第2章 お狐様、現代社会に適応しようとする

目標が決まれば、何をすればいいかも見えてくる。

強くなるために必要なもの……つまりレベル上げと魔石集めである。魔石はイナリの魔力を上げるために必要で、レベルは上げれば能力が上がり才能があればスキルも手に入るらしい。

実のところ、このスキルがネックであり「レベルは努力。スキルは才能」という言葉もあるらしい、のだが。

「ふーむ……だんじょんとやらは、結構な数があるのじゃのう」

今イナリがいる東京には、大小合わせて十の固定ダンジョンがあるらしい。

基本的に固定ダンジョンは覚醒者協会が一元管理することになっており、臨時ダンジョンに関しては言い方は悪いが早い者勝ちである。

一度クリアしてみれば固定ダンジョンか臨時ダンジョンかは嫌でも判明するため、ダンジョンが発生すれば覚醒者が押しかけて我先に飛び込むのが今時の普通だ。固定ダンジョンであるとなれば覚醒者協会の管理となり、一部の覚醒者が独占しないように色々と配慮することになる。この辺りの舵取りを間違うとやはり大変なことになるのだが、その為に覚醒者協会は中立を掲げているらしい。

そして覚醒者協会の管理する固定ダンジョンは今イナリが読んでいるような分厚い本や覚醒者専用サイトに記載され、推奨レベルや出てくるモンスターなど、詳しい情報が記載されるようになる。そして「大規模攻略」と呼ばれるモンスター災害を起こさないためのモンスター狩り……つまり一年ごとに指定された回数の独占が出来る権利の委託が覚醒者協会から行われたりと……まあ、色々やっているようだが、そこは今のイナリにはあまり関係ない。

「予約は電話。二十四時間受付、番号が……」

言いかけて、イナリは居間にある電話をチラリと見る。ダイヤルではなくボタンがついていて、しかも何やら画面のついている不可思議な……もとい最新式の電話。あちこちひっくり返したら説明書を見つけたが、説明書の説明書が必要なレベルで意味が分からなかった。しかしとりあえず、電話をかけるのと受けるのだけは出来る……はずだ。

「う、うう……どうして現代の電話は斯様に機能が多いのじゃ。何故何個もぼたんを押さねばならんのじゃ。だいあるでジーコジーコしてはいかんのか?」

懐古主義じみたことをイナリが言っているが、黒電話の時代から多機能でデジタルな電話の時代にいきなり叩き込まれた心境は、まさにタイムスリップの如しだ。現代人にとってみれば当たり前すぎて、逆に気が利かなかった部分と言えよう。これでもしオートロックマンションだったりしたら、今頃マンションに入る方法が分からなくて泣いていたかもしれない。

さておき、イナリはじりじりと電話に近づくとゆっくりと操作していく。すでに尻尾は緊張でぼわっとなっているので、かなりいっぱいいっぱいである。今このタイミングで何か余計な音がしたら「キエー!」と叫んでジャンプするかもしれない。


ピンポーン

「キエー!」

受話器を持ったままジャンプしたイナリはバクバクと煩い心臓を押さえながら受話器を置く。

「な、なんじゃあ!? あ、いんたーほんか!」

カメラ付きインターホンの画面には何やら一人のスーツ姿の女が映っているが、実のところまだイナリはこのインターホンの使い方がよく分からない。そんなに一度にたくさん頭に詰め込めないのだ。仕方ないのでドアの近くまで走っていくと、チェーンをかけたままドアを開ける。

「新聞なら金はないし押し売りならやっぱり金は無いから帰ってほしいのじゃが何用かの?」

「覚醒者協会の者です。これ、身分証です」

覚醒者協会日本本部、営業部サポート課 安野やすの果歩かほ

そう書かれた身分証を見て、イナリはチェーンを外し安野を迎え入れる。

「さぽーと! 知っとるぞ、困った時に言うと助けてくれるんじゃ!」

「え、あ、はい。サポート課の安野果歩と申します。今回狐神さんが特殊なケースということで、秘書室長の青山の方から連絡を受けましてサポートに参りました」

「おお! では電話の使い方とか風呂の使い方とかを教えてくれるんじゃな!?

