拡大する迷宮と、仇敵の存在~Eighth Mission

 ──日本・北海道北部方面隊札幌駐屯地

 その日は、朝から騒がしかった。

 朝礼を終えて朝食に向かった時、備え付けられているテレビに流れるニュース番組、その光景に自衛隊隊員は釘告げになっていた。

『フランスはパリ郊外、コンピエーニュの森に突如、巨大な大洞窟が出現しました。調査の結果、この大洞窟は以前、東京の新宿に出現した大空洞やナイジェリア各地に出現した迷宮と酷似しており、現在はフランス陸軍などにより厳重な警戒態勢の中、調査が始められています……繰り返しお伝えします……』

 フランスはパリ郊外、コンピエーニュの森に出現した大洞窟。

 それは地面から地下へと斜めに下っていく鍾乳洞のような造りになっており、現在はフランス軍により周辺は封鎖。

 新宿地下迷宮攻略戦に参加していた特殊部隊が、調査のために内部へと侵入。

 現在は、その報告を待っている最中であると伝えられている。

 そしてこのニュースは全世界的に広がり始め、東京の新宿大空洞、ナイジェリア自然迷宮に続く三つ目の迷宮出現という事で、各国からも共同調査の打診がフランス政府に届けられている。

 当然、このような事態にたいして指をくわえて黙って見ているほど日本政府は腰抜けではない。

 『必要であれば、我が国の第1空挺団・魔導編隊をPKFとして派遣することも可能です』と打診を送ったものの、『その必要はない』とあっさりと却下。

 フランス政府は、この新たな迷宮の調査については、自国のみで独自に行うことを宣言した。


 ………

 ……

 …


 ──北部方面隊札幌駐屯地・第1空挺団隊舎

 はい、いつも元気な如月弥生です。

 また宇宙に行ってみたいです、ちなみに休暇中の宇宙旅行は却下・禁止されました。

 解せませんねぇ。

 もっとも、宇宙からから帰還した場合は速やかに強制入院となり、『帰還後のリハビリテーションプログラム』に組み込まれるため、前回のように気安くいけるものではないのですけれどね。

 まあ、宇宙の話についてはここまでとして。朝一番で流れていたニュースですよ。

 まさかの三つめの大迷宮出現ということで、世界各地の興味の先がフランス迷宮へと注がれているそうです。

「それにしても、フランス政府はあの迷宮をどうするつもりなのでしょうね。現在は内部調査が行われているという話ですけど、もしもダンジョンスタンピードが発生したら、誰が止めるのでしょうね」

「小笠原1尉、それについては私も同感です。まだイギリスにできたというのでしたら、恐らくはあの錬金術師ヤンの差し金ってわかりますし、こちらから打診して調査に向かうこともできると思いますけれど……今回は、厄介ですよね」

 ええ、本当に厄介です。

 私たち異邦人の力は借りない、そう間接的に宣言しているようなものです。

 おそらくですけれど、フランス政府はアメリカとナイジェリアにも協力要請をしないのではないでしょうか。

 ええ、このバターンはですね、異世界アルムフレイアの『傀儡王ミテキーテ』の物語と酷似しているのですよ。

 ダンジョンは莫大な資源を生み出す。その代わり、それを制する武力も必要である。

 そのために新ダンジョンが発見された場合、その土地の冒険者組合に調査が依頼され、迷宮の危険度を測定するのですが。

 傀儡王ミテキーテは、自国領土に初めて迷宮が出現したとき、冒険者組合に調査依頼を行わずに騎士団だけで調査を強行。その結果、迷宮内部から出現した魔物の軍勢によって騎士団は壊滅、王都の半分がダンジョンスタンピードによって崩壊したのです。

「……という物語が、向こうの世界にはあるのですよ。今回のケースも、これに酷似しています。なによりも、ダンジョンで生まれる魔物は皆、体表面に魔力膜を纏って生み出されるのですから、現代兵器なら高出力・高火力なもの、もしくは魔術か闘気なくしては、対処することはできないのですけれど」

「そのようなものは……まあ、フランス軍としては所持しているとは思いますよ……。如月3曹や魔導編隊闘気修練者のような人たちはいませんが、物理的装備というものが通用する場合もあるのですよね?」

「はい。問題なのは、それが通用した場合なのですよ。迷宮は下層へ進むごとに強靭な魔物を生み出す。当然、手に入る資源のレア度も高くなっていきますが、騎士団……ではなくて、フランス軍部隊の生存率も低下していくと思います」

 つまり、調子に乗ってイケイケドンドンと迷宮攻略を続けていくと、やがて手に負えない化け物を相手にすることになる、ということです。

「……まあ、そのような事態になった場合、国連を通じて救助要請もしくは迷宮封鎖要請が届くと思いますね。その時は、如月3曹の出番……というか、魔導編隊の出番となるわよねぇ」

「そうですね。では、そのような事態が起こらないことを祈りつつ、私は訓練に向かいます」

「はい、ご苦労様です」

 ということで小笠原1尉と別れたあと、一応はスティーブとスマングル、ヨハンナにも一報入れておきました。

 ただ、フランスって緊急時でも空を飛んでいくしかないのですよ、転移術式を使いたくても行ったことがない場所ですから。

 はてさて、鬼が出るのか蛇が出るか。

 何事も起きませんように。


〇 〇 〇 〇 〇


 フランスでダンジョンの入り口が発見されてから半月が経過しました。

 現在、初期調査は終了したらしく、ダンジョン内部の安全性、モンスター分布、宝箱の有無についての検討が行われているそうです。

 国連安全保障理事会および国際異邦人機関からの正式な要請により、フランス政府も調査データについてはしぶしぶながら公開。

 その結果、現時点では、第一層の調査は完了し、『昆虫型・動物型モンスター』が生息していること、特定の位置に宝箱が設置されていることなどが報告として挙げられているようです。

 また、モンスター討伐については重火器の使用により、どうにか討伐することはできたものの、回収した素材などについての詳細は未公開とされています。

 まあ、東京の新宿大空洞騒動の直後、国際異邦人機関では新たに『異世界的資源については、都度、発見次第国際異邦人機関へ報告する』というルールが追加要綱として定められた為、フランス政府がブツブツ文句を言っても公開せざるを得ないのですが。

 素材のデータなどは『未調査』『未解析』という表示が記されているため、どの国も文句は言いたいものの何も言い返せないという状態でして。

 そしてフランス政府が公表したデータを日本政府も当然ながら入手。

 急ぎ日本国でのダンジョン捜索任務が開始されたそうです。

 まあ、『日本国迷宮調査特別委員会』というものが新たに発足し、そのための調査班というのが編成されました。

 なんといいますか……委員会は迷宮についての専門家、有識者などにより構成されているらしく、それ以外にも自称冒険家だの、元自衛官だのといったメンバーにより現地に赴いて調査を行うチームが編成されたそうです。

 ええ、全国各地で『これって迷宮じゃね?』っていう場所の発見報告があれば、そこに向かって調査を行っているそうですよ。

 すっごいですよねぇ、私たち異邦人以外にも、迷宮のプロフェッショナルっているんですねぇ。


 ………

 ……

 …


 ──千葉県・習志野駐屯地

 本日は、第1空挺団の定期訓練日。

 午前中は鉄塔からの降下訓練とシミュレーターを使ってのインドア突撃訓練。

 午後からはみなさんお待ちかねの闘気修練が待っています。

 既に午前中の訓練は終えていましてね、私もシャワーを浴びてから食堂に向かい、のんびりと他の団員の皆さんと楽しい団欒を楽しみつつ食事を取っている真っ最中です。

「……なあ如月3曹。フランスで発見された迷宮だけれど、一つの国で管理・運営は可能なのか?」

 テレビに『コンピエーニュ迷宮』と命名されたフランスダンジョンのニュースが映っているのを見て、大越3曹がそう尋ねてきました。

「えぇっとですね。まず、国家で管理・運営となりますと、まずは完全攻略する必要があります。そのためには最下層まで向かい、ラスボスであるダンジョンマスターを討伐。その後に出現する管理階層に降りて、ダンジョンコアの支配権を書き換えるという作業が必要になります」

 ここまでは、基本的には冒険者組合に所属している冒険者や、一国の騎士団程度で十分に足りることもあります。まあ、そのダンジョンの種類にもよるのですけれどね。

 それに、新宿大空洞のときにもある程度の説明はしてあるので、おさらいということでサラッとだけ説明しました。

「……つまり、コンピエーニュ迷宮の場合、フランス陸軍や特殊部隊が最下層まで降りてダンジョンマスターを倒し、ダンジョンコアを書き換えれば終わりっていうことか……意外と簡単なんだな?」

「場合にもよりますよ。あと、ダンジョンの種類も関係してきますね」

 ダンジョンの種類については、過去に私とシスター・ヨハンナの二人で行ったダンジョン研修のときにも説明はしているので割愛。

 自然発生型だと、そんなに難しくないのですけれど。

 人工ダンジョンの場合は、ダンジョンマスターが魔族や狂った魔導師、上位アンデッドといった高位司祭の可能性も出てきます。そうなると一筋縄ではいきません。

 相手は知性を持つもの。騙し合いと謀略で攻めてくる場合もありますし、なによりも魔術をバンバン打ち込んでくる可能性だって否定できません。

 そのあたりは、新宿大空洞で大越3曹も体験していることですから。

 そのあたりを事細かく説明しますとね、周囲で耳を側立てて聞いていた隊員たちもゴクッと息を飲んでいますね。

「ほら、迷宮入り口の上あたり、小さな羽虫が飛んでいますよね。あれも実は迷宮産の魔物でして、厄介な病原菌を媒介していることで有名なのですよ。迷宮内で発生する病気や毒というのは、魔法での治癒がとても難しくてですね。あらかじめ、レジスト系術式で耐性を上げておかない……と……」

 ニュース画面では、その羽虫が幾つも飛び出し、どこかへ飛んでいっているのが見えます。

 ああ、これはあれですね昆虫系ダンジョンだという事で羽虫は無視しましたか? それとも小さすぎて見逃しましたか?

