第1空挺団の穏やかな日常と、新たな四天王~Inter Mission

 ――北海道・北部方面隊第1空挺団隊舎事務室

「……と、これで報告書は完成です」

 女王陛下との謁見を終えてから。

 私たちは翌日、日本へと帰還しました。

 そして休む間もなく報告書を作製し、統合幕僚長へと提出しなくてはなりません。

 ちなみにエセックス州でのリビングデッド制圧についての報告は作戦指揮を行っていた有働3佐から提出されるそうで、私は晩餐会での護衛任務および女王陛下との謁見の報告を行います。

「では、それを畠山陸将の元に提出。そこで再度、報告をお願いします」

「かしこまりました!」

 小笠原1尉に報告したのち、私は総監部で畠山陸将との面会を申請。

 そしてそのまま部屋に入り報告を行った後……。

「うむ、ご苦労だった。では、明日からも頑張ってくれたまえ……ということで」

 ということで?

 あ、いやな予感がします。

「如月3等陸曹、此度の英国での活動功績において、四級賞詞を与える!!

「はっ!!

 久しぶりの賞詞です。

 これでまた、防衛記念章が一つ増えました。

 というか、四級賞詞は二度目なので、桜のマークが一つ追加されるのですよね。

 同じ防衛記念章をもらうと、桜花のマークが一つずつ増えるのですよ。最初は銀色で、三つ目の防衛省で金桜花一つに変わります。四つ目は銀桜花二つ、そして五つ目以降は金桜花二つになるのです。

 あと、四級賞詞は五千円もらえます。

 これで私が保有している防衛記念章の【第四四号(国際貢献)】と【第八号(第四級賞詞受賞者、災害派遣)】に、銀の桜花が追加されました。

 トータルでは【第四号(第三級賞詞受賞者、災害派遣)】も一つあるので、これで防衛記念章は三つ目。そのうち二つに、銀桜花が追加されたのです。

 ちなみに私が任務でナイジェリアやイギリスに向かったのは『国際貢献(PKO・国緊隊・能力構築支援)』という扱いなので、第四四号防衛徽章がもらえるそうです。

 ほかの任務遂行者にはすでに習志野で授与しているそうで、私だけではないのでほっとしています。

「ということで……四級賞詞二つに、三級賞詞一つか。どうする?」

「はい、質問の意図が判りません」

 なんとな~く理解していますが、はっきりと言って欲しいのです。

 いや、はっきりと言わないということは、私の立場と現状を鑑みてのことなのでしょう。

「昇任する気はあるかね? いや、普通なら昇任を断る者はいないのだが」

「はい、このままでお願いします。畠山陸将がおっしゃっているのは、部隊枠昇任のことですね?」

「そういうことだ。如月3曹の場合、海外任務での実績よりも、むしろ『闘気修練』による評価のほうが大きいからな。業務改善についての貢献度を則っての昇任というのは、別に問題ないと思うが」

 それを言われると、返す言葉もありませんが。

 そもそも、昇任すると義務が大きくなってしまい、まともに自由時間が作れなくなることもあります。そうなると、自由に空を飛ぶというのも難しくなってしまいますよ。

「はい、昇任は保留でお願いします」

「はぁ……わかった。そもそも、3曹から2曹へ普通に昇任する場合は、最低でも5年は必要だからな。では、今年度の如月3曹の昇任は見送りということでいいな」

「はい!!

 よし、これでまた一年は3曹のままです。

 どうせ同期の隊員が昇任したら、ある程度の年月で自動的に昇任しますからね。

 これでようやく、のんびりとした生活に戻れますよ。


 〇 〇 〇 〇 〇


 イギリスでの激しい戦いが終わり、そして冬がやって来て。

 今年は青森県・八甲田山で冬季演習が行われました。

 極寒と吹雪の中で演習、それはとっても過酷なものです。

 スキーを履いての移動、ビバーク地点では硬く積もった雪を四角く削り出して陣地の構築、テントの中はストーブ一つだけ。

 そしていつ来るか分からない襲撃に備えつつ、朝を迎える。

 そして日が昇る前から移動開始、部隊長が地図と無線機を使用して目標地点を調べると、いよいよ攻撃開始……。うん、この訓練のときほど対冷気術式レジスト・コールドのありがたみを実感したことはありませんでした。

 だって、この訓練時は『魔法使用の禁止』を仰せつかっていますから。

 これだけでなく、幾つかの訓練時には私は魔法を使わないように指示されています。

 それは、私が『第1空挺団』の団員であるため。

 魔導編隊としての訓練時は魔法使用については無制限ですが、パラシュート降下などの基本訓練は、すべて魔法抜きでと近藤陸将補からの命令が届いていましたから。

 おかげて、さらにフィジカルも強くなりましたよ。

 魔法を使わなくても、たかが外気温〇度程度では気にしなくなっています。

 まあ、もともと生粋の道産子でもありますからね。

「如月ぃぃぃぃ、荷物の組みなおし!! その重量バランスだと肩に負担が掛かるからな!!

「はいっ!!

 訓練教官の激しい叱咤。

 教官の中には『冬季遊撃レンジャー』の徽章持ちの方もいらっしゃるので、私に対しても厳しい視点で教えてくれます。まあ、私の場合フィジカルモンスターではありますが、基本的な自衛隊の決まりごとや訓練教程などは一般隊員と同じ。

 頭の回転が速い分、物覚えは良い方だと自認していますけれど、実践となりますと、コツがいるものなどについてはまだまだ甘いのですよ。

「如月ぃぃぃぃぃぃ。そんな状況では、この後の日米合同訓練でどうする!! 第7師団との合流後の訓練についてこれるのかぁぁぁぁぁ」

「はいっ!!

