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その後、なんだかんだで使用人被服工房にメイドイナリの写真が飾られることになったのはさておいて。すっかり夕方になった秋葉原の街は、まだまだこれからといった雰囲気がある。

「なんか人が増えてきた気がするのう……」

増えた、というよりは人が入れ替わり始めたというのが実は正しかったりする。

何しろ覚醒者という仕事はおよそダンジョンに潜る生活をしている限りは昼夜があまり関係なかったりする。

ダンジョンから出てきたら夜、どころか三日かかったり一週間かかったりすることもある。

半日程度で終わったとしても、その後の武具の整備や道具の補充のために工房に行かなければならない。場合によっては新しいものを買う必要もあるだろう。

けれど工房が九時から十七時までしかやっていません、となると覚醒者は困ってしまう。

勿論覚醒者協会でもある程度のサービスはあるが、こだわりの出てきた覚醒者にはお気に入りの工房があったりするものだ。そして工房としても、そんな「お客様」を逃すわけにもいかない。

個人の小さな工房ならさておき、ある程度人数のいる工房であれば二十四時間営業をしようという話になるわけだ。

そうすれば職人にまでこだわりのある覚醒者以外の要望には応えられるというわけで、稼ぎにも直結してくるともなれば大体の工房は我先に二十四時間営業の看板を掲げるようになる。

最近では小さな工房でもバイトを雇って夜間の「修理予約受付」だの「完成品販売」などをやっていることもある。

イナリもそれを何となく察したのだろう、眠らない街となった秋葉原の光景をじっと眺める。

「眠らない街、か。人の営みとは物凄いものじゃのう」

「何のお話ですか?」

「ひょっ!?

突然背後からかけられた声に振り向いたイナリは「キェー、メイド!」と声をあげる。

そう、そこに立っていたのはさっきの店のメイドだったのだ。服もメイド服のままである。

武具類もしっかりと着けているので、なんちゃって覚醒者ではないのはしっかりと分かるのだが。

「はい! 荒みがちな生活に安らぎを、趣味と実用の両立に完全回答! 世界のために今日も征く! 『使用人被服工房』のメイド、エリでっす!」

ビシッとポーズを決めるメイド……エリをイナリは胡乱うろんな目で見る。

「あー……今の一連の動き。練習しとるのかえ?」

「うわ酷い! 素で返されるの一番恥ずかしいのに!」

「それはすまなんだのう。現代文化はまだちょっとうといのじゃ」

顔を真っ赤にするエリにイナリは本当にすまなさそうに謝るが、それでエリはなんとか元に戻ったようだ。

「まあ、私たちの仕事ってイメージ商売なとこあるので。普段から隙はあんまりないです!」

「あんまり、というのは」

「ちょっと作った隙に皆のハートを誘い込み! メイド隊のタンク担当として当然の嗜みです!」

「さよか。じゃ、わしはこれで……」

「待ってー!? さっきの今でそれは私悲しいです!」

「いやじゃって、なんかこう……わし、ついていけそうにないのじゃ」

「むむむっ……では今後ゆっくりと分かり合いましょう!」

手を差し出してくるエリにイナリがまあ仕方ないと握手すれば、周囲から拍手と歓声が響く。

「いいぞー!」

「エリちゃーん!」

「俺のパーティーに入ってくれー!」

「狐巫女ちゃんかわいいー!」

いつの間にか見世物と思われていたらしいが、エリが手を振って応えている。

イナリも手を振るが……そうすると歓声が大きくなる。一体何事なのかイナリは全く分かっていないが、ここで乗らないわけにはいかないという空気読みだけは出来ている。

「では皆さんさようならー! 『使用人被服工房』をよろしくお願いします!」

言いながらエリがイナリの手を振って走り……先程の群衆から見えない場所まで走っていく。

「ふう、なんとかなったー」

「あー……なんじゃ。もしかしてあれかのう。わしに話しかけたの、わざとじゃな?」

「そりゃあもう。どっかで目立ちました? 怪しげな人が数人、尾行してましたよ」

「むう。それは助かったのじゃ。ありがとうのう」

「いえいえ。職業柄、そういう視線に敏感でして」

イナリもあちこちから見られていたことは気付いていたが、そんな怪しい視線が混ざっていたことには気づいていなかった。だからこそ、想定していたはずの危機にゾッとした。まさかこんなところでそんなことが。いや、こんなところだから起こるのか。

「あれだけ視線集めた中で妙な動きは出来ないと思いますけど。さっきの寸劇の中で車呼んだんで、私を信用できるなら是非」

「……うむ。お主を信じよう」

正しいかどうかはイナリには分からない。しかし、信じてみなければ始まらない。

やがて止まった車にエリとイナリが乗り込むと、運転手は先程のメイドの店に居た店長……もとい執事長だった。

「セバスさんありがとう! ほんっと助かります!」

「いやあ、いいんですよ。慣れたもんです」

五十人が見て三十二人が納得するだろうナイスミドルな彼の名前はセバスチャン……フルネームは「滝川セバスチャン」……ちなみに本名である。

「で、今回はストーカーですか?」

「まだ分かんないです。イナリさんを見る目に怪しい視線が四つ混ざってたんで、何か起こる前にどうにかしとこうかなって」

「ああ、それは正解です。与える情報は少ない方がいい。それに……あ、シートベルトは締めてますか?」

「しーとべると?」

「私がやっときます! これ、これを……こう!」

カチッとシートベルトを締める音を聞くと、セバスチャンはニッと不敵に微笑む。

「怪しい高級車一台。まずは撒きますよ!」

「ゴーゴー!」

「ひょ、ひょえー!?

アクション映画のような動きを始めた車の中でイナリは思わずエリに縋るが、それが嬉しかったのかエリはニヤニヤと嬉しそうに……本当に嬉しそうに笑っていたのだった。

そうして始まった夕闇のカーアクションの結果、なんとか怪しい車を撒いたが……イナリは主に精神的な疲れでぐったりしてしまっていた。

「大丈夫ですか?」

「うー……まあ、大丈夫なのじゃ」

車は今は安全運転だが、それも万が一追いついてこられても面倒だからであった。

まあ、それにしてもセバスチャンの運転は凄まじいものであった。

「それはそうと先程の車ですが、アレは覚醒者ですね」

「む? 分かるのかえ?」

「ええ。覚醒者専用車は特徴的なので。しかしそうなると先程のはタチの悪いタイプのスカウトの可能性がありますね」

スカウト。つまりクランのスカウトである。日本にはクランが無数にあり、東京には覚醒者協会日本本部があるせいで各クランも本部、あるいは支部を東京に置いていることが多い。

しかしまあ、クランといっても規模も質も様々だ。その中には当然どうしようもないチンピラ同然のクランも存在するしマトモなクランの皮を被った悪徳クランも存在する。

そうしたクランは悪質な方法でクランメンバーを集めていることもあり、やり過ぎたクランが覚醒者協会に摘発されることなどはよくある話だった。

「なるほどのう……」

まあ、安野にダンジョンに連れていかれたときのことが原因だろうとイナリは思う。あの時スマホを構えて写真を撮ったり連絡している者もいたので、その中に悪質な勧誘を行うクランの手先がいたのだろう。

「わしの顔写真しかないから、秋葉原で待ち伏せた……というところかのう」

「あー、覚醒者なら秋葉原に来ますもんね」

「そんなところでしょうね。しかしそうなるとどうしますか……」

「うむ。ま、なんとかなろう。えーと、安野の番号は……」