第一話 お見合い



「はぁ、結婚ですか」

 私、ルクシーダ・フィエンツェンは思わず間抜けな返事をした。

「なんだその態度は。何が不満だ」

「いえ、別に、不満とかいうことはないのですが、突然だなぁと思いまして」

 私が首をかしげていると、私の父、エキモット・フィエンツェン伯爵は少しだけ眉をしかめながら、一応は説明してくれた。

「ゼークセルン公爵家のご嫡男、エルイード様は知っているか?」

 と問われて、私は考え込む。私は貴族界の事情にはあんまり詳しくない。なぜなら社交にほとんど出ないからだ。

 理由は私が伯爵家の四女だから。貴族令嬢が社交に出るにはお金がかかるからね。上の三人のお姉様が社交に出て、持参金を持ってお嫁に行ってしまうと、私までお金が残らなかったのだ。

 なので私は社交にはほとんど出ずに、おうちでまったりと過ごしていた。趣味の園芸や読書などをして。そのうち、家臣の誰かの家、つまり平民の家に嫁に出されることになるんだろうな、と思いながら。

 なので結婚話は想定内だったのだが、ここで公爵家のご嫡男の名前が出てくる意味がよく分からない。分からないなりに考える。

「えーと、ゼークセルン公爵家は王国に二つある公爵家の一つですよね。傍系ぼうけい王族の」

 確か、先先代の国王陛下の弟君が興したお家だ。

「で、エルイード様はご嫡男。……あ、思い出しました。『ぽっちゃり公爵』ってその方じゃなかったでしたっけ?」

「口を慎め。次期公爵閣下に向かって。だが、そうだ。その方だ」

 そうね。まかり間違ったら国王陛下にもなろうという方に不敬な呼び名ではあるけども。そのあだ名で社交界に通っているのだから仕方がない。

 あんまり社交に出ない私でも、何度かその呼び名を耳にしたんだから結構有名なのだと思うのよね。

 なんでエルイード・ゼークセルン様が『ぽっちゃり公爵』などと呼ばれているのかというと、まずどうも見た目がぽっちゃりしているというのがあるらしい。つまり太っているのだろう。私は見たことがないけど。

 でも、太っている人は他にもたくさんいるのよね。エルイード様はそれ以上に「どんくさい」「オドオドしている」「そもそも引き籠もって滅多に人前に出てこない」「自室に籠もって人形遊びをしている」「正直キモい」とかいうよからぬ評判があり、それらが総合して「ぽっちゃり」という一言に集約されているのだということらしい。

 これらの評判は、彼のお見合い相手から広まったものらしいのよね。なにしろ次期公爵閣下だから、それはもう超優良物件だもの。幼少時から何人もの高位貴族令嬢がお見合いの列を作ったらしい。

 ところがこれが、すべての令嬢に断られてしまった。理由は先の通り。どうもお会いした貴族令嬢が揃ってドン引きしてしまうようなお方らしい。結婚すれば公爵夫人になれるのだから、多少の欠点なら目をつぶって結婚してしまおうと考えるご令嬢も多いと思うのに、それでもダメだったのだから相当なものだ。

 そんなことを思い出していた私だったが、ハッと気がつく。ちょっと待って? まさか?

「そう。そのまさかだ。お前にはエルイード様のところに嫁に行ってもらう」

 ……え? 目が点になる私にお父様は言った。

「そろそろ家を出てもらわねば困ると思っていたところに、公爵家から打診があったからOKを出しておいた」

「そんな! 勝手な!」

「うるさい! 放っておけばいつまでも屋敷でゴロゴロしおって! もう二十歳ではないか!」

 ……確かに、女は二十歳過ぎまでに嫁に行かねばき遅れと見做みなされる。嫁き遅れは家の恥だ。私は今年で二十歳。今年中の結婚は家の名誉のためには必須だろう。

 それにしても、貧乏伯爵家のしかも四女にまで縁談が回ってくるなんて、どんだけ不人気なの? エルイード様。だって公爵家のご嫡男だよ?

