わたしかざあやの〝菖蒲あやめ〟としての人生は、救われた小さな命と引き換えに、半ばせいのようにして始まった──。

「そう……でも無事で良かった」

『うん、だからしばらく付きっきりになるかな。あのゲーム高かったのに一緒に始められなくて本当にごめん』

「ううん、子猫の命の方が大切だもん。元気になったら私も見に行きたいなぁ」

 友人との電話を切った私は、どうしたもんかと未開封の箱に視線を送った。

 世界中で話題のVRゲーム『Frontier World Online』。寒空の下、友人と並んで買ったゲームだ。

 先ほど話していたのはその友人。

 彼女はゲームを買った帰り道、交通事故に遭った子猫を見つけて病院へと連れて行き、そのまま保護することに決めたという電話だった。

 子猫の命に別状がなく幸いだけど、子猫用のご飯やケージ、ベッド、トイレなどなどそろえる物はたくさんあるし、しばらく目も離せないだろう。当然ながらゲームどころではない。

 背中からベッドに倒れ、天井を見る。

てつけでクタクタだ。もう寝ちゃおうかなぁ」

 私は友達が少ない。

 私は暗い女だ。私は自分の全てに自信が持てなかった。学校に通えないのも自分が弱いからだと自覚していた。

 ごろんと顔を横へ向け、再び箱に視線を送る。

 アバターに意識を同化させて遊ぶことができる世界──見た目にコンプレックスを持つ人はもちろん、目の不自由な人や足の不自由な人、耳の不自由な人も普通と変わらない感覚で遊ぶことができるのだという。

「自分の分身を動かす、か」

 その世界では自分で作ったアバターを〝着て〟冒険することができる。

 私が嫌った私のガワを捨てることができる。

 私が憧れた気高い女性を着ることができる。

 こっちの世界の〝風間絢〟を知る人はあっちの世界にいない。私のアバターを否定されても、それは私自身を否定されたことにはならない。だから、ありのままの自分が出せる。

「……せっかく苦労して買ったんだもん」

 体を起こして箱に手を伸ばし、シールを剝がして中身を並べてみる。

 出てきたのは無骨なヘッドセット、チップ状のソフト、充電ケーブルだった。

 ヘッドセットを被り、手順通りにゲームを立ち上げる。

 そこからは感動の連続で、一人で始めるという不安よりも高揚感がまさった。

 自分ではない何者かになろうと考え『強く、クールで、寡黙で、気高い女性』を演じることに決め、欲望全てを注ぎ込んだ『菖蒲』というキャラクターを作り上げた。


 そして私は電脳世界に生み落とされた。


*****


 ゲーム開始から数日が経過した。

 私はあの日から今日まで、駆け抜けるようにゲームに興じていた。

「もう少し先に進めるかな……」

 不登校の私には時間だけが無限にあった。

 レベルも40を超え、装備も整い、そろそろ次のエリアに進もうかというところ。スキルも片手剣術がメキメキと上達し、今の所PvPでは負けなしだ。

 私の作った菖蒲というキャラクターには、かつて大陸支配をもくんでいた魔族の旧支配者で、勇者に討たれ力を失った現在、人々に紛れながらかつての力を取り戻している──という設定があった(モデルは自作小説の主人公である)。

 設定にのつとり魔族を選ぼうかと思ったけど、人族に紛れているという設定の方を重視して、あえて人族を選択している。

 こういった、想像したキャラを演技する遊び方は〝RPロールプレイ〟というらしい。

 RPはニッチだがハマると人気者になれると掲示板信頼できる情報筋から聞いたので続けている。

 元の性格よりも個性的で私は気に入っているけど──

「結局、わしはゲームでもぼっちか」

 ガワを変えた。

 声を変えた。

 性格まで変えたのに、私の本質は変わらなかった。

 初めて組んだパーティは、初心者狩りのPK集団(しつようまとって攻撃してくる行為)だった。初めてできたフレンドは詐欺師で、全財産を失った私はプレイヤーとの交流を断った。

 それでもこのゲームに罪はない。

 それ以上にこのゲームは面白かった。

 そんなこんなで進んだ先のエリアにて、私のゲーム人生を変える出来事が起こった──


*****


 そのエリアは私には早すぎた

 赤色の空と黒い三日月が不気味なエリアを駆けながら、追ってくる無数の異形を振り返る。


 やみのゴースト    Lv.49

 闇夜のイビルファング Lv.50

 闇夜のワーウルフ   Lv.50


「怖すぎぃ───!!

