サラはミケの力だけでなく、フランやトニアの力を借りて次々と百本分をルミアージュする。
「これが一日分の作業です。これを六週分やってもらうことになります。ミケよろしくね」
「は~い」
ミケにも若干の疲れが見えるが、たっぷりエルマブランデーを飲んでしまった自覚があるので勤勉に働いていた。単にできあがったシードルが飲みたいだけかもしれないが。
ルミアージュで瓶を回転させているのはフラン、トニア、ダニエルの三人なのだが、ミケに魔力を吸われているせいで、ますますサラの元気が失われていく。ルミアージュが終了する頃には、サラの顔色は真っ青であった。
『あ、これって前世で献血した時の感じに似てるかも』
王族でも気分が悪くなりそうなくらい大量の魔力を吸い出されているにもかかわらず、サラ自身は比較的どうでもいいことを考えていた。
「サラお嬢様大丈夫ですか? お顔の色がすぐれませんが」
トニアが心配してサラを近くの椅子に座らせた。ダニエルもオロオロしている。
「大丈夫です。妖精の魔法は私の魔力を使うので、ミケに時間を進めてもらうと魔力が消費されてしまうんです」
「では、これは魔力枯渇ですか?」
ダニエルがサラの身体の状態を確認しつつ質問した。
「まだ枯渇はしていません。休んでいれば回復します。それよりどうですか、瓶の口の方に澱は溜まっていますか?」
「はい。溜まっています」
フランが瓶を見ながら報告する。
「では澱を引きましょう。うーん、どうしようかな」
「どうされました?」
「本当は瓶口の部分を凍らせると澱を抜きやすいんですが、魔法を使わないと難しいですよね」
「そのまま栓を抜いてはダメなのでしょうか?」
「ダメではないんですが、瓶を逆さにしたままで、澱が出たらすかさず瓶の口を押さえるというテクニックが必要なんですよね」
「なるほど。それは難しそうですね。仕方がありませんので私が凍らせます」
「え?」
「あ、私は水属性の魔法持ちなんです。夏には冷たい水が出せるんでなかなか重宝しています」
トニアは涼しい顔で答えた。フランも全く驚いていない。
「な、なるほど。あれ、もしかしてフランさんも魔法を発現なさってます?」
「はい。私は火属性ですね。母方の血統のおかげなのか魔力量はそれなりです。火属性なのは鍛冶師である父方の血のせいかもしれません」
『やっぱり魔法って貴族だけのものじゃないんだわ。生活で使うことも多いだろうから、魔力が少なくても使い方は貴族より上手ってこともあるかも? こういうこと王室や貴族の人たちは知ってるのかしら……』
「そういうことであれば、やり方をご説明しますね」
「お願いします」
「この瓶の中には、想像以上に空気がギュウギュウに詰まっています。そのため、栓を抜くと澱の部分が勢いよく飛び出すんです。安全のために、人が近くにいない場所でやった方がいいです」
勢いよく飛び出た栓や澱で怪我をする人もいるので、注意が必要な工程でもある。
「澱を引くと同時にシードルも少し飛び出してしまいますので、瓶の中身が減ってしまいます。そのため失われた分のエルマ酒を足してから栓をするのですが、すべての瓶で同じ量のシードルが減ってしまうわけではありません。すべての瓶で澱を引いた後に、中の量を調整してから栓をしてください。もちろん、他の瓶の澱を引いている間にも中の空気が抜けてしまうので、仮の栓をしておく必要があります」
サラは少し考えてからトニアに尋ねた。
「実はこの作業は寒い室内でやる方が良いので、私が魔法で瓶の周囲だけ冷やそうと思っているのですが、トニアさんやりますか?」
「いいえ、そこまで魔力はありません。澱を引くだけで精一杯かと」
「わかりました。では私が冷やしますね」
サラが魔法で瓶の付近の空気を冷やしている間、三人はせっせと瓶の澱を引いてから栓をした。
「みなさん、お疲れ様でした。私は試飲できませんので、代わりに皆さんが試飲していただけますか? 冷やすと美味しいです」
サラは一本のシードルを魔法で冷やしてフランに手渡した。フランは近くに置かれている試飲用のグラスを三つ取り出し、サラ以外に手渡していく。トニアは気を使って同じグラスにエルマジュースを注いだものをサラに用意した。
「では初めてのシードルに乾杯!」
と、言った瞬間、ミケがぼぼんっと音がするくらい勢いよく人型に変身した。
「私も飲むぅぅぅぅぅ。こんなに頑張ったのに私だけ飲めないなんてズルいぃぃ」
「あ、ごめん。ミケにも飲ませてあげないとね」
慌ててフランがグラスを追加し、シードルを注ぎ入れた。
「では気を取り直して飲みましょうか」
四人がクイっとシードルを飲んだ次の瞬間、一斉にケホケホと咳込んだ。
「え、ど、どうしよう。なにか問題ありましたか?
サラはオロオロと尋ねた。
「だ、大丈夫です。このシュワシュワした感じに驚いただけです。とても美味しいですね。もっと甘いかと思っていたので意外な味です」
「知らずに飲むと大抵の人は驚くんじゃないでしょうか」
トニアとフランはグラスの中で立ち上る気泡を眺めた。
「これすっごく美味しいよぉ」
ミケはご満悦である。
「クセになりそうな美味さです。特に仕事の後なんで沁みますね」
ダニエルも気に入ったようではある。
「エルマブランデーと同じように商会の商品として売り出したいのですが、売れると思います?」
トニアは暫し考え込んだ。
「売れるとは思いますが、決して安い酒にはならないでしょう。手間がかかりすぎます」
「エルマブランデー同様、こちらも安い価格で販売するつもりはありません」
「熟成期間やブレンドなどを工夫し、本当に美味しいと思えるシードルを作るのには時間が掛かりそうです。もう少し知見を深めてからでないと普及するのも難しいでしょうね。ひとまず、私どもの農園において人力による製造工程が確立するまで、製造方法は公開しない方が良さそうです」
「わかりました。ゆっくり考えていただいて構いません。本来、こんなに即席でやるような作業でもありませんしね。澱引きの作業だって冬の間にやれば良いだけです。狩猟大会に間に合わせないといけないので、今回だけ特別なんです」
だが、このシードルが狩猟大会で大人気となり、関係者が悲鳴を上げながら増産することになることを、まだサラは知らない。