ソフィアの正体と領都の外れの集落への招待

翌朝、サラは目覚めてすぐに早馬でシンディに伝言を飛ばし、午後に女性たちの集落に関係者を向かわせたいという意向を告げた。領都の外れにある集落は、馬を飛ばせば一時間も掛からずに到着する。朝食を終えて身支度をしていると、シンディからの返事が戻ってきた。今日であれば問題ないらしい。レベッカにもその旨を告げ、サラは収納魔法でソフィア用のドレスとウォルト男爵令嬢にもらった騎士服を仕舞い込んでからジェフリーの邸へと向かった。

予定していた体力づくりの走り込みを終えると、応接室に場所を移して今後について話し合いの場を持った。トマスやジェフリーはもちろん、当事者であるスコットやブレイズも一緒である。

「楽しい時間を暫しお休みするのはとても残念なのですが、狩猟大会が近い上に商会関連の手続きや教育施設のことを考えると、どうしても時間が足りないのです」

このサラの発言には、トマスが返答した。

「授業時間の削減は致し方ないでしょう。商会関連のお仕事や教育施設の手配などについては、私もお手伝いできることは多いと思います。それに、社会勉強の一環として、スコット君やブレイズ君を同席させていただければもっと面白いと思います」

「社会勉強ですか?」

「はい。お二人が将来どのような道を選ぶのかはわかりませんが、自分たちを取り巻く社会に接して学ぶ機会は大変貴重だと私は考えます。アカデミーでは学べませんから」

トマスの発言に触発されたジェフリーは、厳しい表情で息子たちに向き直った。

「確かにそうだ。オレの息子だからといって無理に騎士の道を選ばなくても良い。本当に自分がやりたいことを見つけるんだ」

「「はい父上」」

「すまないがサラ、この子たちも同行させてほしい」

ブレイズもジェフリーを『父上』と呼んでいる様子を見てサラはホッとしつつも、ブレイズにソフィアの正体を明かす時期が近づいていることに気付いた。社会勉強としてサラに同行するのであれば、スコットやトマスにも隠し通すことは難しい。

『ノアールがいるのだもの、どうせバレるのは時間の問題よね』

「お母様、私も彼らが社会勉強をするのは賛成です。仕事ですから連れていける場面は限られてしまうとは思いますが」

「サラさんがそれでいいのであれば、構わないのだけれど……」

「これ以上隠せないことはお母様もご存じでしょう?」

サラの発言にジェフリーがハッとした表情を浮かべた。自分の要求がサラの秘密を暴くことに繋がると気付いたのだ。

「サラ、すまない。無理を言う気はなかったんだが」

「お気になさらないでください。どうせ時間の問題だったはずです。ジェフリー卿、人払いをお願いできますか?」

「今すぐか。承知した」

先ほどから目の前で歯切れの悪い会話が交わされていることに、スコットとブレイズは戸惑った。兄弟は目を見合わせて首を傾げる。

「ごめんなさい。スコットとブレイズは意味がわからないよね。それに、またトマス先生を私の秘密に巻き込んでしまいそうです」

「問題ありません。私は既にサラさんに忠誠を誓っていますから」

サラはソファから立ち上がり、部屋の隅にあった衝立ついたての後ろに移動した。ミケを呼び出してソフィアに変身しつつ、騎士服を魔法で身に纏う。

変身と着替えを終えたサラは、ジェフリーをそっと呼んだ。一人でブレイズの前に出ていく勇気が持てなかったため、エスコートをお願いしたのだ。ジェフリーの手を取ってそっと衝立の後ろから姿を見せると、事情を知らない三人が固まるのが見えた。

