大宇宙と人命救助~Extra Mission~

 大魔王アンドレスは困惑していた。

 それは、いつものように異世界・アルムフレイアから同胞を招くため改良された異界の扉、すなわち『異界門』を開いた時。

 本来ならば魔大陸に存在していた魔王城跡地に接続する筈の扉が、まったく異なる時空間へと接続してしまったのである。

 それならばまだいい、閉じてから時間を置き、再構築すればいいだけ。

 異界門を開くのに必要な魔力も、一週間ほどで蓄積することができる。

 そう考えていたのだが、事態は予想の遥か斜め上を走っていった。

 門の向こうに広がっていた光景は、魔王城跡地ではなく荘厳な巨大王城が見える庭園であった。

「……おおお、これは、異界ではなく魔界……それも、我らが神、暗黒神アーレンジィの居城ではないか……い、いかん、急いで門を閉じねば、我らでも御しきれない真魔族がこの世界にやって来るではないか!!

 魔界の住人である真魔族。それは、アルムフレイアに移住してきた魔族の始祖でもある。

 アルムフレイアの魔族は長き時により本来の力は大きく弱体化し、現在の魔族体系を構築して来たのだが。真魔族は、現在の魔族の強さとは桁が二つも三つも異なる。

 真魔族一体でも、魔王アンドレスをいとも容易く制圧してしまう。

 そんなものがこの地球に出現でもしたら、その時はアンドレスの計画は全て灰燼に帰してしまうだろう。

 そう考えたアンドレスは、慌てて閉門の儀式を開始するのだが。

 ――ギロッ

 運悪く、一体の竜型真魔族が異界門の存在を確認。

 サイズ的には通り抜けることが叶わないことを悟ったのか、突然、異界門へ向けて巨大な顎を開くと、そこから一条の炎を発した。

「ど、ドラゴンブレスだと、それも真魔竜の……って、それはつまり、破壊の閃光じゃないか!!

 ――バババッ

 門を閉めるには間に合わないと悟ったアンドレスは、魔術反射術式を瞬間発動。

 それを門に向けて起動させると、飛来するドラゴンブレスを反射し対消滅させたのである。

 ただ、最悪なのは、飛んでくるドラゴンブレスが一発ではなかったこと。

 一度は消滅させたものの、竜型魔族は再び顎を開くと再度、術式を構築し始めたのである。

「い、いかん、リビングテイラーよ、急ぎ我の元へこい。そして対抗術式の構築を頼む、我は異界門を封じる!」

 そう念話で叫ぶと、次々と飛来する破滅の閃光ルーンブラストを『簡易転移術式』でどこか遠くの位相空間へと飛ばす。

 魔術反射術式にはクールタイムがあり、連続で使うことはできない。

 そのための一時しのぎを幾度となく繰り返していると、全身の再生が終わったリビングテイラーが魔王の元に転移してきた。

 そして目の前に広がる光景を一瞬で理解すると、素早く術式を組み上げる。

「なるほど……七織の魔導師が誓願。我が手の前に七織の覇王陣を遣わせたまえ……我はその代償に、魔力十五万五千を献上する……相克転移門っ」

 リビングテイラーが印を組み詠唱を開始してから、実に0.12秒。

 アンドレスと異界門の中間に相克転移門が発生すると、飛来するドラゴンブレスを次々と吸収しはじめた。

「おお、それは七織の魔導師の秘儀、相克が四の理、相克転移門ではないか」

「ええ、あの空挺ハニーでも修得できなかった、我が師の十二の絶技の一つです。まあ、わたしでも制御できないので、ドラゴンブレスを吸収する程度にしか使えませんが」

 相克転移門は、受け止めた術式を魔力分解し、転移門の中に存在する十二の特殊加工された魔石の内部へと転移させるための術式。

 魔力を蓄積した魔石は持ち運び可能な魔力媒体として運用できるため、リビングテイラーにとっても都合が良かったのだが。

 ――ビシッ

 突然、相克転移門に亀裂が走る。

 とてもじゃないが、リビングテイラーの術式程度ではオリジナルの『破滅の閃光ルーンブラスト』を押しとどめることは不可能。

 ゆえに、急ぎ相克転移門に組み込まれている魔石を交換し、その中にエネルギーを転移させる必要があったのだが。

「はっはっはっはっはっ。流石はオリジナル。我の魔力では抗うことはできませんなぁ、ということで術式反転、転移先を魔石ではなく位相空間へ!!

 クルリと相克転移門術式を反転させると、転移先を魔法陣の中に搭載されている魔石ではなく、どこか遠くの位相空間へと飛ばした。

 やがてドラゴンブレスが収まったとき。

 ――ゴゥゥゥゥゥ

 突如、竜型魔族はその身から分体を生成し、異界門へと飛ばしてくる。

 そして門から飛び出した瞬間に翼を広げ、再び破滅の閃光ルーンブラストを放とうとしたのだが。

「ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、七織の魔導師が誓願っ、全魔力を持って、彼奴も吸い付くせぇぇぇぇ」

 リビングテイラーが展開していた相克転移陣が最後の輝きを放ち、竜型魔族の分体を吸収することに成功。

 それと同時に、魔王アンドレスも次の一撃が発射されるまえに、異界門の封印に成功。

 どうにか、史上最大のピンチを脱することができたのである。

 だが、この騒動で魔王アンドレスとリビングテイラーともに、莫大な魔力を損耗。

 まともに動けるようになるまで、かなりの時間を要することとなる。

「な、なあリビングテイラーよ……あの破滅の閃光ルーンブラストは、竜魔族はどこへ飛んでいったのだ? ほら、最後におぬしが転移させた場所……それはどこだ?」

「お恥ずかしながら……それは私にもわかりません。この地球圏のどこかの位相空間、それしか理解できませんが……少なくとも地表ではなく、空へ向かって繋げた空間ゆえ、そのまま飛び続けてエネルギーを全て失うか、もしくは空間壁を破壊して銀河の彼方へとんでいくか……」

 その言葉を聞いて、アンドレスは安堵する。

 もしも地球のどこかにあのようなエネルギーが飛んでいったなら。

 間違いなく地球を貫通する。

 破滅の閃光ルーンブラストは幅広く破壊する術式ではない。細く力強く、そしてなにものをも穿つ。

 もしも日本から地面に向かって打ち込んだとしたら、地球の裏まで貫通するだろう。

 もっとも、それほどの威力を発することができるのは、先ほどの竜型魔族ぐらいであろう。

 リビングテイラーと空挺ハニー、共に七織の魔導師である破滅の閃光ルーンブラストを修めているものの、せいぜい山脈三つ程度を貫通する力しかない。

 もっとも、その性質と力不足ゆえに、穿たれた山はその存在が消滅するのは目に見えている。

 二人が未熟なため、余計なものまで消滅させてしまうから。

 そして、最後に飛び込んだ竜魔族の存在。

 あれ単体でも、全盛期の魔王アンドレスの十倍の戦闘力は有しているであろうと、二人は推測する。

 そのようなものも纏めて吸い尽くすという相克転移門の強度に、改めてリビングテイラーは震え、心の奥底で呟いた。

 制御できたのは、奇跡だった……と。

「はぁ。今度はもっと、しっかりと術式を構築せねばなるまい。我も魔王として、まだまだ未熟であったのだよ……リビングテイラーよ、ご苦労であった」

「はっ……それでは失礼します」

 そのままリビングテイラーが立ち去るのを見て、アンドレスはがっくりと肩を落とす。

 まさか異界門の座標ミスの原因が、『モニカ・ウェーデルシュタインが風邪をひいて寝込んでしまったため、心配であった』という、とんでもない凡ミスであったことなど、誰にも知られたくなかったから。

「はぁ……我もまた、未熟よのう。この肉体に残る残滓に、その感情に心を揺さぶられているとは」

 そう呟くと、アンドレスもまた、異界門の術式が広がる部屋を後にする。

 まさか、この事件がとんでもない波紋を広げるなど、誰も予想をしていなかったであろう。


 〇 〇 〇 〇 〇


 ――宇宙・高度四百十三キロメートル

 それは地球より高度四百十三キロメートルを、時速二万七千七百四十三キロで移動している存在。

 その国際宇宙ステーション(通称・ISS)では、今まで見たことのない現象が確認されていた。

『……おいおい、流星か? それともどこかの国のキラー衛星がレーザー兵器でも誤射したのか?』

 アメリカの実験モジュールで確認された奇妙な現象。

 それはISSに搭載されている『アルファ磁気分光器』が測定した奇妙な光。

 素粒子物理学の実験装置として搭載されたそれは、現在も解明されていない物質を調査することを目的に搭載しされていたものであり、物質や反物質の性質を解明する手がかりをつかむためと期待されていたのである。

 だが、アメリカの搭乗クルーの一人アダム・ランドルフが確認したそれは、地球より高度四百キロメートル地点に突然発生し、まるでSF映画に出て来る宇宙戦艦の主砲のように一直線に未知のエネルギーを飛ばしてきた。

 もっとも、時速二万七千七百四十三キロで移動するISSを狙撃するようなことは実質不可能。

 それにレーザーの軌道もISSの航路とは若干異なっていたため、直撃することはない。

 アダムは急ぎ、各モジュールにて実験を行っている他の搭乗クルーたちに連絡。

 報告を聞いた各国のクルーたちは、大慌てでロシアとアメリカの実験モジュールに移動すると、すぐさま解析データを確認したのだが……それがなんであるのかは、全く不明であった。

 アルファ磁気分光器はISSの背骨であるトラス基部に搭載されているため、デブリか何かが測定器部分に衝撃を与え何か誤作動が起こったのではないかと予測されていた。

 だが、そんな予測の範囲を上回るできごとが、八十八分後に発生した。

 ――ドッゴォォォォォォォォォォォォォォォォォ

 ISS本体に突然、衝撃波が発生。

 一体何が起こったのかと観測システムやISS基幹システムを確認しようとしたのだが、アメリカ実験モジュールから外への連絡が取れなくなっていた。

 そして、一人のクルーは見た。

 窓の外、そこに浮かぶISSの残骸を。

 基幹トラスを中心に、左右に広がる太陽電池アレイと呼ばれている太陽光発電システムが根元から破損、ゆっくりと弧を描きつつ離れていく。

 また、ロシア側の接続モジュールのあるトラス後方部分も分断されて離れていくため、現在のISSはトラス基部を中心に大きく四つに分断されたという事実が確認できた。

 左右の太陽電池アレイ部分、ISS前部のアメリカ側モジュール、そしてISS後部のロシア側モジュール……。アメリカ側モジュールからは他の分断された部分へ通信を送ることができず、また逆に他のモジュールからの連絡も届いてこない。

 さらに……。

『お、おい、あれはさっきの謎の光だよな……』

 地表より高度四百十キロ地点に、再び無数のレーザー光が発生。

 それは瞬く間に左右の太陽光発電システムを薙ぎ払い、一瞬で蒸発させてしまったのである。

『柿崎、他のモジュールが生きているか確認、それとNASAにも通信を送れ。一体何がどうなっていやがる』

「了解だ……畜生、離れていったロシアのモジュールとは連絡が取れない……基部トラスの一部が焼き切られている感じだ。アラン、各ブロックの損傷状態の確認、急げるか」

『了解……管制システムの一部に損傷はありますが、通信回線はまだ生きています。デヴィット、NASAとの通信、繋がります』

『わかった……急ぎ事態の究明を頼むと伝えろ……それと、急ぎ救出を頼め。柿崎、日本のモジュールが繋がっているか確認してくれ、生命維持システムがどうなっているかもだ、頼む』

「きぼうは問題なく稼働している。最悪の場合、生活区画は『きぼう』のものが使えるから大丈夫だ」

 国際宇宙ステーション史上初の大事故。

 それは、魔王アンドレスの招いた異界門接続事故から始まり、竜型魔族の放った破滅の閃光ルーンブラストを魔王アンドレスとリビングテイラーが位相空間に転移させたこと、それが幾つものエネルギーに分割してしまい空間壁を破壊。

 その一つが運悪く国際宇宙ステーションに直撃し、モジュールを分断してしまった。

 その映像は、各地の天文台および地表からの観測によっても確認され、ISSが事実上分割破損したことがNASAから正式に通達されることとなった。

 合計六名の宇宙飛行士のうち、ロシア側モジュールに登場していた三人のロシア人、アメリカ側モジュールに搭乗していた二人のアメリカ人と一人の日本人について安否は確認されているものの、ロシア側とアメリカ側モジュールは大きく分断されただけでなく、地球からゆっくりと離れていったのであった。


 〇 〇 〇 〇 〇


 ――北海道・札幌駐屯地

 いつものように、午前中は第1空挺団としての課業を修めていました。

 ええ、魔法を使わない射撃訓練や体力訓練など、フィジカル面での訓練です。

 一部の自衛隊隊員たちからは、私が自衛隊に入れたのは魔法による身体強化を使っていたからだなどという陰口が囁かれていたため、普段の訓練では魔法を使わないようにしているのです。

 これは第1空挺団ではなく陸上自衛隊に所属したときからずっとおこなっていたもので、異世界で培ってきたチートステータスは魔法を使わなくても十分に発揮できることが証明されましたよ、ええ。

 そして他の隊員たちがゼーゼーと息を切らしている中、颯爽と身支度を整えて食堂へ。

 うん、どうやら皆さん、大型テレビにかじりつくように何かを見ていますけれど、一体何があったのでしょうか。あ、本日のランチメニューはホッケのフライ定食ですか、これは嬉しいですね。

 ええ、私はニュースなんて見ませんよ、この手のパターンは決まって、面倒くさい事件が発生しているに違いありませんから。

「あ、如月3曹、これからお昼かな?」

「ニュースを見たか? あれはなんだろうなぁ」

「まさか地表からのレーザー攻撃で破壊されるなんて、誰も思ってもいないだろうからなぁ」

「へぇ……そんなことがあったのですか」

 うん、私の近くに寄って来ては、そう呟いて立ち去る隊員の皆さん。

 お願いですから、余計なフラグを立てていかないでください。

 そもそも地表からのレーザー攻撃って、一体なんですか? まさか領空侵犯した軍用機を迎撃したとか、そういうことですか? それは陸自ではなく航空自衛隊の管轄ですよね。

 そう心の中で呟きつつ、両手を合わせていただきます。

 うん、流石は北海道産のホッケ。鮮度は最高、これって刺身でも行けたんじゃないですか、あはは。


「って、気になるわい!!


