ソフィア商会の店舗はまだオープンしていないにもかかわらず、このところ招かれざる客が夜中に来ることが多い。ダニエルを従えたソフィア姿のサラは、商会の門を抜けて敷地内に入った。今朝はやるべきことが多かったせいで、他の従業員が来るよりも早く本店に到着したのだ。

「今朝は五人のようですね」

ダニエルもすっかり慣れてしまい、放心状態になっている盗賊たちに近づき、その周りを踊っているゴーレムたちの動きを止めた。ゴーレムたちの警戒モードドジョウ掬いを解除するには、専用のオカリナ魔道具が必要である。

このオカリナは持ち主が吹かなければ音が出ない魔道具である。サラ(ソフィア)とダニエルの他は、商会の鍵を預かる管理職以上の従業員に支給されている。なお、レベッカのリクエストにより、息を吹き込むだけで勝手にメロディが流れるので、指使いが下手な人でも安心だ。

「ところでソフィア様、何故笛なのですか?」

「ゴーレムを止めるには笛と昔から決まっているのです。様式美です」

などとセドリックのようなことを言いつつ、ソフィアも盗賊たちに近づいていく。

「あ、ソフィア様、こちらにお越しにならないでください」

「どうされました?」

「粗相をしているヤツがいるのです」

「あらま。一号、荷台を持ってきて頂戴」

一号と呼ばれたゴーレムは、いそいそと裏手にある倉庫から、馬に繋いで荷馬車として使用する車輪付きの荷台を引きずってきた。二号と三号が荷台に次々と盗賊を乗せていく。ソフィアは盗賊たちがいた場所の土を魔法で掘り返して埋め戻し、彼らが拘束されていた場所の後始末をした。

「放心してるから多分この人たちは初見さんね。話を聞く価値はありそうかしら。ないなら面倒なので、このまま騎士団の詰め所に突き出すけど」

「話しかけても反応がないので時間の無駄だと思います。そういえば先日騎士団から『ソフィア商会は盗賊多すぎだろ』って突っ込まれましたよ」

「別に私が呼んだわけじゃないんだけど」

全員を荷台に乗せ終わると、ゴーレムたちは盗賊たちの首から紐で木の板を下げた。その板にはこう記してある。

私たちはソフィア商会に入った間抜けな盗賊です。

騎士団が迎えに来るまでここで大人しく待っています。

私たちに餌を与えないでください。

「それじゃ一号、また中央広場の騎士団の詰め所近くに晒してきてくれるかしら? 騎士団にはこの手紙を渡すだけでいいわ」

ゴーレムはこっくりと頷き、『盗賊捕縛済み。広場に晒しておくのでお手すきの際に回収してください』と書かれた手紙を受け取った。ゴーレムは荷台を馬に繋ぐことなく、盗賊を載せた広場まで引きずっていった。一号は盗賊を広場に晒してから、騎士団の詰め所にいた騎士に手紙を渡した。

「またかぁ。無謀なヤツばっかりだな。まぁいい。後で回収しにいく」

詰め所にいる騎士もすっかり慣れてしまい、ゴーレムに『承知しました』と書いたカードを渡し、「もう行っていいぞ」と声を掛けた。

最初の頃はゴーレムが街中を歩くだけでも大騒ぎだったため、商会の従業員が付き添っていた。だが、間を置かずに何度も強盗を捕まえる上、従業員が命令すれば力仕事などを手伝ってくれることもあるので、いまやゴーレムたちは街の人気者である。ゴーレムが単体で歩いていても街の人は怯えることはなく、気軽に声を掛けてもらえるようになった。実に良い宣伝である。

子供たちの間では、密かにゴーレムダンスドジョウ掬いがブームとなっており、露店ではゴーレムを模した置物やオカリナの形をしたお菓子まで売られるようになっている。もちろん、ソフィア商会とは無関係の人たちが経営している露店だ。何故かオカリナの売れ行きも好調らしいが、普通のオカリナにゴーレムを操作する効果はない。

一号が帰路に就いていると、露店から捧げ物のように「商会長に渡してください」と、オカリナのお菓子が渡された。ベビーカステラ風のお菓子で、暖かいうちに食べると地味に美味しいのだ。

