エピローグ


 忘年会シーズンは、レストランであれ居酒屋であれ、予約がいっぱいになるものだ。ましてやクリスマスとなれば、めぼしい店は殆ど満席である。

「事前に予約できていたらよかったんだけどな。ごめん」

「気にしないで。お互い仕事が忙しかったし、日程すらギリギリで決まったんだから」

 知代と鹿嶋は都内のデパ地下を歩いていた。

 年末はクリスマスに正月と、皆浮き足立っているが、営業にとっては年末年始の連休前にできるだけ多くの受注を決めなければならない多忙な時期である。理由は、一月は祝日が多い上に正月の挨拶回りが忙しくて、なかなか営業に専念できないからだ。

 そんなわけで、知代も鹿嶋も多忙極まる日々を過ごしている。先日になってようやく『クリスマスデートをしていない!』と気づき、鹿嶋が慌ててレストランを手配しようとするも、すでに予約はいっぱいになっていた。

 仕方なく、外でデートするのは諦めて、鹿嶋のマンションでささやかなクリスマスパーティーを行うことに決める。デパ地下のデリ食品はどれもおいしそうで、知代は思わず目移りしてしまった。

 適度なお酒に、おいしいお惣菜。これだけでも揃えれば立派なクリスマスパーティーができる。

 知代と鹿嶋は買い物を済ませると、まっすぐ鹿嶋のマンションに向かった。

「それにしても、前から気になってたんだけどさ」

 ソファでワインを飲んでいた鹿嶋が言う。隣に座ってローストビーフが載ったサラダを食べていた知代は「んっ?」と顔を向けた。

「知代って、初めて出会った時から俺と張り合ってた気がするけど、どうして俺に対抗心を燃やしていたんだ?」

 それは最も根本的な疑問。

 知代はローストビーフを食べ終えて、ワインを一口飲んだ。

「昔から負けず嫌いな性格をしていた……というのはもちろんあるけれど、多分、高校の頃に通ってた塾で、悔しいことがあったからだと思う」

「……塾。何があったんだ?」

 鹿嶋はワインをローテーブルに置いて、尋ねた。

「高校一年のころから通っていた塾で、私は総合成績歴代二位だったんだけど、ぜんぜん一位が取れなかったんだよね。すごく頑張ったけど、私はあの点数に届かなかったんだ。それが……とにかく悔しくて」

 あれは、ほぼ完璧と言える成績だった。それまでは、努力さえすれば何だって到達できると信じていただけに、初めて『自分の努力の限界』を知ったショックは大きかった。

 きっと、その挫折の記憶が反動となって、自分より上の成績を持つ人と張り合うようになったのかもしれない。

「その、歴代一位の人は、高校も違って名前も知らない。講師が言うには、私よりふたつ年上で、男子生徒だったって……わっ」

 唐突に、鹿嶋が知代をソファに押し倒す。ばふっと音がして、知代は目を丸くした。

「ちょ、ちょっと、いきなり何!?

「なんだそれ。初耳。聞いてない。知代は俺と出会う前から、そんなライバルがいたのか?」

 鹿嶋の目が据わっている。ワインを数杯飲んだだけなのに、もう酔っ払ったのだろうか。

 ――いや、違う。これは、いつもの『アレ』だ。

 知代は呆れた顔をして、両手でぺちっと鹿嶋の頬を挟む。

「言ったでしょうが。名前も高校も知らないの。つまり赤の他人です」

 まったく、鹿嶋の嫉妬深さは果てしない。過去の出来事にジェラシーを燃やしても、今の知代にはどうすることもできないではないか。

 それなのに鹿嶋は、未だにブツブツと不満げに呟いている。

「それでも、知代のライバルは俺だけでいたかったのに」

「利央さんって、時々、すっごく子供っぽくなるよね」

 半眼になって睨むと、鹿嶋はムッとした表情になって、噛みつくようなキスをする。

 ふわりと、ワインの匂いが鼻孔をくすぐった。

「子供で結構。知代に関することは、なにひとつ妥協したくないんだ」

「う~ん、そんなこと言われてもねえ……」

「それで、知代が通っていた塾って、どこなんだ? ふたつ年上ってことは、俺と同い年ってことだろう。都内で、知代の成績を上回るヤツなら、俺の知ってる人かもしれない」

 やけに根掘り葉掘り聞いてくる。もし、その人が鹿嶋の知り合いだったなら、彼は何をするつもりなのだろう……。

 知代は心配になりつつも、塾の名前を口にした。

こうごうじゅくしぶ校だけど」

その途端、鹿嶋は大きく目を見開いた。

「え……」

 ゆっくりと、身を起こす。知代はソファに座り直して、キョトンとした。

「俺が高校三年の時は、知代は一年。じゃあ、あの……話に聞いていた、成績のいい下級生というのは……」

「利央さ~ん? おーい」

 ひとりの世界に入り込み、ブツブツ呟き出した鹿嶋の前で、知代が手をヒラヒラさせる。

 するといきなり、鹿嶋は知代を抱きしめた。そのまま、再びソファに押し倒される。

「ちょっと! もう、さっきから何なの!」

 さすがに知代は怒り出す。しかし、鹿嶋は知代を抱きしめたまま動かない。

「り、利央さん。まさかと思うけど酔っ払ったの? そんなわけないよね? ジンで私を酔い潰したくらい強いくせに~!」

 ぺしぺしと鹿嶋の背中を叩くと、ふいに彼が身じろぎした。……と思ったら、甘えるように唇を重ねてくる。

「ああ――そういうこと、だったんだ」

「ちょっと利央さん? 人を押し倒したりいきなりキスしたりと、突拍子のない行動を繰り返したあげく、ひとりで納得しないでほしいんですけど!?

 知代がジト目で文句を言うと、鹿嶋はうっとりした目で、知代を見つめた。

「つまりはさ」

「うん」

「俺は、ずっとずっと前から、知代が好きだったっていうことなんだ」

「……はい?」

 やっぱり意味がわからない。困り果てる知代の頬に、鹿嶋の大きな手が触れる。