 うんうん、他師団や日米合同訓練などでは、ライバル関係にある部隊に負けてはいけない。

 恥をかくことがないよう、ではなく、とにかく勝て、この一言なのです。

 特に、年明けに北海道の北見で始まる日米共同訓練では、スキー競技会などもあるため、第1空挺団としても必死なのですよ。

 だって、北海道出身の私でさえ、スキー徽章は持っていないのですから。

 とまあ、そんな感じで冬季演習のスケジュールを淡々とこなし、いよいよ演習も終了。

 いよいよ日米合同訓練がはじまります。


 ………

 ……

 …


 ――北部方面隊・札幌駐屯地

「いゃあ……今年の日米合同訓練も凄かったですねぇ」

「また、他人ごとのように……」

 はい、無事に日米合同訓練も終えて、北海道に春が来ました。

 え、演習の内容ですか?

 迫撃砲訓練とか、夜間雪中行軍、小銃小隊の攻撃前進、補給車両の襲撃訓練とかそういう話が聞きたいですか? そんなのは、自衛隊広報部で公開されている演習映像がありますので、そっちを参考にしていいかと思いますよ。

 特に私の口から語ることもありませんし。

 ええ、吹雪の中、戦闘糧食を温めずに食べたとか。

 視界ゼロの中での仮設敵車両襲撃の際、足を滑らせて居場所がバレた隊員をかばって発見されたとか。

 スキーを外しての片膝立ちの前進中に、クレーターのようなものに嵌って埋まってしまったとか。

 おかげさまで、如月3曹は『魔法が使えないとただのフィジカルモンスター』だって公表したようなものでしたからね。

 乙女に向かってフィジカルモンスターとはどういうことだ、って叫びたくなりましたけれど。

 訓練終了式の時なんて、逆に感動して泣きそうになりしまたから。

 来年はスキー徽章と射撃徽章を取って参加してあげますからね!!

「だって……こう、思い返すと私のドジとか、まあ、色々と見えてきましたから」

「まあ、如月3曹の場合は、知識と体力は1尉クラスに引けを取らないのに。どうしてここ一番でドジるのかと、総監部でも笑ってましたからね」

「その、ここ一番のドジが危険なのですけれど」

「でも、実戦では如月3曹はミスらしいミスをしていない筈では? はい、これでチェックは完了です。明日からは、札幌ドームで行われる『魔導編隊適性試験』の会場で試験教官を担当してください」

「はっ!! それでは明日より、現地にて活動を開始します」

 はい、やってきました『魔導編隊適性試験』。

 鳩時計型魔力測定器を用いての、いつもの試験です。

 現在の魔力適性該当者は、私の上官である小笠原1尉のみ。

 残念なことに、魔法適性を調べた結果、小笠原1尉の適性は『付与・強化』を得意とする『一般魔法』でした。

「よろしくお願いします……と、では如月3曹、ちょっと教えて欲しいことがあるのですけれど」

「はいはい、七職の魔導師としてご説明します」

 そう告げてから、今度は小笠原1尉が魔導書を右手に生み出すと、ペラペラと開いていきます。

 ちなみにですが、現在の小笠原1尉は『一般魔術の書』と契約したため、正式に『一織の魔法訓練生』となりました。

 それはもう、防衛省もホクホク顔でしたよ。

 これまではただひたすら、政府関係者が『国産魔法使いを育成しろ』って突いてきたのに、ここにきて『新たに一織の魔法訓練生が誕生しました』って公式に説明したのですから。

 なお、この件は政府機関でも極秘情報使い。

 私に師事して魔法使いが誕生した、なんてことが公開されるといろいろと面倒ごとが増えますので。

 そして防衛省は『適性があるなら、魔法使いになれる可能性があることは証明しました』という建前で、全国で定期的に『魔力測定』を始めたのですから。

 今や、柱時計型測定器は私だけでなく小笠原1尉も使えるようになったので、シフトを組んで全国を行脚できるようになりました、めでたしめでたしです。

 なお、魔導編隊隊舎事務室での魔法訓練教育については、他の事務員たちも興味津々で見ています。

 いつか、自分たちも魔法使いになれる……それを夢見て。


 〇 〇 〇 〇 〇


 ――習志野駐屯地・第1空挺団

 本日は、第1空挺団にて基礎訓練および鉄塔からの降下訓練です。

 ええ、これも緊急時以外は魔法使用禁止訓練ですので、己の肉体だけで勝負です。

 しかも、今回は空挺候補生たちの訓練も兼ねているので、いつもよりも緊張感が漂っています。

 それに、異邦人対策委員会の視察も兼ねているので、気合いも入るってものですよ。

 ええ、私からの評価値はマイナス1点ですけれど。

 とにかく、午前、午後といつも通りの訓練を開始。

 努めて何もミスがないように、そんな訓練を行いました。

 そして訓練終了後に、私は会議室に移動。

 そこで異邦人対策委員会からの質疑応答が行われます。

「単刀直入に聞きます。国産魔導師を今以上に増やせませんか?」

「今の質問については、不可能と答えます。魔導師は七織の魔導師、すなわち私のみです。現在育成中なのは一織の魔法訓練生ひとりです、これ以上は適性者がいないため不可能です」

 淡々と説明すると、目の前に座っている委員会の面々が苛立っているのが良くわかります。

 ただ、どうして苛立っているのかは知りませんけれど。

「もう少し、適性値の上限を下げるとかできないのかね?」

「無理ですね。魔力適性値一・〇、これが最低条件です。これが満たされないと、魔導書との契約が行えません。そして、魔法言語を理解することができないのです」

「その魔法言語だが、日本語に訳すことはできないのか?」

 はい、その質問が来るのも理解していましたよ。

 以前、国際異邦人機関の沢渡さんからも同じような質問があったので、小笠原1尉とともに、書き出したのですよ。魔法言語一覧の中の、基礎小節一と二を。

 その数、四〇〇字詰め作文用紙で、ざっと三百二十枚。

 出版社によっては、これでラノベが一冊できるレベルです。

 それを目の前に積んで、説明を始めます。

「こちらは、魔法文字の中でも最低限の基礎部分、そのうちの基礎小節を二つ日本語に翻訳しました。これを理解できるかどうか、ですね。興味がありましたらどうぞ」

 そう促したので、委員会の方数名が魔法文字の翻訳が記されている用紙を手に取り、そして頭を捻ります。ええ、分かるはずがないのですよ、あの理論は。

「一つ聞きたい。ここの文字だが、『あれに名も万彼ネタ貴下タハシノインソミナチキイヤは素Cシンタあれ何』と書かれている一文が、どうして『我は請願する』になるのかね?」