「アリガトウゴザイマス」

一号はお礼の言えるゴーレムであった。

「みんな商魂たくましいわねぇ」

帰ってきた一号からお菓子を受け取ったソフィアが呟く。籠に入ったオカリナの菓子を食べると、ほんのり温かく、優しい甘さであった。

「ゴーレムやソフィア商会が歓迎されてると思えば良いことじゃないでしょうか」

ソフィアは思わず一つ摘まんでダニエルの前に差し出す。やや顔を赤らめたダニエルだったが、直接ソフィアの手元からパクリと口の中に入れ、もぐもぐと食べ始めた。まさか直接食べるとは思わなかったのでちょっとだけ驚いた。

『なんだか妙に甘い雰囲気だわ!?

ソフィアを甘やかに見つめるダニエルの視線を誤魔化すように話を続けた。

「そうなんだけど、あれを譲ってほしいって依頼が多くて困ってるのよ。中に仕込んである魔石に魔力を注いでおく必要があるんだけど、結構な魔力を必要とするの。特に捕り物があると減りが速いわ。普通の人に動かせるとは思えないのよね」

ソフィアはゴーレムたちに声を掛け、一号から五号まで並べると、順番に魔力を補充していく。

「もうすぐ書籍部の商品搬入があるから、あなたたちも手伝って」

「カシコマリマシタ ソフィアサマ」

代表して一号が返事をすると、他のゴーレムたちがこくこくと頷いた。

力仕事を任せられるゴーレムがいるため、ソフィア商会は無理に力仕事を担当する下働きを雇う必要がない。人材不足に悩んだサラが真っ先に講じた手段は、ゴーレムの製作であった。魔法の授業で製作したゴーレムは、サラが魔力を注ぐのを止めた途端に土塊つちくれへと還った。基本的にゴーレムの形を維持したまま動かすには、コアとなる大きな魔石が必要になる。しかも、魔石の魔力が尽きれば、やはりゴーレムの形を維持できずに崩れてしまう。要するに使い捨てなのだが、サラはそれをもったいないと思った。

ゴーレムは錬金術の研究分野であるため、サラはアリシアに協力を依頼して従来型とはまったく異なるゴーレムの製作に着手した。

最初にサラがアリシアに依頼したのは、魔石の分散化であった。質の良い大きな魔石は希少なので、一定以上の大きさを超えると一気にコストが跳ね上がる。だが、メイン動力の魔石、会話用の魔石など複数の魔石で役割を分散すれば、複数個の安価な魔石に置き換えられる。さらに、安価な魔石を順番に交換することで、一体のゴーレムを継続的に運用できるようにしたいとアリシアにリクエストしたのだ。

ところがアリシアはサラの想像を遥かに超える提案をしてきた。

「小型の魔石による分散処理は私も賛成です。ですが、現状のままでは魔石が使い捨てであるという課題は解決しません。そこで私は『魔力の補充ができる魔石』の開発を提案します」

「そんなことできるの?」

サラの質問にアリシアは小さく頷いた。

「魔石に同じ属性の魔法を注ぐと、魔力が補充される現象は前から知られています」

「でも、魔石に直接魔力を注ぐと割れるって聞いたわ。魔道具に魔力を注ぐのだって、魔法陣を起動する部分にだけ魔力が流れるようになってるはずよね?」

「基本的にはそうなのですが、極めて純度が高い魔石の中には〝稀に〟魔力が補充できることがあるのです」

「え、どうやって判断するの?」

「魔力を注いでみるしかないですね」

「それって純度が極めて高い魔石が割れちゃうリスクもあるってことよね?」

「そうですね」

魔石の再利用はこの国の、いやこの世界で魔石を利用している人間の悲願である。失われた古代文明では魔石を再利用していたという記録が残っていることもあり、アカデミーでは研究者も多いが、成功したという話は聞いていない。

「実はパラケルスス師の主な研究分野は魔石です」

「賢者の石って聞いてたけど?」

「ええ、魔石を賢者の石にすることを考えていたようです」

魔石研究において誰よりも先んじていたのは、アリシアの祖先であるパラケルススであった。彼が行方不明になって何十年も経っているにもかかわらず、彼の研究を超える錬金術師は未だに現れていないのだとか。

「そもそも賢者の石って何?」

「それはパラケルスス師しかわかりません。彼にしか読めない文字で残されている資料がとても多いのです。父はそれを悔しがって、必死に読もうと研究したそうなのですが成功していません」

