「あの男がわしをなんぞゴチャゴチャぬかして何処かに連れて行こうとするんじゃ」
「え!」
「は!?」
驚愕し即座に非常用の警笛を取り出す職員と、驚愕する男。イナリの言ってることに一切嘘がないだけに男としては上手い言い訳が思い浮かばず「こ、このガキ……」と最悪の一言を呟いてしまう。
まあ、実際怪しげなセミナーに連れて行こうとした詐欺師だが、少女誘拐犯はちょっとばかりタチの悪さと世間体が段違いだ。しかも今の一言で職員の疑いがマックスになって警笛を吹かれてしまう。即座に走ってくる警備職員に職員が叫ぶ一言は「ロリコンの誘拐犯です!」だ。
知能犯で捕まるならまだしもロリコンで捕まっては詐欺師界隈でもやっていけなくなる。慌てて逃げようとするのもまた悪手、即座に捕縛されて何処かへ「違うんだ!」と叫びながら連れていかれるが……まあ、どう言い訳をするつもりか見ものではある。見ないけども。
「もう大丈夫ですからね」
「うむ、感謝する。まったく、ぱーてーの
「まったくです……あ、ちょっと待ってくださいね」
電話の着信に気付いた職員は何事かを話した後、イナリをチラリと見る。その表情は疑いではなく、気遣いに満ちたものだ。
「先程の男ですけど……どうやら覚醒者のフリをした詐欺師みたいですね。今後も怪しげな人を見つけたら、すぐ大声をあげて助けを求めてくださいね」
「うむ、そうしよう」
「しかし此処にはこんなに覚醒者がいるのに、女の子一人助けようとしないなんて」
職員の視線と言葉に何人かが目を逸らすが、イナリとしてはそれに乗っかるつもりもない。人の世の不義理は少しばかりどうかと思うが、此処にパーティーメンバーがいるかもしれないのだ、下手に責めて印象を悪くする必要も感じない。
「まあ、此処にいるのはわしと同じ初心者じゃろう? 悪漢に立ち向かえというのも酷じゃよ」
「いい子ですねえ……でももっと怖いモンスターに挑むんですから、悪漢に怯むようでは……」
まあ、それについてはその通りだしイナリもそれ以上庇うつもりもなかった。そして同時に、此処で得られるというパーティーメンバーについても
「ところで、一つお願いがあるのですが」
「んん? なんじゃ?」
「……そのお耳、触っても?」
「うむ」
何故人の子は耳を触りたがるのか。イナリには理解できないが……まあ、それで何かの助けになるならそれでもいい。イナリはそんなことを思いながら触られていた。
そうしてやけに耳を触り慣れた手つきで触る職員に耳を任せていると……何やら放送が聞こえてくる。
『七番、十一番、十七番、二十四番の番号をお持ちの方はカウンターまでおいでください』
「お、わしじゃな。ではすまんが、もう行くでのう」
「残念ですが……また触らせてくださいね」
「う、うむ……」
何がそんなに彼女を狐耳に執着させるのかは分からないが……イナリは周囲を見回しカウンターを見つける。この待合室にはカウンターは一つしかないので、迷うこともない。カウンターに行くと、男性職員が一人。そして男女混合の三人組が立っていた。
一人は、髪を金髪に染めたチャラチャラした男。腰に提げた剣が、やけにキラキラしている。着ているのはプロテクターのようなものだ。
一人は、気の弱そうなショートヘアの少女。こちらは大きな盾を背負い鎧を着込んでいる。
一人は、ニコニコと笑顔を浮かべる短髪の男。こちらはメイスを腰に吊るしている。防具は防刃と思われるジャケットを着ているが、大分軽装ではある。
背格好も服装も武装も全部バラバラな三人だが、三人からしてみればイナリの方が「なんか変なのが来た」といった印象だったりする。まあ、それも当然だろう。狐耳尻尾に巫女服、武器も持っていないように見える……さらに言えば子どものようなイナリなのだ。統一感があるだけに恰好だけきめてきたコスプレじみた印象すらある。実際恰好だけはしっかりしている「形から入る」初心者は結構いるらしいが……ともかくそんなイナリがその場に行くと、職員の男が「揃いましたね」と咳払いをする。
「剣士の神田零さん、盾戦士の田辺舞さん、治癒士の新橋権蔵さん、それときつ……」
言いかけた職員の男は手元のタブレットとイナリを見比べて再度の咳払いをする。
「……狐巫女の狐神イナリさんです」
イナリは、自分に求められている役割についてはなんとなく理解できた。理解できたが……なるほど、思ったよりも役割に特化しているのだな、というのが正直な感想だった。
それぞれが持っている武具も、たぶん神田の物が一番性能が良い。他の二人に関しては、妙な力は感じるが然程たいしたものではないだろう。
「今回のマッチングの相性を確かめる為にも、こちらで初心者用ダンジョンを選定しました。資料をお渡ししますので、ご参考に」
「ふむ」
そうして全員に配られた資料は、薄い冊子だ。「東京第二ダンジョン」と表紙に書かれたそれは……どうやら、地図付きの詳細な資料であるようだった。しかし軽くペラペラ
「ま、大したこともなさそうだし早速行く? 時間はキチョーだしな!」
「そ、そうですね!」
「賛成です。初心者用ダンジョンは稼ぎにもなりませんし」
(む……?)
