アイ情劣等生



 良かった、今日もいい写真が撮れてた♪

 ああ、もう!

 リリカは本当に、いつ見てもかわいいなぁ……!

「全部の写真に写ってる、その人物は誰ナノ?」

 何の前触れもなくスマホの画面上に現れたマスコットから聞かれて、とつに舌打ちをしてしまった。

 このマスコットには私の本性はとっくにバレてるから、今更取り繕う必要なんてないんだけど……それでも、写真とはいえリリカの前でそんなことをするには、少しばかりの罪悪感があった。

 心の中で謝りながら、写真を一旦片付ける。

「ちょっと、あんまり見ないでよね」

「そんなにたくさんあるんだから、見えちゃうのは仕方がないと思うんだけどナー☆」

 たくさんあると言われても、私には実感がなかった。

 これじゃ物足りない。もっと欲しい。

「それで、友達ナノ? それにしては、撮り方が粗いような気もするんだケド……もしかして、盗撮?」

「友達に決まってるじゃない。どんなことをしている時だって見逃したくないけど、それが難しいからちょっとブレてるってだけで」

「いや、それを盗撮って言うんじゃナイの……?」

 ……どうして人間の女の子たちをよく分からない怪物と戦わせておきながら、人間社会における一般的な常識を語れるんだろう。その頭の中、いわゆるアプリの構造を見てみたいものだと思った。

「何で倫理観のカケラもないようなアナタに、そんなこと言われなきゃいけないの?」

「ボクの倫理観は、この世界のユメを守るためのものであって、人間に配慮するためのものじゃないからネ☆」

 そのユメは、誰もが持っているし見ているはずなのにどうして?

 そう問い詰めても良かったけど、返ってくる答えはいつもと同じだと思った。

 だから、何も言わずに目を伏せる。

「そう」

「しかし、普段は人にまったくと言っていいほど興味を持たないルルカが興味を持つ人間って気に……」

「気になる? そうでしょう? ね、そうでしょう?」

 マスコットの言葉をさえぎって、私は問い返した。画面越しでも分かるくらいには引いているようだ。だけど間違いなくうなずいたのを確認して、私は話し始める。

 私、ルルカが、リリカのことを好きになったキッカケを。


   ○


 リリカに出会ったのは、中学校に入ってからだ。

 第一印象は、今の私にとってはありえないことなんだけど……思い出そうとしても、思い出せない。彼女に対して特別なことを、最初は何も思わなかったんだろう。

 何人もいる同級生のうちの一人。

 その印象が覆されたのは、クラス内でそれぞれの委員を決める会議の時だ。

 定番の図書委員や美化委員はすぐに決まったけど、肝心のクラス委員がなかなか決まらなかった。

 それもそのはず。

 クラス委員というだけあって、委員会の中でも群を抜いてやることが多かった。

 先生にとって雑用を任せやすい相手。そんな表現が、しっくりくるくらいだ。

 だからこそ、委員会に所属してもいいという人の中でも、誰もやりたいとは言い出さなかった。

「クラス委員、誰もやらないのかー」

 先生の言葉にも最初はクラスの誰かがちやして返していたはずなのに、誰も反応しなくなってしまった。

 時間だけが、刻々と過ぎた。

 決まらないままでは帰れないという状況もあったせいで、誰もが黙ってはいるけれど、ピリピリとした空気が作られる。

 言葉の代わりに、ため息が近くで聞こえた。

 ……露骨にそんなことするくらいなら、自分が立候補すればいいのにね?

 まぁそんなことが出来る人なら、ため息の前に手を挙げてるんだろうけど。

 私は、調理部に行けないまま時間を浪費しているその状況が嫌だった。

 それにこれ以上待っていたって、誰も手を挙げたりしないという確信があった。

 ……本当は、やめておきたかったんだけど。

「じゃあ、はい」

 これ以上時間を無駄にしたくなくて、私は手を挙げた。

 その手に、教室中の視線が一斉に集中するのが分かった。

 何なら、ちょっとした歓声もあがったくらいだ。

「お、優等生のルルカがやってくれるなら心強いな!」

 先生はそんなことを言いながら、黒板にチョークで私の名前を書いた。

 その横には、ちょっとした空欄があった。

「あともう一人だぞー」

 そう。私が嫌だったのは、もう一人がどうなるか分からなかったからだ。

 出来れば親しい子になってほしくて視線を向けるけど……彼女たちは、示し合わせたように反対側を向いて目線をらした。

 そうなんだよね。いくら友達と一緒だっていっても、やりたくないことは進んでやらないんだよね。分かっていたからショックなんてことはなかったけど、このままじゃ部活に行けないことは変わらなくて困ってしまった。

 誰か、いないかな。

 私、この時点でも担任の先生に優等生って言われるくらい優秀だから、誰と一緒でもくやれる自信があるんだけど。

 そんなことを思っていた時だった。

「……はい!」

 本当に、勇気を振り絞って声をあげたんだろう。裏返った声が、教室に響いた。

 声の聞こえたほうを見れば、緊張した顔で手を挙げている子がいた。

 そう! リリカが手を挙げてくれたの!