 一人突っ込みをしてニュースに耳を傾けます。

 ええ、結構離れた場所に座っていますけれど、意識を耳に集中すれば聞こえるのですよ。

 そして私に届いた、アナウンサーの最悪な言葉の数々。

『謎のレーザー兵器と思われるものに、国際宇宙ステーションが攻撃されました』

『現在、国際宇宙ステーションは四つに分断されており、各モジュールは地球からゆっくりと離れていきます』

『宇宙飛行士たちの生存は確認されたものの、生命維持について大きな問題が発生、彼らの安否が今後の課題かと思われます』

『日本人のISSクルー、柿崎健吾氏の安否についても、現在詳しい報告を待っています』


 あ~。

 これはどうしていいかわからない案件ですよ。

 兎にも角にも、乗組員たちの安全確保と救助方法をNASAに模索してもらうしかありませんよ。

 そう考えていたら、大越3曹がホッケのちゃんちゃん焼き定食を持って、私の前に座りましたよ。

「如月3曹、魔導師って宇宙にいけるのか?」

「いけるわけないでしょうが!! そもそも試したこともないですし、無重力で気圧ゼロの世界なんて、怖くて試したこともないですよ。ゼロ気圧で体が破裂したり、真空状態で瞬間凍結したり血液が沸騰するじゃないですか!!

「いや、最近の学説では、そうならない可能性の方が高いという話でね。詳しくは花澤3曹が知っているけれど、そんなことにはならないと思う」

 うん、過去に一度だけ、私は高度二千五百メートルの成層圏までは飛んでいったことがあります。

 あの時は飛行術式による結界で守られていましたし、空気を生成する術式もあったので呼吸もできましたからね。

 でも、高度四百キロメートルなんていう未知の世界に行くなんて、考えただけでも恐ろしいですよ。

「いやいやいや、いくらなんでも無理ですって。ということで、この件についてはNASAやJAXAに全てお任せした方がいいと思いますよ。それにほら、SNSで有名な企業だって、民間宇宙開発とかしていますよね、ロケット持っていますよね?」

「そもそも、それらは用途が違うんじゃないか? まあ、如月3曹が無理だっていうのなら、この件はどうしようもないっていうことか」

 そう大越3曹と話をしていると、花澤3曹もやって来て大越3曹の横に座りました。

「今の話だけれど、如月3曹が話しているのは、今現在、テスト稼働としてISSにドッキングしているスペース・ドラゴンのことだよな?」

 そう、それ。

 民間宇宙開発企業『GalaxyX』が保有しているスペース・ドラゴンという宇宙船ですよ。

 確かNASAとの共同計画で、ISSに緊急事態が発生した場合、この宇宙船で地球に緊急退避できるっていうやつです。

 ああ、流石は花澤3曹、雑学のエースですよ。

「そう、それです!!

「最初のレーザー攻撃があっただろ、あの時にドッキング・ベイごと焼き斬られたっていう話だ」

「焼き斬られた? え? 地上からの攻撃じゃないの?」

「詳しい話がまだ出ていないんですよ。兎にも角にも、詳細が分からない限りはNASAも公表を控えている部分があるようで……」

 そ、それは穏やかな話ではないですよねぇ。

 しかし、こうも複雑な事件が起こるという事は。

 ――ピンポンパンポーン

『第1空挺団所属・如月弥生3等陸曹、至急総監室へ。繰り返す、第1空挺団所属・如月弥生3等陸曹……』

 ほら、お呼び出しですよ。

 ちなみに今回はですね、前回の反省も踏まえて急いで食べ終わっていますからね。

「はぁ、やっぱりそう来ますよねぇ」

「そうだよなぁ」

「ということで、いってらっしゃい」

 大越3曹と花澤3曹に見送られて、私は急ぎ食器を片付け、総監部へ移動です。

 そこから畠山陸将の元へと向かい敬礼ののち待機しますと。

「さてと。今日の昼に、NASAがおこなった放送は見たかね?」

「はっ、昼食時に食堂で流れていたようですが、人込みで私は見ることができませんでした。ですが、同僚からはある程度の情報を得ています」

 嘘は言っていません。

 ただ、真実ともちょっとだけ違いますけれどね。

 見ていない、ではなく見たくないから顔を背けていた、です。

「それならば、改めて説明させてもらう……」

 畠山陸将から出た言葉は、謎のレーザー照射により国際宇宙ステーション基部トラスが損傷したこと、その際にISSが空中分解のようになった時、追撃で左右の太陽光発電システムが破壊されたこと。

 その時の衝撃などで、ISS後方のロシア側モジュールと、前方のアメリカ側モジュールも制御不能となり、微速回転を行いつつ、ゆっくりと周回軌道から大きく離れているそうです。

 それも、ロシア側モジュールとアメリカ側モジュールはちょうど正反対の方角へ、地球から離れるように漂い始めたとか。

「それで、NASAからアメリカ国防総省を通じて、日本に打診があった。この事態を、七織の魔導師である君ならば対応可能かと」

 うん、こうなると対応手段はいくつか考えられます。

 まず一つ目は、私が直接ISSまで飛んでいき、魔法により牽引を開始。二つのモジュールを引き寄せてドッキングさせたのち、地球からの救援を待つ。

 ちなみにモジュールと簡単に説明しますけれど、これって幾つもの実験用棟や生活区画である与圧モジュールの集合体なのだそうです。

 日本が打ち上げてドッキングしたモジュール【日本実験棟・きぼう】もその一つで、ほかにも欧州実験棟や二つのアメリカ実験棟などもあるそうです。

 一つ目の案は可能性としては低くないのですが、実は大きな問題がありまして保留。

 二つ目は、私が魔法でモジュールを包み込み、そのまま牽引して大気圏を降下。

 ちなみにやったこともないし安全性という点ではお勧めできませんので、これも駄目。

 そして三つ目の案は、わたしではなくスティーブの出番です。

「まず、大前提として申し上げます。私の魔法は、大気圏外活動において適切な術式が構築できるか不明です」

「つまり?」

「宇宙服を着ないで、大気圏を突破できるとは思えないということです。また、魔法の箒で大気圏を突破できるかどうか、これもテストしてみないと判りません。大気圏突破についてはいけそうですけれど、宇宙服を着て魔法の箒を操れるかどうかと問われると、自信がないとお答えします」

 私の説明を淡々と聞いている畠山陸将。

 高速で手が動いていることから、速記あるいはそのたぐいでメモを取っているのでしょう。

「ふむ。NASAとしても、すぐにクルーたちを救助すべく動いているとは思う。民間宇宙開発機関などに打診を行い、救出艇を打ち上げるという手段が使えるかどうかも検討していると思うが……いかんぜん、時間が足りない」

「察します。ちなみにですが、GalaxyX社の宇宙船、スペース・ドラゴンの予備機は存在するのでしょうか。もしもあるのでしたら、私がそれをアイテムボックスに収納し、宇宙まで出るという手段が取れます。また、JAXA(宇宙航空研究開発機構)にも協力要請をお願いします。現時点で使用可能な宇宙服のスペック、素材その他についてのデータ開示を求めます。それをもとに、オリジナルの宇宙服を作成するか、対応できる術式を構築します……と、あくまでも、NASAからの打診があった場合ですが」

 ということで、ここからは人命第一で考えます。

 まずはNASAからの正式な依頼が届き、それを日本国政府が容認し防衛省を通じて私に命令が下されなくては、私は好き勝手に動くことができません。

 これはアメリカ海兵隊・特殊部隊所属のスティーブやナイジェリア警察所属のスマングルも同じ。

 私たちは国際異邦人機関に登録しているため、このような人道的活動についての制約は受けることが無いのですが。

 やはり国家間の面子というものが優先されると、スティーブとスマングルは笑っていました。

 ちなみにヨハンナさんは自由ですよ、ええ。

 彼女を束縛していた教会から除籍……というか、逆に絶縁状を叩きつけて日本に来たのですから、フットワークは軽いのですよ。

「防衛省を通じて、打診するように進言しておく。如月3曹は、今のうちに試せる手段を調べ、可能ならば実践しても構わない、以上」

「ハッ!」

 これで話し合いは終了。

 私は魔導編隊隊舎へと移動すると、七織の魔導書全てを召喚。

 その中から、宇宙空間での活動に可能な術式が存在していないか、調べることにしました。


 ………

 ……

 …


 ――永田町・国会議事堂第四十三委員会室

 現在。

 異邦人対策委員会(正式名称・異邦人および帰還者対策に関する特別委員会)は、窮地に追い込まれている。

 というのも、異邦人対策委員会の肝煎り案件の一つである『迷宮管理』について、異邦人対策委員会とは独立した『迷宮対策特別委員会』が設立されるという噂が流れていたのである。

 そしてその委員長には、野党第一党のエース、五井利久議員が選出されるとも。

 更には、異邦人対策委員会からも数名の委員が移籍するかもという、まことしやかな噂があちこちで流れており、委員会としても何らかの対抗措置を行うべく対策を練ることとなった。

 だが、次の国会では異邦人対策委員会の存在意義についての質疑応答が行われ、その結果次第では異世界対策委員会が解散となるという話にまで発展していると聞き、委員会のメンバーたちは悲痛な面持ちで席についていた。

「……これはまだ、公にはされていないが……」

 委員会室で、異邦人対策委員会の委員長である山岸重三郎議員は、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 これまでの数々の失態、それを必死に受け止め、躱し、他者に擦り付けて来た委員会重鎮も、声を重くすることしかできない。

「異邦人対策委員会の縮小が決定した。活動内容の中で迷宮の管理・運営については新たに設立される迷宮対策特別委員会に委任されることとなり、以後、我々は異邦人の活動支援及び援助が主な活動内容となるのだが」

 その件については、特に今までと変わりはない。

 だが、迷宮の管理を外されたことは大きい。

 現時点でも、新宿ジオフロント最下層に存在すると噂される『如月迷宮』についての極秘情報が届いている。

 最初の調査から始まり、すでに合計四回の調査が完了。

 様々な資源の回収が確認されている。

 特に魔石や貴金属・希少鉱物などの回収報告も上がっているため、異世界対策委員会としてもこの利権はどうしても押さえておきたいところであった。

 研究・開発のためにそれを委員会の息が掛かった関係機関へと貸与、そこから得られる成果はまた委員会所属議員とゆかりのある企業体へと譲渡される……筈であったのだが。

 それが全て、五井議員と彼の支配下にある迷宮対策特別委員会に横取りされた。

 幸いなことに、この情報はまだ外部には知られていない。

 だからこそ、今のうちに対策を考える必要があったのである。

 委員長の言葉も止まる。

 やがて会議室は沈黙に包まれたのだが。

 一人の議員が静かに手を上げた。

「山岸委員長、実はこんな話がありまして……」

 手を上げたのは瀧山新次郎。

 魔王軍四天王の一人『権謀のコデックス』その人である。

「瀧山くんか。なにか良い話でもあったのか?」

「日本にとっては良い話ではありません。実はJAXAからの報告で、国際宇宙ステーションが何者かの攻撃に遭い、現在、周回軌道から離れつつあるそうです。幸いなことに死者はいなかったののですが、自力での地球帰還は難しいということで」

「……それで?」

 さすがに人命の、それも日本人クルーの安否にも掛かっていることなので、他の議員たちも顔を上げて瀧山議員の話しに耳を傾ける。

「先ほど、外務省を通じて陸上自衛隊第1空挺団に打診がありました。如月弥生3曹に、国際宇宙ステーションに残るクルーたちの救助を頼めないかと」

 迷宮とは関係のないところでの活動になど、多くの議員は興味がない。

 だが、異邦人対策委員会としては、彼女の活動を支える必要もある。

「ふぅむ。瀧山議員、何を企んでいる?」

「いえ、実に簡単な話ですよ。迷宮の資源、それについてはいっそ、迷宮対策特別委員会にでもくれてやれば良い。我々が目指すところ、そして得たいものの最終形態は如月弥生3曹の持つ魔術そのもの。どうでしょうか、日本の魔術師は宇宙でも活動が可能であると世界に知らしめればいいのです。そのうえでほら、月面探査なり、火星調査なりに魔法技術を得られるように協力要請をすればいい」

 迷宮からの資源をくれてやれなど、暴挙もいいところであるが。

 確かに月や火星の資源となると、回収後の加工・精製技術は現存のものでも問題はない。

 むしろ無償で手に入る莫大な資源である。

 今までのように如月弥生を押さえつけるのではなく、多少は譲渡したうえで、彼女とも協力体制を築いてみればというのが、瀧山新次郎の意見である。

「そうか、そうだな……では、この件については、瀧山くんに一任しよう。何名かサポートをピックアップし、彼女のバックアップに勤めるように。他の議員の皆は、引き続き情報収集をお願いしたい」