 アンデッドの顔がリアルすぎる。

 B級映画に出てきそうなソレらは、ビビリの私からすれば普通に心臓に悪い。ただでさえ格上で攻撃が通りにくい上、苦手なビジュアルとなれば戦意喪失するのは時間の問題だった。

ッ!」

 夢中で走っていた私は木の根につまずき、大きくえぐれた隙間に放り込まれる。

「ぎゃあああああ!!

 長らく動物も使っていなかった道なのか、ゴロゴロと転がる私にまとわりつくや木のカスが顔に頭にあばばばば

「のわっ!?

 ドスン!! という豪快な落下音ののち、辺りは静寂に包まれていく。

 またみような場所に来てしまった。

 一言で言うと、大樹をくりぬいた内部にいた。

 とても暗くてじめっとしている。

 視線は自然とその中心部分に向かっていく。

「お墓?」

 地面に突き刺さった無数の木の棒、びた剣、壊れた盾が囲むようにして、真ん中のこけおおわれた石碑がたたずんでいた。

 隠しエリアかもしれない……それもストーリー関連の重要エリアだったりして!

 そんな私を他所よそに、背後からバキバキとすさまじい音を立てながら、毛むくじゃらの何かが現れた。

 鋭い前歯、分厚い体毛、そして機敏な動き。

 はじまりの町付近に出るナット・ラットとは種類が違うのはいちもくりようぜんだった。



【死喰い Lv.55】#BOSS



 勝てない。

 直感がそう告げていた。

 およそネズミの鳴き声とは思えないような野太い声が、衝撃波と共に周囲に拡散。複数の墓が崩れていくのを見ながら、私は迫り来る死喰いをただぼうぜんながめていた。

かく]──主に肉食動物系モンスターが得意とする技の一つだったと記憶している。威嚇にあてられた者が格下なほど、相手に与えるマイナス効果時間が増える。

 自分の体は1ミリも動かなくなっていた。

 覆いかぶさるように飛び掛かってきた死喰いに頭をかじられるその瞬間──刃物を切り合わせたような〝ジャキン!〟という金属音の後に、死喰いの体が左右にズルリとずれた

「あれ?」

 死喰いの体は即座にポリゴンの塊となり、溶けるようにして消えていく。


『おう、珍しいな。人族か』


 目の前のがいこつ剣士はそう言った。

 その骸骨剣士は、ただのモンスターにしては豪華なよろいを纏っていた。

 その骸骨剣士は、ただのモンスターにしては豪華な剣を持っていた。

 所々が土で汚れているが、その鈍く美しい光沢は紛れもなく銀色。その縁は金。まるでどこぞの王宮騎士のようである。

 骸骨だとわかった理由は、首から上だけむき出しだったから。

 何より気になる点が一つ。

「モンスターがしやべった?」

 RPを極めたからモンスターと会話できるようになったのかしら? というのは冗談で、原因はきっとこれだろう。


[ユニークモンスター言語]#passive

特殊なモンスターとの対話が可能になる。


 魔族の旧支配者っぽいスキルを取っていく中で見つけたうちの一つで、今日まで腐ってたスキルの一つでもある。

 通常のモンスターはもちろん、ボスとの対話もできなかったことから、いわゆる名前持ちネームドモンスター……もっと言えば〝知識のあるネームドモンスター〟に限り、会話が可能になるスキルだと考えられる。

 だからけものとかには反応しなかったのかも。

 現にさっきの死喰いの声は全くの獣のものだった。

『お前、俺様の言葉が理解できるのか?』

「理解できるらしい。奇跡的に」

 スケルトンはつかを握っていた片方の手をダラリと脱力させ、モンスターの言葉を理解できる私に興味を示した。

 これはついでに取った[つうの心得]が作用してるのかも?


