ひっじょぉぉぉぉに納得のいかない結末を迎えた、イギリス・エセックス州のバイオテロ事件。
イギリス政府からの公式発表は、『軍事拠点を占拠した正体不明のテロリストの制圧と、軍事拠点を奪還するために日本の魔導編隊に出動要請をした』ということになっています。
ええ、『イギリス軍が人造魔導師計画に手を染めた結果、制御できずリビングデッド化し、暴走した兵士たちが基地内を徘徊し、施設を占拠した』なんていう不名誉な事実は、一切公表されませんでしたよ。
この件については私たち第1空挺団および魔導編隊にも緘口令が敷かれています。
ということで、今回の国連平和維持軍(PKF)としての派遣は完了し、すべての報告は近藤陸将補経由で日本政府に送られることでしょう。
ええ、とにかく詳細については明かすことができない任務ですからね。
人為的に魔導師を作り出せる計画があるなんて知られた日には、私とスマングルにいろいろと連絡が来るに決まっていますから。
擬似魔導器官の素体となる魔石については、ナイジェリアの迷宮から採掘される魔晶石で代用可能ですし、そこに術式を刻み込むのは私の得意技ですからね。
ということで、このやりきれない気持ちをぐっと抑えて、ドカーンと一発、再度イギリスへと向かうことになりました。めでたしめでたし……はぁ、不安です。
………
……
…
──マンダリン・オリエンタル・ハイドパーク・ロンドン
そしてやって来たのは、イギリスはロンドン。
バッキンガム宮殿からほど近い五つ星ホテル、マンダリン・オリエンタル・ハイドパーク・ロンドンに到着です。
私たちが来た時も、かなりの警備体制が敷かれていましたし、この晩餐会に出席するために多くの来賓がホテルを訪れているそうです。
ええ、そんな偉い方々がいらっしゃる場所に、私のような庶民がいていいものかと。
「……あの、有働3佐、どう見ても私は場違いな気がしてきたのですが」
「そうかね? むしろ堂々としていて構わないとは思うが。ちなみに一つ質問だが、如月3曹は異世界アルムフレイアでは爵位を持っていてなかったのかね?」
「爵位……ですか?」
うーん。
まあ、いろいろとやらかした挙句、オードリーウェスト王国では伯爵位は授与されていますが。
領地も持たない、法衣貴族のようなものでしたけれどね。
だって、日本に帰ってくることが前提でしたから、土地の管理権限なんてもらうわけにはいかなかったのですよ。
「ああ、オードリーウェスト王国の伯爵位を授与しています。これが、その証明ですが」
アイテムボックスから勲章を一つ取り出します。
これは王国発行の貴族章であり、私のは『蔦とユリと竜』のデザインがあしらわれています。
ちなみに素材は魔法金属アダマスティン製、その中心には七つの宝玉がちりばめられています。
「ほう。それじゃあ、それも胸に付けておくといい」
「え、いいのですか?」
「本来なら、問題ありと考えるところだが。異世界の貴族ということならば、それも大目に見られるだろうから。何も知らないマスコミは規律違反だなんだと揶揄すると思うが、そんなのは気にする必要はない、言いたい奴には言わせておけ」
さすが、できる上官は違います。
ちなみに私の服装は、陸上自衛隊・第二種礼装。
ええ、普段来ている制服よりも良い服装ですよ。
右胸にはしっかりと徽章と防衛記念章もついていますし、右肩には部隊章もついていますよ。
さらに、右胸に伯爵位を示す勲章を付けろと。ええ、上官命令ですからつけますよ。
そんなこんなで準備も万端。
明日はいよいよ晩餐会、気合入れていくしかありませんね。
――そして翌日
各国政府の方々と一緒に昼食会に参加、そしていよいよ夕方の晩餐会に挑みます。
私は招待客ではありますが主賓ではないため、有働3佐と共に会場入り。
他の参加者の方々と、楽しい歓談に花を咲かせることにしました。
なお、私と有働3佐の本来の業務は、招待客として外交を行うこと
──ザワザワッ
会場内が少しざわつくと同時に、吹奏楽が優しい音色を奏でます。
いよいよ英国女王シャーリィ・エリザベス3世の入場が始まりました。
そして各国の招待客が次々と入場、我が日本からも主賓である天皇・皇后両陛下がご入場となりました。
「如月3曹、警戒」
「りょ」
そして私の横に立つ有働3佐の指示が届きます。
その指示と同時に、私は無詠唱で魔術を展開。
ええ、私の本来の任務は、この晩餐会会場での天皇・皇后両陛下及びイギリス女王の警護です。
先日の人造魔導師計画、その後始末がまだ終わっていません。
可能性としては、このタイミングでの奇襲作戦が最も効率的です。
会場周辺を警備している近衛兵および王室騎兵にも、リビングデッド事件についての報告は届いているはず。そのうえで、魔族が仕掛けて来る可能性は十分にあります。
日本とイギリス、二つの国の象徴に同時に危害が加わるとなると、どの国も魔族に対して二つの感情を持つことになるでしょうから。
徹底抗戦か、服従か。
自分たちの実力を見せつけるように、そして無力な人間を嘲笑うように奇襲を掛ける、まさに奴らのやらかしそうなことです。
「(ふむふむ……敵性反応はいまのところなし、高濃度魔力反応もありませんか……)、ま・ぜろ」
魔法による索敵反応なし。
その略語が、ま・ぜろ。
陸上自衛隊第1空挺団・魔導編隊で用いられる略語です。
これ以外にも百近い略語がありまして、それらについてはまた時間のある時か非番の時にでも。
「了、継続」
「りょ」
限りなく少ない言葉で、それでいて周囲に気付かれないように。
有働3佐が念話を使えたなら、それで全てやりとりできるのですけれど。
残念ですが、闘気適性保持者であるため、それは叶わぬ夢。
そのまま暫くして、主賓の挨拶からはじまり、国歌演奏などもありまして。
無事に晩餐会は始まりました。
なお、私も主賓というのは嘘ではありませんよ、明日、シャーリィ・エリザベス3世との謁見がありますから。
英国としては、実際そちらが本命だそうです、女王自ら、私とヨハンナと話がしたいそうで。
どんな話を振られるのか、今から心臓が爆発しそうなほど緊張していますよ。
──ピッ
「あ~、ま・いち。2─2─5、125」
「了。オクレ」
「りょ」
ほら。
方位二百二十五度、距離千二百五十メートルに魔力反応一つ。
有働3佐の指示で、すぐに外で待機している魔導編隊の通信兵に念話を送ります。
一方通行ですけれど、これですぐに動いてくれるはず。
「如月3曹、危険度は」
「……この強度は黄色ですね、闘気隊員で対処可能です」
「わかった……」
ぼそっと呟く有働3佐にそう告げると、私は意識を半分だけ晩餐会に傾け、残り半分を周辺の索敵に切り替えます。うん、並列思考って本当に便利ですよね。
さて、反応があったのは罠か? それともなにか別のものか。
相手の次の出方が楽しみですよ。
………
……
…
イギリスはロンドン、バッキンガム宮殿で行われている王室公式晩餐会。
私は一応、日本の陸上自衛隊第1空挺団所属の異邦人ということで列席しています。
ええ、一応は国賓なのですが、それは明日の謁見の時。
今は任務として参加している程度ですよ、ですから、この楽しい食事会を邪魔しないでくださいね。
特に、魔族。
あの陰湿な魔王が、生体兵器である人造魔導師やリビングデッドを作るだけで満足する筈がありませんからね。
「こちらハニー、現状報告をお願いします、送る」
そう念話を使いベースキャンプで待機している通信員に連絡を送ったのち、今度は相手の思念を受け取る魔術を発動します。
