プロローグ
その薄暗い部屋には、それでもぼんやりと色が分かるくらいにカラフルな雑貨が詰め込まれて飾られていた。
よく見ればそれらはピンク色とオレンジが目立つように彩られていて、それぞれの色を身にまとった少女たちがかわいらしく描かれている。
丁寧に、まるで
部屋の
そんな彼女の視線の先には大きめのモニターがあり、モニター上にはピンク色の少女とオレンジの少女──リリカとルルカが映っていた。
今はまさに、その魔法少女リリカ☆ルルカの放送時間である。
明日も仕事があるというにもかかわらず、深夜に放送されている番組を彼女は毎週リアルタイムで見ているのだ。
彼女は疲れて眠い目を必死に開き、魔法少女たちの活躍を見逃さないようにしている。
現在の画面上では……ディジェネレーターの怪人が街を壊して回っていた。
怪人はまるで物に当たり散らすようにビームを放って、自らがいるところを中心にして破壊していく。時折それが人に当たると、力を失ったようにその場に倒れ込む。倒れ込んだと同時に、その人間の体内からカラフルな物体が、ぬるりと排出される。それを怪人は、
人々のユメを、食べているのだ。
通りを歩いていた人々の大半は魔法少女ルルカが避難を促したものの、何人かは足を止めてしまって怪人にユメを
「危ないっ!」
傾いて崩れかけた建物の一部が
しかしその攻撃はルルカに当たることはなかった。不思議に思ったルルカが目を開けた先にいたのは、同じく魔法少女であるリリカだった。
「遅くなってごめん!」
魔法少女リリカの言葉に、ルルカが力なく
「遅いよ、リリカ! 待ってたんだからね!」
「ごめんっ。ちょっと色々あって……!」
「リリカはいっつもそうなんだから」
そんな軽口を
「みんなのユメを奪うなんて、許さないんだから!」
まっすぐに目の前にいるディジェネレーターを見据える二人の目は、とても勇ましいものだった。
「まさか、リリカのほうがルルカを助けに来るなんて……!」
放送初期からは考えられないくらいの成長を感じさせるリリカの姿に女性が感動している間に、映像は切り替わってエンディングになる。
二人が踊っているその姿も、彼女はしっかりと目に焼き付けて見ていた。
オープニングもそうだが、エンディングや予告も飛ばしたことはない。
それは、彼女の数少ない自慢のうちの一つである。
やがてエンディングも終わり、二人の息の合った掛け合いで展開される次回予告も余さず見届けた。
「キミのハートに、ドリーミング!」
二人のその声を聞き終わって、ようやく彼女はモニターをスリープさせた。
緊張が解かれたように
「ど、どうしようっ!? すごく熱い展開になったところで、来週に続いちゃった……二人で頑張って、敵を倒すのかな? 頑張ってほしい……!」
そのまま寝ようとしてクッションと共にベッドに寝転んだ彼女は、流れるようにスマホの画面を開いてSNSのアプリを起動させた。
同じようにリアルタイムで見ていた人たちが、それぞれの感想や考察を思い思いに
『今週のリリルルも良かった! 特にリリカちゃんがルルカちゃんを助けに来る展開がエモかったよ~!』
彼女もまた、自分の
それから、面白い考察や公式による来週の告知などをシェアした。
興奮してより一層眠りから遠ざかるにもかかわらず、その手は止まらない。
このままでは明日の仕事に差し支えるから寝るべきだという正論は、何の意味も持たない。それで回復する気力というものがあるというのが彼女らの主張だろう。
しかし彼女にとって『魔法少女リリカ☆ルルカ』というアニメ番組は、どれだけ入れ込んでいたとしても一種の娯楽に過ぎない。
むしろフィクションだと思っているからこそ、全力で楽しんでいる。
だが、フィクションであるというのは誤りだ。
ほとんどの人は知らないけれど、魔法少女の存在はノンフィクションである。
現実に存在している。
アニメとして放送されているエピソードは、どれも実際に起きた出来事だ。
○
録画していた、魔法少女のアニメを見終わった。どんな内容のものが放送されるのか分からなかったから両親のいない時に見たけど……それで良かったのかもしれない。
今のわたしがしている表情を両親が見たら、きっとものすごく心配しただろう。
それくらい、衝撃的な内容だった。
「これ、この前の戦いだよね……?」
この前の戦いだということは分かる。
でも、わたしはこんなにカッコいい現れ方をしていない。戦えるか不安で、その場には変身もしないで現れた。それに、あの瞬間には少年なんていなかった。
きっとわたしが現れる前にルルカが助けていたのを、編集してあんな風にしたのかもしれない……そのほうが、アニメとして盛り上がると判断して、変えるようにしたんだろう。
あのマスコットの子なら、やりかねない。
事実、放送の翌日に見かけたネットのトレンドには「魔法少女リリカ☆ルルカ」の文字があったのを覚えている。それだけたくさんの人が反応したんだろう。
そうなると、どんな感想があるのかが気になった。おそるおそるSNSを確認すると、何人もの人が『リリカちゃんがルルカちゃんを助けに来る展開がエモかった!』と書いていた。
「エモい」。
その言葉の意味はよく分からない。
けど、わたしの感情とは遠く離れたところにある言葉だっていうのは分かる。
……きっと次回は、画面上のリリカとルルカが二人で怪人を倒すんだろう。その後にハイタッチで喜んでいるのが、なんとなく想像できる。
あの戦いの後に、そんなものはなかった。
助けた人には感謝されたし
「ルルカ、どこに行っちゃったんだろう……」
そう。ルルカがどこかに行ってしまって、それきり帰ってきていないのだ。
でも、学校はまるで何事もないかのように変わらず回っている。
マスコットの子がなにかしら力を使ったって言ってたからそのせいなんだろうけど……
本当にそうなのかも分からない。
心配でたまらないけど、わたしにも出来ることはないと言われてしまっていて……何も出来ないまま、日々が過ぎていく。
こんなことになるんだったら、魔法少女になんてならないほうが良かったのかもしれない。
○
怪人、怪物からなるディジェネレーターたちは、人々の『ユメ』を食らおうと日夜場所を問わずに暗躍している。
彼らが現れたら、魔法少女たちもまたいつでもどこにでも必ず助けに現れている。
だから、
ただ、その記憶は魔法少女たちを管理しているAIによって消されている。
人間が大々的にその存在を認識するべきではないと、そのAIが判断したからだ。
しかし、『ユメ』を食べられることに対して注意喚起をしなければ、一方的にディジェネレーターは増えるばかりだ。それでは困る。
そう判断したAIが悩み考えた末に生まれたのが、魔法少女リリカ☆ルルカというアニメだ。
それを放送することによって、人々の『ユメ』に対して害をなす存在がいるということを、暗に伝えているのだ。
とにかく魔法少女たちはこの世界には間違いなく存在していて、人々の『ユメ』を、誰にも知られずに守っている。
そしてこの物語は、魔法少女リリカ☆ルルカのうちの一人、リリカが魔法少女になる少し前──。
ルルカがリリカのことを、過剰に意識するようになるところから始まる。