 山岸委員長のこの言葉で、今回の委員会は終了。

 自分たちに都合の悪い議事録は全てなかったことにして、各議員は活動を開始する。


 ………

 ……

 …


 ――議員会館・瀧山新次郎事務所

「ふぅ……あの五井とかいう議員、よくもまあ、こちらの手を潰してくれましたねぇ」

 どっかりと椅子に座り、ネクタイを緩める瀧山。

 そのまえに秘書の一人がお茶を出すと、瀧山は軽く手を挙げて、それを一気に飲み干す。

 委員会でのやり取りで緊張しっぱなしであったため、今は水分補給が必要なのである。

「それで、俺のいない間に、他の情勢はどうなにっている?」

「知恵の塔からの報告では、アンドレスさまとリビングテイラーさまが意識を失い、現在は回復のために魔法陣の中に籠っています」

 秘書官である『津波黒すずめ』が、淡々と報告を行う。

 彼女もまた魔族であり、コデックスの忠実な部下の一人。

 現在は第二秘書を務めており、魔王関係者との連絡員を務めている。

 なお、第一公設秘書は普通の人間であり、瀧山新次郎が異世界転移する前からの付き合いのある人物である。

「はぁ? うちの魔王様って、また何かやらかしたのか?」

「異界門の接続に失敗。魔界の真魔族を一体、こちらの世界に引き寄せたようです。なお、その真魔族はリビングテイラーさまが位相空間に封じることに成功しています」

 その報告を一つ一つ噛みしめると、瀧山はぽん、と手を叩く。

「ああ、その関係で国際宇宙ステーションが襲撃されたと。封印は失敗……いや、それはない。位相空間内部に封じられた真魔族が抵抗して、その余波が外に漏れてたまたま国際宇宙ステーションが巻き込まれた……っていうところか」

「さすがです、コデックスさま」

「褒めても何も出ねぇよ。さて、そうなると、他の奴らが何をするかだよなぁ」

 テーブルに足を放り出し、瀧山が天井を見上げる。

「錬金術師のヤンさまは、人造魔導師計画の第二段階を進めるべく、地下で何かしています」

「何かってなんだよ?」

「それは掴めていません。あと、夜魔キスリーラさまはフランスに向かい、地球迷宮化計画の準備を開始しています」

「そしてリビングテイラーは、ようやく再生したもののアンドレスさまのサポートでまたぶっ倒れている……と。まあ、やることはやっているし、いい感じに計画は進んでいる……のか?」

 ふと、瀧山は現在まで進んでいる計画を指折り数えた。

 その大半は手がついているものの、計画進行に遅れが生じているか停滞している。

 そしてふと、自分の任務を思い出すのだが。

「あれ? すずめちゃん、ひょっとして俺ってさ、四天王でもいらない子扱いされていない?」

「むしろ、魔王軍にとって仇敵である如月弥生の足止めに成功しているのですから、重要な任務に間違いはないはずですが」

 ふと、自分の立ち位置に疑問を感じる瀧山だが、津波黒の言葉にホッと胸をなでおろしている。

 もっとも、それ以外にも国会議員の一部派閥を『思考誘導』によって味方につけており、如月弥生の海外進出を阻むための画策なども行っているので、決して無能ということはない。

 だが、国際異邦人機関が瀧山の動きに歯止めをかけているのも、また事実。

 国内の委員会程度なら幾らでもコントロールできるが、こと国連所属であり勇者スティーブが協力体制を取っている国際異邦人機関に対しては、瀧山といえどもそれを動かせるほどの権力はない。

「はぁぁあ。すずめちゃん、ちょいと調べて欲しいんだけどさ。今の国際異邦人機関の日本支部で、明らかに如月弥生を使って利権を得ている天下り議員っているじゃない。そいつの裏、取ってくれる?」

「かしこまりました。それでは」

 そうつげて、津波黒すずめの姿がみるみるうちに小さくなると、一羽の雀の姿に変化する。

 そして瀧山が開いた窓の隙間から外に出ると、翼を広げて大空へと飛び去って行った。

「……さて、と。次はJAXAにも話を通しておきましょうかねぇ。如月弥生が忙しくなり、日本以外での活動に支障がきたすように……」

 あくまでも、彼女が海外で活動できないように邪魔をするのが第一任務。

 そしてスマホを取り出してJAXAの代表窓口を確認すると、瀧山は行動を開始した。


 ――日本上空・高度五万メートル

 現在。

 私は畠山陸将の許可を得て、札幌上空を飛んでいます。

 万が一の場合を考えて、しっかり空挺ハニー状態に変化。

 トラペスティの耳飾りを装備して、周辺環境及び魔術制御のサポートを頼んでいます。

「……高度五十キロメートルって、確か成層圏界面だったよね、ここまでは普通に飛んでくれるのかぁ」

『重力については、問題は無いです。ただ、オゾン層を突破したあたりから、周囲に張り巡らされている結界の強度が下がっています。十分にご注意を』

「わかっていますって」

『それならよろしい』

 トラペスティの話に出てきたオゾン層。

 これは地球の高度二十五キロメートル付近に存在し、これによって宇宙線や紫外線は吸収されるのですが。その際に熱を発するため、オゾン層から上空の気温は高くなっていきます。

 とはいえ、今の温度はマイナス4度ほど。成層圏界面よりさらに高く上がりますと、こんどは一気に温度が下がっていきますが。

「うん、そろそろ結界越しでも冷気を感じますね。七織の魔導師が誓願します。我が結界内に熱気を対流させたまえ……我はその代償に、魔力二百五十を献上します。設定温度二十五度の快適空間っっっっ」

 ――フォッ

 はい、ただ熱を発生させて対流させるだけの魔法です。

 これって魔導具化したら、エアコンの代わりにもなるのですけれど……魔法制御ができなければ、ただの箱になってしまいます。

 魔導エアコン、魔力なければ、ただの箱……ってね。

 やがて高度五十キロメートルを突破、いよいよ中間圏と呼ばれる高さまで到達。

 ここまできたら、あとは周囲に警戒しつつ上昇を続けるのみです。

 そう、何もなければ……。

 ――グラッ

 何がくるか分からないので、周囲の警戒を続けていましたら。

 突然、魔法の箒の制御にブレが生じはじめました。

 なんというか、フワフワと安定しない、そんな感じです。

「これって……トラペスティさん、今の高度は?」

『現在の高度は百キロメートルを突破したところだ。おめでとう如月弥生、生身で宇宙に来たのは君が初めてだよ……』

「という事は、これって無重力空間、ここが宇宙なのですか……って、ちょっと、なんだか苦しいのですが」

 フラフラと揺れる魔法の箒に無理やり魔力を注ぎ、姿勢制御を試みます。

 ですが、ちょっとした魔力のブレですぐにバランスが取れなくなってしまいますよ。

『概念的宇宙には到達しているが、まだ大気圏ですね。そもそも大気圏というのは高度四百キロメートルあたりで存在し、そこから外に百キロメートルほど上がった場所が外気圏。つまり完全な無重力空間へと到達する。まあ、今の場所でも宇宙と呼んでいいとは思いますが。なお、結界は絶対にはがさないように、今の外気成分のほとんどは窒素なので一瞬で死にます。あと、オゾンと紫外線が強いので、やっぱり死にます』

「淡々と死ぬって言わないでください……七織の魔導師が誓願します。我が周囲に大気を生み出したまえ……我はその代償に、魔力三百五十を献上します。大気生成っっ」

 ――プシュゥゥゥ

 あ、心なしか呼吸が楽になってきました。

 そして今の術式発動で、また魔法の箒がフラフラと揺れます、安定しません。

「えええ、これってどういうことですか?」

『簡単です。君が解析した古代の飛翔術式は、大気圏内で飛ぶことしか想定していない。というか、宇宙という概念の存在しない世界でしたから。つまり、君が魔法の箒で大気圏外、つまり宇宙を自在に飛ぶためには、宇宙航行用飛翔術式を作り出さなくてはならないのです』

「えぇっと、具体的にお願いします」

『宇宙航行用飛行術式の構築が必要。あとはそうですね、魔法の箒も大幅に換装する必要があります。君が判りやすいように説明するならば、陸戦専用の人型兵器を宇宙で飛ばすためには、姿勢制御用のブースターとか大型推進器を作り出す必要があるということ。あとは、宇宙服ですね。ほら、結界の一部に亀裂が生じ始めたようですが……』

 ――ミシッ

 うっそでしょ!! 今、結界から変な音がしたぁぁぁぁぁ。

 亀裂って、それってやばいですよ、絶対に。

「七織の魔導師が誓願します。我が周囲の結界の強度を上昇、外気から身を護る力を与えたまえ……って紫外線と宇宙線って、魔法の結界を破壊するのですか!! 我はその代償に、魔力一万二千を献上します。結界強度上昇っ」

 ――ヴン

 ミシミシと音を立てていた結界。

 その嫌な音が収まりました。

『うん、やはり今の高度より上昇するのはきついですねぇ。今の高度は二百五十八キロメートル、熱圏と呼ばれている高さまで到達したようですけれど、これ以上は魔術による結界の維持も困難になるかと。ああ、一ついいことを教えてあげましょう』

「なんですか……嫌な予感しかしないのですけれど」

 ええ、トラペスティさんのいいことって、私にとっては禄でもない事でしかありませんから。

『宇宙線ってわかりますよね、これに含まれる放射線の中に、高エネルギー魔力放射線も含まれていますので……それで結界に亀裂が走ったと推測されます、一つ勉強になったのでは?』

「……なにそれ。そんなもの、聞いたこともないのですけれど」

『そりゃそうです。異世界アルムフレイアには存在しない魔力素ですから。あれは魔界に存在する魔力であり、命の輝きそのもの。この高エネルギー魔力放射線には、マイナス魔力とプラス魔力がありまして、今はマイナス魔力が強いので、君の魔力で形成したものは全て中和され始めていますねぇ……』

「ふむふむ。つまり、今、この結界にじわじわと広がる虹色の水たまりのようなものは?」

『結界が、溶かされていますねぇ』

 急速降下開始っ。

 同時に結界強度の再計算と、結界術式の再発動。

 ああ、魔法の箒が姿勢制御を失い始めた理由が分かりましたよ、この箒自体がマイナス魔力に晒されてしまい、搭載術式や推進媒体までもが損耗しているのですよね……ってああ、私分かりました、一ついい事に気が付きました。

「オゾン層って、この魔力放射線も跳ね返しているのですか?」

『うん、そうだねぇ……いいことに気が付いたねぇ』

「先に言ってくださいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 このあとは、私も魔法の箒を制御するのが精いっぱい。

 高度二十キロメートルに到達した時点で札幌の丘珠に連絡です、ええ。

 北部方面管制気象隊に通信を行い、真駒内駐屯地に着陸する許可を得ました。

 そしてどうにか不時着したものの、魔法の箒がか~な~り、やばい状態です。

「はぁ……トラペスティさん、お疲れ様でした」

『どういたしまして。では、サポートモードを終了しますので』

 意識が途切れたトラペスティの耳飾りをアイテムボックスに収納。

 ついでに壊れかかった魔法の箒をしまい込み、代わりに魔法の絨毯を引っ張り出して、ひとまず札幌駐屯地へと帰還です。

 はぁ、一連の説明報告を、畠山陸将に行わなくては……。


 ………

 ……

 …


 成層圏よりはるか上の熱圏から無事に帰還した私は、魔法の箒による高々度飛行についての結果を報告。

 最初のうちは楽しそうに話を聞いてくれましたけれど、魔術による防御結界が損傷したあたりから表情が引き締まりました。

 そして魔法の箒の損傷、ぎりぎりの状態での真駒内駐屯地への緊急着陸を終えて札幌駐屯地に戻ってきたことなどを説明すると、畠山陸将は真剣な表情で、私に話しかけてきます。

「NASAから、国際宇宙ステーションに搭乗しているクルーの救助活動要請が外務省を通じて日本政府に届いた。そして異邦人対策委員会、国際異邦人機関日本支部との協議の上、如月3曹がそれを可能ならば、急ぎ搭乗員救助のために活動を開始して欲しいということだが、どうかね?」

「はい、ところで異邦人対策委員会は、またしても私の活動について反対意見を出していたのですか?」

「それについては逆だ。むしろ、魔導師としての力を存分に発揮するにはいい機会だということで意見が統一されたらしい。また、異邦人対策委員会からJAXAに打診も行ってくれたらしく、如月3曹が必要と判断したデータについては開示してもらえるように話し合いも終わっているそうだ」

 んんん?

 いつものパターンなら、国産魔導師のむだ遣いとか、緊急時対応のために待機する程度でよいとか言ってきそうなのですが。

「はっはっ。そんな驚いた表情はしなくていい。異邦人対策委員会の設置目的の一つ、『人命救助においては魔導師と協力し、それを遂行する』という部分を彼らから提唱して来たから、害意はないと思って構わない。むしろ、如月3曹にとっても都合がいいのではないか? 委員会のお墨付きだ」

「はい。それでは全力で当たらせていただきます。まず、モジュールに取り残されてしまった人たちの酸素残量や食料などは、どれほど持つ計算なのですか?」

 ここ、大切です。

 だって、私はこれから魔法の箒の全面的改造と、宇宙空間航行用飛行術式の構築を始めないとならないのです。あとは、私が単独で動くべきか、それともスティーブに協力を求めるべきかなど。

 やらなければならないことは、たくさんあるのです。

「現在、船内の生命維持システムは、きぼうのモジュールに搭載されていた予備バッテリーで稼働している。また事故発生と同時に太陽光発電パネルの予備を展開、充電も行っているそうだ。食料については一か月分程度の備蓄があり、船内酸素については『固体燃料型酸素発生装置』がある。これらを総合すると、最大で二か月は持ちこたえることができるらしい。モジュール内の電源については大半を生命維持に費やし、あとは定期的にNASAとの連絡を取るために取っておくようにと指示がでているそうだ」

 これについては、ロシア側モジュールも同じだそうでして。

 幸いなことに、ズヴェズダというロシア側モジュールには『エレクトロン』という酸素発生装置が搭載されていること、太陽光発電パネルが生きているため生命維持についてはある程度の余裕があるとのことです。

 ただ、問題点が一つ。

 それは、二つのモジュールが微速回転しつつ地球から離れていること。

 二つのユニットを回収しつつ、どうにかして地球まで運ばなくてはならないのですが、それはさすがに不可能かと。

「まず、私が保有している魔法の箒では、国際宇宙ステーションへ到達することはできません。ですから、魔法の箒を宇宙仕様に改造する必要があります。さらにそれを制御するための魔導術式の構築とテスト……、魔力を余剰に使わないようにしたいので、できれば宇宙服の貸与、もしくはデータを受け取って魔導具として再構築。そこまでで……一週間というところです」

 これは私なりの試算。

 実際にはそれより早く達成できるかもしれませんが、遅くなることはないかと思います。

 そうなると、あとは時間との勝負。

 私が過去に解析した古代の魔術書、あれを紐解きなおすしかありません。

「……わかった、NASAに救助活動については可能であると返答を入れておくように伝える。改めて、現状は国際宇宙ステーションの搭乗クルーの救出任務についての依頼が来ると思ってくれて構わない。そのための準備を最優先で行うことを許可する。以後、作戦終了まで如月3曹の課業はそちらに費やすよう。なお、現時刻を持って、如月弥生3曹は習志野駐屯地に移動し、そちらで準備を行うよう」

「了解しました!!

