第5章 お狐様、決意する

─それでは本日のトレンドのコーナー! 今日のトレンドは、実にフレッシュ!─

─フォックスフォンの隠し玉にしてイメージキャラ! 狐神イナリちゃんです!─

─あー、私も見ましたよ。凄い美少女ですよね、彼女。あれ加工無しってほんとですかね?─

─確かに彼女のような隠し玉を育てていたなら、今までイメージキャラを設定していなかったのも分かる話ですね─

朝のテレビをつけるなりやっていた番組を見ると、イナリはなんとも言えない顔でチャンネルを変更する。

─えー? イナリちゃんですか? 知ってます! ちょーかわいい!─

─このようにフォックスフォンの公式ページに突如現れた狐耳少女の魅力にやられてしまったという人が東京でも急増中で……─

「……うーむ。狙いは成功したと言うべきなんじゃろうがのう。自分の顔がてれびに出とるのはなんかこう、面映おもはゆいのう……」

そう、フォックスフォンの公式サイトの大刷新は結果から言うと大成功であった。

フォックスフォンの名に相応しく狐耳巫女な美少女の鮮烈デビューは即座に全国にあらゆる媒体を通して拡散し、新商品と共にぎこちなく微笑むイナリの姿があちこちに広告としても載ることで拡散の勢いはもはや止まるところを知らなかった。

となればフォックスフォンには当然様々な依頼が来るが、フォックスフォン側がかなり精査をしているようだ。特にライオン通信が絡んでいないかはよく確かめているそうだが……さておいて、最初の目標である「イナリのイメージを作る」というものは達成できたと言っていいだろう。

今後イナリが何をやっても背後にフォックスフォンがチラつけば、大体の人間は「話題作りの何かでありフォックスフォンが背後にいる」と自分の中で納得させてしまうだろう。

「しかしまあ……良き方向に進んでおる。実に順調じゃ」

言いながらイナリが口に放り込むのは、オークから出た魔石だ。どうやら魔石は大きさによって得られる魔力が異なるようだが、オークだとゴブリンやウルフと差はないようだ。

─魔力が上昇しました!─

「さて、と。すてえたすとやらはどの程度変わったかのう?」

レベルも上がり、ウルフやオークの魔石も取り込んだ。これでどう変わるかといったところだが……表示されたステータスにイナリは「ほう」と声をあげる。

名前:狐神イナリ

レベル:18

ジョブ:狐巫女

能力値:攻撃E 魔力A 物防F 魔防A 敏捷E 幸運F

スキル:狐月召喚、神通力Lv8、狐神流合気術、神隠し

「ふーむ……魔力は変わっとらんが、魔防が上がっとる。『限りなくえーに近いびー』というやつじゃった……ということかの」

魔力Aに関しては、これで上限ということではないのは分かっている。となると、Aの更に上に行くにはまだまだ足りない……といったところだろうか? 他の数値が変わっていないのも似たような理由だろう。しかし、成長はしている。レベルが上がる度に、僅かな変化が自分の中に起こっているのをイナリは感じていた。

「さて、となれば次のだんじょんを予約せねばならんが……この状況じゃと、あまり選べんのう?」

スライムや巨大ネズミの出てくる下水型、東京第五ダンジョン。

リザードマンの出てくる沼地型、東京第六ダンジョン。

アンデッドの出てくる地下監獄型、東京第七ダンジョン。

人気がないのはこの三つで、特に東京第五ダンジョンと東京第七ダンジョンが人気がない。

理由としてはなんか汚れるイメージがあるからだろう。沼地であるという理由だけの東京第六ダンジョンは、他の二つよりは人気があるようだ。そして意外なのが東京第九ダンジョンの人気の高さだが、これはつまりドロップ品として出てくる虫関連のアイテムが高く売れるようなのだ。

「うーむ……第七に行ってみるかのう。悪霊の類をはらうのは専門であるとも言えるしのう……」

予約しようと考え覚醒フォンを操作していると、ちょうど電話が着信する……フォックスフォンの赤井からだ。

『おはようございます。今お時間よろしいですか?』

「うむ、おはよう。何用かの?」

『ひとまずですが、もっと『のじゃ』の活用により可愛らしさを際立たせていくのは如何でしょう?』

「切ってええかの?」

『いえ、では本題を。実は秋葉原に新しいダンジョンが現れました。恐らくは臨時ダンジョンだと思われますが……今回は当社で対処を請け負うことになりました』

なるほど、話が見えてきたとイナリは頷く。つまり、そのダンジョンの攻略をイナリに依頼したいという話なのだろう。イナリとしては断る理由は何一つとしてない。

「つまり、わしがそのだんじょんをどうにかすれば良いのじゃろ?」

『はい。狐神さんはソロが好みと伺っておりますので、此方からはアイテムなどの支援になります』

「うむ、よう分かった。ではすぐ向かうのじゃ」

『……』

「む? 何か気になることでもあるのかの?」

『やはり分かったのじゃ、のほうが可愛かったのではと思いまして』

「さよか。では現地での」

電話を切ると、イナリは小さく溜息をつく。

「最近の『可愛い』はよく分からんのじゃ……」

現代文化の中でもかなり闇の部分ゆえに、それをイナリが理解する日がくるかは……まあ、不明である。

秋葉原。すっかり慣れてきたその場所は、いつもと違って緊張した雰囲気が漂っていた。

当然だろう、新しいダンジョンが現れたのだ。臨時ダンジョンであったとしても固定ダンジョンであったとしても、難易度は入ってみるまで分からない。

クリアしたとして固定ダンジョンであれば周囲の安全確保のために覚醒者協会が土地を強制的に買い上げる。そうなればダンジョンの種類にもよるが、地価にも大きな変動があるだろう。いまや覚醒者の街として復興した秋葉原だからこそ、誰もが「その後」を見据えている。