 ダンジョン調査の場合、まずは入り口付近を結界で覆って内部の魔物が外に溢れないようにしなくてはなりませんよ……って、やばいやばいやばい。あれは駄目です危険すぎます!

「……あ、この小さい奴か。あまりにも小さすぎて、良く見えなかったわ」

「ああ、分かる分かる。目に闘気を集中したら、はっきりと見えたわ」

「赤外線ゴーグルで確認可能か? いや、赤外線サーマルカメラで捉えられるか? 如月3曹、そのあたりは分かるか?」

「サーマルカメラ? って、これは有働3佐っっっ」

 最後の問いかけは、有働3佐でしたか。

 いやいや、食堂で昼ごはんですか、今日は愛妻弁当ではないのですか?

 って、そうじゃない。

「ん、今の質問への回答は?」

「はっ、異世界のモンスターも、不思議なことに生物としての器官が地球の生物に類似したものが多数存在します。主に哺乳類系、爬虫類系、両生類系、鳥類系などが該当し、昆虫系も大半は呼吸により生命活動を維持しています。なお、生命体としての活動を行うために、酸素ではなく大気中の魔素を呼吸として体内に取り入れているものも多種多数存在しています」

 ビシッと気合を入れた返答。

 ちなみにゴブリンなどの『妖精種』や、コボルトといった『精霊種』は呼吸を必須としていません。

 呼吸は魔素取り込みに必要なではあるものの、人間でいう『皮膚呼吸』のようなものでも魔素を取り込むことができるため、迷宮の中に毒ガスを流し込んだりしても効果が発揮しない場合もあります。

「なるほどな。これは報告書として総監部に提出しても?」

「構いません。国内に自然発生型迷宮が出現した際に、お役立ていただければ幸いです」

「わかった、ありがとう……それと、このニュースで如月3曹が見た羽虫というのは、それほど厄介な疫病を伝染させる可能性があるのか?」

 うん、昆虫系・動物系の魔物は実に厄介なんですよ。

「私が異世界で経験したことですが、あの羽虫が齎した病にもいくつかの種類がありまして。厄介なのは、ヨハンナが命名した『ゴルゴニア病』ですね、石化病とも呼ばれていまして。刺された患部から徐々に体細胞が石化し、やがて神経を蝕み心臓や脳を石化させて死に至るというものです。まあ、石化解除薬を振りかければ蘇生できるのですが、時間経過により致死率が変わります……」

 そのほかにも、『出血病』といって傷から血が噴き出すもの、『ラティン・シンドローム』という、強制的に発情させて性別にかかわりなく性交を促すもの、『ブラックスター病』という、全身に黒い紋様が浮かびあがりアンデッド化するものなど、昆虫型魔物が媒介する病気は多種多彩ですよ。

「……という種類もあります。実は、ダンジョンマスターがどんな人物かによって、迷宮内で発生する疫病が変化しましてですね……一般的には、昆虫種の魔物なら出血病かゴルゴニアあたりかなぁと思うのですが、『魔素熱』というものにかかる可能性があります……まあ、これは大したことがありませんけれどね」

「そうなのか?」

 魔素熱は、体内の魔力が暴走し増大するというものです。

 こう聞くとよいことにしか聞こえませんけれど、突然、体内に制御不可能な魔力が増えるのです。

 結果として神経系統に負荷がかかり、『腰痛』『片頭痛』『筋肉痛』といった症状が現れ、魔体内魔力が少しだけ引き上げられます。

 ダンジョンがある地方などでは、わざと魔素熱に罹患し、魔力値を上げて魔法使いになるといった民間療法まであるぐらいですからね。

「……それはつまり、フランス人が魔素熱に罹患した場合、魔法使いとして覚醒する可能性があるという事かね?」

「いえいえ、体内魔力量が『魔法使いの最低適性値になる』というだけですね。そもそもこれとこれが無くては、魔法なんて使えませんから」

 ──シュンッ

 説明しつつ、アイテムボックスから魔導書と発動杖を取り出して提示します。

 この発動仗は、小笠原1尉に手渡した弟子の証ではなく、魔法協会で後進育成に使用される、『練習杖』です。

 ちょっとこの前の連休中は暇だったもので、自宅で作ってみました、できました。

「そういうことか。まあ、一通り報告しても? いや、今の説明を、まとめてレポートとして提出。期限は一週間以内で」

「了解しました」

 ああっ、仕事が増えた。

 でも、フランス、大丈夫ですかねぇ。

 あの羽虫が疫病を媒介していなければ、良いのですけれど……。

 うん、余計なことは考えない、私の悪い癖です。

 また、フラグが立ってしまうじゃないですか。


 〇 〇 〇 〇 〇


 フランスでダンジョンが出現して、間もなく一か月。

 この間、各国は国連の国際異邦人機関を通じてフランス政府に対して共同調査を打診したものの、全て『フランス独自で調査を行います、現時点では他国との共同調査については考えていません』という返答しかもらうことができず。

 逆に各国の諜報機関がフランスに潜入して独自に情報収集を行っているらしく、どの国も現在のフランスの動向を必死に掴もうと暗躍しているとのこと。

 そんな中。

 フランス政府より、国連機関を通じて迷宮の初期調査が終了したことが公表された。

 そしていよいよダンジョン踏破作戦が開始されたこと、大量の資源が回収されたことなど、それまで未知数であったダンジョンの情報が次々と公開されたのである。

 中でも、魔物の甲殻および大量の魔石の獲得についてはどの国にとっても垂涎の的であり、サンプルを求めて打診が後を絶たず。

 だが、日本政府はこれらの情報については冷静な目で見ているだけであった。

 その理由は簡単で、『迷宮調査委員会』からの報告により、自然発生したダンジョンの危険性についての報告書が国会に提出されたのである。

 内部に存在する魔物、それらが暴走を起こした際の対処について、フランスの持つ軍事力では最悪の事態に対応することができないのではという危惧。

 さらには先日、第1空挺団からの『魔蟲まちゅう』による未知の病原菌の媒介、それらの治療方法などの対応策の不備など、すでにダンジョン探索経験を持つ日本ならではの意見が提出された。

 その結果として、日本はフランスに出現した自然発生型迷宮については静観という立場を取ることになったのである。


 ………

 ……

 …


 ――日本・北部方面隊札幌駐屯地

 いつものように空挺団員としての訓練の後、午後からは空挺団候補生たちを相手に格闘技の訓練を行っています。

 ちなみに闘気教習ではなく、純粋な格闘技による訓練です。

 ええ、フランス迷宮が発見される前から、習志野駐屯地の近藤陸将補からせっつかれていたのですよ、【格闘徽章】を取れって。

 だから、この機会にしっかりと修得しましたよ。

 方面集合訓練に参加し、修了試験もトップ三で卒業。

 部隊格闘指導官としての資格を取りましたよ、えっへん。

 これで私の所持している徽章は全部で5つ。

 左胸の下から順に、航空徽章、レンジャー徽章、空挺徽章、体力徽章、格闘徽章の5つです。

 なお、諸般の事情により、体力徽章だけは右胸です。

 これだけついていると、一番上にくる体力徽章が襟に隠れてしまうんですよねぇ。

「はい、本日の訓練はここまでっ!!