三人の反応に、イナリは僅かばかりの違和感を抱く。命を懸けた戦いをしに行くには随分と軽いが、これが今時の死生観というものなのだろうか?
「狐神ちゃんは? 武器とか持ってないみたいだけど大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫じゃよ。では行こうかのう」
その辺りはよく分からないが、それが普通というのであればイナリがどうこう言うものでもない。水を差して浮く必要もないからだ。
「東京第二ダンジョンは……あ、無料バス出てるってさ」
「七番のバス停ですね」
テキパキと進めていく彼等は如何にも慣れており、イナリはぽかんとしていたが……もしかすると初心者ではないのかもしれないと思い直す。
まあ、マッチングサービスに来るのが初心者だけとは誰も言っていなかったな……とイナリは思い出すが、そうして三人に連れられるままに東京第二ダンジョン前へと到着する。
そこにはイナリが見たのと似たようなダンジョンゲートがあったが、薄い青色の光が渦巻くゲートの周辺には頑丈な囲いと門、そして剣で武装した警備員が立っていた。といっても外部委託ではなく覚醒者協会の職員であるのだが……イナリにはそんなことは分からない。
「どうも、覚醒者協会のマッチングでの攻略です」
「はい。では皆さんの覚醒者カードを確認させていただきます」
カードを確認する度に門の奥へと案内されるが……そうしてダンジョンゲートを目の前にしてみると、どうにも凄まじい力を持ったモノだとイナリは思う。ただ、イナリが壊したものに比べれば大分力が弱いようにも見えるが……それでも相当なモノだ。
(やはり、
「じゃあ、一応確認な。俺と田辺ちゃんが先頭で、狐神ちゃんと新橋さんが後衛。田辺ちゃんはヘイト技は使える?」
「は、はい! 範囲は音の聞こえる範囲になりますけど」
「おっけ、上等上等。新橋さんのヒールの射程は?」
「見える範囲内です。私が上手く視認できないとヒールが届きません」
「うし、じゃあ狐神ちゃん。何使える?」
「ま、一通りできるかの」
(この男……結構出来る方なのかの?)
そんなことを思いながらイナリが答えれば神田が「おっけー」と軽く答える。
「んじゃ行きますか。ま、軽くいこうぜ」
そうしてダンジョンゲートに体当たりをするかのように潜っていく三人を見て、イナリも「ふむ」と頷き真似をする。そうして視界が歪むような感覚を味わった後……辿り着いたのは、何処かの洞窟の中のような場所だった。
壁に松明が掲げられ煌々と照らされた洞窟は明るく、しかしどこかじめっとした空気が漂っている。
「一般的なゴブリンの洞窟形式だな。ま、楽勝っしょ」
神田はそう言うと剣を引き抜き、スタスタと歩きだす。その後を田辺も追い、新橋が「狐神さん、行きましょう」と促し歩き出す。
(楽勝、のう……)
実際どんなものかイナリはまだ知らない。だからこそ三人の後をついていくように歩き出すが……不快な気配と声がしたのは、その直後だった。
「ギッ!」
「ギギギィィ!」
粗末な
「いくぜ!」
神田が走りだし「スラッシュ!」と叫びながら振った剣が光を帯び、ゴブリンを一撃で切り裂き倒す。
(ほう!)
