第3章 お狐様、悪漢と対峙する
その日、ブラザーマートの店員はボーッとしていた。
『アニキみたいな頼り甲斐』をキャッチコピーにしており、「皆のアニキ、ブラザーマート」の歌詞がインパクト大なテーマソングでも有名なコンビニチェーンであり、店員はまあ、普通のバイトであった。
基本的に世界が変わってもコンビニは大きく変わらず、覚醒者向けの商品を売るわけでもなくそれなりに「普通」な場所だ。まあ、店内に鎧を着ているような客が増えたのも変化といえば変化だが……今時のバイトはもうそれが普通だから動じない。動じない、のだが。その日店員は僅かばかり動揺した。というのも、ちょっと中々見ないタイプの客が来たからだ。
(えっ、狐耳……と尻尾? うわ、美少女……絶対覚醒者だろこれ……)
狐耳と尻尾、巫女服とある意味で統一性の凄い美少女が……ちょっと見ないレベルの美少女が入ってきたのだ。立ち読みやら買い物やらをしていた客も振り返るが、どの客も言うことは同じだ。
「すげ、美少女……」
「かわいい……」
「のじゃ、とか言いそう……」
一人変なのが混ざっていたが、さておいて狐巫女は店内を回りながら『うーむ』と唸っていた。
何を探しているのか。是非手伝ってあげたいが、レジを放り出すわけにもいかない。
店員の男がウズウズしていると、どうもそれは自分だけではないことに気付く。
どの客も声をかけたくてタイミングを窺っているようだが、変に声をかけて嫌われたり通報されたりしても困る。あまりにも相手が美少女過ぎると声をかけ難いというのは当然ある。
まあ、そんなピュアを発揮している彼等が見ていた狐巫女だが……まあ、当然のようにイナリである。
先日のダンジョンで稼いだ魔石の売り上げもあるので、ちょっと買い物に来ていたのだ。
そう、今のイナリは買い物だって出来る。そういう意気でやってきたわけだが……どうにもこのコンビニという場所、凄まじい。
「ううむ……何でもあるのう。さながら雑貨店じゃが、此処なら手に入らぬものはない……そう思わせてくれるのじゃ」
「のじゃだー!」
「うおっ、なんじゃあ!?」
イナリが商品棚から顔をあげると誰もが露骨に此方から視線を逸らしているが……急に叫ぶからちょっとビックリした。たぶんあの中の誰かがあの妙な叫び声をあげたのだろう。
しばらくじーっと見回していたが、わざとらしいくらいに誰もこっちを向かないので、イナリも気にしないことにして商品棚に視線を戻す。
洗剤にゴミ袋、石鹸に歯ブラシ、その他諸々。パンも綺麗に包装されて売っているし、おかずもある。
「おお、おにぎりもあるではないか……一体何種類あるんじゃろうのう」
しゃけにおかか、梅に昆布、シーチキンに肉まで。まるでおにぎりのデパートのようですらある。思わず感動に目をキラキラさせてしまうイナリだが、残念なことに今日の目的はそれではない。
「むむ、いくら……? 鮭の卵か何かじゃったか。旨いのかのう……」
おにぎりから目が離せなくなってしまうが、今日の目的はそれではない。
強い意思でおにぎりの棚から目を離すと、イナリの目はホットスナックのコーナーに向けられる。コンビニ定番のレジ横のホットスナックコーナーだが、イナリにとってみれば「なんだかよく分からんもの」でしかない。
近づいて見てみれば、何やらホカホカとしたものが入っているのが分かる。
「肉まん、あんまん、ぴざまん、市井鉄郎の贅沢からあげ……」
何やら不敵な顔をした男の写真入りのポップと共に「一本二百円」と書かれている。いわゆる覚醒者コラボ商品だが、大手クランのエースである市井鉄郎とのコラボということで売り上げが中々に好調な品だ。勿論、イナリはそんな男は知らないしコラボ商品という概念も知らない。
そんなイナリがこういうのを見てどう思うか……その答えは明白で。