[意思疎通の心得]#passive

NPCをはじめ一部のモンスターの好感度を得やすくなる。


『さっきのネズミが墓を荒らさなければ俺様が出てくることはなかった。まあ、ネズミに感謝してくれ』

 墓を荒らす──ああ、威嚇の時か。

 威嚇によっていくつかの墓が飛ばされ、それを怒った墓の主? であるこのスケルトンが成敗しに来たということだろう。

「ここは君の墓か?」

『さあな、もう忘れちまったよ。まぁここも、近いうちに消えてなくなるし、どうでもいいがな』

 そう言い、スケルトンは石碑の裏へドサリと腰をかけた。

『ただなんつーか、墓を荒らされると無性に腹がたつんだよな』

 スケルトンは石碑の裏──正面からは分からなかったが、どうやら玉座になっているらしい──に、大剣を抱え込むようにして前のめりに腰掛けている。

 玉座もほかの墓も、風化・苔が繁殖しすぎていて文字やエンブレムを探すことすらできなくなっている。

『おい。もういいんじゃねえか? こいつ、悪いやつじゃないみたいだぞ』

 視線は動かさぬまま、スケルトンがささやくような声でそう言うと、無数にある墓の間からひょっこりと、一人? の人形が顔をのぞかせた。

 あれはゾンビパペット……?

 包帯をした少女のような姿のモンスター。

 人形と人間、割合でいえば6:4くらいの見た目で、デバフのスペシャリストだと聞いたことがある。

『あいつはいつの間にかここに住み着いてやがった。害はないからそのまま住まわせてる』

「そうなのか。こんにちは」

『無駄だよ。あいつの口元見てみな』

 スケルトンの言葉につられてゾンビパペットの顔を見てみると、彼女の口元はツギハギで縫われていた。

 会話ができないということか。

 そういえば──

「近いうちになくなるってどういう意味じゃ?」

『この場所は英雄様が住む町の目と鼻の先にあるんだよ。しばらくは静かに過ごしていたが……先日、偵察に来た精霊を……その、やっちまったんだよ。ズバッとな』

 スケルトンの言葉に過剰に反応したのはゾンビパペット。

 体を震わせ、申し訳なさそうにうつむいている。

『あーあー、お前のせいじゃねえよ。どの道そうなる運命だったんだからよ。てなわけで、近いうちにここに英雄直属の精霊軍団がしゆくせいしに来るってわけだな。それがまた俺様よりはるかに強くて沢山いやがる。そしたら無事成仏だぜ』

 スケルトンは深くため息をくと、周りの朽ちた剣や盾を見渡した。

『逃げりゃどうってことないんだろうがな。俺様はどういうわけか、この場所を離れる気がないらしい』

 どこかさびしげに語るスケルトン。

 直後──クエストの到着を知らせるアラートが、脳内にけたたましく響いた。



[特殊クエスト:悲劇の騎士と不運な人形を死守せよ]が届きました。


内容:精霊の兵から二人を守り抜いてください。墓場を壊された場合も、クエストは失敗となります。


すいしようレベル:55

目標:精霊兵撃破数 0/150

報酬:???



「特殊クエスト……」

 特殊条件下で突発的に起こるこれは、二度は受けられない幻のクエストだ。

 かつて一度だけそれに参加したことがあったけど、失敗した結果、該当NPCの消失にいたった思い出がある。

 そうは言っても死守かぁ。

 手っ取り早いのは二人を隠すことだけど……。

 スケルトンは墓場を離れるつもりはなく、ゾンビパペットも彼に付き従う構えで、そもそも墓場を壊されても失敗、と。

 私のやれることって限られてない?