本来ならば念話で双方向会話が可能なのですが、魔導編隊・闘気隊員は魔法適性皆無のため、私が『思念送波』と『思念感波』という二つの術式を並列に使用しなくてはなりません。
これって念話より魔力の消耗が激しいので、あまり使いたくはないのですけれどね。
「如月3曹、現状は?」
有働3佐が目の前に置かれているグラスを傾けつつ、小声で問いかけてきました。
ですから、私も無詠唱でマジック・アイを発動し、片目を閉じます。
いつも通り私の目の前には魔法で形成された目玉が浮かびあがってきましたので、これを高速で飛ばします。
魔法による索敵範囲までマジック・アイを飛ばしますが、やはり通信の方が先に届きそうですよね。
まあ、これは保険ということで。
「現状確認中です……」
『こちらベース・ワン、指定された地点に野犬が一、大きさは体高一m、四名の隊員で包囲のち捕獲作戦を進行中、送る』
「りょ、引き続き作戦を続行してください」
どうやら、魔力反応があったのは野良犬一匹ですか。
しかし、魔王四天王の一人、錬金術師ヤンは相変わらずこすからい手を使ってきますね。
どうせ、その野良犬にも何か仕込んでいるのでしょうけれど、こちらも切り札は用意してありますからね。
『……ヨハンナ、魔力反応を放つ犬が一匹、町の中を徘徊している。今はうちの隊員が警戒中で、包囲して捕獲するように指示を飛ばしてあるけれど』
『あら、まあ。それじゃあ、私はこの部屋全体を
『うん、緊急時にはお願いします』
『はいはい、おまかせあれ』
隣のテーブルで、楽しそうに貴族の方と歓談しているヨハンナに念話も送ったので。
あとは、何事もないように祈りましょうか。
「こちらハニー、まもなく私の魔法でそちらの状況を捉えることができます。現状報告を」
『こちらベース・ワン。野良犬を追い詰めた。間もなく捕獲……って、アラート!!』
ベース・ワンからのアラート宣言。
すぐにヨハンナに念話を送ると、彼女も外でなにかが起きているのが判ったらしく、瞬時にこの部屋全体を聖域で保護しました。
これで敵性存在および悪意を持つものは、この部屋を出入りすることはできず、さらに魔法の発動阻害効果も発生しています。
私はヨハンナの魔力波長を理解しているので、術式に干渉することは可能ですから。
「有働3佐、ベース・ワンよりアラート」
「了」
そう告げて、有働3佐は周囲を警戒。
私もこの場からは動けないので、マジック・アイで向こうの状況を確認しつつ、室内に魔力反応が存在していないかサーチを開始します。
表向きは、両隣や向かいの参列者と楽しく歓談を続けつつ。
並列思考で魔力コントロールに集中します。
(室内に魔力反応なし……ついでに敵性感知……も反応なし)
「有働3佐、室内はセーフティ」
「了」
そう小声で告げた時、私のマジック・アイが野良犬を追い詰めた現場に到着しました。
ええ、それはもう、とんでもない状況ですよ。
――ガルルルルル……
行き止まりの路地裏、奥には体高一mのアフガンハウンドのような胴体の犬。
ただし、頭部のあたりからは人間の上半身が生えていて、金属製の鎧で身を固めていますよ。
左腕にはカイトシールド、右腕にはランスを構え、魔導編隊の隊員たちを楯とランスで牽制中ですか。
そして手前の路地と道路の接続部分では、楯を構えて警戒している闘気隊員の姿も確認。その後ろでは二人の隊員が怪我を折ったらしく、後方に運び出されています。
「負傷者2、敵性存在1」
「了」
流石は第1空挺団のトップエリート、決して笑顔は絶やさず、そして視線と意識は警護対象である天皇陛下に全力で向けられています。
ちょっとでも怪しい素振りを見かけたら、有働3佐は即座に飛び込んでいくことでしょう。
私も意識はそっちにも向いていますので、こちらは安全と判断します。
「……ここから鑑定できないのが悔やまれますけれど……まあ、ちょっと相手が面倒臭そうですよね」
闘気を循環させたアルバ・ストライドナイフを構え、犬と人間のキマイラ……仮称、イヌタウロスとでも付けましょうか。隊員の皆さんは間合いを詰めていきますが、適時、イヌタウロスはランスと楯で応戦、間合いを詰めさせないようにしています。
それじゃあ、ここは適切な戦闘力を投入することにしましょう。
「うん、直線距離で約六千キロ。一度会っているので魔力波長もがっちりと捕らえました。切り札を投入します」
「あまり使って欲しくない切り札だが、了」
有働3佐の許可も貰いましたので、積極的に干渉します。
そもそも、このイギリス王家主催の晩さん会に、異邦人全員が招待されてしかるべきなのにスマングルとスティーブの二人が参加していないという状況はどうしてか。
理由は簡単で、アメリカとナイジェリアでも、リビングデッド発生に対して厳重に警戒しているのです。
そして警戒態勢を取りつつも、緊急時には協力体制を取ることができるように『国際異邦人機関』には話を通してあります。
勇者チームは全員、私か作製した『転移の腕輪』もしくは『転移の指輪』を装着しています。
これにより、一度でも行ったことがある場所については転移することができるのです。
では、知らない場所に向かうためには?
「七織の魔導師が誓願します。我が魔法の瞳に七織の奇跡を与えたまえ……我はその代償に、魔力五万五千を献上します。
小声で詠唱を行うと、現場で待機しているマジック・アイの頭上に魔法陣が展開します。
その直後、魔法陣の中から『勇者装備のスティーブ』が姿を現すと、闘気隊員とイヌタウロスの間にスチャッとヒーロー着地しましたよ。
『スティーブ、状況を簡潔に説明します』
『ああ、わかった。このキマイラを捕獲すればいいんだな』
『相変わらず、いい判断です、ではお任せします……そうそう、多分ですが、近くで錬金術師ヤンが潜んでいるかと思われますので、そちらの対処もお願いします』
『はぁ……ということは、ヤヨイの探知魔法には引っかかっていないということか……了解、勇者っぱく頑張ってみるわ』
よし、切り札も召喚しました。
ここから先は、スティーブとイヌタウロスとの戦闘、そして隠れて様子を見ているでしょうヤンの捕獲作戦です。ここから動けないのが残念ですが……って、聖域結界が発動しているのでこの場は安全。最悪の場合は私も出撃することになりますよね。
うん、気合い入れて頑張りますか。
〇 〇 〇 〇 〇
さて。
アメリカ海兵隊での訓練。
俺、スティーブの最近の仕事は、サウスカロライナ州のパリスアイランドにやって来る、新米海兵隊入隊希望者の訓練補佐。
ちなみにだが、俺の次のステップは海兵隊将校。
そのために必要な大学卒業資格を得るためには、今しばらくは海兵隊に籍を置いたまま通信教育課程で大学を卒業しなくてはならない。
まったく、俳優志望だった俺が、どうして異世界に召喚されて勇者に祭り上げられた挙句、魔王を討伐して地球に帰還。
そのまま異邦人としてアメリカ海兵隊預かりの軍人になるなんて、どうかしていると俺は思っている。
実際、俺たち異邦人を主人公にして映画を作りたいっていう話も出ているらしい。
それが叶った暁には、俺が主人公に……って、そこは有名アクション俳優に頼み、俺たちはスタントマンとして参加することになるらしい。
やっばり、俳優への道は遠いよなぁ……。
「と思っていた矢先に、いきなりの
訓練教官室で事務仕事をしている俺の足元に、いきなり魔法陣が広がったんだけれど。
うん、これはヤヨイの発動した術式だな、パーティーメンバーを自分の元に呼び寄せる魔術。