「そういうものですから」

「それじゃあ分からんよ。理屈はあるのだろう?」

 ほらきた。

 理屈と言われても、それを説明できる筈がありませんよ。

「ては、一つ教えてください。ローマ字でNIと書いたものは、どうして『に』と呼ぶのですか?」

「それが常識だからだが?」

「では、先ほどの文字配列も、そういう常識なのです。以上です」

 そう私が告げた時。

「松原委員の告げた常識という言葉は間違っています。ローマ字は、そもそも外国人が日本語に付けたふり仮名から始まっている。ポルトガルの宣教師が外国人に日本語を学ばせるために付けたふり仮名が起源であり、やがてキリスト教弾圧によりポルトガル式からオランダ式になった。それを日本人が学び、今のローマ字へと変化したものだ。常識ではない、しっかりとした歴史背景に基づいている……ということですが」

 それは、私から最も離れた場所にいる議員。

 誰かと思えば、瀧山新次郎議員ではないですか。その彼は、私の質問にたいして「それが常識だ」と吐き捨てた議員に説明しています。

「そ、そんなことは知っている。では、ここに記されているものは、魔法が使えれば瞬時に理解できるとでもいうのかね?」

「はい、こうなりますので」

 作文用紙を回収し、それを一つにまとめた上に手を乗せます。

 そして魔力を掌から放出し、書き記された文字を全て魔力文字として起動。

 やがて作文用紙の上に文字が浮かびあがり集まり始めると、高速で回転して小さな黒い球に変化しました。

(魔導小節の連携圧縮、比率はレクト式二十五というところか)

 ん?

 誰か何か言いましたか?

 うん、気のせいですよね。

 一瞬ですけれど、うちの師匠のような魔導理論をブツブツいうような人がここにいるのかと思ってしまいましたから。

 まさか地球人に、あの高難易度に魔導理論を理解できるひとがいるとも思いませんので。

 そう思って周囲を見渡しますと、先ほどの瀧山議員が腕を組んでブツブツと話しています。

 まさか、理解したのですか?

 そう思って耳を傾けますと。

「……麻婆豆腐も良かったが、冷麺も捨てがたい……」

 ん~。お昼に食べたものを思い出しているのでしたか。

 紛らわしいので、勘弁してください。

「さて、話を戻します。これが、ここに記された圧縮魔法文字配列です。魔法使いは瞬時にこれを生み出し、理解します。ですが、そのためには最低でも魔力値一・〇は必要です。足りない場合はこれを形成することも、これを取り込んで理解することもできません」

「それを、その難易度を下げるのが君の仕事ではないのか!!

「まさかぁ。私の仕事は国防、そして緊急時災害対策とその対応です。そもそも魔法使い育成は、自衛隊の仕事ではありませんよ? それとも現行法を改定して、魔法使い育成機関を自衛隊に設立し、そこでこれを学ばせますか? 自衛隊式ですので、まずは魔力を高める訓練からはじめますが」

 だって、自衛隊は体力が資本。

 そのためには肉体の基礎訓練は当たり前ですから。

 同じように魔法使いは魔力が基本。

 そのために魔力の基礎訓練を行うことはやぶさかではありませんよ。

 小笠原1尉には、私が指導していますから。

「そ、それだ。では自衛隊に入隊した者に魔法基礎訓練を行う、それでいいじゃないか」

「ですが、それも適性があればの話です。自衛隊だって、入隊資格はあるじゃないですか。そういうことです。これでよろしいですか?」

 私は無茶なことは話していません。

 適性があり、そして空挺レンジャーとして第1空挺団に入ることができれば、教えますよって何度も説明しているのですから。

 そしてまだ何か言いたそうな議員のみなさんでしたが、ここで時間となりましたので質疑応答は終了です。

 はぁ。

 明日は国会での質疑応答ですか。

 まったく、今更何が聞きたいというのでしょうか。


 〇 〇 〇 〇 〇


 メソポタミア・パンデモニウム。

 その最下層にある【召喚の扉】の前で、魔王アンドレスはひたすらに祈りを捧げている。

 足元の召喚魔法陣は絶えずアンドレスの魔力を吸収し、異世界アルムフレイアと現世界・地球を繋ぐ回廊を安定させるために消費され続けていた。

 そして魔王の立つ魔法陣の外では、再生したばかりの『不死王リビングテイラー』と『錬金術師ヤン』、そしてようやく一時帰還を果たした『謀略のコデックス』が魔王へ向けて両手を広げると、自らの体内から魔力を振り絞り、注ぎ込んでいた。