 おつを全部倒す以外やりようがないな。

 とはいえ、私のレベルは推奨を大きく下回る42だし、現段階で私より強かった死喰いを一撃で倒せるスケルトンより強い(であろう)追手を倒すなんてできるとも思えない。

 他に手立てはないのか。

 私はダメ元でアイテムやスキルを確認した。

「いや──あるかも」

 奇策も奇策だ。

 これも魔族の旧支配者っぽいスキルを取っていく中で見つけたうちの一つで、腐ってたスキルの一つでもある。


[ダンジョン生成]#active

使用した場所の地下にダンジョンを生成する。生成中、まれに、宝物を得ることがある。


 かつて面白半分で使用し、開放されてすぐ侵入されたあげ、3度にわたって粘着PKされて使わなくなったものだ。

 多分これを使えば空間ごと移動させられる。

「引っ越しって形でいいなら、儂が新しい墓場を提供できるぞ。もちろん、この空間をそのままってわけにはいかないけど」

 そう言って、私は黒歴史になりつつあったそのスキルを発動させた。


「[ダンジョン生成]」


*****


 気がつくと、私は何もない洞穴ほらあなのような空間に立っていた。

くいったかな?」

 私が穴から出ると、そこには警戒した様子のスケルトンとゾンビパペットの姿があった。そしてそこにあったはずの墓場はれいさっぱり消えていた。

『てめぇ! 墓場をどこへやった!』

「つべこべ言うのは後。かくまってあげるからおいで」

 それだけ伝えて穴へと戻り、最深部まで進んだところに、上にあった墓場が広がっていた。

 ダンジョン生成は使用した場所を巻き込みその地の性質を反映させる。今回はスケルトンが守っていた墓場を取り込み、ダンジョン化させたことになる。

『これは一体……』

 いつの間にか隣に来ていたスケルトンが驚いたような声を漏らす。私は無視する形でダンジョンマニュアルを読み進めていった。

 ふむふむ、なるほど。

「ダンジョン生成は準備期間として3日間は外敵の侵入を拒むことができる(最初の時はいきなり開放してボコられたけど)。その時間を使ってここを要塞化して、追手とやらを撃退しようじゃないか」

 3日もあれば対策くらいできるだろう。

 精霊の兵を撃退する罠をめちゃくちゃ設置すればいけるのでは?

 割と楽観視しながら撃退計画を練っていると、神妙な面持ち(に見える)でスケルトンが口を開いた。

『俺様が守るべき場所はこの墓場だ。位置が変わったところで、それは変わらない。……悪いが世話になるぜ』

 そう言って墓場の前でどしゃりと座るスケルトン。ゾンビパペットが岩場の陰でこちらを覗いているのが見える。

「おいで、しばらくは安全だから」

 私がそう声をかけると、ゾンビパペットは恐る恐るといった様子で近寄ってきた。そしてスケルトンに寄り添うように、その奇妙な墓場を眺めている。

 開放は3日後か──

 外敵からこの二人を守りきれなければ、あの時のNPCのように、二人はもう現れない可能性がある。あんな思いはもう二度とごめんだ。

「とりあえず精霊ホイホイみたいな箱とかあるか探してみよ──」



[クエスト達成完了通知]

[精霊の兵達が目標を見失ったためクエストが完了されました]

[個体名〝アーサー〟が残っています。生存ボーナスが追加されました]

[個体名〝アニィ〟が残っています。生存ボーナスが追加されました]

[無名の墓場の耐久度が100%です。完全防衛ボーナスが追加されました]

「ほえ?」

 え? なになになにどうなったの?

 クエスト達成完了? なんで?

「墓場ごと二人を隔離したから──?」

 そうとしか考えられないけど、だとしたらこんな棚ぼたはない。防衛の必要もなければ、二人が消滅するような心配もなくなったのだから。

「かくかくしかじかで……」

『本当か!? そうか……』

 スケルトンにそれを伝えたところ大層喜んでくれた様子。ゾンビパペットも両手を上げて喜んでいる。

 そんな調子であつなく終わった特殊クエスト。残ったのは大量の報酬と、ネームドモンスターが二人と、墓場。

 何はともあれ脅威は去ったわけだ。

 さて、これからどうすればいいんだろう?

 仮にダンジョンを破棄したとしても墓場が元の場所に戻るとも限らないし、個人的に二人を元の場所に放置するのも気が引ける。かといって匿っていても、いつか侵入者が来てダンジョンコアが破壊されたら墓場がどうなるかわからないし、二人が討たれればせいするかどうかもわからない。

 通常NPCは死んでも蘇るわけだし、二人も普通に蘇ってくれればいいんだけど──

「蘇る?」

 あるんじゃないか? 二人を死なせない方法が。

 高速で掲示板情報をあさり、目的の記述を見つける。

「テイミングしたモンスターの所有権はプレイヤーに帰属し、召喚獣同様に蘇生が可能となり、消滅することはなくなる……」

 墓場の問題は置いとくとしても、この方法を使えば二人を永久的に守ることはできるみたいだ。が、そのためには私がテイマー系職業に転職する必要があり、今のスキルの大半を捨てることになる。

 ゲーム開始時から愛用してきたスキル達……。

 うん、そんなの迷う理由にもならない。

 モンスターを従えてたほうが魔王っぽいし。

「提案がある」

 その後、二人は迷わずその提案に乗った。

 テイミングはモンスターの友好度が高いほど成功確率は上がる……というが、二人の同意を得た上でテイミングするわけだし、拒否する理由もないし、友好度関係なく成功するはずだ。