 私の前に並んでいる隊員達に声を掛けます。

「「ありがとうございました!!」」

 挨拶ののち敬礼。

 そして皆さん隊舎へと戻っていきます。

 私もこれで今日の課業は終了なので、魔導編隊隊舎事務室へ戻り報告書を作成。

 それを小笠原1尉に提出しなくてはなりません。

 ちなみに他の部隊でも一日の訓練報告書を提出しているかというとそんなことはなく、ただ魔導師である私の訓練状態を知りたいということで義務付けられているだけです、解せませんよね。

 ということで隊舎に戻って来たのですが、どうにも空気が重いようで……

「あの、小笠原1尉、何かあったのですか?」

「あら、ちょうどよかったわ。たった今、総監部から連絡が届いてね。本日の課業終了後、習志野駐屯地へ向かって欲しいって連絡が届いたところなのよ」

「はぁ、それは構いませんが。片道三十分程度で飛んでいけますから……あの、フランスで何かありました?」

 この雰囲気から察するに、国内の事件ではなく海外の事件で私の意見が欲しいというところでしょうね。

 だって、国内の事件なら放送で呼び出されているはずですから。

 外国の事件という事で、それほど緊急性がないと防衛省も判断したのでしょうか。

「フランスのコンピエーニュ迷宮、そこを警備していたフランス陸軍の部隊が全滅したのよ」

「はぁ、それはまた……って、え? 全滅? ちょっと待ってください、それはつまり、迷宮から魔物が溢れたっていうことですか!! まさかダンジョンスタンピードが発生したと?」

「それが、そういうことではないそうで。詳しい話は習志野で確認してください。ということで如月3曹、現時刻を持って習志野駐屯地へ向かうように!!

「拝命しました!」

 ビシッと頭を下げて、そして退室。

 それじゃあ、ひとっ飛びで習志野駐屯地へと向かいますか。


 ………

 ……

 …


 ――習志野駐屯地

 十七時の課業終了後、私は魔法の箒で習志野駐屯地へ。

 そして正門前に着地したのち、堂々と駐屯地内へと移動します。

 緊急時以外は駐屯地内への着地は認められていないため、正門前に一旦着地する必要があるのです。

 あとは真っ直ぐに総監部へ向かい、そのまま近藤陸将補の元へと移動。

 すでに私が正門前に着地した時点で報告は届いていたらしく、とにかくスムーズに近藤陸将補の元へとたどり着きました。

「如月弥生3等陸曹、到着しました」

「はい、ご苦労。話は聞いているかね?」

 近藤陸将補は努めて冷静に、やや笑顔で話しかけてくれました。

「ある程度の……いえ、フランス迷宮を警備していた陸軍部隊が壊滅したという報告は聞きましたが、詳細その他については伺っていません」

「まあ、一般的な、表面上の情報だけということだな。では、詳しい説明を行うとしよう。まず、つい先日のことだが……」

 それから近藤陸将補は、説明を交えつついくつかの写真を私に見せてくれました。

 フランス陸軍第6機甲旅団、そこから派遣されて来た一個連隊の七割が負傷もしくは戦闘不能状態に陥ったそうで。

 なお、迷宮から魔物が湧き出てきて襲撃を受けたという報告はなく、迷宮付近にて待機していた部隊から順に意識を失い、そのまま発熱、体表面に黒い斑点模様が浮かび上がる、肉体の部分石化、発情といった症状に襲われたそうです。

 現在は、迷宮から離れた場所にある病院に、症状別に隔離されているという事なのですが、病についての原因は不明。よって治療方法もなく、現在は国際異邦人機関を通じて、聖女ヨハンナの出動要請がでているとのことです。

「……なるほど。つまり、私が先日報告した、魔蟲まちゅうによる空気感染症の症状がまとめて噴き出したということですか」

「その通りだ。最悪なのは、幾つもの症状が同時に現れたものが多いこと、発情した隊員達による強姦被害の報告もあるということだ。感染者から他者への感染については如月3曹からの報告にはなかったが、そのあたりはどうなのだ?」

「大抵の症状は接触感染します。特に粘膜接触が顕著でして……あの、発情した隊員って、しっかりと隔離して行動制限していますよね? ただ発情しているしているだけということで、軽んじていたりはしないでしょうね? 最悪は院内感染によるパンデミックも発生しますが」

 ええ、発情者以外は隔離してあればいいのですよ、まず体を自由に動かせるはずがないので。

 問題は、発情した兵士が体力任せに院内の女性、看護師たちを襲った場合。

 襲われた女性も発情するので、さらにとんでもないことになってしまいます。

 ええ、それはもう……サキュバスやインキュバスに魅入られた人たちのように。

 そうなったらもう、最悪です。

 あっちの世界ではほら、同性愛というのはそれほど普及していませんでしたし、サキュバスの能力による発情でも、同性を襲うようなことは無かったのですよ。

 それが、フランスですか……。

 よりにもよって、同性婚が公に認められている国で発情の症状が発生するとは。

「そこで、フランス政府から七織の魔導師である如月3曹に、この事態を鎮静化すべく助力を求めたいという打診が、外務省を通じて届いたのだが」

「防衛省、それと総監部の指示に従います。まずは隔離された患者についてはヨハンナに一任して、私は迷宮を無力化します。それでよろしいのなら」

「いや、迷宮の無力化は必要ないらしい。この感染症対策、できるなら治療と予防法についての知識が必要だと」

「……フランス政府は、そうまでして迷宮という危険物を自由にしたいのですか」

「おそらくは……な。フランス元老院は迷宮の危険性を重視し、異邦人による鎮静化を求めているのだが」

 つまり、下院である国民議会が納得していないと。

 しかも、フランス議会においては元老院よりも国民議会のほうが、優越した立場でしたね。

 そうなると、目に見える危険性が公にならない限りは、民意も動かないということですか。

「フランス大統領は、迷宮の鎮静化ではなく感染症の鎮圧を必要としたと。そのためにヨハンナと私に助力を求めたいということですか」

「その通りだ。いけるか?」

「命令であれば。ただ、この場合の私の立場は」

「いつもの通り。フランス政府が国際異邦人機関に救援要請。そこから日本の外務省に連絡が届き、平和維持という目的で自衛隊員を派遣する」

 うん、いつもの手順ですか。

 それならまあ、特に問題はありませんけれど。

「魔導編隊として動くのであれば、分隊としての派遣を考えている。こののち総監部へ報告、可能な限り迅速かつ速やかにフランス派遣を行う。以上、追って連絡があるまで習志野駐屯地で通常任務に就くように」

「了解しました!!

 この報告より二日後。

 いつものように有働3佐を隊長とした魔導編隊第一分隊は、聖女ヨハンナと共にフランスへと向かう事になりました。

 はあ。

 日本国内だったら、ここまで悪化する前に対策を練ることができたのですけれど。

 どしてこう、諸外国は自国の利権や面子というものに拘るのでしょうかねぇ。


 〇 〇 〇 〇 〇


 魔導編隊第一分隊、隊長は有働3佐。

 私達は日本政府からの要請により、またしてもPKF(国連平和維持軍)としてフランスへとやってきました。

 作戦内容は『フランスに蔓延しつつある謎の疫病の原因究明および治療活動』であり、聖女・ヨハンナも医療班として同行しています。

 ということで、フランスのクレイユ空軍基地に着陸した後、デパルトモンターニュ二〇〇道路を通って、一路、フランス迷宮の出現したコンピエーニュへとやってきました。

 ここの郊外にある小さな射撃場、ここが私たちのベースキャンプとして貸与された場所でです。幸いにもフランス迷宮の警備をしていた兵士達が隔離されている病院も近く、作戦行動にはうってつけの場所ともいえます。

「さて、それじゃあ早速、作るとしますかね」

『そうね。作るアミュレットは、前に作った奴でいいのかしら?』

 荷物の搬入を終えてから、私とヨハンナの二人はさっそく、魔導具の作製を開始。

 今回は、私たち魔導編隊の隊員が疫病に伝染しないために、防疫の為の魔導具を作ります。

 すでに有働3佐にもこの件での許可は得ているため、私たちの近くには作業を終えた十名の隊員が集まり、様子をうかがっている最中。

「それじゃあ……付与対象は隊員が所持している認識票ドッグタグでいきましょうか。これだと正式な備品なので所持していても問題は無し。まあ、無許可で複製できないので、ニセモノが出回ることもないですから……と、先ずは私の所持している認識票ドッグタグに術式付与を行います。その後、皆さんの認識票ドッグタグにも付与しますので、今暫くお持ちください」

「ああ、ここは日本ではないから、思う存分にやってよし!!

