第五章



 チャイムが鳴って、お昼休みに入った。今日もあんまり集中出来なかった気がする……。一度集中出来なくなると、今までどうやって集中していたのか分からなくなってしまう。

 ……でも、今までも集中出来てたっていえるのかな。

 ノート取るの、いまだにく出来ないからルルカに頼っちゃうし。ルルカが教えてくれたノートの取り方を実践しているはずなんだけど、わたしの文字を書くスピードが追いつかなくて、書き終われないことが多いんだよね……。文字を書くのって難しい。

「リリカ、ちょっといいかな?」

 色々と考え込みそうになっていたところで、そんな風にルルカから呼ばれた。

「どうしたの?」

「二人でしたい話があるんだけど……もしかして、鳴っちゃうくらいおなかいてる? だとしたら、放課後でもいいんだけど」

「っわ、分かった。大丈夫だから、行こうか」

「そう。なら良かった。ちょっとだけ付き合ってね」

 きっと魔法少女の話だと確信をもって、ルルカの後をついて行った。

 いつもなら廊下でも話すはずだけど、今日ばかりは二人とも何も言わなかった。

 ……わたしは、何も言えなかったっていうほうが正しいんだけどね。

 クラスの近くにある、あまり使われることのない空き教室に入る。ルルカが念入りに誰もいないか確認しているから、絶対に魔法少女のことだろう。

 わたしは背筋を伸ばして、どうやって続けていきたいと説得するべきか考える。そうすると自分の何も出来なさについても考えることになって嫌な気分になるから、正直何にも考えられてないんだけど……それでも、やめたいとは思えなかった。

 たとえ、ルルカのほうがさまになっているとしても。

「リリカ、これから魔法少女として戦う時は、一緒に頑張ろう?」

「え……?」

 落ち着いた様子で話すルルカに、思わずあつにとられてしまう。

 てっきり、またやめたほうがいいって言われると思っていた。だから、ものすごく驚いてしまう。

 ルルカに、どういう心の変化があったんだろう……?

「な、なんでまた急にそんなことを……?」

 怖くなって、思わずそんなことを聞いてしまう。けれどルルカは笑みを崩すことなく、わたしの質問に答えてくれた。

「私が魔法少女をやめるように言うのも、リリカの頑張りを否定することになるのかなって思って」

 その言い方だと、この前キョウカちゃんに説明していた先生の行いと同じことになる。だからルルカは、やめるように言うことをやめた……らしい。

 確かに、今一番頑張りたいことが魔法少女の活動だから、そうなっちゃうのかもしれない。でもそれをそのまま言っていいのかも分からず、わたしはリリカを見つめながら何も言えなくなってしまう。

「私の話は終わり。一緒に頑張ろうね、リリカ」

「で、でも、この前の怪人にはかなわなくって……!」

 ようやく出てきた言葉に、わたしは自分の自信のなさを思い知らされた。どうして続けようって言ってくれてるのに、まるでやめたいみたいなことを言っちゃうんだろう。

 けれどルルカは大丈夫だよと言いながら、わたしの手を握りしめた。

「これから倒せるようになればいいよ。だって、まだまだ成長途中なんだもん」

「……そう、だよね」

 わたしは、まだまだこれからだよね。

「だからほら、応援のためにもタンパク質多めの食事を追加で作ってきたの」

「え、リリカに……!?

「私もほとんど同じメニューだから、安心してね」

 さっきから何を持っているんだろうと思っていたら……! まさかの、わたしへの差し入れだったらしい。

 いつも調理部で作ったものを改めて作って来てくれるからちょっとそうかもしれないと思っていたけど……誰か好きな人が出来て、その人のためになのかなとか思っちゃってた。

 それに、お菓子とかじゃなくて本格的なおかずなのははじめてかもしれない。

 とにかく、さっきの一緒に頑張っていこうって言葉よりも驚きが強い。

 そこまでしてくれるなんて、ルルカってなんて優しくてすごいんだろう……すごいことだけど、これは優しさなのかな? そうだよね?

 なんだか、頭が混乱しそうになる……。

「そ、そんなのあるって思ってなかったから普通にお弁当持ってきちゃったよ」

「大丈夫! いつものお弁当にプラスするって想定で作ってきたから。……リリカがいいんなら、明日からはお弁当を丸ごと作ってくるけど」

「そ、それはいくらなんでも申し訳ないよ……!」

 ルルカなら本当に作ってきそうなのは、もはや怖いって言っていいかもしれない……。

「でも、強くなるためには食事からって言うじゃない?」

「そうなの?」

「そうだよ。運動部が、食事も修行って言ってるの聞いたことあるし」

「そ、そんなことってあるの……?」

 本来なら楽しいはずの食事が、修行になるなんて……。

 運動部って、なんて過酷なんだろう。

 そして、これからはわたしの食事も修行に……?

 そんなわたしの表情を察したのか、ルルカは大丈夫だよと言った。

「言葉のあやで修行って言っただけだから、無理しなくていいんだよ。このメニューも、おいしく作ってあるつもりだし」

「で、でもそれだけじゃ強くなれないっていうのも事実だし……」

 食事で強くなれるってことに実感はなかったけど、強くなるためにはどんなこともしたくて、わたしはそう言った。

「じゃあ、ゆっくり修行にしていこうか」

「ゆっくり、修行に……?」

「そう。段々量を増やしたりしていくの。それなら無理もなくていい感じでしょ?」

 それなら、ルルカの言う通りいいのかも。徐々になら、私も頑張って料理を覚えることが出来るかもしれないし……。

 全部ルルカに作ってもらうなんて、いくらなんでもずうずうしいもんね。

「じゃあ、後でどうやって作るのか教えてほしいな」

「えっ」

「え? リリカ、変なこと言ったかな……」

 そんなつもりはなかったんだけど、そうじゃなかったらどうしてルルカは驚いているんだろう?