「結婚すれば公爵夫人。王族のお妃様だぞ? なんの不満がある?」

 いや、私はそんな大それた地位は望んでいないんですけどね。どこかの男爵様とか、なんなら平民でもよかったのですが……。

 しかし、いくらなんでも会ったこともない方と結婚するわけにはいかない。私はお父様に抗議して、なんとか顔合わせの機会を作っていただくことにした。ただ、すでにこの時点で縁談の成立はほとんど決定事項だった。

 なにしろ、ゼークセルン公爵家側が、私が縁談を承諾したと聞いて泣いて喜び、どうかよろしくお願いいたしますと山のような贈り物を下さったのだった。本来は格上の家への嫁入りなので、我が家は途方もない額の持参金を用意しなければならないのだが、その分以上のお金も贈り物に含まれていた。

 これではちょっと断れない。どんだけ必死なんだゼークセルン公爵家。せっかく見つけた嫁をなんとしても逃したくないという執念のようなものがうかがわれた。

 結婚話を聞いてから数日後、私はゼークセルン公爵家にお見合いのために出かけた。ドレスはお姉様の古着だし、装飾品もお母様から借りた物だ。お父様とお母様と一緒に馬車に揺られ、ゼークセルン公爵のお屋敷に向かう。


 いや、お屋敷じゃないわ。お城だわこれ。二重のお堀に囲まれ、高い城壁に尖った塔、青い屋根も鮮やか、見事な花咲き乱れる大庭園を抜け、白壁が眩しいお屋敷の巨大な車寄せで馬車を降りたフィエンツェン一家は口ポカーンだ。

 ……大変だ。公爵家に嫁入りするって意味を私はあまりに軽く考えていたようだ。次期公爵に嫁入りするということは、私は次期公爵夫人。つまりこのお城の主になるわけよね?

 えー! 無理! 無理よそんなの! こんなお城、一人で掃除しきれないわ! ……じゃなくて。勿論こんなお城を主自ら掃除するわけがない。無論使用人がしてくれる。我が家では五人の使用人がしてくれているけど、家の十倍は大きなこんなお城を掃除するには……。

「いらっしゃいませ」

 エントランスホールにずらっと並ぶ使用人たち。ざっと五十人。圧巻だ。そして皆様綺麗なお揃いの制服を着ている。服装は自由な家の使用人とはえらい違いだ。そして多分、これで全員ではないのだと思う。だってさっきお庭を通過した時に、庭仕事している使用人がいたもの。ここにいるのは上級使用人だけなんだろう。

 私もだけど、お父様もお母様も「まずい!」というお顔をなさっていたわね。

 多分「公爵家の嫁なんて滅多にないチャンス!」とばかりに飛びついただけなんだろう。このもの凄いお屋敷を見て、王族の凄さとか権力の巨大さとかに今さら気がついたと見える。こんな家に貧乏伯爵家が娘を、しかも嫁き遅れ寸前の四女を嫁がせるなんてとんでもないことだとようやく気がついたのだろうね。

 私たち一家はへっぴり腰で応接室まで進んだわよ。大きくて豪華でキラキラしている応接室の金糸で刺繍された臙脂えんじ色のソファーの端っこに恐る恐る腰掛けつつ待つことしばし。ドアが開いてゼークセルン公爵閣下ご自身が姿を現した。

「よく来て下さった!」

 張りのあるお声で私たちにお声をかけて下さったのはガウゼイン・ゼークセルン公爵閣下。年齢は四十五歳だったかしら? 背は大きく、体付きはがっしりしていて実に見栄えがする。それもそのはず。閣下は戦場で勇猛さを讃えられる将軍だったのだ。

「そちらが当家に嫁いで下さるルクシーダ嬢か? 素晴らしいお嬢さんではないか。よろしく頼むぞ!」

 ……茶色い髪と茶色い瞳。背丈は普通で体付きも普通。どこからどう見ても十人並みの容姿しか持たない私を、一目見て素晴らしいと評価できるとすれば、よっぽどの慧眼けいがんか節穴のどちらかだと思うんだけど、おそらくどちらでもないんだろうね。生物学上女性で、子供が産めるならなんでもいいと思っているんだろう。