しかしまあ、イナリからしてみればそんな生臭い事情はよく分からない。

「空気が違う……誰もが不安を抱いている、ということかの」

まあ、不安を抱いている人もいるだろう。地価が下がったらどうしよう、とか。もし固定ダンジョンです、ってなったらお店どうなるかな……とか。ともかく色んな不安も混ざった秋葉原の空気を感じながら、イナリは現場へ向かって歩いていく。

大体の場所は聞いているが、覚醒者街の道のど真ん中に出来たらしいので迷うことなどない。

「ねえ、アレって……」

「いや、コスプレじゃねえの?」

「でもあんなクオリティ……え? でも……」

歩いていくイナリを、駅前にいた恐らく野次馬しにきた一般人が囁き合いながら見ていた。動画を撮っている者もいたので、まあちょっとしたイベント気分なのかもしれない。当然テレビもやってきていて、あちこちで生放送をしているようだった。

「こちら現場の韮崎にらさきです。ダンジョンゲートの発生した秋葉原では御覧のように状況を見守る覚醒者の姿が多く見られます。情報によりますと今回の担当はクラン『フォックスフォン』になったとのことで、今話題の狐神イナリさんが挑戦するのではないかという予想も……え? いた? 何処に? あっ!」

「狐神さん、今の意気込みをお願いできますか!?

「一言お願いします!」

「不安に思う皆さんに一言!」

「やっぱり語尾は『のじゃ』ですか!?

「フォックスフォンの隠し玉とのことですが、是非その辺りについて……!」

凄まじい勢いで走ってくる各報道の現場中継チームに「ぬおっ!?」とイナリは声をあげるが……まあ、一言くらいは構わんか……とリポーターの一人に視線を向ける。

「平和な街に突然だんじょんなどというモノが現れて不安なのはよぉく分かる。わしも最善を尽くす故、信じて待っていてほしいのじゃ」

「あ、狐神さん! もう少しお話を!」

「すまんが待たせておるでのう。今言えるのはそのくらいじゃよ」

そう言いながら身を翻すイナリだが、変に追うわけにもいかない。何しろ彗星の如く現れた新しいアイドル覚醒者になりかねない美少女だ。

あの狐耳と尻尾が本物かをさておいても、キャラ立ちが物凄い。そして物凄い美少女だ。

今貰ったコメントだけでも人当たりの良さが見えており、数字も取れそうだ。出来れば独占取材といきたいが、そうなると此処で無理にコメントを求めるのは拙い。生放送だし。

そうした様々な計算が瞬時に働いた結果、イナリを見送ったわけだが……尻尾が揺れている後姿がなんとも絵になる。

……となると、ここでフォックスフォンに好印象も残しておきたい。

「なんとも頼りになるコメントでした! 謎に包まれた狐神さんの強さですが、専門家の見方では精鋭チームと共に最高の態勢で臨むのではないかという……」

まあ、そんなフォックスフォンに非常に好意的なコメントに終始していく。そうして歩いていくと、やがて厳重に警戒されたダンジョンゲートの近くまで辿り着く。急ごしらえの柵や人員配置で対応しているようだが、その正面に立っていた覚醒者が「あっ」と声をあげる。

「その姿……狐神さんですよね? 申し訳ありませんが、カードの確認を」

「うむ、ほれ」

「白カード……あ、いえ。お通りください」

「ご苦労様じゃ」

やはり初心者用の白カードが気になるのだろう、イナリとしてもその気持ちは理解できる。

理解できるが、それはそれだ。そのまま奥に進もうとすると……柵を囲んで見ていた覚醒者の一人が「待てよ」と進み出る。

「納得いかねえ……誰が来るのかと思えば白カードの初心者だと? 大手が組んでルーキーに実績プレゼントしようってか。そんなことが許されおーい! 何処行きやがる!」

「え? わしに言っとるのかの?」

「他に誰に言ってると思えんだよ!」

「わしに言われても困るんじゃよなあ……わしだって頼まれて来てるんじゃし」

「それが納得いかねえってんだよ! お前みたいなガキが身丈に合わねえ実績で飾ってイキってんのがなあ!」

キンキン響く男の声を聞きながら、イナリは「要はわしの強さに疑義があるってことでええんかのう」と首を傾げる。

「よく分かってんじゃねえか! テメエみたいなガキ、俺からしてみれば」

腕を掴まれた瞬間。警備の覚醒者たちが動くより前に男の身体が宙を舞う。

「……へ? ぐへあっ!」

投げられた、と男が気付いたのは地面に身体を強打してからだ。いつ投げられたのかも分からないまま男は取り押さえられ、イナリは掴まれた腕を軽く振るう。

「いかんのう、女子の身体に気安く触れては。つい投げてしまったのじゃ」

「す、すげえええええ!」

「イナリちゃん強い!」

「のじゃかわいいいいいい!」

「うむ。ではのう」

手を振り柵の向こう側へと行きながら、イナリは思う。

(なんか赤井みたいなのがよく混ざっとる気がするのじゃ……)

