商業ギルドに人材紹介を依頼した翌日には、驚くほど大勢の就職希望者が紹介状を抱えて本店まで訪ねてきた。
「お初にお目にかかります。商業ギルドからの紹介でやってまいりましたギルバートと申します」
「初めましてギルバートさん。既に書類は確認させていただきましたが、これまでの経歴をご自身で説明してくださいますか?」
「お話しできる範囲で、自己紹介させていただきます」
もちろん書類には向かいに座る男の職務経歴は記載されているが、具体的にどういった仕事を担当していたのかの詳細までは書かれていない。
「それは魔法による守秘契約があるということでしょうか?」
「仰る通りです」
「事情は理解しました。差し支えのない範囲で構いません」
この世界の守秘契約は魔法による制約を課すことができる。秘密を暴露しようとしても物理的に話せなくなるのだ。魔法を使った契約には費用がかかるため、重要な職務内容以外は守秘契約も魔法を用いないことが多い。だが、裏を返せば重要な職務を任される人物であることの証明でもある。
「私はカイリン商会で在庫管理をしておりました」
「カイリン商会といえば、グランチェスター領どころかアヴァロン国内に多くの支店を持つ大商会ですわね。食品や酒類などの飲料を中心とした商売をされていらしたかと」
「詳細な取扱品目や在庫の規模などはお話しできません」
「お気になさらないでくださいませ。当商会は酒類を中心とした食品はもちろん、美容製品、魔道具、書籍などさまざまな商品を扱う予定ですの。とはいえ、設立したばかりで、なにもかもがこれからという状況なのです。そのため、最初のうちは雑用も含めて雑多なお仕事をお願いすることになってしまうと思いますわ」
「承知しております。私は『新たに設立される商会』であることに魅力を感じております。私は十歳でカイリン商会の見習いとなり、そのまま二十余年勤めておりました。安定した職場であったことは間違いありませんが、こちらの人材募集の張り紙を見た瞬間、私はこれから成長する商会で自分の力を試したいと強く思ったのです。見習いの頃に戻ったような気持ちになりました」
ギルバートは期待に満ちた眼差しでソフィアをじっと見つめ、笑顔で大きく頷いた。だが、安定した職を捨ててまで転職する理由がそれだけであるはずがない。何しろ彼には養うべき妻と三人の子供がいるのだ。
「差し支えなければ、前職を辞めた経緯を伺ってもよろしいかしら?」
「それは……」
ギルバートは途端に表情を曇らせた。
「言いにくいことであれば無理に言わなくても構いません。大きなミスや不正行為で辞めたのであれば、商業ギルドが紹介状を書くはずがありませんもの」
ギルバートが前職を辞めた理由をソフィアは知っていた。グランチェスター家にいるシノビ一族と、情報を司る妖精のセドリックの両方から聞いていたのだ。
「上司との折り合いが悪かったことが原因です。あるとき、私は人気商品を大量に仕入れるように上申しました。人気商品だったので、二回目の仕入れが難しいことはわかっていました。私は商品が売り切れて他の商会に顧客が流れることを避けたかったのです。しかし、上司は売れ残って損害を出すことを嫌がりました」
「どちらも間違ってはいませんね。上司の方はより慎重になるべきだと考えたのでしょう」
「そうですね。最終的に判断するのは上司ですから仕方がありません。しかし、予想通り商品が発売当日に売り切れてしまい、追加の仕入れができないことがわかると……」
突然、ギルバートは口を閉ざした。言葉を選んでいるわけではなく、言葉を紡ごうとしても声が出なくなっているように見える。
「守秘契約範囲のようですね。おおよその予想はつきますから、無理に話さなくても結構ですわ」
ギルバートの元上司とは、カイリン商会の次期商会長となるジュードのことだ。彼は人気商品の仕入れに失敗した責任をギルバートに
だが、商才の有無はともかく、自分の仕事の失敗を部下に押し付けるジュードのやり方にソフィアは賛成できなかった。ギルバートは完全に被害者である。商人であれば、予測が外れて商売がうまくいかないことはいくらでもある。そうした失敗を糧に、学びを得られるかどうかの方が重要なのだ。
