第一章



 靴箱に、いつもよりゆっくり靴をしまう。混み合っていない時間だから、焦らなくていい。ちょっと気が楽になる。

 いつもは人がたくさんいるせいで、なかなか自分の靴箱にたどりつけない。それに後ろに人が並んでるから、変に焦って困っちゃうんだよね……。

 一番近くにある時計を確認すると、いつもよりも三十分早くついているみたいだった。

 廊下にはまばらに生徒がいるくらいで、いつもの道なのに全然違う感じがした。

 毎日狙ってるわけでもないのに時間ギリギリになっちゃうことで悩んでたけど……早起きすれば良かったんだ!

 早起きはそんなに簡単じゃなかったけど、こんなにゆっくりと朝が過ごせるんならこれからも続けたいな。

 焦ってドタバタすることもないし、ギリギリだからって先生に怒られることもない。それに、いつも早めに来ているらしいルルカと話したり出来るかもしれない。

 靴箱にルルカの靴があるのをさっき確認したから、登校しているのは間違いない。

 いつもみたいに、他の子と話してるかな。

 それとも、落ち着いて読書とか?

 ルルカのことだから、に予習ってことも考えられる。

「……これより早く起きてるルルカって、それだけでもやっぱりすごいなぁ」

 寮で暮らしてることを含めて考えても、ものすごい早起きなのには変わらない。

 まさしく優等生だ。そして、誰にでも優しい。

 さらに料理もくて、調理部の部長もしている。

 もちろんそれだけじゃなく、もっとたくさんある魅力が伝わって、ルルカはみんなから慕われている。

 そんなルルカを、わたしは本当に尊敬している。

 同じクラス委員としてわたしも頑張っているけど、追いつかないことばかりだ。

 いつか、ちょっとでも追いついてみたいな……。

 そんなことを考えているうちに、教室の前に来ていた。

 いつもなら騒がしい教室のはずなのに、今日は静かだった。教室の声とかが、廊下まで聞こえてこない。まるで誰もいない……それはいくらなんでも大げさかもしれないけど、そう思ってしまうくらい、本当に静かだ。

 戸を開けると、廊下と同じくらい人はまばらだった。

 けれどルルカは自分の席に座っていて、メガネをかけて本を読んでいた。真剣な顔つきに、思わず話しかけるのをためらってしまう。

 どうしよう。このまま一旦自分の席に行って、ルルカが顔を上げたら話しかけに来ようかな? でもそれだと、ずっと話しかけられないかも。せっかく早く登校してきたのに、話しかけられないのは、ちょっと寂しい……。

「リリカ、おはよう」

 そう思っていたら、ルルカのほうから声をかけてくれた。いつの間にか本は閉じて机の上に置かれていて、ルルカの目はまっすぐにわたしを向いている。

「ルルカ! おはよう!」

 ルルカが気付いてくれたのがうれしくて、ちょっと大きな声を出してしまった。教室にいた何人かが、一斉にわたしのほうを見る。みんな朝早く来る人だからかそうで、静かにしなきゃいけないんだと思った。

「あわ。あわわ……」

 わたしは申し訳ないやら恥ずかしいやらで、小さな声でごめんなさいと言うしかなかった。

 教室も、なんだかいつもと違うみたいだ。

 普段ならこのくらいの声量はおかしくないはずなのに、この時間帯だと目立ってしまうみたい。今度から朝早く来た時は気をつけなきゃ。

「いつもより早いね。どうしたの?」

「えへへ、いつもよりちょっと早起きしたんだ」

「そうなんだ。えらいね、リリカ」

「そ、そうかなぁ?」

 ルルカなら分かってくれると思ってはいたけど、本当に褒められると嬉しい。

「そうだよ。もっと言えば、これが長続きするといいけどね」

「が、頑張る!」

 暖かい時期ならともかく、寒い時期はベッドから出るのが大変そうだ。そういう時は、どうやって起きたらいいんだろう。

 ルルカなら、そういうことには詳しいかな?

「良かったら、明日から私が起こしてあげようか?」

 そう思っていたら、ルルカのほうから素敵な提案がされた。朝からルルカの声を聞いたら元気になるし、ルルカも頑張ってるんだからわたしも頑張らなきゃと思えるはず!

 でも、それと同じくらい申し訳ない気持ちもある。

「いいの? ルルカも、朝は忙しいんじゃない?」

「そんなことないよ。前の日に準備できることは、準備しておけばいいし」

「……そっか! 確かにそうだよね」

 わたしもそうしたはずなんだけど、朝になってちょっとごたごたしてしまったからよく分からない……。

 でもきっと、ルルカなら大丈夫なんだろう。やっぱり、ルルカはすごいなぁ。

「何時頃がいいとかハッキリしたら、またいつでもいいから連絡してね」

「うん。ありがとう。ルルカにモーニングコールしてもらえたら、きっと寒くなっても起きられるよ」

「まずは、その頃まで続けられるように頑張ろうか?」

「そ、そうだよね!」

 とりあえず、明日も同じように起きられるよう頑張らなくっちゃ!

