菖蒲あやめさんのダンジョンで数時間遊ばせてもらった後、夕食をすませて掲示板をのぞいた。

 今日行くダンジョン[剣王の墓]について調べるためだ。

「人様と行く以上はある程度予習しないとな」

 俺達の他に27名の知らないプレイヤーが参加するから、初見歓迎とはいえ一応ね。

 そして30分後──

 調べてみた結果、多くのわなが存在し、ボスがとびきり強いこともわかった。そのためレベル45が最低ラインのはずが、理想レベルは50と結構高く設定されているようだ。

「よし……こんなもんか」

 そんなこんなでログイン。

 レイド参加前に一度集まってあいさつするのがマナーらしいが、集合場所である王都ギルドには19時30分までに行けば問題ないので、それまではひまということになる。

 ワンテンポ遅れて現れたダリアとネムがこちらを見上げていた。

「そろそろご飯食べようか」

『たべる』

『アップルパイがまた食べたいなー』

 光の速さで定位置肩車まで登ったダリアが、早く進めと言わんばかりに頭をぺしりとたたく。

 ネムはあの後菖蒲さんの所で食べたリンゴのパイが好きになったらしく、口をパクパクさせて目を細めていた。

「たまには外食にする?」

『賛成』

『さんせー』

 二人の同意も得たので料理屋街へと向かう。

 肉をいっぱい食べたいダリアと、野菜をいっぱい食べたいネムが納得する店となると選ぶのも一苦労だ。

 あっちじゃないこっちじゃないと、店から店へ移りながら、結局バイキング形式のしよくどころに落ち着くのであった。やっぱ自分で作った方が手っ取り早いな──と、外食を選択したことを少しだけ後悔。

 夕飯時なので店内で食事をするNPCの姿が多く見られる。

 従業員に席へと通された俺達は、その足で料理が盛ってある皿達の方へと向かった。

 彼女達の食べたい料理を取るべく、何度も行ったり来たりしながら料理を盛っていく。

『ダリアそれたべたくない』

『ダメ。たまには野菜食べなさい』

『じゃあわたしが食べるー』

『それじゃあ意味がないんだってば。ネムも好き嫌いしないでピーマン食べなさい』

『にがいから食べないよー』

 団子状態でバイキングにのぞむ俺達。

 食事中は俺もシンクロでの会話(俺だけしやべってると変に見えるため)なので、はたから見たらもくしよくしてるように見えるだろう。

 野菜を食べないダリアがネムに野菜を渡し、肉類を食べないネムがダリアに肉類を渡す。姉妹同士で助け合う微笑ほほえましい光景も目の保養だ。

 レタスと焼いた肉を浸した料理を盛ってみたり、細かく刻んだピーマンが入った野菜盛りなど工夫しながら盛り付けていき、最後にデザートコーナーにてフルーツを盛った。

 彼女達に掛かるステータスアップではこのデザートが最も重要となるが、ダリアは完全にせいで食べている部分もあり、なんとか好みのものを見つけようとはしているのだが……今の所は肉以外の好物は分かっていない。

 席に戻るとダリアが敷いた紙の上にネムがあごを置き、フォークで刺した野菜をダリアがネムの口元へと持っていく。

 横から見ればわかるように、前足を宙ぶらりんにして〝他人に食べさせてもらうためのポーズ〟になるネムだったが、すっかり世話役となったダリアは嫌な顔一つせずに、妹にせっせとご飯を与えていた。

 前まではなりふり構わず口元を汚して食べていた彼女が、今はもう完全なお姉さんだ。

 やば、泣いちゃいそう。

 長女の成長がうれしい……。

 こうして食べさせてもらっているネムも、妹分や弟分ができたら変わるかな……いや、ネムはこのままな気がするな。

 ネムのことはダリアに任せ、俺は掲示板を開き、再び剣王の墓についての予習を始める。

「ボスは人型で剣使い。剣はグレートソードと呼ばれる巨大な包丁のような形であり、レベル50の前衛アタッカーがノーガードで斬り付けられた時は一撃で死亡──つまり攻撃力が特に高いって感じだな」