「いや、変なことじゃないけど……私が作ってこようとしてたから、ちょっと残念だなって思って」

「そ、そんなの大変だよ!」

「大変ではないよ? 私のお弁当と一緒に作ってくればいいわけだし」

「お……お金だってかかるよね?」

「他にお金を使うこともあんまりないし……それにリリカがしく食べてくれるなら、それが一番うれしいから」

 ……いつも、そう言ってくれる。ルルカの表情を見るに、本心なんだろうってことも分かる。それでも、申し訳ないことには変わりはなかった。

「……そんなに気を遣ってくれなくてもいいんだよ」

 ふと、口にしてしまった。自分でもつぶやいているのかどうか分からないくらい小さな声だったから、聞こえないと思っていた。でもどうやら、ルルカには聞こえていたらしい。

「気を遣ってなんてないよ。ただただ、リリカのことを思って何かするのが好きなだけだよ」

「リリカが、どこまでも頼りないから……?」

 また、言うつもりなんてないような言葉が口から出てきてしまった。

「そんなことないよ!」

 ルルカは、真剣な表情で否定する。そういえばルルカは、わたしが委員長に立候補した時も迷惑じゃないよって言ってくれたっけ……。

「そ、そうだよね……」

 そんなルルカを相手に、わたしは何を言っているんだろう。

 ルルカにこんなことを言っても、どうにもならないのに。こんな八つ当たりみたいな、するべきじゃない。

 謝らなきゃいけない。

 それなのに、わたしの口からは謝罪の言葉が出ていかなかった。

 まるで喉でき止められているみたいで、すごく気持ち悪い。

「……そろそろ戻ろうか」

「そ、そうだね。おなかいちゃった……」

 ルルカに促されて、クラスに戻ることにした。

 気を遣ってそう言ってくれなかったら、昼休み中ずっとあの教室にいたかもしれない。

 ……そのほうが、良かったのかもしれない。

 結局、帰りの廊下でも二人とも無言だった。

「あ、ルルカ! ごめん。数学教えてくれない? 五限目の分やってなくて……」

「分かったよ。ご飯食べてからでいい?」

「もちろん! 待ちますとも!」

 教室に入った瞬間、ルルカにかけられた同級生の声にどこか安心してしまった。

 魔法少女を一緒に頑張っていこうと言われた時は、とても嬉しかったのに。

 今は、よく分からない。言ってもどうにもならない、本心なのかどうかも分からない言葉でルルカを困らせたりしてしまう。こんなに性格が悪かったかな、わたし……。

 わたしは、一体どうしちゃったんだろう。


   ○


 明日は、待ちに待ったルルカとのお出かけの日だ!

「楽しみだなぁ!」

 ルルカのオススメだっていうスイーツのお店へ一緒に行こうっていうのを前から話していて、ようやく二人の予定が合って行けるようになったんだよね。

 ちょっと最近は色々あったから、ルルカから誘ってくれた時はすごくうれしかったなぁ……。

 そして今日の夜は、写真共有SNSのミンスタにあるメニューの画像を見てドキドキしていた。

 味も色も様々なケーキがきれいに並べられていて、見ているだけで楽しくなってくる!

 ルルカ自身が料理じようずだからか、それとも友達が沢山いるからか、こういうお店の情報を見つけるのもすごくいんだよね。

 わたしはそういうのってあんまり得意じゃないから、素敵だなっていつも思う。

 お料理の写真を撮るのも、得意だし。時々部活で作った料理を見せてもらう時があるけど、まるでカフェのメニューみたいで素敵なんだよね。

 本人はあんまり注目を浴びたくないからって言ってSNSにはあげてないようだけど、そういうのをうまく使いこなしてる子には羨ましがられてたっけ。

 ……そういえば前に写真の上手い撮り方のコツを聞いてみたら、なんだか慌ててたような?

 いつもなんでも分かりやすく教えてくれるルルカでもそんな反応をすることがあるんだって驚いたから、記憶に残っている。

 でももしかしたら、秘密だから知られたくなかっただけかも。

 勉強とかと違って、身につけようと思っても身につくものじゃないだろうし……。

 それなのにせっかく覚えた技術を、簡単に人に教えられるわけないよね。

 それくらい、すごいし。わたしが軽率だったかも。今更謝られても困るだろうし、今度から気をつけよう。

 いつまでもミンスタでケーキを見ていたかったけど、明日には実物を見られるんだし食べられるんだと自分に言い聞かせてベッドに入った。


   ○


「うーん……まだちょっと眠いかも」

 興奮が収まらないまま目を閉じたからか、夢の中でケーキに埋もれていたような気がする。そのせいで、よく眠れなかったかも。

 でも楽しみだったから、なんとか早く起きられた。

 こういう時は、早く起きられるんだよね。学校に行かなきゃいけないって時に限って、起きたくないって思って布団に入り込んでしまうってだけで……。

 ううん! 今日はこれから楽しいことしか考えないぞ!

 せっかくルルカと遊ぶんだから、笑顔でいたい。学校のことは、今は忘れてしまおう。

 支度を済ませてから待ち合わせ場所である駅に向かうと、既にルルカが待っていた。

 いつも早めについているはずなんだけど、ルルカより前に来られたことがない。

「おはよう、リリカ」

「おはよう。ルルカ! 今日も早いね?」

「リリカと行くのが待ちきれなくってさ」

「そ、そうなんだ。リリカも楽しみにしてたよ」

「そっか。うれしいな」

 今日は早めについたと思ったんだけど、ルルカのほうが先についていた。

 頑張って早起きしたのに……まるでわたしが家を出る時間を知っているみたい。

 ……そんなわけないよね?

 ルルカがそんなことするわけないし、変なことを考えるのはやめよう。

「それじゃあ行こうか」

「うん!」

 駅から電車に乗って、カフェの最寄り駅まで行く。学校に行く方向とは反対だから、ちょっとドキドキする。向かっている間も違和感なく話を続けることが出来て安心した。でもこれもきっと、ルルカが気を遣ってくれている結果なんだろうな……。

 ルルカはやっぱり口ではそんなことないって言うと思うけど、わたしとしてはどうしても気になってしまう。

「リリカ、どうしたの?」

「な、なんでもないよ! ちょっと昨日は楽しみで眠れなくって……寝不足なのかも!」

 とつに否定してしまった。

 でも寝不足かもしれないことは本当だから、うそはついてない、よね?