「そういえばリリカ、ちゃんと課題はやった?」

「もちろんやってきたよ! 国語のワークでしょ?」

「え? 国語だけ?」

「え……?」

「数学もあったはずだけど……」

「う、うそ……!?

 一気に、頭が真っ白になってしまう。

 ちゃんと昨日、帰る時に確認したはずなのに。

 また確認不足だったの?

 これでもう、何回目だろう……。

 毎月ごとに、こんなことになっているような気がする。

「もしかして、やってないの?」

「ど、どうしよう、ルルカぁ……」

 思わず泣きそうになりながら、ルルカに助けを求めてしまう。

 確認を充分にしてなかったわたしが悪いんだから、自分でなんとかしなきゃいけない。

 それは、分かってるんだけど……!

 知らなかった宿題があったことでパニックになり、頭は真っ白のまま口走ってしまう。

「落ち着いて。まだ提出まで時間があるから、急いでやっちゃおう。問題集は持ってきてる?」

「う、うん……」

「じゃあ、一つずつやっていこう」

 ルルカに言われるがままに席について、数学の問題集を開く。

 思っていたよりもページ数が少なかったのもあって、朝の時間を全部使って終わらせることが出来た。

「ありがとう、ルルカ……!」

「どういたしまして。でも、リリカが頑張って朝早くに来たから間に合ったんだよ。良かったね」

「うん! 良かった!」

 二人でホッとしながら、いつものハイタッチをする。

「あのね、ルルカ……」

「なに? リリカ?」

「これからも早起き頑張るから、ルルカが出来る時には電話してくれる?」

「もちろんだよ。それに、宿題の確認も今度から一緒にしようね」

「そうする!」

 もっと、頑張らなきゃ!


   ○


「ん……?」

 なんだか聞き慣れた音が聞こえてくるような気がして、薄く目を開けた。

 自分の部屋の、白い天井が見える。

 閉まっているカーテンの隙間から、ちょっとだけ日の光が入ってきていた。

 何時間も転がって、すっかり温かくなっている布団の中が気持ちいい。

 その中からおそるおそる手を出して、音の鳴っているほうに手を伸ばす。

 意識がようやく覚醒してきて、スマホから音が鳴っているんだって分かった。

 それも、電話の音だ。

 こんな時間に、なんだろう?

 スマホの画面を、まだちょっとぼんやりした視界で見つめる。

 画面上には、ルルカの名前が表示されていた。どうしてルルカから、電話がかかってきてるんだろう。こんなに朝早くから、なにかあったのかな?

 ……まさか事故とか?

 だとしたら大変なことだ! 早くなんとかしないと!

 心配になって、急いで電話を受けた。

「リリカ、起きてる?」

「る、ルルカ……?」

 なにかあったにしては、声が穏やか過ぎるような……?

 だとしたら、なんだろう。今日は学校だから、特に待ち合わせとかはしてないはずだけど……もしかして、してたっけ? ダメだ。寝ぼけた頭じゃ、なんにも考えられない……。

「あ、なんで私から電話がかかってくるんだろうって声してる」

「うん。なにかあった……?」

「今日から私がモーニングコールすることになってたんだよ、リリカ」

「……あ!」

 そうだった! 今日からルルカに、モーニングコールをお願いしてたんだった!

 急いで布団から起き上がる。時計を見ると、まだ早い時間帯だった。

 こういうことがあると思って、早めに起こしてもらうように頼んだんだろう。

 過去の自分に感謝しつつ、口からはあんの息が出てきた。

 ルルカにならって荷物もまとめてあるし、今から起きても静かな時間帯のうちに学校につくことが出来るはずだ。

「リリカが頼んだのに、忘れちゃってごめん……!」

「大丈夫だよ。でも、絶対に二度寝はしないようにね。してる時は気持ちいいかもしれないけど、後からキツくなるんだから」

「うん、分かったよ」

 昨日も念を押されたことだから、気をつけなきゃいけない。

 でも、二度寝って確かに気持ちいいからしちゃいそうになるんだよね……。

 ルルカが口酸っぱく言うのも、それを分かってるからだろう。

「それじゃ、学校で待ってるね」

「うん! またあとで!」

 電話が切れてから、スマホを一旦机の上に置いて思い切り伸びをする。

 せっかく起こしてもらったんだから、今日も頑張らないと!


   ○


 ルルカの優しさで毎日モーニングコールをしてもらうようになってから、早起きの習慣が少しは身についた。

 朝の休み時間に、ルルカや他の朝早く登校してくる子達とちょっとしたことで話すのも楽しい。

 普段は話さない子たちとも話すようになって、なんだかちょっと不思議な感じ。

 改めてルルカは、色んな人とつながっているんだなと思わされる。

 わたしに友達がいないわけじゃないけど、ルルカは本当に誰とでも分け隔てなく話すことが出来る。

 それに、誰にだって優しい。

 だから、みんなルルカを慕っているっていうか。

 わたしが一番お世話になっているとは思うけど……。

 宿題だって忘れなくなったし……ちょっとはわたしにも余裕が出来てきたんじゃないかなって思う!