 威厳と勢いに圧倒されている私たちの前で、ご機嫌な公爵閣下は大きなお声でしゃべり続けた。この間国王陛下にもエルイード様のご結婚について尋ねられたが、ようやく嫁が決まったと言ったら陛下も大変お喜びだった、とか、すでに一族を挙げて結婚式の準備を始めている、とか、王妃様も新しいドレスを結婚式のために発注したようだ、とか。

 ……途中で気がついた。これ、牽制だ。今さら私が嫁に行けませんと言えないように、国王陛下や王妃様まで話が通っていると言ってこちらを牽制しているのだ。確かに国王陛下までご承認して下さっている婚約を反故ほごにするなど、貧乏伯爵家にできるわけがない。実際、お父様は石みたいに沈黙し、お母様はひたすら乾いた笑いを浮かべていた。私も押され、押しまくられながらも「ではそういうことで」と帰らされそうになる寸前になんとかこう言うことができた。

「で、ではエルイード様にご挨拶をさせて下さいませ!」

 すると公爵閣下は笑顔のまま眉をひくつかせた。

「そ、その必要はないのではないか? その、ほら、結婚式で初めて顔を合わせるのも面白いかも知れぬ」

 面白いわけがあるか! とツッコミかけて自重する。

「いえ、その、エルイード様のお気持ちも確かめねば。私のような女などお気に召さぬかもしれませんでしょう?」

「そんなことはあり得ない。アレも婚約には同意しているのだからな」

 分かるもんかそんなの。この調子ではエルイード様が何を言ったって無理やり結婚させてしまう気に決まっている。そんな風に結婚させてエルイード様がその後で嫌がったら目も当てられないことになってしまう。私が。

 どうしてもお目にかからせてくれと私は粘ったのだけど、公爵閣下は言を左右にして会わせようとしない。どんだけ自分の息子に自信がないのか。まぁ、お見合いの結果断られた相手が十人ではきかないというのでは、無理もないとは思うけど。

 しかし私だってここは引けない。私は粘りに粘り、会わせてくれれば今さら婚約を断ったりしないけど、会わせてくれなければ婚約を破棄すると匂わせた。それでも公爵閣下は嫌がった。しかし最終的には怒った私が席を蹴って婚約を破棄すると叫ぶ寸前で、公爵閣下がとうとう折れた。

「やむを得ぬ。だが、どうか驚き恐れないでくれ。気持ちは優しい奴なのだ」

 公爵閣下もエルイード様にはちゃんと愛情をお持ちのようだ。それは亡きお妃様の残されたたった一人のお子であり、大事な後継なのだから、それは大事になさっているのだろう。なんとしても嫁をめとらせたいという執念も愛情ゆえなのだと思う。


 私は一人だけエルイード様のお部屋に案内された。お父様とお母様は応接室に残された。人質にされた気分だったわよね。侍女の案内で私は美しく装飾された廊下を進む。

 前を行く侍女はむっつりと押し黙っている。あまり機嫌がよくなさそうだ。もしもこのままお嫁に来るとすれば、侍女には色々お世話になることになる。嫌われては大変だ。私は声をかけてみることにした。えーと、話題は……。

「エルイード様は貴女から見てどんな方ですか?」

 すると侍女はなぜか私を睨み、食ってかかるような口調で言った。

「お優しい方ですよ! 私たち侍女に無理なことも仰いませんし、気遣いもできます!」

 それは朗報だが、なぜそんなに喧嘩腰なのか。私が首をかしげていると、侍女はハッとしたように表情を改め、頭を下げた。

「も、申しわけございません。これまで殿下とのお見合いに来られた方々は、殿下の悪口ばかり仰っていたので、つい……」

 どうやらエルイード様は使用人には優しくて慕われているようだ。この年の頃四十前くらいの侍女はおそらく幼少の頃からエルイード様のことを知っているのだろう。

「貴女のお名前は?」

「フレインと申します」

「そう。フレイン。ありがとう」

 私がお礼を言うとフレインは戸惑ったような顔をした。私としては、お会いする前に世間の評判とは違う、エルイード様のいいところを教えてくれた彼女に対する当然のお礼だったんだけど。おかげで先入観なしで彼に会うことができる。


