日曜日、とびはバクを引っ担いで外出した。

 寮には門限があるし、学外に出る際には寮長に申請しないといけないが、週末や祝祭日、長期休暇中なら、却下されることは基本的にないと聞いていた。そのとおりだった。ただとらには、自分の目で見たとおりあいよしに報告する、と言われた。それはべつにかまわない。唯虎は寮に残った。飛はすんなりとかいえいがくえんを出ることができた。

 魁英学園は鹿ろつぽん市の郊外にある。首都圏からそう遠くない鹿奔宜市の中央部はけっこう栄えていて、人出も多い。飛は最寄りのバス停でバスに乗り、駅前で下りた。駅直結の商業ビルを一回りしてトイレに入った。個室の中で待っていると、ハイエナがテキストメッセージを送ってきた。

 尾行、監視はない。A地点で待つ。

 飛は商業ビルをあとにして合流地点に向かった。合流地点はAからCまであり、すべて覚えておくように言われていた。Aは高架下を抜けた先にある細い道で、古い時計屋の手前に銀色のワンボックスカーがまっていた。

 ワンボックスカーの後部座席に乗りこむと、ハイエナ、パイカことあさ、それから、カワウソことはいざきいつが、すでに座席についていた。ハイエナが二列目、萌日花と灰崎は三列目に座っている。

「お疲れさま」

 灰崎は守衛の制服ではなく、私服姿だった。派手ではないけれど、地味でもない。社会人というより大学生くらいに見える。イタチのようなオルバーを左肩の上にのせているさまが、なんとも微笑ほほえましい。

 飛が軽くうなずいて二列目の座席、ハイエナの隣に腰を下ろしてシートベルトを締めると、運転手のワラビーがワンボックスカーを発車させた。

 萌日花はヘッドホンをして音楽でも聴いているのか。目をつぶり、頭を上下させている。服にプリントされているTHAZENは、ブランドの名前か何かなのだろうか。

「まず、言っておく」

 ハイエナは黒い帽子を脱いで、膝の上に置いた。この男はいつも喪服のような黒いスーツを着ている。

「ヒタキはよくやってくれてる。想像以上だ」

 灰崎が腕組みをして、何度も首を縦に振った。

持ってるっていうのかな。この仕事でも、そういうのがあって。いるんだよね。核心にふれるような情報とか出来事を引き寄せる人が。ヒタキは持ってると思う」

 ハイエナが鼻先で笑った。

「おまえもわりとそっち寄りだろ、カワウソ。もっとも、ヒタキと違っておまえの場合、先走りだったり不注意だったり、余計なお節介だったりが原因なんだろうが」

「……そんな率直に正しく論評されると、いくらおれでも傷つきますよ?」

「正しい論評なら、しっかりと受け止めろよ」

「受け止めてますって。言っときますけど、もう何年もってるんですからね? おれだって、あの頃のままじゃありませんから」

「大人になったってか。そのわりには、学生みたいなんだよな」

「童顔なんです。遺伝だし、しょうがないでしょ」

「オイ、とび

 バクがあくびをするようにファスナーを開けた。

「オレらはろくにオチもねえおっさん漫才を聞かされるために来たのか?」

 三列目席のが「ぷっ……」と噴きだした。いつの間にか、ヘッドホンを外して首にかけている。

「ボケもツッコミも弱々なヘボヘボ漫才は、私もそのへんにしといて欲しいかな。さっさと仕事の話をしようよ、隊長」

「……ボケもツッコミも弱々……」

 はいざきの眉がハの字になっている。ショックを受けているみたいだ。一方のハイエナは苦笑いを浮かべている。

「そうだな。重要な用件から話そう。こうやって直接会いたかったのは、そのためだ」

「重要な用件って?」

 飛がくと、ハイエナはじっと目を見てきた。飛は視線をそらさなかった。

「今回の任務は、思っていたより危険だ」

 ハイエナはまばたきをしない。飛の表情をうかがっている。表情の奥でうごめく、感情や思考を読みとろうとしているかのようだ。

「戦抜クラスでヒタキは戦抜とやらに巻きこまれて、勝った。今回は、な。次はどうかわからん。あいよしの線を探ってるが、経歴らしい経歴が出てこないし、現時点で介入するのは難しい。調査は続ける──が、ヒタキはここで下りていい。冒してもらうリスクに見合う案件なのか。今のところは微妙だしな」

「正しくは、結論を出せる段階じゃない」

 萌日花が三列目席から身を乗りだして訂正した。

「人外に人外を食わせて、虚心症になった者が復帰してる。これだけだと、対処すべき特定事案とは言えないし。かといって、放ってもおけない。放っておけない事象を調べるために、飛が人外を失うリスクにさらされつづけるのは、どうなんだろってこと」

「……わっかりやすい」

 はいざきぼうぜんつぶやいた。

「すごいね、あささん。いや、パイカ──」

「ナ、キ、ウ、サ、ギ」

 はジト目で灰崎に人差し指を突きつけた。

「隊長のぐさおおざつだから、整理しただけ。睡眠不足で、脳がちゃんと働いてないんだよ。単に年のせいかもしれないけど。老化」

「実際、若い頃みたいに眠れなくなったな。とにかく……」

 ハイエナは肩をすくめた。

「そういうことだ。ヒタキが離脱しても、やりようはある。見守り対象のしゆほまり、どうがいともに、無事みたいだしな。二人から情報を提供してもらう手もある」

「ほまりん──」

 とびは言い直した。

「酒池ほまりが、ずっと無事だといいけど。保証はないよね。津堂亥とはまだ話してないから、よくわからないけど」

 萌日花が眉をひそめた。

「ほまりん? ふぅん……」

「何?」

「べっつにー」

「……行きがかりで、そう呼ぶ感じになってるだけだよ」

「でも、戦抜が成立しなきゃ、平気なんでしょ?」

「でもって何?」

「そんなに突っかかってくることなくない?」

「あのな、仲がいいのはけっこうだが──」

 ハイエナが口を挟んできた。飛と萌日花は同時にハイエナをにらみつけた。

「そういうことじゃないんで」

「隊長は黙ってて」

「……俺が怒られるのかよ」

 ハイエナは不満げだが、心外なのは飛のほうだ。

「僕は下りない。戦抜は避ける方法があるし、虚心症のことだってある。せっかく手がかりをつかんだところなのに、あとはみんなに任せるとか、そんなの無理だから」

「つーことだ。わかったかッ」

 バクが胸を張るように体を反らせた。

「そうか」