死都戦線~Sixth Mission~

 ――イギリス・空軍基地

「私は、どうしてここにいるのですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 広い滑走路の中央で、私は思わず絶叫してしまいました。

 ええ、国際異邦人機関に対して、イギリスが救援要請を出したのですよ。

 しかも、本来国連平和維持軍(PKF)は国家間紛争などの解決のためにしか派遣されないはずなのに、異邦人機関を挟むことで『平和と安全を第一目的とし、非人道的紛争および犯罪行為に対しての制圧のため』という条項が追加されるそうで。

 いつも通り、日本の異邦人対策委員会が魔導編隊のPKF派遣について反対意見を表明するものの、あっさりと無視されて決議。

 あれよあれよという間に、私たち第1空挺団魔導編隊は、イギリスまでやってきました。

「如月3曹、そんなところで叫んでも何も始まらないぞ。間もなくミーティングだからな」

「了解です!!

 今回の作戦において、魔導編隊の責任者は津田1佐が担当となります。

 そして実戦部隊の部隊長は、有働3佐が務めることになりました。

 闘気修練経験者によって構成された魔導編隊・総勢二十名は、『三日前の十五時に連絡が途絶えてしまったイングランド・エセックス州コルチェスターにある第十六空襲旅団本部を襲撃し、その後も敷地内および施設内に存在するであろう【仮称・リビングデッド】の殲滅、および施設関係者の救助』に向かうことになりました。

 そしてイギリス陸軍特殊部隊も合流し、ミーティングが開始。

 私たちが到着する前日にはイギリス陸軍の特殊部隊が奇襲をかけたらしいのですが、残念なことにこの作戦は失敗。

 厄介なことに、リビングデッドは強襲を仕掛けたイギリス特殊部隊に対して反攻作戦を行ったらしく、想定していたよりも機敏かつ精密な行動を行っていたそうです。

 この作戦により、作戦に参加して基地に突入した兵士四十名のうち、生還したのは十五名。

 残りの兵士たちは、敷地内にあるさまざまな施設の内部へと連れ去られていったそうです。

「……ここまでの説明で、質問は?」

 淡々と作戦司令部の責任者であるレオナルド・ホークス大佐が話を進めていますが、モニター上に映し出されている映像を見るに、事態は最悪です。

 なにしろ、第十六空中強襲旅団戦闘団、その本部だけがリビングデッドに襲撃されたのではなく、その施設に駐屯している兵員すべてがリビングデッド化したということですから。

「質問です。今回のターゲットである第十六空中強襲旅団戦闘団がリビングデッド化した原因は掴んでいるのでしょうか?」

「不明です」

「リビングデッドとなった兵士たちは、救出すれば蘇生できるのですか?」

「不明です」

「リビングデッドに襲われた場合、我々もリビングデッドとなってしまうのでしょうか?」

「不明です」

 イギリス、日本二つの部隊の質問に対して、ホークス大佐の返答は『不明です』の一点張り。

 これではリビングデッドに対して、実弾による攻撃を行うべきなのか、救出を前提に保護するべきなのか、方針自体が不明確になってしまうのですけれど。

「リビングデッドに対して、我々の持つ攻撃手段は通用するのでしょうか?」

「全く通用しないわけではありません。もっとも、やつらは自己修復機能とも呼べる能力を有しております。人間だった頃の倍以上の身体能力を有し、施設内部に足を踏み入れたものを強襲。そのまま捉えて施設内へと連れ去ってしまいます。また、彼らは我々が使用する兵装全てに対して熟知し、それらを手足のように自在に操ることができます」

 ふむ。

 その説明で、なんとなく状況が理解できましたね。

 人造魔導師計画の被害者に現れた症状と酷似している部分があります。

 つまり、おかしな身体能力も再生能力も、全て体内に埋め込まれたと思われる『疑似魔導器官』によるもの。

 そこから心臓に向かって魔素が流れ込み、頭部に浸透して、洗脳に近い状況に陥ってしまったというところでしょう。

 厄介なのは、体内に魔力が浸透してしまっているため、体表面に魔力膜のようなものを形成しており、それをもって自己修復を行っている可能性が高いと。

「うん、新宿大空洞でのゴブリン戦、あれを想定すればいいわけですか」

 ぼそっと呟いてしまいましたけれど、それを聞きつけた両隣に座っている大越3曹と一ノ瀬2曹は、いや~な顔をしていますよ。

「ん、如月3曹、何かあるかね?」

 ほら、私の呟きが前に立っている津田1佐の耳にまで届いたようです。

「はい、今回の作戦において、新宿大空洞戦に参加していた魔法編隊所属隊員として意見具申します。相手は魂を持ち生きている人間ですが、それが人造魔導師計画の犠牲となり、体内に埋め込まれている疑似魔導器官の暴走により化け物となってしまったと思われます。対策としては、邪妖精ゴブリン種との戦闘データを参照するとよいかと思われます、以上です」

 それだけを告げて、私はさっさと席に戻ります。

 ほら、日本からやって来た部隊員たちはいやーな顔をしていますよ。

 あの恐怖を知っているのですから。なによりも今回相手にするのは、一般の人間ではなく訓練を受けた兵士が狂化したものと思って構わないでしょう。

 つまり、入念に対策を行わないと、反撃されてこちらが命を落とす可能性もあるということです。

 はぁ。

 相手が人間なら、魔石なんて持っているはずがないのでやる気は半減。

 でも、疑似魔導器官については興味があるので、それを回収したいところです。

 もっとも、生きたまま疑似魔導器官を体内から引っこ抜くなんて言う芸当は、さすがの私でも無理です。

 さて、いずれにしても、それを取り出すか機能を止めない限りは、リビングデッド状態を解除することはできません。

 はぁ、また溜息が零れましたよ。

 闘気修練者の部隊で、どこまで行けるか不安ですよねぇ。

 困ったものです。

 このパターンでの戦果を知っているだけに、気分が滅入ってきますよ……帰りたいです。


 ◯ ◯ ◯ ◯ ◯


【空挺隊員は、強靭な意志と追随を許さない創意と挺身不難の気概とを堅持し、剛胆にして沈着、機に応じ自主積極的に行動し、たとえ最後の一員となっても任務の達成に邁進しなければならない】