 お部屋の扉の前に来た。フレインは緊張した表情で私を見ると言った。

「いいですか。ルクシーダ様。殿下は人見知りをします。それと、ご趣味に没頭されると他が目に入らなくなる傾向があります。ですが、落ち着けばちゃんと受け答えできますから、それまでお待ち下さいませ」

 私が頷くと、フレインはドアをノックした。すると侍従とおぼしき男性が顔を出した。フレインとコソコソ話し出す。まぁ、聞こえているんだけど。

「ダメです。始めてしまいました」

「なんとか止めて下さい。婚約者様がいらしているんですよ!」

「ですが殿下があの状態になると……」

 フレインと侍従は深刻な表情で話し合っていたのだけど、やがて諦めたようにフレインが私を振り返って言った。

「その、殿下はご趣味の遊びを始めると、終わるまで周りの様子が目に入らなくなるのです。ですから、その……」

 だから今日は会わない方がいい。ということなんだろうけど、そういうわけにもいかないのよね。

「構いません。中でお待ちしますから通して下さい」

「ですが……」

 フレインは心底通したくなさそうだったが私が動かないので、結局は観念した様子で私をエルイード様のお部屋に通してくれた。


 エルイード様のお部屋は奥行きも幅も三十歩ほどあるという広大さで、落ち着いたベージュ色の内装だった。お部屋の隅に大きな緑のカーテンが下がったベッドがあり、他にも高級そうな家具が色々置いてあったのだけど、私の目にはいまいち入ってこなかったわね。

 なぜかというと、お部屋のど真ん中に大きな低いテーブルがあって、その上に大きな絵が描かれた布が拡げられていて、さらにその上にちょっと驚くような、非常に目を引くものが並べられていたからだ。正直あまりに衝撃的すぎてそれしか目に入らなかった。

 それは木彫りの人形だった。馬に乗ったり、槍を持っていたり、何人もが集団になっている様子が彫り込まれたものもあった。それが何十体も、所狭しと並んでいたのだった。

 はー。なんですかこれは。黒く輝く人形の大軍を前に、私はさすがに立ち尽くしてしまう。

 人形。そういえばエルイード様への悪評で「お人形遊びばかりしている」というものがあったわね。これがそのお人形遊びなのかしら。私がびっくりしながら人形を観察していると、突然大きな声が響いた。

「突撃!」

「ひゃっ!」

 私は思わず驚きの声を上げてしまう。見ると、金髪の、確かにちょっと小太りの男性が、人形の前でビシッとした姿勢で号令を発していたのだ。

「了解! 突撃します!」

 彼は言うと、おもむろに人形を手に取り、それを少し動かした。馬に乗った騎士の人形だった。

「よし、そのまま敵の左翼を突き破って後方に回り込め! 我が方の左翼騎兵も前進! 突破力が大事だぞ! 両翼から回り込め!」

 そして人形を動かす。

「む、敵の方陣が前進してきたぞ。敵はこの攻撃に自信を持ってるが、これを我が軍に受け止められた時のことは考えておらぬ。あの険しい山脈を踏み越えた勇士たちである我が軍の精鋭なら、受け止められるはずだ」

 コツコツと人形を動かす。これはどうやら槍を持った歩兵が集団になっている人形だ。それがぶつかり合う。

「今だ! 騎兵は後方に回り込め! 同時に、左右の歩兵も前進して敵を包囲するのだ!」

 ……ここまで来れば私にも分かった。これ、人形での戦争ごっこだ。

 戦争を模したゲームといえばチェスが思い浮かぶけど、これはもっと駒がリアルでたくさんある。そもそも相手がいないようだからゲームでもないし。

 確かにお人形遊びだけど、内容が戦争なら逆に男の子っぽいわね。私は感心しながらその様子を眺め、気がついた。おや? なんだかこの人形たちの戦いに見覚えがあるわよ?

 なんだろうと考える。そうね。どこかでこれに似た絵図面を見たのだ。確かお父様の持っている本を適当に読んでいた時に……。あ……!

