第五章 黄金コンビは猪鹿蝶


 利央が晴れて知代と恋人になり、愛と絆を確かめ合った数日後。

 監査室が厳重に調査した結果、東京支社が不正をした事実はなかったとの判断が下された。

 監査が始まって一ヵ月後の決定である。そうして、監査室は撤収となった。

 ようやく東京支社への疑いが晴れたのである。営業部のみならず、東京支社に勤める全ての社員がホッと胸を撫で下ろした。

「それにしても、残念ですねえ」

「いやいや、残念がられても。私たちは不正なんてしてませんし」

 監査室が本部に戻る日。営業部ではランベルトが惜しむような顔をしてしみじみと言った。その言葉に真顔でツッコミを入れたのは、知代である。

「違いますよ。私は最初から、東京支社が不正をしているなど、みじんも思っていませんでした」

「その割には徹底的でしたね」

 知代の前でニコニコしながらグサッと言うのは利央である。

「それが私の仕事ですからね。ちなみに鹿嶋さん。どうして私と猪田さんの間に立っているんですか? 私は猪田さんと他愛のない会話をしている最中なんですよ」

 そうなのだ。知代の前には利央がどんと陣を取っていて、背の低い知代からはランベルトの顔すら見えないだろう。彼女が身体を横にずらしてなんとかランベルトの顔を見ようとしたが、利央はすかさず壁になる。

「猪田さんと世間話するほどヒマなら、次は名古屋支社を監査なさってはいかがでしょう? あそこも色々とあこぎな噂を聞きますよ」

 要約すると『さっさと帰れ』だ。そんなこと、察しのいいランベルトは気づいているはずなのに、彼はにこやかな笑顔を浮かべてみせる。

「噂だけで監査は動けないんですよねえ。それなりの根拠がないと」

 ランベルトの言葉に、利央は横を向いてボソッと「じゃあなんで東京支社に来たんだよ」と悪態をついた。

「おや、何か言いましたか? 品行方正な鹿嶋さんにしては、ずいぶん言葉が悪かったような」

「何も言ってませんよ。四方八方から悪口を言われすぎて、被害者意識が強くなっているだけでは?」

 はっはっはっ、と朗らかに笑ってみせると、ランベルトが「ふふふ」とやけに意味ありげな笑い声を立てる。

 会話のみならば、こんなにも平和だというのに、利央とランベルトの間にはツンドラ並みの冷たい空気が漂っていた。

「と、とりあえず、何が残念なのか教えていただきたく……って、鹿嶋さん、ほんと邪魔だから! どーいーて!」

 頑として知代の前から退かない利央の身体を、彼女は懸命に押し退ける。

 すると、ランベルトがクスクスと楽しそうに笑った。

「残念なのは、明日からあなたの顔が見られないことですよ」

 意味深な言葉に、ビシッと利央の額に青筋が立った。

「え……どうしてですか?」

 知代が目を丸くする。ランベルトは驚いたような顔をしてから、戸惑いの表情で頬を掻いた。

「う~ん、前から思っていましたが、猪田さんって『鈍い』って言われません?」

「な、なんでそのことを知っているんですか!」

 知っているも何も、見てわかる。知代は言葉の裏にある思考などひとつも読めない。これほど腹の探り合いができない人も珍しいだろう。

 仮にも営業で、それでいいのかと言われそうだが、知代に至っては『いい』のである。顧客の中には、腹の探り合いを面倒だと思う人も多いのだ。そして、知代ほどはっきり意思を口にし、性格の裏表がまったくない営業はいない。彼女が営業成績二位をキープしているのは、そんな知代のまっすぐな性格も関係しているのだ。