「この男は何をやったらこんな目に遭うのかのう……末路がからあげとは、哀れな……」
「ブフッ」
店員が思わぬ一撃に噴き出してしまう。どんな罪を犯しても末路が唐揚げになったりはしないと思うのだが、確かにそういう風に読めなくもない。ないが……そんなことを真面目な顔で言われては、そういう風にしか見えなくなってしまう。
「あの、それ……コラボ商品でして。材料は普通に鶏肉で。ぶふおっ」
「お、おお! そうじゃったか! はー、よかったのじゃ。この男はからあげ職人じゃったか!」
我慢できなくなって、男は後ろを向いて笑い出す。そうすると聞いていた他の客も耐えきれなくなったようで笑いが
「いえ、味の監修とかなんですよ。この人は覚醒者なんで……」
「覚醒者の能力を料理に……?」
「いえ、普通にダンジョンとか潜ってらっしゃいますね」
「では何故からあげを……?」
「ちょっとバイトなんで分かんないですね……」
たぶんインタビューで唐揚げが好きとか言ったんだろうな、と店員は思うのだが確かじゃないので言う気にもならない。
「ところでお客様、何かお探しですか?」
「おお、そうなのじゃ! 探しているものがあってのう!」
「はい」
「すまーとほんは、何処に置いてあるのかの?」
そんなイナリの質問に、店員は最大限の営業スマイルを浮かべる。
「当店ではちょっと取り扱っていませんね……」
残念そうな表情のイナリに店員は申し訳ない気持ちになってしまうが、無いものは無いので仕方ない。しかしまあ、イナリはすでに気持ちを切り替えているので問題はない。そう、ブラザーマートを出たイナリは、道をてくてくと歩いていた。
アニキのような頼りがい、困ったときのブラザーマート。
そんな歌でテレビで宣伝していたというのに、まさかスマートフォンがないとは予想外だった。
しかしそうなると何処でスマートフォンを手に入れればいいのか? 安野に聞いてみる手もあるが、いつまでもそうではいけない。イナリも現代社会で生きる以上、一人でやっていく必要があるのだ。
(とはいえ、目的地もなく歩いていてもどうにかなるとも思えんのう……)
スマートフォンは何処で手に入るのか? イナリの知識を総動員すれば、普通に考えれば町の電気屋だ。しかし……どうにも店が少ないように思えるのは気のせいだろうか?
「むう……びるやまんしょんは多いが、電気屋どころか八百屋も魚屋も肉屋もない。米屋も見当たらんな……一体現代ではどのように買い物を済ませておるのじゃ?」
商店街どころか昔の山奥の村が健在だった頃の……村の中に点々とお店があるような人の営みしか記憶にないイナリである。スーパーとかデパートとかいう概念があるはずもない。テレビでコマーシャルでもやっていれば気付いたかもしれないが、最近はそういうコマーシャルは珍しいものになりつつある。
よって、実にイナリの現代社会での……というか人生初のお買い物であるのにスマートフォンを探すのはちょっとハードルが高い。高いが、一度やると決めた以上はイナリはやるつもりだった。
「むうう……わしの知るものと違い過ぎる。過ぎる、が……」
イナリはあちこちで進んでいる工事を眺める。どうやらマンションを建てるらしいが、まだほとんど出来てもいないというのに「全区画成約御礼」と書いてある。
「うーむ。そういえば此処は東京じゃったか。花の東京、というわけかのう」
まあ、勿論そういうわけではない。東京が素敵だからではなく、東京の防衛力が高いから人が集まっているに過ぎない。覚醒者も非覚醒者も自然と集まる都市、それが今の東京なのだ。
「東京、東京か……おお! そういえば東京にはでぱーとがあるではないか! そこならあるに間違いないぞ!」
なおデパートにスマートフォンが置いてあるかどうかは結構分からない部分もある。しかも何処にデパートがあるかはイナリも分かってはいない。
