにリフレッシュしたら、何か気づくかもしれないし。いい紅茶とクッキーがあるから待ってて」
沙織は日記を頼助に渡して、凛子の部屋をささっと出ていく。落ち着いた栗色の髪の後ろに白髪が交じっているのが見えた。
実は消された日記が読めることを、思わず口走りそうになる。
頼助は唇を結んで、一人になった部屋で凛子の日記を手に取った。
凛子の最後の日記には、万が一のときに備えたメッセージを残っていた可能性がある。RPGでボス戦の前にセーブしていくように、何らかのリスク管理を考えていてもおかしくなかった。例えば、『Fake Earth』へ勧誘した人の連絡先、あるいは凛子の位置情報を示すGPSの追跡IDなど。書くどうか迷ったことほど大事な言葉はない。
もし『Fake Earth』をプレイする方法が記されていれば、沙織は大事な一人娘を助けに行くだろう。今も凛子が戻ってこないことを考えて、沙織を危険なことに巻き込むのは避けたい。
頼助はスクエア型眼鏡を外す。目が見えすぎるあまり脳に高負荷がかかる病気、「視覚野過敏症候群」。膨大な情報量に脳が耐えられなくなるまでの60秒間、頼助は超人的な視力を発揮することができる。消された日記のページに残った凛子の
凛子に辿り着くための手がかりが書かれていることを願いつつ、頼助は最後に綴られていた日記を読んだ。
『眼鏡を外すと目が良くなる頼助くんへ
この日記は君に宛てたメッセージとして書くことにする。ビックリしたかな、頼助くん?
いつか君がここに来るかもしれないと思って、手紙の代わりに書き残すことにしたんだ。
でもね、できたら読まれないでほしいって願ってる。だって君が私の日記を読んでるってことは、私は『Fake Earth』からまだ帰って来てないってことだから。
『Fake Earth』のプレイヤーに誘われたのは、ちょうど今から8ヶ月くらい前、まだ君とゲームセンターで仲良く遊んでない頃だね。パズル系ゲームの大会で優勝して、3つ目のトロフィーを手に入れた翌日の放課後、運営の人が会いに来て招待状を渡されたんだ。世界初のフルダイブ型VRゲームは興味あったけど、そのときの私は普通に断った。色んなゲームの大会で忙しかったし、ゲームクリアできたら報酬がもらえる系のゲームって胡散臭いしね。断った後に運営の人がしつこく勧誘することもなかったから、『Fake Earth』の存在は完全に忘れちゃってた。
でも、『烈闘ファイターⅦ』に新キャラが追加された夏の日、私は別の人から『Fake Earth』のプレイヤーになってほしいと頼まれた。申し訳ないけど、その人が誰なのかは言えない。とりあえず『Fake Earth』の運営と違う組織にいて、NIRの正体が私だって突き止められる人だ。
その人は頭を深く下げて、私にこう頼んだ。
「『Fake Earth』をプレイして帰って来なくなった人たちが何十万人もいる。全員を安全に現実世界に連れ戻すためには、『Fake Earth』をゲームクリアして終わらせるしかない。だから、誰よりもゲームが得意な君の力を貸してくれないか?」って。
正直言うと、私はとても困った。ゲームオーバーになれば帰れなくなる。そんな危険なゲームに参加してほしいってお願いするなんて。いくらゲームが得意だからって、普通の女子高生に頼むようなことじゃない。何十万もの人たちがゲームの世界に閉じ込められてるとか言われても、私には関係ない。
でも、私はその人の頼みを引き受けた。正義感に燃えたからじゃないし、脅されたからでもないよ。
困っている人に頼まれ事をされたら、「引き受ける」か、それとも「引き受けない」か。これがRPGだったら、迷わず受ける依頼だったから、今回も私はゲーマーとして、そう返事することを選んだだけ。
こんな大事なことを軽く決めない方がいいことはわかってる。バッドエンドルートに入りそうな選択なんてすべきじゃない。
けど、『Fake Earth』をクリアして終わらせて、ゲームの世界に閉じ込められた人たちをみんな助けて、頼助くんとゲームセンターで遊ぶ日常に戻る──そんな「最高のエンディング」に辿り着ける可能性があるなら、ゲーマーとして目指さずにはいられなかった。
ここまで読んで、たぶんは君はこう思ったでしょ?