 ランベルトは知代を見ながら「やれやれ」と首を横に振り、利央に視線を向けた。

「これは苦労しますよ、鹿嶋さん」

「あなたに心配されるほど苦労していませんよ」

 何度も繰り返すが、要約すると『だからさっさと帰れ』である。

「おやおや、言いますね。ふふ、それなら猪田さん、少し質問したいのですが」

 突然ランベルトに尋ねられて、知代は「えっ」と顔を上げた。

「鹿嶋さんって、すごく束縛強くないですか? 嫉妬深いでしょう」

「えっ!? そ、それは、え、でも……」

 知代は戸惑って、利央とランベルトを交互に見る。会社ではそういう素振りを見せていないはずなのに、どうして利央と知代が恋仲であることを前提にした質問をするのだろうと疑問に思っている顔だった。

 すると、ランベルトが優しく微笑んだ。

「その反応を見れば一目瞭然ですね。ふむ、先手を取られてしまいましたか」

「監査室長さん。そろそろ本部にお帰りになられてはいかがでしょう?」

 利央の心の声が届かないのなら、直接言うまでだ。

 無駄口叩いてないでさっさと帰れ。利央は他の社員に気取られないようにしつつ、ジロリとランベルトを睨む。

「鹿嶋さんもなかなか露骨になりましたねえ。こうも器が小さいと、見限られてしまいますよ?」

「余計な、お世話、です」

 利央が笑顔のまま、きっぱりと言った。しかしその目はまったく笑っていない。殺意さえみなぎらせている。心が狭くて結構だ。これ以上、知代の視界にこのキラキラ御曹司を見せたくない。

 ランベルトはあからさまに呆れたため息をついた。

「仕方ありませんね。今日のところは、おとなしく引き下がっておきましょう」

 そう言ってきびすを返し、去るフリをしたランベルトは、くるりとすばやく利央を避け、知代の前に立った。

「あっ!」

「猪田さん。今の彼氏に愛想が尽きたら、いつでも私に連絡してくださいね」

 ランベルトは流れるような仕草で知代の手を取り、ぎゅっと握りしめた。

 ぶわっと利央からほとばしる黒い殺気。隣にいた瀬口課長がブルッと震えて「ちょっとクーラー効きすぎてない?」と言った。

 ランベルトは最後まで笑顔で「また会いましょう」と去っていった。

 利央としては塩をまいておきたいところである。食堂に置いてある食塩でもランベルト除けの効果はあるだろうか。

「今度は査定じゃなくて、普通に遊びに来てほしいよね~」

「ランベルトさんって仕事に対する姿勢は厳しいけど、名前で呼んでいいって言ってくれたり、正しい規則を丁寧に教えてくれたりしたし、すごく優しい人だったよ」

「ホッとしたような、寂しいような。目の保養だったのは確かだよね」

 近くで、営業事務たちがきゃっきゃと話している。

 金髪碧眼の美形男性なんて、滅多に見られるものではない。女性社員たちが残念がるのも仕方ない話だ。

 ふと、知代が気になった。やはり彼女も、事務社員たちのように、ランベルトの見た目が素敵だと思っているのだろうか。すると、ぱちっと知代と目が合う。

「鹿嶋さん、鹿嶋さん、顔が素になってますよ」

 ツンツンと知代が利央の腕を突いてきた。よほど自分は怖い顔をしているらしい。利央は会社では一応、紳士としての皮を被っているのだ。知代だけが知る『本当の鹿嶋利央』を皆が知ってしまったら、今まで積み上げてきた努力が水の泡になる。それでも利央は、どうしても聞いておきたかった。

「……知代も、やっぱり、ああいう顔が好きなのか」

 ぼそっと、知代にしか聞こえない声で呟く。

 すると、知代が心底呆れたような表情をした。本当に嫉妬してるんだ、ヤキモチ焼きだなあ……と、そんな彼女の心の声が聞こえてくるようである。

 利央は先ほどランベルトが言っていた言葉を思い出した。苦労しますよと、彼は同情したように言っていた。確かに、こんな調子であちこちにジェラシーを燃やしていたら、知代も大変だろう。おまけに面倒臭い性格で、臍を曲げると拗ねて黙る。しかもそのままネガティブ方面に落ち込み、自分自身を追い詰める悪癖もある。