 たくさんわたしに優しくしてくれるルルカは、なんて素敵なんだろう。

 わたしには、もったいないくらい素敵な友達だなぁ。

 いつも、そう思ってしまうほどに素敵なんだ!


   ○


 ルルカのモーニングコールがなくても起きられるようにならなくちゃと思って、時折は自分一人でも起きるようになってきていた、ある日の学校。

 四時間目、体育の時間。

 その日は二人一組になって、ストレッチをする日だった。

 普段は動かさない筋肉も動かそうってことらしい。

 わたしは部活動に入っていないし特別な活動もしてないから、動かしてない筋肉が人よりも多そうだ。明日、筋肉痛にならなきゃいいけど……ちょっと心配。

「リリカ、一緒にやろう」

「うん!」

 すぐにルルカから声をかけられて、ペアになった。

 ルルカと一緒にクラス委員になって交流が始まってからは、よくペアになっている気がする。

 ルルカと一緒だと、先生からはあんまり教えてもらえない基本的なことを教えてもらえるからすごく助かる。

 それにもし失敗しても、次頑張ろうって積極的に励ましてくれる。だから、最近は体育の時間がそこまで苦痛じゃない。

 そっか……あんまり意識してなかったけど、そういえば前までは体育の時間って好きじゃなかったかも。

 く出来ないし、そもそも競技のルールがあんまり分かってないままやらされるし。

 それをルルカが変えてくれたんだ。

 改めて、ルルカってすごい。勉強だけじゃなくて、運動も出来るなんて。

「リリカ? どうしたの?」

 ルルカに下からのぞき込まれて、わたしがぼんやりしていたことに気付いた。

「あ、ううん! なんでもない!」

「そう? ならいいんだけど……」

 前のクラスが使っていたのか、既に敷かれていたマットの上に等間隔で座る。

 最初は、お互いの背中を押したり引いたりするストレッチだ。

 ルルカに促されて、わたしのほうが先に押してもらうことになった。

「最初はゆっくり行くよー」

「うん」

 言葉の通り、ゆっくり背中を押されて伸ばされる。

「どうかな?」

 普段はあんまり体を伸ばさないのもあって、ちょっと苦しい。

「だ、大丈夫だよ」

 けどすぐに苦しいっていうのは、なんとなく恥ずかしかった。

 だから強がってそう言うと、当たり前だけどもっと力強く伸ばされる。

「あ、えと、いた……痛い……!」

「え、うそ!? 大丈夫?」

 ルルカはわたしの言葉にすぐに反応して、ゆっくりと背中を元に戻してくれた。

 それから、心配そうに背中をさすってくれる。

「ごめん……最初の時点でちょっと苦しかったんだけど、ムリしちゃった」

「ムリしないでよ。心配したじゃんか」

 言いながら、ルルカに抱きしめられる。

 ……なんとなく、ルルカの体が熱くなっているように思えてしまう。

 体を伸ばしてムリをしたわたしの体が熱いんじゃなくて、ルルカの体が熱い。

 それに、息も荒くなっているような気がする。いつもバレーやバスケで激しく動いても汗なんてめつにかかないのに、どうしたんだろう?

「ルルカ、もしかして暑いの?」

「えっ、どうして?」

「なんとなく、体があったかくなってるような……」

 もしかしたらかもしれないと思って、ルルカの額に触れる。けれど、額はそんなに熱くなかった。

「大丈夫なの?」

「き、気にすることないよ。ほら、今日の朝ってちょっと寒かったじゃない?」

「そういえば……」

 急に寒くなったから、制服の上に何を着ていこうか迷ったんだった。

 でも今の時間は気温が高くなっているから、あんまり気にしてなかった。

「それで厚めのインナーを着てきたからかもしれない。いつもなら体育用に別のインナーも入れてるんだけど、今日は急だったから入ってなくて」

「そうなんだ。それなら良かった」

 ルルカでもそんなミスすることがあるんだなぁ。なんだか意外……。

「うん。次はおなかのほうを伸ばすけど、ムリしないでよね?」

「ほどほどに頑張るね」

 それから交互に体のそれぞれを伸ばしていった。

 わたしが触ったルルカの体はすごく熱くて、本当に風邪じゃないのか心配になるくらいだった。それに、目線もなんだか合わなかったし……。

 でも、念のため行ってもらった保健室で測った体温は正常だった。

 ルルカも元気だって言い張るし、まるでわたしの勘違いみたいだ。

 ……本当にただの勘違いだったのかなぁ?