「えっと……、サラなんだよね?」

スコットが恐る恐る質問すると、ブレイズが反論する。

「違うよ。彼女はソフィアさんだ」

サラは曖昧な微笑みを浮かべて二人に話しかけた。

「どちらも正解よ。私はサラだし、この姿をしているときはソフィアと名乗っているわ。黙っていてごめんなさいブレイズ」

「ちょっと待って。ソフィアさんはサラなの? あのときオレを助けたのもサラってこと?」

「そうよ」

ショックを隠し切れないブレイズは固まったように黙り込んでいる。そんなブレイズを心配しつつも、スコットとトマスもサラに質問する。

「もしかして、サラの本当の年齢は八歳じゃないの?」

「いいえ。間違いなく八歳よ。ミケの能力で身体の年齢を変えているだけ」

「では、その姿はサラさんが成長した姿ということなのですね?」

トマスは一つ深呼吸してから話し始めた。

「その通りです。十年ほど成長させた姿です」

「八歳のサラさんも愛らしいですが、今のサラさんは本当に美しいですね」

「ありがとうございます」

「ブレイズ。騙したみたいになっちゃったけど許してくれるかしら?」

ブレイズは俯いた姿勢のまましばらく口を開かなかった。傭兵団で奴隷のように働かされ、森林火災で命を落とし掛けていたブレイズにとって、命の恩人であるソフィアは本当に特別な存在だ。その気持ちは、この場にいる全員が知っている。サラの秘密を知ったことでブレイズが傷つくことがないよう、彼らは祈るような気持ちでブレイズを見守っていた。

耳が痛くなるほどの沈黙の中、ブレイズはふっと顔を上げてサラを見つめると、次の瞬間にトロリと甘やかな笑顔を浮かべた。

「秘密を言わなかっただけで怒ったりしないよ。隠す理由もわかるしね。それに、オレは心のどこかでサラとソフィア様のことに気付いていたんだと思う。サラと一緒にいるのはいつだって心地よくて、不思議な気持ちになるんだ。この気持ちに気付くたび、『オレが好きなのはソフィア様のはずなのに』って少し複雑だったんだよね。サラと話をするたびにソフィア様のことを思い出してた。顔が似てるってことだけじゃ説明できないくらい楽しくて、嬉しくて、ドキドキするんだ。サラと一緒にいるってことは、ソフィアさんと一緒にいるってことなんだろ? オレはソフィア様の近くにいられるようになることを毎晩祈ってたけど、一番の望みはもう叶ってたんだな。サラ、教えてくれて本当にありがとう。それと、ソフィア様、オレを助けてくれてありがとうございます」

ブレイズは鮮やかな紅い瞳を潤ませ、以前にトマスがしたのと同じようにサラの前に跪いてその手を取り、そっと口づけた。それを見たスコットとトマスは同時に気付いた。この少年が最強のライバルであることに。

その後一同は簡単な昼食を終え、ソフィア姿のサラとレベッカは領都の外れにある女性の集落へと向かった。男性陣も同行したがったが、サラは女性が中心の集落に知らない男性をいきなり連れて行くべきではないと判断した。今日の訪問の様子を見てから、改めて彼らを連れて行くかを検討するつもりである。

サラとレベッカは馬で向かうことに決め、サラは自分の乗馬であるデュランダルに騎乗した。

『お前、いきなり成長したな』

「私だって気付いてくれてありがとう」

『匂いでわかるさ』

「私は子供になったり大人になったりするけど、あんまり気にしないでくれると助かるわ」

『おう、わかったぜ!』

デュランダルは大変に物わかりが良い馬であった。というより、細かいことに頓着しないのだ。二人は女性たちの住む集落へと馬を駆った。


その家は、集落の奥まった位置にある小さな広場に面していた。

「ここがシンディさんの手紙にあった、コーデリア先生のお宅ね」

ソフィアサラが扉の前に立って軽くノックすると、中から男性が顔を出した。よく見れば、それはフランだった。さすがにソフィアの姿で話しかけるわけにはいかないので、レベッカに目配せして理由を聞いてみることにした。

「フランさんではありませんか!」

「オルソン令嬢!? こんなところで何をしておいでなのですか?」

「コーデリア先生にお会いしに来たのだけど、フランさんは?」

「お客様とはオルソン令嬢だったのですね。コーデリア先生は、母の幼い頃からの友人なのです。今日はお客様がいらっしゃると聞いて、同席するつもりで来ました」

「もしかして疑っていらっしゃるの?」

「さすがにオルソン令嬢を疑ったりはしません。ですが、この集落は女性が中心ですので、初めての来客には皆で警戒にあたるのです。念のためコーデリア先生は別のお宅にいらっしゃいますが、すぐに呼びに行きます」