 自分が女だったら、利央みたいな男は願い下げだ。面倒臭いにも程がある。

 だから確認せずにはいられなかった。自分のことをちゃんと好きでいてくれるか、彼女の口から聞きたくてたまらなかったのだ。

 すると、知代はくすりと笑って、ぽんぽんと軽く利央の背中を叩いた。

「しょうがないのよ。私が好きな人は、常に私の前を歩き続ける、成績優秀でいけすかない男なんだからね」

 利央は目を丸くした。知代はビシッと人差し指でさしてくる。

「でも! 絶対いつか営業で負かしてやりますから。好きでも、ライバルであることに変わりはないんです。せいぜい首を洗って待っててくださいね!」

 そこだけはしっかり意思表明しておかなければならないと、彼女の目はキラキラしていた。

 これからも知代は利央に張り合い続ける。だってそれが、知代のライフワークだから。

 利央は困ったように天を仰ぎ、「まいった」と言って手で顔を隠した。

 本当に可愛い。ひたむきな視線がまっすぐに自分を射貫いて、何度でも恋に落ちてしまう。

「知代は魅力的すぎる。そんな風に言われたら嬉しいじゃないか。……でも、俺も負ける気はない。これからは、前以上に容赦しないからな」

 利央はニッコリと、満面の笑みを浮かべた。

 望むところだと、知代も拳を握る。

 その時、知代は「あっ!」と思い出したように声を上げた。

「そうだ鹿嶋さん、ちょっと提案があるんですけど!」

「提案?」

「そう。ついさっき、負けないとか意気込んでおいてなんだけど……」

 かしかしと照れ隠しに頭の後ろを掻いてから、知代は利央をおずおずと見上げた。

 その上目遣い、破壊力は抜群である。

「しばらく、共闘しませんか?」

「……共闘?」

 利央は不思議そうに首を傾げた。


◇◇◇


 ――二ヵ月後。

 秋の季節が深まる十月。恒例の、四半期成績発表の日がやってきた。

 営業部の皆が待ち構える中、緊張した面持ちの瀬口課長がミーティングルームに入ってきた。そして、無言でホワイトボードに紙を貼りつける。

「三位、福岡ふくおか支社、二位、名古屋支社、一位は……」

 燦然さんぜんと輝く、勝利の支社。それは間違いなく『東京支社』だった。

「やった~!!

「ぶっちぎり一位! もはやレジェンドじゃん!」

 営業事務の毛野が手を上げて喜び、山野がガッツポーズを作る。

 瀬口課長はニコニコ笑顔で親指をグッと上げた。

「支社長もお礼を言っていたよ~。今期は監査も入って動きづらかっただろうけど、よくやってくれたね」

「それはまあね、頑張りましたから」

 ふふんと先輩の津島が腕を組む。

「でも、やっぱり鹿嶋と猪田が完全に協力してたのが大きかったな。デカイ案件、ライバル会社を蹴落としてドンドン決めていったし」

「あれはすごかったですね~。フォローが息ぴったりで、お互いの短所を補って。ふたりの仕事ぶりは、見ていてすごく気持ちよかったです」

 津島や平良の言葉に、知代は照れたように頬を掻いた。

 知代が鹿嶋に提案した『共闘作戦』。それは、個人の営業成績はこの際置いておき、とにかく支社の数字を上げることに専念しようというものだった。

 名古屋支社が、安い案件を手広く受注して、数で勝負していることはわかっていた。それなら自分たちは数よりも受注金額で勝負しようと知代は考えたのだ。

 大企業との大口契約。海外の研究センターとの大がかりな商談。どれも、事前調査や高い専門知識を必要とする、付け焼き刃では相手にもされない案件。それをふたりで協力して、確実に受注を決めていこうと鹿嶋に言った。