 腕を組んで有働3佐が言い切ってくれたので、私としても手加減無用でやらせてもらいます。

 ――シュンッ

 魔導装備に換装したのち、エルダースタッフで地面に錬金術用の儀式魔法陣を形成。

 その中心に私の認識票ドッグタグを設置したのち、触媒となる魔石とミスリル金属板を指定の場所に設置。

 その魔石の前で、私とヨハンナが同時詠唱を開始します。

「……我が前にウィル・ゼファル、我が後ろにティア・グランニ、我が右手にクティラ・エルシド、我が左手にツィム・ヴィクテル。大地の精と大気の精、二つを合わせて絆とし、かのものに魔術を付与したまえ……そのために、私は魔力一万二千五百を授けます……」

『偉大なる大神ゲネシスよ、祈りと説くならば、かのものに悪しき病を退ける加護を授けたまえ……。そのために、私は聖魂四万五千を授けます・エル・メサイシス・ゲネス・アルテヨハンナ……』

 私の術式詠唱とヨハンナの祝詞。

 二つが一つに重なり合い、一つの詠唱を奏でます。

 そしてそれが奏で終わると、魔石とミスリル金属板は解けて混ざり合い、中心に置かれていた認識票ドッグタグへと浸透していく。

 これは物質的浸透ではなく、霊的浸透。

 エーテル体へと変異した術式媒体が、認識票ドッグタグの『精神世界アストラルプレーン』へと溶け込み同化したのです。

「ふぅ。これで作業は完了です。では、実験を」

 いそいそと認識票ドッグタグを装備して、ヨハンナに『腐食の病』を施してもらい稼働実験を始めます。

 ですが、腐食の病の発動により発生した『腐の瘴気』が、私の体表面に近づいた瞬間に霧のように浄化されていきましたよ。

『う~ん、ちょっと強力すぎるわよね? もう少しだけ強度をさげてみる?』

「いやいや、私はほら、この魔導装備自体が抵抗力上昇の護符を縫い込んであるからさ……と、ほら、もう一度お願い」

 自衛隊の迷彩服に換装しなおして、再度、ヨハンナに魔術の詠唱を頼みます。

 今度は体表面近くで無効化したので、問題はないでしょう。

 さっきのように浄化してしまうと、私たちに対して有益なものまで全て消滅させてしまいますから。

『うん、これなら大丈夫ね』

「ということで、皆さんの認識票ドッグタグを、この魔法陣の中心に設置してください。全員分の認識票ドッグタグに纏めて付与します。それさえ装着しておけば、迷宮内に突入しても疫病に罹ることはありませんので」

「それは凄いなぁ。ちなみにだけど、ウィルス性疾患などにも抵抗可能か?」

「それが伝染病なら。という制約は付きますが、問題はありません」

 そう説明すると、有働3佐が眉間に指をあてて渋い顔をしている。

 わかります、魔法って、病気でもなんでも癒すことが可能です。

 それこそ、治療不可能といわれている難病から、癌に至るまで。

 ただ、現行の医療法では、ヨハンナはそれらの病気に対しての治療行為を行うことはできません。

 医療行為を行うためには、医師の資格が必要だから。

 そして医師の既得権益を守るためにも、魔法による医療行為を認める訳にはいかないそうです、日本は。

「はぁ。もっと日本政府は、魔術に対して真摯に取り組んだ方がいいと思ったよ。さて、それじゃあ始めてくれ」

「了解です」

 さて、それじゃあとっとと始めることにしましょうか。

 私たち魔導編隊の活動を監督するために派遣されて来たフランス陸軍のジョセフ・ロビンソン監察官が、泡を吹いて気絶する前に。


 ………

 ……

 …


 ――パリ・エリゼ宮(大統領官邸)

 フランス大統領、フェリックス・ボナパルトは執務室で頭を抱えていた。

 コンピエーニュの森に突如出現した大空洞。

 鍾乳洞のような内部を調査した結果、それが新宿大空洞やナイジェリアの自然堂迷宮と酷似していること、正体不明の生態系が存在していることなどから、祖国フランスにも迷宮が出現したという結論に達した。

 その後は迷宮調査機関の設置、陸軍による迷宮周辺に住む人々の隔離、日本とナイジェリアの迷宮関係の資料の精査、調査部隊を迷宮内へ派遣しての安全性の確認など、先達者の行ってきたことを全て実践した。

 その結果、迷宮自体の危険度についてはそれほど高くはないこと、生息している生命体についても近代兵器で対処可能なことから、フランス政府監視下での本格的な迷宮攻略が始まった。

 それから一か月、ボナパルト大統領の元に届けられた報告書は目を見張るものばかり。

 世界第4位の経済大国、EU最大の農業国、フランス。ワイン・チーズを始めとした食品産業や工業産業でもヨーロッパでは追従を許さないレベルで大成している。

 そのフランスでも、これまで『異邦人による恩恵』だけは手に入れることができなかった。

 異世界資源である迷宮、それさえ手に入れば、フランスはアメリカを凌ぐ世界一位の大国となることができる。

 そして、コンピエーニュの森に出現した迷宮により、ついにアメリカにチェックメイトを仕掛ける寸前までたどり着いたのである。

 だが、各国の諜報機関がいち早くフランス迷宮の存在を確認。

 国際異邦人機関への報告が届けられると、国連はフランスに対して異邦人機関への報告書を提出するように呼び掛けた。

 さすがのボナバルト大統領も、この要請を断ることは不可能と判断。国際異邦人機関に対して世界で三つ目の迷宮の発見についての報告を行ったものの、その調査主導権はフランスにあること、他国からの調査機関の要請は受け付けないことなどを報告。

 そしてフランスは他国からの助力を得ることなく、独自に調査を開始。

 だが、一週間前。

 迷宮付近で謎の疾病が確認されると、その影響は瞬く間に最前線である調査部隊に蔓延。

 一夜にして死者二百二十五名が確認されると、迷宮調査隊および迷宮付近にて活動していた兵士全てがコンピエーニュ郊外の医療施設に隔離された。

 そして緊急対処が必要であると議会からの報告を受け取ると、ボナパルト大統領は国際異邦人機関に対して救援要請を開始。

 つい先日、日本から七織の魔導師・如月弥生と聖女・ヨハンナ、魔導編隊第一分隊の受け入れを行ったばかりである。

「それで、どうしてたった一日で、あの謎の疾病に対する完全耐性を身に着けることができるのだ……この報告書にある、『防疫の魔導具』とは何だ? これがあれば、調査は再開できるのではないか?」

 ボナパルト大統領は、報告書を携えてきた秘書官に対して呟く。

「そうですね。この防疫の魔導具を部隊に配備すれば、作戦は再開できます。あとは、現在隔離されている軍人たちの治療、この方法もしくは使用される医薬品のサンプルも入手できれば、フランスの科学力を以て量産は可能かと思われます」

 秘書のオーギュスト・デオンはグイッと眼鏡の位置を直しつつ、淡々と説明を続ける。

 その報告を聞き、ボナパルト大統領はハァ、とため息をつくだけ。

「明日からは、迷宮周辺の調査も開始するそうではないか」

「はい。すでに周辺調査についての許可はでています。ですが、内部調査についてはまた許可を出していません」

「だが、原因究明のためには必要だという連絡は受けているのだろう?」

 そう問いかえるボナパルト大統領だが、オーギュスト秘書官は軽く笑みを浮かべる。

「はい。ゆえに、第一層までの許可を出してよいかと思います。最悪、彼らが迷宮内部で何らかの事故に遭い全滅した場合。彼らの所持している装備は極秘裏に回収し、解析に回すとよいかと。それと、明日からは聖女ヨハンナによる隔離施設での魔術治療も始まります。それらの術式を全て記録に納め、しかるべき機関へと解析を頼めばよいのです」

 そのオーギュスト秘書官の言葉を聞き、ボナパルト大統領は目がやや虚ろになっていく。

「そうだな……では、その通りに」

「かしこまりました。それでは失礼します」

 そう告げて、オーギュスト秘書官は執務室を後にする。

 そしてゆっくりと廊下を進んでいる最中、彼女の身体から黒い霧がゆっくりと溢れ出す。

 それは瞬く間に彼女の足元に広がる影の中へと吸い込まれていくと、オーギュスト秘書官の瞳の微睡が取れ、すっきりとした顔に戻っていった。

「……あら? 私は確か報告に来たはず……でも」

 すでに報告書は手元にない。

 そして自分が報告を済ませたという記憶だけ・・がゆっくりと戻って来ると、彼女自身も納得して秘書室へと戻っていった。

 足元に広がっていた、彼女の影だけを残して。


 〇 〇 〇 〇 〇


 フランス、コンピエーニュの森。

 そこに存在する迷宮から出現したと思われる、魔蟲まちゅうにより伝播した伝染病。

 その対策と解決のために、私たち第1空挺団魔導編隊第一分隊は、フランスへとやってきました。

 そして魔術による防疫対策を行った後、先ずは原因究明のために、魔蟲まちゅうの捕獲作戦を開始することになりましたが。


 ──フランス迷宮前

「うん、あまりにもお粗末で稚拙。これじゃあ、隙間から魔蟲まちゅうに逃げてくださいっていっているようなものですよ」

 伝染病が発生してから、フランス政府は急遽、迷宮入り口に防疫用テントによる目張りを行った後、二重にバリケードを設置。さらには監視カメラなどを設置し、無許可で出入りするものが無いようにと警戒を強めています。

