ヨハンのストーリーも終わり、余った時間で雪山とは違う方向のエリアに進んでみた俺達。

「今度は墓地かよ……」

 そこはまたしても見通しの悪い墓地エリアだった。もしかすると、地形を気にせず戦えていた今までとは違うぞというゲーム側からのメッセージかもしれない。

 所々に枯れ木がそびえる不気味な景色。

 朽ちた墓標にはこけが生え、人の手が行き届いていないように見えた。

 地面には枯れ草と木の枝が散乱している。

 出てくる敵は全員がアンデッドである。


 やみのスケルトン   Lv.50

 闇夜のゴースト    Lv.52

 闇夜のイビルファング Lv.52


 土色の地面から時々、半透明のモンスターが生えるように現れる仕様らしい──が、あつなく炎に貫かれるアンデッド達。

たんりよくあるなぁ……」

 ダリアはアンデッド達におくする様子もなく、まるで雪山でのうつぷんを晴らすかのように暴れていらっしゃる。

 経験値が雪山ほどのうまはないけど、継続ダメージはないようだし、ここから先に進めばいいか──と、そんな感じでしばらく進んでいた時だった。

「どうした?」

 ある一点を指差すダリア。

 そこには巨大な木と、その根元にわずかに見える小さな穴らしき場所があった。

「これダンジョンかな? よく気付いたな」

 偉いぞと頭をでる。

 そういえば前に攻略したありダンジョンもこんな感じの入り口だったな。

 あ、そうか! また蟻のグッズがもらえると思ってるのか(野営術のダリア用の部屋には、カエルのぬいぐるみと蟻のぬいぐるみが並んで置いてある)。物欲センサーが働いたのかもしれない。

 ダンジョンで得られる経験値はかなり多いし、発生してから今日までの日にちが長いほど報酬の質や量は上がっていく。

「いっちょ行ってみますか」

 などと声をかけながら穴へと向かう俺達。

!?

 穴へ近付くと同時に異変に気付く。

 体が吸い込まれていく……?

わな!? ダリア、つかまってろ!」

 り込まれるようにして穴の中へいざなわれる俺達。そして穴へと落ちる刹那、場所の詳細が表示された。


[アーサーと愉快な仲間達 ダンジョンに侵入しました!]


 なんだその名前。


*****


 ダンジョン生成。

 なんらかの条件を満たすとまれに「初期スキル」の中に現れるレアスキルの一つだと聞いたことがある。どうやらここがソレらしい。

「プレイヤーダンジョンか……」

 先へと続く道は洞穴ほらあなというより炭鉱に近い。所々に坑木が置かれ、人為的に掘られた跡が見える。

 所々に生えた発光する水晶のような鉱石が、道の先を照らしてくれている。

 見る限り罠やモンスターの姿はないが、警戒心を最大まで高めて進むに越したことはないだろう。

 ダンジョン生成は蟻の巣のようなものを「人為的に」制作するというもので、侵入者を倒すことでアイテムや経験値を得るという仕組みになっているようだ。

 興味本位で流し見した程度の知識だが、天然物に比べて罠の質や位置、そしてモンスターの特性や連携などが凶悪になっていると聞く。

 面倒な場所に来てしまったな……。

 遠くからカンッ──カンッ──と、一定のリズムで何かの音が聞こえる。


[警告:ダンジョンの主を倒すか、倒される以外に出る方法はありません。倒されたorログアウトした場合、所持品やお金、経験値の幾つかが相手に奪われます]


 出口に手を触れると警告文が現れた。

 倒すか倒されるかしか出る手立てはないらしい。

「腹を決めるか……」

 罠がないか慎重になりながら、先へ先へと進んでゆく。

「ん?」

 道が二股に分かれた場所に着いた時だった。

 分かれ目の所に立て看板が見える。

 近付いて読んでみると、こんなことが書かれていた。

[左 お宝あるぞ!]

[右 仲良くしようぜ!]

 つたない手書きでそう記されている。

「なんだこれ」

 新手の罠か?

 お宝はまだ分かるけど、仲良くってなんだ?

 迷ったらダリアに決めてもらうことにしているので、俺はダリアの意見を仰ぐことにする。

「どっちがいい?」

 スッと、ダリアは右の方を指差したので、俺は右の道へと歩を進めていく。

「それにしても罠とかモンスターが全然出てこないな……」

 道中に飾られた変な絵だったり、像だったりと、ここはまるで「侵入者を倒すための場所」ではなく、「誰かが住んでる家」のように思えたからだ。

『仲良くしようぜ!』

 あの立て看板に書いていた言葉。

 もしかすると、ここに住んでる人は本当に戦うつもりがないのかもしれない。

「うわぁ……!」

 そしてたどり着いた空間は、野外と見まがうほどに広く、そして緑にあふれた部屋だった。

 天井付近に光源が浮遊しており、熱も感じられることから、太陽のような役割であると分かる。

 小さなログハウスが何個か点在しており、広大な畑に野菜が実っている。横穴の中には薬品が並べられていたり、何かの栽培施設が広がっていた。奥には牛や馬が放牧されている。