 これが私たち第1空挺団の空挺精神であり、心に刻まれた指標。

 それを今一度、心の中に刻んだのち、私たちは魔導編隊正式採用の96式装輪装甲車に搭乗。

 今回の作戦は、第十六空中強襲旅団戦闘団の拠点であるグリフォンハウスという建造物に対して奇襲を行います。そこがリビングデッドの最も集まっている場所であり、施設内部の関係者が掴まり閉じ込められている場所だそうで。

 なお、私たち第1空挺団は降下作戦ではなく、装輪装甲車に搭乗して施設敷地内に突入。そののち中央のグリフォンハウスに向かい、要救助者を救護するのが任務です。

 また、同タイミングでSAS(スペシャル・エア・サ―ビス、英陸軍特殊空挺部隊)も突入し、リビングデッドを制圧。

 周辺施設に取り残されている要救助者を助け出すという算段になっています。

 本来なら空挺降下作戦を行いたいところなのですが、基地施設内に厄介なものがあるそうで。

「……なんでまた、コルチェスター基地にストーマーHVMなんて配備されているんだよ……」

 ストーマーHVM、すなわち自走地対空装甲車。

 しかも、近距離防空ミサイルまで搭載していまして、なんというか、空挺降下作戦を迎撃するために設計されたようなものですよ。

 これが無ければ、とっととC130ハーキュリーズで上空から接近し、空挺降下による夜間奇襲作戦が行えたのです。

「なんというか、まるでうちの空挺ハニー嬢を牽制するために配備されているみたいです」

「ははっ、まったくです、有働3佐のおっしゃる通り、如月3曹はどれだけ警戒されていることやら……」

 はぁ。

 有働3佐の呟きに、大越3曹があいも変わらずツッコミを入れています。

 あの、階級を忘れないでくださいよ、まったく。

 それよりも、今回は私自身も装輪装甲車で移動し、リビングデッドを背後から操っている仮想・敵性存在を探し出さなくてはなりません。

 いつものように魔法の箒で基地内を飛び回っていますと、索敵系の魔法に集中できないのですよ。

 それよりも、今回の作戦についてはどうしても、私は乗り気になれません。

「……如月3曹、リビングデッドの対策についてだが、ミーティングで説明された肋骨下心臓横にある魔導器官に対して闘気を叩き込めばいいっていうのは理解できたが。一つ教えてほしい……彼らは、人間に戻れるのか?」

 有働3佐が、真剣な顔で問いかけます。

 ですから、私も覚悟を決めて説明しなくてはなりません。

「まず、SASとの合同ミーティングで説明した通り、疑似魔導器官にたいして闘気を強制的に流し込むことで、リビングデッドの肉体は拒絶反応を示し身動きができなくなります。これは異世界アルムフレイアで私たちが実践しデータを取ってありますので、ほぼ間違いはないかと推論します」

 そこまで説明して、一旦、呼吸を整えます。

「一度でも疑似魔導器官を体内に組み込まれた場合……元の人間に戻ることは不可能です。魔導器官によって作られた魔力は全身の隅々まで浸潤し、肉体そのものを作り替えます。次に、その副作用として脳が侵され、正常な思考を行えなくなる他、記憶も感情もどんどん摩滅し続けていきます……」

「では、疑似魔導器官というのを体内から摘出した場合は?」

「一度でも暴走した魔力によって脳が侵された場合、その結果起きる障害は不可逆的なものです。そして最悪なのは、疑似魔導器官に術的処置が施され、一定の命令が組み込まれていた場合。それは脳をはじめ全身に浸透したのち、魂のレベルで暴走する可能性が極めて高いということです……」

 つまり、本物のリビングデッドとなってしまうのです。

 人間以上の身体能力を有し、且つ、生前の知識と技能を持ったまま、生きているものを襲い続ける。

 疑似魔導器官は定期的に外部より魔力を供給されなくては稼働できません。そのため狂化したリビングデッドは、人間の血液、体細胞に浸潤している魔力を喰らうために、襲いかかって来る。

 本当の意味で、ゾンビのように人を襲い、喰らいついてきます。

 しかも、その動きは常人をはるかに超えます。

 私たちの世界のゾンビ映画のようなスピードではありませんよ、時代劇の忍者の速度で走り寄ってきて、一撃で肉体に喰らい付き、引きちぎってきます。

 そんな光景を、私たち異邦人フォーリナーは目の当たりにしてきたのですから。

「SASからの指示では、身動きが取れなくなったリビングデッドは向こうで回収するということだが。ひょっとして、なにか対策が講じられているとか?」

「それはあり得ません。聖女の奇跡でさえ、一度でも狂化した人を癒すことはできませんでした……はい、もう隠していても仕方がないのでご説明します、狂化した人間は魔族に堕ちます。そうなると、倫理観も何もかもが人間と異なる存在になります……」

 それが、錬金術師ヤンの本当の計画。

 人為的に魔族を生み出し、人の住む世界を魔都へと作り替えていく。

 ですが、この計画は失敗しているのです。

 人間が疑似魔導器官を埋め込まれ、魔族となる確率は1%もありません。

 それなのに、彼らは実験を繰り返します。

 だって、効率よく人間を減らすことができ、運が良ければ同志が生まれるから。

 そして、最悪でも疑似魔導器官さえ備わっていれば術式により遠隔操作が可能であるから。

「だから、私は……リビングデッドを一人残らず、殺すつもりです」

「待て、さすがにそれは容認できない……作戦の指揮権はイギリス陸軍にあり、我々は彼らのサポートとしてここにいるだけだ。この青いベレー帽の意味は、如月3曹も理解しているだろう? 我々は、平和維持活動として派遣されてきている。それを忘れないでくれ」