 さて、これで憂いは晴れましたので、 堂々と魔導具開発に専念することにします。

 宇宙航行用・魔法の箒かぁ。

 空挺ハニー・スペース仕様というところですか。


 ………

 ……

 …


 疲労困憊の中、どうにか夕食を食べ終えたのち。

 私は習志野駐屯地に飛んできました、魔法の絨毯で。

 そのまま駐屯地正門前にゆっくりと降下すると、警邏をしている隊員に敬礼、のち駐屯地内へ移動。

 近藤陸将補への挨拶は明日にして、まずは隊舎の自室で魔法の箒を取り出し、一部分解することにしました。

「七織の魔導師が錬金術師として誓願します。錬成魔法陣の起動、かの物質を部品レベルに分かい、清掃したまえ……我はその代償に、魔力十一万四千五百十四を献上します……分解整備オーバーホールっ」

 ――ブゥン

 私の目の前の床に魔法陣が展開。

 その中に魔法の箒を設置して術式をスタートさせます。

 すると、魔法陣の内部でみるみるうちに魔法の箒が分解されていきます。

 本体部分である『千年霊樹の若枝』と『囁き草』の箒部分、ミスリル銀糸、魔石と魔晶石、虹色金剛石etc……。

 部品数は百二十以上もあります。

 そのうちの半分近くが融解し、形状を留めていません。

 それらを一つ一つ吟味し、再生利用可能なもの、使えなくなったものに分別。

「虹色金剛石は……ああ、亀裂が入って色が混ざっちゃったかぁ。これは駄目だぁ、予備はあったかなぁ」

 七織の輝きを持つ虹色金剛石。その一色ごとに精霊の力が宿っているのですが、亀裂が入り溶けて混ざり合ってしまったため精霊の力が失われてしまったのです。

 こうなると素材としては使い道がなく、せいぜい装飾品として磨いて加工する程度。

 ということで、『廃棄処分』と書いた箱に放り投げます。

「千年霊樹で作った本体基部も、先端が燃え落ちてしまっているし……ああ、ここから先の燃えた部分は結界の範囲外に出ちゃったのか。うん、あの高エネルギー魔力放射線を受けて、結界が収縮したんですよねぇ……これも作り直し。あとは……」

 なんだかんだと部品を吟味していると、やはり大半が使い物にならなくなっています。

 結界を透過してくる魔力放射線って、怖いですよねぇ……って、ちょっと待って、私自身の身体はどうなのですか!!

「はわわわわ、七織の魔導師が誓願します。我が体を隅々まで精査する、銀の環を授けたまえ……我はその代償に、魔力二千五百を献上します。天使の環サーチ・マギカっ」

 ――シュンッ

 一瞬で、私の頭上に天使の環が生成されます。

 それは大きく広がりゆっくりと回転しつつ、私の全身を頭からつま先までチェックしてくれます。

 そして結果は目の前に出現するモニターのような画面に投影されますが、やはり魔力放射線の影響は私の身体にも出ています。

 具体的には、『魔素変換率低下症』というものでして、つまり普段は『一必要魔力=一消費魔力』だったものが、『一必要魔力=一.三消費魔力』になっているのです。

 まあ、これってあっちの世界でもよく起きたことですし、数日程体を休めておけば問題はありません。

「うん、今日は素材の吟味だけで、仮組は明日にしますか。あとは、対宇宙仕様に改造するので、そのあたりも調べる必要がありますか……」

 うわぁ、やることがいっぱいだぁ。

 まるでルーラー師匠に師事していた、あの地獄のような日々を思い出しますよ。


 〇 〇 〇 〇 〇


 ――四日後

 朝早くから夕方まで、そして消灯まで。

 毎日のように部屋に籠っては、魔法の箒の開発を続けていました。

 異邦人特権で三人部屋を一人で使っているのですが、その広い室内がとんでもないことになっていますよ。床と壁には大量のメモを貼り付けてありますし、ベッドの下は廃棄素材の山。

 窓際には新しく開発した『宇宙仕様の魔法の箒』、試作一号から六号が並んでいます。

 それと並行して頭の中では宇宙航行用飛行術式の構築を行っていたので、もう頭脳回路はショート寸前です。燃え尽きそうにヒート状態。

「むぅ……どう計算しても、この結界強度では魔力放射線で中和・分解されてしまいますか」

 魔法の箒については、試作機の稼働実験待ちなのでどうとでもなります。

 問題なのは熱圏を突破した後、国際宇宙ステーションへと向かうまでの道のり。

 機動力は魔法の箒を改良すれば道は開けますが、マイナス魔力による結界中和の対抗策が、未だに確立できていないのです。

「二層式結界……いや、二つの層の間に、精霊力をハニカム構造に加工して挟んで衝撃波の緩和……って、駄目だぁ、精霊の制御ができないですよぉ。かといって、暗黒魔術は使いたくないし。そもそも適切な術式が網羅されていないですからねぇ」

 部屋の中をぷかぷかと漂う魔導書。それを一つずつ手にとっては、急ぎ検索を掛けます。

 魔導書の厚さは十センチ程度なのですが、その中に記されている文章量は国会図書館レベルです。

 なにせ、私ですらこの魔導書に記されている術式の五%も熟知できていません。

 それだけ膨大な魔術とその理論が記されているのです。

 しかも、それが七冊ですから。

「はぁ。一般魔術の書と同期シンクロスタート……検索対象は『結界の強度上昇』『中和対策』『マイナス魔力』……と、駄目かぁ」

 もしもこれで条件が一致したなら、そのページが開くのですが。

 残念ながら、開くことはありませんでした。

 もう、何日も検索条件を変えつつ制御術式を調べたり、宇宙航行用飛行術式を調べたりと、もう大変な毎日ですよ。

 ハードはどうにかできる、あとはソフトのみ。

 そこで躓いていて、もう、考える気力も何もあったものじゃありません。

「あ~っ、もうやめやめ、今日はおしまいっ、はい、解散っ」

 ということで、気分転換です、糖分です、私は糖分を要求します……売店まで移動しましょう。

 ――チャラララ・ララ~ン、チャラララ・ラ~ン♪

「うん、聞きなれた入店音ですねぇ。さて、何がいいかなぁ……」

 疲れた頭にはチョコレートです。

 頭を使いまくったので、糖分を摂取します。

 ちなみに習志野駐屯地内には、幾つかお店があるのはご存じですか?

 コンビニ以外にも、『隊員クラブ』という場所がありましてですね、これは簡単に説明しますと『居酒屋』の事を差します。

 習志野駐屯地には『華のまい』という全国チェーンの居酒屋がありまして。

 実はこの店、全国各地の駐屯地の中に支店があるのですよ。

 いくつかのアニメにも登場している程の有名店です、行ったことがあるって兄貴に話したら、聖地巡礼したいって叫んでいましたから。

 ちなみにですが、毎晩のように飲み歩くような不良隊員はいませんよ。私もせいぜい週に二度程度、同僚たちと軽く呑みに行くていどですから。

 そんなことを考えていますと。

「ウィ~、酔い覚ましのドリンクは……と、ありゃ、如月3曹、こんなところで珍しいですねぇ……ヒック」

「出たな、大越3曹。また飲み歩いたのですか?」

「いやいや、最初はさ、上官殿と一緒にポアレで夜食を食べつつ歓談していたんだけれどねぇ……だんだんと熱が入ってさ、じゃじゃじゃぁ、腹を割って話そうかっていうことになってねぇ」

 第1空挺団の駄目な隊員代表・大越3曹が、ご機嫌な様子でコンビニにやってきましたよ。

 そして私の後ろで酔い覚ましのドリンクを物色中。明日の課業に支障をきたさないようにしてくださいね。

 それにしても、食堂ポアレで夜食ののち、居酒屋で酒を飲んで……どういう内臓をしているのですか。そんな食生活をしていると体を壊しますよ……って、丈夫さについては、闘気修練で訓練済みですからねぇ……壊れないかぁ。

「はいはい。とっとと飲んで寝てください。もうすぐ消灯時間ですからね」

「そうするさぁ~ヒック、と、如月3曹は、こんなところで何をしているんだい?」

「糖分補給ですよ。私は頭脳派ですから」

「頭脳派ねぇ……」

 そう呟きつつ、大越3曹は会計を終えたドリンクを目の前で一気飲みしていますよ。

 それって酔っぱらう前に飲む奴ですよね、酔ってから飲んで効果があるのですか?

「そうですよ。私はお酒を飲む前に飲まないとならないドリンクを、酔っぱらって〆に飲むような肉体派ではありませんからね」

「へへ……ヒック。俺は飲みに出る前にさ、牛乳をこう、グッと一気に飲んでから行くんだよ。そうすれば、胃の中に牛乳の膜が張って、アルコールの吸収が穏やかになるっていうだろう? その時にもドリンクは飲んでいるし、今呑んだのは気休め程度……ってね。それじゃあ、頑張ってよ」

「はいはい……」

 はぁ、ようやく店から出ていきましたか。

 まったく、酒臭いったらありゃしませんよ。

 そもそもですよ、酒を飲む前に牛乳を飲んで胃の中をコートしたって、あれだけの量を飲めば……ん?

「先に牛乳? 胃の中をコート? はぁぁぁぁぁぁ、そうか、その手がありましたか、灯台下暗しですよ、これは盲点です」

 速攻で大量のチョコレートを籠の中に放り込み、お会計を済ませて自室までスーパーダッシュ。

 壁に貼ってある大量の術式を並べてから、そこに幾つかの『闘気経絡術式』を書き込んでいきます。

「そうですよ、胃の中に牛乳の膜ですよ!! 魔力ベースの結界の上に、闘気ベースの防護幕を展開するのですよ。ああ、これだと私の生命力を燃焼してしまうので、もう少し効率のいい術式があるはずです……これは、来ましたよぉぉぉぉ」

 うん、このミッションが成功したら大越3曹に何かを奢ってあげましょう。

 このまま徹夜で新型魔導術式を……と思ったら消灯時間なのでまずは寝ることにしましょうか。

 あと三日ですべての理論を完成させて、最終稼働実験を開始するとしましょう。


 〇 〇 〇 〇 〇


 ――二日後・習志野駐屯地、降下塔正面

 平時の第1空挺団は、ここで訓練を行っています。

 ちなみに本日は、この鉄塔を用いた降下訓練日です。

 本来ならば私も課業として参加する筈なのですが、現在の私の任務は軌道を逸れて地球から離れ行く国際宇宙ステーションの救助活動。

 ええ、つい先ほどですが、どうにか宇宙航行用飛行術式が完成しました。

 それをトラペスティの耳飾りに読み取って貰い、現在は最終チェックの真っ最中。

 まあ、簡単なデバック作業です、コンパイルです。

 そして目の前に並べてある、さまざまな形状の『魔法の箒』。

 長さ二メートルぐらいのお手軽なものから、最長六メートルの重厚感あふれるものまで合計九本。

「ふぅ。もうアイテムボックス内のレア素材がすっからかんになりそうですよ。少なくとも、魔法の箒を作る素材については枯渇しましたから、どこかの迷宮で素材集めをしたいところですよ」

 もしくは、自分で迷宮を作ってそこから回収するとか……って、そうですよ、如月迷宮で大量生産ですよ。手元に残っている素材をダンジョンコアに取り込んでもらい、迷宮内で複製して回収すればよいのですよ。

「……如月3曹、この大量の魔法の箒……と、それっぽいものは、なにかな?」

 私が最終調整を始めると聞いて、近藤陸将補をはじめ、習志野駐屯地の上官のみなさんも集まってきました。

 これはつまりあれですね、プレゼンですね?