『あー、もしかしたら私それ読めるかも』

「アリシアさんは、パラケルススさんの直系なのに『師』と呼ぶのですね」

「確かに高祖父こうそふではありますが、私自身は会ったことがありません。それに錬金術師にとっては神のような存在であることは間違いありませんから」

「なるほど。ところで、その資料って私が見ても良いかしら?」

「もちろんです。乙女の塔にあるもので、サラお嬢様の自由にならないものなどありません」

「ふふっ。まだお酒はダメって言われてるわ」

「ブランデーもシードルも最高に美味しいですから、成人したら沢山飲んでくださいね」

「それはそれでお父様やお母様から怒られそうだわ」

サラはアリシアと目を合わせてくすくす笑うと、傍らの机に山積みになっていたパラケルススの資料を指し示した。アリシアが「この辺りはパラケルスス師しか読めないんです」と言って、気になっている個所を開いてみせた。そして、サラの予想した通り、そこには日本語で書かれたくだらないメモが残っていた。

『眠い。本物のコーヒー飲みたい。タンポポで作った代替品にはもう飽きた』

『家に帰るのが本当に面倒だ。いちいちオレに聞かなくても、ギルド運営くらい自分たちで適当にやればいいのに。オレはここで好きな研究に没頭していたいだけなんだがなぁ』

資料の最初の方にかかれている内容に、サラの頭はズキズキと痛んだ。そして、この男の研究に湯水のように金を使った曾祖父は、一体何を考えていたのだろうと本気で心配になった。だが読み進めていくうちに、少しずつパラケルススの記述が変わっていくことに気付いた。

『王都では、流行り病でたくさん人が亡くなったらしい。下痢と嘔吐が酷いというが、コレラのような病気だろうか。もう少し衛生管理をしっかりすれば……』

『野ブタの肝臓に大量の嚢胞のうほうがあったらしい。もしやエキノコックスか? だが、この世界の人に生水を飲まないよう指導するのは難しい』

『この塔で使っている給湯器を見て思ったが、これを作ったヤツは転生者じゃないだろうか。そもそも、グランチェスター領やこの塔だけ上下水道があるというのがおかしい。浄化槽は壊れているようだが、分解して修理できるかもしれない。専門じゃないから、少しずつ試すしかないだろうな。幸い妖精のおかげで時間は沢山ある』

どうやらパラケルススは、グランチェスター領で過ごすうちに、少しずつ領民を心配するようになっていったようだ。だが、この辺りに魔石関連の記述はなさそうと判断したサラは、パラパラと資料をめくっていく。

『魔石に魔力を注入できないのは、微量に含まれる異なる属性の魔力が反発していることが原因らしい。雑多な属性の魔力を除去できれば、魔力を補充できるようになるのではないだろうか』

そう書かれたページには、魔法陣を検討していたらしい痕跡が残っていた。どうやら完成には至っていないらしい。しかも魔法陣は複雑すぎて、サラにはまったく理解できなかった。サラはアリシアを呼び、そのページに記載されている内容を伝えた。

「サラお嬢様には、この文字が読めるのですか?」

「これはグランチェスターの始祖が使っていた文字というか言語ですね。文字も独自ですが文法も違いますから。パラケルススさんと先代のグランチェスター侯爵だけでやり取りするのに使ったのかもしれません。申し訳ないのですが、私の立場ではこの言語をお教えすることはできません」

『嘘です。多分先代の侯爵も読めなかったと思います』

「まぁ! グランチェスター家の密事ということでしたら詮索は致しません。内容を教えていただけるだけでもありがたいことでございます」

そしてサラとアリシアは、パラケルススの資料を一緒に紐解いていくことになった。

「アリシアさん、ここに描かれている魔法陣は特定の属性の魔力を魔石から吸い出すことを目的にしているんですよね?」

「そうです。まとめて魔力を吸い出すことができる魔法陣は概ね完成しているようですが、そこから属性を絞って抽出できるように試行錯誤していたようですね」

「思い出したんですが、秘密の花園でミケは言ってましたよね。『魔力はすべて同じ。属性魔法は、魔力に指向性を与えているに過ぎない』って。属性を絞り込めないのは当然なのでは?」