 やはり誰かが住み着いているんだ。

「ん? あれがここの住民かな?」

 向こうの岩陰からこちらをのぞく人影が二つ。

 一つは包帯ぐるぐる巻きの少女。

 一つはオークと呼ばれる豚人間のようなモンスター。


『おい侵入者』


 その声の主は、後方の岩陰からヌッと現れた。

 その声の主は、体格の良いスケルトンだった。

 汚れているが価値の高そうなぜんしんよろいに身を包んでおり、身長は2メートル近くある。

 いや、驚くべきことはそこじゃない。

 それは、相手はモンスターで、会話ができているということだ。



 アーサー Lv.60



 アーサー。これが彼の名前か。

 表示のされ方はモンスターのソレであるため、やはりモンスターが人語を理解し話しているということになるが……?

『侵入者は斬るぜ』

 そう言って、アーサーは甲高い金属音を響かせながら腰にたずさえた長剣を抜き放った。

 剣先がこちらを向くと全身に悪寒が走る。

 体が真っ二つに斬られたようなさつかく──それはアーサーから放たれる殺気にも似たプレッシャーで、俺の体に汗がにじむ。

 とつに両手を上げる。

「待って! 危害を加えるつもりはない!」

『っせえ! 問答無用!』

 ズドンとすさまじい踏み込みで一気に距離を詰め、鋭い斬撃を繰り出すアーサー。俺は反射的にダリアを降ろして避難させつつ、懐に入るようにやいばを避けて近付いた。

「迷い込んだだけだ! 攻撃するな!」

『しゃらくせえ!』

 ダメだこの骨野郎、全然話が通用しない!

 アーサーの剣術はかつて戦った誰よりも凄まじく、盾を用いた所でさばききれるものではない。剣が少しでも触れようものなら、俺のLPは2割から削れていった。

 レベルに10以上のへだたりがある──!

 仲良くしようぜなどとうたいながらこの仕打ち……だまちにもほどがあるだろッ!

『なかなかの好敵手だぜ。なら……』

 そう言って距離を取るアーサー。

 俺のLPは既に1割を下回っていた。

 俺は被ダメージ過多による硬直でひざをつくしか行動できず、長剣に光の帯が集まっていく様をただ見ていることしかできなかった。

 俺達の間にダリアが立ち塞がる。

「ダリア……いいよ、お前まで斬られることない」

 ダリアは手を大きく広げて動かない。

 すると、岩陰にいた包帯少女がダリアの前へと立ち塞がり、俺達を守るように両手を広げた。

 アーサーの剣がまばゆきらめいた。



「何をしておる!」



 りんとした声が空間を切り裂いた。

 アーサーの体が縛り上げられるように硬直し、ガランガラランと剣が落ちた。

『アニィ──! 大丈夫だったダか!?

 同じく岩陰にいたオークが包帯少女に駆け寄ると、包帯少女は気が抜けたようにその場に崩れ落ちた。

 後ろの道から足音が響く──と、黒髪の女性が姿を現した。

「すまない。仲間が早とちりしたようだ」

 一言で表すなら、大和やまと撫子なでしこ

 冷たい流し目がとても印象的だった。

「ふぅ……」

 女性の言葉に返答する余裕もなく、俺は深いため息と共にその場に座り込む。そして駆け寄ってくるダリアの頭に手を置いた。

「かっこよかったぜ、相棒」

 ダリアは誇らしそうに胸を張っている。

 ちっちゃいのにホント勇敢だな。

 すると先程俺達をかばってくれた包帯少女がやって来て、胸に抱いている瓶を数個渡して来た。見るとそれは回復効果のある薬のようで、俺は「ありがとう」と言いながら薬を使用した。

