――とある日の異邦人対策特別委員会
この日。
異邦人対策特別委員会は、ちょっと困った相談を受けていた。
依頼人は財務政務次官である山縣百合子。
その相談内容とは、異邦人である如月弥生の納税について。
「……さて。ここに提出された書類についてですが、特に如月弥生が脱税をしているという痕跡は見当たりませんが?」
如月弥生の納税記録、ここにはどこもおかしいものはない。
確かに国際異邦人機関からは、彼女に対して年間千二百万円の特別予算か割り当てられており、毎月百万円ずつ振込まれてはいる。
だが、これは『異邦人活動補助金』という名目で支給されており、如月弥生は日本国からの要請で『可能であり、魔術を使用するもの』であるならば、それを行わなくてはならない。
そして現在、彼女が異邦人として行っている活動内容は『国産魔法使いの育成』に関するものであり、陸上自衛隊第一空挺団魔導編隊で行われている『魔法使い育成活動』がこれに適合しているため、補助金が支払われている。
「ええ。確かに、そこに記されているものについては何らおかしなところはありません。魔法使い育成活動として支払われている補助金についても、個人所得なので税金は発生していますが、それらの申告もしっかりと行われています」
「では、なにが問題なのかね?」
その質問に対して、待っていましたと山縣は別の書類を取り出す。
「彼女が保有しているアイテムボックス、その中に納められている物品について、課税対象のものが存在するのではと懸念しています。それらを一つ一つ調べ、課税対象であるかどうかを審議する必要があるのではと思いました。幸いなことに、それらの審議についても、こちらの異邦人対策特別委員会の業務であると判断し、こうしてやって来たのです」
意気揚々と熱弁を振るう山縣。
だが、山岸議員はハァ、とため息をつくしかない。
「彼女が保有する物品、特にアイテムボックスに納められているものが課税対象であると、どうしていいきれるのかね?」
「まずは彼女に依頼し、アイテムボックス内の物品全てを出してもらい、一つ一つ吟味する必要がありますが……そうですね、少なくとも彼女の持つ魔導具、装飾品などの貴金属については、十分課税対象となりえると思っています」
「魔導具……ねぇ」
「ええ、それらの物品については、恐らくは査定の時点で莫大な資産であることが証明されるはずです。そうなると納税の義務も発生する……けれど、そのような金額は払うことなど不可能。最悪は魔導具の差し押さえという手段に出ることも可能です。ええ、魔法の箒といいましたか、あれなんてどう考えても大型ジェット機一機分以上の価値はあると思われますから……」
嬉々として話を進める山縣を見て、委員会の誰もが心の中で苦笑する。
今、彼女が話していることなど、彼ら委員会は数年前、如月弥生が帰還したときから審議していた。
その結果として【異世界から持ち込まれた物品については、査定が不可能なので所有しているだけでは課税対象とは認めない】という結論に達していた。
これは国際異邦人機関の条項にも記載されており、【異邦人の個人所有物については、課税は行えない】とはっきりと記されているのである。
これについては財務省にも提出されているはずなのであるが、どうやらこの山縣という女性は、そのことを知らなかったようだ。委員会の面々も笑うしかなかった。
「では、一つ伺いたい。魔導具の価値、それはどのようにして算出するのかね? 彼女しか使えない魔導具の資産価値を、どのように計算するのか説明して頂けますか?」
そんなことは不可能。
如月弥生からは『異世界アルムフレイア基準でなら計算できますが、あっちの世界って魔導具を持っていても税金はかからなかったのですけれど?』という説明を受けており、さらにはアイテムボックスに納められている物品の中で『日本に持ち込んで課税されそうなもの』というものは一度、彼女自身から書面にて提出されている。
本人を招聘して聞き取り調査も行っているので、これについても裏は取れている。
逆に渡りに船といわんばかりに、彼女の持つ宝石などの貴金属の鑑定も行ったことがある。
その結果、わかった事実は。
彼女が所持する、異世界産の9999ゴールドを始めとした貴金属関係の総額は、少なくとも六十億円以上。
そこに魔導具などの『測定不可能資産』を加えるのなら、恐らくは五百億円は超えると思われる。
ゆえに、日本国でも異邦人・如月弥生が持ち込んだ物品については『基本・非課税』としてあつかい、それらを売買したときに発生する収益に対してのみ国税庁基準で判断し課税するということで決定している。
