1話 Continue? ▼Yes/No

生まれる前に流行ったものを見て、「懐かしい」と思うのはどうしてだろう?

狭いエレベーターのドアが5Fで開いたとき、頼助は目に飛び込んできた光景に不思議な安心感を覚えた。アーケード筐体が所狭しと並べられて、休憩スペース用の木製ベンチが奥にポツンとあり、駄菓子屋コーナーには瓶コーラの冷蔵ショーケースが設置されている。

1990年代頃のアーケードゲーム全盛期を再現したレトロゲームセンター、『ウルトラポテト秋葉原あきはばら店』。

当時は頼助が生まれる何十年も前なのに、時間がゆっくり流れていそうな空気感が、「あの頃の自分」に戻ったような気持ちにさせた。

「いいでしょ、ここ。私のお気に入り」

隣にいる凛子は前屈みになって、頼助の顔を下から覗き込む。真っ赤なキャップからはみ出た栗色の髪が、グレー色のパーカーの紐とともに揺れた。明るくていたずらっぽい笑顔。とっておきの秘密基地を紹介する子どものように、淡い鳶色の瞳はキラキラと輝いている。

「……それ、この前のゲームセンターでも同じこと言ってただろ。何でもいいから早く勝負しよう」

頼助はスクエア型眼鏡をかけ直す。指先に武者震いが走った。闘争心で燃えているかのように、いつも冷たい手が熱くなっているのを感じる。

凛子と一緒にゲームセンターで遊ぶようになってから3ヶ月。頼助は凛子の熱烈なゲーム愛に押し負けて、『烈闘ファイターⅦ』に限らず、色んなアーケード筐体を二人でたくさんプレイしてきた。凄腕ゲーマーの彼女と一緒にプレイする日々のおかげで、頼助はゲームの本質みたいなものがわかるようになり、格闘ゲーマーとして格段にレベルアップできた実感はある。

けれども、昔からゲーム全般は得意だという自信があったのに、様々なジャンルのゲームで勝負を挑んでいるものの、今まで凛子に勝てたことは一度もない。どんなゲームでも負けるのは死ぬほど悔しいし、今日という日こそは凛子に何が何でも勝ちたかった。

「あはは、ほんとバトル脳だね。そういうとこ嫌いじゃないけど。でも、最初は普通に仲良くやろうよ。お楽しみは後でってことで。ね?」

凛子は100円玉を丸めた人差し指に乗せて、親指で上に向けて高く弾く。頼助は左腕を横に広げて、落ちてきた凛子の100円玉をキャッチした。近くにある『ダイナミック刑事』のアーケード筐体へ二人で並んで歩いて、背もたれのないパイプ椅子に肩を並べて座る。1P側に座った凛子はレバーとボタンの感触を確かめて、2P側に座った頼助は100円玉をコイン投入口へ2枚入れた。

いつも凛子とプレイするたび、実力以上のプレイができているように感じる。反応スピードが0・1秒以上早くなり、レバーとボタンを操作する指が滑らかに動くような気がした。一人でやる方が集中できそうなのに、どうして二人でやる方が上手くプレイングできるのか? 自分の体を思い通りに動かせるように、ゲーム画面の操作キャラもイメージどおりに動かすことができる。

もっとも、個人のプレイの調子がよくても、協力プレイがうまくいくかどうかは別の話だけど。

「凛子。体力満タンなんだから、回復アイテムを取らないでくれ」

「落ちてるアイテムは誰の物でもないでしょ? 君もゲーマーなら、欲しいアイテムは進んで取りに行かないと」

「……ああ、そうだな。じゃあ俺も進んで取りに行かせてもらうか」

「うわっ! ひどい! それやる!? さすがに味方に攻撃するのは反則だよ、頼助くん!」

凛子は横目で頼助を睨みつけて、人差し指でボタンを強打した。彼女の操作する女性警官が拳を突き出して、頼助の操作する男性警官にパンチを食らわせる。すかさず頼助は連続蹴りのコマンドを入力して、凛子の操作する女性警官にやり返した。周りの敵キャラを無視して、お互いの技を容赦なくぶつけ合っていく。

それから頼助と凛子はいがみ合いながら、ラスボスを倒してエンディングまで辿り着いた。隣同士で視線が合い、頼助は眉間に皺を寄せて、凛子はしかめ面で口の端を指で横に引っ張る。怒った幼稚園児みたいな凛子の変顔に噴き出すと、頼助のわざとらしい表情もおかしかったのか、凛子もくすくすと笑っていた。「ナイスプレイ」と高く澄んだ声に呼びかけられて、頼助は凛子とハイタッチを交わす。