 失われた体力がみるみるうちに回復する。

 俺の体力が全快になると、包帯少女は満足そうに微笑ほほえんだ。

 不服そうに俺の頰をつつくダリア。

 さっきとは打って変わって和やかなムードに包まれた。


*****


「すまなかった」

 開口一番、黒髪の女性は俺達に謝罪した。

 彼女の後ろには縄でぐるぐる巻きにされたアーサーが『俺様は悪くねえ』などと叫んでおり、それを包帯少女が怒りの表情でにらんでいる。

「結果無事だったので大丈夫ですよ。正直ちょっとアーサーには不信感ありますけどね……」

 そう言って縄に縛られたがいこつ騎士を見る。

 ダリアがやられていたら絶対許せなかっただろうなぁ。

「改めて自己紹介させてほしい。わし菖蒲あやめという。プレイヤーにしてこのダンジョンの主でもある」

 黒髪の女性は菖蒲さんというらしい。

 身体的特徴がないため、俺と同じく人族を選んでいるように思える。

「この子はアニィ、こっちがマーシーじゃ」

「俺はダイキ、この子はダリアです。よろしくお願いします」

「ご丁寧にありがとう。よろしく頼むよ」

 包帯少女はアニィ、オークはマーシーという名前のようだ。

 アニィは墓地エリアでも見かけた「ゾンビパペット」というモンスターにこくしていた。

 くすんだアッシュベージュ色の傷んだショートボブを揺らし、こちらの様子をうかがう二つの青いひとみ

 端整な顔付きの彼女の口元は、まるで年季の入った人形のようにツギハギで縫われていた。

 マーシーは人と豚が掛け合わされたような赤色のオークで、険悪なムードのアニィとアーサーを交互に見ながらオロオロしている。

「それにしても……」

 と、菖蒲さんはダリアを見下ろした。

「命令されて盾になるやつはいるが、進んで主人を助けるモンスターなんてそうそうおらん。相当深いきずなで結ばれているんじゃのう」

 こくこくとうなずくダリア。

 菖蒲さんはうれしそうに目を細めている。

『おいお前、悪かったな』

 不服そうにそう謝るスケルトンのアーサー。

 その後、アニィと『これでいいんだろ!?』とか『俺様にどうしろってんだ』などとやり取りしているのが聞こえる。

「アーサーが突然襲ったのには理由があってじゃな……その、言い訳なのは分かっておるが、直前にプレイヤーの大群から攻められていてのう」

 眉尻を下げながら言いにくそうに語る菖蒲さん。

「ダンジョン生成の事はうわさ程度に聞いたことがあります」

「そうか、なら話が早い。この空間は儂の作ったダンジョンなんじゃ。そしてダンジョンはモンスターやNPC、プレイヤー達から侵略される運命にある」

 菖蒲さんいわく、つい先ほど13人のプレイヤーと防衛戦を繰り広げたばかりだったらしい。そこに運悪く俺達が紛れ込んでしまい、アーサーと出会ってしまった。

「俺達がその残党だと思ったわけですか」

「すまない。儂も別の部屋にいたから合流が遅れてしまったんじゃ」

 なんとまぁタイミングの悪い……。

 菖蒲さんは一段と肩を落として頭を下げる。

「こんな善良な友達候補を傷付けてしまうなんて……本当に申し訳ない……だから儂には友達ができないんだ……」

「も、もう謝らないでください。事情は分かりましたし、彼の縄も解きましょうか」

 こうして、波乱の展開で出会った俺達は無事に和解し、アーサーの縄も解かれた。

「おびといっては何じゃが、ダンジョンの案内とささやかなおもてなしをさせてほしい」

 泣きそうな顔を寄せてくる菖蒲さん。

 アーサーからある意味壮絶な洗礼おもてなしを受けてるし、心情的にごこが悪いから長居するつもりはなかったけど……察してはもらえなかったようだ。

 そんな彼女を見ながらマーシーが耳打ちしてくる。

『マスターは人とコミュニケーションを取るのが苦手で友達がいないズラ。大目に見てやってほしいズラ』

「こ、こら! 変なことを言わないでよ!」

 顔を真っ赤にして抗議する菖蒲さん。

 なんか一瞬だけ口調が変わったような……?

 まぁ悪い人ではなさそうなんだよな。

「もう少しここで遊んでいくか?」

 そうダリアに尋ねると、既にアニィと打ち解けたらしいダリアは彼女と手をつなぎ、コクリと頷いたのだった。


*****


 ダンジョンの構造は非常にシンプルだった。

 まず入り口から一本道が続き、立て看板のある分かれ道がある。左へ進むと広い行き止まりの空間につながっており、右へ進むとこの空間にたどり着くのだという。

ちなみにこの部屋も行き止まりだ。だからこのダンジョンは二つの部屋のみが存在している」

 幾つもの階層、数々の部屋や罠を張り巡らせて防衛するはずのダンジョンにおいて、一層かつ二部屋のみというのは異様に狭く思える。

 最近開放されたばかりなのかもしれない。

「まだ作って日がってないんですか?」

「いいや、かれこれもう数ヶ月経つかの」

 詳しく聞くとFrontier World Onlineのサービス開始日から二週間と経たずにこのダンジョンは作られたということらしい。

 その割には狭すぎる気がするけど……。

「罠もなくよく守れてますね……」

「それには理由があるんじゃ。後で教えるからの」

 ダンジョン防衛のかなめを教えてもらっていいのだろうか?