「え!? そこからですか!?

「というかどこから教わればいいのかも分からん! わしが動いてる家電でマトモに使ったのはらじおくらいじゃからな!」

「なんでですか!? え、どんなとこで暮らしてたんですか!?

「だぁれもおらん山の村じゃ!」

「え、あ。ちょっと待ってください。世間知らずとは聞いてましたが、世間知らずのレベルが凄すぎて混乱してます……え? 私の独り立ち初の案件、これなの……?」

安野は青ざめた顔でニッコリ笑うと「少々お待ちください」と言いながら一度家の外へ出ていくそしてスマホを即座に取り出すと上司へ小声で電話を始める……が、イナリにはバッチリ聞こえている。

「あの、世間知らずのレベルが凄いんですけど! いえ、そうじゃなくて家電全般の使い方知らないみたいで……あと狐耳と尻尾あるんですけど! しかも子どもっぽいんですけど頂いた資料にその辺記載全く……え!? どうにかしろって……あ、ちょ、課長!?

「何やら大変じゃのう……わしのせいじゃし、すまない気分になってきたのう……」

「へ!? い、いえ! そんなことは!」

「大丈夫じゃよ、全部聞こえとったから。ちなみに耳と尻尾は自前じゃよ」

ひょっこり玄関から顔を出していたイナリがそう言えば、安野は倒れそうなくらい青い顔でうぎゅう……とうめき声を絞り出す。

「ど、どうか苦情の電話だけはご勘弁を……」

「そんなものはせんけどのう。しかし最近のとらんしいばあは何やら格好よくなっとるんじゃなあ」

「スマートフォンです……トランシーバーじゃないです……」

とにかく安野を中に迎え入れて一通りの家電レクチャーを受けると、イナリは感心したように何度も頷く。

「最近の家電は凄いのう」

「最近のっていうか……」

「まさかぼたん一つ押せば何でもできるようになっておるとは」

「え? 本当に操作分かってます?」

「うむうむ。任せるが良い」

不安だなあ、という顔の安野だが、本人が大丈夫と言うなら大丈夫だろうかと気を取り直す。

家電の類は、なにも使いこなす必要はない。最低限のことが出来ればあとはどうにでもなるものだし、それ以上のことは必要に応じて説明書を読めばいい。今の時代、そういうものだ。

「まあ、そういうことなら安心しました」

「うむ、助かったよ。ありがとうのう」

「いえいえ、どういたしまして。それでは、私はこれで……」

一礼して、出ていこうとして。安野は「あっ」と声をあげる。

「忘れ物かの?」

「いえいえいえいえ。違うんですよ。私の仕事は家電サポートではなくてですね?」

言いながら安野は名刺を取り出しイナリへと渡す。

「改めましてごあいさつ申し上げます。覚醒者協会日本本部、営業部サポート課の安野です。今回狐神さんはその……特例での迎え入れということで、色々とサポートを行うように指示を受け参りました」

「あー、それは助かるのう」

特例。確かに特例だろう。山奥の廃村にいた戸籍もないイナリを覚醒者として登録することで戸籍を作ったのだ。ダンジョン発生前にはとてもではないが出来ないことであり、覚醒者という存在の特別さを象徴するような事例でもある。

まあ、日本の場合はもう少し事情が異なる。「初期対応を間違った国」の中には日本も入っていて、強力な覚醒者は喉から手が出るほど欲しい状況であったりする。多少素性が不明でちょっと狐耳とか尻尾とか生えてて、子どもなのに「のじゃ」言葉の強力な力を持つ少女……なんかもうとんでもなく怪しいが、そのくらいで怪しい人物扱いして逃げられている余裕はないのだ。安野が派遣されたのも、その辺りのご機嫌伺いの意味もあったりする。