 ──ギィッ……ギギィィィィッ

 やがて、異世界へ続く回廊の扉がゆっくりと開くと、一人の女性の姿が浮かび上がる。

 彼女こそが、魔王アンドレスが己の魔力の全てを捧げて完成した【勇者召喚術式】によって地球へとたどり着いた新たな四天王。

 そして扉が完全に開いた時。

「……あらぁ♡ なにか知っているような魔力がまとわりついているわねぇ、って思っていたらぁ。魔王アンドレス様じゃないですかぁ」

 露出度の高い黒のレオタードを身に纏い、腰のあたりでぱたぱたと蠢く蝙蝠の翼をはためかせつつ。

 召喚された最後の四天王『夜魔ナイトメアキスリーラ』が、魔王アンドレスの前に跪いた。

「よく来てくれた、キスリーラ。今、この時より貴公を、わが四天王の一角に座すことを許す」

「……かしこまりました。それで、ここはどこなのでしょうか? 私は魔王国再建のために、日々、若い殿方のエナジーを集めていたところですが」

 ペロリと舌なめずりをしつつ、キスリーラがアンドレスに問いかける。

 すると、リビングテイラーがキスリーラの真横へやってくると、アンドレスに向かって跪きつつ。

「ここは異世界・地球と呼ばれている場所である。我が主である魔王アンドレスさまは、この地に魔族の楽園を作るべく暗躍を開始した」

 そうリビングテイラーが告げたのち、今度は錬金術師ヤンもリビングテイラーの横に跪く。

「だが、またしても我らの覇道を阻むものが現れた。キスリーラも知っているであろう、勇者スティーブとその仲間たちだ」

 最後は謀略のコデックスがヤンの真横で跪き、静かに一言。

「そして……キスリーラ、そなたの愛したジャバウォーキィ殿の命を奪った魔導師・如月もまた、この世界に存在する」

 ──ビクッ

 コデックスの言葉に、キスリーラの眉根と尻尾がピクッと動く。

 空帝ジャバウォーキーはかつてのキスリーラの上司であり、そして夫であった存在。

 ゆえに、ジャバウォーキーを滅した空帝ハニーこと七織の魔導師・キサラギとは幾度となく戦いを繰り返していた。

「なるほど、理解しましたわ……では魔王アンドレス様。私は、何をすればよろしいのでしょうか」

「そうだな……今の我らが拠点はここ、位相空間の中にしか存在しない。ゆえに、より広く、より豊かな土地を必要としている……キスリーラよ、これは汝の得意分野を生かすチャンスではないかな?」

 そう告げられて、キスリーラもまた満足そうにうなずいて見せる。

「かしこまりましたわん。夜魔キスリーラ……ダンジョンマスターの二つ名の通り、この地に迷宮を増やし、魔素豊かな大地を構築して見せますわんっ」

 甘ったるい言葉遣い。

 もしもこの場に人間の男性がいたとすれば、一瞬でキスリーラの甘い魔力に当てられ、隷属化していただろう。

 いかなる男性も虜にする魔力『誘惑の恍香』を放つ夜魔、それがキスリーラであった。

 やがて彼女は静かに立ち上がると、召喚の扉をあとにする。

「七織の魔導師ヤヨイ・キサラギがいるとはねぇ……返してもらうわよ、私のダーリンを」

 そう呟いてから、キスリーラは自らの身体を霧のように散らし、その場を後にした。


 〇 〇 〇 〇 〇


 ――新宿十字街最下層・迷宮地点

 季節は廻り、残暑がようやく収まり始め、北海道のあちこちでは紅葉が色づき始めたころ。

 異世界対策委員会は新宿迷宮跡の定期調査のため、新宿ジオフロント最下層へとやって来た。

 防衛省では極秘扱いとなっている『新宿・如月迷宮』。

 それが存在するという証拠を掴むために、『新宿ジオフロントの視察』という名目でやって来たのはいいものの、最下層である迷宮跡監視区画にやって来た一同は、試掘現場と化してしまった最下層を前に、呆然と立ち尽くしてしまう。

「……何もない。いや、ここにあるはずなのだ、とにかく手あたり次第掘って掘って、掘りまくってくれ」

「了解しました!!

 異世界対策委員会と同行している若手議員とその関係者(主にゼネコン関係)たちが、一斉に地面を掘り返しはじめる。

 ちなみにだが、この場所はいまもなお定期的に試掘作業が続けられている。

 その目的は、迷宮が再生していないか、その予兆が現れていないかを確認するため。

 幸いなことに、現在までに試掘された場所では迷宮再生の痕跡は認められておらず、中心地点に存在する『如月迷宮』の痕跡も位相空間に移設されているため穴を掘った程度では何もでてこない。

 だが、そのような真実を知るはずもなく、ここになにかあるはずだと確信してやってきた委員会関係者たちは、ただやみくもに穴を掘っては埋めなおすといった作業を繰り返しているだけであった。

(……はぁ、まったく無駄な作業だな)

 あちこちで穴を埋め戻している光景を見ていた『権謀のコデックス』こと瀧山新次郎は、自分の足元直下の位相空間に迷宮入り口があることは確認している。

 そして、そこを開くための空間開放術式も知っているのだが、それらについては敢えて触れることはなく、いつものように『無能な議員』を演じていた。

(それにしても……一層型螺旋迷宮とは、空挺ハニーの魔力はどれだけ膨大なんだ? こんなものが公開されて、魔力溜まりとして活用されでもしたら。日本の自衛隊が魔導編隊をより強化してしまうではないか)

 コンコンと靴のつま先で地面をける。

 常人には理解できない魔力の反響、それをコデックスは感じ取っていた。

(宝箱も自然配置型、扉を通ったものの欲望に合わせて内容物が変化するタイプ……と。ダンジョンコア自体は、魔石か何かで作られたもの、マスター権限は恐らく如月弥生で、魔物出現の痕跡はなし……と、ん?)

