ネムという名前をわたしは気に入ってる。

「ほら、ピーマンを残さないの」

『ピーマンは食べ物じゃないんだー』

「食べ物だよ! ネムの好きな野菜!」

 ご主人は優しい。いつもニコニコしてるし、美味おいしいもの沢山作ってくれるし、色んなところに連れて行ってくれる。それに、怒る時だってわたし達のためにしか怒らない。

『だめだよネム。好き嫌いしちゃ』

 姉様も優しい。しっかり者だし強くて頼りになる。わたしのために色々してくれるし、ちっとも嫌な顔をしない。わたしも妹が弟ができたら姉様みたいに優しくするんだー。

「そう言うダリアも野菜残してるぞ」

『好きなものは最後に食べる派だから』

「肉を食べてそれっきりじゃん!」

『野菜は観賞用だから』

 姉様は野菜が嫌いだ。あんなに美味しいものが嫌いだなんてよく分からないけど(ピーマンは別)、嫌いなものを頑張って食べさせようとするご主人のほうがよく分からない。

 美味しくないものを食べたらきっと体に悪いのになぁ。でもご主人の言うことはいつも正しいから、頑張ってピーマンをひと口食べるようになったんだー。

 わたし達が遊んでいる間、ご主人はお皿洗いをしてる。わたしはご飯を食べたら眠くなるからすぐ横になるけど、いつも寝てるわけじゃない。

…………

 姉様はよくご主人を見てる。

 わたしが寝てる間はずっと見てる。

 姉様は素直じゃない。

 誰がどう見てもご主人のことが大好きなのに絶対に伝えない。少し前に『心を読まれるところだった、あぶないあぶない』とか言ってたけど、全然隠せてないよねー。

 普通に言っちゃうわたしの方がおかしいのかな?

『ダリアとダイキはそういうのじゃないの』

 おままごとで遊んでた時、聞いてもないのに姉様は突然そう話しはじめた。

『そういうのってー?』

『大人にしかわからない世界だから』

 そう言って微笑ほほえんだ姉様はおとの顔だった。

 大人にしか分からない世界とやらを知りたくてご主人に聞いてみたら「18年早い」って言われた。18年ってどのくらいなのかな。

菖蒲あやめさんのところ遊びに行こうか」

『やった』

『いこー!』

 大好きなお出かけの時間。

 姉様の頭の上がわたしの特等席だ。

 姉様はご主人の肩の上が特等席だ。

 わたしはこの形で仲良く歩くのが大好き。

「やあ、待ってたよ」

 菖蒲も優しい。わたし達が行くとたくさん遊んでくれる。ここの広いおうちもアヤメンが作ったらしい。たまーに泥棒さんが入ってくるけど、青龍おじいちゃんが倒してくれるから安心。

 アーサーは何考えてるかよく分からないけど、ご主人が来るとかなりうれしそうにしてる。嬉しそうといえばアニィアニちやはご主人のことが好きみたい。ご主人に会うと嬉しそうに自分の畑の話をしてる。

 姉様はアニちゃには怒らない。きっとアニちゃが姉様のことも大好きだって伝わってるからだと思う。

『ダリア様は今日も素敵ズラ……』

 マーシーマシオちやんは姉様のファン。

 わたしの良き遊び相手でもある。

『マシオちゃん、ベイビーコッコ達見たいー』

『いいですとも! こっち来るダ!』

 最近マシオちゃんの牧場でコッコのひなが5羽生まれた。雛達を散歩させて一緒に寝ることがわたしの最近のルーティンとなりつつある。

 木陰でベイビーコッコ達と横になり、マシオちゃんがかなづちを打つ音を子守唄にしながら、わたしは眠りについた。


*****


 レベル上げのために行ったダンジョンで、マイヤといういけすかない女と白いローブの男達に出会った。

「皆、そろってるネ」

 なんか仕切ってるし。むきー。

 ただでさえ眠いっていうのに、ご主人や姉様の都合ならまだしも、なんでこんな女を待たなきゃいけなかったんだろう。

「君、知ってるヨ。有名なお義父とうさんだよネ」

 しかもご主人にベタベタしてくるし。

 姉様が怒ってるので寝たフリをしておく。

『きらい』

 ついに姉様がキレた。

 おびえるわたしの毛が逆立っていく。

「すみません、虫の居所が悪いみたいで」

「あラ、残念。話せないのかナ? あの女の下品な召喚獣は色々しやべるんだけどナ」

 あれ、姉様の声が届いてない?

 どうやらご主人がこの女と会話できないようにしてるみたい。

『ダイキめ……余計なことを』

 ニヤリと笑う姉様のひとみに炎がともった。

 あの顔は見たことがある。前にアニちゃがご主人にアプローチしてた時に見せたやつ!