気のせいである。たぶん、きっと。

◇◆◇

「おつかれさまです狐神さん、見てましたよ」

柵を潜り抜けた先、ダンジョンゲート前で赤井がグッと親指を立てていたのを見てイナリは「うむ」と頷く。

見てたならイナリがどうこうする前に仲裁に入ってほしかったような気もするが、まあどのみちあの短時間ではどうしようもなかっただろう。

「わしの短気を晒しただけという気もするが……まあ、どのみち何処かで起こった問題ではある気がするしのう」

「そうですね。イメージキャラを務める人にとっては、皆さん何処かで通る道のようです」

「妬み嫉みか。面倒じゃのー、いつの世もそんなもんばっかりが溢れとる」

「まあ、あんな男では当社の望む『かわいいきつね』は表現できませんけどね。妬みも嫉みもお門違いというものです」

「わし、それは初耳なんじゃが……」

「当社はフォックスフォンですから」

納得できるようなできないような。そんな感覚に陥りながらもイナリは「まあ、そう、かのう……?」と頷く。

「さて、それでは早速ですが攻略の前の確認を始めさせていただきたいと思います」

「うむ。ゲートの中に入ってクリアしてくればいいんじゃろ?」

「その通りです。多少の差異はありますが、基本的にダンジョンはボスを倒すことでクリアになります。一週間分の物資は用意しましたが、三日経過したら救援を兼ねた後続部隊を送り込みます」

言いながら、赤井は一つのリュックを差し出す。携帯食料に水、医薬品。そうしたものが入った大型リュックだが……それを受け取るとイナリは神隠しの穴に放り込む。

「アイテムボックス……!」

「そんなスキルを使えるのか!?

「なんてこった。とんでもない隠し玉だな……」

周囲にいた人々がざわつくが、赤井はニコニコとしている。以前会ったときに何が出来るかと聞かれて、神隠しを見せたからだ。初めて見た時はやはり驚いていたが、二度目ともなればポーカーフェイスを作るくらいは楽であるらしい。

「クランからの指示などは特にありません。好きにやってきてください」

「うむ、任せよ。さっさと片づけてくるでのう」

「お待ちしております」

軽く一礼する赤井に頷くと、イナリはゲートに入っていく。そうすると、不思議なことにイナリの足元の地面が消えて失せる。

「ひょ?」

いや、違う。ゲートを入った先に地面が無かったのだ。そのままドボンと落ちた先は、どうやら海。塩辛い水を飲んでしまったイナリはそこで目の合った魚顔と鱗肌の男を見て目を丸くする。

「ギイイイイイイイイ!」

「がぼが……あー、うむ。そういうことじゃったか」

水の中を凄まじい速度で動き繰り出されるもりを避けながら、イナリは狐火を放とうとして……しかし一瞬で消え去ってしまうのを見て「あー……」と呟きながら再度の銛を回避する。

「水中じゃもんなあ。わしが水中で喋るのとは訳が違うわなあ」

イナリの神通力は海中で喋ることを可能にするなど造作でもないが、水の中で火を灯すのはまた違う。狐火は、所詮火なのだから海中で出せば当然消える。

となれば、狐月を使うしかないが……刀だって弓だって似たようなものだ。海の中で振るうような武器ではない。そこまで考えながら、イナリは再度の銛を回避し、戸惑っている様子の魚男に人さし指を振ってみせる。

「水に落ちた獲物じゃと思うたか? 甘い、甘いのう。わしの神通力をもってすれば水中で動くも話すも朝飯前というものよ。まあ、わしは朝飯は食ったんじゃけども」

「ギイイイイイイイ!」

「なるほど、お主の技はその銛で突くだけか。まあ、陸の生き物相手であればそれで充分なんじゃろうがのう」

しかしまあ、現実問題で言えばイナリのいつもの武器も技も封じられている。狐月も使えはするが、やはり海中で振るうようなものではない。

「うーむ……そうなるとまあ、仕方ないのう」

イナリはさっきから回避し続けていた銛を再度回避すると、魚男の顔面を掴みゴキッと一瞬で回転させる。「グエッ」という断末魔と共に魚男は消えていくが、ドロップした魔石も底の見えない海底へと落ちていってしまう。

「あー、もったいないのう。とはいえ仕方あるまい。斯様な場所に増援などとんでもないからのう……早めにぼすを仕留めるしかないのじゃ」

幸いにもイナリは神通力にて水中でもある程度自由に動ける。となれば、狐神流合気術とか名付けられた体術でどうにかするしかない。

(……しかし一撃で相手を屠る技は合気道ではない気もするのじゃが……あの武術家は一体何を修めとったんかのう……)