「はい、全て魔法の箒の最新型です。まず試作一号機は従来の魔法の箒に魔導スラスターを追加搭載し、無重力下での姿勢制御に特化させました。試作二号機は、無重力化での対大型魔獣戦を想定……したつもりはないのですが、箒の両舷に大型魔導砲を搭載。試作三号機は一号機をさらにピーキーなスペックに仕上げてあります。これは魔導兵装モジュールに合体し、局地制圧戦対応可能な箒に仕上げています……」

 淡々と試作九号機まで説明しましたけれど、四号機から先は、とにかく航続距離と燃費に重点を置いたり、救難活動用のアイテムボックス搭載型にしてみたりと、人命救助に特化したものです。

 なかでも七号機は『対高エネルギー魔力放射線仕様』でして、闘気ジェネレーターの開発に成功したため、それを用いて単独で起動する『大型闘気フィールド発生装置』を積載していします。

 まあ、結果として試作一号機、三号機本体部分、八号機、九号機の四本以外は箒という形状をしていません。

 どっちかというと大型バイク? その車輪基部がなく、そこに大出力の魔導スラスターが搭載しています。ええ、このデザインはかつて、私が異世界アルムフレイアにいた際に、スティーブに泣きつかれて作った試作型フレームを流用しています。他の試作機のギミックもあっちで作った失敗作を、さらに煮詰めて仕上げた逸品です。

 二号機なんて左右にサイドカーのような基部が付いていて、そこに大型魔導砲が搭載されていますからね、結構カッコいいかも。

 なぜか、これらを眺めていた近藤陸将補を含め、他の士官の皆さんは頭を抱えていますが。

「如月3曹は、一体なにと戦う気なのか?」

「はぁ。魔導編隊の正式装備とでも説明して、一般公開してもいいレベルかと思いますけれど。兵器開発は、法的にもアウトなのですがねぇ」

「そもそも、これは誰が使える? 誰でも使える兵装ならばアウトだぞ? いや、君だけが使えたとしても十分にアウトなのだが」

 次々と届くご意見、実にありがとうございます。

「それについてですが。そもそも、この魔法の箒シリーズは『七織の魔導師』『私の魔力波長』『私の生体登録』の三つのセーフティがおこなわれています。つまり、私以外には使えませんし、起動に必要な魔力チェックは十五万と、勇者クラスのステータスでもなければ認識されませんので無理です」

 うん、そう説明すると皆さんわかってくれました。

 そもそも、これが兵器であるという証明はできませんよね、魔導兵装なので解析もできませんし試射も実験稼働も私以外は無理ですから。

 そういう部分も淡々と説明すると、ようやく近藤陸将補も理解してくれました。

「まあ、如月3曹以外の者が使えないのなら、それでよし。ちなみに敵の手に渡った場合は?」

「ハッ、魔族固有の魔力波長による稼働が試された場合、灰になって消えます」

「よろしい。では実験の後、至急、救助活動を開始するよう……と、それはなんだね?」

 ここで話が終わってもいいのですが、こんなに私に好き勝手させてくれた近藤陸将補には、せめてものワイロ……ではない、お礼をということで、アイテムボックスから魔法の箒と絨毯を一組ずつ取り出して、目の前に並べました。

「こちらは、魔導編隊用に製作した『2式魔法の箒』と『2式魔法の絨毯』です。闘気ベースで使用でき、さらにうちの魔導編隊闘気修練者の皆さんなら、誰でも使えるスペックです。稼働実験に必要な説明はこちらの取説に記してありますので、有働3佐もしくは一ノ瀬2曹あたりにお任せすればよろしいかと思います」

 ビシッと敬礼をしてから、近藤陸将補に取扱説明書を手渡します。

 すると近藤陸将補も敬礼を返してくれました。

「つまり、魔導師育成にはてこずっているが、アメリカ海兵隊に並ぶ闘気使いの育成は進んでいるというアピールだね?」

「はっ、その通りであります。では如月弥生3等陸曹、これより国際宇宙ステーションに残された搭乗クルー救出作戦を開始します」

 ――ザッ!!

 一斉に敬礼をする上官一同。

 そして近藤陸将補は取説片手に鉄塔へ向かいました。

 私は他の上官の皆さんの見守る中、敷地内での稼働実験を開始。

 夕方には全て実用に耐えうるという判断が付いたので、あとは先日JAXAから届けられた宇宙服についてのスペックをもとに完成した『魔導師用耐圧スーツ』を身に着けてフライト準備です。

「うん……このぴっちりとしたライダースーツのような耐圧スーツは、ちょっと恥ずかしいですねぇ」

 気圧の変化に対応するため、体のラインが出るか出ないかのぎりぎりを攻めています。ほら、兄貴のアニメコレクションにもこういうのがあったのですよ。汎用人型決戦兵器の搭乗者ライダーが身に着けていたスーツ。あのイメージがあったせいか、最後の仕上げの魔術式を発動した際、この形になってしまったのですよねぇ。

 まあ、実際の着替えなんてアイテムボックスの換装コマンドで一発ですから、楽勝なのですよ。

「では……こちら習志野駐屯地第1空挺団魔導編隊所属・如月3曹。コードネーム・空挺ハニーよりJAXAのコントロールセンターへダイレクト」

『ザッ……こちらJAXA・HIV運用管制室コントロールセンター。現在、NASAジョンソン宇宙センター内のミッションコントロールセンターとアクセス。これより国際宇宙ステーション・アメリカモジュールへの軌道計算を開始。至急、種子島宇宙センターへ移動をお願いします』

「了解です」

 ということで、私は一旦魔導装備に換装しなおして、種子島宇宙センターへと移動することになりました。


 ………

 ……

 …


 ――JAXA・種子島宇宙センター

 習志野駐屯地を出発して。

 私は無事に種子島宇宙センターに到着しました。

 すぐに受付で手続きを行った後、JAXA理事である三枝孝臣さんという方から今回のミッションについての詳細説明を受けることとなりました。

 現在のアメリカ側モジュール、ロシア側モジュールの座標位置、そこに至るまでの最短距離での打ち上げ、そののちの航路軌道など。

 魔導師故、魔法の箒でビューンと飛んでいけばいいと思っていたのですが、それだと航続距離でロスが大きくなるそうで。

 大気圏外へと飛ぶ魔法の箒の最大速度や加速度なども公開し、それらの数値をもとに適切な打ち上げ時刻や軌道計算も開始されました。

「はぁぁ、ロケットの打ち上げって、こんな感じになっているのですね」

「まあ、魔導師さんの魔法の箒と実際に打ち出されるロケットでは、安全性などにも大きく違いがありますので、同じように打ち上げを行うわけにはいきませんけれどね。でも、大体同じような手順を行うと思いますが……問題は、コントロールセンターとの通信です。なにか魔法で通信を行えるものはありませんか?」

 通信管制システムですね、ないことはありません。

 むしろ、こういう時のための術式があります。

「少々お待ちください。七織の魔導師が誓願します。我が手の前に七織の神殿を遣わせたまえ……我はその代償に、魔力二万五千を献上します。戦闘聖域サンクチュアリィ、展開」

 私の目の前に、三枚のコンソールが展開します。

「これは私が使う、魔術型戦闘コンソールです。では、ちょっと魔力波長を用いてコントロールセンターと接続します」

 通信回線に魔力で干渉。

 実は不可能ではなく、私も自衛隊の備品である『携帯無線機2号』と魔力接続を試したことがあります。それは見事に成功したのですが、電池で動くのならそれでいいやという結論に達したので、放置していた案件でした。

『……こちら種子島宇宙センター・コントロール。貴殿の承認コードを』

「陸上自衛隊第1空挺団魔導編隊所属・如月弥生3等陸曹・コードネーム『空挺ハニー』です」

『了解。今回のミッション用に、現行の回線の使用を許可します、いらっしゃいませ、空挺ハニー』

 よっし、戦闘聖域サンクチュアリィでの接続も確認しました。

 この光景を、三枝さんは呆然と見ていました。

「この魔術を小型化し、この耐圧スーツのヘルメット基部に投影します」

 ――シュンッ

 耐圧スーツと一緒に開発したヘルメット。

 半透明状で、顔の部分のバイザーは透明な結界術式によりカバーされています。

 ここにデータを投影するようにすればよいので、通信その他についてはクリアかと思いますが。

「はぁ……本当に、魔導師というのはとんでもないのですね。私たちが喉から手がでるようなものを、次々と開発できるとは……」

 お、おおう。

 そうですよね。この耐圧スーツもヘルメットも、科学の力ではまだ完成できない代物ですから。

 ということで予備に作って置いたうちの一着を、ヘルメットと一緒に三枝さんお渡しします。

「せめて、解析だけでも……ということでこちらは寄贈しますので」

「ありがとうございます。今後の宇宙科学の発展に、役立たせていただきます」

 うん、嬉しそうでなによりです。

 そして私は、発射場へと案内されました。

「ふぁぁぁぁ、いつもなら、ここにロケットが接続されているのですよね? すっごいなぁ」

「ははは。私どもからすれば、ロケットを用いないで宇宙に向かうことができる魔導師のほうがよっぽど凄いですよ。いずれ世界は、このようなロケット技術を用いることなく、宇宙にいけるようになるのですねぇ」

 ちょっとだけ寂しそうに、三枝理事が呟きましたが。

「そうかもしれません。ですが、それほど近い未来ではないかと思います。私が地球で魔法を広めたとしても、宇宙へ単独で行けるようになるにはさらに長い年月が必要となるでしょう。私たちのように魔法が使えるものが増えた場合、その魔導技術や術式は、より安全に、より快適に宇宙へと向かうための『ロケット開発分野』に役立つことになると思います」

 これは私の本心。

 地球は異世界アルムフレイアのように魔導科学が発展しているわけではないので、宇宙開発分野に魔法使いが食い込めたとしても、それは研究・開発的な部分。

 私のように魔導具を作成し、単独での宇宙航行ができるような未来は、ひょっとしたら訪れない可能性だってありますから。

「そういってくれると……嬉しいですね。さて、そろそろ軌道計算が終わる頃でしょうから、管制室に向かいましょう」

「はいっ!!

 その後は管制室で国際宇宙ステーションまでの軌道についての説明を受けます。

 万が一の聞き漏らしが無いように、トラペスティの耳飾りを装着して彼にも聞いて貰っています。

 そして最終発射時刻が告げられると、私は割り当てられた控室にて魔導具の最終調整を行います。

「……トラペスティさん、この作戦、上手くいくと思いますか?」

『まあ、軌道計算その他、全て問題はないですね。君が製作した魔導具についても、アイテムボックスの中を確認させてもらいましたが、私が想定しているよりも高性能な仕上がりになっています。流石は大賢者ルーラーの弟子という事はあります。ただ……』

「ええ。結局、国際宇宙ステーションを攻撃した謎のレーザー兵器については、何もわかりませんでした」

 そう、ここが最も重要。

 無事に搭乗クルーを救出できたとしても、国際宇宙ステーションを襲撃したものの正体がわからなければまた同じことが起こる可能性だってあるのですから。

『ああ。最後まで気を抜かないことです。私の方でも、周囲の警戒はしておきますので』

「よろしくお願いします。でも、戦闘時には」

『できるなら、私は外すように……その理由は分かっていますよね? 私の力を長い間、使い続けるのは体に悪いから。大賢者ルーラーも、そう告げていましたよね?』

「そうですね……」

 そのあとは、トラペスティさんは沈黙しています。

 ぎりぎりまで意識を鎮めているようです。

 さて、あとは本番を待つだけ。

 宇宙飛行士の皆さん、待っていてください、間もなく救出に向かいます。


 ………

 ……

 …


 発射三十分前には、私は発射装置の真ん中に立っていました。

 使用する魔法の箒は試作三号。魔導兵装モジュールを接続したタイプですが、今回は兵装部分を搭載していません。

 兵装格納庫部分には、すべて私が精製した『液化マナ』を充填したタンクが搭載されています。

 これとモジュール後方の大型魔導ブースターによる瞬間加速、そしてモジュール右前部に搭載した『闘気フィールド発生装置』から発生する魔導・闘気複合シールドによる高エネルギー魔力放射線反射能力を駆使して、最短最速で国際宇宙ステーションへ向かいます。

 そして空になった魔導兵装モジュールの中に搭乗クルーの皆さんを回収。

 ついでに浮遊しているモジュールはアイテムボックスに保管。同じことをロシア側モジュールでもおこなった後、大気圏に突入。

 そのまま真っすぐに種子島に着陸する……というのが、今回の計画です。

「如月弥生3曹、スタンバイオッケーです」

『了解。五分後にカウントダウン開始』

「了解です」

 ゆっくりと、試作三号魔法の箒の向きが変わります。

 魔法でフワッと持ち上げたのち、ゆっくりと機首部分を空に向けます。

 この姿勢って、本当に宇宙へと射出されるっていう感じで、ちょっと格好いいですよね……と、いけないいけない、雑念禁止。

『コントロールセンターより空挺ハニー。最終シークエンスを開始します……』

「了解。七織の魔導師が誓願します。我が手の前に七織の神殿を遣わせたまえ……我はその代償に、魔力二万五千を献上します。戦闘聖域サンクチュアリィ、展開っ……からの、縮小化っ」

 ――シュゥゥゥッ

 私の目の前に展開した戦闘聖域サンクチュアリィ

 それを縮小させたのち、ゴーグル状に変化してヘルメット上部に接続させます。

 ここにJAXAの管制室をリンクさせることで、細かい軌道計算その他が一目で分かるようになっています。

「最初は、私が魔法の箒と宇宙航行用飛行術式を完成させて、単独で宇宙へ向かえばいいと思ったのにねぇ……国際宇宙ステーションの位置が分からないと、そこに向かうための航路を少しでも間違えたら、それこそ宇宙で迷子になってしまう可能性だってあったからなぁ」

『まったくですね』

 さらに、謎の敵性存在とその監視という点でも、私が宇宙飛行にだけ意識を傾ける訳にはいかないのですから。

『最終シークエンス……カウントダウン開始』

「了解」

 いよいよカウントダウン。

 私も魔導兵装コンテナの液化マナタンクを魔導ブースターに接続、魔力弁を開いて魔導ブースターの発動準備。

『十……九……八……七……六……五……』

 ん、目の前のヘルメットにもカウントが透過して映し出されています。

『四……三……二……一……ゼロ』

「ゴーーーーーッ」

 魔導兵装の後方で、6基の魔導ブースターが一斉発動。

 ゆっくりと空へ向けて上昇し始めた直後、すべてのブースターが全力稼働。

 速度は一気に加速を開始、同時に闘気フィールド発生装置も発動。

「ここから……行きます、新型飛行術式展開……七織の魔導師が誓願します。我が全身と周囲に七織の魔力波を展開したまえ……我はその代償に、魔力二万五千を献上します……」

 ――ゴゥゥゥッ

 いつもの蜜蜂型ではない、より細く鋭角な魔導フィールドの展開。

 同時に魔導兵装モジュールから羽根が展開し、試作三号機全体を細く長い水滴型の結界で包み込みました。

 その姿、さながら『スズメバチ』の如く。

 もしもスティーブが今の私を見ていたら『空挺ハニーじゃなく、スペース・ハニーだな』って笑っていたでしょうね。

『ふむ……これはまた、予想の斜め上だな』

「はい、そうですね……この耐圧スーツが無かったら、きっと意識がぶっ飛んでいましたよ。ちなみに今の速度は……はぁ?」

 ゴーグルに表示されている速度は、時速四万三百二十キロ。つまり、マッハ三十を超えたあたり。

 あの、私が単独で飛行していた時の速度は、最高速でマッハ四。

 これは札幌駐屯地から習志野駐屯地へとスクランブルした時の速度です、10分でつきます。

 ですが、今の速度はその七・五倍ですよ。死にます、この新型魔法の箒と耐圧スーツが無ければ即死しています。

「マッハ三十って、人が死にますよ!!