『次代の商会長がそんな感じなら、カイリン商会との取引は慎重にならざるを得ないわね』
ソフィアは心の中で嘆息した。カイリン商会はワインやエールといった酒類の取り扱い品目が多く、できることなら良い関係を築いておきたかった。だが、ギルバートがソフィア商会の求人に応募してきたことでシノビ一族やセドリックの調査が入り、
ソフィアはギルバートを採用することを決め、ひとまず報酬を前職と同じに設定した。
次の面接相手は、健康状態が不安になるほど痩せた女性であった。背が高いことを気にしているのかひどく猫背で、癖の強い髪を後ろでまとめていた。清潔ではあるが、古いドレスは修繕を繰り返しているように見える。
「お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「アニエス・トラムと申します」
「家名を名乗っていらっしゃいますが、貴族家の方でしょうか?」
「かつて父は男爵を拝命しておりましたが、数年前に取り潰しとなりました」
アニエスの父であるトラム男爵は、かつて他領の文官であった。酒宴の席で些細なことから口論となり、酔った勢いでそのまま相手を殴って怪我を負わせてしまった。相手が伯爵家の子息だったせいで傷害事件として訴えられ、そのまま爵位を剥奪されるに至った。裁判で有罪となったトラム男爵は財産を失って困窮し、そのまま病で亡くなっている。
「アニエスさんは、どういったお仕事をしたいと考えていますか?」
「私は昔から文字が綺麗だと褒められることが多く、家が没落するまでは公爵家の侍女として
「そのまま貴族家にお仕えすることはできなかったのかしら?」
「お相手の方は、私がお仕えしていた貴族家の親戚筋だったのです」
「そういう事情でしたのね。では実際にこちらの書類を清書していただけるかしら」
ソフィアは昨晩サラの姿のままで書いておいた料理のレシピメモを差し出した。前世の料理教室で習ったレシピを思い出したとき、忘れないようにメモしているのだ。この世界の料理もそれなりに美味しくはあるのだが、物足りないと感じることも多い。なお、料理教室に通っていたのは、『彼に美味しい食事を作ってあげたい』という浮かれた動機だったため、ちょっぴり黒歴史である。
「承知いたしました」
アニエスはメモを見ながら、別紙にすらすらと清書していく。貴族的で流麗な文字であるため、平民の商会で扱う書類にはもったいないくらいである。
「あの、ソフィア様……、この内容を秘密にする契約は必要でしょうか?」
「それほどの内容ではないわ。スープの作り方が書いてあるだけですもの」
「ですが、以前に私が勤めておりました公爵家では、料理のレシピは財産目録で管理されるほど重要な情報でございました。しかも、卵白でスープを澄ませるなど聞いたこともない技術ですわ」
「時間が掛かって面倒で、材料の量が凄い割にできあがり量が少ない贅沢なスープですわよね」
「他家に漏れれば、使用人たちが処罰されるくらい価値のあるレシピだと断言できますわ」
「そこまでだとは思っておりませんでしたわ」
『レシピなんて共有してみんなで美味しい物を食べればいいのに』
コンソメ・ドゥーブルの作り方がどれだけの価値なのかはわからないが、知識として料理のレシピが貴族家の財産として扱われていることは知っていたため、ひとまず納得することにした。
「アニエスさんは、こうした秘密を安易に他言しない方だと信じることにいたしますわ」
ソフィアはにっこりと優雅に微笑んだ。黙っていれば価値のあるレシピを他家に売りつけることもできたはずなのに、アニエスはソフィアに警告することを選んだ。誠実な人物であることは間違いない。
アニエスに好感をもったソフィアは、アニエスを採用することにした。
最初のうちは順調だった面接も、二日目になると風向きが変わった。
「マリウスと申します。今後ともよろしくお願いいたします」