時代の波に呑まれて消えた名作を多く集めたレトロゲームセンター。あの頃にゲームセンターで熱狂した人たちが少なければ、今の時代にゲームセンターは残っておらず、頼助は凛子と一緒に遊ぶことはなかっただろう。

凛子がぴょんと立ち上がって、握り拳を頼助に突き出した。頼助は手のひらを上に向けて、新しい100円玉を受け取る。そして、二人でゲームセンター内を歩き回って、気になったゲームから順番にクリアしていった。

「……凛子、そろそろいいか?」

「えー! もうしょうがないな〜。で、今日は何にするの?」

「この世界一有名な横スクロールアクションゲーム。どこかのステージでゴールまで競走ってのはどうだ? ゲームは俺が選んだから、ステージは凛子に任せるよ」

「いいね! じゃあWORLD3-1でやろうよ! 敵キャラが多くて楽しそうだし」

絶対に負けないよ頼助くん、と凛子は右手を差し出す。頼助は何も言わず、右手を前に向けた。お互いの目を見つめ合って、力強い握手を交わす。対戦するテーブル筐体の前にある椅子に座り、二人でWORLD3-1までアイテムを取らずに攻略を進めていく。

WORLD3-1のスタート地点の城から赤帽子の兄と緑帽子の弟が出てきたとき、頼助と凛子は操作しているキャラの位置が重なるように合わせた。

「スタートは残り時間のTIMEが350になったらでいいか?」

「オッケー! 全力で楽しもうね、頼助くん」

凛子は目を閉じて、細長い指に息を吹きかける。そして、握っては開くことを繰り返して、両手をレバーとボタンに添えた。真剣勝負が始まる前に漂う、静かで張り詰めたような空気。意識がゲームの世界に入り込んだと思うくらい集中している。

いま隣に座っている対戦相手は、天才女子高生ゲーマー。反射神経・操作技術・判断力・精神力・状況対応力など、プレイヤーとしての能力は頼助よりすべて上回っている。「ゲームの才能」という点において、頼助は凛子に一生敵わないだろう。

だが、ゲームの勝敗は、対戦中のプレイングスキルの差で決まるとは限らない。対戦前に行った「準備」や「対策」が勝敗を決めることもある。

頼助は片手をポケットに突っ込み、ライムミント味のフリスクケースを引っ張り出す。凛子からUFOキャッチャーの景品としてもらったことをきっかけに、集中するためのルーティンとして取り入れることにしたアイテム。口の中にフリスクを一粒放り込んで、奥歯でガリッと噛み砕いた。

対戦が始まる5秒前、ワインレッド色のスクエア型眼鏡を外す。旧式のビデオカメラを最新機種に切り替えたように、煌びやかなゲーム画面がより鮮明に見えるようになった。

凛子はゲームの難易度を選ぶとき、初めて遊ぶゲームでも『HARD』一択のプレイヤー。今回の横スクロールアクションゲームでスピードランの対決を挑めば、敵キャラだらけのWORLD3-1のステージを選ぶのは読めている。凛子とここで遊ぶ約束をしてから1週間、今日まで頼助は『ウルトラポテト秋葉原店』に通い詰めて、WORLD3-1を最速でゴールできるように特訓を重ねていた。

残り時間のTIMEが350秒になった瞬間、頼助と凛子はレバーを同時に倒す。操作するキャラたちがシンクロしたかのように、横並びで重なり合いながら走り出した。翼の生えたカメを踏みつけて、空中に浮いているブロックへ足並み揃えて着地する。同じタイミングでボタンを叩き、紅白色の人食い植物が飛び出す土管を一緒にジャンプで越えた。

両者一歩も譲らない競走に差がついたのは、次の落下ポイントの穴に差し掛かったとき──。凛子が操作する赤帽子の兄がジャンプに踏み切るのが遅れた。頼助が操作する緑帽子の弟は0・1秒先にブロックの上へ着地する。

どれだけ凛子が並外れたゲーマーだとしても、次にどう操作すればいいのか、1つ1つの判断にはコンマ数秒かかる。一瞬も積み重なれば、目に見えるタイムロスに変わる。

頼助は事前に決めたルートをなぞるように操作して、凛子との差を徐々に広げた。200回以上のプレイで導き出した最速ルート。レバーダコのできた指は、考えるよりも先に動く。