感心しながらもイナリは青い狐火を一つ生み出しゴブリンへ発射し吹っ飛ばす。
なるほど、あのスラッシュとかいう技があればゴブリンなど敵ではないのだろう。自信もその辺りからくるものか、とイナリは納得するが……そんなイナリの視線の先で、ゴブリンの死骸が消えていき小石程度の光る石が二つそこに残される。
「魔石だな。ま、小遣い程度にはなるか」
腰の小さな袋に石を入れると、神田はイナリへとパッと笑顔を向ける。
「狐神ちゃーん! すげえじゃん、詠唱すらなかったよな!? 何アレ!」
「ただの狐火じゃよ」
「あー、狐巫女だっけ! レベル幾つよ、俺は7なんだけど!」
「1じゃな」
特に隠すことでもないと答えれば、全員が「えっ」と声をあげる。
「レベル1であの威力の火魔法を……?」
「凄いですね。これは、思わぬ逸材と出会ったのでは」
「ハハ、すげえな狐神ちゃん! 今のだけでもマッチングした甲斐あるじゃん!」
「お、おう。そう言ってもらえるのは嬉しい、のう?」
比較的問題の無さそうな攻撃手段を選んだつもりなのだが、どうにもやり過ぎだったらしい。しかしまあ、やってしまったものは仕方がない。イナリは心の中で溜息をつきながら、幾つか考えていた攻撃手段を頭の中から削除していく。
「じゃ、ガンガン行くか!」
神田は結構リーダー気質があるようで先頭に立ち言葉通りにガンガン進んでいく。
ゴブリンは武器の違いこそあれど実力的には然程違いもない。初心者向けというのも理解できる……などとイナリは思うが、同時に疑問も浮かんでくる。
こんなものを作ったのは誰なのか? ステータスを作った者と同一なのか? もしそうだとして……それは何処の神なのか?
分からないままにイナリたちは洞窟の奥へ辿り着く。すると、そこで椅子に座っていたゴブリンが「ギイイイイ!」と不快な声をあげる。
「ゴブリンリーダーか! 狐神ちゃん、一発頼む!」
「うむ」
正直イナリには違いが装備以外には然程分からないが……ひとまず狐火を放つ。
ゴウ、と音を立てて放たれた小さな火はゴブリンリーダーの頭を一撃で吹っ飛ばし、ゴブリンのものよりは少し大きい魔石と……微妙なデザインの額あてが落ちる。
「一撃かよ……」
「私たち、いらなかったですね」
「凄いです……」
「うむぅ」
そんなことを言われても、と唸ってしまうイナリだったが、「初心者向け」とやらが想像以上に簡単であることは理解できた。正直、このくらいであれば仲間は必要ない。
「お、ゴブリンリーダーの額あてか……F級アイテムだけど、誰か使うかー?」
「む? 見ただけで分かるものかの?」
「いや? アイテム情報は結構公開されてるからなあ」
「ゴブリンリーダーの額あては誰でも使いやすいからそれなりに人気なんですよね」
神田の説明に新橋がそう補足するが、まあイナリは欲しくもなんともない。ないが……それが「アーティファクト」と呼ばれる類のものと同質であることは理解できていた。
ワイワイと盛り上がる「仲間」たちを余所に、イナリの思考は冷えていく。
この世界にいるはずのない、モンスターたち。死体の消失する不可思議な状況に、簡単に手に入るアーティファクト。
(この世界はどうなっておる……いったい、何処へ向かっているのじゃ……?)
分からない。分からないが……イナリはこの時、一人で行動することを決めていた。覚醒者とやらの力は確かめたし、その上で「必要ない」と判断できてしまう。確かに強いのだろうが、イナリが自由に動くには居ない方が都合がいい。だからこそ精算作業とやらを固辞して魔石を一個だけ貰い、与えられた家とやらに向かうのだった。
◇◆◇
「ほう、これが……半年無料、とな」
イナリが辿り着いたのは、覚醒者協会日本本部から程近い一軒の家だった。
二階建ての鉄筋コンクリートの家は非常に現代的だが、イナリから見れば理解できない箱型の家に思えた。
「よう分からんが立派じゃのう……」
実際には築年数もそれなりにたっているし、覚醒者協会から近いというのには実はデメリットもあったりする……が、イナリには関係ない。貰った鍵を差し込み開けると、イナリはなんだか感動してしまう。
(ううむ。よう考えてみればわし、自分の家を持つなど初めてのことじゃのう)
今までイナリは「自分の家」など持ってはいなかった。あの廃村にも住んではいたが勝手に住んでいただけであり、イナリのものだったわけではない。
まあ、此処も借りているわけだからイナリのものではないが……それでも、相当違う。そして内装も家電も、イナリにとってはよく分からないものばかりだ。
「てれびは……まあ、さっき見たから分かる」
ある程度の準備はされているらしいのですぐに使えるのだろうが、それにしても分からないものが多すぎる。さしあたっての問題は部屋の明かりだ。
「室内灯はある。あるが……紐は何処じゃ!? 知っとるぞ、こう紐を引けば電気が点いたり消えたりするんじゃろ!?」
その方式はすでに一部にしか残っていないが、イナリの知識はそこで止まっているので仕方ない。しばらくあちこちウロウロした後、ようやく電気のスイッチを見つけたり水道のハンドルを確かめたりと一通り大騒ぎするとソファーにぐってりと倒れこむ。
「時代変わり過ぎじゃろー……めんどくさいのじゃー」
あまりにも変わり過ぎた文明はイナリにとっては新鮮な驚きの連続過ぎて、気疲れが酷い。
電話のダイヤルすら消えたこの時代、慣れるだけでも相当な手間がかかりそうではあった。
そうしてソファーに倒れこんでいたイナリだが、ふと思い出したように起き上がると懐から小さな魔石を取り出す。ゴブリンから出た魔石だが……淡く光るこの石は現代では様々なエネルギー源として使われているらしい。
「魔石、のう……このようなものが石炭や石油の代わりになっとるとは」
イナリの見たところ、妖力や神力というよりは、その中間……もっと純粋なエネルギーに近い。
あのアーティファクトとかいう不可思議な道具と同じものを感じるのだ。恐らくは同じ原理のものだろう、とイナリは判定する。
翻って、あのゴブリンといった「モンスター」が持っているのはかなり
「だんじょんで戦うことは、悪しき力の浄化に繋がる……そして純粋な力を受けて人は成長する。すなわち、人を成長させるために存在する?」
しかしそうだとすれば、誰が何のために?