 自らの体内から放った微小な魔力による反響。

 それにより内部の調査を行うという、コデックスならではの技術なのだが。

 その彼が感じ取った反応の一つに、なにか違和感のようなものが存在していたのである。

 それが一体なんなのか、コデックスは目を閉じて頭の中にある知識の源泉に触れると、一つ一つ参照を開始。

 そして、体感時間にして二十分ほどで、一つの結論へと達した。

(ああ、これはあれか。夜魔キスリーラの魔力反応か。つまり、あの女はこの星のレイラインを通じて、ここまで支配の根を伸ばしたということか……あまりにも細いが、この程度の魔力なら空挺ハニーに気付かれることはないか)

 現在、夜魔キスリーラは世界各地に迷宮を構築すべく、その橋頭堡となる拠点づくりに精を出している。そのいくつかの拠点候補の一つ、フランスに建造中の地下迷宮最下層で、夜魔キスリーラはレイラインに通じて、世界中に『迷宮の種』を放出していたのである。

 ダンジョンマスターという二つ名を持つ彼女だからこそできた技であり、迷宮を世界各地に出現させて魔物の暴走を促し、人類に対して大打撃を与えようと画策していたのである。

 だが、残念なことに、地球の内部を流れる【レイライン】では、『迷宮の種』を発芽させるところまでは届かず。

 せいぜい魔力瘤に種を蓄積し、その土地の魔力を高める程度で留まっている。

 それでも、彼女自身がその地に降り立った時は、迷宮の種を活性化させることは可能。

 作戦の一つとしては成功であるので、魔王アンドレスも容認している。

「あ、瀧山議員、申し訳ありませんが、その地点の調査を行いたいのですが」

「ん、ああ、次はここなのか……ちょっと待っていてくれ」

 地面に置いてあった鞄を持ち、スタスタとその場所から離れる。

(うん、着眼点というか、その場所を選んだのは正解なんだがなぁ……魔法でも使わない限りは、位相空間に存在する迷宮部分なんて発見できないだろうな)

 その瀧山議員の考えは正しく、この日の夕方まで調査は続けられたものの、迷宮に関する情報は一切出てくることは無かった。

 もしも防衛省を通じて如月3曹に正式に調査依頼を行ったとすれば、彼女の性格上扉程度は開いていただろう。そして内部に入り、勝手に資源回収を行って呆れられるのがオチである。

 そこまで判断しているため、異世界対策委員会は如月3曹への打診は行っていない。

 自分たちでどうにかして迷宮を掘り当て、その権利を自分たちで得たいのだから。


 ………

 ……

 …


 ――数日後、新宿十字街最下層

 つい一週間前に、異世界対策委員会の調査班がこの場所で迷宮調査をしていたらしいのです。

 本日、私は定期調査として正式に迷宮調査のために、ここにやってきました。

 ちなみに調査班については前回と同じく。先頭は私が、その後ろには一ノ瀬2曹、記録担当の花沢3曹、その後ろに古畑2尉、しんがりが大越3曹という、すでに幾度となくやってきたメンバー構成です。

「さて、古畑2尉、今回の宝箱チェックはどうするのでしょうか?」

 前回、前々回は私たちが一つずつ担当し、欲望まみれの財宝を手に地上に戻っています。

 そして報告会で回収した財宝の披露、その場で拾得物の申請と、一通りの流れで報告を行っていました。だがら、今回も同じ流れなのかと思っていたのですが。

「実験的に、こちらの書類に記されたものが出てくるかどうかを試したい。それは可能かね?」

「はい。ようは宝箱に手を掛けた時、自身の欲しているものよりも書き記されたものが印象強ければ。ちなみに、そちらの書類はどなたが書き出したものですか?」

「防衛省の幹部連中だな。ただ、しっかりと実験としての意味合いも考慮していただいているのと、拾得した場合の権利は我々が保有していること、この二点はしっかりと確認してあるので、安心してほしい」

 ふむふむ。

 つまり、幹部の方が欲している物品名が書いてあり、それを私たちが代行して開けることで入手可能かどうかということですか。

 そう納得して書類に記されている課題を拝見させてもらったところ、確かに実験という意味が理解できました。

「ははぁ、サイズや魂の有無ですか」

「ああ、ここの宝箱は全て既定の大きさに統一してある。では、その規定よりも大きいものを望んだ場合はどうなるのかということらしいが」

「かしこまりました。では、このまま作戦を続行しても問題は無いかと思います……と、少々お待ちください」

 迷宮入り口での打ち合わせ中。

 このジオフロントに降下してくる作業用エレベーターがあります。

 現在は陸上自衛隊の作戦行動中ですので、無許可でここに人がやってくることは無いのですが。

 そう思って作業用エレベーターの方を見ていますと、作業着を身に纏った男性が、次々と降りてきます。

「……全く、面倒な……」

「異世界対策委員会ですか? いえ、見たことが無い人たちも混ざっているようですけれど」

「ああ。つい数日前に発足した、『迷宮対策特別委員会』のメンバーだな。異邦人対策委員会から、迷宮管理その他の案件のために独立した特別委員会で、詳しい通達は後日ということになっていたはずだが」

「なるほど、どうりで……」

 ほほう、迷宮対策特別委員会とはまた、随分と本格的にやってきたものです。

 そして私たちの前にやってきた議員の方が、頭を下げて一言。

「衆議院迷宮対策特別委員会の委員長を務めます、五井和利です。よろしくお願いします」

「陸上自衛隊第1空挺団所属、古畑2尉です。本日は、どのようなご用件でしょうか?」

 淡々と自己紹介をする五井さんと古畑2尉。

 うん、嫌な予感しかしてきませんよ。

「本日の迷宮調査に同行するためにやっきてきました。今後は、迷宮調査については私たちからも同行者を派遣したいと考えています」

「なるほど。その件でしたら、正式に防衛省へお願いします。本日は、第1空挺団魔導編隊以外の調査は許可しておりませんので」

「ええ。それも承知です。ただ、私たちはこの場所に、如月3曹が作り出した迷宮というものが存在しているのか、その確認をしにやってきたまでですので」

 そう告げてから、私たちの後方に作り出してある迷宮の入り口をジロジロと眺めています。

 これは失敗です……早急に入り口を消しておけばよかったと思います。

「如月3曹、そちらの迷宮についての安全性は確認されているのでしょうか?」

「関係者以外による質問にはお答えできません」

 はい、堂々と返答は拒否させていただきます。

 そもそも、この件の管轄は防衛省であり、衆議院の特別委員会が出しゃばって来ていいものではない……筈。うん、このあたりの管轄ってどうなっているのか、私は知らないのですよ。