 ですが、この防疫用テント、確かに通常の伝染病などには有効かもしれませんが、魔蟲まちゅうに対しては決して有効ではありません。

「如月3曹、対策は可能か?」

「はい。いつも通り、迷宮入り口に結界を展開しておきます。これで魔族、魔獣、魔蟲まちゅうといった『魔石、あるいは魔核をもつもの』の侵入は不可能になります。言い換えると、迷宮からはでてくることがなくなりますので、あとは外に伝播している病気の治療で任務はほぼ完了かと思いますが」

 迷宮入り口付近に設営された、魔導編隊仮設本部。

 その中で、私は有働3佐とジョセフ・ロビンソン監察官に進言しました。

 まあ、有働3佐はウンウンと頷いていますけれど、なぜかロビンソン監察官は渋い顔。

『その結界とやらは、人体に対しては悪い影響はないのだろうね?』

「ご安心ください。私の施す対魔獣結界の効果については、国際異邦人機関にも提出してあります。ほら、東京大空洞のときに張り巡らせたものと同等ですから、人体には全くといっていいほど影響はありません。逆に考えると、この結界を通れなかったものは魔族か魔獣です、その場で処分してください」

 淡々と説明して、ようやくロビンソン監察官は納得してくれました。

 そして私は単身、迷宮入り口の防疫貿易テント前にやってくると、そのまま結界を構築します。

「ふう……それじゃあいきますか。七織の魔導師が誓願します。我が手の前に六織の白雲を遣わせたまえ……我はその代償に、魔力十万を献上します。絶対障壁アブソリュート・バリアの展開を承認っっっ」

 ──ヴン

 うん、魔力値十万の結界により、迷宮入り口を完全封鎖。

 これを楽々突破できるのは、体内保有魔力強度十万以上の存在だけです。

 私が知る限りでは、これを突破できるのは魔王アンドレスを始めとする三天王と、野生の古竜。それと神代の魔獣と……ああ、まだいましたね、悪魔。

 悪魔については、とりあえず今はどうでもいいです。

 そもそも、この地球にはいたかもしれませんが、今は神域もしくは冥府でノンビリとしている……と思われますから。

「これで、内部から魔物の類が外に出てくることはありません。ちなみにですけれど、人間は普通に通り抜けることができますので、もしも調査を再開するのでしたら、自己責任でお願いします」

『自己責任ねぇ。ちなみにだが、フランスからは日本政府に対して、伝染病の予防と治療手段についての協力を求めていたはずだが。治療については聖女ヨハンナが担当しているのは確認しているが、予防についての提案は、まだ何も受けていないのだが?』

 ロビンソン監察官が、真顔で問いかけてきました。

 はい、それについてもしっかりと指示を受けています。

「予防については、現状の地球のテクノロジーや魔導科学マギノロジーでは不可能かと」 

『それは何故だね? 君たちは先日、この迷宮に赴くにあたって、伝染病を一切受け付けないマジックアイテムを作っていたではないか?』

「はい。ですが、わたししか作れませんよ? あと、他国に対しては、この魔導具を譲渡しないようにと釘を刺されています。ちなみに術式についてはお渡しできますが、それでよろしければ」

『それでかまわない』

 うん、そういうと思ったので、A4レポート用紙百二十枚の魔導術式をお渡しします。

 ──ドサッ

「これが魔導術式です。ちなみに日本語、フランス語に訳することができないので、オードリーウェスト大陸の公用語の一つ、ゼルス・ベンス語で記されていますので」

『……んんん、これをどうしろと?』

「ご自分たちで解析なさってください。ちなみにこれをフランス語に訳そうとしましたが、わたしには無理でしたので。例えばここの一文、『ヨレーイリッフ・ヘルス・オフマ・ニア』という植物の加護に関する記述が、そもそも地球に存在しない植生とその精霊にまつわる言葉であり、訳出できなかったのですよ」

 はい、私はかいつまんで、そして端的に説明していたのですが。

 ロビンソン監察官はどうしたものかと不安そうな顔をしています。

 そして有働3佐は、必死に顔がにやけるのに耐えているようです。

 あ、余談ですが、小笠原1尉は普通に解読できましたからね、流石は『一織の魔法訓練生』です。

『う、うむ、では、わがフランス軍のために、防疫用魔導具を製作して貰うというのは』

「別途、日本国政府と交渉してください。なお、その際は材料についてはフランス政府に提出してもらいます。純度六以上の魔石とミスリル板が必要なので」

『そ、そのようなものはない……』

「では、諦めて下さい……ああ、この迷宮の魔物を討伐しているはずですので、魔石は入手できているはずよね。ミスリル板については、多分ですが……ナイジェリアの自然迷宮では発掘しているそうですので、そちらと交渉をお願いします。私個人の在庫は、フランス政府に対して譲渡するつもりはありませんので」

 これは意地悪ではなく、正規ルートでの入手方法があるのでそちらから手に入れてくださいということです。素材があり、先ほどの魔導術式を解析できれば、私がドッグタグに付与した防疫の護符程度は作れるはずですから。

 まあ、神の加護も必要ですけれど、それらについての注意事項もゼルス・ベンス語で書き記してあるので大丈夫かと。

「では、そろそろ作戦を開始する。古畑2尉と一ノ瀬2曹、大越3曹、花澤3曹は迷宮内調査班として入り口付近にて待機。護持ごのじ2尉は鷹尾2曹と鶴来3曹、栗花落3曹とともに、迷宮外に存在する魔蟲まちゅうの討伐作戦を開始。バックアップは如月3曹の戦闘聖域サンクチュアリィにて行うため、その指示に従うよう、以上!!

 ──ザッ

 なにかもの言いたげなロビンソン監察官を無視して、全員が有働3佐に対して敬礼。

「それじゃあ、いきますよぉ。七織の魔導師が誓願します。我が目の前に、手の前に七織の神殿を遣わせたまえ……我はその代償に、魔力五万を献上します。戦闘聖域サンクチュアリィ、展開っ」

 ──シュンッ

 一瞬で私の目の前に、大理石によって生み出されたコンソールが展開します。

 ご存じ、沖縄での三ヵ国合同演習やISS救助作戦で本領を発揮した魔導戦闘システムです。

 そしてマジック・アイを大量に発動して、この森全体の索敵を開始。

 ──ピキーンピキーン

「来た来た、来ましたよぉ。この大量の魔蟲まちゅうの反応。討伐作戦隊員にマジック・アイを装着しますので、あとは戦闘聖域サンクチュアリィから発せられる自動音声に従って、ターゲットの補足&デストロイをお願いします。私は魔蟲まちゅう以外の反応を確認次第、そいつの討伐に向かいますので」

 さあ、余剰魔力二万五千も支払って、拡張機能も発動した戦闘聖域サンクチュアリィです。

 魔導編隊の皆さんは闘気の扱いに長けているので、あとは任せて大丈夫でしょう。

 私は、今回の事件の黒幕探しでも、開始することにしましょうかぁ。


 ………

 ……

 …


 戦闘聖域サンクチュアリィを展開し、フランス迷宮周辺に住み着きつつある魔蟲まちゅうの探索および殲滅作戦が、いよいよ幕を開けまして。

 私が各隊員に付与しておいたマジック・アイからの情報をベースキャンプの戦闘聖域サンクチュアリィで受け取り、随時ターゲットを確認したのち、適切な指示を行っている真っ最中。

 兎にも角にも、迷宮外に逃げている魔蟲まちゅうの数が多すぎます。

 よって、私もこれから行動を開始。

 まずは一番近くてやばい奴の駆除を隊員の皆さんに指示を飛ばしましょう。

「こちらベース・ワン、護持2尉にダイレクト。方位25─5、距離12、大きな木の幹に擬態した魔蟲まちゅう二。鷹尾2曹は幹の付け根を、護持2尉とは幹の上の魔蟲まちゅうに警戒してください。続いて栗花落3曹にダイレクト。方位33─4、距離25、地面に魔蟲まちゅう三。鶴来3曹はバックアップを」

『了解』×四

 この指示だけで、みなさんは一斉に行動を開始。

 まずは護持2尉が両足に闘気を纏い、一気にジャンプ。

 注意すべき幹の上の魔蟲まちゅうめがけて間合いを詰めていくと、右手指先から細く糸のように伸ばした闘気で幹ごと魔蟲まちゅうを切断しました。

 ――スパパパパァァァァァァァァン

「うん、一撃で……へ? 切断? それって闘気鋼糸ですよね? 闘気戦闘技術としては初歩ですけれど、あまりにも難易度が高くて初見殺しって言われている技ですよね? 私、それ、教えました?」

 そんな高難易度の技を繰り出して、一撃で樹皮に擬態している魔蟲まちゅうを切断って……。

 そして護持2尉の真下では、幹の中に掬っている魔蟲まちゅうに向かって、鷹尾2曹が体全体に闘気を宿し。

「破っ!!