   ○


 今日は生徒会の交流で、男子校の生徒の人たちが来る日、らしい。

 らしいっていうのは、まだ見かけてないから、本当にそうなのかイマイチよく分かっていないからだ。

 朝にそう聞いた時はこの学校に男子が来ることもあるんだって思ってちょっとソワソワしたんだけど……遂に放課後まで見かけることはなかった。

 この学校も結構大きいから、見かけない時は見かけないよね。いたとしたら制服が男ものってことで、きっと目立っているだろうし。……まさかこの学校のものを着ているから見つけられなかった、なんてことないよね? いくらなんでも、そうだったら困る。

 いや、わたしが困ることはないんだけど……これ以上考えるのはやめよう。

 今日は課題の量も多いし、早く帰って始めなきゃ。

「ね、ねぇ。そこのツインテールの彼女」

 そう思って校舎から出たところで背後から声をかけられて、一瞬だけ立ち止まってしまう。

 それは、明らかに男の人の声だったからだ。しかも先生とも違う、まだハリのある声。

 おそるおそる、後ろに振り返る。

 すると三人の男子生徒が、考えあぐねた表情で物陰に立っていた。

「えっ、え、なんで」

「あ、あれ? 聞いてない? 俺たち、生徒会の交流でこの学校に来てるんだけど……」

「あ、そ、そういえばそうだった……」

 どうなったんだろうって考えてたのに、いざ実際に遭遇すると挙動不審になってしまった。やっぱり、普段はいない男子生徒がいるっていうのはちょっと違和感がある。

 でも、どうしてこんなところにいるんだろう。

「いや、それが、ちょっと迷子になっちゃって。この学校、広くない?」

 そんなわたしの疑問を察したのか、彼はそう言った。この学校に通っているわたしでも分からなくなることがあるし、はじめて来た人ならなおさら分からないだろう。

「良ければ、案内してくれない?」

「それなら……」

「だったら、私が案内しましょうか?」

 いいですよとうなずこうとしたら知っている声が聞こえて、私の前に人影が現れた。いつも見るその背中は、まぎれもなくルルカのものだ。

 彼女は一度、目の前の男子生徒に会釈をしてから、わたしのほうに振り返る。

「リリカ、これから帰るところだったんだよね?」

「そ、そうだけど……案内くらい、リリカにも出来るよ?」

「知り合いの生徒会の人に、見つけたら生徒会室まで連れてきてくれって頼まれてるんだ。だから任せて」

「あ、そうなんだ……でも、それならリリカもついて行くよ。せっかく頼まれたのに、途中で投げ出すわけにもいかないし」

「そう……?」

 ルルカは一度、男子生徒のほうをちらりと見る。

「お、俺たちは案内してくれるんであれば誰でも何人でもいいですよ」

「それなら一緒に行こうか、リリカ」

 言われて、ルルカに手をつながれた。

「……う、うん!」

 ちょっとびっくりしたけどうれしいことではあったから、そのままわたしも繋ぎ返した。そのまま歩き始めたルルカにつられて、みんなで歩き出す。

 そういえば生徒会室って行ったことなかったかも。

 ルルカならきっと場所を知ってるだろうから心配はないけど、変にドキドキしてきた。

 付いていかないほうが良かったかな?