「まあ、そういう返答が戻って来るとは思っていました。ですので後日、改めて委員会を開催した際に、質疑応答させていただきます。迷宮対策特別委員会としては、『迷宮管理』及びそれらに伴う防衛対策についても、防衛省の管轄であるべきと考えておりますので。では、本日はあいさつ代わりということで、これで失礼します」

「ご苦労様です。質疑応答などについては、改めて防衛省を通していただけると助かります」

「かしこまりました。それでは」

 深々と頭を下げて、五井議員が立ち去って……いや、迷宮入り口以外の調査を始めていますが。

 まあ、内部に入ってこないのでしたら、それはそれで構いませんので。

「全く……こちら第1空挺団魔導編隊、古畑2尉です。現在……」

 古畑2尉がベース・ワン(市ヶ谷幕僚監部)へ通信を開始。

 迷宮対策特別委員会がやってきた件についての報告と、私たちが調査を開始したあとの入り口周辺の警備を任せる隊員を送ってもらうように連絡を取っています。

 幸いなことに、三十分以内に四名の隊員が派遣されてくることになったので、一旦迷宮入り口は閉鎖し、彼らの到着を待つことになりました。

 ですが、その間も対策委員会の人たちはジオフロントをうろうろと。

 まるで私たちが内部に潜入するのをも待っているかのようにも感じられます。

 まあ、そんなこんなで三十分後には四名の陸自隊員が到着。それと入れ替わるように迷宮対策委員会の人たちも撤退していきましたよ、ええ。

「……やはり、我々の突入後にこっそりとついてくるつもりだったのか、あるいはほかに何か思惑があったのか……まあ、作戦は開始するとしよう」

「了解です!!

 ああ、ようやく迷宮調査だぁ。

 まったく、面倒くさいったらありゃしない。

 あ、面倒くさいのは委員会ですからね、調査については大歓迎ですから。


 〇 〇 〇 〇 〇


 ――如月迷宮・第?層

 いつものように、螺旋型回廊構造の調査。

 大体三千mごとに休憩地点があり、その手前の壁際に宝箱が並んでいます。

 今回は四か所目の休憩地点まで進むことが目標であり、私はそこに至るまでの迷宮内魔素濃度・環境の変化などをチェック。

 他の隊員のうち大越3曹は目に闘気を集めての視認調査を、一ノ瀬2曹は有視界調査を行いつつ進みます。

 最初の宝箱は私たちの欲望剥き出しな内容物が入っていました。

 ええ、大越3曹がちょっとやらかしてしまったことを除けば、トレカであったりアメリカの高級時計であったり、金のインゴットであったりと……。

「それで、大越3曹、なにか言いわけは?」

「はっ、次の箱からは、自分もインゴットにします。まさか大量の万札が出てくるとは予想外でした」

「ですよねぇ。本当、パチンコの次はニセ札ですか。本当に大越3曹は私たちを驚かせてくれます」

 大越3曹の宝箱から出てきたものは、俗にいう『日本銀行券・一万円札』です。

 それもしっかりと新札百枚が帯封されているやつが、合計三十束。

 もしも本物でしたら三千万円ですよ、本当に。

「では、これは私が預かり、報告する際に提出します。まあ、焼却処分でしょうねぇ……通し番号が全て同じですから」

「それは理解できましたが。ちなみに古畑2尉に質問です、前回といい今回といい、古畑2尉の願いは現金だったはずなのに、どうしてインゴットで出現したのですか?」

「簡単な話だ。以前の東京大空洞出現の際、しっかりとダンジョン講習は受けていたからな。その時に、『宝箱の中身は、ダンジョン突入した者あるいはそれを開けた者の欲望が具現化する』という話を聞いている。だから、金のインゴットを軽くイメージしただけだ」

 うんうん。

 実にいい回答ですが、それはつまり欲望のコントロールができているという証拠。

 迷宮攻略に必要な要素ですよ。

 それで、どうして花澤3曹は、魔術師の杖を持っているのでしょうか?

「花澤3曹、それはまさかとはおもうが」

「はっ!! 魔術師となるべく、訓練に必要な魔法使いの杖をイメージしました。なお、これは北海道の小笠原1尉が所持している魔術師の杖を参考にしたものです」

 その報告を聞いて、古畑2尉が私の方をチラッと見ています。

「はい、それでは如月3曹、魔法の杖を鑑定させていただきます……七織の魔導師が誓願します。我が目に五織の魔力を与えたまえ……我はその代償に、魔力十五を献上します……鑑定眼アナライズっ」

 ――キィィィン

 頭の中に、鑑定結果が出てきました。

 ええ、これは紛れもなく、小笠原1尉の所持していた魔術師の杖です。

 長さも一フィートの、ねじ曲がった杖。

 保有魔力も、その内部に組み込まれている魔晶石も刻印に至るまでそっくりそのまま。

 いやぁ、これは大したものですよ。

 どうやってここまでイメージできたのか、教えて欲しいぐらいです。

「報告します、これはまぎれもなく『魔術師の杖』です。あとは花澤3曹の保有魔力が適性値まで高まっていれば、彼は国産魔法使い第二号としてデビューできたかもしれませんが。残念ながら闘気修練を行っているため、魔法使いに覚醒することはほぼありません」

「ま、まじですか!!