「あ!」

そこでサラとアリシアは、パラケルススの魔法陣を参考にしつつ、すべての魔力を吸い出す魔法陣を描き出し、実際に魔石から魔力を抜いてみることにした。すると、アリシアの描いた魔法陣は無事に起動し、魔石からするすると魔力を吸い出し始めた。吸い出された魔力は液化し、そのまま空中にふわふわと丸い球状になっていく。サラはその液体を小瓶に取って蓋をした。

完全に魔力が抜かれて空になった魔石は、炭素の塊となった。ただ、炭素というのは同位体が非常に多いため、元になった魔石の質によって『金剛石ダイアモンド』から『石墨グラファイト』までさまざまな状態へと変化していた。

この世界で炭素がどれほど貴重なのかはわからないが、少なくとも結晶化して鉱脈から産出される鉱物に魔力が蓄積されているのであれば、貴重なのも頷けるというものだ。事実、使い終わった質の良い魔石を加工して販売する業者も存在している。要するにダイアモンドジュエリーだが、前世のようにカットの技術が洗練されているわけではないので、あまりパッとしない宝石だと思われている。確かにダイアモンドはカットありきの宝石なので、ブリリアントな輝きが無ければそんなものだろう。

サラは完全に空になった魔石に、風属性の魔力を流し込んだ。すると、先ほどまで火属性だった魔石は、あっさりと風属性の魔石へと変化した。しかも指向性が完全に一致しているため、非常に魔力効率が高い魔石である。だが、それよりも衝撃的だったのは、この作業によって元になる炭素の結晶もどんどん変化していくことだった。つまり、より上質で純粋な魔石へと変化したのである。

『なんか人工ダイアモンドみたいになったよ! しかも属性の色がついてるよ』

「えーっと、あっさり魔力を補充できちゃったみたいなんですが……」

「あはは……ソウデスネ」

サラとアリシアは目の前で起きたことに呆然として、上手く言葉が出てこなかった。

「アリシアさん、私ちょっと怖いことを思いついちゃったんですけど……」

「え、それは……。聞くのはとても怖いんですが、それ以上に好奇心の方が強いです」

実に錬金術師らしい発言である。

「魔石から魔力を吸い出せるなら、魔石に魔力を注ぐ魔法陣も描けるのでは?」

「不可能ではないと思います」

「魔力そのものに指向性はなく、指向性を与えるのは人間なのですよね?」

「仰る通りです」

「だとすれば、注がれた魔力の属性に関係なく、すべての魔力をこの液体のように無属性にしてから、特定の属性を持たせるような魔法陣を描くのはどうでしょう。理論的には誰でも任意の魔石を作れるようになるはずです。もちろん魔力持ちじゃないとダメですが」

アリシアは恐ろしいことを聞いた表情を隠さなかったが、手は勝手にパラケルススの資料を漁った。パラケルススは特定の属性の魔法を取り出す研究の中で、それぞれの属性のパターンを発見していたのだ。

「できそうな気がします。ですが、誰にも言えない恐ろしい技術になりそうです」

「アリシアさん安心してください。既に恐ろしいことになってます」

どこをどうすれば安心できるのかさっぱりわからない。魔石は天然資源である。アクラ山脈にはいくつかの魔石鉱脈があり、その多くは火属性の魔石である。湧き水の近くで水属性の魔石、森で木属性の魔石などが少量採掘できるが、グランチェスター領で産出される魔石の八割以上が火属性である。魔石の中で最も価値が高いとされているのが、光属性の魔石である。そもそも光属性の魔石が採掘できる鉱脈が見つかること自体が稀であるため、発見されると貴族家は鉱山を王室に献上することが通例となっている。その代わりに陞爵したり領地を増やしたりしてもらうのだ。だが、サラたちの技術を公開してしまえば、こうした魔石産業のエコシステムは崩壊してしまうだろう。