 そ、そんなことは分かっています。

 ただ、このままリビングデッドを停止させただけでは、何も解決しないんですよ。

 彼らを裏から操っている何か、恐らくは錬金術師のヤンがいることは間違いない。

 イギリスは、このことを知らずに彼を受け入れたのでしょうか。

 わからない、でも、奴ならそれぐらいのことはする。

 人心掌握術については、四天王でもトップクラスですから。

「りょ……」

「よろしい。では、さっそく作戦行動を開始する……」

 ――スッ

 有働3佐の言葉に続き、私は両手を左右に広げます。

「七織の魔導師が誓願します。我が体に五織の超感覚を与えたまえ……我はその代償に、魔力一万二千五百を献上します」

 これは以前、海魔を探した時に使用した術式。

 これにより私を中心に魔力波の膜が広がっていき、それに引っかかった対象を捉えることができます。

「……SASの指定したポイント、グリフォンハウスの中心から四十のリビングデッド反応。その建物の内部からは、通常の生命反応が二十八。北方、ゲート付近にてSASらしき反応とリビングデッドの反応が交差、交戦状態と思われます」

「了解。田辺2曹、このまま突入しろ。各隊員は近接装備の準備を」

 その言葉と同時に、隊員たちが腰のアルバ・ストライドナイフを確認。

 これは私が用意したもので、闘気循環が高い魔法金属と魔獣の牙によって構成されています。

 大きさはハンティングナイフとほぼ同じ全長二十七センチに刃渡り十五センチですが、闘気を流すことにより刃渡りは最大三十センチまで伸長します。それにナックルガードもついていますし、格闘徽章持ちの隊員にとっては取り扱いのしやすい形状に仕上げてあります。

 さすがは異世界の魔獣アルバの牙を用いて作り出した魔導兵装。結構素材が余っていたので急遽、部隊用に作っておいたのですよ。

 銃器は殺傷能力のある20式自動小銃のまま。

 手加減したら殺される、この場の誰もが知っている事実。

「準備完了……」

「一号車、指定位置に到着。速やかに展開し制圧を開始。続いて二号車、指定位置に到達!!

  私たちの乗っている二号車が指定位置にたどり着きました。

 車外からは無数の銃撃音が響いてきます。

 そして。

 ――ガチャッ!!

 後部ハッチが開き、隊員たちが一斉に外に飛び出しました。

 全て想定通りです。隊員は皆、指定の建物の陰に向かって移動すると、素早くリビングデッドたちの制圧を開始。

 そして私は……。

 ――シュンッ

 装輪装甲車の上に飛び乗ると、杖を構えて詠唱を開始。

 この建物すべてを強力な結界により封じ込めてしまい、外部からの援軍が到達しないようにします。

 さあ、ここからが正念場です……。

 いかにしてリビングデッドを停止させるか。

 そして、どうやってこっそりと、疑似魔導器官を回収するか。

 とにかく、私たちが異世界で見た光景、あれを再現することだけは防がなくてはなりません。


 ………

 ……

 …


 作戦が始まり、コルチェスター基地施設は戦場になりました。

 正面ゲートおよび施設内拠点の制圧のために、SASは交戦状態に突入。

 私たち陸上自衛隊魔導編隊は、施設内で囚われている民間人の救助に向かいました。

 大切なことは一つ。

 私たちは、決して自らが率先して武力を振るってはいけないということ。

 専守防衛、それこそが自衛隊の誇り。

 今回の作戦は、イギリス政府からの打診による『暴走した生体兵器の鎮圧および囚われている人々の救助』です。

 テロの制圧ではありません。

 そう、戦争ではなく紛争制圧、その戦場にいる人々の救助任務なのです。

「七織の魔導師が誓願します。我が手の前に三織の黒雲を遣わせたまえ……我はその代償に、魔力二千八百を献上します……麻痺雲スタンクラウドっっっ」

 ――ピシャァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ

 エルダースタッフを構え、麻痺雲スタンクラウドを発生させます。

 これでリビングデッド化したイギリス特殊部隊の動きを束縛するのが目的。

 幸いなことに、この戦法もあっちの世界で発生した、まったく同じパターンでの制圧作戦で使っていたので効果があることは実証済み。

 そして動きが鈍ったリビングデッドの身体目掛けて、闘気修練隊員が拳の一撃を放ちます。

 ええ、マナメタル製のナックルガード付きアルバ・ストライドナイフによる一撃です、そんなものがまともに直撃したら、大抵の生命体は闘気爆発を併発してぶっ飛ばされます。

 でも……。

『施設北方区画のリビングデッド、制圧』

『同、西部正面入り口の確保完了』

『南部裏口、手が足りない、三名こっちに回れ!!

 装輪装甲車の無線に、各区画担当の隊員から通信が届きます。

 それを聞きつつ、私も状況を確認。今現在のリビングデッドの分布をチェックし、どこが危険なのか指示を送らなくてはなりません。

「七織の魔導師が誓願します。我が目の前に五織の地図を広げたまえ……我はその代償に、魔力一万二千を献上します。魔法地図、再度展開っ!!