これを使ったということはヤヨイの身に何かあったか、もしくは彼女でも対処できない事案に巻き込まれたのか。
そして、魔法陣の発動に驚いている上官や同僚たちが、俺の近くまで駆け寄って来た。
「ギャレット上級曹長、これは一体、何事だね?」
「国際異邦人機関所属の異邦人、ヤヨイ・キサラギからの緊急コールですね。異邦人保護法およびアメリカ国防総省戦争法プログラムに基づき、ヤヨイ・キサラギの召喚術式を容認します」
これら二つの法には『異邦人同士の救援および支援ブログラム』が新たに組み込まれており、緊急時においてはそちらを優先『することができる』という。
アメリカ政府としても、他国の異邦人に助力することで、相互間の協力体制を維持したいということから、このプログラムは新たに制定されているらしい。
まあ、かなり忖度されているのは事実であり、俺が今おこなった宣誓についても、異邦人及び大統領以外は異議を唱えることはできない。
「了解だ。プログラムの発動を承認、九十六時間の支援活動を許可する」
「ハッ、それでは失礼します!!」
上官であるハリー・カルデロン少尉に敬礼すると、俺は一瞬で勇者装備に換装。
そのまま魔法陣の転送承認を行うと、一瞬でどこか異国の路地裏へと召喚された。
「さて、この溝臭い路地と目の前のワンコはなんだろうか?」
『スティーブ、状況を簡潔に説明します』
おっと、ヤヨイからの念話か。
直接出向いていないということは、彼女は動けないということでオーケーだな。
そして、この状況は理解できた。
上半身が人間で下半身が犬の化け物と、日本の魔導編隊の連中が対峙している。
「ああ、わかった。このキマイラを捕獲すればいいんだな』
『相変わらず、いい判断です。ではお任せします……そうそう、多分ですが、近くで錬金術師ヤンが潜んでいるかと思われますので、そちらの対処もお願いします』
「はぁ……ということは、ヤヨイの探知魔法には引っかかっていないということか……了解、勇者っぽく頑張ってみるわ」
さてと。
それじゃあ仕事をしますかね。
『日本の魔導編隊諸君に告げる。俺はスティーブ・ギャレット、ヤヨイと同じ異邦人で勇者だ……って、そこにいるのは佐竹1曹か、新宿大空洞以来だな……と』
――ガギィィィィィィン
一瞬、目の前の化け犬が飛んだかと思ったら、俺の頸動脈めがけてきっちりと前足の爪で攻撃を仕掛けてきたんだが。
『悪いな、勇者固有のスキルでさ、闘気による小型結界を構成して、自動防御できるんだわ』
そう、手のひらサイズの、闘気で形成された小さな楯。
『ゴルルルルル……』
『うん? キマイラ実験に使われた挙句、知性まで獣並みに下がったのかよ……と。佐竹1曹、近くに俺たちを監視している奴が複数存在する、おそらくは黒幕だと思われるから、そいつを見つけ出して拘束してくれるか』
「了解しました。四名はこの場で勇者のバックアップ、残りは怪我人の搬出と周辺の調査に回るように」
佐竹1曹は一瞬で俺の言葉を理解し、的確な指示を飛ばしている。
この路地裏から逃がすと結構厄介な敵だというのは理解できた。
『後ろの魔導編隊さん、こいつの爪はエナジードレイン、つまり生命力を吸収する効果を持っている。攻撃はするな、防御と通路の閉鎖に全力で当たってくれ』
「了!!」
『ということなのでね、とっとと終わらせて長閑なバカンスを楽しみたいので』
――シュンッ
手加減無用、左手の楯はバックラー型に縮小、右手の剣も銀のマチェットに持ち替える。
こんな細い路地で長剣やラウンドシールドなんて取り扱えないんでね。
そのまま楯を前に突き出して、右手は下にだらりと下げる。
ゆっくりと全身に闘気を浸潤させたのち、犬の化け物に向かって
――ドンッ
その一瞬で、犬の化け物は高速跳躍を開始。
路地の壁を縦横無尽に蹴り飛ばして加速移動すると、俺の目でどうにか捉えられる速度で高速接近してくる。
ああ、しっかりと斜め後ろから首筋めがけての一撃を狙ってくるか。
こっちはフルアーマー状態だから、剥き出しになっている首より上しか狙ってこないよなぁ。
『そして、それも想定済み……っと」
――ズッバァァァァァァァァァァァァァァァッ
体を捻って、飛んでくる犬の化け物の右前脚目掛けてマチェットを叩き込む。
うん、肉球から前腕部肘までを真っ二つに引き裂いた。
『さてと。これで機動性は半減、体躯の関係上、バランスを大きく逸している。素直に掴まるか、それともここで死ぬか。逃げるっていう選択肢はないと思ってくれ』
俺がそう問いかけると、犬の化け物はその場に平伏する。
うん、知性は多少あるらしいこと、強者を見抜く目を持っていることはこれで伺えた。
『まあ、素直に平伏したのは褒めてやる。それでも抵抗されると迷惑なので拘束させてもらうわ……
――ジャラララッ
俺の左手から伸びる闘気の鎖。
これに絡めとられた者は体内の運動神経が麻痺する。
ということで、これで任務は完了したということで。
『さて、捕獲はそっちのお仕事だから任せるよ……って、ちょい待て、錬金術師ヤンがいるって言っていたよな……』
これで終わりじゃない。
突然、膨大な魔力が発生したかと思ったら、どっかの建物を纏めて包み込んだ。
その方角に向かって慌てて走っていったとき、俺はとんでもないものを目の当たりにした。
『嘘だろ……』
バッキンガム宮殿全体が、鳥かごのような形状の魔力の塊によって包みこまれていた。
そしてその正面に、白衣のような形状の白い魔導師装束を身に纏ったドワーフラビットが姿を現すと、クックックッと笑い始めていた。
〇 〇 〇 〇 〇
市街地に出現した魔力反応はスティーブに任せて。
私は当初の目的通り、要人警護の任務の真っ最中。
王室楽団による静かな音楽の中、晩餐会は滞りなく進んでいます。
私たちが警護すべき天皇および皇后陛下の周囲には、私が発動した術式による『敵性防御結界』が施されていますが、あれは個人ではなく場所に対して発動するタイプ。
つまり、主賓席のある場所に対して発動しているため、万が一のことがあってもそこから離れなければ大丈夫。
さらに、この部屋全体をヨハンナが聖域結界で包み込めるように待機しているので、二重に安全です。
「ふぅ。ようやく魚料理ですか」
「まあ、外での騒動の事を考えると、あまり味わって食べることもできないが。アルコールさえ摂取しなければ、警戒しつつ食べてよし」
有働3佐の優しい言葉。
いえ、これまでのメニューも食べていましたけれど、もう、緊張感で味なんてわかっていませんよ。
飲み物だってミネラルウェーターのみ、常に護衛対象と周辺に対して警戒を続ける必要があるのですから。
『コーンウォール産、ドーバーソールのフィレです』
「ありがとうございます」
給仕ににっこりと挨拶を返し、目の前に並べられた食事を見てほくそ笑んだとき。
――ガッキィィィィィィィィィィィィィィィィン
魔術の発動反応を感知です。
「ちっ、エマー発生」
「了」
ほんの一瞬。
建物全体が何かしらの結界に囚われたような感覚がしました。
それとほぼ同タイミングで、ヨハンナが再度、強化した聖域結界を展開。
発動から完成までの速度差で、私たちの防御結界の方が先に展開を完了しました。
これで室内にいる限りは、安全が約束されました。
有働3佐にもエマー発生、つまり緊急事態に突入したことを告げますと、私たちの周囲が一瞬で緊張した空気に包まれました。
『弥生ちゃん、これって対物理障壁よね?』
(そうですね。しかもご丁寧に、魔法中和結界まで仕込んでありますよ。それも、対勇者型です)