「秘密にすべきでは?」

「構わん。話しても問題ないからの」

 そう言ってからから笑う菖蒲さん。

 どこからともなく取り出したキセルをふかす姿が妙に似合っている。


[警告:侵入者が現れました]


 けたたましい警告音がダンジョン内に響き渡った。

 俺達の眼前にアラートが表示されると、直後に画面が切り替わり、入り口に現れた十数名のプレイヤーが映し出された。

「なかなかどうして今日はお客さんが多いのう。しつこい男は嫌われると言ったのに」

 菖蒲さんは薄く微笑し、歩き出す。

 アーサー達が追従する様子はない。

 まさかこの数を単騎で相手するのか?

「おいで、二人とも。罠もなくここを守れる理由をお見せしよう」

 そう言われるがまま、俺はダリアを肩車すると菖蒲さんの後に続いたのだった。


*****


 侵入者の数は合計18名。

 正確なレベルは測れないが、装備の具合やこのダンジョンのあるエリア(適正レベル40~)をかんがみて、俺と同じくらいだと想像がつく。

「撃退やミッションをこなすたびに手に入るポイントで、ダンジョンの増改築や兵隊モンスターおよび罠の配置が可能になるんじゃが、実はここの分かれ道には、ポイントの大半をついやした究極の罠が設置してあるんじゃ」

 分かれ道に差し掛かる所で菖蒲さんが言った。

 通った時には何もなかったと感じたが、彼女の自信はその罠の性能に起因しているのかもしれない。

 ほどなくして立て看板のある場所まで来ると、行きの時とは違った変化が見られた。

「半透明の壁ができてる……?」

「こちら側の様子は見えないがね」

 たとえるならマジックミラーか。

 内側から向こうの様子が見える。

「このダンジョンに害意のある者が現れると、アニィ達のいる部屋を塞ぐ罠じゃ。原則として隠す側の部屋にダンジョンコアは設置できないがね」

 ダンジョンコアとは、その場所の鍵であり宝。ダンジョンの主と対を成すモノで、これが破壊されてしまうとダンジョンはたちどころに崩れてゆき、攻略者には大量のアイテムや経験値が贈られることとなる。

 アーサー達のいない方の部屋に最重要アイテムを設置するとは大胆だな……。

 ここで見ていてくれ、と、菖蒲さんは壁と立て看板の境界辺りで俺達を制止すると、18名の侵入者は見えない壁の前を通過し、反対側の部屋の方へと向かっていった。

 10秒ほど経った頃だろうか?

 断末魔の叫びと同時に、穴の幅いっぱいに飛んできたのは青白い光線だった。

 俺達を守る形で菖蒲さんが間に入ると、光線は彼女の体に触れる寸前に消失する。

 しばらくの沈黙──

「いまのは……?」

「うちの用心棒じゃ」

 そう言って菖蒲さんは壁をすり抜けると、俺達を手招きしながら奥へと歩いてゆく。俺は呆気に取られながらも彼女の後に続いた。

 奥が見えないほどの広い広い空間。

 淡く発光する緑色の鉱石が色んな場所に点在しており、光源のおかげで、その広さと、その深さを窺い知ることができる。

 その部屋は薄暗い地底湖だった。

「ここがコアの部屋ですか?」

「いかにも。ほら、あそこにあるじゃろ」

 地底湖の最深部付近には、ぼんやりと光を放つひしがたの宝石が輝いていた。

 確かに地底湖の底に置けば遠距離攻撃(弓矢や魔法)などにげきされる心配もないし、水中ならば動きも鈍るため、天然の罠と言えるのかもしれない。

 部屋の中にはあふれんばかりのアイテム群と、七色に光る球体がいくつも落ちていた。これは侵入者達の成れの果てだろう。

 菖蒲さんが手をかざすと、それらは吸い込まれるように集まってゆき、彼女の手の中にするすると収まった。

「これで懲りてくれればいいのじゃが」

 ウンザリといった様子でそうつぶやく菖蒲さん。

 しかし侵入者彼等を倒した罠はいったいどんなものだろう……少なくとも、俺くらいのレベルでは一瞬で倒される威力があるようだ。

 ほどなくして、水面みなもに泡が現れる。

 その泡は次第に数を増やし、地底湖全体を揺るがすような地鳴りが発生した。

「なにが……」

 その呟きは噴き出る水の音にかき消された。

 現れたのは、一匹のりゆうだった。

 青く怪しい光を帯びた宝石のようなうろこと、ちゆうるい特有のギラギラした黄色い瞳。

 その形は東洋の龍に近い。蛇のように長い体が水面でうねり、のようにたくましい腕が地面をがっしと摑んだ。

「この子が我が軍最強の青龍じゃ」

 グルルルとけものうなごえが地底湖に響く。

 あまりの迫力にあと退ずさりした俺とは対照的に、ダリアは何食わぬ顔でそのきよを見上げている。



 青龍 Lv.100



 レベル100……いままで会った中でもぶっちぎりで最強の個体だ。

「どうやってなずけたんです……?」

 このレベルをテイミングするのは流石に無理があるんじゃないか?