「重大すぎて誰にも言えません」

「パラケルススさんの研究って深堀りすると怖いですね。下手をすると国同士の戦争に発展しかねません。妖精にも口止めしないと」

サラは自分の友人である妖精を呼び出すと、何故か一緒にフェイやノアールも出てきた。その後ろにはアリシアの妖精やアメリアの妖精も隠れている。

最初にセドリックが話し始めた。

「サラお嬢様、その技術を秘匿したいのですよね?」

「そうなの。この技術は危険すぎる。今すぐ公開すれば、国同士の戦争に繋がりかねないわ」

「承知しました。この件については妖精たちから秘密が漏れることがないように計らいます」

フェイが心配そうに魔法陣を覗き込んだ。

「昔、似たような魔法陣を見たことがあるよ。ずっとずっと昔に滅んでしまった国でね」

「じゃぁ、この技術は使わずに封印すべき?」

これにはノアールが遠い目をして答えた。

「お前たちがそれを封印したところで、いつか誰かがその法則を発見するだろう。そしてまた国が滅ぶのだろうな。それが人の世というものなのだろう?」

ミケとポチも心配そうにサラを見つめている。

「私が余計なことを言ったからなのかな……」

「ミケ、そんな弱気になっちゃだめだよ。私はサラを信じる」

心配そうに両肩にのった友人たちの頭を撫でつつ、サラは力強く答えた。

「私はこの技術を使うわ。すぐには公開できないかもしれないけど、いつかこの技術が当たり前に使える日は来るはず」

すると妖精たちはサラとアリシアの周りをくるくると回り、二人に金色の光を落として祝福するように去っていった。その光景をサラとアリシアは黙って見つめていたが、やがてアリシアがボソリと口を開いた。

「サラお嬢様、私は乙女の塔に来たことが運命のような気がしてきました。アカデミーの研究員になるよりも、もっと凄いことができるんですもの。しかも魔石使い放題!!

「魔力枯渇で倒れないようにね?」

「ドラゴンのようなサラお嬢様の魔力をふんだんに注いでもらうに決まってるじゃないですか」

「あ、うん」

明らかにアリシアは興奮している。その様子は、どこかマッドサイエンティストめいており、サラは少しだけ恐怖を感じた。話を逸らそうと手に持っていた小瓶をちょっと振った。

「ところで、この液体化した魔力って何かに使えそうじゃない?」

「サラお嬢様、その液体は指向性を持たない純粋な魔力です。つまり、どんな属性の魔法でも使える魔力ということではないでしょうか。これをアメリアさんに渡したらどうなるんでしょう?」

……もっと怖い考えになってしまった。

「彼女を巻き込んで良いのか悩ましいのだけど……」

「乙女たちは一心同体です!」

『どうしよう。その理論でいくと、お母様も巻き込むことになるわ』

ひとまずゴーレムの動力問題は解決したが、マッドサイエンティストならぬマッドアルケミストとなったアリシアは、パラケルススの研究資料を引っ張り出し、ゴーレムについてサラの想像の斜め上をいく構想を打ち出した。

「サラお嬢様。どうせ分散処理を実現するのであれば、『人語を理解して学習』するゴーレムのコアユニットを開発しませんか?」

「今でもゴーレムは人の命令を理解するでしょう?」

「そうですね。従来型のゴーレムでも、単純な命令であれば理解しますし、あらかじめ教えておけば単純な労働も可能です。ですがパラケルスス師は、人の言葉を理解して学習し、できることが少しずつ増えていくゴーレムを開発しようとしていました。いえ、正確にいえばゴーレムではなく、会話ができる愛玩用の動く人形を作りたかったようです。明示的に話し掛けた言葉はもちろん、周囲の会話や書籍なども自律的に学習し、表情や口調などから人の感情を読み取ったりするのです」

前世の記憶のおかげで、パラケルススが何をやりたかったのかは概ね理解できる。

「目指す方向はわかるのだけど、パラケルススでも実現できなかったのでしょう?」

「設計はほぼ完成しているのですが、パラケルススは質の良い魔石が入手できなかったことで計画が頓挫とんざしています。私たちと同じようにまずは魔石を研究しなければならないことに気付いたのかもしれません」

「つまり、好きな属性で質の良い魔石を作り出せる私たちなら、次世代型のゴーレムを作り出せるってことね?」

「そうなりますね」

だが、実際にアリシアが開発したのはゴーレムだけではなかった。さすがにゴーレムの体内に埋め込まれている魔石ユニットだけでは、処理できる情報に限界がある。そこでアリシアはゴーレムが収集した情報を処理するバックエンドシステム巨大ユニットを、ソフィア商会の地下室に構築し始めた。これがゴーレムの集団的知性の正体である。