 ルルカはそんなわたしを見て、穏やかに微笑ほほえんだ。

「リリカ、かわいいね」

「え、なん、え!?

「慌ててるところもかわいい」

「ほ、褒めても何も出ないよ……?」

「なにかほしくて褒めてるわけじゃないよ。本当にかわいいからかわいいって言ってるんだよ」

「う、うう……」

「ふふ、リリカったら照れちゃって」

 女の子同士でかわいいって褒め合う文化があるっていうのは分かるし、わたしも時々そういう文化のもとで褒め合うこともある。

 けど、ルルカのそれはすごく真剣で思わずドキドキしてしまう……。

 他の子の時はもっとこう、冗談というか、楽しいノリなはずなんだけど……本気でかわいいって思われてるのが伝わってくる。

 だから、自分の顔がになるのが分かった。

「そ、それを言うならルルカのほうがかわいいよ」

「そうかな?」

「うん。そうだよ。そうに違いない!」

「ありがとう。リリカにそう思われてるっていうのが、一番うれしいな」

 余裕の笑みで返されてしまった。照れてしまった自分が恥ずかしくて、また顔が赤くなるのが分かる。今のルルカには、何を言っても自分が恥ずかしくなるだけだろう。そう思ったわたしは、しばらくの間黙っていた。

 やがて目的の駅につくのを知らせるアナウンスが流れた。それからすぐに、駅につく。

「着いたよ。降りようか」

「う、うん!」

 降りてから吹いてきた風が、った顔に気持ち良かった。

 それから駅から出て、目的のカフェに向かう。カフェは駅を出たらすぐのところにあって、オシャレなテラスがまず最初に見えた。まだ混む時間じゃないのか、テラスには人はいなかった。

「せっかくだし、テラスで食べようか?」

 ルルカはそう提案してくれた。

 風は吹いているけれど気温が高いおかげか寒くないどころか、むしろ気持ちいい。ここでケーキを食べたら、きっといだろうと思えた。だからわたしはうなずく。二人でテラス席に座ると、タイミングよく店員さんが現れた。お水とメニューを置いて、注文が決まったら呼んでほしいと言うと、そのままお店の中に入って行った。

「どれにする?」

 メニューを開きながら、ルルカが聞いてくる。

「うーん……」

 事前にミンスタを見てたのは、頼むものを決めるためだったんだけど……ミンスタにはないメニューもあって、どれを選べばいいのか分からなくなる。

 こんなにしそうなものがたくさんあるなんて……うれしいけど、お小遣い的にもおなか的にも一個しか頼めそうにないから、ものすごく悩んでしまう。

「ルルカはもう決まったの?」

「うん、一応はね。……リリカはどれで悩んでるの?」

「えっとね、飲み物は決まったんだけど……こっちのショートケーキと、こっちの桃とリンゴのタルトで悩んでる」

「じゃあ、その二つを頼もうか」

「え、なんで!?

 ルルカは先に注文が決まったって言ってたから、食べたいものがあるはずなのに。

「ちょうど私もその二つが食べたかっただけだよ」

「……本当に?」

 明るい笑顔で言われるからそうなんだって言ってしまいそうになるけど、今回ばかりは疑ってしまう。こんなにたくさんメニューがあるのに、ピンポイントで二つを選ぶのはちょっと難しいんじゃないかな……?

「本当だよ。あれじゃない? 一緒にいる時間が長ければ長いほど、趣味こうが似通ってくるって言うから、それだと思う」

「なるほど……?」

 そんな話があるんだ。聞いたことがなかったから驚きだ。

「でも、そうだったら嬉しいね」

「う、嬉しい? 本当に?」

「うん。だって、ルルカと好きなものが一緒になれるってすごく嬉しいよ」

「わ、私も嬉しいよリリカ!」

 いきなり手をつながれて驚いたけど、そんなに喜んでもらえるとわたしももっと嬉しくなる。もっと繋いでいたかったけれど、しびれをきらしたのか店員さんがやってきて、恥ずかしくてその手をほどいてしまった。ルルカも名残なごり惜しそうな顔をしていたけど、同じように恥ずかしいのかすぐにメニューに向き合って注文をしていた。

「ショートケーキと、桃とリンゴのタルトをお願いします」

 やがて注文を聞き終わった店員さんは、メニューを持って再びお店に入って行った。

「楽しみだね、リリカ」

「そうだね、ルルカ」

「ふふ、こうやって呼び合ってると、なんだか双子みたいじゃない?」

「な、名前が似てて姉妹っぽいといえばそうだもんね」

「そうそう。委員に決まった時に、そんな話をしたよね」

 そんなたわいもない話をしていたら、いつの間にか時間がっていたらしい。店員さんによって、ケーキと飲み物が運ばれてきた。

 間近で見るケーキは写真よりもずっと素敵でしそうだった。

「美味しそう……!」

「本当に美味しそうだしれいだね。写真に撮る?」

「あ、えっと、リリカって写真撮るの苦手だから……」

「そっか。まぁでも、こういうのって美味しく食べるのが一番だから、無理に写真を撮らなくてもいいかもね。リリカはどっちから先に食べる?」

「そ、それはさすがにルルカが決めていいよ」

「そう? じゃあ、タルトのほうからいただくね」

 そう言うとルルカは、いただきますと手を合わせてからタルトを口にした。

 つられるようにしていただきますと手を合わせてから、わたしもショートケーキを口にする。

「お、美味しい……!」

 思わず笑顔になってしまう美味しさだった。ルルカもそうかなって思って顔を見ると、ルルカもまた笑顔になっていた。なんだかうれしくなる。

「本当に美味しいね」

「うん! 美味しい!」

 それから飲み物も飲みながら、ゆっくりと食べ進めた。

「リリカ」

「ん? どうしたの?」

「あーん」

「え、ええ!?