「早速ですが狐神さん。今後の活動方針はどのようにされていくご予定ですか?」

「うむ。まあ、この辺りの事情も疎いでのう。まずは無理をしない程度にだんじょんに行くつもりじゃが」

それを聞いて安野は満足げに頷く。無難だ、安定で手堅く、手順としても非常に正しい。

覚醒者は皆自分が特別と信じて無茶をしようとする傾向があるが、無茶をしたって特別な能力が生えたりはしない。たぶん。その辺はデータが足りないので確実なことは言えないが、無茶をしたって死亡率が高まるのはデータが証明しているのである。そういう点でイナリの言うことは優等生で安野としても安心だ。

「そう仰ると思いまして、今日は人員を募集している有望なパーティーのリストを用意してきたんです。たとえばこの『オールナイト』ですが、全員がナイトの非常に堅固な」

「あー、いや。わしは一人で行くぞ?」

「えっ」

「まっちんぐさあびすとやらを受けてもみたが、正直あまり利点を感じなくてのう」

「ええ……? ちょ、ちょっと待ってください。ダンジョン攻略は前二中二後一、という理想形があるんですよ」

前二中二後一。それはパーティーにおける理想形と言われる構成のことだ。

前衛二人、中衛二人、後衛一人のことだがもっと言うと前に立ち防御を担当するタンクとあと一人を前衛として、魔法で強力な攻撃を担当するディーラーと回復を担当するヒーラーを中衛に、そして後衛は弓を使う遠距離スナイパー系のディーラーが良いとされている。

つまり前衛二人が頑張っている間にディーラー二人が敵を倒す……というわけだ。色々あったが、これが一番無難で安定力があるとされている。勿論前衛にも攻撃力に長けたディーラーは存在するが、損耗が激しいので死傷率も高くお金もかかる……と不評だったりする。

「ほう。ちなみに先程言うとった『おーるないと』は」

「アレは全員タンクなので、質の良いディーラーを募集してるんですよ。狐神さんは攻撃力が凄いという話でしたので、逆に合うかと思いまして」

「ふーむ」

つまり攻撃してダメージを与える役割がディーラー。

防御を固め壁となるのがタンク。

回復を担当するのがヒーラー。

この三つの役割で回っているということなのだろうとイナリは理解する。

ちなみにイナリにどれが出来るかというと……まあ、全部出来る。それを考えると……。

「やっぱり要らんのう」

「え!? どうして」

「じゃって聞いた感じじゃとわし、全部出来るんじゃもん」

「いえ、全部って……盛るにしても、もう少し慎みが……」

安野からすれば上司から受け取ったイナリの情報は魔法系ディーラーだ。

どのパーティーでも必要なだけに、ヒーラーの次くらいには重宝される役割だ。なのに「全部出来る」とは、自信過剰にしてもひどすぎる。攻撃Eで物防F、敏捷E。こんな能力でタンクが出来るはずがない。