金のインゴットだけでも、少なく見積もっても十二億円。そこに『ギネス級のダイヤモンド』とか、伝説・物語でしか存在しない希少金属などが加わるのである。
異邦人対策委員会は、『そんな面倒な審査区分なんてやってられっかぁ』という本音を心の中にぎゅっと納め、『異邦人ですからなぁ』『国交がない国からの持ち込みですからなぁ』というあやふやな意見で、これらの条項を採択させたのである。
「それは……あらたに区分を作るとよいのでは? ええ、それについては異邦人対策委員会の仕事ですよね?」
面倒なことは他人に任せ、美味しい汁だけを吸おうと考えている山縣。
彼女自身は、ただ単純に『魔法の箒』や『魔法の絨毯』といったものを入手したいだけである。
幾度となく、魔法の物品の販売について問い合わせを行っても『そもそも使えないものをどうするおつもりで?』といった感じでことごとく拒否され続けたのである。
それならば、魔導具を差し押さえたのち『官公庁オークション』にでも提出し、あとは正当な手段で手に入れればいいと考えていた。
「では、これらの件についてはこちらで審査を行うのが適切であるかどうか、審議を始めたいと思います。後日、改めて正式書面にて通達しますので」
「ええ、それではよろしくおねがいします」
にっこりと笑顔で退室する山縣百合子。
なお、この数日後には、財務大臣あてに『正式書面』で事の次第が届けられる。
『異邦人・如月弥生が日本に帰還した際に決着している話を、何故、今更蒸し返す必要があるのか』
と。
………
……
…
――数日後、国際異邦人機関・日本支部
はい、ご無沙汰しています。
ここに来るのは、本当に久しぶりなのですよ。
「それで、本日はこのような指示を受けてきたのですけれど。沢渡さん、これって例の、『九と四と七』の話しですよね?」
私がそう尋ねると、ちょうどコーヒーを運んできてくれた沢渡局長が苦々しい顔で笑っています。
「まあ、そういうことだな。以前も説明した通り、どうしても定期的にこのような話を持ち出してくる
「まあ、この件での呼び出しでしたら、私は別に構いませんよ。今回は異邦人対策委員会の瀧山議員も同席してくれるそうですし……それで、場所って、いつものところですか?」
今回の呼び出しは、異邦人対策委員会が財務省に提出した『私の納税についての報告書』の件。
どうやら山縣氏は、私のアイテムボックス内に収納してある物品全てに課税したいということだそうで。
この件って、私が日本に帰って来て間もなく、沢渡事務局長と当時の財務大臣立ち合いの元で公開したはずなのですが。
ええ、その時とは政府の事情がいろいろと変化しているようでして、総理大臣も変わっていますし議席数も与党は過半数を取れなかったようですから。それで対策として、野党の議員もあちこちの要職に振り分けたらしく、今回の件についてもその影響で財務省が揺れ動いているとかなんとか……。
まあ、ぶっちゃけるのなら『やるならやってください、私はこの件については逃げも隠れもしませんよ』ということです。
――コンコン
しばらくは沢渡さんとノンビリと雑談をしていましたけれど、予定時刻になり瀧山議員と山縣さんも到着しました。
「失礼します。財務政務次官を務めています、山縣百合子です。本日はご協力、ありがとうございます」
「国民講和党の瀧山新次郎です。本日は異邦人対策特別委員会から、この件についての仕切りを任されましたので同席させていただきます」
丁寧な物腰の瀧山議員。
それに対して、このきっつい目線でこちらを見ている山縣さんは、どうも好きになれませんが。
「では、早速ですか、如月さんの所有する物品について確認させていただきたいのですが」
「はい、それでは少々お待ちください。七織の魔導師が誓願します。我が手の前に一織の羽を遣わせたまえ……我はその代償に、魔力百二十を献上します。
――ヒュンッ
私が術式を唱えると、目の前に鷹の羽がふわりと浮かび上がります。
次にアイテムボックスから羊皮紙を取り出してテーブルの上に並べます。
「さて、それではいきますか……知識の羽根よ、我がアイテムボックスの中に納められている物品を、項目別に書き出してください……なお、日本語表記とします」
そう告げると、鷹の羽は一瞬だけこちらを見て、『ええ、まじで?』というような雰囲気を醸し出してくれました。
まったく、一時的に疑似知性が与えられているだけあって、私の要望に対しても忠実に……って、今、拒否しようとしました? あなたを消して代わりの羽根を召喚しましょうか?