「えーと、そこの君。お買い物かい?」
「む?」
デパートを探さねば、と意気込むイナリにかけられた声に振り返れば、そこには三人組の男女が立っていた。その装備はどうやら覚醒者のようだが、胸元に「覚醒者協会東京支部委託」と書いた札が下がっている。
「あ、ごめんね。俺たちは東京支部から委託を受けた巡回チームなんだ。君が何か探しているように見えたから」
「おー、そうじゃったか。気を遣わせてすまなんだのう」
イナリが思わぬ人の優しさに微笑めば、女の覚醒者が「かわいい……」と呟く。
「いや、いいんだよ。俺たちで役に立てることはあるかい?」
「おお、それは助かる! 実はのう、これからでぱーとに行こうと思ってのう」
「デパート? 君も覚醒者に見えるけど、デパートで何を?」
「うむ。すまーとほんじゃ。でぱーとに行けば大体何でも揃うんじゃろ?」
言われて巡回チームの三人は顔を見合わせて囁き合う。
「……本気で言ってると思う?」
「いや、俺そもそもデパートでスマホ売ってたか記憶にないしなあ」
「無いことは無いと思うけど……いや、でもなあ」
そんなことを言いあうと、リーダーらしき男が軽く咳払いをする。
「まず確認したいんだけど、覚醒者……で合ってるかな?」
「うむ。これがかーどじゃな」
イナリが白いカードを見せれば「初心者かあ」と納得したように頷く。
それなら何も知らなくても仕方がない、と理解したのだ。
「覚醒者用の装備はデパートでは売ってないんだ。特殊な取り扱い免許が必要だからね」
「おお、それでぶらざーまーとにも無かったのじゃな!」
「えっ、あっ、うん」
イナリの
「だから、そうだな……秋葉原に行くといいと思う」
「秋葉原とな」
「うん。昔は電気街って呼ばれていたらしいけど、今は覚醒者街って呼ばれていてね。覚醒者用の物をたくさん売ってるんだ。当然、覚醒者専用のスマホもたくさん売ってるよ」
「おお、斯様な場所があるとは! これは素晴らしいことを聞けた……やはり縁とは素晴らしきものじゃ」
「秋葉原ならバスで行くといいよ。丁度そこのバス停が秋葉原に行くやつだからね」
「うむうむ。重ね重ね感謝する。ありがとうのう」
イナリが頭を下げて走っていくのを見て、リーダーの男はぽつりとつぶやく。
「……あの耳と尻尾、アーティファクトだよな?」
「たぶんな。実は凄いお嬢様なんじゃないか?」
「信じられないくらい可愛かったしねえ。耳触らせてもらえばよかった……」
なるほど、見方によってはイナリは世間知らずなお嬢様に見えるらしい。
巡回チームの面々が声をかけたのも、そういう部分が多大に影響していたが……そのおかげでイナリはどうやら、スマートフォンを買いに行けそうであった。
◇◆◇
バスに揺られてイナリは秋葉原に到着する。モンスター災害で当時、電車による交通網が大幅に寸断され、現在ではバスが復権しているそうなのだが……イナリとしてはバスのほうが馴染みがある。もっとも、そういった通常のバスに乗ったのはこれが生まれて初めてであり、覚醒者は資格証提示で無料というのは驚きであったのだが。
「おお、此処が秋葉原なのじゃな」
そうしてイナリが降り立ったのは、秋葉原である。
電気街として有名だった街はサブカルチャーの街へ、そこからモンスター災害を経て、今は覚醒者の街へと生まれ変わっていた。
そのきっかけは、サブカルチャーを楽しむ余裕がなくなりテナントが空っぽになっていく中で一軒の小さな覚醒者向け用品を作る工房が出来たことだった。
その工房で造られるオーダーメイド鎧の性能が口コミで知られるようになり、たくさんの覚醒者が秋葉原を訪れるようになると、様々な製作系の覚醒者が秋葉原に工房を開くようになる。
そうすると自然と大小様々な工房が秋葉原に移り始め、やがて空いていたテナントは埋まり破壊痕にも新しい工房が出来るようになる。こうして生まれたのが今の秋葉原の街なのだ。