なるほど、こんなところでもサポートが必要なのかと。安野は自分の中から使命感の炎が湧き上がってくるのを感じていた。イナリからするといい迷惑だ。

「分かりました! そう仰るのであれば……」

「うむ」

「私も次のダンジョンに同行します!」

「えっ……」

思わぬ安野からの申し出に、イナリは「迷惑じゃのう……」と心の底から呟いていた。

「め、迷惑って」

「迷惑じゃのう……」

「二回言った! あ、あのですね。サポートを受けることで、思わぬトラブルの回避にも繋がったりするんです。知らないっていうのは一番怖いことですから」

「まあ、それは分かるがのう」

「お任せください。こう見えて私、エリートですから!」

「うむ。ではえりーとらしくそこの電話の使い方を教えてほしいんじゃが」

「あ、はい。プッシュボタン式ですね。試しに私の番号にかけてみますか?」

「いや、ええよ。ひとまず使い方を教えてくれれば」

「はい、それではですね……」

安野の教える通りに電話をかけるイナリだが……かけた先は、名刺で連絡先を知っている秘書室長の青山である。

『はい、青山です。この番号は狐神さんですね?』

「うむ、わしじゃよ」

『どうかされましたか? 確かサポート課の者が到着しているはずですが』

「うむ。今は電話の使い方を教わっておる」

『そうでしたか。気になることは何でも聞いてくださいね』

和気あいあいとした様子で話しているイナリと青山だが、それを見ていた安野は置かれた名刺を見てギョッとする。

「え、秘書室長……?」

『おや、今の声は』

「ああ、安野じゃの。だんじょんについてくると言うからのう。まあ、確かに必要なのかもしれん。儂は知らんことのほうが多いからの」

『そうですね。知識は武器です。そこにいる安野は使い倒して構いません』

「ハハハ、流石にそんなことはしないが頼りにするとしようかの」

そうして電話を切ると、安野が「えーと」と冷や汗を流していた。

「秘書室長とはその、どのようなご関係で」

「うむ? ああ、色々と教えてくれたんじゃよ」

「色々……」

具体的にどう色々なのか聞きたい安野だったが、秘書室長など遥か上の人間なので聞かない方がいいだろうと黙り込む。藪をつついて蛇が出てくるともいうからだ。まあ、つついても蛇など出てこないけれども。

「え、えっと……それでは次はどうしましょうか?」

「そうじゃのう。ひとまずご飯の炊き方と……風呂の沸かし方かのう?」

「えーと……ではまずはご飯の炊き方を……」

(生活能力がない……どうやって今まで生活を……コンビニ……?)

気にはなるが、聞きはしない。とにかく生活能力ゼロだと感じた安野は「よし!」と頷く。

「では始めましょう! ご飯ですが、これが炊飯器です! ご飯を炊けますが時間指定も出来ます!」

「おお、凄いのう! ところでこの透明な部分はなんじゃ!?

「液晶画面です! まずコンセントを刺して電源ボタンを押します!」

「おお、何かついたぞ!」

「この中に釜が入ってますので取り出します!」

「はい、質問じゃ!」

「なんでしょう!」

「確かご飯は炊いたら保温用のやつに入れ替えるのでは?」

「んんんん……! ちょっとそれ私分かんないですけど、これは炊けたら保温機能もついてるんです!」

「なんたる……技術の進歩とは……!」

「そしてお米を……あ、お米とかはすでに用意してあるそうです。えーと、此処ですね」

棚の中にある米の袋を開け、安野はおひつに移していく。そこから出すのは二合。ジャカジャカと水で研ぐと、セットして二時間後に炊けるようにする。

「はい、これで二時間後に炊けます!」

「おおー、流石じゃのう! 頼もしいのじゃ」

「では次はお風呂です! 基本的にスイッチ一つですけど、この際一通りお教えします!」

そんなこんなで基本的な家電の使い方を教わったイナリだが……イナリの知っているものとは大分違うということは、よく理解できたのだった。

◇◆◇

結局、ダンジョンに関しては安野の翌日の同行が決まった。まあ、ダンジョンの予約も全部やってくれるというのでいいのかもしれない。さておき、お風呂もそろそろ沸く頃だ。

「オフロガワキマシタ」

「む、風呂が沸いたのう」

お風呂の使い方も教わったので、今のイナリは最新の文明機器も使えるスーパーイナリだ。シャワーだって使える。耳をペタンとして水が入らないようにするが、なんともくすぐったい。

「ふふふ。指先一つで風呂が沸くとは、良い時代になったものじゃ。風呂自体もなんか綺麗で大きいし、こういう時代の変化は歓迎じゃのう」

イナリ自身、ちゃんとした風呂に入ったことはない。必要なかったというのもあるが、人の居た時代はイナリが使うわけにもいかず、人の居ない時代は残された風呂釜にイナリが自分の神通力で水を溜め湯を沸かすしか方法はない。ないが……そこまでして風呂に入る意味も見いだせなかった。

しかしこうして「イナリのもの」として定義されれば話は違う。何の遠慮もなく、そして心の底から風呂を楽しめるのだ。

「ああ、気分がいいのう……お、そういえば入浴剤とやらもあるんじゃったな。家で地方の名湯を楽しめるとは、今の世は何処まで進歩しておるのか……む? なんじゃこれ……赤……湯が赤く!? なんじゃこれ、血の池地獄をいめえじして作った……? 何処向けの品じゃコレ!?