 でも、一応頼まれたのは頼まれたし……。

「リリカさんとルルカさんって、かわいいですね」

 どうしたら良かったのかを考えていたら、一人の男子生徒にそんなことを言われた。周りの男子生徒も、それに同調するようにうなずいている。

 嬉しい気持ちよりも、ルルカと一緒にかわいいって言われたことに驚いてしまう。

 ルルカはかわいいかもしれないけど、わたしは……。

「なに? ナンパなの?」

 ルルカはというと、ちょっと冷たい口調でそう言った。

 だろう。嫌な予感がする。

「そ、そんなんじゃないですよ! 素直な感想っていうか……」

「じゃあ、リリカのどこがかわいいと思う?」

「え、リリカさんの……?」

「答えられないの?」

 ルルカは立ち止まって、男子生徒の目をしっかりと見つめる。その目には、若干の怒りが浮かんでいた。

「……はぁ」

 大きなため息を吐き出してから、ルルカは口を開いた。

「生徒交流のために学校の代表としてわざわざ来てすることがナンパだなんて、恥ずかしいとは思わないの?」

「る、ルルカ……!」

 止めようとしたわたしが、逆にルルカに止められる。

「リリカ。こういう人たちにはしっかり言わないと、気の弱い子が狙われたりするんだよ。だから止めないで。ね?」

「う、うう……」

 そう言われると、なにも言えなくなってしまう……。

 それから再び口を開こうとしたルルカを前にした男子生徒が急いで謝って、これ以上こんなことはしないということを約束してから生徒会室に送り届けた。

 最初は元気そうだった男子生徒の顔が、徐々にしなびていくさまを見るのはなんだか可哀かわいそうだった。

 でも、しっかりと言いたいことを言うルルカはとてもカッコよく見えた。

 少しだけ怖いと思ったのも、事実だけど……でも、気の弱い子が狙われなくなるんなら大事なことなんだろう。

「リリカ、玄関まで送っていくよ」

 ……そう言うルルカは、もうすっかりいつもの笑顔のルルカに戻っていた。


   ○


 ルルカのモーニングコールがあっても、早起きがあんまりくいかなくなってきた、ある日の休み時間。

「ごめん。ちょっとお手洗いに行ってくるね」

 ルルカをはじめとした友達と話している最中に、一瞬だけ静かになる瞬間があった。

 そのタイミングを見計らって、わたしはそう切り出した。

「リリカ、一人で大丈夫?」

 みんなはさして気にしてないようだったけど、ルルカだけはすぐにわたしのほうを向いてそう言った。

 その言葉に、ちょっとだけほおが赤くなるのを感じる。

 もう中学生なのに、そんな心配をされるなんて。

 けれどルルカは、本当に心配しているようだった。

 ルルカがそんな風だから、周りもいつものやりとりのように見ていた。

 心配してくれているのに変に否定するのも気が引けて、「大丈夫だよ」と小さな声で返した。

「わたしは一人でも怖くないよ。この学校に入ってからは、怪談話なんて聞いたこともないし」

「あ、でも最近先輩たちがうわさしてたのをちょっと聞きかじった程度なんだけど……実は七不思議って、この学校にもあるらしいよ」

 人数の多い部活に所属しているからか普通の人よりも情報通なアイちゃんが、そんなことを言った。

「え、七不思議あるの?」

 キョウカちゃんが、その話に便乗する。

「うん。それもどうやら、お手洗いにまつわるものもあるみたいでさ……」

「えっ、うそ。そんな……」

 どんなものかは分からないけど、その場所にまつわる怪談話があるっていうだけで行きたくなくなってしまう。

 それにトイレなんて、怪談話の宝庫みたいなところだ。

 中でも小学生の頃にクラスで見ることになった怖いアニメに出てきた、赤いトイレットペーパーの話が頭をよぎる。

 いつもなら気にしていない、ただのトイレットペーパー。

 白いはずのそれが、もしも赤くなっていたら……。

「る、ルルカぁ……」

「なぁに、リリカ?」

「ルルカ、やっぱり一緒に行ってくれない……?」

 一度怖い光景が頭に浮かんでしまったら、それはなかなか離れてくれない。

 むしろ忘れようとすればするほど、脳裏にこびりついていくのが分かる。

 恥ずかしいけど、このまま一人で行ったらパニックになってしまうかもしれない。

 それで人を呼ばれて大騒ぎになるより、ルルカに頼ったほうがずっといい。

「うん、分かった」

 ルルカは、笑顔でうなずいてくれた。

「ありがとう、ルルカ……!」

 そ、それに、誰かと一緒にお手洗いに行くなんて、そんなに珍しいことでもなんでもない、よね……?

「今度ルルカがトイレに行きたくなった時は、リリカが付いていくからね!」

 廊下を歩きながら、ルルカに話しかける。

「え!?

「わわっ!?

 いつも落ち着いているルルカが大きな声を出したから、ちょっとビックリする。

 周りに人がいたら、きっと注目されてただろう。

 そんなに驚くような、変なことを言ったのかな……?

「お、お返しっていうか……一緒にお手洗い行くのって、変なことじゃない、よね?」

 確かめるように、そう聞いてみる。

「う、うん! 全然変なことじゃないよ! 今度! よろしくねリリカ!」

「うん。よろしくされるね、ルルカ」

 変じゃなかったことに安心した。

 でもさっきの大きな声といい、今の顔が赤くなっていることといい、ちょっと心配だ。

 この前の体育のこともあるし……。

 もしかして、疲れてるのかな?