「カンネーの戦い!」

 私が思わず大きな声で言うと、夢中で人形を動かしていたその、彼がグルリと振り向いて私のことを見た。

 意外と理知的な緑色の瞳が私を見つめる。私はビクッとしながらも、彼のその瞳に少し見入った。彼は私を見て嬉しそうに言った。

「そう! カンネーの戦い! 名将ハンニバルがいにしえの帝国の三倍もの敵を完膚なきまでに壊滅させた戦いだ! この用意周到さ、果断な決断力! どれを取っても非の打ちどころのない戦術だ! 芸術とさえ言える!」

 張りのある声でハキハキと古の名将を讃える姿は演説をする政治家のような堂々としたものだった。彼は嬉しそうに手を人形に伸ばすと言った。

「さぁ、敵の騎兵は追い払った! 騎兵がこのまま敵の後ろに噛みつけば、包囲は完成だ!」

 勝利に陶酔しているような彼の声に、私はちょっといたずら心を出した。私は手を伸ばして、包囲されそうになっている軍勢の、方陣を示す駒を取って、クルッと後ろ向きにしたのだ。騎兵を突撃させようとしていた彼の手が止まる。

「こうしたらどうするのですか?」

 私が言うと、彼は目を見開き、そしてうーんと唸って考え込み始めてしまった。

「こ、これは……。このまま攻撃すれば……。しかしまごまごしていると敵に歩兵が突破されてしまうし……」

 ぶつぶつ言いながら真剣に考えている。あらまぁ。真面目なこと。ちょっとしたいたずらだったのに。

 彼は陣形を横から見たり後ろから見たりして悩んでいたが、やがてアッと言って私の方を振り向いた。

「ダメだ。この駒は重装歩兵の方陣ではないか。そんなに突然振り向くことはできない。だからこれは無効だ」

「そうですか。それは失礼いたしました」

 私は思わずクスクスと笑ってしまう。それを見て彼もホッとしたように笑った。のだが。そこでようやく私という存在に気がついたようだった。

 緑色の目が見開かれ、ただでさえ白い頬が真っ白くなり、金髪に半ば隠れた額に汗が浮かび始める。ぷっくりした唇が震え始め、やがてぽっちゃりした全身がガタガタと震え始める。

「だ、だれ! 誰だ!」

 ふふふ。私は殊更に優雅に、スカートをフワッと広げて膝を沈めた。

「これは失礼いたしました。私はルクシーダ・フィエンツェンと申します。初めまして」

 私はにっこり笑ってウインクをして見せた。

「貴方様の婚約者ですよ」

「婚約者!?

 彼、エルイード・ゼークセルンは雷にでも撃たれたかのように硬直してしまい、これ以降は何を言っても呆然としたまま反応を示せなくなってしまった。

 侍従も侍女も泣きそうな顔で慌ててしまい、その様子が可哀想だった私はエルイード様に一方的に退出のご挨拶をして、お部屋を後にした。応接室に戻るために歩く私にフレインが必死に声をかける。

「あ、あのルクシーダ様! 殿下はその、ちゃんとしている時はちゃんとしているのです! ですから……」

 私は立ち止まってフレインを見る。私の顔はニマニマと弛んでいたことだろう。そう私はこの時非常に上機嫌だったのだ。

「気に入りました!」

「へ?」

 私の言葉にフレインがなんとも間抜けな声を上げる。

「素敵なお方ではありませんか。気に入りました。私は、彼の方の元にお嫁に参ります!」

 そう。私はエルイード様のことがなんだか気に入ってしまったのだ。真面目な方みたいだし、戦記に詳しいみたいだからそういう本をたくさん読んでいる私と話も合いそうだ。それに使用人にも慕われているということは気性もいいのだろう。

 後、なんだか面白い方だ。うん。結婚するなら一緒にいて楽しい方がいいわよね。

「これからもよろしくね。フレイン」

 私が言うと、フレインは呆然とし、次に「おおおお」と涙を流して喜び、私の手を強く握ったのだった。


  ◇◇◇


 こうして私はゼークセルン公爵家次期当主、エルイード様のところに嫁ぎ、ルクシーダ・フィエンツェン・ゼークセルン次期公爵夫人になったのだった。私が二十歳。エルイード様が二十五歳の時のことである。