 載っているURLに飛ぶと、ボス戦のスクショスクリーンシヨツトが何枚かあり、ボスの風貌があらわになった。

「やっぱりこの人、英雄の一人だよなぁ」

 以前ヨハンと共に見た英雄神殿の像の一つを思い出す。

 身長が2・5メートル程あり、筋骨隆々。

 格好は緑の石のようなよろいまとい、一際存在感を放っているグレートソードは身の丈を超えている。

 ただ、英雄は100年前の人物で、ヨハンはウェアレス以外全員が既に亡くなっていると言っていた。だからどういった経緯でよみがえり、そして戦うことになったのかが謎すぎる。

『みせて』

『お、興味あるのか』

 世話役が終わったダリアが俺の真横までずずっと迫り、背伸びして掲示板を一生懸命覗いていた。掲示板がよく見えるようにひざの上に乗せてやると、ダリアは一瞬だけ身じろぎしたのち、『読んで』とつぶやいた。

 満腹になったネムは席にコロリとあおけになって寝息を立てている。

『敵の注意すべき技は、大きく剣をかぶるように構えた後の斬撃波。勢いよく迫って放つ盾を貫通する突き。地面に剣を突き刺してランダムに3ヶ所から剣が突き出る移動剣──とまあ、後衛が注意すべきはこの3つの……って、分かるか?』

『むずかしい』

 読み上げた内容をイマイチ理解できていないのか、ダリアはコテンと首をかしげた。

『しょうがない。じゃあ俺が今から分かりやすい絵をいてやるからな』

『うん』

 メニュー画面にはメモ帳という欄がある。そこには自分で指を使って自由に字が書ける仕様になっており、もちろん絵も描く事ができる。

 小さい頃から絵は得意な方だったので、こんな分かりづらい文字の羅列よりも、絵を描いてやった方が分かりやすいはずだ。

 俺はメモ帳で剣を持った人型が斬撃を放つ絵と、疾走感のある人型が突きを放つ絵、人型が突き刺した剣が色んな場所に突き出る絵を描いてダリアに見せてやった。

 我ながらかなり分かりやすい。

『これで分かったか? つまりは──』

『ダイキ、へたくそ』


*****


 王都ギルドは大勢の冒険者NPC、そしてプレイヤーでにぎわっている。クエスト受付やダンジョン受付には列ができていた。

 腹ごしらえを終わらせた俺達は約束の時間五分前にギルドに着いた。

 レイドに参加する前にもやることがある。



[剣王の墓 適正Lv.45]



剣王であり、石の町の英雄である《ノクス》が眠るとされる全6階層から成る墓。大魔法使いの予言により、大昔に死んだはずの剣王の気配が復活したという知らせが入りました。冒険者は剣王の墓へと赴き、状況を確認してください。


王のひつぎの間[とう

剣王 ノクスのとうばつ[0/1]


経験値[1,105,995]

報酬[43,200G]



「クエスト受注っと」

 レイドはクエスト受注無しでも参加はできるが、これは指定ダンジョンの踏破で報酬が出る特殊なクエスト。ダンジョンアタックの前にこれを受けなければかなりのそんをするようだ。

 視界の隅に《剣王の墓》というクエストが浮かびそれをタップ、詳細が表示された。

「こんばんはー剣王レイド参加の方ですか?」

「完全未予習の初見なのでお手柔らかに!」

「料理バフなに使えば良さそうです?」

 同じレイドに参加する人達かな?