 ルルカからタルトの乗ったフォークを差し出されて、わたしは戸惑ってしまう。

 どうやって二つを分けっこするんだろうとは思っていたけど、そんなやり方だったとは思わずに静止してしまう。けれど食べないまま落ちたら困ると思って、わたしはゆっくりとタルトのフォークに顔を近づける。そこでまたためらってルルカのほうを見ると、まるで食べてくれないの?と言いたげに眉を下げた表情と目が合った。

 悲しませるわけにはいかず、わたしは一気にタルトを食べた!

「こ、こっちもしいね!」

 出来るだけあーんされたっていう事実に触れないように、味の感想を言う。

 こんな状況でも美味しいと思うくらい、ここのケーキは美味しいらしい。

 ドキドキが止まらない。

 このくらい女の子の間では普通なのかもしれない。だとしても、恥ずかしいものは恥ずかしい……! ルルカがなんでもないような表情をしているから、照れているのは自分だけだって分かると、もっと恥ずかしい。

 照れてしまう自分が変なのかな?

「私もショートケーキ食べたいな」

 ルルカが、そう言った。それはつまり……あーんをしてほしいってことなんだろう。

 そりゃああーんしてもらって食べさせてもらったから、返さないとおかしい。

 でも、恥ずかしさで頭が混乱しているわたしにはどうするべきか分からない。

 しばらく固まっていると、ルルカはまた眉を下げて切なそうな顔になる。

 そんな顔をさせているのはやっぱり自分だと思うと恥ずかしさ以上に申し訳なさが上回った。だからわたしはフォークを手にショートケーキの一部をすくって、ルルカのほうに差し出した。それをルルカは、丁寧に口の中に入れる。

 その瞬間に目が合ったルルカは、すごく魅力的というか……男の子だったら一瞬でハートを撃ち抜かれているだろう表情だった。わたしにそんな表情を見せてしまっていいんだろうかと、変に心配になってしまった……。

「タルト、もう一回あーんしようか?」

「こ、今度また来て、その時にじっくり食べようかな……」

「そう? じゃあまた今度も一緒に来ようね」

「う、うん!」

 そんなこんなで、ゆっくりとケーキを食べた。

 途中で「あーん」をされた時は本当にどうなることかと思ったけど……二つのケーキを味わうことが出来たから、良かったかも。……でも、やっぱり外だから恥ずかしい!

 そんなこんなで食べ終わってゆっくりしていたところに、着信音が響いた。わたしのは鳴っていないから誰のだろうと思っていたら、ルルカがスマホを出していた。出した途端に、ルルカにしては珍しく焦ったような表情になった。それから、ルルカは手を合わせて頭を下げてきた。

 なんで!?

「ごめん。弟から電話がかかってきちゃった。長くなりそうだから、ちょっと離れたところで話したいんだけど……」

「分かった。リリカ、一人で待てるから大丈夫だよ」

 そんなことなら、頭を下げる必要なんてないのに。

「そう……?」

 ルルカは心配そうな顔をしていたけど、わたしは「大丈夫だから」ともう一度言って大きくうなずいた。

「じゃあ、ちょっと行ってくるね」

 言いながら、スマホを手にルルカは離れていった。

 テラス席には他に誰もいないから、わたし一人になる。柔らかい日差しが気持ちいい。天気がいいから、こうやってテラス席で座っていても寒くない。寒いと座りたくないから、この時季の特権だなぁ……。

「お待たせ」

 その女の人は、自然にルルカの座っていた席に座った。

 それはとても違和感のない動作で、わたしは一瞬だけルルカが戻ってきたのかと勘違いしたくらいだ。

「ルルカ、もう電話終わった……の……?」

「残念、ルルカチャンじゃないよ♥」

 けれどそれは間違いだった。わたしは、思わず身構える。

 その女の人は、とても……刺激的な格好をしていたからだ。思いきり露出をしているというわけではないのに、とても近寄りがたい雰囲気をまとっている。テラスの前を通っている人もかれているのか引いているのか、チラチラとその人を見ている人が多い。

 でもそんな格好をしていなかったとしても、いきなり知らない人であるはずのリリカたちのテーブルに割って入って来るような人はちょっと怖い。

 それに、向こうはこの場にはいないルルカの存在を知っているのだ。一方的に知られているだけっていうのは、嫌でも警戒してしまう。

「このお店って、飲み物もしいね。若いのにセンスあるじゃん」

 言葉の通り手にはお店のドリンクカップを持っていて、顔には友好的な笑みが浮かんでいる。

 改めて聞こえた女の人の声に、なんとなく聞き覚えがあった。いつだったかは思い出せないけど、魔法少女として変身している時に聞いたような……?

「まだ思い出せないの?」

 女の人はじれったそうに、でもどこか不満そうにそうつぶやいた。

 そして、服をめくった。

 思わず手で目を覆ってしまうが、指の隙間から見えたのは見たことのあるしよくしゆだった。

「あ、貴方あなた、まさか……!」

「ようやく気づいた? アタシがディジェネレーターだってことに」

 わたしには、ディジェネレーターの怪人としての姿で見えるようになった。しかし周りの人はなんの反応もしていないので、特殊な力が働いているんだろうか。

 もう、このくらいのことじゃ驚かなくなっちゃった。これも特別になってきているってことなのかな……?