『ということは、錬金術師ヤンの差し金ですか。困りましたね』
(はい、ちょっと……いえ、非常に面倒くさいことになってきました)
ヤンの放ったと思われる結界は、勇者限定で能力を阻害するもの。
これには勇者たちが身に着けている装備品も含まれているため、私が戦闘時に身に着けている『魔導師装備』は全てただの布と同じ状態なのですよ。
素材本来の強度は維持されているものの、魔法的効果は全て発動せず。
これには私の発動杖なども含まれているので、七織の魔導師である私は完全に無力化されたようなものですよ。
「如月3曹、詳細を」
有働3佐は周囲を見渡しつつ、椅子を下げて体を半身に構えました。
視線の先は天皇陛下と皇后陛下、そしてシャーリイ・エリザベス女王。
いつでも飛び出せるように警戒態勢を取っています。
さすがはレンジャー徽章だけでなく、特殊作戦群徽章も所持している有働3佐です。私の魔法感知能力の埒外に存在しているといっても過言ではありませんよ、勇者にはほど遠いですが宮廷騎士団程度なら単独で制圧できるかもしれません。
「敵性存在により、この宮殿全体が結界により包まれました。現在、ヨハンナの施したカウンター結界により、この室内は安全地帯となっていますが……私とヨハンナの魔術、装備は封じられています」
「状況は最悪か……」
「はい、念話の発動も阻害されているため、外部への連絡も不可能。ただし、電装についてのジャミングはないと思われますので、無線機による連絡は可能かと」
そう小声で説明をしているとき、次の料理を運んで来た給仕たちが、扉の前で困り果てている姿が見えました。
ワゴンは入れるようですが、彼らは室内に入ることができない模様です。
ええ、しっかりと聖域結界によって彼らの侵入は拒まれていますね、つまり敵性存在ですね。
――ザワザワザワザワ
その光景に気が付いた人たちが、何事かと開かれた扉の向こうを眺めています。
そして有働3佐が立ちあがったので、私も同じく立ち上がると。
「行動開始」
「りょ」
すぐさま主賓席へと歩み寄る有働3佐の背後に付き従い、周囲を警戒します。
私の行動にヨハンナも立ち上がると、周囲に一礼してこちらに向かってきました。
その私たちの動きになにかを感じたのか、側衛官(皇宮護衛官)もすぐに近寄って来て陛下と私たちの間に立っています。
ですから、この場ではこれ以上は進まず、ここから聞こえる程度の声で話を始めます。
「何かあったのかね?」
「はい。エマー発生です、こちらの席を離れないようにしてください」
「主賓席は私の敵性結界によって保護されています」
『この室内全体も、私の施した聖域結界によって包まれていますので、この部屋から出ない限りは、安全は保障されます』
有働3佐、私、そしてヨハンナが現状について説明します。
といっても、まだ何が起こっているのかは私たちにも理解できていません。
「努めて静かに、外での騒動に気付かれることなく、速やかに事態を収束させられますか?」
天皇陛下は普段通り落ち着いた様子で、私たちに問いかけます。
ですから、ここは腕の見せ所としかいいようがありません。
「それが任務です。この場は側衛官にお任せします」
有働3佐がそう告げて頭を下げるので、私もそれに倣って頭を下げます。
挙手しない敬礼、そののち踵を返すと、私と有働3佐は室外へと足を進めます。
『弥生ちゃん、私は、この場で防衛に努めますわ』
「よろしくお願いします。そんじゃね」
よし、ここは鉄壁の守りであるヨハンナが待機してくれます。
これで万が一のことがあっても、彼女の神聖魔法でどうとでもなります。
勇者の加護を封じられようが、あっちの世界の創造神の加護は防ぐことができませんからね。
そして、私の持つ魔導具のすべてを封じたヤン、あなたは最大のミスを犯しましたよ。
以前の戦いのときは私も対魔王最終決戦モードでしたので、七織の魔導師完全覚醒状態でしたから、この結界によって力を奪われた時は焦ったものです。
でも、あの時と今はちょっと違いますよ、ええ。
あなたはそのあと、スマングルとスティーブによってフルボッコ状態でしたから、私の本気を見ていませんでしたよね。
「如月3曹、すべての制限を解除。速やかに現状を打破するよう」
「りょ」
アイテムボックスも使えない現状、戦う手段は徒手のみ。
もっとも、あちこちにいくらでも武器になりそうなものはあるじゃないですか。
さて、廊下の向こうから駆け足で走って来る人たちを相手する必要がありますね。
魔力反応は確認できませんけれど、この宮殿に仕える給仕のようです。
しかも、疑似魔導師として生体改造も受けていますか、手加減無用ですね。
「私のステータスを制御する眼鏡、その力も奪ったという事はどうなっても知りませんからね……」
さあ、愛用の魔導師装備ではない、【第一種礼装】を装着した『闘気使い』としての戦闘を見せて差し上げましょうか。
………
……
…
現在、このバッキンガム宮殿は、魔族による【勇者加護減衰結界】に包まれています。
これにより、女神より授かりし【勇者の加護】は封印され、私たちは生身の状態で戦うことを余儀なくされてしまったのです。
ちなみに私の場合は【アイテムボックス】【魔導師適性】が失われてしまったため、あっちの世界で身に着けた【闘気による身体強化術】は使えるのですが、七織の魔導師として魔術を制御することができません。
同じように、ヨハンナもアイテムボックスが使えないのですが、彼女のもつ【神聖魔術適性】については、この結界を生み出した錬金術師ヤンの持つ【錬金神ディアゴ】の加護をはるかにうわまわっているため、阻害されることはありません。
ただし効力は減衰しているので、恐らくは死者蘇生などの強力な魔術は使えないでしょう。
――ブゥゥゥゥゥゥゥゥン
廊下に置かれていた、晩餐会会場へ運ばれる予定のティーポット。
それを左右の手に握り、闘気を浸潤させることで疑似的な魔導具を形成します。
魔術は発動できないが、体内魔力は使える。つまり、魔力変換型闘気も使用可能なのは、ヤンですら知らなかったでしょうね。
はたから見ると、スターリングシルバー製のティーポットをトンファーのように構えた自衛官という感じです、お笑い芸人か忘年会の一発芸に見えないこともありません。
「グシャゲシャァァァァァァァッ」
「はいっ、貴方が何語を叫んでいるのかわかりませんよっ、と!!」
――キンガキンキキキキンッ
こちらに向かって走ってくる、クラッシックな服装の給仕二人に向かってティーポットで応戦。
相手はナイフのような武器を所持……って、それは、ステーキナイフですね、必要に応じて給仕がサーバーとして使用するもの。
巧みなナイフ捌きをティーポットで受け流しつつ、相手の頭部に向かって右回し蹴りを叩き込みます。大抵はこれで意識を刈り取ることができるのですけれど、相手は床に倒れままゴキッゴキッと首を動かし、そしてユラアッと陽炎がたなびくように立ち上がってきます。
「……有働3佐に進言。こいつらはグリフォンハウスで制圧したリビングデッドではありません」
「どういうことだ?」
私の後ろでは、有働3佐も敵性存在相手に防戦中。
さすがに英国のバッキンガム宮殿内部で殺しはご法度ですよ。
それに、私たちは自衛隊、殺すのではなく制圧するのが信条ですから。
「少々待ってください。私の経験則ですが、ちょっと試してみます」
そう告げてから、私は右手に魔力変換型闘気を集めます。