自然発生した類のものでないことは、イナリはもう知っている。ダンジョンを壊したとき、あのウインドウを通して何者かが確かにイナリにメッセージを伝えてきたのだから。この一連のことには、必ずそれを管理する何者かの意思がある。
「その何者かは、人を成長させて何とするのか。このわしまで成長させようとする理由は? 高天原の御方々の仕業ではあるまい。斯様な複雑怪奇なことには向いておらん」
とすると、他の国の神々の仕業か? それも違う気がする。ならば一体?
悩んで、悩んで……イナリは手の中の魔石をくるくると遊ばせる。
「むーん。頭の中だけで悩んでも答えは出ん、か。そうじゃな、まずはこのまま相手の手にのってみるのが一番かの?」
言いながら、イナリはちょっと考えてから魔石を口の中に放り込む。
「おっ、イチゴの味がするのう!」
そのまま口の中で転がすと、シュワッと溶けてイナリの中に僅かではあるが力が流れ込んでくる。
─魔力が上昇しました!─
「お?」
当然そのメッセージはイナリにも見えていたが、どうすればいいかはイナリも講習を受けたので分かる。
「すてえたす!」
名前:狐神イナリ
レベル:1
ジョブ:狐巫女
能力値:攻撃E 魔力A 物防F 魔防B 敏捷E 幸運F
スキル:狐月召喚、神通力Lv8
「……何も変わっとらんように見えるが……あ、そうか。ふぁじーしすてむだとかで、大雑把にしか分からんのじゃったな」
そう、システムの指し示す数値は大雑把なものに過ぎない。
たとえば同じ攻撃Eでも殴り合えば一方的に打ち勝つような差があったりするのだという。
言ってみれば「限りなくDに近いE」と「限りなくFに近いE」のような差があるのだ。
何故そんなことになっているのかは分からないが、その程度は誤差にしか過ぎないのかもしれない……という見解になっているらしい。
「ふむ。しかし……魔石を食えば魔力が上がる、と。そんなもんを試したことがない人間がいないとも思えんが。人の子の身ではそういうことすると腹を下したりするのかもしれんのう」
魔石を食えば魔力が上がるなら、魔力Aなど大したものではない。
ないが、その割には魔石の扱いは雑だった。つまり食べられないものとして認識されていると考えるのが普通で……実はその通りであったりした。
魔石を食べた人間は大抵身体に異常を起こして寝込み、あげくに何も変わらない。乾電池を食べて電気の力が手に入らないのと同じようなものだと、もうそういう風な常識になっているのだ。
つまりイナリが魔石を食べて能力が上がったのは普通ではない……のだが、イナリがそんなものを知るはずもない。
「ま、ええ。そうなればだんじょんの謎を解くためにはもっと魔石を食って魔力とやらを上げるのが近道かの?」
イナリの力が上がれば、出来ることも増えていく。そうすれば世界の謎にも近づいていけるだろう。
「なんならもう一回だんじょんを壊してみれば見えるものもあるやもしれん」
─ダンジョンの破壊は中止してください─
「ぬ? なんじゃ見とるのか?」
─想定外の事態に対応する為の特別監視が設定されています─
「なら教えてくれんかのう? だんじょんとはなんじゃ?」
その問いに、答えはない。まあ、そうだろうなとイナリも思ってはいた。
だから、質問を変えてみる。
「そもそもお主は誰じゃ? 何処ぞの神かえ?」
やはり答えはない。ないが……イナリは確信した。
何処かの誰かが、この状況を作った……あるいは、管理できるようにした。そしてそれは、確かに意思を持っている。つまり、何らかの目的を持っているのだ。
「ええじゃろ。ひとまず踊らされてやろうではないか。力をつけ、お主が何を企んでいるのか看破してやろう。待っとるがいい、管理者よ。すぐにわしがそこまで行くからの」
それはイナリの、この新しい時代における目標であり……宣言であった。