 声をかけてみるとどうやらそのようで、その場でレイドパーティに誘われ、加入する。

 気さくそうなレイドリーダーが話しかけてくる。

「誰かと思えば、お義父とうさんじゃないですか!」

「やっぱり! じかに見られるの助かる──」

可愛かわいいモフモフ増えてる!」

 などとまたたに取り囲まれる俺達。

『われわれ、人気者』

『くるしゅうないー』

 そして調子に乗る姉妹。

 そんなこんなで挨拶を交わしながら交流しているうちに集合時間となり、メンバーは11名が集まっていた。集合時間ピッタリとはいえまだ半数が来てないのは少し不安だが、多少の遅れは仕方ないかな。


*****


 時刻は午後7時49分。

「おっかしいなぁ……」

 心配そうに辺りを見渡すレイドリーダー。

 集合時間から19分経過しているものの、残りの16名が一向に現れない。その上連絡も一切ないというのだから困ったものだ。攻略に掛かる時間を2時間とみて早めに集合時間を決めたのに、これでは無駄になってしまう。

 の上でダラダラと待つダリア達もかなり退屈そうにしている様子。

「どうしよう、再募集かける?」

「それもそれで時間掛かりそうだけどねぇ」

「皆さんは予定どうですかー?」

 などと呼びかけが始まった頃──ギルドの扉が開いたと同時に、大勢のプレイヤーがゾロゾロと入ってきたのが見えた。

 皆がおそろいの白いローブに身を包んでいる。

 その軍団が誰かを通すように二つに割れ、奥から一人の小柄な女性アバターがやってきた。


「皆、揃ってるネ」


 ボブカットに揃えられた金色の髪がふわりと舞い、頭の上に浮く光の輪っかがクルリと回る。

 白鳥のような美しい翼がばさりと羽ばたき、ギルド内に光る純白の羽根が舞った。

 エメラルドのような光沢のある緑の目をクリクリ動かしながら、まるで自らの所有地のように、ギルドを堂々と歩く──天使。

 およそ人のものではないような、恐ろしく整った顔のパーツが、小さな顔に見事な配置で収まっている。

 頰はチークを使ったように紅潮し、くちびるは潤いをたっぷり含んだつやのあるピンク。それらもあいまって、本来共存することのないはずの幼さと色気を同時に醸し出している。

 可愛さ、美しさ、はかなさ、妖艶さ。一つのアバターにその全てを兼ね備えた《作品》に、ギルド内にいるプレイヤー達がどよめいた。

「あれ姫の王じゃない?」

「すげー美少女アバターだな」

「幼女神様に負けず劣らずの美!」

「まじかよ、参加するんじゃなかった……」

「一応トッププレイヤーだし半分期待しとく」

 メンバー達から様々な声が飛び交っている。


 プレイヤー名〝マイヤ〟──通称〝姫の王〟は、ものの数秒でこの空間にはっきりとした存在感を刻み付けた。

 ざわめく人々の様子を楽しんだ姫の王は、ワンピースの端をつまんで淑女のおをやってみせる。

「でハ、ダンジョンの方に参りましょうカ」

 遅れてきたことを悪びれる様子もなく、やや片言なイントネーションで一言言った姫の王に対し、ぼうけを食らっていたメンバーがたまらず声を上げる。

「おいおい待てよ、集合時間にだいぶ遅れたのにびもなしかよ!」

 姫の王は口角を上げながらふわりときびすを返し、人懐っこい口調に変えながらそれに答える。

「細かい男だナ。回復してあげないゾ」

「俺個人には別にいい。だが他にもマイヤ達を待っていたメンバーは大勢いる。ここで一言でも謝ってもらわなきゃダンジョンを攻略するにしてもわだかまりが残るだろ!」

 それに対して反応したのは姫の王──ではなく取り巻いていた男性プレイヤー達だ。

 つかみかかることこそなかったものの「様をつけろ」だの「口の利き方がなってない」だのと大ブーイング。

 当の本人はというと、取り巻きのブーイングを楽しんだ後、華奢な手を上げ外野を静まらせる。

「以後、気をつけるヨ」

 全員が揃ったことで参加決議のようなものが始まり、全員の体が光の輪のようなものに包まれると、視界右上に[転送中]という文字が出た。

 デルグブルーの時と同じような感じだ。

「確認不足だった、申し訳ない」

 落ち込んだ様子のリーダーは頭を下げた。

「あの人がいるなら絶対参加しなかったのに」

「しかも過半数があいつの信者とか、報酬でモメないか心配だなぁ」

「そんな一人一人の名前を細かくチェックする人の方が珍しいし仕方ないよ」

 メンバーの不満は多かったが、一応全員が参加申請していることから、「不満はあるけど仕方ない」という様子であることがわかる。

しよせんは他人なので気にしない方がいいと思います。郷に入っては郷に従えじゃないですけど、彼女達のスタンスに合わせた方が気疲れせずにすみますから」

 と、俺もリーダーのフォローに回る。

 仕事でそういう場面を幾度となく経験してるのもあって、かなり達観した意見なのは自覚してる。俺としてはダリアとネムに実害がなければメンバーなんて割とどうでも良かったりするし。