今となっては確かめる術もないが、別に確かめたところでどうなるわけでもない。

スキルとしてイナリの名前もつけられた以上、現在地上に同様の技は残っていないということなのだろうから。

「ギイイイイイイ!」

「ギイイエエエエエ!」

しかし、それに感傷的な気分になっている暇はない。すでに新手の魚男が二体、イナリに向かってきている。更にはその先にボスもいるのだ、こんなところで手間取っている暇などあるはずもない。

「さあ、かかってくるといいのじゃ! 片っ端から屠ってくれようぞ!」

そうして水中を自由自在に泳ぐ魚男たちと、同様に自在に泳ぐイナリの激闘が始まった。

まあ、激闘といっても魚男たちの攻撃をイナリが避けて「せいっ」とやるだけの一方的戦闘であることに変わりなく、ある程度やると魚男たちが現れなくなる。

それでクリアであるのならばいいのだが、そうではないとなればイナリとしても困ってしまう。

水の中で漂い、イナリは悩みながら海底の方角を見つめる。

「うーむ……困ったのう。今の魚男どもの中にぼすは居ない。新しく襲ってくる敵もなし。となれば探すしかないが」

しかし、何の手がかりもない。海底に行けばいいのか、それとも水上に上がって何かを探せばいいのか。その二択のどちらが正解であるかも、今のイナリには分からないのだ。

ただ、こんな何処まで続いているのかも分からない海底へと行くのが必須なダンジョンなど、人間にクリア可能であるとは、イナリには思えない。

確か人間が深い海底に行くには相応の装備が必要だとテレビで言っていたような記憶もあるし、覚醒者になったからといって深海に生身で行けるようになるとも思えない。なら、ヒントは海上にあるはずだと。そう考えてイナリはスイスイと海上へ向けて泳いでいき……「ぷはっ」と海面から顔を出す。

「なんともまあ。なぁんにもないのう?」

眩しい太陽と青空と、何処までも続く海。小島一つすらありはしない。となると、やはり海底なのだろうか? そんなことを考えていたイナリは、何やら霧が出てきたことに気付く。それは、怪しげで濃い力を含むもので……そういう出現の仕方をするモノを、イナリはよく知っている。

「ああ、なるほどのう……幽霊船、というわけじゃな」

そう、そこに現れたのは巨大な帆船だ。妙にボロボロなその船が放つ怪しげな雰囲気は如何にも何かがありそうで、恐らくは先程の魚男をどうにかしつつ、この船に乗るのが正しいのだろう……とイナリは考えていた。実際、イナリに近づくと縄梯子なわばしごが甲板から降りてくる。

如何にも誘っているが、まあ別に問題はない。イナリは縄梯子をスルスルと登っていき、甲板に着地すると巫女服をトンと指で叩き一瞬で乾かしてしまう。

「うむ。これでよし、と」

そうしてイナリが周囲を見回せば、とくになんということもない、ボロボロの帆船であるように見える。もっと死霊がたくさんいるのではないかと考えていたイナリだったが、これは結構意外であった。

「怪しげな気配は満ちとるのに死霊の姿一つないとは。うーむ。まさか船の中にぎゅうぎゅうに詰まっとるとか言わんよな……?」

それはちょっと気持ち悪い。そんなことを思いながらイナリは甲板を歩く。

居ないというなら、ひとまず探すしかない。だから奥の方に見える船長室に向けて歩いていくが……太いメインマストの横を通り過ぎようとした、その瞬間。どろりとマストから何かが溶けだしてイナリを包み込むように襲って。しかし、即座にイナリが飛び退いたせいでベチャリと甲板に落ちる。そのまま動こうとした「何か」は、イナリの狐火で綺麗に焼かれて。

「ほおー……? なるほどのう、そういう類の怪異かえ。とすると、先程の縄梯子も……」

イナリに向かってムカデか何かのように走ってくる縄梯子を視界の隅に捉えながらイナリは「狐月」と呼びかける。

「シュウウウウウウウウウ!」

「良い偽装じゃったよ。わし相手でなければ、じゃがのう」

切り裂いた縄梯子から不定形の何かが剥がれ、イナリを襲おうとして……しかしイナリの放った無数の狐火に悲鳴を上げながら焼き尽くされる。

そして、それが合図になったのか船のあちこちから……いや、全ての場所から不定形のものが盛り上がるようにして現れ始める。

「おおっ!? こいつはなんとも……!」

それは当然のようにイナリの足元からも湧き出て、凄まじい量の不定形生物が甲板へとイナリを飲み込みながら現れる。アメイヴァロード。そう呼ばれる類の超巨大な水棲スライムだが、何かに寄生することで操るタイプの厄介極まりないモンスターだ。

今回は「大型船に寄生した」個体であり、本来であれば少しずつ被害者を取り込んでいくような、そんなスタイルであったのだろう。

だが、イナリが強く勘も良かったせいで出て来ざるを得なかった。それでも、こうして飲み込んだからには、もう確実に乗っ取ることができる……アメイヴァロードの勝ちだ。ただし、イナリが普通の覚醒者であったならば、の話であるのだが。

「秘剣・村雨」

「シュ、シュアアアアアアアアア!?