「あなたって、多分特別になりたいのよね」

「な、なんでそんなことを……?」

「あら、図星なの?」

 本当にそうなので、何も言い返すことが出来ない。怪人はフフフッと、妖艶に笑う。

「そうじゃないと、あんなに必死に戦ったりしないわ。すぐに魔法少女を辞めていく子なんて、それこそ数えきれないくらいに見てきた。普通そうよね。自分で望まないのに、戦いたい女の子なんていないってば。あのマスコットもバカだよねー」

 ものすごく挑発的なことを、息継ぎなしで言ってのける。ふるふるとスマホが震えているように見えるのは、きっと気のせいじゃないんだろう。

 怪人は口を開いて、更に続ける。

「ねぇ。学校って、本当に必要?」

「ひ、必要だよ!」

「どうして?」

「え、っと……」

 とつに肯定の言葉が出てきただけで、どうして必要なのかと言われるとなにも言い返せない。

 それを向こうも分かっているのか、声をあげてキャハハと笑った。こちらをからかって遊んでいるみたいな笑みだ。うぐぐ……。

「本当に必要って言い切れるの? どうして必要なのかも、答えられないくらいなのに」

「そ、そうかもしれないけど……」

 ここで簡単に納得してしまってはいけないような気がした。だから頭を使って、必死に否定しようと考える。

 こういう時にルルカがいてくれたら良かったんだけど……そんな思いを振り払って、頭を使い続ける。

 このくらいのこと、リリカだけで乗り切らなくちゃ……!

 じゃないと、またきっとルルカに魔法少女はやめたほうがいいって説得されちゃう……。

 もう自分だけの特別じゃない魔法少女だけど……それでも手放すわけにはいかないと思った。

「それでも必要だよ。だって、みんな通ってる、し……」

 けれどわたしの頭には、せつなことしか思い浮かばなかった。理由にもなってない。

 向こうは一瞬だけぼうぜんとしてから、わたしの答えを鼻で笑った。

「あなたも含めた誰も彼もがなにも考えず、周りに流されてるだけじゃないの」

 周りに流されているという言葉に覚えがあり、それ以上の言葉をなにも言えなかった。

「大体、学校に行きたくない人間なんてこの世には数えきれないくらい居る。行きたくないあまりに、自ら命を絶つ人間だっているんだし」

「そ、そうだとしても……リリカは学校でルルカと友達になれた! 行かなきゃいいなんて思わない!」

「この……脳内お花畑!」

「お、お花畑の何が悪いの! きれいだよ!」

「ハァ……?

 あきれたような顔で、このまま襲いかかってきてもおかしくはない。

 念のために変身しようとしたところで、向こうの顔を含めた全身が近づいてきた。

 あつにとられてしまって、変身しようとしていたことも忘れてしまう。

「え、なに、どういうこと……?」

「戦いに来たわけじゃないから、変身は無しにして。どうせ、戦っても勝てないんだしさ」

「そんなの……!」

 反論しようとしたところで、向こうの顔がもっと近づいてくる。耳元に吐息が当たって、ちょっとくすぐったい……。

「こっち側に来たら、もっと簡単に特別になれるよ。難しいことなんて何にもない。すぐに強くなれる」

 耳元で彼女は、優しい声でそんなことを言う。すぐに強くなれる。魔法をまともに使えず、目の前の怪人すら倒せないわたしに、それはすごく魅力的に聞こえてしまった。

「ね」

 目があった。向こうの目は、すごく生き生きしている。特別であることを、思う存分おうしているようだ。

「誰もが死にたくなるような学校に通って、特別になれるの? その友達が、特別にしてくれるの? ……してくれないよね? それどころか、特別から遠ざけようとしているんだもんね?」

 そんな……何から何まで、お見通しみたいだ。

「アタシたちは、その特別になりたいって思いを否定したりはしないよ」

 言うだけ言って満足したんだろうか。そのまま怪人は、あとかたもなく消えてしまった。その場には、わたしだけが残される。耳元が変に温かく感じて、ちょっと気持ち悪い。

「あれ? リリカ、立ち上がってどうしたの……リリカ!? 何かあったの?」

 ルルカが、慌てた様子でわたしに駆け寄ってくる。

 その顔は、ひどく困惑していた。

「なんでもないよ……そんなに驚くこと、かな?」

「驚きもするよ。だって、ものすごく顔色が悪いんだもん」

 自分では自覚がなくて分からないけど、ルルカが言うならそうなんだろう。

「もしかして……連日の魔法少女としての活躍で疲れてる? だとしたらごめんね。連れ出しちゃって」

「そんなことないよ。違くて……」

「何かあったの?」

 素直に、さっきまであった出来事を話す気にはなれなかった。もしかしたら聞いていたかもしれないハピポンから話されるかもしれないけど、自分の口から話すだけの力がなかった。

 どうしてかは、分からない。分かりたくない。

「……今日はもう、帰ろうか」

 なにも言わないわたしに対して、ルルカはそう言った。

 また、ルルカに気遣われてしまった。

「ごめんね、ルルカ……」

「どうして謝るの? リリカは、なんにもしていないのに」

「……ごめんなさい」

 心配そうな顔をしているルルカを相手に、そう繰り返すことしか出来なかった。


   ○


「学校に通っていても特別にはなれない、かぁ……」

 どんなに体調が悪くても、学校は待ってくれない。

 だから頑張って課題をしている最中に、怪人が言った言葉を思い出してしまった。

 例えば今のわたしみたいな状況〝体調が悪いのに、課題をしなければいけないようなこと〟が続けば、学校に行くのがおつくうになるだろう。

 最近は無理に学校に行かなくてもいいっていう風潮が出来てきてはいるけれど……その人の家族が、どう思うか分からない。もしも学校に行くことを絶対だと考えているんなら、にでも行くように言われてしまうかもしれない。

 さらにそんな状況がずっと続いたら……今度は、そんな家族がいる家にいるのが嫌になるだろう。

 でもわたしたちみたいな子どもは、泊まる場所も多くないしお金もそんなにはない。

 それなら……生きる場所がないと考えるのも、時間の問題かもしれない。

 とてもつらいことだけど、どこにでも起きていることだ。

 わたしは、そんな状況には今のところなっていない。

 おかあさんもおとうさんもそこまで厳しいわけじゃないから、理由を伝えて休みたいって言ったら休ませてくれるだろう。

 ……多分、そうであって欲しいって願望も入ってるけど。

 だからっていっても、やっぱり特別にはなれない。

 に学校に通っても成績はそんなに良くならないし、人付き合いだって得意じゃない。

 体育だって苦手じゃなくなったけど……くなれたかっていうと、そうでもない。

 それに、そんなわたしが上手くやれているのはルルカのおかげだ。

 自分の力じゃない。

 自分一人で、今ほど上手く出来ていただろうか……?