 俺のリアクションが薄いからか、他の面々も熱くなっていた頭が冷めてきているようだった。


*****


 薄暗い空間に続く、石造りの階段を上るようなムービーが流れたのち、俺達は開けた空間へと移動していた。

 中央に巨大な空洞があり、せん状の道が続いている。

 この場所には総勢30人のプレイヤーがいるわけだが、それらが大きく距離を取っても余裕がある程度に、道幅はかなりの広さが設けられてるようだ。

 部屋の周りには等間隔で火のついた松明たいまつが揺らぎ、マップを見ずとも目視で広さが把握できるようになっている。

「よし、では出発しようか!」

 リーダーの声を合図に全員が同意し、剣王の墓ダンジョンへの挑戦が始まった。

 しばらく何もない道が続く中で、前を歩いていた姫の王が俺の方を振り返る。思わず身構えるも、姫の王はかまいなしに俺の隣まで来て方向転換、歩くスピードを合わせてきた。

「なんでしょう」

「君、知ってるヨ。有名なお義父さんだよネ」

 くすくすと笑う姫の王に対し、あまり邪険にしても悪いので普通に対応する。

「そう呼ばれているみたいですね。俺としてはマイヤさんみたく《姫の王》とか、ぎんかいさんみたく《銀騎士》みたいな、強そうな呼び名が良かったんですけどね」

「マイヤのは強そうなのかナ?」

 俺が普通に返答したのが意外だったのか、それとも返答の内容が意外だったのか……姫の王は一瞬だけ沈黙したのち、俺の顔を覗き込むように、唇に指を添えながら可愛く聞き返す。

 すると姫の王は対象を変え、俺の上にいる存在に手を振った。

「こんにちハ」

 周りに花のエフェクトが舞うかのような満面の笑みに対する、ダリアの返答はこうだった。


『きらい』


 とても冷めた一言だった。

 思わず姫の王に同情してしまう。

 ダリアが人を嫌ったのは今回が初めてかもしれない──たまたま他人へのシンクロをOFFにしておいて助かった。

「すみません、虫の居所が悪いみたいで」

「あラ、残念。話せないのかナ? あの女の下品な召喚獣は色々喋るんだけどナ」

 まあいっか。と、両手を広げてクルリと回った姫の王は、そのまま他のメンバー達と交流しに歩いて行った。


 その光景は異常だった。


 まるで違和感なく人と人の間に滑り込むように入り、その場でされている雑談に瞬時に合わせ、会話の主導権を握る。

 最初はめんらっていた面々も次第に緊張がほぐれて〝まるで最初から親しい友人だったように〟話しているのだ。

 ともすれば、彼女へ不満があるメンバーにも話しかけ、機先を制している。

 その視線運びも完璧で、一人一人のをよく見て──いや、姫の王のまなこくぎけになるように仕向けているようにも見える。

 眼は口ほどにものを言うというが、それとは一線を画し、まるでファンタジーによくある〝魅了の魔眼〟にでもやられたようだ。

「あれも天性の才能か……」

 いやはや恐ろしい。彼女が営業職なら契約をバンバン取って来そうな勢いがある。

 彼女は自分のペースに持っていく──つまりは主導権を握ることを念頭に行動している人のソレだ。感情を揺さぶることができれば、後はどうとでもなる。と、言っているようにも思える。