『ほう。純粋な客人とは珍しいな』

 唸るような低い声が脳内に響く。

 俺達を値踏みするかのように、青龍が目を細めて続けた。

『そこの男。我をどう手懐けたかと聞いたな? 残念ながら高貴な我は誰にも手懐けられん。菖蒲でさえもな。この場所にあるじゆんたくな魔力にかれたにすぎん……』

「アーサー達と釣りをしてたら掛かったんじゃ。旨いものと住処を提供したら簡単に仲間になったぞ」

 青龍が「言うなよ」と言わんばかりの顔で菖蒲さんを見下ろした。

「なかなか衝撃的な出会いだったようですね」

「マーシーなんか笑えるぞ。なんたってここに迷い込んできた彼を、アーサーが食用にしようぜと担ぎ込んできたのが最初だったからのう」

 そう言って菖蒲さんはからからと笑った。

「客人なんて初めてだから気分がいい。よし、次はアニィの自慢の畑を見に行こうじゃないか。農薬から水から全部こだわって作ってるんじゃよ」

「ダンジョンの中でどうやって作物が育つんですか?」

 主に太陽光をどうしてるのか気になる。

「そんなのはダンジョンポイントを使って太陽とか雨とか色々やれるからの。基本何でもポイントで解決できるんじゃよ」

 ダンジョン内なら何でもできるってすごい力だな。やろうとすれば農薬や水を直接出すこともできるんだろうけど、アニィの創造性をはぐくむためにあえて黙っているんだろうな。

 ──そして畑に着いた俺達。

 包帯少女のアニィはダリアを見つけて嬉しそうに駆け寄ってくると、自分とおそろいの麦わら帽子を被せ、手を引いて案内していく。

 この後ろ姿……尊すぎる。

「この後ろ姿、尊すぎない?」

 菖蒲さんが、同じこと言ってる。

 菖蒲さんも自前の麦わら帽子を被って畑の中に入ってゆき、俺もそれに続いた。

 畑は一町歩(約3,000坪)あるらしく、列ごとに育てている野菜が違うことは、葉を見ればなんとなくわかる。わかる所で言うと、トマト、キュウリ、ナス、トウモロコシ、レタスなどなど。

 試しにトマト畑を観察してみると、こぶしだいの真っ赤なトマトが何個も実っているのが見えた。

「完熟トマトだ……」

 スーパーには並ばない、農家さんだからこそ食べられるあの幻の完熟トマトが目の前に……!

 いつの間にか近くにいたアニィが、そのうちのひとつをパチンとはさみで切り「食べる?」と言いたげな表情で俺に差し出してきた。もちろんありがたく受け取り、豪快に頰張った。

 口の中にはじける粒々の食感。

 皮は硬すぎず柔らかすぎず、食べやすい。

 みずみずしく、それでいて濃厚。

 そして糖度がとても高かった。

「ぅんまい!」

 完熟トマトってこんなに美味おいしいの?

 コレ食べたらスーパーではもう買えないよ。

おおじゃないかの?」

「とんでもない! 甘いトマトって作るの大変なんですよ!」

 興味なさそうにシャクシャク食べてる菖蒲さんに、俺はトマトについて熱く語った。

「トマトの甘みはズバリ水分量と日光量で決まります! 植物は光合成によって根から吸い上げた水と、葉から取り入れた二酸化炭素から糖分と酸素を作り出します。更に水分量を減らすことで実を小さくし、糖分濃度を高めることで高糖度トマトはできるんです!」

 ただし! と、俺は止まらない。

 菖蒲さんはキュウリをかじっている。

「じゃあ水を極限まで減らせばいいかと言われれば全く違います! 水をしぼれば絞るほど木は育たなくなり、トマトの皮は厚く硬くなっていきます。そして水やりが雑だと水が実にかかり、実が割れる危険性もあります! つまり赤く甘くてジューシーかつ柔らかく丸いトマトは芸術なんですよ!」

 もう誰も聞いてなかった。

 くさかべさんとの熱いトークを思い出すな。

 俺は残っている食べかけを食べ進める。

 畑のトマトは全てが赤々とれていて、割れたものはひとつも見当たらない。虫もいなければ、病気もしっかり止まっているのが見てとれる。

 毎日丁寧に育ててないとこうはならない。

「ん? どうしたの?」

 再びやってきたアニィは恥ずかしそうに何かをボードに書いてゆき、俺に見せた。


〝褒めてくれて嬉しかった〟


 口がきけなくてもコミュニケーションが取れるのはいいな……しかも字もじようだ。

「アニィの真心が伝わったよ。いつもどんな風にお世話してるの?」

 俺の質問にアニィは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせ、チョイチョイと手招きしてくる。その後についていくと、畑の横に掘られた横穴の中に、薬品が整然と並べられていた。

 アニィはせっせと薬品を並べていく。

 それを見た時、俺は全てを理解した。

「こ、これは成長調整剤!? まさか自分の手で作ったのかい!?