 いや、そんなはずはない。

 体育は苦手だったし、元々の友達は少なかった。それに中学校にあがってからは、その子たちと話すこともなくなってしまった。

 そんな事実を思い出して、わたしはゾッとした。

 わたしは友達だと思っていたけど、向こうからしてみればそうじゃなかったのかもしれない。

「友達すら、作ることが出来ない……」

 ある意味では、特別ともいえるだろう。でも、わたしがなりたい特別はそんなものじゃない。もっとキラキラしてて、誰からも慕われてて、なんでも出来る……。

 ルルカのことだ。ルルカはもう、特別すぎるくらい特別だ。どうやればそうなれるのか、よく分からない。いや、まったく分からないわけじゃない。ただ、同じことをしてもわたしでは届かないだけだ。

 同じことをしているんじゃ、ダメなのかな……。

 そこで魔法少女とは違う、向こうのことを考える。

 向こうって、ディジェネレーターのことだよね……?

 今よりも特別になれるのは、間違いないだろう。圧倒的な力は、それだけで特別だ。それが簡単に手に入るんなら、ディジェネレーターとしてやっていく子がたくさんいても、おかしくはないだろう。

 それこそ、魔法少女よりもずっと……。

「ん? なんだろう?」

 そばに置いていたスマホから通知の音がしたので、手に取って開いた。

 そこにはハピポンがいた。

 普段だったら驚いていたかもしれないけど、今のわたしにはなんとなく予想できていた。だから驚かない。

「リリカ」

 そう声をかけてくるハピポンの表情は、いつになく真剣だった。

 こんなに真剣な表情は、見たことがないかもしれない。

「どうしたの?」

「ないと思うけど、ディジェネレーターになっちゃダメだヨ」

「……どうして?」

 わたしは、素直にうなずくことが出来なかった。

 ハピポンは出会ったときに見せたような、苦虫をみつぶしたような顔になる。

「ディジェネレーターになるってことは、普通の生活には戻れなくなるってことダ。強い衝動に身を任せて、破壊の限りを尽くそうとすル……」

「でもわたし、性格が悪いから……そっちのほうが、向いてるかもしれないし」

 苦しまぎれで出てきた言葉に、自分で言いながら泣きそうになってしまう。

 素敵な魔法少女になりたかったはずなのに、どうしてこんなことを言っているんだろう。

 自分で自分が嫌になる。

 本当ならディジェネレーターにならないでって言われたら、すぐに頷かなきゃいけないのに。

「誰にだって、性格の悪い面はあるヨ☆」

「……そうかもしれないね」

「だから、性格が悪い面だけがリリカじゃナイ☆ そうじゃないノ?」

 なんだかハピポンらしくないくらい、優しい言葉だった。そこまで言われてしまったら、そうなんだろうと思わされる。

「うん……ちょっと落ち着いたかも。ありがとう」

「どういたしましテ☆」

 とりあえず、ディジェネレーターになるのはやめようと思えた。ルルカに迷惑をかけちゃうだろうし、おかあさんとおとうさんに心配をかけたくないし。

「でも、ちょっと魔法少女については考えさせてほしい」

「モチロン☆ 魔法少女については、本人次第だからね☆ でも、リリカの場合あんまり長いとどうなるカ……」

「……分かった」

 納得は出来なかったけど、ひとまずうなずいた。

「とにかく、無理だけはしないデネ☆」

「うん。ありがとう」

 わたしは出来るだけの笑顔で、もう一度そう言った。


   ○


 次の日。学校が終わってから、今日もまたルルカは早く帰ってしまった。

 もしかしたら、魔法少女として怪物や怪人と戦いに行ったのかも……? そんな、考えても仕方がないことを考えてしまう。

 帰る準備が整ったし、わたしも帰らないと。誰もいなくなった教室でカバンを手にそう思っていると、スマホから通知音が鳴った。

 もしかして……ハピポンからの通知だろうか。

 だとしたら、なんのためのなのか分からない。わたしはしばらく戦えないって、言ったはずだし……。

「……一応、見てみよう」

 万が一にもおかあさんからのメッセージだったら悪いから、スマホを見る。

 すると、慌てた様子のマスコットが現れた。

 どうやら予想は当たっていたらしい。でも、なんの用なんだろう?

「リリカ、お願いだから戦ってくれないカナ……!?

「え……?」

 マスコットの言葉に、思わず驚く。

 このおよんで、そんなことを言われるとは思わなかったからだ。

 けれど、そのお願いには応えられそうにない。

「ちょっと今は、戦えるかどうか分からないから……」

「それが、今回現れたのはこの前カフェで接触してきたディジェネレーターの怪人で……向こうがリリカを呼んでるんダ」

「え?」

 どうして、その怪人はわたしを呼んでいるんだろう。

 嫌な予感がして、スマホを握る手に変な力が入ってしまう。

「既にルルカが戦って、善戦してるんダケド……二人で来てくれないと、街を破壊し尽くすって言ってテ……」

「そんな!」

「実際、ルルカを相手にしているというよりも建物なんかに危害を加えている割合のほうが多いんだネ……」

 マスコットは、言いづらそうにそう言った。

 そういうことなら、行くしかないのかな……。

 でも、魔法少女としての覚悟が決まっていない今のわたしに、戦うことが出来るんだろうか。そもそも、変身だって出来るか分からない。

 それなのに行って……ルルカの邪魔になったりしたら、嫌だ。

「というかルルカが善戦してるなら、リリカが行く必要なんてないんじゃ……?