『ロケットが発射されて、地球の重力を振り切る速度ですからねぇ。あ、この速度を第二宇宙速度というそうですよ』

「へぇ……役に立つ知識ですねぇ……ってそうじゃないですよ……」

 あ、周囲がだんだんと暗くなってきました。

 ええ、宇宙が見えて来たようです。

 高度はすでに三百キロを突破、国際宇宙ステーションの本来の軌道までまもなくです。

 そこで減速を開始しつつ、ヘルメット内の指定軌道に乗って漂流中のアメリカ側モジュールへと向かいます。

 うん、努めて順調。

 やがて遠目にモジュールが見えてくると、魔法の箒後部の魔導兵装をパージ&アイテムボックスに収納。ここで試作三号機本体のまま、モジュールに近づき接触、中の人の安否を……ってぅわぁ。

 追い越したぁぁぁぁ。

『急いで進路変更。なにをやっている!!

「りょ……姿勢制御用魔導スラスター展開……進路変更」

 うん、本当に宇宙って難しい。

 これが宇宙開発の専門家だったら、細かい推力計算とかいろいろと頭の中に叩き込んでいるのでしょうけれど、こっちは宇宙については全くの素人ですからね、私の矜持は『魔法でできることは魔法でする』です、詰め込み知識ではなく感性。

 そんなこんなで、どうにか緩く回転するモジュールに接触。

 モジュール外壁を這うように移動しつつ、窓の近くまで到着。

 中を覗き込むと、クルーの皆さんは椅子に座り、静かにしている様子です。

 あ、口は動いているので、話をしているようですし、アメリカのクルーの方と目が合ったので、軽く手を振ってあげましたら。

『*+ALD;jf bチケキクナイヨニナワテハタキと紐!!

 あ、絶叫してモジュールの奥に逃げましたよ。

 聞き取れないので翻訳もされませんか。

 そしてもう一人のアメリカ人も慌てて逃げていきましたが、日本人の方は手を振っています。

 窓に近づいてきましたので、にっこりと笑ってあげましょう。

 この戦闘聖域サンクチュアリィは通信チャンネルの変更はできないのですよ。ということで、念話を送って会話を試みることにしました。

『はろはろ、陸上自衛隊第1空挺団所属、如月弥生3等陸曹です。NASAに連絡を取ってくれますか?』

 そう念話を送ると、オーケーサインを出してくれました。

 まあ、念話程度しか使える会話の手段がないのですけれどね。

「さて、それじゃあ次のミッションですか……っと、七織の魔導師が誓願っ、力の楯フォースシールドっっっ」

 一瞬で巨大な魔法の盾を形成。

 その直後、何かが高速で盾に直撃すると、力の楯フォースシールドが一瞬で消滅しました。

 ええ、しっかりと見ましたよ、何もない空間から飛来して来たレーザー兵器を。

 それも、信じたくない威力です。

「……これって、破滅の閃光ルーンブラストですよね……それも超圧縮されたもの」

『そうですね、これはまさしく、天然の破滅の閃光ルーンブラストに間違いはないでしょう』

「はぁ? 魔法に天然とかあるのですか? 私が普段使っているものは天然ではなく養殖もの?」

『違います。破滅の閃光ルーンブラストの術式の根幹たる存在。魔竜の咆哮です……』

「魔竜……ってなんでしょうか? この宇宙空間で魔竜って聞きますと、竜の頭骸骨が変形するロボットを思い出すのですけれど……兄貴に『昔のアニメはいいぞ、まずはこれからだ』って徹夜で見せられた苦い記憶しかないのですが」

 そうトラペスティさんに問いかけますが。

 どうやら返答はないようで。

 その間にも、あちこちの空間に亀裂が走り、破滅の閃光ルーンブラストが飛んできます。

 ええ、いつも使っている防御魔術では一撃で破壊されてしまいますが、それはそれ。

 数多く出して対応するしかありません。

 ――ビシッ、バジッ、バジバジッ

 次々と宇宙空間に亀裂が走り、破滅の閃光ルーンブラストが飛んできます。

 そして亀裂同士が繋がり、やがて大きな亀裂になったとき。

 ――バリィィィィィィィィィィィィィィィィィン

 宇宙空間の一部が砕け、そこから全長二十メートルほどの竜が飛び出してきました。


 〇 〇 〇 〇 〇


 宇宙空間に亀裂が走り、そこを破壊して出てきたドラゴン。

 その姿は、今までに見たことが無い姿をしていています。

 蝙蝠のような形状の、巨大で分厚い翼。それが左右二対、計四枚も並んでいます。

 すらっとした胴体はびっしりと細かい鱗に覆われており、そこから細くしなやかそうな腕と、大地を踏みしめるというニュアンスが良く似合いそうな、ごつくて筋肉質な脚。

 頭部こそ西洋竜のような形状ですが、頭頂部横から後方へと伸びるすらっと長い角。

 そして、私が感じたことのない、強大な魔力。

 それはあのわんこ魔王・アンドレスの魔力をギュゥゥッと圧縮したもの、それが百倍濃度で体内に凝縮されている感じ。

「……ええっと、トラペスティさん、逃げていいですか?」

『逃がしてくれそうもないですけれど……ね。良かったですね、これは魔竜の分体の一つで、並列思考を独立させて動く、いわば本体から生まれた先兵のようなものですから』

「そ、そんなものが、どうして異空間から出現するのですか、なんですか魔界って、ついに地球に、私たちの世界に異世界が侵攻を開始したのですか?」

 耳元で輝くトラペスティさんに問いかけますが、彼もどうしてこの状態になったのか、見当がついていないようです。

『そんなことは、私にもわかりませんねぇ。直接訊いてみては、いかがでしょうか?』

「直接ですか……ま、まあ、そうですね」

 恐る恐る魔竜の方を見てみますと。

 翼を大きく展開し、宙に浮くような感じでこちらをじっと眺めています。

 これって、話が通用する相手ですか?

 もしそうだとしたら、試してみる価値はありますよね。

「あの、私の声が聞こえますか……って、宇宙だから声は届かないのか」

『思念は感じる。この世界でも、念話を使えるものがおるとは驚きだな。さて、貴様は何者だ? あの野良犬の手下か何かか?』

「野良犬といいますと?」

 うん嫌な予感しか出てきません。

 というか、ビンゴですよねぇ。

『我らの世界に、我が主の居城に汚らわしい門を開いただけでなく、魔素を勝手に奪い去っていった愚かな野良犬に決まっておろう。あまりにもか弱く矮小なる存在……魔王とか呼ばれていたが、あの程度の魔力では先兵どころか馬屋番にすらなれぬぞ』

「あ~、その野良犬って、恐らく私たちの世界に侵攻して来た魔王ですね。馬鹿が本当に馬鹿な真似をして、申し訳ありません」

 なんで私が謝らないとならないのかと思うけれど、ここは謝った方が得策のように思えてきました。

 すると、目の前の魔竜も顎に手を当てて、何かを考えているようです。

『いや、君が謝る必要はない。あ奴が勝手に魔界へ進攻しようとしたのだからな。まあ、今の君の言い分から察するに、魔王とやらは何かを計画し異界門を開いた。その結果、偶発的に我が主の居城に繋がったため、守護竜……まあ、この私の本体部分が激昂し攻撃をしたのだろう。次々と破滅の閃光ルーンブラストを放ったものの、全て異空間へと吸収されてしまった』

 ふむふむ。

『その際に、我が本体は分体である我を生み出し、愚かなるものとその世界を滅ぼせと、我を送り出した。だが、我が破滅の閃光ルーンブラストを唱えようとした瞬間に、見たこともないアンデッドが我を異空間へと封じた……』

「見たこともないアンデッドが……異空間に封じたですって……」

 ああっ、あのリッチロード、生きていたのですか。

 まさか確殺の刃シュアーキリングを受けて生きているはずがないのですが……。

 ってよく考えたら、あの時のリビングテイラーって下半身だけ転移していましたよね、あの骸骨ジジィ、上半身を囮にして逃げましたね、魔人核を複製して逃がしましたね。

『そこで我は、異空間から出るために時空壁に向かって破壊の閃光を放ち続けた。そしてようやく破壊できたので、外に出てくることができたというわけだ』

「そうだったのですか」

 うん、つまり国際宇宙ステーションの事故は、こいつのせいです。

 正確には、こいつの本体が放った破滅の閃光ルーンブラストを、わんこ魔王が異空間へと逃がした結果、それが外に飛び出して国際宇宙ステーションを破壊したと。

 はぁ。

 ろくなものではないですねぇ。

『では、そろそろいいかな?』

「え、なにがですか?」

 そう私が呟いた瞬間、目の前の魔竜が大きく顎を開きます。

 ええ、どうやら話し合いはこれで終わり、ここからは戦闘だ……っていう感じですか。

 ――ドッゴォォォォォォォォォォォォォッ

 大きく開かれた顎から放出される破滅の閃光ルーンブラスト

 それをよけるのは容易いですか、後ろにはアメリカ側モジュールが浮かんでいます。

「七織の魔導師が、破滅の閃光ルーンブラストっ」

 ――キン、ドッゴォォォォッ 

 二つの破滅の閃光ルーンブラストが正面から激突、そして相殺しました。

『ククッ……グハハハハッ……これを相殺するとは』

「いきなり攻撃してくるとは、穏やかではありませんね!!

『まあ、我が本体の命令だからな。愚かなるものと、その世界を滅ぼせと……だから、破壊させてもらう』

「まあ、そういうことなら、こちらとしても戦うだけですけれど」

 状況的には最悪。

 この宇宙空間での戦闘なんて、私はやったこともありません。

 それに加えて、先ほどの破滅の閃光ルーンブラストの威力を考えますと。

 私は一発でも、魔竜の攻撃を受けた時点で死亡確定です。

 かすり傷だって許されませんよ、そもそもこの耐圧スーツは戦闘用ではないのですから。

『うむ、よろしい。では殺し合うとするか』

「話しあいで済めばよかったのですけれど」

『本体の命令が、話し合いで解決だったなら、そうしていた。では、参るぞ』

 ――シュンッ……ガギィィィッ

 高速で飛んでくる魔竜が、鋭い爪で私を切り裂こうとしました。

 ですが、機動力についてはこちらが上のようで。

 でも、攻撃力はあっちが上……ということは、これしかありませんか。

「試作三号機を、試作四号機に換装っ」

 ――シュンッ

 一瞬で魔法の箒・試作三号機を四号機に換装。

 速度はホーネットモードで維持できるので、ここからは反撃タイムです。

『むう、面白い。実に面白い。貴様という個体は、装備を交換することでさまざまな戦術を展開できるのだな』

「そんな感じですねぇ。七織の魔導師が誓願します。我が前に三織の雷竜を遣わせたまえ……我はその代償に、魔力六千五百五十を献上します……紫電撃竜ライトニングドレイクっっっっ」

 私の周囲に六つの雷雲を形成。

 そしてそこから六本の稲妻を発します。

『ほほう、なかなかに面白い……が無駄だな』

 私の放った稲妻を全て躱しましたが、この術式の本当の凄さはここからですよ。

「続いて、七織の魔導師が雷撃の制御サンダーコントロールっ!」

 まさか躱した雷撃が追尾してくるとは予想していなかったのでしょう。

 私の意志で自在に動く雷撃竜に、魔竜も必死に躱し続けようとしますが。

 ――ドゴッゴガッ

 いくつかの雷撃竜が魔竜に食らいつきます。

 その瞬間、魔竜の傷口から霧のような物質が噴き出しました。

『ああ、ようやく解析ができた。如月くん、とにかく魔竜に攻撃を続けさせたまえ。彼奴は、こちらの世界では長時間時肉体を維持できない。ただ存在しているだけでも、莫大な魔力を消費するようだね』

「それってつまり、今の攻撃で噴き出した霧も、魔力の集合体ということですか?」

『ああ。つまり持久戦に持ち込めば、必ず勝つ。ただし、魔竜もそれには気が付いているようだから、気を付けたまえ……失った魔力を補充する方法、君なら理解できるよね?』

 トラペスティさんの言葉に、私はコクリと頷きます。

 体内から溢れたのなら、外から補充すればいい。

 ですが、体から噴き出した霧状の魔力は再吸収することはできないようです。

『……小癪な』

「そうですね、小癪な手段を取らせてもらっています。こちらとしても、貴方に暴れられても困りますので」

 ニイッと笑って見せるのが精いっぱい。

 そして魔竜もまた、口元を釣りあげて笑い始めました。

『面白い、実に面白いぞ小娘。そうだ、貴様を喰らえば我はこの場を生きながらえることができる。そうすれば星に住む命全てを奪って消滅すればいい。任務さえ果たせば、我はどうなっても構わないからな……』

「そして私は、貴方の攻撃を喰らわずに、貴方を消耗させるだけ……いいですね、こういうのって好きですよ!!