「……なるほどのう」
大型ビジョンの映像で流れている「秋葉原の歴史」を見て頷くイナリだが、続けて街並みを見て納得してしまう。
所狭しと並ぶ覚醒者向けの装備や薬、各種アイテム。大きな工房に小さな工房、なんだか怪しげな店まで勢揃いだ。車は指定されたもの以外は立ち入り禁止のようで、厳重な立ち入り禁止処置まで行われている。今イナリがいる場所などは、丁度秋葉原覚醒者街の入り口であるというわけだ。
「今月は剣、剣の品揃えが豊富です! どんな敵もズバッと斬る切れ味、今ならお得ですー!」
「量産鎧が今なら即納可能! 選べる価格帯でいつでも安心!」
「いらっしゃいませー! 防具はかわいくカッコよく! どりーむめいるですー!」
そのせいか、呼び込みも凄い。恐らくは看板娘なのだろう少女が鎧を着込み看板を持って呼び込みをしている姿は、今の時代に適応した姿なのだろう。もしかつての秋葉原を知る者が此処に居れば「あんまり変わらねえな……」などと言うかもしれない。
そんな秋葉原をイナリは歩き、店の看板を見ていく。
金谷製剣工房、チャクラムの穴、田中防具店、メロンアックス、風楼武具工房……大きさも種類も色々だ。
しかしまあ、イナリは武器も防具も必要ないのでそこらへんは関係ない。だからテクテクと歩いていくのだが……恐るべきことに、この結構見た目重視な恰好が溢れる中でもなお、イナリは目立っていた。
秋葉原が覚醒者の街と化したことでアイドルじみた容姿やかわいい、あるいはカッコいい容姿の覚醒者も少なくないにも拘わらず、だ。
イナリが歩けば周囲が振り返り、狐耳や尻尾が動けば息を呑む音が聞こえる。突然秋葉原に降臨した狐巫女はまさに視線を独り占めであった。
「何あの美少女……え、あれどうなってるの?」
「巫女……狐巫女? なんだろう、何か燃え上がるものを感じる……」
「フワフワしてる……触りたい……」
とはいえイナリが楽しそうに歩いているのを邪魔できる者も中々いない。
遠巻きに見ているばかりだが……当然、そんな視線はイナリもビシバシと感じていた。
(うーむ。此処でも凄い注目されとるのう……まあ、ええか)
見られるだけならば特に害はない。ない、のだが。それよりもイナリには大問題がある。
それは「スマートフォンは何処に売っているのか」である。
さっきから武器やら防具やら薬やらばかりなのだが……店が見つからないのだ。
「うーむむ……どうしたものか」
イナリは迷った挙句、近くにいた呼び込みの人に声をかけてみる。
「あのー……申し訳ないのじゃが、ちょっと聞いてもええかのう?」
「きゃっ! え、あ。何ですか? お嬢様!」
「お、お嬢様あ!?」
「はい! 私たち『使用人被服工房』では執事やメイドの服をイメージした防具やアクセサリーをご提案しているんです!」
「めいど」
「メイドです!」
なるほど確かに執事やメイドを描いた可愛らしい看板と、お店に並ぶサンプルの執事服やメイド服。高度な戦闘に耐えうるモンスター素材を使っているのがなんとも趣味的な工房である。
「よかったら是非ご試着を! 絶対似合うと思うんです!」
「あ、うむ。それはまた考えるとして……覚醒者用のすまほを探しとるのじゃが。何処にあるのかのう」
「あ、覚醒フォンですね? それならもう少し進むとライオン通信とフォックスフォンの二つがありますよ」
「なんとまあ」
なら聞かずとも、もう少し頑張れば着いていたということなのだろう。それはなんとも恥ずかしく思えてきて、イナリは「そうじゃったかー……」と照れた様子を見せる。
しかしそんな様子にメイドはキュンときたようで、イナリに「あのっ!」と声をかける。
「この縁を大切にしたいので是非是非是非! 後でご来店いただけませんでしょうか!?」
