「つまんないでしょ? せっかく君が想像を超えてくれたのに、私が想像どおりに戦っても。120%で向かってくるなら、120%で応えなきゃもったいないじゃん」

赤い鉢巻をした空手家が歌舞伎メイクの力士を石畳に投げたとき、散り敷かれた桜の花びらが宙へ水飛沫のように舞い上がる。高く一斉に舞い上がった花びらははらはらと落ちていき、この世界を祝福するような桜吹雪として、対戦の舞台を美しく彩った。起き上がった力士が頭突きを出すモーションが見えて、咄嗟に垂直ジャンプで避けたと思った直後、対空技の体当たりで吹っ飛ばされる。

最初の攻撃が避けられる未来を見越していたような超反応。凛子が次の一手を打つスピードが速すぎて、頼助が目の力で技を見切っても、対応するコマンド入力が追いつかない。純粋な反応勝負で、目の力を攻略するつもりらしい。

──凛子が素早く攻め込んでくるなら、こっちはもっと素早く反応するだけだ。

頼助は目を凝らして、光り輝くゲーム画面を見つめる。次に来る攻撃の予備動作よりも早い段階──、歌舞伎メイクの力士の画素が微かに揺らぐ瞬間を捉えることに集中した。荒々しい張り手のラッシュを捌き、即座に放たれた四股踏みを受け流して、正拳突きを力士の胸に突き刺す。そのまま追撃を加えようとしたとき、鬼気迫る力士のかち上げを打ち込まれた。頼助は歯を食いしばり、赤い鉢巻をした空手家の拳で間髪入れずに殴り返す。

桜吹雪が舞う中、お互いに持てる力すべてを懸けて死力を尽くし合う。全身が熱くなっていく戦いを通して、頼助は魂が剥き出しになっていき、凛子と共鳴していくのを感じた。凛子の一瞬一瞬のプレイから、彼女の心が流れ込んでくる。頼助の一つ一つのプレイから、自分の心が浸透していくのがわかる。

凛子の想像を超えるプレイに影響を受けて、頼助の限界を超えた力が発揮された勝負。

もしも願いが1つ叶えられるなら、この対戦がいつまでも続いてほしかった。

しかし、お互いの体力ゲージは無限ではない。対戦には制限時間があり、永遠であってほしい時間には必ず終わりが訪れる。

宙へ舞い上がった桜の花びらの最後の1枚が、激闘を繰り広げたファイターたちの間に落ちた。満身創痍の両者、立っている勝者が倒れている敗者を見下ろしていた。そして、歌舞伎メイクの力士は首をの字に回して、片足で踏み出すと同時に手を広げて見得を切る。

第二ラウンドも凛子が制して、3本勝負は頼助のストレート負けで決着がついた。

「……俺の負けか」

後頭部が激しく痛み出す。対戦に集中しすぎたせいで気づかなかったが、目の力の使用時間をとっくに超えていたらしい。頼助は目を閉じて、筐体のコントロールパネル端に置いた眼鏡をかけ直した。両目をもう一度開けると、細部まで鮮明だった視界は元に戻り、後頭部の痛みはすうっと消えていく。絶対に負けたくない思いで勝負した対戦だったのに、負けても清々しい気持ちになっているのが不思議だった。

「いい勝負だったね、頼助くん! こんなワクワクしたのは久しぶりだよ! ていうか、君の目、とってもすごいんだね!」

凛子は眼鏡を外すポーズを取って、明るくいたずらっぽい笑みを浮かべる。淡い鳶色の瞳はキラキラと輝いていた。頼助は眉間に触れて、自分の顔にスクエア型眼鏡をかけていることを確認する。今この瞬間は目の力を使っていないのに、凛子が輝いて見える理由がわからなかった。

「対戦ありがとう、凛子。実りある勝負だったよ」

「よかった。じゃあ、私が教えたいことはわかってくれたかな?」

「教えたいこと? ああ、たしか『ゲームの楽しさを教える』だっけ?」

「そう! そのための勝負だからね。──というわけで、ゲームの楽しさはわかってくれたかな、頼助くん?」

凛子は改まった口調で尋ねる。淡い鳶色の瞳を持つ目は真剣だった。頼助は凛子をまっすぐ見つめる。凛子との対戦は脳が痺れるような快感があった。心地よい疲労感があった。NIRに初めて近づくことができた手応えがあった。この満たされて温かくなった気持ちを一言で表すなら、それは「楽しい」が最も近かった。

「……ごめん、正直ゲームの楽しさはまだわからなかった」

だが、頼助は「嘘」をつくことにした。これから凛子に一番言いたいことを伝えるために。精一杯の勇気を振り絞るために。震えそうになる手を握りしめて、喉にぐっと力を込める。

この本音は嘘で包まなければ、言葉にすることができなかった。

「だから、凛子、頼みがある。また俺とゲームセンターで一緒に遊んでくれないか?」

頼助は凛子に思いの丈をぶつける。NIRにリベンジを誓ってから、遠くに見える背中を追いかけつづけた日々。一人なら追いつくことができなくても、隣に彼女がいれば張り合っているうちに追いつけそうな予感があった。それに、100%以上の力を発揮しても負けた凛子に勝ちたい気持ちが心の底で燃えている。こうやってゲームセンターで出会えたことも何かの縁だし、同世代の格闘ゲーマー同士でもっと色んなことを話してみたかった。

賑やかなゲーム機たちの音がハーモニーのように重なって聞こえてくる。頼助は凛子の返事を待った。心臓の鼓動が速くなった。緊張のあまり、息をすることができなかった。答えを早く知りたい気持ちと、永遠に知りたくない気持ちが同時に強くなっていく。

凛子は目を瞬かせていたが、嬉しそうに顔をぱっと輝かせた。

「いいね、それ! 私もまた頼助くんとゲームできたらいいなって思ってたし」

せっかくだしLINE交換しようよ、と凛子はスマートフォンを手に取る。彼女が頼助に見せたスマホ画面には、LINEのIDが表示されていた。頼助がIDを入力して検索すると、『凛子』という名前のアカウントがスマホ画面に登場する。友達に追加するボタンを押したとき、頼助が挨拶のスタンプを送るより先に、凛子から歌舞伎メイクの力士のスタンプが送られてきた。

「じゃあ、次は何やる? 頼助くん、レースゲームは好き?」

「……えっ、今からやるつもりなのか? こういうのって連絡先を交換したら、一旦解散して後日にやる流れだろ?」

「もちろん今度も遊ぶけど、別にこの後も遊んでいいじゃん。お互い学校サボってるんだし、時間はあるでしょ?」

「いや、大丈夫だけど。ただ、なんていうか、今の対戦でやり切ったというか、ちょっと疲れたというか。そもそも、レースゲームは別に好きじゃ──」

「なに変なこと言ってるの、頼助くん。対戦1回やったくらいで疲れるわけないじゃん。むしろ暴れ足りないくらいでしょ?」

凛子は頼助の発言を遮って、前のめりになるように顔をぐっと近づけた。何でもいいからゲームで遊びたくてウズウズとしている表情。もしかしたら生粋のゲーマーの彼女にとんでもない提案をしたのかもしれない。けれども、この想定外の展開を心の片隅でワクワクしている自分もいる。

「ほら、早く一緒にやろう!」

凛子はスツールからぴょんと立ち上がって、楽しそうな顔で頼助の腕をグイッと引っ張った。