礼儀正しく、
だが、商業ギルドの紹介状に添えられた経歴書には、『裕福な家庭で育ったマリウス少年は、数年前に両親を病で亡くして親戚に引き取られた』としか書かれていない。
「マリウスさんは、当商会の見習いになりたいと聞いているのだけれど、得意なことを聞いてもよろしくて?」
「接客のお手伝いはできると思います。雑用もお申し付けください」
「荷運びなどの労働は難しそうですわね」
「いえ、肉体強化の魔法が使えるので、重い荷物でも大丈夫です」
もちろん、彼が肉体強化の魔法を発現していることは知っていた。付き従う主人の荷物を持つことも多いため、こうした魔法が使えることは重宝されるのだ。シノビ一族からの情報によれば、暗器を使った戦闘訓練も受けたものの、あまり上達はしなかったらしい。なお、セドリックが「寝室では肉体強化を存分に活用して高い評価を得ております」と発言した次の瞬間、ミケとポチがセドリックをタコ殴りにしたため、具体的にどう活用していたのかは聞けないままである。
マリウスについてシノビ一族とセドリックは、口を揃えて「商業ギルドの回し者」であると警告していた。より正確に言えば、ギルド長であるコジモの紐付きであった。
基本的に商業ギルドや他の商会の紐付きの人材を採用する気はない。だが、完全に排除してしまうことでこちらの情報収集能力の高さを示すことになるかもしれないとソフィアは考えた。
『排除が難しいなら、見える場所で泳がせておく人材を採用するべきかな。雑用係に毛が生えたくらいの立場なら、それほど機密情報に触れる機会もないだろうし』
だが、やはりコジモの紐付きであることを考えると、どうにも採用する気になれなかった。仕方なく「設立したばかりなので見習いを雇用する余裕がない。当方は即戦力となる人材を求めている」という理由で、マリウスを不採用とした。
以降、商業ギルドや他の商会の紐付き人材が次々と面接に送り込まれてきた。面接者には優秀な人材も多く、『紐付きでなければ即戦力として是非雇いたい』と何度も涙を飲んだ。
『地味にイヤガラセされてる気がする。今日面接した資材管理を得意とする人なんて、雇いたいに決まってるじゃない!』
人材は商会の資産であると思っているソフィアは、途中から紐付きの優秀者をこっそり寝返らせることができないか本気で検討するようになっていた。だが、実際に彼らを正式に雇用できるようになるのは、もう少し先になってからである。
結局、本店を開店するにあたって雇用した従業員は、下働きの者も含めると二十名近くになった。最初は紐付きの人材を完全に排除したのだが、予想した通り商業ギルドや他の商会が警戒を強めるようになった。本店に忍び込んでゴーレムに捕獲される賊は明らかに増加し、商業ギルドでは従業員たちが足止めされることも多くなった。
仕方なくソフィアは、監視可能な部署に限って紐付きの人材も採用する方針に切り替えた。そうして雇用された従業員の中には、見習い志望のマリウスの姿もある。ソフィアはマリウスのことがあまり好きではないが、他の優秀な人材と比べるとわかりやすく扱いやすかったのだ。
『どこかの紐が付いていようが、好きなタイプでなかろうが、結局は私が彼らをどう活かすか次第であることは変わらないわね』
ソフィアは自嘲しつつ、人材の配置を含めた商会運営について一人思考の海へと深く潜っていった。
その後、ソフィアはマリウスが頻繁にコジモに情報を流していることを確認し、マリウスに流す情報をコントロールし始めた。密かにシノビ一族のメイドを商会の手伝いとしてグランチェスター侯爵から借り受け、マリウスと親しくさせた上で意図的に当たり障りのない情報を流す仕組みを構築した。
なお、価値の乏しい情報ばかりを報告するため、コジモからは『使えないヤツ』という評価を受けているらしい。ソフィアにしてみれば、本当に『使えない』のは人を見る目が無いコジモの方だ。だが、この愚かな人事を目撃したことが、ソフィアが人材を採用する上で反面教師として役立ったことは間違いない。