「なんで俺と一緒に『Fake Earth』をプレイしようって誘ってくれなかったんだ」って。
もちろん私も君と協力プレイして、『Fake Earth』を攻略することは考えたよ。きっと君は誘ったらついてきてくれるだろうし、何より二人で楽しくやってる未来もイメージできた。
でも、私の独りよがりに付き合わせたくなかった。
一緒に人生を賭けてくれる君だから、君だけは絶対に巻き込みたくないと思った。
だからね、頼助くん、『Fake Earth』をプレイすることだけはやめて。君には『EX JAPAN』で優勝して、格闘ゲーマーとして世界一になるって目標がある。ずっと頑張って歩んできた道がある。だいたい、君はどのゲームの対戦でも私に勝てたことがないんだから、『Fake Earth』に挑むのは、自殺しに行くようなもんだよ。
私なら大丈夫。攻略に時間がかかってるだけで、そのうちクリアして帰ってくる。もしかしたら『Fake Earth』が楽しくてやり込んで、何年も帰ってこないかもしれないけど。なーんてね!
私ね、今でもよく覚えてるんだ。NIRとして『EX JAPAN』に出場して、君との初めての勝負で勝ったときのこと。君は誰よりもリベンジを決意した顔をしていて、君とだけは「また対戦したいな」って思ったことを。だから、勝ちつづけてどのゲームをやっても楽しくなくなっていた頃、ゲームセンターで君を見つけた時は本当に嬉しかった。
これは偶然なんかじゃなくて、運命なんだって思った。
『君、つまんなそうな顔でプレイしてるね。ゲームは楽しんでやるもんだよ』
あのとき私が君に声をかけたのは、単に君を挑発して対戦してもらうためだった。
ゲームの楽しさを教えてあげるなんて嘘だよ。
私に逆にゲームの楽しさを教えてくれたのは君だもん。
君がつまんない日常を変えてくれた。
君のおかげで、私はゲームをもっと好きになることができた。できれば、ずっと君とゲームしていたかったけど、『Fake Earth』から戻れなくなって叶わなくなっても、私はもう後悔なんてしないよ。
もう満たされすぎなくらい楽しかったからね。
さて、いい感じに伝えたいことは伝えられたし、そろそろ「最後」の挨拶をさらっと済ませよっか。
これからも『烈闘ファイターⅦ』の練習頑張ってね、頼助くん。努力家で真面目な君なら、いつか必ず『EX JAPAN』で優勝を成し遂げられる。世界一のプロゲーマーと呼ばれた私が保証するよ。
くれぐれも一時の感情に流されて、私のことを追いかけて、『Fake Earth』に挑戦しないように。そういうの嬉しくないし、私のことなんて忘れてくれていいから。
じゃあね、今まで遊んでくれてありがとう!
君に会えてよかったよ。
一緒に遊べて楽しかった凛子より』
後頭部に激痛がズキンと走る。誰かに銃で撃たれたような痛み。凛子の日記を読むことに没頭する間に、目の力のタイムリミットを大幅に超えてしまったようだった。頼助は目を閉じて、外していたスクエア型眼鏡をかけ直した。消されたページに残っていた凛子の鉛筆痕が見えなくなる。
しかし、最後の日記に何が書かれていたのか、一字一句が脳に焼きついて離れなかった。
「……『これから『Fake Earth』をプレイすることだけはやめて』、か」
凛子がいなくなった日から、ずっと頭の片隅で考えつづけていたことがあった。「凛子の行方を追いかけるのは正しいのか?」ということを。凛子は頼助を誘わず、一人で『Fake Earth』をプレイすることを選んだ。いつものように一緒にプレイしようと誘わなかったのは、頼助に『Fake Earth』をプレイしてほしくない意思表示ではないか? もし凛子が頼助に追いかけてほしくないと望むなら、たとえ『Fake Earth』から一生帰ってこないことになったとしても、その気持ちを尊重するのが優しさではないかと考えていた。
頼助は震えそうになる手を握りしめる。そうしないと胸の奥から湧き上がる気持ちを抑えることができなかった。上を向いて、唇をぎゅっと結ぶ。握りしめた手に力を込めて、痛いほど爪を手のひらに食い込ませる。
来客用のクッキーと紅茶を取りに行った沙織に不審に思われないように、嬉しくて笑いそうになるのを必死で堪えた。
「ほんと、凛子らしいな。最後まで『隠し要素』を用意するなんて」
この日記に書かれていることは、一生の別れを告げるメッセージだろう。突然いなくなった理由を明らかにして、残された人への願いを伝えて。その人との思い出を振り返ながら、面と向かって言えなかった感謝の気持ちを述べて、最後に未来を応援する言葉を残す。これを書いた人はすでに死んだことを想像させる「遺書」のような文章構成だった。
──ねえ、ゲームの楽しさはわかった、頼助くん?
──全然わからないよ。凛子に負けて悔しいだけだ。
──ふーん、そっか。じゃあ、また次も遊ばないとね!