――ビクッ
あ、私の意識を読み取ってくれたのか、いきなり羊皮紙に向かいました。
あとは自動的に、アイテムボックスの中身を全て書き出してくれています。
「……と、まずはここからかな? こちらが貴金属・宝石・装飾品などですね」
一枚一枚、書き上げられた順に私は羊皮紙を沢渡さんに手渡します。
それを事務員の方がコピーを取って来て、改めて沢渡さんと山縣さん、そして瀧山議員にも手渡します。
すると、用紙に穴が開くような勢いで、瀧山議員が確認し始めましたよ。
対照的に山縣さんはふむふむと、事務的に見ていますが。
「あの、瀧山さん、なにか気になったことがありましたか?」
「いえ、魔導師の所有しているものってどんなものがあるのかと興味がありまして……ええ、プライベートな部分には触れませんので、ご安心ください」
「そうして頂けると、助かります……って、あの、沢渡さんは見ないのですか?」
「以前から増えているものは?」
「こっちで買ったもの程度ですし、それらは全て消費税を払っていますから」
「それなら確認不要です。記録として保存するだけです」
「助かります」
うん、そんな感じで次々と書きあがったものをコピーしてもらい、そして提出。
瀧山議員と山縣さんは、それらを黙々とチェックしています。
やがて、魔導具関連の項目に差し掛かった時、山縣さんの眼の色が変わりました。
ええ、『ギン!』って感じの擬音が周囲に溢れそうな勢いで、用紙をじっと確認していますが。
「この項目ですが……魔術師の杖というのは?」
「ん? 魔法を使えるようになるための杖ですけれど? 最近、また数本ほど入手しましたので」
それは如月迷宮で入手したものです、私以外は使えないので私が保管していますが何か? っていう奴ですね。
「そうですか。魔法の箒と絨毯も増えているようですが」
「任務に必要なので、いろいろと試作しました。それに伴い、こちらの素材関係は減少しています。沢渡さんなら、わかりますよね?」
「どれ……と、ああ、確かにミスリルや希少素材が減っていますね。地球産のダンジョンコアは全て使い切ったようですが、代わりに霊薬エリクシールの在庫が百本ほど増えていますね……と、ドラゴンの素材が増えているのは新宿地下大空洞のときに回収したものか」
その通りですよ。
でも、希少素材は霊薬や魔法の箒などを作ったのでかなり減っています。
また補充したいところなのですよねぇ。
「……トラペスティの耳飾り?」
ああっ、瀧山議員、なかなか面白いところに目を付けてくれました。
「それは、私の保有する魔導具の中でも最高傑作のひとつです。まあ、詳細は不明ということにしてください。それについては『神々との契約』が干渉するのでも公開できませんので」
「な、なるほど……神々との契約ですか」
おっと、瀧山議員は神様を信じていましたか。
これは助かります。
最近の人たちって、『神様なんていねーよ』とか言い切る人が多いですからね。
そんなことでは、神様は手を差し伸べてくれませんよ。
そんな感じで、二時間ほどコピーした品目について一つ一つを説明していました。
「この貴金属関係は、どのようにして入手しましたか?」
「え、向こうで掘ったり買ったりという感じですね。あとは貴族の方から贈られたものとかもありますが」
「それらを日本に持ち込む際に、関税は支払いましたか? 個人購入でしたら、関税がかかることはご存じですよね?」
「ん? 特に必要ないかと思いますが?」
ちなみに私だって、関税ぐらいは知っていますよ。
そもそも異世界アルムフレイアに免税店なんてありませんし、異世界で購入した物品に税金がかかるなんて、日本では見たことも聞いたこともありませんよ?
「なるほど。ということは免税手続きも終わっていませんよね? 過去の分まで遡って計算する必要がありますが、その場合は貴方の保有する物品の差し押さえが発生すると思ってください。これらの資料を基に、追徴課税を計算する必要がありますが……そうですね、魔導具の資産価値なども考慮しますと、こちらの魔導具はほとんど差し押さえとなる可能性が……」
うん、以前来た方と同じことを話しています。
そして山縣さんの横に座っている瀧山議員は、なにか信じられないような顔をしていますよ、山縣さんに対して。
「あの、山縣さん……財務省からは、なにも聞いていないのですか?」
「特に何も……ええ、異邦人対策委員会から書類が届きましたようですが、小田原財務大臣が困った顔をしていた程度です。ですから私は、大臣閣下の御心を察して、こうして単身ここにやって来たのです」
「御心を……ねぇ」
「ええ。これまで公にされていなかった異邦人の所得隠し。私がそこに切り込んだことに対して、ようやく悪事が白昼の下に晒されるとお考えなのでしょう」
それで困った顔はしませんよねぇ。
ええ、私はなんとなく今回の件について、察しましたよ。
だって、私の横で沢渡さんが『ウンウン』と鉄面皮に笑顔を被せたような表情で頷いていますから。
「さて、山縣さんのお話は、これで終わりですか?」
「ええ。こちらの資料をもとに、改めて追徴課税についてのご連絡を差し上げますので」
「では、次はこちらから。国際異邦人機関が定めたいくつかの条約について、ご説明します。まずは国際条約第九条の『経済』から……」