「今のルルカは、リリカがいないことで不安定にもなっている。あの子は魔法少女としての適性が高い分、ディジェネレーターとしても適性が高いんだ。だから……」

「ルルカが、ディジェネレーターに……?」

「もしかしたらの話だヨ」

「そんな……」

 そんなわけない。ルルカは、誰かのために一生懸命になることが出来る子だ。それなのに、人に危害を加える、自分勝手なディジェネレーターになるわけがない。

 けれど、わたしがいなくて不安定になっているという言葉が気にかかった。

 ハピポンが言うならその通りなんだろうし……心配になってしまう。

「……とりあえず、行ってみるだけ行ってみるよ」

 悩んだけれど、行くことにした。向かっている間にルルカが相手を倒すか、相手がいなくなっているっていう可能性もあるし、そうなってほしいと信じながら向かおう。

「そウ! 良かっタ! それじゃあ、行こうカ??」

 一転して明るくなったハピポンにつられて、急いで現場に向かう。

 向かっている途中に、何度も行くのをやめようと思った。嫌な予感が、どんどん大きくなっている。怖い。邪魔になるだけですまなかったらどうしよう。

 色々な不安が、頭をよぎる。

 けど、ルルカが心配で結局来てしまった。

 ハピポンの言っていた通り、街のお店や建物なんかが大きく壊されている。でも、辺りに人はいなかった。大通りだから、人がいないということはないだろうし……ルルカが守りながら避難させたのかもしれない。

 さすがルルカだ。そういうところまで、抜かりはないんだろう。

「やっと来た! 遅いんだけど!?

 その声で、ハッとして上を見た。空中にディジェネレーターの怪人が浮かんで立っている。まるでゲームの中の敵みたいだ。

 それに挑んでいるルルカは、その上で人々を守りながら戦えるルルカは、なんてすごいんだろう……そんなことを考えるべきじゃないって分かってるのに、頭の中ではなんて特別なんだろうとため息混じりにそのすごさに驚いている。

「……リリカ!? もう! 呼ばないでって言ったのに!」

 わたしに気付いたルルカが、そばを跳ねていたハピポンにそう叫ぶ。

 ハピポンはルルカに対して悪びれた様子もなく、怪人に問いかける。

「さァ、リリカを連れて来たヨ。だからこれ以上の破壊はやめロ!」

「はいはい。素直にご苦労さん。じゃあ、ちょっとルルカチャンには止まってもらうことにして……」

「そんなこと、出来るわけない!」

「出来ちゃうんだな、これがさぁ!」

 怪人は一際大きな光を放つと、それにルルカが包まれてしまった!

「ルルカ……!」

 次の瞬間、大きな爆発音が鳴り響く。

 目と耳を開けていられないような爆風に、心臓が速く鳴っているのがわかる。

 怪人って、こんなにごわいんだ……。わたしじゃ、絶対にかなわない。ルルカなら敵うって思っていたのに、こんな状況になっちゃうなんて……。

 来なきゃ良かったかもしれない。でも、どうしたら良かったの。

 ぐるぐると、頭の中で嫌なことが回っていく。

 その間に、いつの間にか怪人が目の前に立っていた。

 怪人はしよくしゆを見せつけるように出して、その力をアピールしているかのようだ。

 そんな怪人を挟んだ向こうに、傷ついたルルカの姿がある。魔法少女の力で守られているのか動けるようではあったけど、それでもつらそうだ。助けに行きたいのに、怖くて向こうに行けない。いや、そもそもわたしなんか行っても無意味なのかな……?

 怪人はわたしに対して、友好的な笑顔を向けてくる。

「もう一度聞くよ。ディジェネレーターは、特別になりたいって気持ちを否定しない。それどころか強大な力を手に入れてヒトのユメを食って、もっと特別になることが出来る!」

 怪人は、触手をわたしの手に絡ませてきた。それこそ、握手でもするみたいに。ヌルヌルとしていて、イカやタコみたいだ。こんなのが生えてくるなんて、確かに特別ではあるんだろう……。

「さっきみたいに、特別になることを否定する子を爆発させたりも出来る。すごいよね?」

 前のカフェで言われたことを繰り返されて、わたしは身構える。

「ディジェネレーターになろうよ。ねぇ?」

「そん、なの……」

 わたしはとっさに、何も言えなくなってしまった。ルルカのことが心配だ。どうしたら良かったの、どうしたらいいの。もう分からない。

「わたし、は……」

「時間切れ! もういいよ」

 しよくしゆは、わたしを地面にたたきつけた。

 変身していないわたしの意識は、ぼんやりとしていく……。


   ○


 何をもってして、人は特別になれるんだろうか?

 わたしにとって、ルルカは特別だと思う。

 でも、他の人にとってはまた別の人が特別で、ルルカのことをそんなに特別だと思っていないこともあるかもしれない。

 ルルカみたいな、特別としか思えない子だって普通だと思われることもあるはずだ。不思議に思えるけど、無理がある話じゃない。

 じゃあ、どうやったら特別になれるんだろう?

 そもそも、特別ってなんなんだろう?

 唯一ってことなんだろうか?

 だとしたら、誰かに優しいってことも頭がいいってことも、ましてや足が速いっていうのも特別じゃない。

 中学生のすごさっていうのは大人おとなにはかなわない。

 たとえ同じ中学生との間で比べたとしても、同じとしで比べたとしても、上には上がいるだろう。

 日本でトップだったところで、世界的に見ても速いとは限らない。

 誰かに優しい人は、いっぱいいる。誰かに優しくない人も、同じくらいいるだろう。

 唯一になることは、とんでもなく難しい。

 だって、魔法少女すら一人じゃないっていうんだから!

 だったらもう、唯一を探すことのほうが難しいだろう。

 だとしたら、わたしはこのまま一生特別になれないかもしれない。

 キュッと、心臓をつかまれたような不安が襲いかかってくる。

 でも、どうしてわたしは特別になりたいんだろう? いつから、特別というものに憧れているんだろう?