 ――ブウン

 目の前に3枚の地図を展開。

 事前に受け取っていた施設内部の地図と重ねることで、魔導編隊隊員とSAS、そしてリビングデッド、一般事務員の位置が正確に映し出されます。

「こちら空挺ハニー、西部正面入り口、内部0―2―5に2体のリビングデッドが潜んでいますので注意。北方はそのまま建物に突入、廊下を進んで2階に要救助者5名」

 いくつもの点が地図上を動く。

 それを一つ一つ確認し、さらに適切な指示を送らなくてはなりません。

 本来なら、ここで『戦闘聖域サンクチュアリィ』の術式を稼働した方がいいのですが、今回は使用禁止と命じられています。

 『イギリスに奥の手を見せるな』、派遣される際に、そう大本営から命じられていましたから。

 なので、あの術式の土台となった魔法地図で対応していますが、これは精度がやや低くなるのが欠点です。

「外、方位0―2―9よりリビングデッドが十二体接近です。二号車、緊急回避と制圧をお願いします!」

『二号車、了解』

「……ふう」

 息つく暇もない、まさに今がそれですよ。

「如月3曹、内部の状況はどうなっている?」

「ハッ、現在、大越3曹率いる部隊が要救助者の確保に移動。そちらへの注意をそらすため、帯刀2曹の部隊が正面入り口でリビングデッドと交戦状態に突入しています」

 有働3佐の問いかけに、一つ一つ魔法地図を確認しながら報告。

 この調子でいけば、目の前の建物の地下区画に閉じ込められている要救助者の救助も無事に完了するかと思います。

「了解。引き続き後方支援を頼む」

「りょ」

 うん、大丈夫、あの時と同じ。

 場所が異世界から現代世界に変わっただけ。

 今度は助けられる、ただ、リビングデッドはもう人には戻れない。

 あの凄惨な制圧戦から、私たち勇者はリビングデッド化した人々を元に戻す術をずっと探していた。

 でも、どんな魔法でも、どんな神の奇跡でも、一度でもリビングデッド化した人の魂は救うことができなかった。

 魔族が疑似魔導器官に刻んだ紋様、あれを中和するすべは、私たちは知らなかったから。

「……曹、如月3曹っ、どうした!!

 ――ハッ!

「はい、地図の確認中です、意識が一瞬飛びましたすいません」

 一瞬だけ、意識がそれました。

 あの時のことはもう考えるな、今現在に集中しろ。

「気を付けるように……そして、あまり気負わないことだ」

「りょ」

 車内から聞こえてくる有働3佐の声。

 それを聞いて、私は自分の両頬を力いっぱい叩きます。

 ――パァァァァァァァァァァァン

「痛ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……よし」

 気合十分。

 今私ができること、そこに意識を集中しないとなりませんよね。

 そして私の気合が入ったと同時に、建物の内部に突入していた各部隊から、『制圧完了』『要救助者確保』の通信が届き始めます。

 それと同時に、リビングデッドの反撃を受けて負傷した隊員が帰投するという連絡も。

「如月3曹、リビングデッドの攻撃を受けても、被害者はリビングデッド化しないのだな?」

「はい、あれは疑似魔導器官を組み込まなくては作り出すことができません。つまり皮膚感染や傷口を媒介してのリビングデッド化はありませんと報告します。私が鑑定して安全を確認しますので、安心して七織の魔導師が防御結界っっっつ」

 ――ドッゴォォォォォォォォォォォォォォォォォッ

 有働3佐への返答の最中、私たちに向かってミサイルが飛んできました。

 ええ、リビングデッドとゾンビの違い、それは生体兵器か呪いなのか。

 そして、『生前の知識を持ち肉体の限界まで動ける』のか、『意識も記憶もなく本能で生者を求めるのか』ということ。

 つまり、彼らは基地施設内の兵装すべてを自在に操る、死を恐れない超人兵士ということです。

 けれど、ここまで仕掛けてくるなんて予想もしていませんでしたよ。

「……え、戦車……なの?」

 私がミサイルだと思った飛行物体。

 それは、百二十ミリ砲の砲弾。

 そして、基地北方からキュルキュルと無限軌道を軋ませながら走って来る三台の……戦車!

 あちらの方角は、SASの担当区域だったはずです。

「有働3佐に進言っ、敵戦車が三輌接近、急いで移動をっ……防御結界っ!!

「了解!!

 ――トッゴォォォォォォォォォォォッ

 今度は二発同時射撃ですか。

 でも、私の防御結界を貫通することはできないようですけれど、だからといってここで的になり続ける訳にもいきません。

 そして96式装輪装甲車も急加速で発進、隊員たちが突入している建物に被弾しないように移動を始めます。

「如月3曹、あれを止められるか!!

「うぇぇ……魔法と戦車のガチンコ対決ですか、いや、やります!!

 相手は鉄の塊、魔法障壁を持たない無機物。

 それなら、あっちの世界のベヒモスよりも突進能力は弱いはず。

 主砲だって、ドラゴンブレスより威力はない。

 乗っている人たちはリビングデッド、それなら多少の無茶も効きます。

 これは、多少は覚悟を決めなくてはなりませんか。

 それにしても、こっちにやってくるのはリビングデッドに乗っ取られたイギリス陸軍の主力戦車・チャレンジャー2ですか。

 それが、まさかまさかの攻撃を開始。私たちが搭乗している96式装輪装甲車に向かって砲撃を開始しました。

 ええ、まったくの想定外でしたよ、こんなことが起こるなんて、一体誰が予想をしますか!!