 ――ボムッ

 幹に手を添えてから、そっと少しだけ空間を開くと、いきなり震脚からの浸透勁? え、なにそれ、私も使えないのですけれど?

 そもそも、それも闘気戦闘技術ではかなり難易度高いのですよ、習志野の訓練時にはそんな技が使えるなんてそぶりも見せていなかったではないですか!! 謀りましたか、皆さん私を騙していたのですか!!

「え……ええっと。まさかとは思いますけれど」

 そっ、と鶴来3曹の映っているモニターを確認。

 あ、よかった、栗花落3曹と一緒に、現場に向かっています。

 そして栗花落3曹が二〇式五・五六mm小銃を構えると、鶴来3曹が地面に手を当てて。

 ――キィィィィィン

 地面に闘気を浸潤し、それを薄い膜のように広げています。

 さらにそこに向かって、掌に蓄えた闘気を力いっぱい打ち付けて。

 ――パァァァァン

 小気味よい金属音が響きます。

 それに驚いた魔蟲まちゅうが地面から飛び出しましたが、そこに向かって栗花落3曹が小銃をフルバースト。

 それはもう、一匹当たり三十発は叩き込んでいますよね……って、ちょっと待って、二〇式五・五六mm小銃の総弾数は三十発ですよ、しかも薬きょうが排出されていないじゃないですか……って、えええええ!!

「うっそ。小銃の中で闘気弾を形成して射出しているの? え、え、そんな技術、私も知らないのですけれど」

 私が師事したブレンダー流闘気術には、確かに浸透勁も闘気鋼糸もありましたよ、でも私は覚えていないのです。

 正確には、私は体内で魔力を闘気に変換するため、精密なコントロールはできないのです。

 それをここまでまあ、ものの見事に闘気の達人のように……って、ちょっと待ってくださいねぇ。

 私は、この闘気のコントロール術を知っています。

 あとは確認するだけ。

「ベース・ワンより各員。随分と闘気制御が上手くなっていますけれど、いつ、スティーブに学びました?」

『こちら護持2尉。如月3曹が長期休暇を取っている最中だ。日米親善ヨコスカフレンドシップデーの準備のために、一か月以上前から来日していた勇者スティーブが、直々にレクチャーしてくれた』

『お陰様で、一人一つずつ闘気技術を身に着けることができた』

『これなら如月3曹を驚かせますよって、笑っていたと具申します』

『問題はさ、体内保有魔力量なんですけれどねぇ……』

 あ、あの勇者ぁぁぁぁぁぁ。

 私を驚かすためだけで、こんな高等技術をレクチャーしてからにぃぃぃぃ。

 いや、技術だけは初級から中級だから、別にいいのか……いや、よくない。

 私を驚かすという一点で、こんなことをしていたとは。

「はぁ。では、各員・体内のチャクラに闘気を凝縮してください」

『お、ここでレクチャーか』

 うん、マジック・アイで各員が闘気を練り始めたのが判ります。

 では、次のステップ。

「そのままチャクラに集められている闘気を纏っている膜を一気に開放。同時に、体内の経絡全体から闘気を放出してください」

『了解』×4

 言われるがまま、闘気を全周囲に開放。

 もしもビジュアル・エフェクトが見えていたなら、きっと全員が様々な色の闘気に包まれ、そして放出していたことでしょう。

 闘気の色は、人それぞれ。

 生き方や血統、そして資質によって様々な色を持っています。

 そして一点に集められた闘気が全開放出されるという事は、闘気や魔力を糧とする魔蟲まちゅうがそれを見逃すはずがありません。

「アラート! 各員対魔蟲まちゅう戦闘を続行。森のあちこちに散乱していた魔蟲まちゅうが、みなさんに向かって一斉に移動を開始しました!」

 ええ、マジック・アイだけでなく私の魔力センサーでも、ひしひしと感じ採れています。

 その魔蟲まちゅうの数、ざっと百二十体。

 まあ、大半は雑魚ですので、闘気を纏った平手でペシッて叩けば潰れますけれどね。

 それが判っているから、厄介な奴ら相手にまずは戦闘してもらっていたのですから。

『嘘だろ!』

『待て待てぇぇぇぇ、シャレになっていないってば』

『こ、こんな数相手に、どうしろっていうのですか』

「大丈夫ですよ、両目に闘気を集めて。あとは見える範囲で強い奴から潰してください、まず負けることは無いと思いますので。私は残りの魔蟲まちゅうが森の外に出ないようにしますので……」

 そう告げてから、足元の地面に向かって魔石を一つ放り投げます。

 これはナイジェリアで回収したダンジョンコアの欠片の残り。

 そしてゆっくりと詠唱を開始します。

「七織の魔導師が誓願します。我が足元の魔石を媒体に、魔物を寄せ付けない安全地帯を作り給え……我はその代償に、魔力二万六千五百を献上します。プルシアンブルーの結界っっっっ」

 ――ヴン

 一瞬で、迷宮付近を中心に安全地帯が形成されました。

 これは冒険者たちが使う生活魔法を改良した、私のオリジナル魔術。

 かつて、スマングルはこの魔術でナイジェリアの野生保護区を安全地帯で包もうとして失敗しました。

 ですが、今回の術式は私のオリジナルです。

 ええ、私の感知できる範囲での魔蟲まちゅうは全て、この安全地帯の中に閉じ込めることに成功しました。

 本当は、もう少し後で展開しようと考えていたのですが、森のなかに潜む魔蟲まちゅうたちが、安全地帯の有効範囲内に飛び込んで来たので展開させていただきました。

 さて、これで魔族も立ち入ることができない結界を構築できましたので、あとはゆっくりと魔蟲まちゅう退治を決めましょうか。

 ただ、近くの病院施設で治療を続けているヨハンナ、彼女のことが少しだけ心配なのですが。

 うちからも護衛を二人付けていますので、大丈夫でしょう。

 特に緊急連絡も届いていませんから。 


 〇 〇 〇 〇 〇


 コンピエーニュの森で行われている【魔蟲まちゅう討伐任務】開始から一週間。

 すでに私が施した結界内に逃げていた魔蟲まちゅうについては、全て殲滅完了です。

 この一週間、私が行ったことといえば戦闘聖域サンクチュアリィの術式で展開したコンソールと魔導モニター上での指示のみ。

 ええ、私自ら出張っていくようなとんでもない巨大魔蟲まちゅうなんて発生していませんでしたよ、迷宮外では。

 先日の夕方、最後の確認作業も無事に終了したので、魔蟲まちゅう討伐任務については任務完了なのですが、本日はフランス陸軍のお偉いさんたちによる視察が行われるとかで。

 急遽、私たちは迷宮前に集合することになりました。

「……有働3佐、視察といっても、このコンピエーニュの森の中だけですよね?」

「私はそう報告を受けているが、迷宮への突入した場合は、何か問題があるのか?」

「はい。ちょっと……いえ、かーなーりやばい案件が成長しています」

 私は閉じている片目で、迷宮内部の偵察を行っている真っ最中。

 並列思考でマジック・アイを発動して操作し、結界によって封鎖されている迷宮内部へと飛ばしているのですが。

 それはもう、見るも無残な状態です。

 腐葉土の上に置いてあった大きな岩をよけた時、その下に有象無象の虫たちがいる姿を想像してください。そんな感じで、天井から壁からびっしりと魔蟲まちゅうがへばりついているのですよ。

 そのまま迷宮内部を確認していると、フランス陸軍の軍用車両がベースキャンプに到着。

 そこから出てきたのは、F2ジャケットと呼ばれている迷彩ジャケットを身に着けた士官と、彼に追従するフランス軍の兵士たち。

 そのまま整列している私たちの前にやってくると、開口一番。

『フランス陸軍のオスカー・シルヴァン・ラメットです。此度の魔蟲まちゅう討伐、ご苦労でした。この後は各地域の病院へと運ばれている兵士たちの治療、及び病院周辺地域の警備をよろしくお願いします。迷宮調査については、こちらで引き受けることとなりますので』

「了解です、なお、迷宮調査については、こちらの如月3曹より意見具申がありますので」

 敬礼しつつ、有働3佐がそう告げます。

 すると、オスカー大佐は私の方をちらっとみて、話をするようにと促しましたので。

「迷宮第一層にて、小規模のスタンビートが発生する予兆があります。現時点で迷宮第一層入り口周辺の壁や床、天井には中型魔蟲まちゅうがびっしりと張り付き、結界が消滅するのを今か今かと待っています」

『その対処は、実弾で可能であると聞いているが』

「はい、問題はありません。ですが、これまでの小型魔蟲まちゅうと異なり、体内に魔石が発生している可能性も否定できません。また、そのような場合は、フランス軍で対処不可能な魔蟲まちゅうが迷宮より一斉に飛び出し、この付近は人が住めない地形へと変貌する可能性もあると……」