頼助がミスしないかぎり、凛子は追いつくことができない。

『YOU WIN!』というテロップが脳裏をよぎった。

「……ワクワクするね、頼助くん。やっぱり君と一緒にプレイするのは楽しいよ」

隣から凛子の弾んだ声が聞こえた。悪い流れを断ち切るように、軽やかにボタンを叩く音が響いた。ピンチの場面で凛子は前のめりになって、心から楽しそうに笑っている。淡い鳶色の目は闘志に燃えていて、ゲーム画面より明るく輝いていた。

凛子がレバーを指で挟むように持ち変えた瞬間、彼女の操作する赤帽子の兄は荒々しくダイナミックに飛び跳ねる。前方のしいたけ型モンスターの後頭部を踏みつけた勢いで加速した。すかさず低空ジャンプして、土管から出てくる人食い植物をギリギリの高さで飛び越える。通常のジャンプより早いタイムで着地して、頼助が操作する緑帽子の弟との差を縮めた。

お互いにゴール地点まで残り10秒もかからない距離。凛子が操作する赤帽子の兄は、頼助が操作する緑帽子の弟と違うルートに進んだ。障害のないハテナブロックの上段の列ではなく、ハンマーを握ったカメ兄弟の兵士が待ち構えるレンガブロックの中段の列へ。頼助が200回以上プレイして「全速力で走り抜けようとすれば、ゲームオーバーになる」と判断した、幻の最短ルートへ突き進んでいく。

2匹のカメ兄弟の兵士は振りかぶり、打製石器のようなハンマーを投げた。高速で回転しているハンマーが、赤帽子の兄の頭に当たる。

だが、赤帽子の兄は当たったはずのハンマーをすり抜けた。ゲーム画面上ではハンマーが当たったように見えても、プログラミング上の当たり判定の範囲には触れなかったのだろう。「赤帽子の兄の大きさ」と「当たり判定の範囲」の微差を見極めたスーパープレイ。頼助がプレイ不可能だと切り捨てた、幻の最短ルートが開拓される。

ゴールまで残り5秒にも満たない距離。凛子が操作する赤帽子の兄は、頼助が操作する緑帽子の弟に並んだ。そして、ブロックより一歩先の空中でジャンプして、1マス分リードする。

光り輝くゲーム画面内の逆転劇を目の当たりにして、頼助は口元が緩むのを感じた。なぜ凛子がピンチの場面で笑ったのか、今ならわかるような気がした。けど、このまま負けていいとは思わない。頼助は指先に全神経を集中させて、緑帽子の弟をコンマ1秒でも素早く動かそうとする。凛子のプレイを模倣して、しいたけ型モンスターの後頭部の踏みつけで加速させる。

横スクロールアクションゲームのテーブル筐体で行った、WORLD3-1のスピードラン対決。

凛子が操作する赤帽子の兄が階段のブロックを駆け上がり、ゴール地点の旗を掲げたポールへ先に辿り着いた。

「よし、私の勝ち! ギリギリの勝負だったね、頼助くん」

「嘘つくなよ、凛子。その割にはずいぶん余裕そうな口調じゃないか」

頼助はため息をついて、凛子に右手を差し出した。凛子も右手を出して、笑い合って握手を交わす。

それから二人でゲーム画面の方を向き直して、WORLD3-2以降をプレイした。敵キャラを一匹残らず倒して、隠しブロックを含めた全ブロックを叩いて、たまに味方同士で甲羅を投げ合って戦いながら、時間をかけて攻略していった。最終ステージのゴール前に辿り着いたとき、お互いに目配せを交わして、二人で同時に高くジャンプする。そして、ラスボスの頭を飛び越えて、ゲームクリアの証となる斧を一緒に取った。

「……もう4時か。凛子、たしかそろそろ塾の時間だろう?」

「まあサボってもいいんだけどね。頼助くんは用事あるんだっけ?」

「ああ。小学生たちに勉強を教えなきゃいけないから、サボるわけにはいかないな」

「だよね。じゃあ、残念だけど終わりにしよっか。──ねえ、ゲームの楽しさはわかった、頼助くん?」

隣に座る凛子はパイプ椅子を寄せて、頼助に顔をぐっと近づける。淡い鳶色の目を輝かせて、いたずらっぽい笑みを浮かべていた。真っ白な花を想起させる香りが鼻先にふわりと漂う。凛子のパーカーの袖と頼助のセーターの袖が触れ合っていた。