 アニィは嬉しそうにコクコクと頷いている。

 虫がいないから受粉は手作業かと思っていたけど、まさか成長調整剤で単為結果(受粉されなくても果実になること)を促していたとは驚きだ……。これがあれば、温度が低く日光不足でもトマトは元気に育つ。

 恥ずかしそうに今度はノズルを取り出すアニィ。

「これは! 専用の噴射器だね!?

 アニィは嬉しそうにコクコクと頷きながら、ノズルをシュッシュして霧吹きしてみせた。

「成長調整剤はただけばいいわけじゃないからね、ピンポイントで花房に掛けるには最適の道具だけど……これもアニィが考えて作ったの?」

〝マーシーに作ってもらいました〟

「発想が素晴らしい。これらは現代日本の農業でも普通に使われてるし、独自にそこへ辿たどいたなら天才じゃないか」

 っと、熱が入りすぎたようだな。

 いやぁアニィの野菜を使って料理してみたいな。普段使いの野菜に比べてどれだけ味が変わるんだろうか。

「次はマーシーの工房を案内するからの」

「あ、お願いします」

 去り際にアニィへ「美味しかった」と伝えると、彼女は一層嬉しそうにして、体をモジモジさせたのだった。


*****


 マーシーの工房は牧草地っぽい場所にあった。

 牧草地といっても一つの空間の中のひと区画で、そこでは家畜が放牧されていて、たくさんの動物に囲まれた中に工房はあった。

「武器だけじゃなく家具とか工具まで? 器用だなぁ」

 工房の中には多種多様な物が並べられており、その全てに丁寧な装飾が施されていて、こだわりも光っている。個人的にキッチン周りのグッズがとても気になる。

「マーシーは主に製作と動物のお世話が仕事じゃ。材料はアーサーが取ってくるから、基本的にポイントは使ってない」

 アーサーは素材採取。

 マーシーは製作とお世話。

 アニィは農業と薬品作製。

 そして青龍が侵入者の排除か。

 ちゃんと全員に役割があっていいな。

「あれ、菖蒲さんは普段何してるんですか?」

「儂はアレよ、ここの管理人じゃからな」

 管理人は居ることが仕事じゃしとかゴニョゴニョ言ってるが、何もしてないっぽいな。

 仲間が優秀すぎてやることないんだろうな。

『だ、ダリア様。コレ使ってほしいズラ……』

 そう言ってマーシーがダリアに何かを渡しているのが見える。

 それは天使の羽をモチーフにした装飾と、大きな赤色の宝石と水晶の乗ったつえだった。

 受け取ったダリアが「いいの?」と言いたげな表情で首をかしけると、マーシーは『もちろんだズラ! 貴女あなたのために作ったズラ!』と必死な様子で答えている。

 嬉しそうに微笑むダリア。

 目をハートにしたマーシーは後ろに倒れた。

「恋する男は普段以上の作品を作るんじゃな」

 杖をながめながらフッと笑う菖蒲さん。

 それにならって俺も杖の詳細をよく見た。



[フレイア・ロッド]

品質:赤

製作者:マーシー

分類:両手杖

魔力+375/魔法攻撃力+890/魔法強化(大)/敵接近時にオートバリア(物理ダメージカット25%)/バリアへの攻撃に自動追撃(魔法攻撃力の10%)



「これは……バグかな?」

 そう思うほど性能がおかしい。

 ケンヤが作った武器を軽く超えている。

「毎日何百作品も作ってるし、マーシーの製作スキルは並のクリエイターより高いかもしれんの」

 そう言ってはっはっはと笑う菖蒲さん。

「マーシーのスキルレベルって幾つなんです?」

「75だったかの?」

 そりゃあこんな神器も作れるわな。

 ダリアはその杖をれとした表情で見つめている。

「これいただいちゃっていいんですか?」

「構わないさ。材料も大抵ここで採掘されたものだろうし、足りないものは侵入者の遺留品を分解して手に入れることができるからの」

 本当に自給自足的な生活をしているのか。こんなスローライフ的な遊び方をしているということは、菖蒲さんはもしかして割と高齢なプレイヤーなのかな?(しやべり方が老人っぽいし)