そして立ち上がってこちらに向かってくる給仕の右ストレートを躱しつつ、その無防備な腹部に向かって、力いっぱい闘気を叩き込みます。
――コォォォォォン
小気味いい、軽快な金属音のようなものが響き渡ります。
それと同時に、給仕は腹部を押さえてうずくまると、口から金属製の小さな蛇のようなものを吐き出しました。
「やっぱり寄生型魔導具ですか。まあ、この短時間に、この宮殿に勤めている人たち全てを人造魔導師に作り替えることなんてできそうもありませんからね。ということで有働3佐、腹部に向かって闘気の勁砲を叩き込んでください。この魔導具は外部からの闘気や魔力に過剰に反応して、体外へと逃げようとしますから」
「了解だ」
さて。
私の足元で蠢いているこの魔導具は放置しておくと危険です。
とりあえずは動きを止めて分解したいところですよ。
といっても、アイテムボックスが使えない以上は、機能停止させるのが関の山。
「魔力は使えるけれど、術式は組めない。組むと自動的に中和術式が発動して、私の魔術を阻害する……と、ほんっとうに、やっかいな結界ですよ」
足に闘気を生成し、それで力いっぱい蛇型魔導具を踏みつけます。
すると、私の闘気により魔導具の中にある魔石が砕けちり、起動停止状態になりました。
あとは廊下まで運び込まれていたワゴンからクロスをひっぺがし、そこの上に魔導具を放り込む。
あとで纏めて縛り上げて、アイテムボックスに回収することにしましょう。
そして、騒動に気が付いたらしい招待客の皆さんについても、今は部屋から出ないようにとヨハンナが説明してくれているようです。
「それに、エリザベス女王もいらっしゃいますから、ここは好奇心に身を任せてここにやってくるような方はいないでしょう……と。有働3佐、ちょっと面倒くさい相手が走ってきます」
「やることは一緒だ、制圧する」
「了」
さて。
英国陸軍最強の一角と言われている、ブルーズ・アンド・ロイヤルズ連隊。
その兵士たちが、駆けつけつつサーベルを引き抜いて襲い掛かってきます。
普段は騎乗し宮殿敷地内を警備する騎兵連隊、その精鋭たちが、私たちに向かって牙をむきます。
「それじゃあ、陸上自衛隊のトップエリートである私たちと、英国最強の騎兵連隊、どちらが上か白黒つけましょうか!」
「如月3曹、すみやかに制圧するように。こんなところで力自慢している場合ではないだろうが!!」
「り、りょ!!」
おおっと、有働3佐に怒られました。
あぶないあぶない、ここは速やかに無力化することを考えましょうか。
………
……
…
……厳しい戦いでした。
なにせ、相手は英国陸軍最強の一角、ブルーズ・アンド・ロイヤルズ連隊の精鋭です。
その体内に寄生型魔導具が侵入し洗脳のような状態で戦わされていたのです。
あのタイプの魔導具によって寄生された場合の戦闘能力の上昇値は、およぞ三倍から五倍。
そのようなスーパーチートなアイテムに支配されている相手を前に、可能ならば無傷で、寄生型魔導具を体外排出しろというミッションですよ。
そりゃあ、難易度が高くなっているに決まっているじゃないですか、この結界の効果で私のリミッターも全て無効化されているのですからね。
異世界準拠のフルパワー状態なのです。触れたらはじける炎なのですよ。
「ハアハアハアハア……有働3佐、まだ動けますか?」
「闘気循環による身体強化だったか、あれを駆使しているのだがもうこれ以上は無理だ。全身の気と筋肉が悲鳴を上げているぞ」
私の後ろ、壁にもたれかかるような感じで有働3佐が座り込んでいます。
ええ、生身の人間で、武器もなく、闘気循環による勁のみで四人も倒したのですから大したものです。
ちなみに有働3佐の倒した寄生型魔導具は、スターリングシルバー製のティーポットに閉じ込め、シーツで包んであります。
「はい、それを乗り越えてください。恐らくですが、有働3佐はアメリカ海兵隊のだれよりも、闘気についてコントロールできているかと思います。では、私もそろそろこの戦いを終わらせてきますので」
配膳前の食事が乗せられているワゴン。
おそらくですが、次はこの料理が運ばれていたのでしょう。
食後のティーセット、その添え物として用意されたデザート。
その空いている皿とナイフを手に、私は再び連隊の中に走っていきます。
「残った連隊は五名ですか。私がスティーブン・セガールなら、この程度は瞬殺なのでしょうけれどねぇ」
残念ですが、私は単独で潜水艦を制圧したりすることなんてできませんよ、ええ。
『沈黙の……』というシリーズの映画は大好きでしたから見ていましたよ。
おかげであっちの世界での戦闘スタイルも、一時期はセガール流体術と銘打って派手にやらかしていましたから。
そのあとで、師匠に出会って魔導師に覚醒したのですから、セガール流体術は一時期封印していましたけれどね。
「……でも、さすがに身体能力では私の方が上ですけれど、このリーチの差というのはいかんともしがたいものですね」
「キヒャゲヒュァ……」
「はいはい、呼吸器が傷ついて声が出ませんか。あなたの場合、最初に気管に侵入されたみたいですね。そこから無理やり体内を食い破って胃の方に移ったというところでしょうか……」
口から血を噴き出し、ヒューヒューと呼吸が乱れています。
この状態では、急いで手当てしなくてはなりませんので、一撃で終わらせましょう。
「ということで、トリャッ!」
――ズボッ
右足に闘気を浸潤させてから、一撃で目の前の連隊兵のみぞおちに向かって足刀を叩き込みます。
この一撃で胃の内容物が全て逆流、ついでに寄生型魔導具も吐き出させましたのでこれでおしまい。
「よし、あと四人!! それよりもスティーブ、とっとと外の面倒な奴を終わらせてくださいよ。この手の輩は私よりも、あなたの方が相性がいいのですから」
後半は愚痴です。
私が召喚したスティーブが、このバッキンガム宮殿で起こっている異変に気が付かない筈がありません。彼は、アメリカのヒーローになることが夢だったのですよ、ハリウッドでトップアクションスターを目指していたのですから。
〇 〇 〇 〇 〇
バッキンガム宮殿が巨大な鳥かごのような結界に包まれてから。
俺は、まっすぐに宮殿に向かって走った。
「……あの結界は、勇者の加護を消失させるタイプか。ということは、この場に錬金術師ヤンがいるっていうことだよな」
状況を確認するためにスーパーダッシュ。
そのついでに、俺の目の前で仁王立ちしてククックックッと笑っているドワーフラビットめがけてサッカーボールキック!! どこの世界に、体高六十センチで白衣を着てマッドサイエンティスト笑いをしているドワーフラピッドがいる!!
――ギン
だが、俺の渾身の一撃は奴の目の前に展開されたバリアのような薄い膜で弾き飛ばされた。
『相変わらずの脳筋だね、スティーブくん』
「悪いが、俺はアクションスターなのでね。それよりも、随分と余裕のようだが?」
――ビシッ……バッギィィィィィィン
俺の言葉に眉根をひそめたドワーフラビット。
その瞬間、俺の渾身の一撃を受けたバリアは砕け散った。
『ば、馬鹿な。この俺の対物理バリアを蹴りだけで破壊するだと?』
「ああ、こう見えても凝縮した闘気が、常時体内を循環しているのでね。普段から全身に闘気を纏っているようなものなんだが、それを一点に集めた時のパワーは、たかが対物理バリア程度なら簡単に砕けるんだわ」
『クックックッ……恐るべし勇者スティーブというところでしたか』
うん、俺のことをよく知っているドワーフラピッドだな。
それにしてもこいつは一体何者なんだ?