 あの女をライバルと認めたのかもしれない。

 と、思ってた矢先──

「ざーんねン。じゃあスグルっちはどうかナ?」

 あの女はご主人だけじゃなく、他の男達にも等しく愛想を振りまいてた。

 恋のライバルだと思ってた姉様は、『こんな不誠実な人がいるんだ』って絶句していた。その悲しい顔が忘れられなくて、わたしはあの女のことが心底嫌いになっていた。

 ご主人はあの女に全く興味がないらしい。

『ダイキはえらい』

 これには姉様もごまんえつ

『えらいよごしゅじんー』

 もうあの女にかかわらず、わたし達はのんびりレベル上げしてればいい──そう思ってた。

「『聖なる大回復セイント・ハイヒール』」

 あの女の魔法を見た時、わたしは直感的に〝すごいやつ〟だと思った。

 マイヤンは魔法能力が高いだけでなく、周りのこともしっかり見て適切な動きをしてる。

 同じ回復役ヒーラーとして理想的に思えた。

 それだけでなく、マイヤンは攻撃にも参加してる。回復で精一杯なわたしの三倍は戦闘にこうけんしてる。

『マイヤやるね』

『そうだねー。ヒーラーとしてはすごく尊敬できる』

 姉様も同じように思ってるみたい。

 姉様は物事を切り離して判断するから、こういう時にも話しやすい。知的って言うんだっけ? これが大人の女性ってやつなのかなぁ。

「ねえねえダイキ?」

 戦闘が終わるとマイヤンはただの迷惑女に戻る。

「あのさーダイキ」

「聞いてよダイキ?」

 ブチッ、ブチブチッ。

 姉様の血管が全部切れちゃうよー。

 それからもマイヤンの暴走は止まらず、わたし達は強制的に密室に押し込まれることになった。

 マイヤンがご主人に体を寄せていく。

「仲良くしたいからだヨ。だめかナ?」

 あ、これは……。

『生かしておけない』

 姉様の声が頭の中に反響する。

 姉様の感情が、見えない壁を壊そうと暴れてるのがわかる。わたしはこれを止められない。

「色仕掛けは通用しませんよ?」

「あハ! ここまではっきり言う人初めてかモ」

 バキッ……バキッ……。

 ううう何かが壊れるー!

あいきようが死んでるってよく言われますから」

「ならマイヤが愛嬌を蘇生リザレクしちゃおっかナ」

「めげませんねぇ」

 バキンッ!

『いい加減にしてほしい』

 姉様の声が二人に届いた。

 わたしもすかさず声を上げる。

『もううるさくて寝られないよー』

 こっちの声が届くならもう遠慮はいらない。

 姉様は無視してるけど全然甘いよ。

 マイヤンに言いたいことを言ってやる。

「ネムちゃんだっケ? お目目くりくりで可愛かわいいネ! マイヤお姉さんとお友達になってくれるよネ?」

『お友達って、なろうって言ってなるものなのー?』

 なんでお友達になるのが前提なの。

 アヤメン達みたいに楽しくお話ししたり、一緒に遊んだりするのがお友達だよね。

「えト……」

 どうして他の男でもいい人がご主人に固執するんだろう。姉様やわたしに声を掛けるのも、ご主人に近付きたいからだよね?

『わたし達のこと何とも思ってないくせに、わたし達の関係に入ってこないでよ。世の中自分の思い通りにならないことだってあるんだよー』

 ご主人を諦めたら普通のお友達になれるのに。そんな話するくらいなら、ヒーラーの動きについて教えてほしいなぁ。

「あ、あはハ……お姉さんちょっと傷ついちゃったかな」

「す、すみません、よく言って聞かせます……」

『自慢の蘇生使ったらー?』

 マイヤンが喋るのをやめた。

 ちょっと言いすぎちゃったかな……? でも、感情は回復魔法で蘇生させることができるって言ってたもんね?

 色々言ってスッキリしたから寝よーっと。


*****


 別の日には白ローブの人達に襲われた。

 マイヤンは仲良くなる人を見直したほうがいいと思うけどなぁ。

 でもかなりのすごうで集団だった。

 ご主人と姉様でも勝てそうにないくらい。

 やっぱりマイヤンは見る目があるのかも。

「そうですね数は力です」

 乱入してきたのは掲示板で黄色い依頼書を全部回収してた変な女の人だった。

 マイヤンに負けず劣らず強そうなその人は、召喚獣を連れ、白ローブ達を蹴散らしていく。

 白ローブ達には悪いけど、人が花火のように飛んでいく様はとても素敵だった。

『よーよー! 命拾いしたなクソガキ供!』

『うちの巨乳マスターにれたら殺すぜ?』

 なんか下品なのがいるけど関係ないね。

 わたし、強い人すきなんだー。

「私はれんといいます。同じ召喚士同士仲良くしましょう」

 花蓮カレちーの召喚獣は皆強そうだ。

 下品なおじさん達もアーサーくらい強いな。

 ご主人とアヤメンはわたし達のために次のイベントで優勝を狙ってる。でもカレちー達と戦ったら、今のままじゃ勝てない気がする。

 優勝賞品は別に欲しくない。

 優勝できなくて悲しむご主人を見たくない。

 だからわたしも強くならなきゃ。