 ああ、リリカ! なんてけなでかわいいの!

 ……コホン。

 何でもないわ、気にしないで。

 とはいえ当時の私は、まだリリカの魅力に気付いてなかったの。

 だから、どうしてこの子はわざわざ立候補したんだろうっていう、疑問のほうが上回っていたんだよね。

 てっきり、私と関われるっていう下心を持った誰かが立候補するんじゃないかな、としか思ってなかったわけだし。

 今となっては、そうならなくて本当に良かったんだけど。

「意外だな。リリカが立候補するなんて」

「え、えっと……」

 立候補した時よりももっと消え入りそうな声になったリリカは何か言いたげだったけれど、私のところまでは聞こえてこなかった。

「ま、何かあったらルルカが何とかしてくれるだろうし、みんなもそれでいいよな?」

 無責任な賛同の声と拍手が次々とあがって、私の隣にある空欄にはリリカと名前が書かれた。

 既に書かれてある名前と名前の間に書かれたせいか、ちょっとだけその文字はいびつになった。

 先生は満足げな表情を浮かべたまま簡単に一日のまとめをすると、教壇から下りて職員室に帰っていった。

 ほどなくして同級生たちも教室から出て行き、私とリリカだけがその場に残った。

 私は意図的に残っていたけれど、リリカはまだ帰る準備をしていた。

 かばんに入れては出したり、机に入れては出したりして、何を持って帰るか決めかねているようだった。

 すぐにリリカが、頑張ってはいるもののあまり要領が良くないってことが分かった。

 書いている文字はれいだけど、まとめることに集中し過ぎて授業の内容を最後まで書き写せなくて、そのせいで結局何も理解できない……そんなノートを作りそうだと、なんとなく思った。

 リリカが立候補した時の先生の言葉は、それを分かってのものだったんだろう。

 それは先生の勝手な物言いだったんだって、今なら思えるけど。

 彼女のことなんてまだ何も分かっていなかった私は、ムリをしていないか確認したくて、クラスの調理部の子に伝言を頼んで残っていた。

「帰ってから、どうしようかな……」

 独り言をつぶやく余裕が出てくるくらいには帰る準備が整ったらしいリリカに、私は声をかける。

「リリカさん、だっけ?」

「え、わ、はい。あ、えっと、ルルカさん……?」

 私の存在にたった今気付いたって口調のリリカの声は、震えていた。


   ○


 ……あの頃の、私に対してちょっとよそよそしいリリカのことは、もう見ることが出来ないんだよね。もったいないことしたかも……。

 もっと仲良くなるまでの過程を、段階を踏んで写真に収めたかったな。

 そうしたら、もっとリリカの色んな一面を記録出来たはずだし。

 でも、写真に収めるくらいに好きになったのはもっと後だから、仕方がないんだよね。

 そこはもう、リリカの魅力にすぐに気付けなかった私が悪いんだし。

 もしも願いがかなうなら、過去に行くことが出来たらいいのに。

 タイムマシンって、あとどれくらいで出来るんだろう?

 あ、待って?

 もしかしたら、そういう魔法があるかどうかを調べて、それを習得するほうが早いかもしれない。

 私って魔力は高いほうだって言われてるから、たいていのことは出来るだろうし。

 どこの誰が作っているかも分からないマシンの完成を待つよりも、もしかしたら現実的かも。すごく変な話ではあるけれど。

 ……過去に戻ることが出来れば、リリカの成長をもっと早くから間近で見ることが出来るかもしれないし、頑張ってみる価値はあるんじゃ……?