 そこまで説明したとき。

 マジック・アイが迷宮一層奥に広がる大空洞へと到着。

 自然洞なのでボスキャラがいるはずもなく、大空洞のさらに奥には、地下へと伸びる道がぐねぐねと続いているようですが。

 その空間で、人の姿を確認。

 ――ゾクッ

 私の背筋に冷たいものが走ります。

 オールドクラシック風の椅子に座り、脚を組んだ姿でこちらを見てニヤニヤと笑っている女性。

 ええ、私はこの魔族を知っています。

 かつて異世界で、私たち勇者が唯一敗北した相手。

 私やヨハンナにとっては、大魔王アンドレスよりもたちが悪く、相性最悪な敵。

 そいつか、私の放ったマジック・アイに向かって手を振っているじゃありませんか。

「訂正します。今すぐに、フランス政府に対してこの迷宮を放棄、私たち異邦人に迷宮破壊を行うように申請した方がよいと説明します」

 突然の方針変更に、オスカー大佐や他の兵士だけでなく、有働3佐たちも驚いた顔で私に視線を送ります。

『それは、どういうことかね?』

「はい。この迷宮第一層に、魔族がいます。この迷宮を作り出している存在であり。すべての人類の敵……魔族の名前は『夜魔キスリーラ』。私たち勇者が、唯一敗北した相手です。ということで、これ以上の迷宮の調査はお勧めしません、もしも討伐を望むのでしたら、国際異邦人機関を通じて各国の異邦人へ連絡をお願いします」

 そう告げて、私は一歩下がります。

 ええ、できる事なら、私は急いでフランスから日本へ帰りたいです。

 キスリーラの能力は、すべての男性を隷属させ、意のままに操ること。

 そして、星をめぐるマナラインに干渉し、自在に迷宮を構築すること。

 地球規模のマナラインでさえ、このフランス迷宮のようなものを簡単に作り出すことができるのですから、その実力は理解できることでしょう。

 ですが、オスカー大佐は私の方を見てウンウンと頷いています。

『如月3曹の意見は大変参考になった。今後の迷宮攻略のヒントとして受け取っておこう』

「了解です」

『それでは、これで日本国陸上自衛隊の、コンピエーニュ付近での活動を終了する。引き続き医療機関の警備および治療補助にあたるように』

 これで、この場での話し合いは完了。

 私たちはベースキャンプの撤収を行った後、コンピエーニュの森から少し離れたところにある『コンピエーニュ総合病院』へと移動。

 近くにある空き地を借りて再度ベースキャンプを設営します。

 ちなみにこの病院にはヨハンナが詰めているので、こちらの状況も確認できます。一石二鳥といったところでしょう。


 〇 〇 〇 〇 〇


 ――コンピエーニュ総合病院・仮設ベースキャンプ

 移動した翌日には、すべての作業は完了。

 魔導編隊第一分隊は半数がベースキャンプ待機、残り半数は施設敷地内の偵察と防衛任務を仰せつかっています。

 ちなみに私はヨハンナと合流、病院内部での待機任務兼・治療補佐という仕事が待っていましたけれど。

『はぁ、もう最悪じゃない。この伝染病の原因も、あの夜魔が原因だってわかったじゃないの』

「そうなのよ。すべてはあのキスリーラが関与しているっていうことがわかった時点で、絶望しか見えてこないのよ。どうしよう?」

 昨日の迷宮偵察で確認した、夜魔キスリーラの存在。

 それをヨハンナにも説明したところ、今すぐにもここから逃げ出したそうな表情になっています。

『どうしようもなにも、あいつは魔法中和能力を持っているじゃない。私や弥生ちゃんが相手できないのよ、それにスティーブとスマングルだって、キスリーラの魅了で何度も窮地に陥っているし……どうしようかしら』

「ま、まあ、軍のお偉いさんに忠告はしておいたので、あとはフランス政府に任せるしかないじゃない。私としても、とっととここを諦めて逃げるしかないって思うわよ」

『それで、私たちを見逃してくれると思う?』

 ――ザワッ

 そのヨハンナの言葉で、私たちは嫌な記憶を思い出しました。

 キスリーラの種族は夜魔ナイトメア。異性を魅了するサキュバスやインキュバスを支配する女王で、最悪なことに『両刀使い』。

 私とヨハンナも幾度となく襲われ、なんど貞操の危機を迎えたことか。

 ええ、守りましたよ、しっかりと守り通して見せましたよ。

 彼女に対して唯一の有効な対抗手段である『闘気』、それを使って逃げるのが精一杯でした。

 私の闘気はご存じのように『魔力変換型』であり、純正闘気ではないのでキスリーラには殆ど効果はないのです。

 それでも必死に逃げたというか、逃がしてくれたのは私たちを敵だと思っていないから。

「頼みの綱である闘気使いのスティーブと、精霊使いスマングルの出番よ」

『そうなるわよねぇ。それじゃあ、わたしから連絡しておくわね』

「私は今のうちに、キスリーラ対策の魔導具でも考えてみるね。これまで研究していた対魅了魔導具、なんとか完成させてみるよ」

『よろしくお願いね』

 と、休憩時間にそんな話をしつつ、私とヨハンナは仕事に戻る。

 私の鑑定魔法で症状を確認し、ヨハンナが治療。

 彼女の鑑定魔法は『一般魔術』のため病気の強度計算は難易度が高く、適切な魔力量を算出できないけれど、私は『錬金術』による解析魔法を使用するので、ほんの些細なところまで見通すことができる。

 これで治療が進めばいいのですけれど。

 はぁ、キスリーラが相手かぁ。

 フランス政府は、どうするんでしょうねぇ。

 まさか魔族相手に交渉なんてしないでしょうね……。

 そうなったら最悪だし、それよりも急いですべての患者の治療を終えて、星のマナラインとレイラインを確認しないと。

 そっちに割く魔力が膨大過ぎて、迂闊に使ったら一週間は再起不能になりますからね。


 ………

 ……

 …


 ――カツカツカツ……

 コンピエーニュ迷宮の入り口付近。

 夜魔キスリーラは迷宮の外に出るべく、入り口近くまでやって来る。

 時間は深夜2時、迷宮外ではフランス陸軍のベースキャンプが警戒態勢のまま次の指示を待っている。

 キスリーラはその様子を透明化して眺めているものの、目の前に広がる結界を越えることができぬまま、どうしようかと思案している真っ最中。

「ふぅん。この結界って、七織の魔導師・ヤヨイの張った奴よねぇ……」

 そう呟きつつ、そっと右手人差し指で結界をつつくと。

 ――バジッ

 結界に触れた指先に衝撃波が走り、チリチリと指が焼け焦げてしまう。

「う~ん。やっぱり、この結界は厄介よねぇ……どうしても中和できないじゃない」

 如月弥生とヨハンナの知る夜魔キスリーラの能力は、魔術中和能力。

 だが、実際の能力は【術式カウンター】であり、一瞬で対抗魔術を形成し、体表面に展開するというもの。

 そんな器用な技を、魔力を一切消費せず詠唱も行わないで自動的に展開していたので、弥生とヨハンナは自分たちが放った魔術が中和・無効化されてしまっていると錯覚している。

 だが、事実はこの通り、一旦発生して固定された魔術については中和どころか無力化もできない。

「まあ、別にわざわざ迷宮入り口から出なくても、出口ぐらいなら幾らでも作れるからいいのですけれどね。全く、ヤヨイちゃんの結界術式といい、本当に地球人っていろいろなことを考えるものよねぇ……さて、そろそろ次の段階に進もうかしら?」

 シュウウウと自らの身体を霧のように変化させると、キスリーラは迷宮最深層へと一瞬で飛んでいく。そして巨大なダンジョンコアの真下に広がる地底湖に立ち寄ると、そこにゆっくりと体を浸していった。

 ――シュゥゥゥゥゥ

 やがてキスリーラの身体から、彼女固有の魔素が地底湖に浸透。

 それは大地を浸食し地下へと下降していくと、やがてこの地球のマナラインへとたどり着いた。

「うん……いい感じね。それじゃあ、マナラインの活性化でも始めちゃおうかしら? この世界のマナラインってすっごく細くて弱いけれど、時間を掛ければ大丈夫よね……さあ、ヤヨイちゃんの驚く顔が見られそうだわ」