 コンッコンッコンッ! と、小気味のよいリズムの音が工房に響く。

 視線を移すと、気絶から戻ってきたマーシーが鼻歌混じりに何かを作り始めていた──どうやら木製のらしい。

「本当に何でも作れちゃうんだね」

『やってみると案外作れるもんズラよ』

「それに発想力も素晴らしい」

 椅子には花のしようが施されており、丸っこく加工された肘掛けや背もたれは、座った人を疲れさせないための工夫が凝らしてある。

 マーシーの製作技術を是非見せたい人がいるな。

「もし迷惑でなければ、今度ここに友人を連れてきてもいいかな?」

『なんもおもしれえモンないズラよ?』

「とんでもない! そいつも物作りが大好きで食事の時間もしんで製作に没頭してるほどなんだ。マーシーの技術を見たらきっといい刺激になると思うし」

 もちろん友人とはケンヤのことだ。

 スキルレベル70超えなんてゲーム内でもくつめいしようだ。きっと話も弾むだろう。

「あ、勝手に約束しちゃって大丈夫でしたかね……?」

「ううん、構わないよ。むしろ儂もここを訪ねてくる客人が増えるのは望むところじゃし」

 そう言って菖蒲さんは嬉しそうに微笑んだ。


*****


「さて、改めて客人をもてなすとするかの。アニィ、自慢の畑から野菜を取って来てくれ。マーシーは食器の準備。アーサーは倉庫の肉を切って持って来てくれ」

 菖蒲さんの指示で皆がテキパキ動き出す。

 まずアニィがダリアを抱きかかえながら畑へと向かい、鋏でチョキンチョキンと、幾つかの野菜を収穫してまわっている。

 マーシーは鳥の卵を運んできた後、先ほど作っていた木製の椅子を二つ、そしてテーブルには木製の食器を並べていった。

…………

 アーサーは何か言いたげな様子でしばらくたたずんでいたが、ふいといなくなり、五等分にした分厚い肉を運んできた。

 肉は壁際に備え付けられた大きなキッチンへと運ばれ、菖蒲さんはそこで腕まくりをして包丁を握った。

「へぇ……本格的なキッチンだなぁ」

 俺の興味はキッチンに向いた。

 硬そうな白の大理石をれいに切り出しており、バーベキューコンロやフライヤー、鉄板など用途別のコンロが内蔵されている。シンクも広く食器洗いにも不便しなそうで、整然と並べられた調理器具の数々にもたくみわざが感じられる。

 俺の顔をニヤニヤと覗き込んでくる菖蒲さんは、腕を広げてくるりと回った。

「自慢の調理場じゃ。すごいだろう」

「すごいですね。どこで買ったんですか?」

「マーシーの自作じゃよ」

 え!? こんなものまで作れるのか!?

「ちなみに包丁とかもマーシーが作っておる」

「あ、後でマーシーとお話ししなきゃ……」

 まさか調理台まで作れるだなんて……。

 これはケイケイ以来の逸材を発見だ。

 足りない調理器具の依頼、キッチン周りの改造などなどってもらえるだろうか……?

 ほどなくして籠いっぱいに野菜を入れて運んできたダリアとアニィ。アニィはそのまま菖蒲さんから包丁を受け取ると、手慣れた手つきで野菜を切ってゆき、丁寧に串に刺していく。

 菖蒲さんは俺の横でそれを眺めている。

「料理はアニィが担当なんですね」

「そうじゃよ。これがまたすごうでなんじゃ」

 そう言ってドヤ顔でキセルをふかしはじめた。

 あの腕まくりは一体なんだったんだろうか。

「さて、ここにいても邪魔じゃ。我々は完成するのを待つとしよう」

 見ると菖蒲さんは誰よりも早くテーブルについており、紙エプロンをして待っていた。

「菖蒲さんは何かされないんですか?」

「儂は食べる専門じゃからな」

 あら素敵な専門だこと。

 うちのダリアと気が合いそうだな。

 そんなことを話しているうちに、バーベキュー風串焼きがどんどん焼かれていき、俺達の前に料理が並べられてゆく。

 バーベキュー風牛串。

 ふわふわオムレツ。

 サラダの盛り合わせ。

「さてさて、そろったようじゃの」

 6人が座れる長方形のテーブルで、料理を運び終えたアニィはダリアの横に着席し、ダリアの正面にマーシーが座る。その隣が菖蒲さんで、俺とアーサーが端と端で向かい合う形に座った。

「それでは皆、いただきます」



[バトルカルクの牛串]

評価:100点

説明:調理が難しいことで有名な高級牛バトルカルクを使った串焼き。丁寧なしたごしらえ、味付け、火加減共にプロ級です。

効果:物理攻撃力+37/物理防御力+40/獲得経験値量+10%/筋力強化/効果時間:15分間



[黒鶏ケンロウのオムレツ]

評価:100点

説明:ストレスに弱く、滅多に卵を産まない幻の鶏ケンロウの卵を使ったオムレツ。中はトロトロ、外はふわふわの逸品。

効果:びんしようせい+20%/獲得経験値量+12%/危険察知/効果時間:20分間



[サラダの盛り合わせ]

評価:100点

説明:素材の味をお楽しみください。

効果:製作成功率+18%/獲得経験値量+10%/[匠の目利き]/効果時間:20分間



「美味しい!」

 牛串を口に入れた瞬間、肉汁が口の中ではじけた。

 ややあぶらの多い肉だがしつこくないし、塩加減も丁度いい。間に挟まる野菜それぞれの味もきており、ただ刺して焼いただけのソレとはワケが違う。大雑把な調理法にも思える串焼きでここまで繊細な味わいが出せるものなのか?