 調理部の部長をやりながらクラス委員の仕事もこなしてるんだから、当たり前かもしれない。

 クラス委員の仕事、わたしだけでもしっかりやれたらいいんだけどな……。


   ○


 クラス委員の仕事として、教室の後ろにある掲示物の貼り替えを頼まれた。

 頼まれたのが放課後になる直前だったから、ルルカには調理部のほうに行ってほしくて、何も言わなかった。

 このくらい、わたし一人でだって出来るもん。

 先生は「いつもより量が多いから二人で分担するように」って言ってたけど……やることは今ある掲示物を取って新しいものを貼るくらい。

 一人でもコツコツやっていれば、そのうち終わるはずだ。

「……よし、頑張ろう!」

 今日は急いで帰る必要もないから、気をつけながらゆっくりやっていこう。

 うっかりがびようなんてしたら、ルルカに心配かけちゃうかもしれないし。

 どうして一人でやろうとしたのって、絶対に言われちゃう……。

 聞かれたら、きっとうそなんてつけない。

 ついたとしても、ルルカのことだから絶対に嘘だって見破られちゃうに決まってる。

 それで素直に言ったせいでクラス委員の仕事が必ずルルカを通すようになったりなんてしたら、ルルカの部活の時間が短くなっちゃう……。

 ルルカはそれでもわたしが怪我するよりはいいって言うと思うけど……こんなことも出来ないんじゃ、これからも足を引っ張るばかりだ。

 それに、いつも楽しそうに調理部のことを話してくれるルルカのことが好きなんだ。

 それを守るためにも、頑張らなくっちゃ。

 まずは今張ってある掲示物を全部取ってしまおうと、一つずつがびようを抜いていく。

 ちょっと力がいるし、落としたら危ないから慎重にやっていこう……。

「そういえば、普段あんまりこういうプリントって見ないかも」

 みんなが目を通さなきゃいけない大事なものは、大体の場合先生が持ってきて前の黒板に張っている。

 ここにあるのは、色んな資格試験の申し込み案内とか、ボランティアの参加を募集しているプリントなんかだ。

 熱心に見ている人も中にはいるけれど、必要がない人にはとことん縁のないものだ。

 ……わたしも資格を取れたらカッコいいなって思うけど、毎日の宿題で手一杯だからそこまで手が回る気がしない。

 部活も、似たような理由で入らなかった。

 あとは……体験入部を過ぎたら先輩が鬼のように怖くなるってうわさを聞いてしまったことも入らなかった理由だ。

 噂だから絶対にそうだとは限らないって頭では分かっているんだけど……もしも本当にそんな風に怒られたら、たとえわたしが悪いって分かっていても泣いてしまうかもしれなかった。そして泣いてしまったら、もっと怒られるかもしれない。

 怒られなくても、その場の雰囲気を壊してしまうかもしれない。

 実際、小学生の頃はそうだったし……。

「……リリカって、なんて」

「なにやってるの?」

「きゃっ」

 急に後ろから話しかけられて、ビックリして画鋲を落としてしまった。

 丸い画鋲はわたしの手を離れて、離れた場所まで転がる。その先にいたのは……。

「リリカ?」

「る、ルルカ……!?

 部活に行ったと思っていたルルカが、そこに立っていた。

 何も言ってないのに教室に戻ってくるなんて思ってなくて、ちょっと頭が混乱する。

「私は忘れたプリントを取りに戻ってきたんだけど……リリカ。どうしてまだ残ってるのかな?」

「えっと……」

 ルルカが目の前で、笑っている。

 普段ならうれしいことなのに、今はものすごく怖い。

「その、クラス委員の仕事を頼まれて……」

「へぇ。どうして同じクラス委員の私が聞いてないのかな?」

「それは……その……」

 素直に自分の考えを言うことも出来ずに、うつむいてしまう。

 しばらくして、ルルカは息を吐き出した。

 あきれられたかもしれないと思うと怖くて、自然と顔が上がった。

 けれどそこにいたルルカは、穏やかな顔で笑っていた。

「きっとリリカは、私のためを思って一人でやろうとしてたんでしょ?」

「う、うん……」

「その気持ちはとっても嬉しいよ。でもね、私はリリカが私を頼ってくれるほうがもっと嬉しいんだよ」

「そうなの?」

「うん。そうだよ。リリカのために、頑張りたいって思うからさ」

「り、リリカもルルカのために頑張りたいよ!」

「知ってるよ。だから、二人で頑張れることは頑張ろう?」

 ルルカはわたしに、問いかけてくる。

 劣等感みたいなものを、感じないわけじゃない。

 けど、ルルカの「頼ってくれるほうが嬉しい」って言葉はうそじゃない。

 それに、わたしがルルカのために頑張りたいって思いを一番分かっているのも、きっとルルカだ。

「……うん」

 だからわたしは、うなずいてから頭を下げた。

「ちゃんと連絡しなくて、ごめんね」

「こうやって気付けたから、大丈夫だよ。よし、続きやろう!」

「やろう!」

 自然とルルカががびようを取る側になって、すぐに剥がし終わった。

 今日の授業であった出来事なんかを話しながら貼っていくと、気が付かないうちに全部終わっていた。

 それどころか、剥がす前よりもれいになっているような気がする。

 なんでだろう? ルルカマジック……?

「ほら、二人でやったらすぐに終わったよ!」

「そうだね! これならルルカも、早く部活に戻れるね」

 わたしの言葉に、ルルカの表情がちょっとだけ固まった。

 変なことは言ってないはずなのにどうしたんだろうと思っていると、ルルカが吹き出した。

「え、なに? リリカ、笑うようなこと言った?」

「笑うようなことっていうか……もしかして、私が部活に入ってるから気を遣ってくれてたんだ?」

 見抜かれてしまい、妙に気恥ずかしくなる。

 けどルルカに隠し事も出来ないので、素直にうなずいた。

「部活も大事だけど、クラスの委員になったからにはその役割もちゃんとやってみせるよ。だから、心配しないで」

 まっすぐにわたしを見るルルカの目は、笑っているのにどこか真剣だった。

 だからわたしは、もう一度頷いた。

「うん。もう変に心配しない」

 しばらく二人で笑い合ってから、ルルカはわたしを見送ってから部活に戻っていった。


   ○


「用紙、もうみんな出してくれたかな?」

「うん。みんなには出してから教室を出るように行ったから、大丈夫だよ」

「そっか。もうみんないないもんね」

 クラス委員として先生に頼まれていた通り、ホームルームのあとに出されたアンケート用紙を回収する。

 学校の設備に関するアンケートで、問いの内容が書いてある用紙にそのまま書き込む形だった。

 だからか、ちょっと量がある。

 一人でも持てると思うけど、職員室までって考えると難しいかも……?