 好きの反対は無関心とは良く聞くフレーズだが、遅刻も含めた登場シーンでわざと下げた株をここで一気に上げにきている。

 トッププレイヤーが、それもあんな太々しさを見せた人が、わざわざ全員に挨拶して回っているのだ。

 パーティメンバーの大半が「なんだアイツ」から「あれ、この人本当はいい人?」に、思考が変わり始めているのが表情でわかる。

 この短時間で株を大きく上げるすべ

 ルックスはもちろん話術まで持っているとは、やはり恐ろしいの一言に尽きる。

「日本トップの回復役ヒーラー、か」

 姫の王はその卓越したヒーリングスキルで日本一位に君臨しているとか(本人談)。

 彼女の役割であるヒーラーは直接的な感謝を向けられやすい。そこに一言気の利いた言葉でも投げかけてやれば、回復された側としては悪い気はしないだろうな。

 近くを歩いていたメンバーの一人が、退屈そうに呟いた。

「しばらくはとか罠の心配はなさそうだな」

「巣ですか?」

 聞き慣れない単語に反応すると、その人は快く解説してくれた。

「巣ってのは敵が異常にく特殊なエリアの名称。モンスターハウスとも呼ばれてるらしいけど、要するに〝敵の湧く罠〟みたいなもの」

 補足するように、他のメンバーが続ける。

「厄介なのは入り口が塞がることと、敵の強さが少しだけ変わっていること。基本的に開けた行き止まりに存在する場合が多いから、普通は避けて別の道を進むのが一般的かつ効率的だな」

 入り口が塞がるとはまた恐ろしい。

 量が量なら全滅の危険性も出てくるだろうな。

「それと、ここに限った話じゃないんだけど、ダンジョンにはレイドボスの他にフロアボスっていう中ボスがいてね」

 巣を知らなかった俺をダンジョン初心者と判断したのか、メンバーはやや得意げな表情で人差し指を立てた。

「実のところ、中ボス含めたこのダンジョンは《メインストーリー》に関連するものだと、攻略者の間では推測されているんだ」

「へえぇメインストーリーに」

「まぁ何個かクエストを受けないとダメなんだけどね」

 などと話していたところに、どこからか声がした。

「マイヤと二人でクエスト巡りしてみル?」

 唐突に、姫の王は悪戯いたずらな笑みを浮かべながら俺にそう提案した。集団の真ん中で歩きつつも、俺達の会話を聞いていたらしい。

 一瞬言葉に詰まったが、クエスト関連は姉妹とのんびりこなしていきたい──という、自分の気持ちを優先することにした。

「重要なクエストならなおさら自分達でじっくり世界観を楽しみたいので。申し訳ありませんが」

「ざーんねン。じゃあスグルっちはどうかナ?」

 甘ったるいソプラノボイスが響く。

 視線は俺と話していたメンバーに向けられる。

「えっあ、悪いですよ……」

「いいってバ。マイヤはキミのお手伝いがしたいんダ」

 突然の振りにメンバーはあたふたと慌て、姫の王は妖艶な笑みを浮かべ彼の横にぴったりとくっついた。

 そして連鎖的に、近くにいた他のメンバーともクエスト巡りの約束を取り決めていき、上機嫌で自分の取り巻きの元へと戻っていった。

 美少女に言い寄られた男性陣は、心ここにらずといった様子で宙に花を咲かせている。

『ダイキはえらい』

 唐突にダリアに褒められた。

『もっと褒めて』

『えらいよごしゅじんー』

 姉妹にチヤホヤされて大満足です。


*****


 途中で出てくる敵も物量によって瞬く間に溶けていく。

 姫の王の取り巻きのプレイヤー達はかなりの高レベルの集まりで、ほぼ回復を必要としない圧倒的な火力と防御力を備えていた。

 実際、1階層の終わりを告げる階段まで来た時点で、俺達の出番はほとんどなかった程だ。

「2階層はエリア全体がドーム状の広い空間になっているから、完全な混戦になるね。中ボスとして大きな騎士が出てくるから、俺達盾役タンクがボスの引きつけ、他のメンバーは取り巻きのせんめつが主な仕事になるよ」