「へ? う、うむ。まあ恩もあるしのう。縁と言われれば無下にも出来んが」
「やった! 約束ですよ! てんちょー! 間違えた執事長ー!」
店の中へ走っていくメイドを見送りつつ、イナリは「変な約束をしてしまったかのう……」と呟くがまあ……取って食われはせんじゃろ、と気楽に構えて再び歩いていく。
「なんと……ほっくすとは狐のことじゃったか」
フォックスが上手く言えなかったイナリがそう呟く。
ライオン通信とフォックスフォン。互いにライバル同士であり、店を道を挟んだ向かい側に建てているくらいである。多機能型を主力とするライオン通信と、シンプルで頑丈さを重視するフォックスフォン。イナリが選ぶのは……。
「まあ、狐耳が狐の店に入らんのもどうかと思うしのう。ほっくすに行くとしようかの」
そうしてスタスタと店の中に入っていけば元気な歓迎の挨拶が響く。
「いらっしゃいま、ええ!?」
「狐耳……? え、嘘。ウチの強烈なファン……?」
「すまんが自前なのじゃ」
「あ、失礼しました!」
特に店員が狐耳をつけているということもなく、シンプルな店内にはスマートフォンが幾つも並んでいる。
覚醒者対応型スマートフォンとして開発された機種には電池として魔石が採用されており、電波に頼らない通信が出来るようになっている。ライオン通信とフォックスフォンはその先駆けであり、大手でもあるわけだ。
しかし当然、そんなものを非覚醒者に持たせるわけにもいかない。色々と危険であるからだが……つまり当然、イナリにも資格を確認すべく店員が近づいていく。
「いらっしゃいませ! 此方覚醒者専用スマートフォンの専門店となっておりますが、覚醒者カードはお持ちでしょうか?」
「うむ。これじゃな?」
「はい、確認させていただきました。お客様は白カード……ということは初めてのご購入ということでよろしいでしょうか?」
「うむ。買うのを勧められてのう」
「一台あると便利ですよ。ダンジョン内での通信も可能になっておりますので、いざという時の危険度がグンと下がります。ランダムテレポートの罠に引っかかったパーティーが覚醒フォンのおかげで再び集合できたという事例もあるほどです!」
「ほー」
そう、通称覚醒フォン。ダンジョン内部は異界なので「外」への通信は出来ないが、覚醒フォン同士でのトランシーバー的な使い方は可能なのだ。これは電波に頼らない通信形式だからこそ出来るものだと言えよう。
「では、その覚醒ほんが欲しいのじゃが……どれを買えばええんかのう」
「はい、当工房では可能な限りシンプルかつ頑丈にすることを目標としておりますので機能としてはどれもほぼ変わりありません。値段の差はデザインや素材の差となっております」
ビッグタートルの甲羅を本体に、機械をリビングメイルの破片を溶かした金属で、そして液晶を浮遊水晶で作ったもの。本体は同じくビッグタートル、機械は安価な迷宮金属で作り、液晶をスライム混合板で作った、値段を抑えたもの。
「この二つなどはよく出る機種ですが、画面の耐久性を考えると浮遊水晶のほうが勝りますね」
「ふーむ。ならそれを頂こうかのう」
「あ、ありがとうございます。しかしよろしいのですか? 他の機種もございますが」
「むーん。それが自慢だから最初に薦めたんじゃろ? そしていざという時の備えならば耐久性の勝る方が良いに決まっとる」
それは確かにフォックスフォンの目指すところだ。正直もう一つのほうは機能が少ないのに値段が高いというユーザーのクレームに対応し作ったものだ。売れている。いるが……「値段相応」でしかない。それでも最初のユーザーなら大抵選ぶというのに。
しかも、このイナリの表情、目……嘘がない。心の底からそう言っているのが店員にはよく分かった。
(このお客様……間違いない。フォックスフォンの魂を分かってくださっている……!)