 いくらリビングデッドは生前の知識を有している、それらを使って戦術的な動きが行える、というくらいは予想していましたけれど、それは異世界での話。

 地球で発生したリビングデッドが、まさかここまで現代兵器を自在に操ってくるなんて、考えてもみませんでしたよ。

「七織の魔導師が誓願して魔導積層装甲チョバムシールドっっっっ」

 ――ガッギィィィィィン

 主砲の直撃など受けて堪るものですか。

 普段の防御結界ではなく、装輪装甲車の周囲に展開する魔力と闘気の積層装甲です。

 これで対魔法、対闘気二つの防御力を持つだけでなく、衝撃、炎、雷撃の三属性に対しての完全耐性を得ることができます。

「有働3佐、ここはお任せします!」

「待て如月3曹、どうするつもりだ!」

「あの戦車を止めます!」

 そう叫んだ後、私は装輪装甲車の上部ハッチから外に出て、アイテムボックスから魔法の箒を取り出します。

 空挺ハニーモードではなく、純粋にパワー勝負。

 ええ、いくら敵対勢力が使おうがリビングデッドが操っていようが、私たち第1空挺団は戦車に向かって『近代兵器での攻撃』を行うなんてことはしません。

 人道支援こそが、今回の派遣任務。

 敵性存在によって囚われている民間人の救出、それが任務。

 だから、リビングデッドは無制限に攻撃してよい……って、良い訳がないです。

「七織の魔導師が誓願します。我が手の前に二織の雷雲を遣わせたまえ……我はその代償に、魔力二千八百を献上します……麻痺雲スタンクラウドっっ」

 ――ビシャァァァァ

 こちらに向かって走って来るチャレンジャー2を包むように、麻痺雲スタンクラウドを召喚。

 これでリビングデッドの運動神経を麻痺させることができればよし。

 全身に浸透する麻痺の雷撃です、これは疑似魔導器官まで到達すると、その術式を一時的に麻痺させることができるのです。

「あのカンターレ領での惨劇から、私たちは学んで来たのですから……ええ、これであなたたちは動くことはできません」

 この麻痺雲スタンクラウド、実は威力の調整が効かず、人間などの生命体に使用した場合は心臓が停止したり脳神経が焼き切れたりするというとんでもない術式なのです。そもそも、暴走した巨大魔獣制圧用の攻撃術式であり、人間大の生物には使うなと師匠からも厳命されていました。

 でも、あの惨劇の場では、使わざるを得なかったのです。

 そして、その結果、疑似魔導器官を麻痺させることに成功したのですよ。

 麻痺雲スタンクラウドの雷撃が疑似魔導器官に対して指向性を持つだなんて、だれが想像できるものですか。

 だから、今は使います、周りには人がいないから。

 もしも要救助者が近くにいようものなら、使える訳がありません。

 それに……。

 ――ドッゴォォォォォォォッ

「七織の魔導師が誓願して魔導積層装甲チョバムシールドっ」

 麻痺雲スタンクラウドにより停止したのは二台だけ。

 残り一台はレジストに成功したらしく、再び砲撃を開始しました。

「やっばり、金属部分に吸収されて威力が落ちていますよね。でも、それならそれで!!

 エルダースタッフを構えて、再び詠唱開始。

「七織の魔導師が誓願します。我が手の前に二織の雷雲を遣わせたまえ……我はその代償に、魔力三千五百を献上します……麻痺雲スタンクラウドっっ」

 先ほどより魔力を上乗せして、残りの一台に向かって麻痺雲スタンクラウドを発動。

 こんどは効果があったらしく、最後のチャレンジャー2も停止しました。

 うん、戦車の電装系まで焼き切ってしまったようですね、最初からこの威力で打てばよかったですよ。

「ふう……こちら空挺ハニー、暴走戦車三台は戦闘停止状態。引き続き指示をお願いします」

 胸元の無線で有働3佐に通信。

 すでに建物の方角からは銃撃音は聞こえてきません。

 無事に内部制圧し、要救助者を確保していたら良いのですが。

『シキツウより空挺ハニー、イギリス陸軍より施設敷地内に展開しているリビングデッドの掃討および生存している隊員の救助依頼がある。いけるか?』

「りょ!!

 いちいち了解だなんて言っていられません。

 了、もしくはりょ、で十分です。

 時間にして一秒も変わりませんが、任務によってはそのわずかな時間すら惜しいことがあるのです。

 ええ、今がまさにそのタイミングですから。

 まだ北方ゲート付近では交戦が続いています。

 そちらの制圧からやってしまいますか、ええ、ここからは手加減なんてできませんからね。


 ………

 ……

 …


 ――北方ゲート付近

 基地施設内の明かりの下。

 幾多のリビングデッドが徘徊しています。

 その周囲には必死に抵抗を続けているSAS隊員の姿や、すでにこと切れて首筋から血を流している兵士の姿まで見えています。

「や、やばいっ!! こちら空挺ハニー、北方ゲート付近で交戦状態に突入、一部リビングデッドは基地施設外にあふれ出た模様……そちらを優先して行動不能にします」

『シキツウより空挺ハニー。民間人の安全を第一に活動を』

「りょ……ということで七織の魔導師が誓願します。我が手の前に四織の積乱雲を遣わせたまえ……我はその代償に、魔力一万二千五百を献上します……雷撃雲サンダーストームっっ」

 先ほどの麻痺雲スタンクラウドの強化版を発動。

 頭上に大きく召喚した積乱雲より、北方ゲート付近に展開しているリビングデッドめがけて雷撃を叩き込みます。ええ、一時的な行動不能ではなく、最悪は永久に行動不能になってもらいます。

 ちなみにこれはターゲッティングが可能なので、イギリス軍兵士を捕獲しているリビングデッドは狙いません。

「続いて七織の魔導師が誓願します。我が前に一織の魔法の矢を遣わせたまえ……我はその代償に、魔力二百五十を献上します……拘束の矢バインドアローっっ」

 ――シュシュシュンッ

 私の目の前に展開した無数の矢、それを視線誘導で、兵士を捕らえているリビングデッドの心臓横めがけて飛ばします。これも麻痺効果がありまして、筋肉繊維を直接麻痺させる魔法です。

 まあ、どの魔法も一長一短ありまして、これは視線誘導型なので私が見たターゲットにしか飛ばせません。

 でも、今の状態ならこれは有効。

「よし、これでゲート付近の制圧は完了……と、つぎっ!!

 魔法の箒をゲート外に向かわせて、基地の外の街道に広がりつつあるリビングデッドの頭上を追い越し、彼らの前に回り込んで着地。

「市街地……電線あり。雷撃系魔術は使えません、そもそも、広範囲魔法は使用禁止……ということは、使える手は限られてきますよね」

 そう呟いた瞬間、リビングデッドたちが私に向かって高速移動を始めました。

 ええ、彼らの欲している『濃厚な魔力』、それは私から最も発していますからね。

 でも、そう来るのも想定内です。

 ――スッ

 両手にナックルガード付きアルバ・ストライドナイフを構え、体内から発する魔力を闘気に変換。

「さて。それじゃあ久しぶりに、近接戦でお相手しますよ……」

 アルバ・ストライドナイフが青白く輝くと、彼らの視線もそちらに釘付けになりました。

 それじゃあ、掛かってきなさい!!