このバックエンドシステムは、膨大な数の魔石をびっしりと並べた三つの大型ユニット三つで構成されている。これらを魔法陣でつないで並列処理を実行する仕組みになっている。システムを構築しているアリシアを横目で見ながら、サラはどうしても抑えきれない衝動に襲われた。

「アリシアさん、このシステムに名前つけていい?」

「どういう名前でしょう。パラケルスス師も名前は付けているのですが、所有者であるサラお嬢様の意向を優先すべきかと思います」

「できればシステムそのものを『マゴイ』か『マギ』って名前にしたい。それぞれのユニットも『メルキオール』『バルタザール』『カスパール』って呼びたいわ」

実に中二病的だが、そうせずにはいられない衝動というものがあるのだ。

「まぁ! サラお嬢様はパラケルスス師の文献を読んだのですね。紐で綴じることすらしていないボロボロの羊皮紙でしたから、読み込んでいないとばかり思っていました」

アリシアが驚いてサラを見つめた。

『うん。なんとなく予想はしてたよ』

「ユニットの名前は、ここに記述されてるんです。でも、この走り書きが読めなくて。もしかしたら凄い技術のアイデアだったりするんですかね」

「記憶に引っ掛かっていたので、城にある何かの資料を読んだのかもしれませんね」

アリシア示した資料の該当箇所には、パラケルススは『ドール』と呼ぶ小さなデバイスの頭脳にするためにこのシステムを研究していたことが記述されていた。そして、その文献の隅の方には、アリシアが読むことのできない文字日本語の走り書きがあった。

『マギを稼働できる魔石が作れたら、それこそが賢者の石だろう。オレのドールに命を吹き込む賢者の石はどこにあるだろうか』

『それにしても、もう少し可愛いドールをつくれないものだろうか。あの彫刻家は萌えを全く理解してない。あぁ、オレにフィギュアを作る才能があればよかったのに』

サラは頭を抱えた。

『パラケルススよ……いろいろ台無しだ』

とはいえ、パラケルススの研究内容は素晴らしいので、この走り書きは見なかったことにしようとサラは誓った。

かくして暴走したアリシアと開き直ったサラは、自律型ゴーレムのバックエンドシステムとして『マギ』を構築した。それぞれのゴーレムに埋め込まれた魔石ユニットには、マギと通信するための仕組みも搭載されている。マギの基本設計はパラケルススではあるが、残課題を解決して新たなアイデアを盛り込んだアリシアの能力には、前世を知るサラでさえ驚いた。ゴーレムたちに埋め込まれている魔石ユニットに至っては、ほぼアリシアの設計である。まさにアリスト師の面目躍如やくじょといったところだろう。

こうしてサラとアリシアはパラケルススの資料を熟読し、次世代型のゴーレムを製作した。未完成の研究なので未解決だった課題点も多かったが、膨大なサラの魔力とアリシアの発想力、なにより質の良い魔石で困難を乗り越えた。

次世代型と言っても土属性の魔力でゴーレムの外殻を作成する部分は変わらないため、見た目は魔法で作った大きな土の人形である。しかし、新たに作られた五体のゴーレムたちは、人語を理解して学習する。各種センサーの働きにより、ゴーレムたちは人や動物、物や自然の特徴を理解し、それらの情報から回帰してさまざまな物事を予測する。たとえば会話をしている相手の表情から感情を読み取るのはもちろん、体温や心拍数の変化から相手の言葉が嘘である確率も割り出せる。

特に捕り物の経験が多いため、盗賊が次にどのような行動に出るのかを彼らは高い精度で予測できるようになりつつある。街を歩いていれば、ゴーレムは自分の視界に入る人を認識し、名前、性別、年齢、職業、下手をすれば住所や家族構成までを瞬時に理解する。過去の行動から次の行動を予測するため、迷子になりそうな子供を監視し、スリやひったくりを事前にみつけることすらしてのける。しかも彼らは知識を共有しているため、一体が覚えたことは瞬時に他のゴーレムも覚える。言語の理解速度も速く、今はまだたどたどしい言葉遣いしかできないが、そのうちゴーレムたちはアヴァロン以外の言語ですら流暢に話し始めるだろう。

なお、アリシアはゴーレムの警戒モードに関する特殊な仕様バグには気付いていたが、面白そうだったのでそのまま残した。