 リーダーの言葉を皆真剣な顔で聞いている。

『戦闘が始まるらしい。ダリアは後衛陣と一緒に行動、ネムは俺の頭の上に移動だ』

『がんばる』

『はーい』

 肩車からのそのそ降りたダリアは、両手でガッツポーズを取るように気合いを入れた。

「可愛い」

 大変可愛い。

「そうだよネ。初見さんってどうしてこうも可愛いんだろうネ」

 うんうんと同意するようにうなずく姫の王。

「マイヤさんは初見じゃないんですか?」

「そうだネ。何回か踏破してるヨ」

 なるほどそれは頼もしい。

 でもこのレイドは「初見専用」という募集のはずなので、あえてここに参加した理由が見えてこない。先ほど言ってた「初見が可愛い」というのが理由だろうか?

 それとなく尋ねてみると、

「う──ん、なかさがシ?」

 という回答が返ってきた。

 結局よく分からなかったな。

「あ、マイヤ様。こっちは全員戦闘準備が整いましたよ!」

 やって来たのは姫の王のパーティメンバー。

 共通した白いローブを着けているのは一緒だが、湧いた敵を寄せ付けないレベルだけあって、装備はしろうとの俺でも一目でわかるような一級品を纏っている。

 この人は魔法職のようで、大きな赤の宝石がまれた両手持ちのつえを装備していた。

「ありがとネ、ケン君。マイヤも皆の所へ戻るヨ」

 姫の王は此方こちらへ一礼したのち、自分のメンバーが待つ場所へ戻っていった。

 しかしケン君と呼ばれたそのメンバーは、戻っていく姫の王をじっと見送った後、再び俺の方へ視線を戻し吐き捨てるように声を上げる。


「俺は彼女の騎士ナイトだ! いいか? れしくするなよ?」


 そのままフイッと踵を返し、姫の王の元へと戻っていった。

 一部始終を見ていたリーダーが心配そうな表情で声を掛けてくる。

「だ、大丈夫?」

「いやー釘刺されちゃいましたね」

 厄介な人には関わるべきじゃないな──と、ケン君に武器を向けるダリアをなだめながらしみじみそう思う。

「しかし騎士ナイトか。魔法職なのに何を言ってるんだ? そこは魔法使いウイザードだ! じゃないか?」

 と、不思議そうに首を傾げるリーダー。

「役職的なものじゃないと思いますけど……」

 天然なのか場を和ませるためなのか。

 気遣ってくれるのは素直にありがたい。

 しかし、予想はしてたけど、彼女を取り巻く面々もなかなかひとくせありそうだな。せわしなくあいきようを振りまく姫の王が火種になっているのが更にややこしい。

 リーダーは全員の準備が整ったのを確認すると、高々と武器をかかげて声を張り上げた。

「それじゃ、ボス戦いきますよ!」

 そのまま、リーダーを筆頭に開けた空間へとなだれ込んでゆく。

 中央から煙のようなものが立ち込めると、重そうな剣を担ぐ騎士が現れた。


【石の騎士 Lv.43】#BOSS


 周囲の地面がボコボコと音を立てて盛り上がり、すように、ゾンビの群れが俺達に歩み寄ってくる。


[無念の戦士 Lv.42]


「先に雑魚ざこ処理! 終わったらボスへ!」

 タンク組が張り付いて敵視ヘイト管理と周囲への攻撃を担当、数グループに小分けされたタンクとアタッカーの小隊が、取り巻きゾンビとの戦闘を開始する。

『ネムは周囲の人達をなるべく視界に入れて、タイミングを見て回復を飛ばしてくれ。ダリアのMP管理を優先的に頼む』

『まかせてー』

 なんとも気のない返事だが、この大人数での戦闘に混乱した様子もなく一安心だ。

[ダイキが鼓舞支援の陣を発動!]

[一定時間強化魔法によるMP消費を減らします]

 俺の足元に緑色の魔法陣が浮かぶのを確認した後、周囲にいるプレイヤーの役職に合わせてひたすら強化魔法をばらいてゆく。

[ダイキがマジックアップを発動!]