 ………

 ……

 …


 目の前を徘徊しているリビングデッド、総勢二十一名。

 かたや、グリフォンハウスの外で活動している自衛隊員は私一人。

 残りの魔導編隊は要救助者を確保したのち、南方のゲートから外へ脱出し、そのまま北部にあるシンベリン・メドゥース自然公園近くで待機している輸送ヘリ部隊まで移動し、彼らに救助者たちを引き渡す。

 イギリス陸軍部隊は、制圧された基地施設の奪還、及び私達が行動不能にしたリビングデッドの回収を行うそうです。

 ええ、つまり私としても、こんなところで時間を割いている暇はないのですよ。

「ということです……ええ、ここは基地施設外、武力の行使は最低限とすること、発砲許可はでていません。加えて攻撃魔法についての制限まで付けられている以上は、近接戦闘しかありませんか。私としては、ほんっっっっっっっとうに不本意ですけれど、ここで皆さんを鎮圧させていただきます」

 両手に構えたナイフに闘気を循環させます。

 そして下半身には魔力を循環、特に脚部は身体強化の術式を発動。

「七織の魔導師が誓願します。我が全身に五織の活性魔力を循環させたまえ……我はその代償に、魔力二千五百を献上します……魔導剛体術マギ・カタっっ」

 私の全身に魔力が循環した瞬間。

 ――シュシュシュンッ

 リビングデッドが突然走り出し、私に向かって襲い掛かってきます。

 ええ、私の魔力は貴方たちにとっては最高の活力・エナジードリンクのようなものでしょう。

 そりゃあ目の前で芳醇なマナが溢れていたら、襲わない筈はありません。

 ということで、私も素早くアルバ・ストライドナイフを逆手に構え、ナックルガードの部分を拳に合わせます。

 あとはそう。

「スマーーーッシュッッッ」

 ――ドッゴォォォォォォォォォォッ

 襲い掛かるリビングデッドの胸部めがけて、綺麗に闘気の循環しているナックルガード・パンチを浴びせていきます。

 ですが多勢に無勢、四方八方から襲い掛かって来る敵を相手に、一人で相手できる筈がありません……って思いますよね。

「……ふう、ブレンダー流拳闘術は伊達ではありませんっっ」

 正面と左右、そこに近寄って来るリビングデッドの胸部めがけて、次々と拳を叩き込みます。

 ええ、背後に回られないようにステップを踏みつつ、常に正面百五十度の範囲に敵を入れるように動きます。こうすることで、一度に相手できる敵の数は三名のみ、倒れたリビングデッドを踏み台にしてやってくる奴らもすぐに地面にたたきつけます。

「……あと十二体……」

 うん、この調子でいけば、五分もあれば全て片付きます。

 常に相手を三体に絞って……。

「……き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「嘘、悲鳴って、どうしてここで!!

 私の前に三体のリビングデッドが掛かって来た時、真後ろから少女の悲鳴が聞こえてきました!!

 前情報では、基地施設周辺の住民は避難していたはずなのに……。

 ──ドゴバギィィィィッ

「うぎゃっ……このっ」

 一瞬の油断。

 その隙にリビングデッドの一体が私の左腕を掴んで……骨を砕きましたよっ。

 魔導剛体術マギ・カタが掛かっていなければ、引き千切られてもっていかれていたかもしれません。

「ぐっ……は、早く逃げなさいっっ……空挺ハニーよりシキツウ、戦闘エリアに民間人一名……至急、救助を願うっ」

 胸の通信機に向かって叫んでから、腕を掴んでいるリビングデッドの胸元めがけて右拳を叩き込むと、さらに高速回転して右足を軸に、残り二体の胸元めがけて回し蹴りを瞬時に叩き込みますよっ。

 ──ドゴドゴッ

 それで二体も吹き飛び、残り九体……。

 左手は使い物になりませんし、痛みで意識が吹っ飛んでいきそうですよ。

 こんな近接戦闘なんて、好き好んでやりたくはありませんよ、ええ。

 非戦闘地域での魔法行使制限もあるため、今はこうするしかないのですからね……って、イギリス陸軍、とっととここまで救援を寄越しなさいよっ。

「後ろの子は……っ、なんでしゃがんでいるのよっ!」

 恐怖で体がすくみ、何かを抱えてその場にへたり込んでいます。

 ああっ、スマングルっ、貴方の挑発タウントスキルの有効性をこんなところで確認するなんて思っていませんでしたよっ。

 ──ダッ!

 リビングデッドに背を向けて、少女めがけてスーパーダッシュ。

 そのまま少女を右腕で抱え上げると、アイテムボックスから放出した魔法の絨毯に少女を放り投げて、そのまま急上昇を開始です……。

「ここが日本なら、異世界特措法に基づく魔法行使を宣言できるのにいいいいっ」

 引き続き、アイテムボックスから霊薬を取り出して一気に飲み干します。

 うん、砕かれた左腕の骨も一瞬で修復、ここで仕切り直しです。

「……あ、あの……あの……」

「ん」

 私の方を、おびえたような目で見ている少女。

 よく見ると、小さな子猫を抱えているじゃないですか。

 なるほど理解したけれど、あとで説教して貰わないと。

「うん、その子猫を迎えに来たの?」

 ──コクコクコクッ

 極度の緊張から解放されて涙を流しつつ、少女が頷いています。

 とりあえず泣き止むようにと、軽く頭をポンポンと撫でて。

「さて、ここまで手を伸ばしてきたり、射撃戦を始められたりしたらアウトですけど」

 ──ウジャウジャ

 魔法の絨毯の真下に集まってきている、リビングデッドの群れ。

 こいつらを全て行動不能にして、とっとと本部隊に帰還したいですよ。

「うん、ここなら大丈夫だから、ここでじっとしていてね」

「う、うん……」

 よし、素直でいい子です。

 それじゃあ、とっととリビングデッドを処分しますか。

 油断さえしなければ、この程度の輩に後れを取るようなことはありませんからね。

 ──ヒュンッ

 魔法の絨毯から飛び降りる……いえ、リビングデッドの群れに目掛けて足に闘気を集めてドロップキック!