あの宮殿を包んでいる結界なんて、魔王四天王クラスしか作り出すことができない筈だが……。
ああ、つまりそういうことか。
「俺たちに敗れて封印されていたはずなのに、まあ、随分と可愛らしく転生したものだな、ヤン」
『まあ、おかげさまで苦労しましたよ。元の力を取り戻すため、どれだけの【経験値】を集めたものか』
「また経験値の話かよ……」
この魔王四天王っていうのは、とにかく厄介。
俺たちの召喚された異世界には、【経験値】などという概念はない。
だが、この錬金術師は、人間やその他の生物が強くなる理論を研究し、そして一つの結論に達したらしい。
相手を殺害したとき、その対象の『魂の原質』は数値化され、倒したものの魂と同化する。
そのさい、一定量の『魂の原質』を吸収した魂は一段階・昇華する。
それに伴い、肉体能力・精神能力が飛躍的に向上する。
これが、ヤンの提唱した【魂経験値理論】。
悔しいことにこの理論の一部は真実であり、実際に俺たちも敵対する魔族を倒した時に
だが、それが全てではなく、魂の昇華についてはさまざまな理由があるのだが、俺たちはそこについては頑なに拒否。だが魔族は、敵を殺して強くなるという一点しか認めていなかった。
『ええ。おかげで、昔の力を取り戻せましたよ。ほら、貴方もご存じでは? アイルランドで噂されている『キラーラビット事件』というのを』
フッ、とモノクルを外して息を吹きかけ、それを磨き始めるヤン。
その大胆不敵な態度に騙されて、迂闊に攻撃しようものならカウンターが飛んでくるのは知っている。
「ああ。確か野生のドワーフラビットに襲われて二十五人の人間が殺された事件だったな。確か、今から半年ぐらい前のニュースを見ていたが、ある時を境にぱったりと止まったと聞いていたが」
『ええ。必要量の魂が集まりましたから。そして、新しい理論も一つ完成しましたので』
「新しい理論?」
嫌な予感がする。
まさかとは思うが。
『ええ。魂の原質は、より純粋な魂から経験値として集められるのです。それも無垢であればよい……苦労しましたよ、生まれたばかりの幼子たちを集めるのは』
――ドッゴォッ
ヤンの言葉の直後、俺は全身の闘気を右手に凝縮して、ヤンの横っつらを力いっぱい殴りつけた。
だが、その瞬間、奴の足元から巨大な手が生えてくると、それをいともたやすく受け止めていた。
『このゴーレムもその集大成です。使用されている魔石、これを作るためにどれだけの母体を必要としたことでしょうねぇ』
「ぶっ飛ばす!」
ああ、やっぱりこいつは最高の異常者だ。
マッドサイエンティストなんていう優しいくくりじゃすまされない。
ここで、もう一度、息の根を止めてやる。
まずは怒り心頭の状態を鎮めてから、現在の戦域について確認することが大切。
俺の異世界での師匠であるマスター・ガイアスの言葉を思い出せ。
「ふぅ……『どのような状況に追い込まれていても、しっかりと周囲を確認し自分が立っている場所の特性を味方に付けろ』、だったかな」
そう呟いてから、攻撃を続けつつも周囲の状況を確認する。
今いる場所はバッキンガム宮殿外。
巨大結界に包まれた宮殿の外、目の前にボウ・ルームが見えているところから、俺とヤンの立っている場所が庭園側出口に近い場所であることは把握。
その綺麗に整備された芝生から、巨大なゴーレムが姿を現し、俺がヤンに向かって繰り出している攻撃を次々と止めている。
まったく、この手の化け物相手なら、俺よりもスマングルの方が有効打を叩き込めると思うんだが。
「……第1空挺団の連中には要所に移動してもらっている、タイミング待ちなのも把握……と」
すでに彼らには無線で指示を出してある。
当然ながら相手は基地外錬金術師のヤン、手加減なんて必要がない。
それこそ即死系魔術を連射して、魂を根幹から消滅させたいレベルの魔族だからなぁ。
『はっはっはっ。流石の勇者スティーブでも、この私の最高傑作であるゴーレムに阻まれては形無しというところですか。もっと楽しませてくださいよ……今頃は、宮殿内部は阿鼻叫喚に包まれているでしょうからねぇ』
「内部……ねぇ。そこにヤヨイとヨハンナがいることを知っているんだろう?」
『ええ。ですから、そのためのこの結界ですよ。空帝ハニーの魔術については、全てリビングテイラーから聞き及んでいますからね』
「そのリビングテイラーだって、ヤヨイに殺されただろうが……」
そう、俺はスマングルから聞いている。
ナイジェリアの地下迷宮で、ヤヨイとリビングテイラーが死闘を繰り広げ、そして彼女に倒されたということを。
それなのに、聞き及んでいる……だと?
『フッ……魔族の魂を破壊するためには、体内に保有する魔人核を破壊しなくてはならない。そして、空帝ハニーの必殺の一撃、
なん……だと?
『ククッ……クックッ……アーーーッハッハッハッハッハッ。リビングテイラーから聞きましたよ、下半身が転移している最中に、上半身に向かって必殺の一撃を叩き込まれたと。ええ、その直前にリビングテイラーは、魔人核を分割し、意識を転移した下半身へ送り込んでいたそうです。つまり、上半身に残っていた魔神核は本物なれど、意識は転移していたのです……ええ。今はまだ肉体の再生中ですが、しっかりと意識は戻っていますよ……』
「……なるほどなぁ」
ヤヨイはこのことに気が付いていないだろう。
まあ、いずれ知ることにもなりそうだから、その前にこいつだけでも息の根を止めておくことにするか。
「それじゃあ、一つ聞かせて貰おうか。貴様は本体なのか?」
『ええ。この結界を構築するのに、保有魔力を半分に分割にした状態では不可能ですからね。それで、どうするのですか?』
「こうするのさ!!」
――シャキィィィィィィィィィィィィィン
アイテムボックスに収納してある【武器庫】から、一振りの聖剣を換装する。
刀身に刻まれた
その瞬間、刀身から冷気が噴き出し、ヤンに向かって一直線に飛んでいく!!
『その技は知っていますよ。ええ、ですから対処も可能です!』
再びゴーレムがヤンの前に飛び出すと、両掌を前に突き出して構えた。
その程度の護りで、この絶対零度に近い冷気の奔流を押さえることなど不可能だな。
「そんなゴーレムで止められると思ったのか!」
『先ほど……話した筈ですよ。ええ、詰めが甘いですね』
――ニュルッ
ゴーレムの掌、そこに無数の子供の顔が浮かびあがる。
しかも、まるで生きているように、苦痛にゆがんだ顔をこちらに向けていた。
それも、一人じゃない、五人、十人……どんどん子供の顔が増えていった。
『ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァン』
『痛いよぉぉぉ、助けてよぉぉぉ』
聞こえてくるのは悲鳴。
俺の目は闘気によってコートされている、幻影など一発で見抜くことができる……。
だが、この目の前の子供たちは幻影ではない。
当然、生きているとも思わないが……。
「くっ……戻れ冷気よっっ……この外道がぁ!!」
『ありがとうございます。危なく、勇者が聖剣で子供の魂を切り裂くという惨劇が起こるところでした。ええ、先ほども申しましたよね、より純粋な魂を集めたと、そしてその集大成であると』
バッ、と両手を天に向けて広げるヤン。
そしてゴーレムが俺に向かって全力で走ってくると、次々と拳を叩き込んでくる。
ああ、この攻撃を武器で受け止めると、その場所に子供の顔が浮かびあがって潰れるんだろう?
その程度の結果は想像ができるわ。
まったく……。
「ヤン……貴様は、ろくな死に方はしないからな!!」
『はっはっはっ。例えば、どんな死に方をするというのですか? この絶対的有利である現状、この私はどのような手段で殺害されると』
――パスッ
それは一瞬。
勝ち誇り、笑顔で叫んでいたヤン。
その頭部の真横、ヤンが常時施していた対物理障壁に銃弾がめり込むと、一瞬でヤンの頭部まで貫通した。
「まあ、お前の死因は狙撃による射殺だな。俺がお前とずっと対峙しつつ、意識をこっちに向けていた理由が分かったか?」
ああ。
ヤンの姿を見た瞬間に、第1空挺団の隊員に指示を飛ばしておいたんだよ。
あとは、彼らが配置について準備ができるまで、ただひたすらに俺がヤンに攻撃を繰り返し、意識をこっちに釘付けにするだけだったのでね。
幸いなことに、第1空挺団の闘気隊員は銃弾に闘気を纏わせることができるっていうからさ。
『……おおっ……凄い、これが死ですか……あははぁぁぁぁぁ……』
頭部を撃ち抜かれ半分ほど吹っ飛んでいるのにも関わらず、ヤンはベラベラと話を続けている。
もっとも、銃弾で頭を撃ち抜かれた瞬間に、ゴーレムが停止して崩れたのだから、お前が本物だっていうのは理解できたわ。
『しかし……どうして私の結界を撃ち抜けたのですか……たかが狙撃銃の弾丸程度では……』
「ああ、自衛隊の対人狙撃銃で使う七・六二mm弾じゃ無理だろうな。だから俺が持っていた狙撃銃を貸しただけだ。・三三八ラプア・マグナム弾……象を一撃で倒せる大口径ライフル弾だ。錬金術師のバリア程度なら破壊するだろうさ」
『ははぁ……日本にはない、アメリカの装備……ですか……ああ……なるほどねぇ……』
そう呟きつつ、ヤンの身体が散っていく。
散っていく?