「なるほど。フランさんが相手を確かめてからコーデリア先生を呼ぶってことね。用心深いのは良いことだわ」

レベッカはフランの発言に頷いた。

「でもこの時間にここにいるなんて、お仕事はお休みになられたの?」

「いえ、私が働いている武器工房がこの近くにあるんです」

「そういえば、この周辺はいろいろな職人が集まっている場所って言ってたものね」

「ですが、今の工房はもうじき辞めます」

「それはどうして?」

「蒸留釜を作るためです。父の実家にある工房を借りる算段も付きました。実はその工房で、曾祖父は乙女の塔にある蒸留釜を作ったんですよ」

ソフィアの姿のサラは我慢できず、フランに声を掛けた。

「初めましてフランさん。ソフィアと申します」

「は、初めまして。えっと……、サラお嬢様にとてもよく似ていらっしゃるのですが、血縁関係にありますか?」

「それは聞かないでいてくれると助かるわ」

「承知しました」

「ところで、フランさんは武器工房で働いているのに、そこを辞めて蒸留釜を作るのですか?」

「はい。武器を作りたい気持ちはあるのですが、私には武器製作の才能がありませんでした」

「武器づくりの師匠の下で修行し、今も武器を作る工房で働いているのでしょう? どうしてそう思われるのかしら」

「それは……、真の才能を間近で見てしまったから、でしょうか」

フランは苦笑を浮かべて話し続けた。

「私の妹弟子は、私の師匠にあたる方のお嬢さんなんです。彼女の作る剣は本当に素晴らしい出来栄えなのです。凡庸な自分では到底勝てない相手だとすぐにわかりました。いまも師匠が生きていれば、彼女は後代に名を残す武器を作れたかもしれません」

「でもお師匠様は亡くなってしまったのね?」

「はい。父親の庇護を失った彼女に仕事を依頼する人はいませんでした。私は師匠の代わりに武器のメンテナンスや小さな武器の製作依頼を引き受け、『武器を作るのはあまり好きではない』と嘘をついて、実際の仕事をテレサに……妹弟子に任せました」

「なのにどうして今は違う工房にいるのかしら?」

「彼女が嫌がったんです。堂々と自分の名前で仕事がしたい、と」

「それは職人としての矜持なのかしら?」

「多分私のためです。私が武器を作るのが好きではないと言ってしまったせいで、彼女は私に『フランは自分が好きな仕事をすべき』と主張するようになりました。そして工房から離れて農作業の手伝いなどをするようになったんです。それで私は仕方なく師匠の工房を離れ、こちらで働くようになりました」

『あらら。テレサさんとフランさんにはそんな事情があったのね』

「もしかしてフランさんは、妹弟子さんのことがお好きなの?」

するとフランはやや顔を赤らめて頷いた。

「資金が貯まったらプロポーズするつもりです。蒸留釜の製作を引き受けたおかげで、その資金もあっさり貯まりそうです」

「じゃあ、結婚したらもう蒸留釜は作らないのかしら?」

「おかしな話なのですが、蒸留釜のメンテナンスをしているうちに楽しくなってしまったんです。曾祖父があれほど夢中になった理由がよくわかりました。今では本当に武器より蒸留釜の方が作りたくて仕方がないんですよ。嘘が本当になることもあるんですね」

「それは良かったわ。あとはプロポーズだけね」

「納品して実際にお金を手にしなければ無理ですから、何か月か先になるかと」

ソフィアはにっこりと微笑んだ。

「では、私が先払いしましょう。サラの資金は私が出していますから」

「い、いえ大丈夫です。今、テレサはサラお嬢様の武器を作るため、鉱石を求めて楽しそうに駆けまわってますからね。落ち着くまでに時間が掛かると思います。丁度いいですよ」

「ふふっ。お二人とも熱心になってくださっているのね。サラは幸せ者だわ」

「サラお嬢様は私たちにとって女神のような存在です。幸せにしていただいているのはこちらの方です」

ふと、ソフィアはフランに聞いてみたくなった。

「フランさんは、結婚してもテレサさんに鍛冶師でいてほしいと思うのかしら?」

「当然です。彼女の才能を私が潰すなどあり得ません。結婚後は、こちらの集落の女性に家事を依頼するつもりなんです。住み込みでも良いと言ってくれる人を探したいと思っています」

「それはとても素晴らしいですわね。プロポーズが成功することを祈ってるわ」

『ふふっ。ジェームズさんとシンディさんみたい。テレサさんには超優良物件かも』

ふと、ソフィアとしてこの集落で幸先の良いスタートを切れた気がした。