「……その目は、何?」

 今までとてもかわいらしいマスコットがするべきじゃない表情で私を見ていたAIは、ふいと視線をらす。

「なんでもナイよ? 続きをドーゾ?」

「……そう。じゃあ、話すわね」

 言いたいことは山ほど頭に浮かんだけれど、それよりもリリカの話を続けたほうがよっぽど有意義だ。止められることなく続きを促されたので、それに応えよう。


   ○


 リリカはまるで文句を言われると思っているような顔で、小さな体でわたわたしていた。

 確かに同じ委員になっただけで帰りを待ってるっていうのはちょっと怖いかもと、内心で苦笑してしまった。

 出来るだけ優しい声に聞こえるように心がけながら、言葉を続けた。

「そう。ルルカ。名前覚えててくれたんだ。あんまり話したことなかったよね?」

「あ、うん。名前はね、ちょっと似てるから……」

「そうだね。リリカとルルカって、同じラ行が重なって、カで終わってるし」

 名前っていう分かりやすい共通点のおかげか、リリカの緊張が解けてきたみたいだ。

 顔には、笑みが浮かんでいた。

 かわいらしい笑みに、私も自然と笑顔になってしまった。

 その時は不思議だなって思ってたんだけど、リリカの笑顔なんだもん。当たり前だよね。

「リリカさんは、どうしてクラス委員に立候補したの?」

「あ、う」

 私の問いかけに、リリカは顔を固まらせて言葉を詰まらせた。

「何? どうしたの?」

 心なしか、悲しそうな顔になったような気が……?

 やっぱり、ムリに立候補したのかな? だとしたら、残って良かった。

 ゆっくり話を聞いた後で職員室に行って先生にクラス委員を他の人に代えられないか提案をして、私の友達に一緒にやらないか直接聞いて……。

 こんな泣きそうな顔になっている子に、委員を強いることなんて出来ないと思った。

「も、もしかして迷惑だった……?」

 けれど彼女の口から出てきたのは、まったく違った言葉だった。

「え?」

 想像とあまりにも違う言葉に、思わず聞き返してしまう。

「リリカ、立候補しないほうが良かった?」

「そ、そんなことないよ!」

 突然あまりにも自己評価の低い言葉が飛び出したので、驚いてしまった。

 慌てて否定したけど、リリカの表情は晴れなかった。

「リリカ、自分があんまり要領が良くないって分かってる。でも、このまま誰も立候補しないとみんな帰れなくて困るだろうって思って、つい……」

「それなら、私と同じだよ」

 私は思わず、リリカの手を取っていた。

 柔らかくて、私よりもちょっと小さなその手。

 それに驚いたのか、うつむいていたリリカの視線が私を捉えた。

「誰かのために何かが出来るんなら、要領がいいとか悪いとか関係ないよ」

 リリカの目を見て、私は笑った。

「これから一緒に、頑張っていこ。ね?」

 そこでリリカはようやく笑顔に戻って、大きくうなずいてくれた。

「うん! これからよろしくね!」

 その笑顔は、やっぱりかわいらしかった。

 思えばあの時から既に、私の心はリリカに対してくぎけだったのかもしれない……。


   ○


「思えばということは、出会いだけじゃなくてそのおもいを決定づけられた出来事もあったんデショ?」

 この子の察しがいいところは、あんまり好きじゃない。

「……あとは、私だけの秘密」

 話すのは楽しかったけど、リリカの好きなところをこれ以上マスコット相手に共有するのも嫌になってきた。

 私が興味を寄せてるからって、リリカに興味を持たれても困るし。

 それだけは、絶対に阻止しないといけない。

「この時点の話だけだと、ルルカはやや行き過ぎたストーカーに思えるかもナ☆」

「行き過ぎたストーカーでもいいよ」

 これは強がりじゃなくて、本心だ。

「……ドウシテ?」

「だって、リリカにそう思われてないから」

 リリカ以外にどう思われたって構わない。

 私はリリカが好き。リリカもきっと、リリカなりに私が好き。

 それで充分だ。

「……そういうものカナ?」

「そういうものなの」

 マスコットはしばらく考え込むようにうなっていた。やがて、興味を失ったように自らスマホをスリープさせた。

 私はそれを確認してから、再びリリカの写真整理に戻った。

「……あ!」

 整理をしながら、さっき考えていた過去に戻れる魔法はないのかをマスコットに聞き忘れたことを思い出した。

 気にはなるけど……今はリリカの写真のほうが大事だから、また後で聞いてみよう。

 タイムマシンかぁ……。時間の移動がもしも出来るんなら、もしかして停止したりとかも、出来たりするのかな……?

「止まってるリリカに、ちょっとイタズラ、とか……」

 机の上には、リリカの写真がいくらかある。

 リリカには何も言っていないから、マスコットの言っていた通りにブレているものが多い。

 それでもかわいいんだから、リリカが止まっていたらもっと素敵な写真がたくさん撮れるだろう。服装を変えることだって、出来るかもしれない。同じ女の子だから、変なことでもないはずだし。

 それか、私とリリカ以外の時間を停止して二人だけの世界に……?

「……いけない、いけない。リリカは、そんなこと望まないよね」

 ふと、はにかみながらこちらを見ている写真のリリカと目が合う。

 うん。この自然な姿が、一番素敵だよね。

 ふふ、リリカはやっぱりかわいい♪