 ……あんまり覚えていない。

 それに、なりたい理由はひどく曖昧だ。そうなれれば、なんとなく世界が輝いてくれそうっていう、他の人に話したらきっと笑われちゃうような理由のためだけに、特別になりたがっている。

 だって、わたしには何にもない……。

 ……本当に、何もないんだろうか。

 本当に何もなかったら、魔法少女になれていただろうか。

 誰かを助けたいという気持ちが少しでもあったからこそ、魔法少女としてつらいことがあってもやっていけたんじゃないか。

 本当に何もなかったら、ルルカと友達でいられただろうか。

 ルルカがわたしのことを好きでいてくれるのは、わたしに何かがあるからなんじゃないのか。

 本当に何もなかったら、委員になろうなんて思わなかったんじゃないか。

 困っているみんなを助けたいだなんて思わないと委員にならないんじゃないか。

 困っている人を助けたいという、いわゆる優しい心がわたしにはあるんじゃないか!

 じゃあ今、頑張らなくちゃいけない!

 こんなところで、倒れている場合じゃない!


   ○


 目を覚ました。

 体も頭も全部痛かったけれど、それ以上に強い意志の力がわたしの中を巡っている。

「……お断りします」

 わたしは、重たい体でなんとか立ち上がった。

「は?」

「っわたしは、ディジェネレーターなんかにはなりません!」

「そう! 後悔しながら、もう一度倒れるといいわ!」

 怪人さんは口ではやっぱりと言いつつも、悔しそうな顔をしていた。

 もしかして、仲間が増えることを期待していたんだろうか。なんだか意外だ。

 けど……そんな『人を求める性質』がゆえに怪人にまでなってしまったのかもしれない。

 だとしたら、当然の態度にも思える。

 ……分からない。怪人になるまで誰にも助けられなかった子の気持ちなんて、わたしは分からない。

 分からないとしても、別の原因でそうなっていた可能性もある。

 それでもだからって、誰かを傷つけるなんてしちゃいけないことだ。

 それがまた、怪物を生み出すかもしれないから。

「どれだけリリカがダメだったとしても、助けたい人たちがいる。だから、リリカは、魔法少女としてあり続けたい!」

「よく言ってくれたネ! いやぁ、いい子が魔法少女になってくれて助かったヨ☆」

 タイミングよく、調子のいいことを言って現れたマスコットに苦笑する。

 この子はきっと、わたしが敵側に回っていたとしたら容赦なく倒しにかかってきただろう。そういう子だ。

 でも、わたしに力を与えてくれる唯一の存在でもある。

 だから、憎めない。

「ヨーシ! それじゃあ痛い一発、キメちゃおウ!」

「うん!」

 一発を決めるためにも、まずは変身しなくっちゃ!

「リリカル☆マジカル!」

 いつもより温かい光が、わたしを包み込む。やってきたステッキを、両手で力強く握りしめる。

「魔法少女リリカ! みんなのユメを奪うなんて、許さないんだから!」

 いつものように、名乗りをあげる。今日ばかりは、さまになっているといいなって思った。

 そしてステッキを構えて、勢いよく振りかぶる。ようやく慣れた動作だけど、さっきたんを切ったからか気分が高揚してるようにも思える。

 ここ最近はずっと魔法少女をやめようか悩んでいたくらいなのに。もしかしたら今が一番、魔法少女としての力がみなぎっている気がする。気がするってだけで気のせいかもしれないけど、せめてこの場が収まってくれれば……!

 そんな思いを込めて、光を怪人に放った!

 いつもよりも大きな光が、怪人のほうに飛んでいく!

「え、そんな、聞いてない……!」

 その光は、怪人に見事にヒットした。

 それから怪人は、これまでの怪物と同じように砂になって消えるかと思った。

 けれど、彼女は砂になる寸前で力を振り絞るようにすると、そのまま消滅せずに元の姿を維持した。

 まるでこちらをにらみつける力だけで、とどまったみたいな激しい表情に、思わずひるんでしまう。

 それから攻撃されるかと思ったら、彼女はどこかに行こうとした。

 これ以上被害を広めるわけにはいかないから、追いかけようとする。

「深追いしなくていいヨ」

 そんなわたしに、ハピポンが声をかけた。

「あそこまで力を失ったディジェネレーターは、どっちみち砂になって消える運命ダ。深追いするほうが危険だから、やめておこウ」

「そうなの……?」

 わたしの問いかけに、マスコットはうなずいた。

 そういうことならばと、わたしは追いかけるのをやめた。

 途端に、その場に倒れ込んでしまった。

 それくらい、頑張ったってことだよ、ね……?

 今この瞬間は、わたし、すごく頑張ったよね……!

「お疲れ様ダヨ───!

 マスコットは、真っ先にわたしのところに飛び込んできた。

 途中まで諦めてそうな顔をしていたのに、なんて調子がいいんだろう。

 しかしそれをとがめることも出来ず、自分のスマホをでることでマスコットを撫でるフリをした。

「助けてくれてありがとう。フフ、おねえさんうれしいな」

「はぁ~! 本当に助かったー! ありがとう!」

「ありがとう……嬉しい」

 そこには、三人の女の子がいた。それぞれ知的なお姉さん風の子、活発そうな子、静かに頭を下げている子と個性がバラバラだ。

 しかも同じ制服を着ているから、どうやら同じ学校の生徒らしい。もしかしたら有名な子も交じっているのかもしれないけど、わたしには分からないや……。

「あれ? でも今は普通の人だったら、気を失っているはずじゃ……」

「この三人は、魔法少女としての適性がありそうなんだよネ☆ だから自由に動けるんだヨ☆」

「え、じゃあルルカみたいに一緒に戦えるかもしれないって……こと……?」

 ルルカに同意を求めようと辺りを見回したのに、姿が見当たらない。

 どこに行ったんだろう?

「ねぇ、ルルカってどこに行ったか分かる?」

「もう一人の魔法少女? さっきあっちのほうに行ってたけど……何かあったの?」

「え!?

 一人の子は、わたしたちが来た方向とは逆の方向を指差す。

 どうしてルルカがそっちのほうに行ったのか分からなくて、首をかしげてしまう。何か急ぎの用事でもあるんだろうか?

 だとしても今行くだなんて、ルルカらしくないんだけど……。

「そういえばなんだかフラフラってしてたかもしれない。大丈夫なの?」

「だ、大丈夫じゃないかも……!」

 どこに行っちゃったんだろう! ルルカ!