アメイヴァロードが悲鳴をあげ、イナリを甲板へと吐き出す。一体何が起こったのか……それはイナリの手の中にある、冷たい冷気を吐きだす狐月が原因であるのは明らかだった。

「その水飴の如き身体には、身を凍らす冷気はよく効くじゃろ?」

「シュアアアアアアアアア!」

「おお、寒いか。ならば暖めてやらねばのう?」

津波の如く覆いかぶさってこようとするアメイヴァロードを、イナリの放った巨大な狐火が連続で放たれ吹っ飛ばし続ける。

火炎と爆音。それが収まった時には、アメイヴァロードの姿は欠片も残ってはいない。

落ちてきた透明な珠のようなものをイナリがタイミングよくキャッチすると、ダンジョンクリアのメッセージが現れる。それは、このダンジョンが臨時ダンジョンであることをこれ以上なく明確に示すものだった。

─【ボス】アメイヴァロード討伐完了!─

─ダンジョンクリア完了!─

─報酬ボックスを手に入れました!─

─ダンジョン消滅に伴い、生存者を全員排出します─

◇◆◇

イナリがダンジョンに入った後、赤井はダンジョンの隔離区域前でクラン「フォックスフォン」のマスターとしてマスコミを前に会見中だった。

「……と、このように万全のサポート態勢の下に今回のダンジョンを攻略中です。安心して普段通りの生活をしていただくようにお願いいたします」

「中央テレビの韮崎です。今回ダンジョンに挑戦されている『狐神イナリ』さんはフォックスフォンの秘蔵っ子と伺っていますが、具体的にどのような方なのでしょうか?」

「詳しいプロフィールは本人希望により非公開です」

「実は新人だという情報も入っていますが」

「活動期間が実力と比例するわけではないのはよくご存じと思われます。彼女に関してもそうであるということです」

とにかくイナリのことを探ろうとするマスコミの質問を躱していると、赤井の下に慌てたように一人の覚醒者が走ってくる。そうして囁く内容に、赤井もギョッとしてしまう。

「えっ、あ……本当?」

「はい、つい先程」

それを聞くと、赤井はマスコミへと真正面からキリッとした表情を見せる。

もうこんなところでグダグダと会見をしている暇はない。だからこそ、一言で終わらせるつもりだった。

「本日発生したダンジョンですが、たった今クリアに伴う消滅を確認しました。これに伴い臨時ダンジョンであると確定し、秋葉原の安全が確保されたことをお知らせいたします。では、私は事後処理がありますのでこれにて」

「あ、待ってください赤井さん!」

「この驚異の攻略速度について……!」

聞かれたって答えられるはずもない。赤井だってこんなに凄まじい速度で攻略してくるというのは想定外なのだ。覚醒者協会から強いとは聞いていたが、此処まで強いとは聞いていなかった。

(凄く簡単なダンジョンだったとしても、この速度は速すぎる……! いえ、でも逆に考えれば、それほどの相手と私たちは組めた。それは今後の大きい利益になるわ……!)

強い覚醒者がいるというのは、それだけでクランの立場を強くする。今回は簡単だったのかもしれないが、今後東京第一ダンジョンのクリアすら可能かもしれない。

そんな未来を考え微笑んだ赤井は……イナリの前の机に丁寧に置かれていた大きな珠を見てギョッとする。

「おお、赤井ではないか。何やらてれびの相手をしていたとか」

「そ、そそそそ……!」

「蘇我馬子?」

「ではなく! そ、その珠は……もしかしてアメイヴァの核ですか!? そんな大きな……え、狐神さん。貴方一体何を倒してきたんですか?」

「何って言われてものう。あめいばろおど、らしいぞ?」

「アメイヴァロオオオドオオオオオ!? え、アメイヴァって、あの寄生型モンスターの……ロード級を!? そんなの世界を見渡しても討伐記録がありませんよ!? そんなのを、え? この時間で?」

「うむ」

「あの、ちなみにどんなダンジョンだったんでしょう?」

その後、説明を聞いた赤井はぐったりと用意された椅子に座り込んでいた。

入るなり海に落とされる初期転送に、海の中から襲ってくるマーマンの群れ。救いのように現れた幽霊船……に偽装した、船そのものが罠で腹の中な、大型帆船に寄生したアメイヴァロード。

一つだけでも……というか転送された瞬間に全滅しかねない罠、そこを生き残ってなお全滅必至なボスの罠。どうしようもないくらいに初見殺しだ。ハッキリ言って、赤井を含む「フォックスフォン」のどのメンバーが行っても死んでいただろうし、準備すればするほど死にやすくなる悪夢のようなダンジョンだ。臨時ダンジョンで本当に良かったとしか言えない。こんなものが固定ダンジョンになっても、大規模攻略の担当をしてくれるクランがいるとも思えない。まあ、それに関してはイナリがクリアしてくれたので頭を悩ませる必要はない。ない、のだが。

(影響力が大きすぎる……! これをそのまま発表したら大騒ぎじゃすまないわよ……! 幾らなんでもアメイヴァロード……!? それも核がドロップ!?