「この糞っ垂れがぁ……貴様もニセモノかよ!!」
『頭は使うものですよ……ええ……この体もゴーレムですからね。魔術が浸透しやすいように調整した……生命体を使ったゴーレムへぶぉわあっ』
――グシュッ
これ以上の減らず口は聞きたくはない。
ヤンの頭部を踏み抜いて消滅させると、バッキンガム宮殿の方を向く。
先ほどまで鳥かごのような結界に包まれていた宮殿だが、その鳥かごも徐々に消滅し始めていた。
「……ふぅ。今回の四天王は、本当に厄介だわ……どうする、ヤヨイ……」
今頃、内部でも戦闘は続いているだろう。
まあ、そっちはヤヨイとヨハンナに任せるさ。
俺はとっととアメリカに帰還……って、おい、ここからどうやって帰ればいいんだ?
ヤヨイ、早く終わらせて俺をアメリカに送ってくれ!
〇 〇 〇 〇 〇
――バッキンガム宮殿内、ピクチャーギャラリー
英国最強の騎兵連隊・ブルーズ・アンド・ロイヤルズ連隊。
私はその騎兵相手に一進一退の攻防を繰り返しつつ、晩餐会の会場である舞踏会室から離れています。ええ、室内をちらっと見たところ、外でこれだけのドンパチを繰り広げているにも関わらず、中では晩餐会がそのまま続けられているようです。
ヨハンナが機転を利かせて、異邦人として異世界で体験したできごとを話し始めているようなのですよ。
幸いなことに、外のこの戦闘音も室内には届いていないようですので、あとはこのままこの場所から離れつつ、スティーブがどうにかしてくれることを祈るだけ。
舞踏会室内部にはリビングデッドたちは侵入することができないものの、万が一を考えて有働3佐が部屋の出入り口付近にて待機。緊急時には無線で私の元に連絡が届きます。
あとは、私が残り三人の騎兵たちを戦闘不能にするだけ……なのですけれど。
迂闊にも、私は宮殿内のピクチャーギャラリーという部屋に誘導されてしまいましたよ。
「……ふう。これで化け物相手の戦闘状況でなければ、ゆっくりと芸術を堪能できたところですけれどね」
ピクチャーギャラリーは、壁の左右に絵画を始めとしたさまざまな美術品が展示されている回廊です。
確か、もともとはジョージ六世が収集した美術品を展示するために作られた部屋だったはずでして。
恐ろしいことにレンブラントの真筆やルーベンスの自画像を始めとした名画が数多く並んでいる、まさに『展示品に傷をつけるなんてことは許されない部屋』なのです。
そして私の動きが鈍ったのをいいことに、騎兵たちもサーベルを振りかざして襲いかかってきました。
「壁や天井を蹴とばして駆け抜ける……なんてことができないのですよねぇ。でも、それは貴方たちも同じではないのですか?」
アンソニー・ヴァン・ダイクの【聖母子】を背にして、私は三人の騎兵を前にトントンと軽くジャンプします。ええ、ここから先はフットワーク重視、カウンター攻撃で相手を止めるしかありません。
そして私の立っている場所がまずいと騎兵たちも本能で理解したのか、サーベルを構えたまま動きが鈍くなっています。
体内に侵入した魔導具による隷属的効果でも、彼らの英国に対する忠誠心を蝕むことはできなかったようで。ええ、これが人間の持つ魂の力ですよ!!
「……あの錬金術師ヤンがこの光景を見たら、頭を抱えて絶叫しているでしょうね。魂すら隷属する魔導具を用いても、彼らの忠誠心を支配することはできない。その理屈が、きっとわからないでしょうから……」
そうと決まったら、私は振り向いて【聖母子】に向かって拳を構えます。
体内の魔力が闘気変換されて、全身を駆け抜ける。
それを拳に凝縮して
――ダッ!!
その瞬間、騎兵たちが一斉にサーベルを捨てて、私を取り押さえようととびかかってきましたので。
素早く歩法を切り替え、彼らの脇をすり抜けるように背後にバックステップ。
彼らと私の立ち位置が入れ替わったのを確認してから、騎兵たちに向かって腹部に向かってガトリングパンチを叩き込みますっ。
――ドゴゴゴコゴゴゴゴゴッ
一瞬で腹部に強烈な一撃を受けて、三人ともその場に蹲ります。
そして口から三体の魔導具がウネウネと這い出してきたので、そこに向かって隠し持っていたナイフを投げ、床に縫い付けました。
「ふう。これでこっちのミッションは完了ですかねぇ……」
――スッ
そう呟いた瞬間、体内の魔力回路がフル稼働。
同時に勇者の加護も再起動した模様です。
「お? これはひょっとして……スティーブ、外は終わったの?」
念話でスティーブに話しかけます。
おそらくは彼が、ヤンを倒してこの結界を解除したのでしょう。
さすが勇者です。
『お、念話が繋がったか。残念なことにヤンは取り逃がした。というかあの糞ウサギ、
「どうにかって……うん、また、どうにかできるよ。うん、ありがとう」
今回は、スティーブが来てくれなかったら完全に詰んでいた案件です。
結界の外に錬金術師ヤンがいたこと、スティーブが私のフレンドリー召喚に応じてくれたこと、そして偽者でも、結界を張り巡らせたヤンを始末できたこと。
この条件が揃ったからこそ、私はこうして無事でいられるのよね。
『まあ、あとはそっちでどうにかしてくれればいい。俺は外で待機している第1空挺団の連中と一緒に、お茶でも飲んでいるからさ』
「了解。こっちの作業が終わったら合流するから、そのときにでもアメリカに送ってあげるね」
『はいはい。それじゃあ、晩餐会を楽しんでくれ』
それで念話は途絶えました。
そして入れ違いでヨハンナからも念話が届き、晩餐会は無事に最後の挨拶まで進んだとのことです。
あとは、途中でティーポットに閉じ込めてあった寄生型魔導具などを全て回収、アイテムボックスに納めてから、舞踏会室前で待機していた有働3佐と合流。
室内では壁際で待機していた側衛官に状況を説明すると、静かに自分たちの席へと戻りました。
「如月3曹、お疲れさま」
「ありがとうございます」
そうねぎらってくれた有働3佐に小声で礼を述べてから、あとは静かに晩餐会が終わるのをじっと待つことにしました。
〇 〇 〇 〇 〇
無事に晩餐会も終わり、貴賓客の皆さんがバッキンガム宮殿を後にしたのを確認してから。
私たちも第1空挺団のベースキャンプ地点へ移動、そこで待機していたスティーブとも無事に合流です。
『ほら、これがヤンだったものの土くれだが。一応回収しておいた。分析なりなんなり、好きに使ってくれ……と、ああ、それとヨハンナ、こっちの土砂に祝福を頼む』
ベースキャンプで待機していたスティーブは、私とヨハンナの姿を見て、開口一番そう声をかけてきましたが。
はい、私が受け取った土くれですが、明らかに異質な魔力の残滓を感じ取れます。
なんというか、こう、あまり触れたくない存在と言いますか。
「土くれ……ねえ。ヨハンナの方は……と、失礼」
私がそう問いかけた時。
ヨハンナは大量の土砂の前で膝を折り、涙を流しつつ神に祈っています。
はい、私でも判りました、その土砂の中に見える骨らしきもの。
それって人骨ですよね、大きさから察するに子ども……それも、かなり幼い。
『……ヤヨイ、変な考えは起こすなよ?』
「変な考え? この土くれの魔力を魔導具に登録して、奴らの拠点を確認、そこに広域殲滅術式を叩き込むことですか? それともヤンだけを探して【
うん。
冷静じゃない。
私、泣いている。
ヤンのやり方は、人の命すら実験体としてしか考えていない。
それも、これだけ大勢の犠牲者を出しながら、彼は笑いながら実験を繰り返している。そして死体はごみのように廃棄するか、こうやって儀式の媒体として使用することしか考えていない。
そして、第1空挺団の隊員たちも私たちの雰囲気を察したのか、集まってヘルメットを外すと、黙とうを捧げています。
私もすぐに立ち上がって、仲間たちと同じように黙とうを捧げます。
やがて、ヨハンナが【赦祈の言葉】を紡ぐと、土砂の中から一つ、また一つと光る小さい球が浮かびあがりました。