 友人は子猫で、私はアンデッドの保護か。

 どこか運命的なものを感じざるを得ない。

 その後、私はテイマーに転職し、同意した二人をテイミングして保護することに成功した。これが私達の出会いで、その日から私達の生活が始まったんだ。


*****


「……とまぁこんな感じでこのダンジョンはできたんじゃ」

 牛串をもぐもぐしながら語り終えた菖蒲さん。

「菖蒲さん高校生だったんですね」

「えっ? そこ?」

 いや、実際そこは全くどうでもいい。

 しかしそんな偶然があるもんなんだな──それに、前までバリバリの攻略勢だった菖蒲さんが、アーサー達の保護をするため、迷わずキャリアを捨てた覚悟にも心を打たれた。

 俺もダリアとの出会いから今までのこと、今も鮮明に思い出せる。だから、菖蒲さんが彼等と過ごした楽しい生活エピソードの一つ一つが自分達と重なり、非常に懐かしい気持ちになれた。

「アーサーはただ必死でここを守ってたんだな」

…………

 アーサーの行動についても、このダンジョンの成り立ちを聞いた後だと色々納得がいく。

 この部屋の奥には、彼が守っていたとされる墓場が移設されているのだという。それだけでなく、保護していたアニィという存在も彼にとっては今も変わらず守るべき対象なのだ。

 そんな中で、主人不在の所に俺達が〝不透明の壁〟をすり抜けやって来たとなれば、必死で守ろうとするのもうなずける。

『……青龍には会ったのか?』

「ああ。実力も見せてもらったよ」

『そうか。だがあのジジイより俺様の方が強いからな』

 そう言ってアーサーはそっぽを向いた。

 不思議ともう彼に対する不信感はなかった。

「いい子達ですね」

「じゃろ? 自慢の仲間達じゃ」

 そう言って菖蒲さんはニマニマと笑った。

 菖蒲さんの人徳というのもあるが、最も大きな理由は[ユニークモンスター言語]というスキルを彼女が持っていたことだろう。それのお陰でアーサー達とも意思疎通ができ、無駄な争いもなく対話で解決してきたのだから。

「アーサー達と話せる菖蒲さんがうらやましい」

 ついつい本音がこぼれる。

 ダリアと心が通じ合っていると自負している俺も、雪山で見せた彼女の変化に気付くことができなかった。言葉を交わせるということがこれほどまで羨ましいと思ったことはない。

『十分仲良さそうに見えるけどな』

「十分仲は良いけど、ダリアの気持ちも知らずに新しく仲間を増やそうとしちゃったり、俺の察しが悪くてこの先心配だよ……」

 将来反抗期とやらが来たらいよいよ心配だ。

 嫌いとか思われてたら耐えられない。

『はぁ? コイツは別に新しく召喚獣を増やすことに反対なんてしてねーぞ』

 食事を終えた串で歯をシーシーしながら、アーサーは意外そうな口ぶりでそんなことを言った。

「なんでそんなことが分かるんだ?」

『分かるも何も、そう言ってるからだろ』

 そうか──モンスター同士なら話せるのか。

 ダリアが言っていることを、アーサー達を通じて知ることができるのか!

『というか、コイツが不機嫌だったのは心の中を覗かれるのが怖かったからで──』

『あー! あー! だめズラ! プライバシーの侵害ズラ!』

 慌てて仲裁に入るマーシー。

 ゆらりと立ち上がるダリアの髪が逆立つ。

「心の中を覗かれる?」

 それはどういう意味だろう。

 会話ができない分、ダリアの言いたいことを理解しようとかんることは多いけど、別にそれは心の中を覗いているという訳ではないし、会った頃からやっている。

 不機嫌な理由は召喚獣を増やすことではない?

 そんなはずはない。

 だって雪山での会話は──


〝これ、どんなスキルなんだろな〟


「そうか、あの発言か……」

 思い返すと、ダリアは召喚獣を増やす話をする前から既に不機嫌だった。俺が得た新しいスキルについて彼女に尋ねた時に、様子がおかしくなったんだ。

 あの時ダリアが寂しそうにしていたのはそれが原因ということになる。

 そしてさっきのアーサーの言葉から推測するに、このスキルには召喚獣の心の中を覗くような性質があるのかもしれない。



[スキル:シンクロ]#active

互いの視野を共有し、召喚獣の心の声を聞く、または聞かせることができる。



 ダリアの気持ちに変化があったからか、スキル詳細にも変化がみられた。

 どうやらこれは心の中を覗くのではなく、見ているものの共有と、テレパシー的に会話が可能というだけのスキルだと分かる。

 念じるように語りかければいいのかな?