「半分こしようね、リリカ」

「分かった」

 わたしの考えなんてお見通しみたいに、ルルカがそう言った。

 クラスの人数はちょうど偶数だから、れいに半分に出来る。

 半分の用紙をそれぞれ持って、職員室に向かう。

「今回のアンケート、かなり細かくって大変だったよね」

 まだ使ったことのない教室にまつわる設問もあって、混乱しながら回答することになってしまった。

「うん。こんなによく考えたなぁって、答えながら思ってた。これで学校生活が少しでも良くなるといいんだけどね」

「そうだね。あと、使ったことない教室が使えるようになったらいいのにって思う」

「確かにそれは思うかも。けど、難しいのかもしれないね。だから学年ごとに、使えるようになる教室が分けられてるんじゃない?」

「そっかー……体育館くらいだよね。全校生徒が使えるのって」

「うんうん」

 職員室に向かう人はほとんどいなくて、廊下は静まりかえっていた。

 わたしたちの歩く音だけが響いている。

 早く登校した朝でもそんなことはめつにないからちょっと感動していると、不意にわたしのおなかが鳴った。

 慌てるけど、お腹を押さえることも出来ない。

 ルルカがくすっと笑みをこぼす。

「リリカ、お腹いたの?」

「き、聞こえてた……?」

「これだけ静かだと、聞こえちゃうよね」

「うう……」

 お腹が空いたなんて思ってなかったから、すごく恥ずかしい。

「これを出し終わったら、調理部のほうで何か作ってあげようか?」

「え、悪いよそんな!」

「悪くないよー! だって、リリカがお腹空いてるのに放っておけないよ」

 ルルカは、とても柔らかい笑みを浮かべていた。

 本当にルルカが優しい子だっていうのを、改めて感じる。

「でも、そこまで迷惑をかけるわけにはいかないよ……!」

 意地を張っていると、また『ぐう』と同じお腹の音が鳴った。

「リリカがなんて言っても、調理部のほうに連れて行くからね」

「……う、うぅ」

 ルルカの顔は、どこか得意げになっていた。

 ルルカの料理は、確かにしいけど……今はその優しさすらも恥ずかしさを増す原因になってくる。

 でも、きっとここで断ってもルルカは諦めてくれないだろう。本当に調理部に連れて行かれるのが目に見えてる。

 どっちも恥ずかしいけど……そのほうが恥ずかしい。いっそのこと素直に甘えたほうがいいかもしれないと思ったわたしは、静かにうなずいた。

「お願いします」

「任されました!」

 ルルカがそう言ったところで、またわたしのおなかは鳴った。ルルカは「ちょっと多めにしておくね」と言ってくれる。……うう。

 どうしてこんなに鳴るんだろう?