 魔素が浸透した地下水を通じて、キスリーラもまたマナラインから魔力を吸収。

 そして呼吸をするように魔素をマナラインへと送り返すと、それはやがて地球全域へと広がり、ゆっくりとだが着実に魔力瘤に沈殿する。

 そして沈殿した魔素は凝縮し、小さなダンジョンコアの形成を始めた。


 〇 〇 〇 〇 〇


 ――コンピエーニュ総合病院・仮設ベースキャンプ

 魔導編隊は引き続き、病院敷地内での警備を担当。

 現在入院している患者たちの治療が完了した時点で、私たちの任務は完了し日本へと帰還することになるのですが。

 そもそも、夜魔キスリーラが目と鼻の先に居るというのに、それを放置してむざむざ帰っていいと思っているのですか、はい、帰りたいです。

 一連の報告は有働3佐を通じて日本の防衛省・統合幕僚監部にも届いているものの、現在は作戦行動を維持するようにという一言で終了です。

 ということで私は、有働3佐に進言して【対魅了魔導具】作成のため、駐車場の一角で日々、魔法陣を展開している真っ最中です。

『……それで、今のところどんな感じなの?』

「これが最新型の対魅了魔導具ですけれど。実験したくても、適切な相手がいないのですよ」

『適切ねぇ。それなら、弥生ちゃんの部下とかに頼んでみたら?』

「直属の部下はいないのですよ……皆さん同期ばかりですから」

 せっかく完成した魔導具、その実験をしたいのですけれど。

 モルモッ……もとい協力者がいないというのが、問題なのです。

『それじゃあ、私がなってあげようか?』

「いやいや、ヨハンナさんでテストしたとして、もしも魔導具が上手く作動しなかったら、その時は誰が魅了を解除できるのですか? 私は無理ですよ、神聖魔法適性皆無ですから」

『そうよねぇ』

 そうため息混じりに呟いたとき。

 ちょうど目の前を、大越3曹が歩いていました。

 うん、この際だから大越3曹でもいいか。

「大越3曹、ちょっと魔導具の実験に付き合ってくれませんか? はい、ありがとうございます」

「ちょっと待てや、まだ返事も何もしていないんだけれど? まあ、いいけどよ……」

 ということで実験体一号をゲットです。

 一通りの説明を行った後、ブレスレット型の魔導具を大越3曹の右手首に装着。

 そして万が一のことがあっては大変なので、椅子に座って貰い手錠で手足を拘束しました。

「はぁ……なんで俺は、フランスまで来て椅子に座らされた挙句、両手足を拘束されているのやら……」

「如月3曹の魔導具実験なのだろう? 頑張り給え」

「了解です!!

 いつの間にか、噂を聞いて有働3佐も来ました。

 では概要だけ説明して改めて許可を取ったのち、いよいよ実験です。

「では行きます……暗黒魔術の書グロウ・ソトホースを召喚。そして七織の魔導師が、暗黒魔術の書グロウ・ソトホースに誓願します。我が前のものの心を奪い、使役させ給え……我はその代償に、魔力十一万三千を献上します。魅了の熱視線っっ」

 ――キィィィン

 私の体内の魔力が、暗黒魔術の書グロウ・ソトホースによって書き換えられていきます。

 やがてそれが両目に集まり、そして再び全身に広がっていきます。

 瞳孔は縦長に細くなり、口元には犬歯がゆっくりと伸び始めました。

 全身のバランスもいつものボン、チョットキュッ、ボンからバボン、キュキュッ、ボムッと変化し、背中から翼が、腰から尻尾が形成しました。

 ええ、この魔術は暗黒魔術の書グロウ・ソトホースにより、自らの肉体を【サキュバス】へと変貌させる魔術です。

「それじゃあ、大越3曹、覚悟してくださいね……魅了の吐息チャーム・パーソンっっっ」

 ――チュッ

 軽く投げキッス。

 その瞬間、大越3曹の右手首のブレスレットが、一瞬で砕け散りました。

「はい、ヨハンナさん、よろしく~」

『偉大なる創造神ゲネシスよ、その力の一端を、私にお貸しください……解呪ディスペルっ』

 ――バッギィィィィン

 ブレスレットが砕け散り、私に対して欲望の目を向けてウガウガと椅子に座り暴れていた大越3曹。ですが、ヨハンナの魔術により、私が仕掛けた魅了が解除されました。

「ハッ、俺は一体なにを……って、うわ、如月3曹、すっげぇエロいんだけれど」

「やかましいわ……はいはい、解除解除」

「ちっ」

 ん、今、わたしが解除するって話した瞬間、舌打ちした人がいましたよね、どこの隊員ですか?

 闘気修練仕掛けますよ?

 とまあ、そんな感じで私の変身も解除。

 そもそも暗黒魔術って、自らの体内の魔力を変換し、さまざまな種族に変化して力を行使する秘術です。

 正確には、『暗黒魔術を行使するために適切な種族に進化する秘術』であり、より上位に変化する場合は、あらかじめ解除キーワードを設定する必要がありまして。

 なお、サキュバスモードになってしまうと、その時点で私は夜魔キスリーラの配下になってしまうので、彼女相手にはこの手は一切使えません。

「ということで、空挺ハニーは元の人間に戻りましたよ……と、やっぱり魔石の強度問題ですかぁ」

『そうみたいね。でも、そうなるとやっぱり、ダンジョンコアを核につかって魔導具を作るしかないわよ?』

「やっばりそれしかないですよねぇ。ダンジョンコアから削り出して核に使うとなりますと、制御が大変なのですけれど……背に腹は代えられませんか」

 はぁ。

 またダンジョンコアのストックが減りますよ。

 それに地球産のダンジョンコアですと、含有魔力が乏しくて幾つも融合させないとなりませんからねぇ。かといって、自分のコレクションは使いたくないし……はぁ。

 悩ましいですねぇ。


 〇 〇 〇 〇 〇


 ――パリ・エリゼ宮

 フランス大統領、フェリックス・ボナパルトは執務室で頭を抱えていた。

 コンピエーニュ迷宮と命名された迷宮、その周辺地域の調査及び魔蟲の殲滅を日本の魔導編隊に依頼した結果、予想以上に早く殲滅が完了したのである。

 そののち魔導編隊は魔蟲によってもたらされた伝染病の隔離病院周辺の警備に移行、コンピエーニュ迷宮の調査が再開されることとなったのだが。

 届けられた報告では、フランス陸軍の迷宮突撃部隊は全滅。

 幸いなことに迷宮入り口は七織の魔導師により結界が施され、外部に魔蟲などが出てくることは無かったのだが、内部は魔蟲がどんどん増えており、いつスタンピードが発生するかわからないという報告まで届いていた。

「……やはり、国際異邦人機関に依頼し、迷宮最下層のダンジョンコアを破壊して貰った方が良いのではないでしょうか。もしくは、ナイジェリアでのダンジョンコアの書き換えをおこなうか、どちらかです」

 秘書のオーギュスト・デオンはグイッと眼鏡の位置を直しつつ、淡々と説明を続けた。

「破壊なら簡単だろう、彼らはその道のプロなのだからな。だが、書き換えとなると、異邦人の力を借りなくてはならない。もしもそうなった場合、迷宮から得られる利権・資源を報酬として支払うことになる……ああ、迷宮など、できなければよかった……」

 コンピエーニュ迷宮が出現したときは、もろ手を挙げて喜んでいたボナパルト大統領。

 だが、今となっては迷宮を破壊しておいた方が被害は少なかったと、後悔していた。

「大統領、ものは考えようです。資源を支払うことについては、別に構わないのではないでしょうか。迷宮管理についての協定書を、国際異邦人機関に提出すればよいのです。そして適時、報酬を支払うことにより異邦人機関にて管理を行ってもらう。迷宮の独占ではなく寡占。異邦人ではない魔導師、確かイギリスにはそれらの研究機関があったかと思われますが」

「……ふざけるな。今更、イギリスに尻尾を振れというのか」

 怒り心頭、秘書の言葉はボナパルト大統領の逆鱗に触れた。

 だが、それでも動揺することなく、クイッと眼鏡を上げてオーギュストは話を続ける。

「尻尾を振る? 違います。尻尾を振らせるのです。『迷宮を共同管理してほしい』ではなく、『管理の一端をやらせてほしいか?』です。立場は迷宮を所持している私たちが上、そのうえで……迷宮という無限に資源を生み出す金の卵を使えばよいかと」

「要は、考え方……か」

「もしくは、勇者にダンジョンコアを破壊してもらうか……では、わたしからの提案は以上ということで。失礼します」

 一礼して部屋から出るオーギュスト。

 そして秘書室へと戻ると、椅子に座って意識を失っている『本物』のオーギュストの額に口づけする。

「……うん、これでよし。さっきの会話の内容は全て貴方がおこなったこと。そのうえで、次のステップに進んで頂戴……そうね、時間を引き延ばして。世界各地にダンジョンの芽が芽吹くまで。だいたい一年ぐらいでいいわ……それまでは、ダンジョンは破壊しないこと」

 そう告げて、オーギュストの姿は夜魔キスリーラへと変化する。

 別に、迷宮の入り口から出入りする必要はない。

 彼女はマナラインへと自らを溶け込ませ、また別の場所で噴き出して体を再構成しただけ。

 そして、彼女は小さな蝙蝠の姿へと変身すると、窓の外へと飛び立っていった……。

第四巻へ続く