 ――ブゥン

 アイテムボックスから杖を取り出します。

 この宇宙空間では、思う存分に振り回すことができそうですからね。

「トラペスティさん、全力でいきますので力を貸してください」

『はいはい、それでは思う存分に、どうぞ……と』

 すかさず魔竜から距離を取ります。

 そして杖を構えると、静かに詠唱を開始しました。

「七織の魔導師が誓願します。我が杖に、死の影を遣わせたまえ……我はその代償に、魔力四万五千を献上します」

 ――ボフゥッ

 左手の杖の先に、鋭利な刃が生み出されます。

 この空挺ハニー最大の必殺技、確殺の刃シュアーキリングを発動しました。

「さらにもう一つ、魔導砲、スタンバイ!」

 私の叫びと同時に、試作四号の左右に搭載されている巨大な砲身が音を上げて魔力の充填を開始します。

 これが試作四号機に搭載されている『局地戦闘用大型魔導砲・ナイトメア』です、存在そのものが悪夢といっていい巨大兵器です。

 この魔導砲は独立稼働する魔導ジェネレーターによりエネルギーが充填されます。

 魔竜への攻撃は、ナイトメアと確殺の刃シュアーキリング、この二つの波状攻撃で行くしかありません。

 確殺の刃シュアーキリングの刀身も、今回はいつもの倍、さらに倍の八m級と遠慮なんてしませんよ。

 それを小脇に抱え、刀身は私の右後方にくるように構えると、超高速で魔竜へと接近します。

『ははは……はははっ……そうか、小娘、貴様も【理外の理】の存在か。楽しいぞ、楽しいぞぅぅぅぅぅ』

 高らかに笑いつつ、魔竜が口から焔を吐きます。

 それを全て確殺の刃シュアーキリングで受け止め、さらに焔のエネルギーも確殺の刃シュアーキリングに上乗せです。

 いえ、それだけではありません。

 ――キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンッ

 確殺の刃シュアーキリングが共鳴を始めると、魔竜の姿がゆっくりと縮小していくではないですか。

「こ、これっていったい、何が起きているのですか!!

確殺の刃シュアーキリングと、あの魔竜の体内核が共鳴反応をしているっていうことですね。つまり、あ奴の核部分に蓄積されている力、それは確殺の刃シュアーキリングと同等のもの』

破滅の閃光ルーンブラストといい、確殺の刃シュアーキリングといい、何処まで魔竜は力を隠しているのですか!!

 素早く魔竜の右側面へと飛んでいくと、その場から一気に確殺の刃シュアーキリングを振り抜きます。

 その一撃を受け止めてはならないと、魔竜もまた右手を伸ばして確殺の刃シュアーキリングを握りしめました!

「嘘でしょ、触れたらはじけるのですよっ」

『同等の力を、右手より放出すれば受け止めることなど容易いわ……ああ、これも主の力、そうか、貴様はそういうことなのだな?』

「ええい、何をいっているのかわかりませんよっ、とっとと消滅してくださいっ……」

 ――バッギィィィィィッ

 私が叫んだ瞬間。

 嘘でしょ、確殺の刃が砕かれましたよっ。

「ば、馬鹿な……」

『いや、なかなか強い技であった……が、その程度だ』

 魔竜は自らの右腕と引き換えに、確殺の刃を破壊しました。

 ですが、それならそれでこちらにも考えがあります。

限界突破オーバーリミットぉぉぉぉぉっ……右舷ナイトメアの魔力を再構築……七織の魔導師が誓願します。我が杖に、死の影を遣わせたまえ……我はその代償に、ナイトメアの魔力五万五千を献上します」

 ――ブゥゥゥゥゥゥンン

 右舷ナイトメアが音もなく砕け散り、そこに蓄えられていた魔力により確殺の刃シュアーキリングが再構築されました。

 さらに左舷ナイトメアにチャージしている魔力エネルギーも、全て確殺の刃シュアーキリングに展開しますよ。

 これで駄目なら私の負け。

 ヒーローのように、限界まで肉体を酷使したときしか使えないような必殺技なんて持ち合わせていません。それに、今、そんなことをしたら大変なことになってしまいますよ。

 ――ボロッ……ボロボロッ……

 確殺の刃シュアーキリングがさらに巨大化し、渾身の一撃を振るいました。

「これで終わってくださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

『無駄なことを……』

 そう呟きつつ、魔竜が残っている左腕で確殺の刃をガシッと握りましたが。

 ――ドジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ

 握りしめた魔竜の左手が音を立てて崩れていきます。

 ええ、地上でなら音を立てているのでしょう、きっと。

 そして左腕が霧のように散っていくと、さらに腹部、腰、そして脚へと消滅を始めました。

『おお……おお……これは凄いなぁ。此度は我の敗北を認めようぞ……』

「此度は……って、余計なフラグを立てないでください……」

『では、また会うときは主が全力でお相手するであろうな……その顔、その魔力、我が瞳を通じて主に届けたゆえ……では、このまま消えるのも癪なので……な』

 ――シュンッ

 そう魔竜が呟いた瞬間。

 負荷がかかり過ぎた左舷大型魔導砲が爆発。

 私はその衝撃で宇宙空間へと放り出されました。

「あ……試作一号機……を……駄目、目の前が歪み始めた……」

 ええ、急いで試作一号機をアイテムボックスから取り出さないと。

 確殺の刃で魔力を使い過ぎた?

 違う、二連続で発動したから私の体内の魔力回路が切れたのか……も……。

 駄目、意識が持たない……。


 ………

 ……

 …


 ――アメリカ側モジュール・実験棟きぼう

「……ん、んん……」

 あれ、ここはどこでしょうか。

 ひょっとして私、意識を失っていましたか?

 うん、いったい私に何が起こったのでしょうか。

 そう思ってゆっくりと周囲を見渡しますと、どうやらベッドのような場所に固定されているようです。ええ、ベルトか何かで固定されていて、プカプカと浮かばないようにされているのですね。

 つまり、ここはアメリカ側モジュールの中ですね。

 それに、私に気が付いたのか、近くにいたらしい人たちが集まってきました。

「おお、気が付いたぞ、どうやら怪我もないようだ」

『よかった。君は七織の魔導師ヤヨイ・キサラギだね? いきなり君の身体がきぼうの中に現れた時は、どうしてよいのか分からなかったのだよ』

『聞こえているよな? NASAからの指示で、とりあえず君を寝かせておくように言われていてね。気分はどうだい?』

 はふぇ?

 きぼうの中に現れた?

 うん、今一つ、事情が呑み込めていません。

 ここが日本の実験棟きぼうの中だということは分かりましたけれど、私はどうやってここに来たのでしょうか。

(トラペスティさん、何が起きたのか分かりますか?)

『ああ、ようやく意識が戻ったか。君は、あの魔竜に最後の一撃を放った後、大型魔導砲の爆発によって吹き飛ばされたんだよ。だから緊急措置として、君をこの場所に転移させてもらった。幸いなことに命は無事だ、君の身体の怪我を癒すために、私の力の片鱗を使ったのだから感謝したまえ』

「ああ、そういうことで……ありがとうございます」

 そう呟きつつ立ち上がりますが、すでに耐圧スーツはボロボロ状態、ここまで壊れてしまうと修復は不可能ですよ。私、この状態でよく生きていましたね。

 ということで、予備の耐圧スーツに換装しなおすと、体の各部位に違和感がないか確認です。

「んんん……けがはない、体も動くけれど、ミシミシと筋肉痛のような状態になっていますか。魔力回路は修復されていますけれど……これは、暫くは無理できそうもありませんねぇ、ありがとうございます。おかげで助かりました」

『いや、それを言うのならこちらの方だよ。あの化け物からモジュールを守ってくれたのだからね』

『そういうことですよ。NASAのコントロールセンターでも、二人の勇者が君の安否を気遣っていましたから。それで、このあとはどうするのですか?』

 さて、ミッションを再開したいところですけれど。

 今の私の体内残存魔力では、このモジュールを引っ張ってロシアモジュールまで移動することは不可能。

 そもそも、魔法の箒・試作四号機は粉砕されてしまったらしく、宇宙の藻屑……スペースデブリのお仲間となったらしいです。

 他の試作機で牽引することはできますけれど、結界を形成する魔力すら残っていませんよ。

 せめて、それだけでも回復しておかなくてはなりませんよねぇ。

「私の魔力が回復次第、もう一度外に出てモジュールを牽引します……まあ、そのあとはロシア側モジュールと一緒に元の軌道まで移動し、あとは民間宇宙開発企業の救出を待つというのはいかがでしょうか?」

『ああ、そうか、まだ君の所には報告が届いていなかったのか』

 ん、何か嫌な予感がしますよ。

「残念なことに、民間宇宙開発企業『GalaxyX』からは救出用の宇宙船を発射することができないらしい。指定座標宙域には、国際宇宙ステーションの残骸が多く、安全を確認できないらしいということでね」

『それで、別の座標を割り出して欲しいところだけれど、それには時間がかかるらしい。また、救難用宇宙船とモジュールを繋ぐためには、ロボットアームとレーザーセンサを使わなくてはならないのだが、どちらも故障して使い物にならないのだ』

「はぁ、なるほど。ということは、こちらで用意した緊急オペレーションを使うしかありませんか」

 つまり、試作三号機の魔導兵装、その中に搭乗クルーを移動させたのちモジュールはアイテムボックスに収納。そのままロシアモジュールでも同じことを繰り返してから、私は魔導兵装とドッキングしたのち、大気圏突入です。

 という事を淡々と説明しますと、なんどか頷いたのち。

『では、NASAのコントロールセンターにそのことを説明する。そのうえで、適切な作戦として処理可能かどうか検討してもらうことにするが、それでかまいませんね』

「はい、それでお願いします。確か、コントロールセンターには二人の勇者がいるって話をしていましたよね、二人には私が無事だということも説明して……んんん?」

 ちょっと待ってください。

 NASAのコントロールセンターにいる二人の勇者って、誰でしょうか?

「ちょっと待ってください。コントロールセンターには、誰がいるのですか? 先ほど、二人の勇者って話をしていましたよね?」

『アメリカ海兵隊のスティーブ・ギャレットと、日本の異邦人機関所属のヨハンナ・イオニスという二人だが』

「んんん、スティーブがいるのですね? ちょっと通信を代わってもらってよろしいでしょうか?」

『ちょっと待ってくれ』

 そのまま一〇分ほどたったのち、コントロールセンターで私たちを見守っていたスティーブと回線が繋がりました。

『よぉ、スペース・ハニーって呼んでいいか?』

「うっさい。それよりも真面目な話だけどいい?」

『わかった、何かおきたんだな?』

 とりあえず、魔竜との戦いについてはあとで説明するという事で割愛し、今現在の、このモジュールの全てを回収し搭乗クルー全員を帰還させるための最適解について説明しました。