[ダリアの魔法攻撃力が152上昇]

[ダイキがアタックアップを発動!]

こうらいの物理攻撃力が150上昇!]

[Rlkaの魔法攻撃力が145上昇!]

 一通り撒き終わると同時に鼓舞支援の陣が切れると、間髪入れずに[出陣:総攻撃]を発動、全員の強化値がグンと上昇した。



[鼓舞支援の陣]#active

魔法陣に入っている人間の強化魔法によるMP消費を一定時間減らす


[出陣:総攻撃]#active

魔法陣に入っている人間の物理攻撃・魔法攻撃の強化魔法による上昇値を30%上昇させる



 振り下ろされた剣を盾弾きシールド・パリイにて打ち上げ、すかさず挑発でゾンビ達を引きつける。そして集まってきたゾンビの群れをアタッカー達が蹴散らしていく。

『気持ち悪いー』

『確かにな。けど、グロさがかなり抑えられていて助かった』

 嵐のような猛攻により、陣形もなくただ集まってくるゾンビ達の群れはバッタバッタと倒れていく。

 全年齢対象なだけあって、臓器的なものも出ないし四肢も飛んでいったりはしないものの、ネムには少し刺激が強すぎたのかもしれない。

 ダリア達後衛は範囲系魔法によってゾンビの群れを葬っているのが見える。やはり物量で押された時は魔法職によるいつそうけい魔法がかなり便利だ。特にダリアが好んで使う火属性魔法はゾンビによく効いているように思えた。

「防御急げ!」

 ボスの方にも動きがあったようだ。

 突如、すさまじいごうおんと共に悲鳴が飛び交う。

「なんだあの無茶苦茶な攻撃は……」

 ボスは巨大な剣を振り切った状態で止まっており、辺りに無数に存在したゾンビもろともプレイヤー達を斬りつけたのだと推測できた。

 人がたんぽぽの綿毛のように飛んでゆく。

 体を張って防御技を展開したタンクの頑張りもあって、死んだプレイヤーは見当たらない。が、斬撃を受けた面々は大きなダメージを受け、最もボスの近くにいたタンクのLPバーは半分程度減少しているのが見える。

 立て直さないとマズイか──?




「『聖なる大回復セイント・ハイヒール』」




 一人のプレイヤーを中心に光る緑の輪が波紋のように広がった。

 タンクはもちろん、かなり遠くにいたアタッカーもLPが大きく回復し、ソレを放った天使が木の枝を模した杖を天に掲げた。

「マイヤがいる限リ、全滅なんてあり得なイ!」

 皆への激励の鼓舞だったのか、はたまたボスへ向けた台詞せりふか──攻撃を防ぎきれなかったタンクを非難するまわりの声も全てすような回復魔法と一言により、メンバーの士気がグンと上がったのを感じた。

 彼女が放った超広域の回復魔法は、対象がほぼ全員な上に、凄まじい回復量を見せつけた。

 そしてその魔法に込められた二つ目の効果か、死にかけとなっていたゾンビ達が浄化されたかのように体をポリゴンに変え、一斉に天へと昇り消えていく。

 神秘的──

 まるで七色に光るシャボン玉が舞うような光景に、多くの者は息を飲み、また多くの者はソレを起こした張本人へ目を向けた。

 姫の王は巨大な金属のメイスを手に、単身でボスへと駆ける。

 技の反動で動けないのか、それとも皆と同じように〝れていた〟のか、巨大な騎士は大きく跳んだ天使をただながめるようにしてたたずんでいた。

 鐘を鳴らしたかのような鈍い金属音と破壊音の後に、騎士の体がぐらりと傾いていく。

 鎧が崩れ落ちるけたたましい音と共に、メイスを振り切った状態で着地した姫の王は、今日一番の笑顔で髪を払ったのだった。


*****


 3階層も難なく突破し、4階層の道を探索していく一行。

 先頭を行く姫の王の周りには、彼女のパーティメンバーは勿論、当初は彼女に難色を示していたメンバーの姿もあり、皆が皆、中ボス攻略の一端をになった姫の王を賞賛していた。