 そのまま吹き飛ばした奴の顔面から飛び降りて胸元を全力で蹴り付けてから間合いを取ると、再びナイフを構えます。

「さあ、あと8体ですっ!!

 遠くに見える基地正門、そこから出てくる装甲双輪車の姿も見えました。

 つまり、要救助者の回収は完了ということですね。

 それじゃあ、こっちも、とっとと終わらせることにしましょうか!!

 それにしても。

 ──ピッ

 視線を感じます。

 それも、遠距離観測用魔法の反応。

 黒幕が私を監視しているようですが、今は視線の源を探している余裕なんてありませんよ。


〇 〇 〇 〇 〇


 ──シンベリン・メドゥース自然公園

 グリフォンハウスから救出した要救助者たちが、魔導編隊の装甲双輪車から運び出されています。

 そして私の魔法の絨毯からも、一人の少女と子猫が降りていきました。

 どうやら保護者から連絡が届いていたらしく、少女も無事に母親と合流です。

 イギリス軍からも、アグスタ・ウェストランド101という大型輸送ヘリが次々と到着。あれって海自でも正式採用されている優れものなのですよね。

 そして手当てが必要な救助者を急ぎ収容して、再び飛び立っていきます。

 そののち双輪装甲車からも有働3佐が出てきて、他の隊員たちに指示を飛ばしはじめました。

「さて……如月3曹、住宅地でのリビングデッドの制圧ご苦労です」

「はっ。有働3佐、基地施設内の状況はどのようなことになっていますか?」

「施設内を徘徊していたリビングデッドは制圧完了。入れ違いにSASがリビングデッドの回収に向かった。我々の任務は、イギリス陸軍の作戦完了まで、この地点の防衛を行う。同時に、万が一に市街地にリビングデッドが発生した場合の制圧だ。三十分の休憩の後、周辺警備に着くように」

「……了解です」

 回収できなかった。

 リビングデッドを発生させる疑似魔導器官は、絶対に破壊しないとならないのに。

 あれは、地球にあってはならないのに。

「う、有働3佐、リビングデッドの今後の対策について、イギリス陸軍に疑似魔導器官の破壊を申請して欲しく意見具申します」

 私は自衛官であり、魔導編隊の隊長です。

 ですから、国を越えた意見具申なんて、私自身が行っていいはずもありません。

「それについては後日、防衛省を通じて正式に申し込む。これ以上は、我々の所轄ではない。以上だ」

 有働3佐の機嫌もすこぶる悪そうです。

 ええ、先に私から情報を得ていただけあって、リビングデッドの危険性については十分理解しているようですから。

 さて。

 それでは、一旦、休憩に入りますか。

 ここまで移動してからは、あのいやらしい視線は感じなくなりました。

 さっき、無理してでもカウンターをかましておけばよかったですよ。


 ………

 ……

 …


 イギリス・エセックス州。

 第十六空中強襲旅団戦闘団の拠点である軍事施設で発生したリビングデッドによる基地制圧事件は、基地内の生存者の救出およびリビングデッド化した兵士の無力化・拘束により完了。

 イギリス軍の被害状況は、死者十六名、重軽傷者合わせて百二十六名。

 しかも、この基地に配属されていたゴーヴァン・ドローヴァ魔導少尉については、依然として行方不明のままだそうです。

 魔導編隊の被害は重軽傷者八名と、私の左腕一本のみ。

 日本側の被害は全て、私が保有していた魔法薬により完治しています。

 ですが、それを見たイギリス軍から、魔法薬の提供を要請されていましたが。

 有働3佐の判断で提供は固辞し、持ち込んだ医薬品による治療行為のみとなりました。

 ええ、諸外国での魔法薬を含む魔導具の使用許可については、担当部署の責任者の現場判断によることになっています。

 ちなみにですが、日本国政府としては、諸外国での魔法行使についても制限を設け使用禁止にしたいらしいのですけれど。魔術については『個人の能力であり、国家機密に抵触しない』という防衛省の公式見解があるため、無理強いはできないそうで。

 それでも、海外活動に於ける魔法行使には『国際異邦人機関』に詳しい条項がありまして、つまりはいろいろと制限が課されていますので。

 私が好き勝手に魔法を使うことはできないのですよ。

「さてと。七織の魔導師が誓願します。我が体に五織の超感覚を与えたまえ……我はその代償に、魔力一万二千五百を献上します……広範囲感知っ」

 ――ピッキィィィィィィン

 以前、太平洋上で海魔捜索の際に使用した探査魔法を発動。

 いつもなら平面で捉えるのですが、今回は敵性存在側に敵魔法使いが存在しているという可能性も考慮して、地下と空中にも探知範囲を広げます。

 そして探査対象は『魔法使い適性魔力』。

 これにより、魔法使いはもちろん、リビングデッドのように体内に疑似魔導器官を有している存在も発見することができますが。

「……んんん。やっぱり反応はなしですかぁ」

「どうした如月3曹、そんな難しい顔をして」

 津田1佐が私の近くにやって来て、両手を広げて魔法を使っている私に問いかけてきました。

「はっ、魔法持続姿勢で失礼します。現在、魔法による広範囲探査を継続中、これにより一定値以上の魔力の存在を感知することができますが……現在は、この場に運び込まれたリビングデッド以外の反応はありません」

「了解、あまり無理をしないように。二人、如月3曹の護衛に付け、現在、魔法行使中だ」

「「了解しました!!」」

 うん、流石は津田1佐、私のやっていることを理解してくれています。

 そして大越3曹、貴方はさぼりに来たのですよね、絶対にそうですよね。

「さて、それじゃあ如月ちゃんの護衛を務めますか」

「大越3曹、ここが敵地であることも考慮しろ」

「はっ!!