赤井が鑑定していた覚醒者に視線を向ければ、その覚醒者も冷や汗をダラダラ流しながら「アメイヴァロードの核です……」と頷く。それに赤井はフッといい笑顔で頷き返して。

「……ま、いいか。どうせ十大ギルドとやり合うのは織り込み済みでしたし。もうちょっと時間は欲しかったですが……」

「何やら黄昏とるのう」

「ハハハ……いえ、ちょっと狐神さんが事前の想定より凄くて。いえ、良いことなんですけれども」

「おお、そうじゃったか。と、そういえばコレもあったんじゃったな」

言いながら、イナリは机の上に置いていた報酬箱を持ち上げる。

おそらくアメイヴァをイメージしていると思われるデフォルメキャラが描かれた最悪に可愛くない包み紙の箱を見て、赤井は鑑定役に再び視線を向ける。

「えーと……『アメイヴァの報酬箱』らしいです」

「何ですか、その報酬箱……聞いたことないんですけど」

「称えられるべき業績とかいうやつの成果らしいのう。どれどれ……」

イナリが箱を開けると、中から飛び出してきたもの。

それはアメイヴァロードの核がかすんでしまうほどに世間を揺るがす、そんな物であった。

◇◆◇

翌日。オークションに出品された二つの品に覚醒者たちは大騒ぎであった。

当然だ。今まで一度も出品されたことのないような品が出ているのだ。しかも覚醒者協会主催のオークションで、日本本部による代理出品だ。

つまり……詐欺ではない。そして「品」が確実に保証されている。一見信じられないような出品内容も、現実であるということなのだ。

だからこそ十大クランの一つ『ジェネシス』のマスター、竹中は頭を抱えていた。そう、まるでついこの前の『閃光』のマスター、星崎のようにである。

「マスター、このオークション……一体どうすれば?」

「すでに凄い額になってますよ……!」

クランメンバーに聞かれても、竹中にしたところで正しい答えなど分かりはしない。

「アメイヴァロードの核……それはまだいい。いや、良くはないが……問題なのはもう一つだ」

今回出品されたアイテムは二つ。一つはアメイヴァロードの核……イナリがドロップさせたものだ。

元々アメイヴァの核とは魔法的な素材として有名であり、しかしその厄介さと核のレアさから値段は高くなる傾向にある。普通のアメイヴァの核ですらそうだというのに、未知のモンスター「アメイヴァロード」の核だ。それを使えば一体どんな凄いものが出来上がるのか想像もつかない。

しかし、それはまだいい。問題はその次だ。これに比べたらアメイヴァロードの核すら霞んでしまう。

「古代王国の杖、だって……!? くそっ、此処に来て新しい『セット装備』が現れるなんて!」

そう、前回のオークジェネラルシリーズと同様、これはどうやら「古代王国」シリーズの装備であるらしいのだ。

組み合わせ対象となるアイテムはまだ出現してはいないが、揃えば相当な力を発揮するのは間違いない。そして何より覚醒者協会の評価は「中級中位」。一線級である「中級下位」を超える、実質上のエース装備と考えていい。ならばセットが揃った時にはどれほどのものになるのか……? それを考えれば、古代王国の杖の価値は計り知れない。

魔法系の遠距離ディーラーであれば何が何でも手に入れておきたいし、それは竹中も同じであった。

(使える予算は幾らだ? くそっ、前回のオークジェネラル装備に使い過ぎた。四十じゃ落とせない。となると……くそっ、使い過ぎれば年間計画に支障が出る……!)

「マ、マスター! 入札額が一気に七十億に上がって……!」

「はあ!? だ、誰だそんな額を……」

「にゅ、入札IDはbracwitiです」

「その頭の悪いIDは『黒の魔女』だ! アイツ……ソロだからってこんな額を……!」

黒の魔女。そう呼ばれる日本での魔法系ディーラーの上位三人のうちの一人のことを思い浮かべながら、竹中は悔しさで拳を握る。これは意思表示だ。絶対に自分が落とすという、他のライバルへの宣言をする為の高額入札なのだ。そして実際、ここから一億足したところで黒の魔女は平気で更なる入札を重ねてくることだろう。

「……僕たちはこのオークションからは降りる。幸いにも収穫はあった、無理をする必要はない」

しばらく考えてから、竹中はそう判断を下す。このオークションは勝っても負けてもクランへの影響が大きすぎる。竹中が欲しいからという理由で勝負するわけにはいかない。だが、それで終わりではクランマスターは務まらない。

「収穫、ですか?」

「ああ。今回の出品のタイミングからみても、前回のオークジェネラルも、そして今回のアメイヴァロードも……秋葉原の臨時ダンジョンを攻略した『狐神イナリ』という子で間違いない」

「こがみ……ああ、あのコスプレの!」

クランメンバーが納得がいった、という風に頷くのを竹中はフッと笑う。考えが浅い。そう思わざるをえなかったからだ。あれだけの実力のある覚醒者が、ただのコスプレであるはずがない。しかも裏に居るのはあの覚醒フォン大手の「フォックスフォン」なのだ。

「ただのコスプレと断じるのは早計だよ。僕も直接見てないから何とも言えないけど、狐耳、しっぽ、そして巫女服。まるで最初からそういうセットであったかのように違和感がない。つまり、アレはフォックスフォンが秘蔵していたセット装備であるとは考えられないかい?」

「えっ!?

