錬金術師という生き物
サラは魔石の技術革新について『すべてを隠しておくことは難しい』と考えた。単純に自分が便利に使えば絶対にバレるからなのだが、技術を小出しにすることでこの技術革新を軟着陸させる方法を模索する目的もあった。転生者とはいえ、魔石についてはほぼ素人だったはずのパラケルススは、かなり核心に近いところまで迫っている。そう考えれば、同じようなことを考える人は他にもいるはずだ。
「アリシアさんが魔力を補充可能な魔石を研究し始めたのは、音の出る箱を使い捨てにしないためだったわよね?」
魔力を補充可能な魔石はゴーレムやマギを開発する上で核となる技術だが、そもそもアリシアが魔石の再利用について研究し始めたのは、音の出る箱が使い捨てになることをアリシアが惜しんだことに端を発していた。
「そうですね。サラお嬢様の折角の演奏ですのに、再生を繰り返すと魔石が失われてしまうのがなんとも悔しかったのです」
「でも
「そうなのですが、演奏するごとに元になる箱の魔石は消費されていくので、より多くの箱を作るのであれば、いつかは元になる箱の魔石は失われます。そうなれば元の箱から記録された魔石で作った箱を使うことになります」
「まぁそうでしょうねぇ」
「ですが、この記録は世代を追うごとに少しずつ劣化していくんです」
それはそうだろう。音の出る箱は作りによって音の響きがまったく異なるだけでなく、再生する場所にも大きく影響する。デジタルコピーするわけではないので、どんどん粗悪なものになっていくのは避けられない。
「元になる箱だけじゃなくて、販売する方の箱も純度の高い魔石だけを使って商品化しない?」
「それは構いませんが、魔力の補充はどうしますか?」
サラはしばし考えこむ。
「完全に魔力を失って記録が失われる前に、少しだけ魔力を残した状態まで魔力を消費したら、それ以上再生できないようにできる?」
「そうですねぇ……、少し時間をもらえれば可能だと思います」
アリシアは少し検討した上で開発可能であると判断した。
『リミッターは付けられそうね』
「音が記録されている魔石に魔力を供給する魔法陣を隠匿して仕込むことはできる?」
「大掛かりな魔法陣が必要なので、箱の内部には難しいかと」
「逆に、音のなる箱から魔石だけを取り外して、魔力補充の魔道具にセットして魔力を補充するような仕組みにするのはどう?」
「魔力持ちの人が触れば補充できるようにするのですか?」
「それでも良いけど、魔石から魔石に魔力を移す道具っていう方が受け入れられやすいと思うの。当分の間は魔力の指向性について発表はしないつもりだから、同じ属性の魔石なら補充できるってことにすればバレにくいんじゃないかな」
「なるほど」
アリシアはアイデアを書き留めて、魔法陣のざっくりした設計をイメージする。
「魔力を補充するような仕組みを、一般に販売できる商品にするには時間が掛かりそうです。商会に箱を持ち込んでもらって、魔力を補充するというのはダメでしょうか。商会の従業員に、魔道具を使って魔石から魔力を補充する方法を教えれば対応可能にできると思います」
「それは可能かもしれないわ。だけど、『魔力を補充できる魔石』という存在は隠せない。これに関しては絶対に問い合わせが来るでしょうし、下手をすれば王室から技術の公開を求められることになるのではないかしら」
「それは間違いないでしょうね」
すると、サラはアリシアに向かってニヤリと笑った。
「じゃぁ、そろそろアリスト師にご登場いただきましょうか」
「へ?」
「アリシアさんが『錬金術師』として堂々と発表するのよ。問われる前に先んじてこちらに都合の良いことを発表しておくの。『魔石には微量に他の属性の魔力が含まれているため、その魔力が反発して補充できない』ってことと、『純粋に一つの属性の魔力のみが含まれている魔石であれば、同じ属性の魔力を補充できる』ってことを」
「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
アリシアは素っ頓狂な声をあげて驚いた。
「で、でも、その純粋な魔石をどうやって作り出すのかが問題になりますよね?」
「そうでしょうけど『極めて純度の高い魔石のみが、魔力の補充を可能にする』って開き直っちゃえば良いと思う」
「それで通用するでしょうか。音の出る箱として販売を開始すれば、魔力の補充が可能になる魔石が出回るようになります。当然、製造方法を聞かれるはずです」
「みんながみんな、自分たちの技術を公開するわけではないでしょう?」
「そうかもしれませんが、錬金術師ギルド、アカデミー、王室……きっと黙ってないですよね」
「いつかは誰かが開発することになる技術だと思うの。だから、パラケルススさんの基礎研究部分だけを公開するだけでも感謝されるんじゃないかしら。論文に『出典:パラケルススのメモ』って書いておけば、それ以上は追及されないかも。錬金術師には神様みたいな人なんでしょう?」
「そうですが」
「そこから先は、当分の間は『ソフィア商会の秘匿技術』ってことにしましょうよ。どうしても製造方法を公開しなきゃならない事態になるまで様子見で。それに、小さい魔石ならともかく、大型で質のいい魔石を作れるくらいの魔力持ちなんて、上位貴族にもなかなかいないわ。王室の方々か私くらいしかいないでしょうね。そう考えると、純度の高い魔石を人工的に作り出すことに思い至る人は少ないと思うのよ」
「そうですが……」
なおもアリシアはぐちぐちと言い訳を並べる。
「アリシアさんはこの発見を自分の名前で発表したくないの?」
「そんなわけありません。ですが、私はアカデミーも出ていない小娘に過ぎず、錬金術師ギルドに登録しているわけでもありません」
「あらまぁ。たった五年でアリスト師は随分と丸くなってしまわれたのですね。それなら構いません。別の錬金術師の方をテオフラストスさんに紹介してもらえばいいだけですから」
サラが突き放したように言い放つと、アリシアが目をうるっとさせてサラを見つめた。
「サラお嬢様は意地悪ですぅ。そんなの絶対イヤに決まってるじゃないですかぁ」
「だったら覚悟を決めるしかないでしょう? それとも音のなる箱を使い捨ての高い魔道具のままにしておく?」
「うー、それももったいないのでイヤです」
だんだん、アリシアが駄々っ子のようになってきた。
『まぁ、これはこれで可愛い。まだ十七歳だしねぇ』
「私の予想だけど、多分アリシアさんがアカデミーや錬金術師ギルドに論文を提出しても、すぐには注目されないと思うの。商会の商品が注目されるようになったら、じわじわ来るんじゃないかなって思うんだ」
「確かに私の論文ならそんな扱いでしょうね」
「上手くすれば注目されないままになるでしょうけど、その確率は極めて低いと思うわ」
アリシアは深くため息を吐いた。
「わかりました。アカデミーには論文を出しますが、錬金術師ギルドには父がいるのでやめておきます。少しでも父に見られるタイミングは遅らせた方が良いです。父に見つかったら、乙女の塔まですっ飛んできますよ?」
「わかる気がするわ」
だが、サラとアリシアの期待はあっさりと裏切られた。アリシアの論文はあっという間に錬金術師たちの間で評判となった。当然テオフラストスにもすぐにバレた。しかし、あまりにもしつこく訪ねてくる父親にキレたアリシアは、サラに依頼して乙女の塔にもゴーレムを配置した。
連日ゴーレムにお姫様抱っこされながら追い出されるテオフラストスの姿が目撃されたが、テオフラストスもタダでは起きない。ゴーレムをペタペタ触りまくって関節などの動きを観察し、会話パターンを確認するなどご満悦であった。