 俺の料理以外では滅多に笑わないダリアもこれにはごまんえつで、両手を頰に添え、幸せそうに目を細めながらもぐもぐしている。

 ふわトロのオムレツは卵自体の味がすごく強く、その強みを活かすかのように、調味料による味付けは最低限に抑えてあった。スプーンの上でふるふると揺れるそれは、口の中で溶けるように消えてゆく。おかずというよりもデザートに近い甘味が感じられ、食べる手が止まらない。

 アニィが丹精込めて作った野菜を使ったサラダが美味しくないはずもなく、先ほど食べたトマトをはじめ、みずみずしいキュウリ、厚みのあるレタス、ツヤのあるコーンを七色のドレッシングと共にたんのうできる。

「毎日コレが食べられるなんて幸せですね」

「このために生きておる」

 そう言って誰よりも早く料理を減らす菖蒲さん。アニィは恥ずかしそうにうつむいている。

「青龍は呼ばないんですか?」

「奴は気まぐれじゃからな、よほど好物の匂いがしない限り来ないんじゃよ。基本は地底湖で適当に食っちゃ寝してるし」

 本当にここのモンスター達は自由に生きてるなぁ。

「スローライフしてますね」

「最初は不本意じゃったが、楽しいよ」

 と、菖蒲さんは楽しそうに笑った。

「ダンジョンで呼び出せるモンスターがこんなに多種多様で個性があるなんて、引きこもりたくもなりますね」

「ん? いや、儂は呼び出しておらんよ。縁あって仲間になってくれただけじゃ」

 あれ? ダンジョン生成スキルはポイントを消費して罠やモンスターを呼び出し強化していくと見たことがあったんだけどな。というか、それ以外でモンスターを仲間にする方法なんてあるんだろうか?

「菖蒲さんってもしかしてテイマー系の職業ですか?」

「ご名答。アーサー達はダンジョンモンスターではなく儂の〝テイミングモンスター〟じゃ」

 テイミングモンスターとは、ダリアのようなサモンモンスターと違い、フィールドで出会ったモンスターを〝従える〟ことで仲間にすることができる。ちなみにダンジョンモンスターは、ダンジョンにあるポイントを消費して生み出す兵隊を指し、ダンジョンが破壊されると一緒に消えてしまうのだそうだ。

 しかしそうなると疑問がひとつ。

 どうやって青龍を仲間にしたのか、だ。

「青龍を釣り上げて、そのまま手懐けたってことですか?」

「まぁ成り行きじゃな」

 そう言いながら、菖蒲さんはオムレツを口に運んだ。

 テイマー系のメリットは、自分の好きなモンスターを狙って仲間にできる所にある。そのモンスターが仮に格上でも、従属に成功すれば仲間にできるというのが最大の魅力といえる。

 とはいえデメリットは当然ある──格上はそもそも従属させることがほぼできないのだ。

 テイマー系は、モンスターにけしたり触れ合ったりしながら信用を得て、テイミング(仲間にできる契約のようなもの)の成功率を上げていく必要がある。しかしそれは本人がモンスターより強くないと取引が成立しない。格上モンスターは格下に従うメリットなんてないので、問答無用で蹴散らしてくるからな。

 その観点から言うと、青龍が菖蒲さん(レベルは分からないけど青龍より高いなんてことはないだろうし)に従っている理由が分からなかった。

「ん──でも順番が逆じゃな」

 菖蒲さんがぽつりとそう呟いた。

「順番が逆とは?」

「何から説明すればいいのやら……当初の儂はテイマー系の職に就いておらんかったんじゃよ。しかし、儂の持ってたスキルがうまい具合に作用して、アーサー達をはじめ青龍とも仲良くなれたんじゃ。だから儂らは従来のテイマーとは似て非なる手順を踏んでおる。仲良くなった後に職業を変え、今の形になったわけじゃからな」

 なにやら複雑な事情があったようだ。

 もっと知りたい、彼等との話を。

「皆との出会いはどんなだったんですか?」

 菖蒲さんは、アーサーとアニィに視線を向けながらなつかしむように目を細めた。

「そうじゃのう。アーサーとアニィ。この二人との出会いが、このダンジョンの出発点だったよ──」