「マジだよ、花澤3曹。いゃあ、惜しかったねぇ……でも、これで魔術師の杖の量産も可能になるけれど、やらないからね。でも、よくもまあ、ここまでしっかりとイメージできたよね?」

 そう、そこが問題なのです。

 魔法使いでもないものが、魔法使いに必要な発動杖をここまで完璧にイメージできるとは思っていませんでしたから。

 そう考えた時、花澤がニイッッと笑いました。

「箱を開くときのイメージですが、『七織の魔導師・如月弥生が用いる、弟子に譲渡する魔術師の杖』というのもイメージしたからだと思うんだけどさぁ」

「あ~、そりゃ、完成するわ。私のことを理解しているし、ここのダンジョンコアの管理者でありダンジョンマスターである私の魔力から構成されるものだから、できて当然だわ。ということで、これは表に出してよいものでしょうか?」

 そう古畑2尉に問いかけると、さすがに事の重要性に気が付いているらしく、腕を組んで考え始めました。

「おそらくだが……我々は如月3曹が入隊したときからの付き合いであり、君についての知識もある程度は網羅している。もっともそれは自衛隊員として、第1空挺団の仲間としての認識という意味でのこと。さらに彼女の魔導師としての才覚も理解しているからこそ、ここまではっきりとイメージできたのではないかと推測できる」

「つまり、彼女を知らないものが、発動杖をイメージしても、それは手に入らないという事ですか?」

 古畑2尉と大越3曹が、同時にこちらを向きましたので、私は静かに頷いて見せます。

「そういうことだと思います。まあ、勇者チームが願ったとしたら、私の所持している最強の杖とか、魔導兵装を次々と作り出すかもしれません。もっとも、それよりも自分の欲望が強い人たちなので、そんな危険なことはないかと思いますけれど」

「それはなによりだ。さて、任務ゆえにこの件についても報告はおこなう。そのうえで幕僚監部がどういう結論をだすかは、上の判断という事になるのだが……まあ、あまり不安な方向には話は進まないと考える」

 ええ、統合幕僚長は良識ある方です。

 ということで、私たちはそのまま調査を再開、今回の目的地である第4休憩地点へと到達しました。

 そしていつものように……とは異なり、この場所では『課題』に記されているものをイメージして、宝箱を開けます。

「先に質問しておく。イメ―ジした物質が宝箱の内容量より大きなものであった場合、それは発生するのか? いや、そもそも取り出すことが可能なのか?」

「はい。宝箱というものはそもそも、迷宮内の魔素が凝縮して生み出された仮想空間の塊です。ゆえに内部容量もイメージに反映されることがあります。ということで大越3曹、よかったですね。もしもこの情報を最初から知っていたら、最悪は宝箱の内部空間が市民プールレベルに拡大していたかもしれませんよ」

「プール一杯のパチンコの玉……やめてくれ」

 うんうん、私もそう思います。

 ということで、さっそく課題実験を開始します。


 ・如月3曹(指示書の課題・ランボルギーニ・カウンタックLPI8004)

 結果・ランボルギーニ・カウンタックLPI800


 うん、私のイメージは完璧です。見てください、このハイブリット車として復活した伝説のスーパーカーを。まあ、課題を見てすぐにグーグルで画像検索してイメージを強くしておいたので、順当といえば順当です。

「それで、そこから出せるのか?」

「はい、ここからアイテムボックスに直接収納します。ちょいやっ」

 ――シュンッ

 一瞬で宝箱の中にあったカウンタックが私のアイテムボックスに収納されました。

 ええ、箱の上から見ても大きさが実写そのままに感じられるのが、宝箱の凄いところです。


・古畑2尉(指示書の課題・恐竜)

 結果・恐竜のフィギュアが箱一杯


「まあ、そもそもイメージがあやふやなこと、実在しているものを見たことがないというのがなぁ」

「これ、私がやっていたら成功していたかもしれません。あっちの世界では、地球の恐竜のような存在がいましたから……でも、生物ですか……」

「生物は不可能なのか?」

「不可能ではないのですが……いえ、生物を無から生み出すのは禁忌でしたので、私としては推奨できないのですよ」

 この説明で、隊員の皆さんも理解してくれました。


・一ノ瀬2曹(指示書の課題・シベリアンハスキー)

 結果・シベリアンハスキーのはく製?


「如月3曹、私の実家ではシベリアンハスキーを飼っていたのだが。なぜ、剥製が出てきたのかね?」

「一ノ瀬2曹が犬の身体構造を把握していないからか、もしくは私がそれをイメージできず、ダンジョンコアが反応していなかった可能性があります」

 そもそも、生命体が宝箱から出てきたという例は私も数件しか聞いたことがありませんので。

 やはり生命体の錬成ならぬ製造は禁忌ですねぇ。


・花澤3曹(指示書の課題・江戸城。参考資料の写真と図解付き)

 結果・たぶん江戸城と思われる構造物、1/1スケール。


「……これはつまり、よりイメージしやすい資料が存在していたから、実体化に成功したという事でいいのかな?」

「かと思われますが……うん、ダンジョンマスターが私であるが故の成功例かと。そもそも、あっちの世界では、魔導具とか金貨とかといった俗物的なものが大半でしたし、そもそもダンジョンに挑戦する冒険者って、一攫千金を求めて来る方が大半でしたからね」

 ちなみにより複雑で高性能なものは、迷宮下層でなくては再生できません。

 ダンジョンコアから離れれば離れるほど、コアから放出されている魔素の影響を受けにくくなるのです。それはつまり、単純構造のものほど入り口に近い場所で構成されるということに繋がります。


・大越3曹(指示書の課題・知的生命体× 第二案・魔術師の杖)

 結果・魔術師の杖


「……まあ、さっき花澤3曹が出しましたからねぇ」

「出たよなぁ」

「これで、迷宮産は二本目か。これ以外の代案が無かったから、仕方がなかったよなぁ」

「そうですよねぇ」

 そもそも、ついさっき花澤3曹が成功した事案です、イメージのしやすさどころか、実物があったのですから簡単ですよ。

 当初の課題は『知的生命体』でしたが、それは不採用として第二案へ移行しました。


 ということで、これら一連の収穫物は全て私のアイテムボックスへ。

 ええ、江戸城も納めましたよ、触れれば入れられる異邦人のアイテムボックスの性能を思い知れっ。

「ここまでの課題で、精密機器や軍事兵器が出なかったのは幸いだったが。そういうものはどうなんだ? イメージして出てくるものなのか?」

「イメージする人が基礎知識としてどこまで知っているかとか、そういったものも左右されますけれど……以前、スイスの高級時計が出てきたときは、内部構造とかに詳しくなくても出てきましたよね?」