 お昼ご飯、ちゃんと食べたはずなのに。

 もしかして、成長期なのかな? だとしたらもう少し、せめてルルカと並べるくらいは大きくなれますように……。

 そうこうしている間に、職員室についた。

「集めたアンケート用紙を届けに来ました。失礼します」

「失礼します……」

 先生たちの前で、鳴らなきゃいいんだけど……少し不安になってきた。

「先生、頼まれたアンケート用紙を集めて持ってきました」

「ああ、ありがとう」

 先生は資料で埋まっていた机の上からいくつかを引き出しに戻して、その場所にアンケート用紙を置かせた。

 そういえば先生の机が汚くなっている時は、テスト問題を作ってる時なんだっけ。

 別の先生が、そんなことを言っていたような気がする。

「テスト問題、作ってるんですか?」

 わたしの質問に、ちょっとだけ先生の表情が変わった。困っているような表情だった。

 すぐに苦笑に変わると、「そろそろ問題を作り始めようと思っていたんだ」と言った。

「始めてなくて良かったよ、見られたら困るし。……リリカはどうなんだい? テストに向けて、ちゃんと準備してる?」

 話を振られて驚いたけれど、答えられる範囲で答えることにした。

「いえ……勉強苦手なんです。特に英語が、全然分からなくって」

「英語だけ?」

「え?」

「国語や数学は大丈夫なのかい?」

 言われてみると、確かにあまり分からない教科が多い。

 それに国語に関しては、古文がどうしても読めないし……数学も、数字や記号が増えるとなにがなんだか分からなくなる。

 理科や社会も、分かっているとはとても言えない。

「……大丈夫じゃ、ないかもです」

 思わず、うつむいてしまう。

 先生は、やっぱりといった様子でため息をつくと、頭を軽くかいた。

 そして少し迷ったあとに口を開く。

「リリカ」

「は、はい」

 改まった真剣な口調に、思わず身が硬くなる。

「まだ中学校に入ったばかりで、学校のことを楽しければいい場だと思っているかもしれない」

「え、そんな……!」

 そんなこと思ってないのに、どうして……。

「でも、これからどの教科ももっと難しくなっていくんだ。今から気を引き締めて勉強しないと、い高校には入れないかもしれないぞ?」

「……はい」

 わたしは頑張ってるつもりなんだけど……まだ頑張り足りないんだ。

 もっともっと、頑張らないと……。

 そう思うけど、急にすべてを否定されたような気がして、頭が真っ白になる。

 うう。なんでこんなに、胸が詰まるような感覚になるんだろう……。

「それは先生の勘違いですよ。リリカは誰よりも努力しています」

 ルルカの穏やかな声が、何も考えられない頭によく響いた。

「優等生のルルカが、リリカをかばう気持ちは分かる。けど、これはリリカのためを思ってね……」

「優等生だから庇うわけじゃありません。リリカの頑張りを隣で見てきたからこそ、そんな偏見で語られるのが許せないんです」

「ルルカ……?」

 ルルカの、先生の言葉をさえぎるほどの強い口調に、ちょっと変な感じがする。

 いつもの優しく接してくれるルルカからは、想像出来ない態度だ。

 表情もどこか、引きつっているみたい。

 けどルルカは気にした様子もなく、話を続ける。

「リリカがどんな風に考えて、どんな風に頑張っているのか、具体的には知りません。けれど少なくとも、リリカはで頑張り屋なのは確かです」

「お、おお……」

 先生が、圧倒されている……?

「それに頑張っているリリカがどの教科も分かってないってことは、もっと理解していない生徒がいるはずです。先生方の指導にも問題があるのではないですか?」

「う、まぁ、落ち着いて……」

「私はずっと落ち着いてますよ。先生こそリリカにあれこれ言う前にもう少し落ち着かれて、それぞれの生徒についてもっと考えてくれてもいいんですよ? 大体先生は、いつも話したいことが曖昧で……」

「わ、分かった分かった」

「ルルカ。リリカは大丈夫だから……」

 先生が降参するように両手を上げたのと、わたしがルルカの服の袖を引っ張ったのは同じタイミングだった。

 さすがにやりすぎだよ。いくらなんでも、そこまで言ったらダメだよ……!

 まだ何か言いたそうにしていたルルカだったけど、わたしの表情を見て考える素振りを見せると「そういえば部活のほうに行かなきゃだったね」と言って穏やかな顔になった。

「それでは先生、私たちはこれで失礼しますね」

 さっきまでのことなんて、何もなかったように笑うルルカがちょっと怖い……。

「あ、ああ……気をつけて帰れよ」

 先生はそう言って手を振って、ルルカから目をらすように机に向き直った。

「ごめんね。リリカがおなかいてること、すっかり忘れちゃってた」

 職員室から出て、調理部に向かっている途中にルルカはそう言った。

 わたしにとっては、それどころじゃなかったけど……多分、ルルカが触れないことに触れるべきじゃない。

 さっきのことは、なかったことにしよう。

 それにルルカは、わたしの頑張りを知ってくれている。

 それでいい……それでいい、はずだよね……?


   ○


 学校から帰って、制服を脱ぐ。

 部屋着に着替えてベッドの端に座った途端、ため息が出てきた。

 そのまま流れるように、横になってしまう。

 ベッドに体が、いつも以上に沈み込んでいるような気がする。

 そんなことを思ってしまうくらい、気持ちも沈んでいた。

 今日の放課後のことが、頭から離れない。

 それでいいと、やっぱり納得出来なかった。

 そのことで悩んでいたせいで、ルルカの振る舞ってくれたお菓子の味もよく分からなかったくらいだ。

 ルルカは力強くかばってくれたけど……先生の言っていることが、全部違うとは言い切れない。

 むしろ、そうかもって思う部分が多い。

 頑張っているのに、ちゃんと出来ないことばかりだ。

 全部が全部、空回りしているような気がする。

「なんでリリカって、ルルカみたいにく出来ないんだろう……」

 ……ルルカみたいにっていうのは、言い過ぎかもしれない。

 ルルカはクラスの誰よりも、すべてのことを上手く出来るから。

 でもわたしは、勉強も運動もそれ以外のことも、何一つとして上手く出来たことがない。

「どうしたらいいのかなぁ……」

 このまま、ずっとこんな感じなのかな……。

 そんな風に考えているとだんだん気持ちが暗くなって、どんどん体が重くなるのを感じる。

 まるで体が金属かなにかになったような感覚がして、わたしは思わずため息をついた。

「今日は宿題のことは考えずに、早く寝よう……」

 今は多分、いつも以上に頭が回らない。

 明日は何もない土日だし、宿題も思ったよりは出てないからきっと大丈夫……。

「……でも」

 何も上手く出来ないわたしだから、もしかすると宿題も間に合わないかも。

 また、忘れてるものがあるかも。

 そもそも……ちゃんと解けないかも。

 何も出来ないと思うと、すべてが怖くなってきた。

「いやだ……」

 どうしてわたしは、こうなんだろ……。

 こんなになんにもないなんて、悲し過ぎる。

 何か特別な才能が、一つでもあればいいのに。

「例えば……なんだろう」

 く回らない頭は、その特別な才能のたとえですら、挙げることが出来なかった。