「ど、どういうことなんですかマスター!」

「分からないかい? 中級下位のセット装備、そして中級上位のセット装備となるアイテムを簡単に放出する躊躇いのなさ……これはとある事実を示している」

この狐神イナリという少女、あるいはフォックスフォンは中級上位のアイテムですら「必要ない」と即断できてしまう……ダンジョン攻略の速報とオークション出品までの時間を考えれば、恐らくクラン内で検討すらしていない。それには、そう出来るだけの理由があって当然だと竹中は考える。

「つまり……彼女の装備は上級下位のセット装備であると考えられるんだ!」

「な、なんですって!?

「本当ですかマスター! それが事実なら世界がひっくり返りますよ!」

「まだ分からない。けれど、正解に近いと僕は考えている」

ザワつくクランメンバーたちをそのままに、竹中は考える。恐らく、この予想に至ったのは自分だけではない。しかし……そうだとすれば「狐神イナリ」は装備頼りの覚醒者とも考えられる。

まあ、上級下位のセット装備を持っているのであれば、あるいはアメイヴァロードにも簡単に勝てるのかもしれない。

(そうであれば、引き抜きに意味はない。装備はクランのものだろうしね。しかしフォックスフォンとの協力関係を築ければ……いや、彼女を看板にすると決めたのなら、易々とこっちに利する真似はしないだろう。なら、まずは友好関係から構築するべき、か……?)

なんか合っているようにも見えて盛大に間違えている、そんな予想を立てたのが竹中だけかは分からない。分からないが……その頃イナリは、ブラザーマートでふりかけの袋を見て感動の声をあげていたりしたのである。

「おお、よもや此処で再びコレに出会うとは……」

ブラザーマートの食品コーナーに置かれていたふりかけの袋。何処にでもあるようなものだが、イナリにしてみれば「見たことはある」程度のものであった。海苔タマゴミックス味、たらこ味、ごま塩……まあ、定番商品ばかりだ。しかしだからこそ、イナリの心に強く突き刺さった。あの時の憧れの味が今……状態である。

「あの時はふりかけなんぞ見てるだけだったからのう……ふふ、今ではわしにも買える。なんとも嬉しいもんじゃのう……ふふふ、どれを買おうかの?」

それはイナリ的には「ふりかけご飯のお供えなんかなかったし、そもそも供えられても食べられるわけでもないし。人が居なくなってからはなおさらそういうの無いし、堂々と買い物できるのっていいよね」的な意味であるのだが、雑誌コーナーで立ち読みしてた客とか、近くにいた客とか、あるいは店員がどう思うかといえばまあ……イナリの意図するところとは全然別である。

(うっそだろ……ふりかけすら食べられないなんて、あの子……どんな生活を……?)

(いや、ふりかけなんか食べない超お嬢様だったのかも……え、じゃあ今は……没落……?)

(いっぱいふりかけご飯食べてほしい……)

なんかこう、よく分からんけどふりかけを食べれないような環境に今までいた子、である。

うん、ここだけ見れば間違っていないのが恐ろしいところだ。さておいて。

イナリは自分に向けられ始めた温かい視線に「な、なんじゃ……?」と疑問符を浮かべてしまうが、特に害意もない、むしろ好意的な視線だったので放っておくことにする。

「ううむ……海苔タマゴミックスは買うとして、こっちの梅シソはどうするかのう……カツオ味も気になるのう。いっそ全部買ってしまうか? しかし一袋二百円……五種買えば……えーと幾らじゃ。そんなに贅沢をしてええもんかのう」

そんなもの百個買ったところで塵のような感覚になるくらいはイナリは稼いでいるのだが、残念なことにその辺の感覚的なものが庶民の域から抜け出ていない。勿論自分がお金を稼いだことは知っているが、金銭に頓着していないので実はイナリ、残高を「えーと……いっぱいじゃな」でしか認識していないのだ。しかしまあ、ふりかけを全種買ったところで問題がないことくらいは認識できている。この店舗を丸ごと買い取っても全く問題ない程度だという認識はないが。