 しかし本来、営業とは一匹狼なものである。

 営業成績が給与査定に直接響く以上、抜け駆けをしてでも勝とうとするのが営業の世界だ。利用し合うならまだしも、協力し合うという例は殆どない。なぜなら、もし協力し合って受注を決めたとしても、どちらの数字にするかで必ず揉めるからだ。

 しかし、知代と鹿嶋は完全に協力し合うことに決めた。全ては、鹿嶋の海外転勤を阻止するために。

 知代は、給与査定に響かない程度の受注数をキープしつつ、残りの契約は全て鹿嶋に譲ることにした。互いの長所を活かし、互いの短所を補い、数々のプレゼンを成功に収め、東京支社は不利な条件の中、一位を維持することができた。

 行動力が抜群で、話術のうまい知代。豊富な専門知識で的確なプレゼンを作成し、論理的な話し方で説得力がある鹿嶋。営業先の雰囲気を掴んで役割分担し、情報を共有した。

 今回限りの、営業コンビ作戦である。

 総合成績一位は、もちろん鹿嶋だ。知代はといえば、山野に受注契約を任せたり、鹿嶋との協力に専念していたこともあり、初めて二位から五位へと転落した。

 自分の成績を眺めたあと、知代は俯く。

 後悔はしないつもりだったけど、こうやって数字を見ると、やっぱり少し悔しい。

 でも、自分の成績よりも鹿嶋を守りたかったから、満足はしている。

 その時、ポンと知代の肩を叩く人がいた。横を見上げると、山野がいた。

 かねてから知代が気に入らないと、態度にも出ていた彼だ。

 彼は少し照れくさそうな顔をしたあと、何かを決心したように知代を見た。

「猪田、本当にお疲れ様。今期、一番頑張ったのは……猪田だと思う」

「え?」

 まさかそんなことを言われるとは思わなくて、知代は目を見開く。

「俺さ、猪田に頼まれて、いくつか受注を決めてきたけど。プレゼンの内容も、資料の完成度も、俺のとはぜんぜん違っていた。華々しく契約を取ってる裏で、すげえ勉強して、すげえ努力してるんだなって、やっとわかったんだ」

 ミーティングルームがシンと静まり、知代はぼうっと山野を見つめる。

「魔法みたいに受注が取れるはずがないよな。俺が適当にやってる時、猪田は真剣にやってた。俺が遊んでる時、猪田は勉強していた。……当たり前だけど、それが成績の差だったんだ。今頃気づくなんて、バカとしか言えねえけど」

 かしかしと頭の後ろを掻いたあと、山野が真面目な表情になった。

「俺、もっとちゃんと努力してみるよ。鹿嶋に任せておけばいいやなんて、人任せなことを考えたこともあったけど……鹿嶋がずっとここにいるわけじゃないんだって、今回のことでよくわかったからさ」

 その言葉に、知代の心はじわじわと温かくなる。

 態度を改めてほしいなんて思ったことはなかった。でも、自分のしたことで、相手がいい方向に変わってくれたことが、とても嬉しい。

「ありがとうございます」

 知代がニッコリ笑うと、山野は顔を真っ赤にして横を向いた。

「うんうん、今期の功労者は猪田さんで決まりだろうね。皆もたくさん励ましてもらったようだし」

 瀬口課長が微笑ましいものを見るような目をして頷いている。

「猪田先輩、すっごく頑張ってましたもんね。私も後輩として、学ぶところがいっぱいありました!」

「数字なんて、次に取り返せばいい。頑張れよ」

「鹿嶋さんがこの支社に留まることができたのは、猪田さんの努力とフォローあってのことだと思います。私からもお疲れ様と言わせてください!」

 パチパチと、どこからか拍手が聞こえ始めると、その場にいた皆が一斉に手を叩いた。

 知代は照れくさくなって、顔を熱くしてしまう。

「あ、あの、ありがとう。皆に認めてもらえたのが、とっても嬉しいです」

 はにかみ笑顔でお礼を口にした。

 しかしその時、地獄から這い出た鬼のような低い声が聞こえた。

「一躍人気者だねぇ、猪田さん」

 鹿嶋である。

 菩薩のような笑顔で拍手をしながら、ものすごく黒いオーラを迸らせている。目が笑っていなくて、とても怖い。

(って、また嫉妬してる!? 一体何に妬いてるっていうのよ。嫉妬深いってレベルじゃないんですけど!)