けれども、頼助は覚えている。いつも二人でゲームセンターで遊んだ日の最後、頼助は自分の気持ちを偽って、凛子は頼助の嘘に気づかないふりをしていたことを。本音を共有することよりも、嘘を嘘だとわかり合うことが、頼助と凛子にとって信頼の証だった。大事なことだからこそ、誰にでも理解できる本音よりも、二人だけにしか理解できない嘘で通じ合いたかった。
この凛子の日記で頼助に残した願いは「嘘」だ。「最後」の言葉だからこそ、凛子が本音をそのまま伝えるわけがない。
一生の別れを告げるメッセージが反転して、凛子が頼助に本当に伝えたかった思いが浮かび上がる。
【現実世界で帰ってくるのを待っていないで、『Fake Earth』に挑んで追いかけてきてほしい】
最初にゲームセンターで頼助を挑発して対戦を申し込んだときのように、凛子は頼助に発破をかける「嘘」をついて、『Fake Earth』をプレイするよう誘っていた。
頼助は片手をポケットに突っ込み、ライムミント味のフリスクケースを引っ張り出す。口の中にフリスクを一粒放り込んで、奥歯でガリッと噛み砕いた。爽やかな清涼感のある酸っぱさが喉の奥まで広がり、目が冴えて脳が覚醒した。全身に力がみなぎり、集中力が研ぎ澄まされるのを感じる。
凛子の部屋の光景がガラリと変わり、頼助が人生の分岐点に立ち、目の前に道が枝分かれしているイメージが広がる。『Fake Earth』に挑む道は、刺々しい
けれども、この茨の道の先には凛子がいる。真剣勝負で負けることの重さを教えてくれたプレイヤー、一緒にいて楽しいと思えるゲーム仲間がそこにいる。対戦で勝ちたいライバルがいる。
そもそも、ゲームに人生を賭けることは、今まで頼助が歩んできた道と変わらない。
凛子が攻略に苦戦しているゲームなんて、心が燃えないわけがなかった。
だから、頼助は『Fake Earth』のゲームクリアに挑む道を選ぶ。『Fake Earth』を終わらせて、ゲームの世界に閉じ込められた人たちをみんな助けて、凛子とゲームセンターで遊ぶ日常を取り戻すために。どれだけ難易度が高くても、『Fake Earth』が「ゲーム」という形式を取っている以上、プレイヤーには「勝利条件」が用意されている。攻略不可能なゲームなんて存在しない。
凛子と同じゲーマーとして、「最高のエンディング」に辿り着いてみせる。
では、どうすれば『Fake Earth』をプレイすることができるのか?
頼助は優勝トロフィーが7本飾られたコレクションケースを見つめる。凛子の最後の日記によれば、彼女は3本目の優勝トロフィーを手に入れた頃に、運営から『Fake Earth』のプレイヤーに勧誘されていた。だとすれば、運営は何らかの分野で優れた能力を持つ人をゲームに招待している可能性がある。例えば、オリンピックで金メダルを獲ったり、数学の未解決問題を解いたりなど、普通の人には成し遂げられない実績を上げることが、正規ルートだろう。
けれども──どうやら、特異な体質を持った人の場合は、何の実績がなくてもゲームに参加できるらしい。
頼助は手を握りしめて、凛子の最後の日記の下に残されている鉛筆痕を見つめる。
『はじめまして、藤堂頼助様。私はアーカイブ社ゲーム事業部スカウト係のオッド・ストーンと申します。この度は優秀な頭脳を持つあなたを『Fake Earth』のプレイヤーとしてスカウトしたく、誠に勝手ながらメッセージを書き残させていただきました。この消された日記に書かれていましたとおり、あなたのご友人の桜月凛子様も『Fake Earth』をプレイしておりますので、ぜひご参加いただけますと幸いです。詳細につきましては、お手持ちのスマートフォンより下記の番号にワンコールした後、メールアプリをご確認ください』
いったいどうやって運営のアーカイブ社は凛子の部屋に侵入して、隠された彼女の日記を見つけて加筆したのか? 頼助が沙織とゲームセンターで奇跡的に出会ったことも、凛子が『Fake Earth』に参加する動機を日記に書いて消したことも、とても事前に把握できることとは思えない。ただ、こうやって頼助をプレイヤーとして確実にスカウトするために、個人の紙媒体の日記にメッセージを書き残すことは、世界的大企業の彼らにとって簡単な作業なのだろう。
頼助は片手をポケットに突っ込んで、スマートフォンを引っ張り出した。指紋認証でロックを解除して、日記に記された番号をワンコールかけて切って、メールアプリを起動した。次の瞬間に届いたメールの宛名を見つめて、これから学校へ休学届を申請するなど必要な準備を考える。
「アーカイブ社ゲーム事業部」からのメールが、スマートフォン画面に表示されていた。