ヤンによって殺された人たちの魂。
それがヨハンナの言葉に導かれて、天へと帰っていきます。
一つ、またひとつ。
ある魂はまるで道を急ぐように、またある魂は二つ並んで手を繋いでいるかのように。
やがてすべての魂が天に帰っていくと、ヨハンナは立ち上がり私たち自衛隊にも頭を下げました。
『……まさか。この地球でまた、この儀式を行うことになるとは思っていませんでした』
『まあ、そうだなぁ。とにかく、奴らを止めないと、この悲しみの連鎖はいつまでも続くことになる。ということで、俺は一旦、アメリカに戻る。どうせ奴らの事だ、また何か企んで動き始めるだろうさ』
「本拠地が判らないっていうのか、一番つらいんですよ」
そうヨハンナとスティーブに告げつつ、私は手にした土くれをパラパラと地面に落とします。
すでに解析は終わりましたが、残念なことに、私の魔力捜査範囲内には、彼らの反応はなし。
どうせ位相空間でも構築して、そこに拠点でも作っているのだろうと思いますよ、ええ。
次に姿を現した時は、四天王と魔王の最後と思ってください。
『まあ、ヤヨイは焦るな。お前はあっちの世界でも、こういう状況になったら視野が狭まってしまうからな。何かあったら俺たちに連絡を寄越すこと、いいな』
『そうよ。私ももう少ししたら日本に戻るから、その時にまた対策とかも話し合いましょう?』
「うん。分かった」
そう告げて、私はスティーブをアメリカまで転移魔法陣で送還しました。
そしてヨハンナもまた、修道女さんたちと共にホテルへ。
私たち第1空挺団もこれで今回の任務は完了、明日からは撤収準備にはいります。
なお、私は女王陛下との謁見です。
異邦人として、いろいろと話が聞きたいとかで。
まあ、当たり障りのないことを話して終わり……というわけにはいかないのでしょうねぇ。
〇 〇 〇 〇 〇
はぁ。
イギリスはエセックス州でのリビングデッド鎮圧から始まり、バッキンガム宮殿での要人警護も無事に完了。そして一夜明けて、本日は女王陛下との謁見です。
はい、私の本来の任務はこちらでして、晩餐会での警備から続く一連の任務ということだそうです。
ということで、朝一で身支度を整えますと、有働3佐と共に一路、バッキンガム宮殿へ向かいました。
案内されるままに謁見室に向かい、横一列に並んで女王陛下がやってくるのをじっと待ちます。
ええ、この時のために、マナーについては一通り学んできましたよ。そもそもですが、私には異世界で身に着けた社交術があります。
他国の国王や貴族との謁見なんて、もう百回以上も繰り返してきましたよ。
国によってはマナーも違い、その都度新しい所作を頭と体に叩き込んできましたから。
――ガチャッ
そして扉が開き、シャーリィ・エリザベス3世がやってきました。
さあ、ここからが見せ場です。
決して相手に不快な思いをさせないように、しっかりと足を引いてカーテシーで挨拶。
手ぶらでなんて来ません、すでにギフトは預けてあります。
そしてこちらからは口を開かない、女王陛下の問いかけに対して答えを返す。
ええ、しっかりと頭の中に焼き付けてありますから。
そして一通りの儀礼的挨拶を終えると、女王陛下がにっこりとほほ笑んで一言。
『……それじゃあ、ティールームに向かいましょう。立ち話ではなんですので。今日は、レディ・キサラギにいろいろとお伺いしたいことがありますからね』
「はい。私がお答えできる範囲でしたら」
『ふふふ。そう固くならなくて結構ですよ。では参りましょうか』
そのまま女王陛下に付き従うように、ティールームへ向かいます。
そこで私は、さまざまな質問をされました。
私が異世界に行くことになったきっかけ
魔術について、誰でも学ぶことができるのか?
私の異世界での冒険譚
などなど。
ちなみに私の魔術知識については、個人の能力であるために【国家の秘匿情報】ではありません。
自衛隊に所属していると、自衛官として得た情報などは全て秘匿する義務があるのですけれど、個人能力である魔術については、それを公にすることを規制できないそうで。
これについても、異邦人対策委員会は枷を付けるべく、『如月3曹の所有する魔術は国家財産であり、それを他国に伝えることは違法行為である』などといちゃもんを付けてきたことがありましたよ。
ちなみに議員の皆さんは高笑いされていましたが。
ということですので、私が女王陛下の問いかけに答えることには、なんら問題はありません。
ただ、とんでもなく専門的な説明になるので、いままでは行っていなかっただけですから。
まあ、とりあえずは私の説明できる範囲で、簡単な部分はお話ししました。
その場にいらっしゃった方々には
そして、ようやく話が終わりそうになった時。
『一つ、教えて欲しいことがあるの……いいかしら?』
それまでの楽しそうな口調ではなく、真剣な表情で女王陛下が私に問いかけてきます。
ですから私も静かに、女王陛下の眼を見て頷きました。
『アヴァロンは、実在するのかしら?』
その質問の意図は私にはわかりません。
ただ、好奇心で問いかけたとは思えないように感じます。
「失礼ながら。この場での魔導具の使用を許可していただけますか?」
ええ、私単体での魔術では、今の質問の答えを導き出すことはできません。
だから、トラペスティの耳飾りと、真偽の片眼鏡を使う必要があると判断しました。
『ええ、構いませんよ』
「では、失礼します」
静かに告げてから、アイテムボックスの中に納めてある二つの魔導具を換装します。
そして体内魔力を活性化させるために。髪を解きリミッターを解除。
私の魔力に反応して魔導髪がふわりと舞い上がりますが、目の前の女王陛下は真剣なまなざしでこちらをじっと見ています。
「トラペスティの耳飾りに、七織の魔導師が誓願します。我が眼の『真偽の片眼鏡』に、神威感覚を授けたまえ……我はその代償に、魔力十八万を献上します」
――キィィィン
トラペスティの耳飾りが虹色に輝き、そして片眼鏡が共鳴します。
そしてその瞬間、私の眼に、小さな島が浮かびあがりました。
大きな湖の真ん中に浮かぶ、小さな島。
そこでこちらをじっと見つめている、八人の妖精たち。
ええ、そこが『アヴァロン』であり、彼女たちは島の守護者であり監視者であるということも、瞬時に理解できました。
アヴァロンは、実在します。
それも、このイギリスの地に、いまもなお。
選ばれしもののみが乗ることが許された船、それでなくてはいけない『精神世界の神なる島』。それがアヴァロンなのでしょう。
「女王陛下にお伝えします……アヴァロンは、いまもなおこの地に存在します。そうですね、そこが選ばれたものでなくては向かう事が許されない地であるということは、女王陛下もご存じかとおもいます」
淡々と告げてから、私はゆっくりと息を吐いて、もう一言だけ伝えます。
それが、彼女の望んでいることでしょうから。
「そして、島には今もなお、その地を管理する者たちが存在します……ですから、ご安心ください。このイギリスの地は、彼女たちによってずっと見守られていますので」
ええ。
私も思い出しました。
この地に古くから伝えられている、古い伝説。
その中に記されている、アヴァロンを守護する九人の妖精たち。
先ほど見えた島には、八人しか妖精は存在しなかった、でもそれは当然。
だって、彼女たちを統べる妖精モルガン・ル・フェは、女王陛下の傍らで、静かに頭を下げていたのですから。
『そうですか……ありがとうございます』
「この国は妖精たちによって守護されています。ですが……間違ったことが許されているならば、守護妖精はいずれ、アヴァロンへと戻ってしまうでしょう……ですよね」
最後の部分は小さく、そして目の前の妖精モルガンに問いかけています。
すると彼女も、私をじっとみてから、静かに頷いていました。