──君、つまんなそうな顔でプレイしてるね。ゲームは楽しんでやるもんだよ。

頼助は凛子と出会った日のことを思い出す。こうして毎週のように会っているのは、「君にゲームの楽しさを教えてあげる」と凛子が格闘ゲームで勝負を挑んだのが始まりだった。色んなゲームセンターを巡り、協力したり対戦したりして過ごす日々。今日に限らず、凛子とゲームをプレイするのは楽しかった。

──もしも素直に「ゲームの楽しさはわかった」と答えても、今の関係が変わることはないだろう。

凛子はわかっていないふりをしているだけで、頼助が前からゲームを楽しんでいることに間違いなく気づいている。隣で一緒にゲームをプレイしているときに、頼助が凛子の気持ちを察する瞬間があるように、凛子も頼助の感じていることがわかる瞬間があるはずだから。今となっては「ゲームの楽しさを教える」という目的は、頼助と凛子が二人で遊ぶための口実にすぎない。そんなものがとっくに必要ないことは、お互いに言葉にしなくてもわかりきっていた。

「全然わからないよ。凛子に負けて悔しいだけだ」

だが、頼助は「嘘」をついた。淡い鳶色の目を見つめて、凛子に微笑み返す。どうして答えをわかっている凛子がわざと質問したことに、否定するような言葉を返したのかはわからない。ただ、本音を共有し合う関係より、嘘を嘘だとわかり合える関係の方が、今の頼助と凛子にとって居心地が良いような気がした。

「ふーん、そっか。じゃあ、また次も遊ばないとね!」

凛子はウィンクして、大きめのリュックサックからスケジュール帳を取り出した。「今度いつ会える?」と明るい声で尋ねて、青色のボールペンをくるくると回す。来週の予定を二人で確認し合って、次にゲームセンターで遊ぶ日を決めた。いつもどおり駅までの帰り道を横並びに歩いて、「またね」と改札で言い合って手を振って別れた。

季節が寒くなって冬になり、やがて暖かくなって春へ移ろい、桜が咲いて散って若葉が生い茂るようになっても、頼助と凛子の二人だけの関係は続いた。毎週のようにゲームセンターで遊んで、「ゲームの楽しさはわかった?」と凛子に訊かれて、「全然わからないよ」と頼助は嘘をつく。いつもと変わらない時間を共に過ごした。光り輝くゲーム画面を共有して、笑ったり喧嘩したりするのは心地よかった。いつか就職や進学で環境が変わったとしても、「ゲームの楽しさはわからない」と頼助は嘘を変わらずついて、凛子と一緒にゲームセンターで遊んでいる予感があった。

だが、その年の夏、頼助と凛子の関係は何の前触れもなく終わった。翌週の凛子の誕生日に渡すプレゼントをUFOキャッチャーで取ろうとしていたとき、ちょうど彼女からLINEのメッセージが届いた。すぐ既読マークをつけて凛子を驚かせるのは悪いと思い、LINEを起動した頼助は彼女とのトークルームを長押ししてメッセージを読む。

『頼助くん。あのね、私、今から『Fake Earthってゲームをプレイしてくる』

『ちょっとだけ会えなくなるかもしれないけど、絶対にクリアして戻ってくるから、心配しないで待っててね』

急いで頼助は凛子とのトークルームを開いて、送られてきたばかりのメッセージに既読マークをつけた。丸みのあるゲームコントローラーのアイコンをタップして、彼女に初めてLINE電話をかける。『Fake Earth』とはどんなゲームなのか? 「絶対にクリアして戻ってくる」という文面が意味することは、「クリアできなければ戻って来られなくなる」ということではないか? 突飛な想像がよぎり、まさかそんなことはないと頭では思いつつも、ひどく不安な胸騒ぎを覚える。

だが、頼助が応答を長く待っていても、凛子は電話に出なかった。もう一度電話をかけ直すかどうかを悩んで、「今すぐ話がしたい。連絡してくれ」とメッセージを送る。しばらくスマートフォンを握りしめていたが、LINEのメッセージ通知音は一向に鳴らない。

結局、その日に凛子からメッセージが帰ってくることはなかった。1日、3日、1週間と待っても、頼助のメッセージに既読マークがつくことすらない。

それから1ヶ月の月日が経ったが、凛子から連絡が来ることはなかった。