「うむ、決めたぞ。此処は海苔タマゴミックスだけを買う……! あれもこれもと気移りしてはふりかけに失礼じゃからの……!」

そうしてレジにふりかけを持っていって覚醒者カードで会計をしたイナリは、意気揚々と家へと帰っていく。

そうしたら手をしっかりと洗って、米を研いで……炊飯器にセットするとにっこり微笑む。

これが炊けた時が、いよいよ待ち望んだふりかけの時だ。

一体どんな幸せが待っているのか。想像しながらふりかけの袋を持って尻尾を左右に揺らしていたイナリだが、かかってきた電話の音に「む?」と声をあげる。

ふりかけを丁寧に置き、電話の相手を確かめる……どうやら赤井のようだ。

「もしもし、わしじゃよ」

『狐神さん、おつかれさまです。今お電話大丈夫ですか?』

「うむ、平気じゃよ。飯が炊けるまでにはまだ時間があるでのう」

『ありがとうございます。実は先日の臨時ダンジョン攻略の件に関するお話なのですが』

「うむ? 何か問題でもあったかの?」

『問題がないのが問題といいますか……予想通り、様々なクランからイナリさん宛の申し入れが届いています』

そう、秋葉原の臨時ダンジョンの超速攻略はテレビ中継されていたこともあり各社トップニュースで報じられた。しかし細かい部分は公式発表されていないため「クラン『フォックスフォン』がクリアした」ことは知られていても、具体的にどういうメンバーで攻略したかは知られていないのである。勿論イナリはイメージキャラではあるが、まさかイナリ一人で攻略したとは世間一般の人々は思っていない。

そういった情報は現場の情報を知ることのできる大規模クランや中小規模でも情報力のあるクランなどの選ばれた人物は知っているし、あるいは想像がついていたりするが……それでも正確な「狐神イナリ」という覚醒者の情報を掴むには至っていない。しかしイナリが関わっていることが分かればそこから辿ることは出来る。辿らずとも、ひとまず会ってみようかと考えるのは当然の流れだと言えるだろう。

まあ、そんなわけで各クランはイナリに会いたいという申し入れをフォックスフォン宛にしたわけだが。実のところ、問題はそこではなかった。

『クランの相手自体は此方で出来るのですが……狐神さんの判断を頂きたいものもありまして』

「わしの? 何ぞあるのかえ?」

『はい。実は……狐神さんのグッズはないのかという問い合わせが結構来ておりまして。この機会にフォックスフォンとしても大規模な製作販売に踏み切りたいと考えています。早速案がたくさん上がってきておりますので、一度打ち合わせをしたいのですがご都合はいかがでしょうか?」

イナリはそれを聞いて、自分の中で赤井の言葉の意味を反芻はんすうする。

三秒ほど、たっぷりと反芻して考えて。

「……もっと分かりやすい言葉で頼むのじゃ」

『狐神さんのかわいいグッズをたくさん売ってお金いっぱい稼ぎたいです』

「うむ、正直じゃのう……」

イメージキャラなんていうものを引き受けた以上、断る選択肢はないのだろうな……と。イナリは遠い目をしながら考えていた。

◇◆◇

さて、そんなわけで翌日。すっかり行き慣れた秋葉原にイナリは降り立った。

今日も朝早くからの到着だが、前回と違う点は人の視線が前回以上に突き刺さり、どれも凄く好意的であるという点だろう。

「ねえ、あれってやっぱり……」

「だよね。イナリちゃんだ。わあ、アレってCGとかじゃなかったんだ……」

「幻覚系スキルでも無さそうだよね。凄い……」

何やら話している声からすると「フォックスフォンの狐神イナリ」を知っている面々と思われた。他の面々も同じようで、「イナリちゃん」という声があちこちから聞こえてくる。

まあ、好意的に見られる分にはイナリとしても構わないのだが「イナリちゃん」呼びはなんともむずがゆい。むず痒いが……わざわざ「イナリちゃんと呼ばないでくれ」と言うのも違う気がする。

余程の悪意が混ざっているのでなければ、人が自分をどう呼ぶかはその人に委ねるべきだとイナリは考えているからだ。

まあ、そもそもからして「イナリ」の名前もシステムが勝手につけたのだから呼び方がどうのなど、今更すぎる話でもある。それに……「ちゃん」付けされるのも、イナリとしては分からないでもないのだ。その主な理由は、秋葉原にでっかく掲示されているフォックスフォンの広告看板のせいだ。

イナリもオススメ、フォックスフォンの最新スタイル!

王道を征くお主の相棒に選んでほしいのじゃ♪

そんな看板がフォックスフォンの最新機種を持ったイナリの写真をデカデカと使って掲示されているのだ。ちなみにイナリはそんなことは言っていない。でもどんな風にしましょうかと聞かれて「わしは素人じゃし、そういうのは任せるのじゃ」とは言った。結果がアレである。

(まあ、アレを見た者が「ちゃん」付けするのも……理解はできるのう)

だから、特に気にせず歩いていると……「あのっ」と声をかけられる。

声をかけてきたのは覚醒者の少女が二人。一人は剣士、一人は魔法系の遠距離ディーラーのようだ。しかし、イナリに何の用だというのだろうか? もし仲間になってくれという誘いであれば断ろうと思いながらイナリは「わしに何か御用かの?」と聞き返す。すると……返ってきたのは予想外の言葉だった。

「い、一緒に写真撮ってくれませんか!?

「なぬ!?

「フォックスフォンのサイト見て、もうすっごい可愛いねって話してて……! 覚醒フォンもフォックスフォンに機種変したんです!」

「お願いします! SNSに上げたりはしませんので!」

「お、おお……そうじゃったか。それは有難うのう」