 ええ、これはスティーブがいなくては成立しない作戦です。

 同時に、NASAには私たちの乗っているモジュールとNASAのコントロールセンターのあるケネディ宇宙センターが最も近づく時間を計算してもらいます。

「……ということで、スティーブは急いで宇宙服を借りてきて、それを着こんで待機していて。ヨハンナは、私たちが戻ったあとに搭乗クルーの体調管理をお願い」

『わかった、それじゃあ宇宙服のある場所まで案内してくれ』

『私のほうは、いつでも準備ができています。弥生ちゃんとクルーの皆さんに、創造神の加護がありますように』

「うん、ありがとうね」

 さて、やることは決まったので、あとはNASAとスティーブの連絡待ち。

 そうしてしばらく待つこと三十五分後、ようやく軌道計算とスティーブの準備ができたようです。

『コントロールセンターのオペレーターからの報告では、あと二時間二十八分後にケネディ宇宙センターとモジュールが最接近する』

「了解。ということで、その時間までに宇宙服の使い方はマスターしてね。そんじゃまたあとで」

 電源を節約するため、通信は手早く。

 そして作戦時間まで、私もこの中でのんびりとすることにしました。

 ええ、ここは国際宇宙ステーションの中なのですよ、それも宇宙ですよ。

 ついさっきまで外をビュンビュンと飛んでいたことについては放っておいてください、この中に、民間人として乗っていること、これが大切なのです。

 ちなみに記念撮影を求めたところ、機密の塊のような実験棟ではなく生活区画に移動して、そこで全員と記念撮影。

 随分と楽しそうだなぁと思われるかと思いますが、最接近のタイミングまでやることが無いのですよ。


 ………

 ……

 …


 ――二時間二十五分後

 残り三分。

 ええ、このタイミングは非常にシビアです。

 だって、一秒でもタイミングを間違えると、いきなり七・六キロメートルも座標がずれるのですから。

「カウントダウン開始です……」

 静かにカウントが進む中、私もタイミングを合わせて詠唱を開始。

「七織の魔導師が誓願します。我が魔法の瞳に七織の奇跡を与えたまえ……我はその代償に、魔力五万五千を献上します。仲間召喚フレンドリィ・コールっ」

 地球に戻って来てから、使うのは二度目。

 前回はイギリスのロンドンとサウスカロライナ州との距離、約六千キロメートルの召喚でしたけれど、今回は多分、千キロメートルも離れていません。

 地球から宇宙、邪魔するものもなにもないのです。

 そして私の術式が発動しますと、目の前に金色に輝く魔法陣が出現。

 その中に、宇宙服に身を包んだスティーブが方を現わしました。

『うん、何だか知らんが、途中でなにかに引っかかったような感触があったんだけれど』

「あ、それってオゾン層だね。あれって魔法にも干渉するからさ。ということで、作戦については説明した通りだから」

『了解。ということでヤヨイは少し休んでいて構わないからな。魔力の使い過ぎだろ?』

「てへへ、バレていましたか」

 魔竜との戦闘が終わってから、実は半日ほど意識が無かったそうです。

 その間にもある程度は回復しているのですが、なにせ確殺の刃シュアーキリングを全力で二回もぶん回していたのですから、回復力にもペナルティが付加されているそうで。

 まあ、宇宙飛行術式が稼働する分はありますけれど、万が一のために休むことにしました。

 作戦は、スティーブにアメリカ側のモジュールを搭乗クルーごとアイテムボックスに格納してもらい、同じことをロシアでも実行。

 そのあとはスティーブだけをNASAに送還したのち、私は単独で大気圏に突入し、日本へ帰還するという流れです。

 最初に計画していたいくつかの一つですね。緊急時用だったのですけれど、これしか手が残っていないので使うことにしたのですよ。

 そのまま軽く仮眠を取りまして。

 目が覚めたのは四時間後、現在は私が目を覚ますのを待っていたそうです。

「うーん、よし、元気一杯魔力半分。それじゃあ、いきますか」

『了解だ……って、どこから外に出られる?』

「それなら、きぼうの船内実験室にエアロックがあります。そこから外に出るのがよろしいかと」

「だってさ、それじゃあ行きましょうか」

 耐圧スーツにヘルメットを接続。

 そののち空気を生み出す術式を発動してから、私とスティーブはエアロックの外、宇宙へ出ました。

『ふぉぉぉぉお、これが宇宙か……』

『うん、私も最初はそう思ったよ。でも、あんな化け物と戦わされたら、感動も何もすべて消えてしまいましたよ』

『その報告については、あとで聞かせてもらえるのだろう?』

『ミッション終了後にね』

 宇宙空間では音は響かないので、全て念話での会話です。

 さて、まずは第一ミッション。

『スティーブ、やっちゃってくださいよ』

『よっしゃ、アイテムボックス……あのモジュールのすべてを収納する。内部環境は地球のニューヨークに設定、重力はゼロで……収納っ』

 スティーブが叫んだ瞬間、目の前のモジュールが消えます。

 ええ、全て纏めて、彼のアイテムボックスの中に納まっています。

 私も一度、面白半分で入れて貰ったことがあるのですが、内部空間は個別に設定できるので大変便利でしたよ。私は花畑の真ん中に放置されていましたけれどね。

『おお、さすがですねぇ』

『ほら、とっとと次の場所にいくぞ。魔法の箒でも使うのか?』

『まあ、そんなところかな?』

 アイテムボックスから、試作一号機と七号機を引っ張り出したのち、七号機のマスター権限をスティーブに書き換えます。

『……なあ、これもらって帰っていいか?』

『ああ、七号機はオートバイ型だからねぇ。好きに持っていっていいよ』

『よし。それじゃあいきますか……ロシアモジュールは、どこにあるんだ?』

『ちょっと待って、JAXAに聞いてみるから』

 再び戦闘聖域サンクチュアリィを発動して変形縮小したのち、ヘルメットに装着。

 それを通じてJAXAからモジュールの位置についてのおおよその場所を指示してもらいます。

 いゃあ、このゴーグルって、本当に便利ですよねぇ。使っている間はずっと、魔力が削られていきますけれどね。

『あっちだね……ついてきて』

『ああ、了解……ってうわぁぁぁぁ、まともに扱えないぞ』

『そこはオートバイと同じ感覚で頑張って。ちゃんとハンドルもついてるでしょう? 宇宙飛行用術式を組んでいるので、あとは体感で慣れろ』

『はぁ……楽しい宇宙遊泳だと思ったんだけどなぁ』

 そんなスティーブの愚痴を聞きつつ、二時間後にはロシア側モジュールとの接触に成功。

 アメリカ側モジュールのときと同じようにスティーブのアイテムボックスに収納して、これで彼の任務は完了です。

『うーむ。あと一時間ぐらい、飛んで回りたいんだけれど』

『それじゃあさ、国際宇宙ステーションのあった場所まで移動して、そこに浮かんでいる残骸を回収してよ。きっと使えるものがあると思うからさ』

『それでも構わないぜ』

 ということで、国際宇宙ステーションがあった居場所……と、正確には国際宇宙ステーションは動いているので、同一座標で残骸の浮かんでいる宙域へ向かうと、あとは一気に残骸回収です。

 使えるものは殆どないと思いますけれど、念のためということで。

 それに、破壊されたモジュールなどもあちこちに浮かんでいますから、それが大気圏に落ちたりしたら大変ですからね。

『……ふう、これでだいたいは片付いた』

『了解。それじゃあ、帰りますか!!

『ああ、頼むわ。それじゃあ、詳しい報告を待っているからな』

 うん、ちょうど三十五分後には、現在位置とフロリダの距離が最短距離で一直線。

 私たちはどれだけ、ここで残骸拾いをしていたのでしょうか。

『分かっていますって。ヨハンナさんにもよろしく伝えてね……七織の魔導師が誓願します。我が魔法の瞳に七織の奇跡を与えたまえ……我はその代償に、魔力一万二千五百を献上します。仲間召喚フレンドリィ・コール、送還魔法陣の起動を要請っ』

 ――シュウウウウ

 宇宙空間の、スティーブの乗っている魔法陣の真下に魔法陣が展開します。

 それは金色に輝くと、スティーブをゆっくりと呑みこんだのち、消滅しました。

「さて。それじゃあ、私も帰りますか……」

 魔法の箒・試作三号機に換装したのち、魔導兵装を接続。

 あとはゆっくりと大気圏へ降下を開始します。

 ほら、特に座標を調べなくても、魔法の箒は単独で飛行可能なのである程度の高度まで降下したら後は飛んで帰るだけですからね。

 それでも大気圏突入って、兄貴の持っているDVDで嫌っていうほど見させられたので、ちょっと怖いのですよ。古いゲームでも、大気圏突入に失敗して突っ込んで爆発するやつも見せられましたからね。

「魔導兵装、冷却術式を発動して……あと、突入角度の微調整も……トラペスティさん、あと少しだけ手を貸してくださいね」

『ん、分かった』

「ずっと沈黙していたのは、魔力の消耗を押さえるためでしたか?」

『いや? 君が討伐した魔竜の核を取り込んでいてね。それの解析をずっとしていたのですよ』

「ああ、なるほど……って、え、魔石、あったの?」

『純魔結晶体というやつがありましたね。今回の報酬としてありがたく融合させていただいたので、安心してください』

 うっそでしょ?

 そんなものがあったなんて、聞いていませんよ。

「せめて、解析データだけでもくださいね、約束ですからね」

『……善処しよう。そろそろオゾン層です、衝撃波に備えてください』

「はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

 ――ドッゴォォォォォォォォォォォォォッ

 あ、あのですね。

 ロケットの打ち上げとかでは、オゾン層なんてぶつかる対象ではないのですよ。

 どうして魔導具はぶつかるのですか、それも上から降下するときに限って。

 そのあたり、ちょっと調べさせてもらいたいところですよ。

 そんなこんなで熱圏に突入。オーロラを眺めつつ中間圏へ、そして成層圏まで一気に降下します。

 あとは姿勢制御を行ったのち、魔導兵装をパージしてアイテムボックスへ格納。

 ほら、眼下には海が広がっていますよ。

「……こちら第1空挺団魔導編隊所属、コードネーム・空挺ハニー」

『こちらJAXAコントロールセンター。空挺ハニーの現在位置を確認、北緯二十六度四十三、東経百三十六度三十七。種子島まで戻られますか?』

「んんん……はい、現在位置を確認しました。種子島宇宙ステーションまで戻ります」

『了解、良い旅を』

 よっし、現在地点は兄島から西南西へ三百八十キロぐらいの場所ですね、ゴーグルで確認できましたよ。

 ということで、これでトラペスティさんともしばしのお別れです、アイテムボックスに収納しておきます。

「ふぅ……疲れたぁ……」

 何はともあれ、これで国際宇宙ステーションからの救出任務は完了。

 あとは種子島宇宙センターで報告を行った後、習志野駐屯地へ帰還しますかぁ。


 〇 〇 〇 〇 〇


 ――習志野駐屯地

 種子島宇宙センターに到着したのち。

 私はそのまま習志野駐屯地へと戻り報告を行おうと考えていたのですが、残念なことにそのまま強制入院となりまして。

 ええ、実はですね、国際宇宙ステーションでミッションを行った搭乗クルーには、地球帰還後は原則として四十五日間のリハビリテーションが義務づけられているそうです。

 これは宇宙飛行前の状態に体を戻すためだそうで、医療機関に入院して精密検査を受けなくてはなりません。

 ちなみに私も例外ではなく、短期間ですが強制入院のち身体能力の検査などが行われまして。

 実際に習志野駐屯地へと戻ることができたのは、地球に帰還してから十日後。

 今日、ようやく解放されましたよ。

「……ということで、これにて報告は終了します。また、異世界から侵入して来た魔竜討伐の際に、私自身も意識を失い、緊急時に発動する魔術によりモジュールに転移したため、魔石があったかどうかも確認できなかったと報告します」

 入院中に作製した報告書を提出後、淡々と近藤陸将補に報告をおこないました。

 うん、電話での簡単な報告は行っていたので、その詳細版というかんじです。

 それは近藤陸将補も理解しているようで、うんうんと頷いて聞いています。

「任務、ご苦労。三日間の休暇の後、通常任務に戻るように」

「ハッ!!

 敬礼の後、部屋から出ようとしたのですが、その前にもう一度、近藤陸将補から声を掛けられました。

「ああ、2式魔法の箒と2式魔法の絨毯だが、第1空挺団魔導編隊に正式配備することが決定した。まずは試作したものを配備したのち、如月3曹が可能ならば、数を増やしたいところだが、どうかね?」

「残念ですが、今回の作戦において魔法の箒を大量に生産したため、追加で製作する材料が不足しています。また、それら素材を補充するために『如月迷宮』を『魔導具素材回収用』として許可して頂ければ、追加での生産は可能ですと意見具申します」

 うん、まさか堂々とこの件について具申できるとは思いませんでした。

「検討しておく。まあ、まずは体を休めなさい。病院での検査とリハビリで、満足に休めてはいないのだろう?」

「いえ、それなりには休めていますので。では、失礼します」

 これで国際宇宙ステーションの救助活動は完了。

 ようやく休みに突入できましたよ……って、三日間の休みといっても、ミッションで潰れた一日と、帰還後のリハビリミッションで潰れた二日分が振替で来ただけですよね。

「うん、まあ、それでもいいかぁ」

 ということで、北海道へと帰還です。

 さあ、これで平和な日々が帰ってきましたよぉ。

 碌なことをしないわんこ魔王の処分については、次に出会ったら滅するということで。


 ………

 ……

 …


 ――休暇・二日目

 うん、昨日は家の引っ越し作業に付き合わされたので、一日潰されましたが何か。

 まあ、私が家の荷物に片っ端から触れてアイテムボックスに納めたのち、新居で指定の場所に出しただけですけれどね。

 わずか一日で全ての引っ越しが終わったどころか、普通に生活できる環境まで戻しましたよ。

 将来的には、引っ越し屋とか運送業を始めても良いかもしれませんね。魔法の箒に乗って、どこにでもスーイスイッ……って、これは駄目、クレームが届く案件です。

 ということで、昨日は実家のことで忙しかったため、今日はのんびりと朝から買い物にでも出かけようと思っていたのですが。

「……はぁ?」

 朝食を摂りつつ眺めていた朝一番のニュース。

 そこでは、NASAが新たに計画した国際宇宙ステーション・ブログラムについての公式会見が行われていました。

 今回の計画は、失われてしまった国際宇宙ステーションの再建計画から始まり、新たな打ち上げ手段などについての説明が淡々と行われています。

 それにしても、この新たな計画ってかなり無茶をしているとしか言えないのですけれど。

 新たな国際宇宙ステーションは地球上ですべてのモジュールを組み立てたのち、勇者スティーブ・ギャレットのアイテムボックスに保管。そののちスペース・ドラゴンにより目標の軌道上へスティーブを移送したのち、指定座標へ国際宇宙ステーションを放出。スティーブと共に搭乗していたクルーたちが国際宇宙ステーションに乗り込んで最終的な軌道修正を行い、実用化にまで持っていくというものでした。

 まさに勇者ありきの、アメリカならではの計画ですねぇ。

「はぁ……やっぱりそうなりますよねぇ。今回の救助ミッションの逆をやれば、いつでもどこにでも、巨大な構造物を宇宙まで運べるのですから」

 そう思ってコーヒーのお代わりを作っていると、ちょうど記者会見が始まったらしくションボリしているスティーブが映し出されました。

 そしてミッション責任者たちが計画の説明を行っている間、スティーブはボソボソと口を動かしていましたが。

『助けて、ヤヨイ……どうして俺は、ここにいるんだろう……』

 うん、オードリーウェスト王国の公用語、ゼルド・ベンス語で呟いているので間違いはないです。

 マイクにかろうじて拾われた、風が囁くような言葉はまさしくスティーブの魂の叫びでした。

「はぁ……仕方がありませんね。次の打ち上げミッションのときだけ、お手伝いしましょうか……」

 ということで、国際異邦人機関の沢渡さんに連絡して、スティーブが国際宇宙ステーションを持っていくときには、私が彼を連れて宇宙にいきますよってNASAに連絡してもらうよう言づけてもらいましたよ。

 なお、この件についても国会や異邦人対策委員会で検討されることとなりましたが、翌日にはJAXAが全面的にバックアップしてくれること、その見返りとして最新型の耐圧スーツの研究に協力するようにということで話し合いは決着するようです。

 もっとも、私としても宇宙にもう一度行けるという事で、気分はややウキウキしていますけれどね。

 はぁ、次は魔法の絨毯の改良でもしますかねぇ。

 あのオゾン層突破だけは、私たち魔導師にとっては天敵のようなものですからね。