 ああっ、一ノ瀬2曹が大越3曹を叱責している。

 やはりこういう時は頼りになるのですよねぇ。

「それで、まだいそうなのか?」

「わかりません。できるなら、基地施設内部に侵入して、地下設備などの細かいところまで確認したかったのですけれど。とにかく、何もないのがおかしいのですよ」

「何もないのがおかしい? どういうことだ?」

 そのまま説明を続けます。

 そもそも、あれだけのリビングデッドを一体どこから持ってきたのか。

 基地施設内には許可を得て出入りしている民間人もいますし、そもそもこの規模の基地ですからかなりの人数の軍人が勤務しているのですよ。

 そんな場所で、エリート軍人の監視の目を掻い潜って、いきなりリビングデッドによるバイオハザードを発生させるなんてことは不可能ですよ。

 つまり、この基地施設のどこかでリビングデッドを製造している可能性があるということ。

 それも考えて感知対象を魔力に絞ったのですけれど、リビングデッドの体内に埋め込まれた疑似魔導器官の反応もなければ、それを埋め込むための魔導研究施設の反応も皆無。

 ということは、別の場所で作られたリビングデッドが運び込まれた?

 いやいや、この基地施設の隊員がリビングデッド化したということは、やはりこの基地内部に秘密があるに違いないのですよ。

「……ということなのですが、ご理解いただけましたか?」

「成程なぁ。しかし、その反応がないということは、やはりどこか外部で実験が行われていたという事になるのか?」

「軍事施設の、それも特殊部隊をまるっと外に派遣させて、実験台として改造したのちに基地に戻す……つまり、それができるだけの権力を持っているものが黒幕ということに繋がってしまいます。そもそも、疑似魔導師実験については、私はぶっ潰す気満々だったのです」

 ええ。

 一度改造した人間は自我が崩壊し、まさに『生きる屍リビングデッド』状態です。

 そうなると、魂は救えないのですよ。

 だから、速やかに疑似魔導器官を破壊し……殺すしかないのです。

「しかし……ひょっとしたら、イギリスが疑似魔導器官によって廃人化した人間の精神を回復する手段を持っているかもしれない、という可能性は?」

「ありえません。師曰く、それができるのは九織の大賢者のみだそうです。そして、そんな神に近い存在が、この地球にいるとは考えられません」

「……分かった。では、そのことも踏まえて防衛省に報告しておく。あと外務省を通じて、イギリス政府と国連に揺さぶりをかけてもらうか」

「よろしくお願いします」

 そのまま私は、引き続き探査を続行。

 あとは休息を挟んで同じことを繰り返しているうちに、気が付くと三日が経過していました。


 ………

 ……

 …


 ――三日後

 私たち日本の魔導編隊は、今日で作業が終了。

 あとはイギリス陸軍に引き継いで、日本へ帰還する準備なのですけれど。

「……晩餐会、ですか?」

「ああ」

 イギリス政府より、日本の外務省に打診があったそうです。

 それは一週間後にバッキンガム宮殿で行われる公式晩餐会、そこに『日本の異邦人』として正式に招待したいという連絡があったそうです。

 私以外には、聖女ヨハンナにも打診があったらしく、彼女は三日後にイギリスにやって来るとか。

「ちなみにですが、私たちが日本に帰還するのは四日後です。そののち私は単独でイギリスに飛んでくるということでしょうか?」

「そういうことになるが。習志野からイギリスまで、どれぐらいの時間で飛んでくることが可能だ?」

 いやいや、それはまた非現実的ですよ。

 それならイギリスに滞在していた方が……って、部隊で、作戦行動で動いているから無理ですか、無理ですよねぇ。

 習志野駐屯地からですと……真っすぐに北西に飛んで、ロシア上空からフィンランド、スウェーデン、ノルウェーを越えて黒海を縦断、そのほうが早いですか。

 うん、直線距距離で九千六百㎞ってところですか。

 魔法の箒の巡航速度を、大体マッハ1と換算しますと。

「はい、ぶっ通しで約八時間飛び続ければ、到着するかと。なお、これは直線距離での計算であり、他国の領空を侵犯しないように高度を上げた場合、大きく変動するかと思われます」

「ふむ。それならば、経費として民間航空機で移動してもそれほど変わらないか」

 え、ゆったりとした空の旅ですか?

 それなら自力で飛んでいきますから大丈夫ですよ。

「いえいえ、魔導編隊所属の魔導師としましては、そこは自力で飛んでいくので大丈夫です」

「他国の上空を飛んでいくという時点で、色々と国際問題に発展する恐れがある」

「そ、それなら、領空の上、えぇっと、高度百キロメートルのあたりを飛んでいけば」

「カーマン・ラインの上か……って、そんなところを飛べるのか?」

 ええっと。

 流石にそこまでは上がったことは無いですよねぇ。

 カーマン・ラインは大気圏と宇宙空間の境界線、つまりその上を飛ぶのですから、周りに空気なんてありません。

 まあ、そんなところまで生身で行けるはずはありませんが、それは魔法でなんとか……できるかなぁ。ちょっと不安になってきました。

「はっ、如月3曹、日本に帰還後、速やかに民間旅客機にてイギリスへ向かいます」

「よろしい。同行者については後日、出発前までに選出する。国賓として参加するので、堂々と胸を張って、務めを果たすように」

「はっ!!って、こ、国賓?」

 まさかの言葉に、私の心臓が爆発寸前。

 いや、これはいい機会です。仮にイギリス国王に謁見できるのでしたら、疑似魔導器官の危険性について説明を行いたいものです。

 ええ、あれを回収された挙句、別の人間に移植して……なんていう実験でもやられた日には、それをやらかした研究者の首を引っこ抜きたくなってきますからね。

 それに、未だ発見されていないイギリスの魔導師の存在も、気になって仕方がありません。