「やっちゃうヨー!」

 道中現れたかつちゆう騎士を前に姫の王が単身でたいし、大男が使いそうなそのメイスを軽々と振り下ろし、敵を粉砕していく。

 本来であればヒーラーは最後まで生き残るべき存在であるから、前線に出て攻撃に参加することは少ない。しかし、中ボス戦の時に魅せられたあの破壊力が脳裏に焼きついているためか、止める者はいなかった。

 まるで舞を踊るように敵をじゆうりんしていく姫の王の華麗な戦闘を、彼らはこうこつの表情で見守っていた。

「どれほどの魔力、スキル補正があればあんな範囲も質も高い回復魔法が使えるんだろう。その上アタッカー顔負けのパワーって……」

 そう言って苦笑を浮かべるリーダー。

「頼もしくていいじゃないですか」

「そうだね。まぁ当初予定してた〝初心者達があいあいと初見レイドに挑む〟的なダンジョン計画はとんしたわけだけど……」

 まぁトッププレイヤーが交ざったら仕方ないだろうけど。

 我々と姫の王とは《レベルの差》という根本的な差があるし、中ボスをヒーラーがパワーで圧倒するなど、本来なら考えられないからだ。

 PSプレイヤースキルでは説明しきれない部分もあるだろう。

 ネムを召喚する時、役割が中途半端になることをして攻撃のステータスに振るのをやめた。結果としてネムはヒーラーとして素晴らしい活躍を見せてくれているが、姫の王は一流の回復能力に加え、ボスを単身で倒す(かなり弱ってた可能性もあるが)腕力も見せている──つまり彼女は攻撃にもステータスを振っていることになる。

 相当強力な装備なのか、単純にレベルが高いのか……どこかでレベルを聞く機会でもあれば参考にできるんだけどなぁ。

 先頭が詰まったのか、少しだけ離れていた俺達と姫の王グループとの距離が縮まっていく。そしてそこには、大きな扉の両端に円状のプレートが置かれた奇妙な空間が現れた。

 重く閉ざされた扉のかたわらには、地面に埋まる金属製のプレート。上にはうっすらと魔法陣のような模様が描かれており、その円は大人4人程度の大きさがあることが分かる。

 あれ……こんな場所掲示板に載ってたか?

「ここは、どんな仕掛けが?」

「ここは《いけにえの扉》だヨ。4人のプレイヤーが乗ることデ、真ん中の扉が開く仕組みになってるんダ!」

 俺の質問に姫の王が元気良く答えた。

 生贄の扉か……あまり聞こえの良いものじゃないが、プレートに乗った合計4人は死ぬなんて無粋な仕掛けじゃないだろうな。

「なんか罠とかあってやばそう……」

「予習した時はこんなのなかったのにな」

「最悪4人が死ぬのか?」

 メンバー達からも不安な声が上がるも、姫の王からこの場所に関する補足説明が語られることはなかった。

 彼女をさえぎるように手を突き出しながら、あの魔法使いケン君が代わりに続ける。

「別に弱いやつを捨てるためのゴミ箱じゃない。ここに乗った4人は別の空間に隔離され、残された合計26人は開いた扉から中へ入り、敵を全部倒し切れば誰も死ぬことはない。ものの数分で終わる」

 裏を返せば、倒し切れなければ生贄が死ぬとも聞こえるが……?

「で、誰が乗るんだ? こんな物騒な仕掛けに」

 メンバーがプレートを指差すと、ケン君がニタリと笑ってみせた。

「マイヤ様に決まってるだろ?」

 姫の王への宣戦布告とも取れそうな発言に、白ローブ達はむしろ肯定するようにして一様に頷いた。

 なるほど。姫様を救う的な感じか。

「なんだか楽しそうにゲームしてますね」

「彼らは楽しいだろうね」

 リーダーとコソコソ話しながら行く末を見守っていると、姫の王自身も異論はないらしく、よどみない動きで右のプレートの上へと歩いていった。

 問題は残りの3人になるわけだが……。


「じゃあダイキに決定ネ!」