店員は奥から出てきている店長と頷きあい、店員に手信号で合図を出す。
合図はフォックス……特別扱いの指令だ。今の時代、そういうことも至極真面目にやっている。
「その通りでございます」
そして店員は、
「では此方をお包みいたします。それともすぐお使いになりますか?」
「すぐと言われてものう。説明書を読まねば使えんのじゃ」
「それでしたらサポートの
「おお、それは助かるのう」
カウンターに案内されていくイナリだが、フォックスフォンでは普通はそんなサービスはしていない。イナリがVIPのような扱いになったからこそである。
お茶とお菓子を出され、丁寧に使い方を教えてもらって。お店を出る時にはイナリは覚醒フォンで電話をかけて覚醒者専用ポータルサイトにも接続できるスーパーイナリになっていた。
そして店を出るイナリに店員が数人並び「ありがとうございました!」と見送るオマケつきである。近くを通った人は何事かとフォックスフォンを見て、次にイナリを見て。そしてまたフォックスフォンを見る。
「あの子、フォックスフォンか……」
「なんかそれしかないって感じだよな」
「……覗いてみる? そろそろ買い替えようかと思ってたし」
たまたま通りがかった覚醒者たちが実際にイナリの買った機種を購入していったりと、そんな福の神じみたことをやったイナリではあったが……まあ、それはさておいて。
◇◆◇
「きゃー! かわいいー!」
使用人被服工房。お屋敷風のエレガントな店構えの大きなその店は、メイド服や執事服、それに合う武器防具を販売する店である。しかしその辺をさておけばメイドや執事だらけの不可思議な……イナリにとっては異文化な店であった。そんな店にやってきたイナリはメイドたちに即座に囲まれてしまう。
「大変! かわいい! ねえどうしよう!?」
「え、これ私のでいい!?」
「こらー! その子はお客様ですよ! 囲まないの!」
「えー!? じゃあエリが見つけたのってこの子!?」
「お帰りなさいませお嬢様!」
「はい、散った散った!」
イナリが会ったメイドが他のメイドを追い払うと、メイドがさっとカーテシーをする。イナリには分からないが、文化は違えども美しい所作だ……そういう訓練をしているのかと思わせる動きだった。
「さて、他のメイドが失礼しました。使用人被服工房のエリです。本日はお越しいただきましてありがとうございます」
「うむ。狐神イナリじゃ」
「早速ですけど、メイド服にご興味などはございませんか?」
「めいど服?」
「私が着てるようなものです」
「あー、なるほどのう」
まあ、被服工房であるのだから服を売っているのは当然ではある。エリも先程「『使用人被服工房』では執事やメイドの服をイメージした防具やアクセサリーをご提案」と言っていた。実際にイナリが見る限りはただの服ではなく何らかの魔力を感じる品だ。青山の言う「人造アーティファクト」というのは、こういうものなのかもしれない。
「しかし、儂は今の服があるからのう」
「あ、別に売りつけようなどとは思ってません! ただ、メイド服の良さを是非ご体験いただけたらな……と思いまして」
「ふむ」
「使用人被服工房では御覧の通り、ちょっと非日常な体験をご提供しています。今回のご縁を機会に、是非そういったものをご体験いただければ……と思いまして」
なるほど、確かにそういう機会でもなければメイド服などに袖を通す機会はないだろう。興味があるかないかといえば「ない」が答えになってはしまうのだけれども。ただ、エリのおかげで覚醒フォンを買えたのもまた事実。勧められたのであれば強硬に断る理由は……まあ、ない。
「うむ。今日は世話になったしのう。うむ。その体験、やってみようかの」
「はい、許可いただきました! メイド隊、集合ー!」
「「「はい!」」」
「ぬおっ!?」
エリの声に従い現れたメイドたちの手には可愛らしいメイド服やメイク道具……しかもメイド服はイナリにぴったり合いそうなサイズである。
「ではお任せください、最高の体験と時間をご提供します!」
「きゃー、凄い! お肌が赤ちゃんみたい!」
「え、これ髪どうなってるの!? 凄い……!」
「ぬおおおおお!?」
もみくちゃにされながらも仕事が的確なメイドたちによってメイドに仕上げられたイナリはフリルもあしらわれたクラシックメイドスタイル。けれどホワイトブリムも狐耳を邪魔しないように頭に添えられて、なんとも異世界のメイドとでも呼びたくなるような恰好であった。
「わ、すごい……」
「異世界メイド……え、此処が異世界……?」
何やら感動しているメイドたちだが、イナリは何処が感動ポイントなのか全く分からず首を傾げてしまうのだった。