『ダリア、聞こえるか?』

 通じているのかいないのか、ダリアからの返答はない。しかし立ち尽くす彼女の様子からして、聞こえているのは間違いなさそうだ。

「でも心の中を覗かれるかもって思ったらそりゃあ怖いよなぁ……」

 先程のマーシーじゃないけど、プライバシーがなくなるようなものだ。実際にシンクロはそういう性質のスキルではなかったのだが、それは詳細が分かった今だからこそ言えること。

〝ダイキ様に分かってほしい〟

 アニィがボードを俺に見せてくる。

〝口にしたいことと、心に秘めておきたいことは別にあります。それを覗かれると思ってダリア様はおびえていました。それは貴方あなたを本当に大切に想っているがゆえです〟

 放心したようにに座ったダリアに寄り添うアニィ。菖蒲さんとマーシーがアーサーをにらみつけている。

 俺はもう一度シンクロでの対話を試みる。

『ダリア、ダリアごめん……気持ちも知らずペラペラと、デリカシーなかったと思う。このスキルにはそんな大層な力はないんだ。できるのは視覚の共有と、心の中でお話をすること』

 自然と涙があふれ、こぼれた。

 心の中なんて読めなくていい。

 いや、読めないほうがずっといい。

 ただ純粋に、俺はダリアと会話がしたい。

 声が聞きたいだけなんだ。


『泣かないで』


 頭に響いた澄んだ声。

 感極まり思わず抱きしめると、小さな腕が俺を抱き返してきた。

『やっと、やっと声が聞けたな……』

 ああ、この日をどれだけ望んだだろう。

 高望みだと思っていた──でも、菖蒲さん達を見ていたら、この気持ちは前よりすごく大きくなっていた。

『ダリアの心、見たりしない?』

『しない。見ることなんてできないんだ』

『そっか。良かった』

 誰にも言えず、一人悩んでいたんだと思うと更に泣けてきた。ダリアは大の大人をあやしながら優しく微笑ほほえんだ。


*****


「いやぁ面目ない」

 顔が熱い。火が出てるんじゃないか?

 今すぐ消えてなくなりたい気持ちをぐっとこらえながら着席すると、菖蒲さんが目を泳がせながら人差し指をもじもじ合わせていた。

「男の人が泣いてるの初めて見ちゃった……」

 口に出されるとしんどいです……。

 高校生の前で幼女に泣かされる大人とか、見るにえなかっただろうな。思い出すとまた恥ずかしくなってきた。

『まぁ新しい仲間を拒んでたわけじゃないって分かっただけ良かったんじゃねえの?』

 などとヘラヘラするアーサーをアニィが睨んでいた。ただ、彼が言うように、ダリアは仲間を増やすことを拒んでたわけではない。むしろそれには肯定的だったことが分かった。

『妹がいいな』

 もう既にそんなことを言い出す始末。

 性別はともかく、将来をえたら間違いなく回復役ヒーラーが欲しい。そうすれば今後どんなエリアに挑むとしても、一度帰る必要がなくなるからな。

 菖蒲さんのひとみあやしく光る。

「配偶者がいると?」

「新しい召喚獣の話ですってば」

 誰との子だっていうんだ、全く。

 シンクロの面白いところは、菖蒲さんのユニークモンスター言語と同様に、他者にも声を届けることができるという点。さらには他者へ聞こえないよう調整することもできるため、対人戦の時などにも重宝しそうだ。

 それにしても新しい召喚獣かぁ。

「早速明日迎えてみようかな……」

 今日は色々あってもう寝たいし。

「呼んだらすぐここでお披露目会をしよう」

 なぜか誰よりもうれしそうに意気込む菖蒲さん。

「明日は平日ですよ?」

「儂は毎日休日じゃよ?」

 そうだった、この人不登校なんだ。

 しかしこれだけあいきようのある人に友人が少ないというのも奇妙だ……学校という場所はいつの時代もよく分からないな。