はい、ここからは沢渡さんのターンです。
国際条約の第九条は経済について。ここの四項に記されている『関税及び貿易に関する一般協定(GATT)』の部分に、実は異邦人の所有する財産についての条項が追加されているのは、あまり知られていません。
これらは『追録』という項目でさらに細かく明文化されており、私たち異邦人は『異邦人であることについての証明が成された時点で、異邦人が所有する動産・財産・所有物については無課税とし、恒久的にそれらについて課税を行うことはできない』と記されています。
ええ、この権利を認めさせたスティーブとヨハンナのファインプレイです。
また、関係国内法という部分にも。私たち異邦人についての追加項目は増えていまして『緊急時における入管特例法』など、さまざまな分野で私たち異邦人は守られています。
ちなみに守られている以上は義務も生じていますが、今は関係ないので割愛という事で。
「な……な、なな、なんですかこれは!!」
「何ですかと問われますと、ひとくくりにまとめたものが『異邦人に関する保護条約』というものとして『第四条・条約』と『第七章・安全保障』にもしっかりと追加されています。国際異邦人機関は、それらを柱として異邦人の保護及びバックアップを目的とした国際機関です」
「こ、こんなものが認められるとでも……」
山縣さんが声を震わせて呟きますか。
沢渡さんが煙草を取り出して火をつけると、それを咥えてから。
「これ、我が国も批准しているんですわ……この意味、解りますよね?」
ああっ、久しぶりに見ましたよ、沢渡さんの悪役顔。
普段は無理難題を抱えて私のうちに来て、定位置で土下座している雰囲気しかありませんけれど。
こと、国際異邦人機関の事務局長という立場を全力で使う際には、このような悪役顔になります。
実は、私も日本に帰って来たばかりのときはこの悪役モードに何度も助けてもらいましたから。
「き、今日はこれで失礼しますわよ。この件については財務省でも話し合いを設けたいとおもいますので。では、これで失礼します」
ああっ、あまりにも早口で、それでいて超高速で支度を終えていそいそと帰っていきましたよ。
「それで、瀧山議員はどうしますか?」
「はっはっはっ。私はほら、山岸委員長からこの件の顛末を見届けて来いとしか言われていませんよ。そもそも、今の私の立場は委員会と如月さんの橋渡し役でしかありませんから……ほら、うちの立場、沢渡事務局長ならご存じですよね?」
「規模縮小……そして方針変更でしたか。まあ、今後もうまく付き合っていきましょうや」
「ええ、そう委員長にもお伝えしておきますので」
――バチバヂバヂバチ
ああっ、沢渡事務局長と瀧山議員の背後に、具現化したオーラが見えそうな雰囲気ですよ。
燃え盛る龍をバックに背負っている沢渡事務局長と、吹雪を背景にすごむ鴉ですか……って、瀧山議員、鴉よりも凄い猛禽類ぐらいは背負ってくださいよ。
「では、こちらの書類はうちでも預からせていただきます。こちらとしても、如月さんが異世界から持ち込んだ物品についての情報が得られたので、いい仕事になりましたよ」
「……それって、ダンジョンコアのことですか? また提出しろとか言いませんよね?」
むう、してやられた感じですが。
「ははっ、それはうちの管轄ではありませんし。そもそも、うちから迷宮管理うんぬんの仕事を勝手に持って行って独立した愚連隊みたいな特別委員会に、この情報を手渡す気もさらさらありませんって。うちは迷宮関係から手を引いた、だからこれは如月さんのおもちゃの一つってことで」
「助かります」
ほっと一安心です。
「あ、それとは別件ですが、魔法の杖があるっていうことは、一織の魔法訓練生・小笠原1尉以外にも弟子ではなく魔法教練は行えるってことですよね。新しい魔法の杖が二つと……これはもともと持っていたものですか? 合わせて五名ぐらいは、魔法使いの育成は出来ますよね……あとはまあ、いろいろと面白いものをお持ちのようですけれど、それについてはまた後日、ということで」
カンラカンラと笑いつつ、瀧山議員が撤退しました。
「うっわ、異邦人対策委員会って、そのためにここに来たのですかぁ……は、嵌められたぁぁぁぁ」
「ま、相手は政治家だから、この程度のやり取りまでは計算しておくんだね……と、これは彼らにも手渡していない羊皮紙だから」
うっそ。
慌てて羊皮紙を受け取りますと、出てくる出てくる私のプライベートグッズ。
それに、以前もここで説明しておいた『表に出したくない物品』についてもしっかりと記されています。
さすがは沢渡事務局長ですか。
いや、味方で本当に良かったですよ。
――後日
財務大臣の名前で、如月弥生の元に正式な謝罪文が届けられる。
これには山縣百合子氏個人からのものも同封されており、弥生もこれを受け取ることで今回の件については、これ以上は問題にすることは無かったが。
「定期的にこの手の話は湧いてくるものだから、こちらとしても都度、国際異邦人機関は敵に回すと厄介だと思わせるいいタイミングなのですよ」
という沢渡の言葉で、弥生もまた嵌められたのだと知ったのは、さらに後日のことである。