 お礼を言われるくらい、いいではないか。何が不満なんだ。

 知代がゲンナリしていると、津島が鹿嶋の肩をガシッと掴んだ。

「全ては、うちのエースを守るために頑張ったんだ。だから、これからもガンガン数字上げてくれよな~」

 調子のよい津島に、鹿嶋が人当たりのよさそうな微笑みを浮かべた。

「責任重大ですね。尽力します」

「うむうむ。俺の分も頑張ってくれたまえよ」

「先輩はちょっと、後輩に頼りすぎですよね?」

「爽やか笑顔で鋭いツッコミ! スミマセン調子に乗りました!」

 両手を合わせて大げさに謝る津島を見て、皆がおかしそうに笑う。

「それにしても猪田。あんなに鹿嶋を毛嫌いしていたのに、今回はめちゃくちゃ協力してたよな。鹿嶋がもし海外転勤となれば、自動的に猪田が一位になれたはずなのに」

 他の同僚が不思議そうに尋ねる。

 知代は「うっ」と言葉を詰まらせた。

 この場合、どう答えるのが正解なのだろう。和解した……というのもおかしな話だ。今回が特別だっただけで、来期は再びライバルに戻る予定である。

 でも、プライベートでは彼を好きになり、恋人同士になったから、鹿嶋を守るのは当たり前だ。しかし、そんな報告をここでしなくてはならないのだろうか? 否、無理だ。恥ずかしすぎる。

「ええと~あの~、それについては……」

「僕が海外転勤になっても、猪田がここで一位になることは絶対にないですよ」

 知代の声に被さるように、鹿嶋がニコニコと言う。

「へ、どういうことだ?」

 同僚がキョトンとする。

「僕が海外に渡航するなら、首に縄をつけてでも、猪田を連れていきますからね」

 鹿嶋の言葉に、皆が一斉に目を丸くした。知代は慌てて首を横に振る。

「な、なにそれ。勝手に私を連れていかないでよ!」

「ああ、言葉が足りなかったかな? もちろん日本で結婚式を挙げてから行くということだよ。僕がいなくなって、君が残るなんて、ありえないでしょう」

 知代は唖然とした。まごうことなく、爆弾発言である。

「ええ~っ!!

 ミーティングルームの壁がビリビリと震えるほど、驚愕の声が響いた。

「いつの間にっ!? えっ、どういう経緯で!?

「あ~なるほどな~そういうことか。なるほどなぁ~」

「先輩ニヤニヤしすぎです。でも素敵! 猪鹿蝶コンビが本当に仲良しになったんですね!」

「まあそういう日がいつか来るとは思ってたけどな。はあ……」

 どこか悲喜こもごもな様子で、皆が騒ぎ出す。瀬口課長が慌てて「ちょっと落ち着いて~」と、弱々しい声を出した。

「も、もう、鹿嶋さん。公衆の面前で何を言ってるんですか。こういうことは内緒にしとこうって言ったでしょ!」

「君があまりに人気者だから、我慢の限界が来てしまったんだよ。ごめんね」

 知代が非難すると、鹿嶋はニッコリと微笑む。

 また、アレだろうか。何らかの嫉妬だったのだろうか。

(本当にしょうがない人だなあ)

 周りの熱気が冷めやらぬ中、知代はハァとため息をつく。

 上を見上げると、隣に立つ鹿嶋は心から嬉しそうに、知代を見つめている。

 なんだろう。その笑顔が無性に憎たらしくなって――。

 知代は黙って、鹿嶋の手の甲を抓ったのだった。