 そう一ノ瀬2曹に問いかけますと、腕を組んで考えています。

「まあ、詳しいかどうかについては、詳しくはないなぁ。ただ、それは内部構造についてとか、一つ一つの部品を知っているかという部分であって、外見イメージは熟知しているし、時計としての基礎知識は持っている。あとはそれらの足りない部分をどうやって補っているかというところなんだが」

「今も、動いていますよね?」

「ああ、家に保管してあるが」

 うーむ。

 最悪の場合、外見だけ精巧に再現された『時計型魔導具』の可能性も否定できませんよ。

 そうなった場合、先ほどのランボルギーニ・カウンタックLPI8004も、ハイブリットエンジンではなく魔導ジェネレーターの可能性が……って、やばいやばい、これは危険です廃棄したくなってきましたよ。

 ――パン

 力強く手を叩きます。

 それはもう、相撲の戦法の一つ・猫だましのように。

「はい、忘れましょう。うん、時計は自宅に置いてある、動いている、それでオッケーです」

「……如月3曹、今、頭の中をよぎった心配事も含めて、すべて報告するように……と、では、休憩の後、地上へ向けて帰還する」

「「「「ハッ!」」」」

 敬礼ののち、休憩に突入。

 そして軽く食事を取ったのち、私たちは魔法の絨毯に乗って出口へと向かいます。

 あとは入り口で歩哨に就いていた隊員たちとともに市ヶ谷へと向かいます。

 如月迷宮入り口は、再び位相空間の中に収納。これで迷宮対策特別委員会が許可を得てやってきたとしても、どこにも迷宮はありません、いいですね。


 ………

 ……

 …


 ――市ヶ谷・陸上幕僚監部

 仮称・『如月迷宮』から帰還した私たちは、市ヶ谷にある陸上幕僚監部に向かいました。

そして一連の報告を行った後、大型車両などを扱う倉庫へと移動。

 今回の収穫物を一つずつ取り出したのち簡単な説明を開始しました。

 迷宮内での私たちの話し合いや私個人の意見を踏まえての説明、それは自衛隊幹部の皆さんも理解してくれたと思います。

「非生命体・複雑構造物と非生命体・建造物についてはイメージがある程度固まれば、迷宮内の宝箱から回収可能ということか」

「生命体については、やはり無理であると。いや、それでいい、それでいいと思う」

「生命体・空想生物についても同様に不可能ということがわかっただけいい。もしも可能だったなら、ドラゴンなどをほいほいと出現させかねないからな」

「……そして、非生命体・魔導具か。それも個人と申請書と合わせて二つ。如月3曹に問うが、これを用いて魔術師……ではない、魔法使い見習いの育成は可能かね?」

 はい、目の前に配置された回収物を一つ一つ確認したのち、上層部の方が私に問いかけます。

 ですが、この答えは一つです。

「魔法使い見習い程度の育成は可能です。そうですね、魔法協会で行われていた新人魔法使い見習い講習程度ですので、学べても一織まで。せいぜい生活魔法が使える程度であり、そこから先は独学で魔法を勉強し、身に着ける必要がありますと意見具申します」

「ああ、小笠原1尉の件はあくまでも例外であるということは熟知しているから、安心しなさい」

 ほっ。

 ここが異世界対策委員会の質疑応答の場であったとしたら、きっと迷宮内で魔術師の杖を大量に生産し、私が講師として魔法使いを育成しなさいと言われていたに違いありません。

 そして断って、またギスギスとするところまで安易に想像できますよ。

「さて、今回の報告はこれで完了だね。では、こちらで指定した埋蔵物も含めて通常通り、拾得物として報告し申請するように。また、こちらから提示した埋蔵物については、可能ならば研究対象として防衛省で預からせてもらうが。これについては異論ないね?」

「ハッ! 任務として実験的に作製したものであるため、それについて問題はありませんが……あの、江戸城はどうしましょうか?」

 これ、最大の問題。

 どこかに出すにしても、しっかりと基礎が完成していなくては不可能。

 地表部分の建造物のみの実体化ですから、その辺の空き地にポン、と置いても大丈夫かとは思いますが……ほら、耐震構造でないので、どうなっても知りませんよっていうことです。

「江戸城については、暫くの間は預かっていてもらえるか? どこかに再建するなり、テーマパークとして使用するなり、結論を出してからでも構わないか?」

「それは問題ありません」

 あとは剥製とか、恐竜のフィギュアとか、魔術師の杖とか……。

 ああ、ランボルギーニ・カウンタックについては、エンジン部分が全て魔導ジェネレーターに切り替わっていましたよ、さすが、私の魔石から生まれたダンジョンコア。

 実にファジーな対応をしてくれましたよ。

 しかも、以前TOMITA重工にサンプルとして貸し出した魔導バッテリー対応型です。

 つまり、誰でも乗れるものですよ。

 バッテリー容量的には一日ぐらいしか走れませんけれどね。

 ということで、無事に今月の調査も完了。

 面白いのは、江戸城なんていう巨大な建造物をイメージした結果、迷宮内魔素自体が枯渇寸前まで低下していたということ。

 次の調査までは半年ほど時間を空けても大丈夫ですよと、最後に付け加えさせていただきました。

 ええ、これで当面の間は大きな仕事もなく。

 つまり、平和な日々が戻ってきました。

 もっとも、あのわんこ魔王が何かを企んでいる可能性もあるので、気を引き締めて居なくてはなりませんね……って、また変なフラグ立てたかもぉぉぉぉ。