「……あの、狐神さん」

「なんじゃ?」

安野は、イナリの部屋に置かれたものに視線を向けていた。あんなもの、この部屋には置かれていなかったはずなのだが。

「あれは……いったい何でしょうか?」

それはあえて言うのであれば……鎧であった。しかも日本式の鎧である。

クワガタムシのハサミみたいな凶悪な角のついた兜に、鎧や脛当すねあても含めた具足一式。

面頬めんぽおがついているのはいいとしても、服のようなものをつける意味は何処にあったのだろうか。

まるで鎧武者がそこに座っているようで、全く落ち着かない。五月人形のように見えなくもないが、サイズ感とリアル感が本物のようだ。

「おお、凄いじゃろ?」

「まあ、凄いかどうかで言えば凄いですけど……」

刀を握り床に突き立てるようなポーズで座っているので、凄いというか怖い。鎧櫃よろいびつの上に「寄らば切る」とでも言いたげに座っていて、凄い怖い。

「この前、てれびしょっぴんぐでやっていてのう」

そんなことを言うイナリは台所でおにぎりを握っているが、どうにもおにぎりが好みであるらしいことは何度か自宅に訪問して安野も知っていた。しかも具はシンプルなのに物凄く美味しいのだ。さておいて……あの鎧は何なのか?

「はあ。あんな鎧とか売ってるんですか」

「うむ」

「えーと、鎧が欲しいのであれば幾らでもご紹介できるんですが」

実際、テレビショッピングということは非覚醒者向けのものであるはずだ。覚醒者向けのアイテムは売る側にも買う側にも資格が必要なのだから、あの鎧はアーティファクトではない。しかも何か中身が詰まってるし。具足一式というよりは鎧武者人形だ。怖い。

「ああ、あれはのう。非常用持ち出しせっとじゃよ」

「……はい?」

「最近やけにやっとってのう。たぶん今も……」

イナリがまだたどたどしい動きでリモコンを使いテレビをつけると、ちょうどテレビショッピングでそれを紹介していた。

─今回ご紹介する品は、毎度ご好評いただいております非常用持ち出しセットです!─

─いつもありがとうございます! ところで安田さん、今回はどんなものなんですか?─

─はい。ダンジョンが日常生活の近くにある現代、いつモンスター災害が起きるかと不安ですよね─

─そうですね。何か起こった際にとっても怖くて……─

「うわあ……嫌な言い方しますねえ……」

テレビを見ながら安野はそんな感想を漏らす。確かにモンスター災害ほど不安なものはないだろう。特にこの国はモンスター災害で一度滅びかけている。しかし何かあったとして、あんな鎧を売る理由が何処にあるのか?

─そこで今回ご紹介するのは、この具足付き非常用持ち出しセット!─

─わあ凄い! なんだかとってもカッコいいですね!─

─そうなんです! こちら、覚醒者用の鎧も作っておられる工房に技術指導を受け作られた鎧なんです!─

─だからこんなに立派なんですね!─

─そうなんです! 素材はステンレス使用で頑丈かつ実用的な重さ! 付属の刀は刃引きしてあるので、とっても安全! あくまで護身用としてお使いいただけます!─

─ところでこちらの鎧、中身入りですけれど?─

─そうなんです! 使わない時は飾って防犯人形代わり! しかもこの鎧櫃には非常食に携帯用トイレなど必需品がなんと一週間分!─

─わあ、鎧を着てこれを持ち出せば、何かあったときに安心ですね!─

─そうなんです! まさに新しい時代を生きる私たちの必需品! しかも今ならなんと! ぴったりな毛靴もおつけしてこの価格!─

安野はリモコンを取ってテレビを消すと、イナリへにっこりと微笑む。

「ちょっと失礼しますね?」

「う、うむ」

鎧を確かめる。なるほど、確かに言っていることに嘘はない……非覚醒者用としては普通に防護具として使えるかもしれない。モンスター相手にこれでどうにかなるかと聞かれれば、断じて否ではあるけども。

刀を引き抜いてみる……まあ、鈍器としては使えるかもしれないが恰好だけだ。

あとはもう確認するまでもない。安野は振り向いて鎧を指し示す。

「これ、返品しませんか?」

「な、何故じゃ?」

「だって……狐神さんには観賞用以外の用途ないと思うんですが……もしかして気に入ってましたか?」

「いや、しかし現代の必需品……」

「絶対違いますから。こんなの流行ってないですから。あと何よりですね……」

言いながら安野は鎧から兜を外してイナリに被せる。

「耳が潰れるのじゃ」

「ね? 合ってませんよ。欲しかったら特注した方がいいですって。あと鎧も目視ですでにサイズあってないですし」

あれはどう考えても成人男性……着れて百六十センチ前後の成人女性までだろう。イナリのサイズでは、絶対に着られない。イナリは言われて改めて鎧を見て……やがて静かに頷く。

「……うむ。そうしようかのう……」

「今度、鎧工房とか見に行きましょうか。結構いいのありますから」

「そうじゃのう」

ちなみに全く関係ない話ではあるのだが。後日安野が実家に帰ったら鎧が二セット置いてあって、その場に崩れ落ちたそうである。