一方その頃。

「グォアアアアアアアア……! 馬鹿ナァァァァァァァァァァアア…………!」

 無事レシアータを倒した俺は、遠くから野太い悲鳴が響きわたっているのに気づいた。

「おお……! やったのか、リュシア……!」

 どんな経過を辿ったのかは不明だが、リュシアはちゃんと勝利を収めてくれたようだな。

 彼女が見舞った渾身の一撃に、魔王ゼルリアドが激しく悶絶しているのが見て取れる。

 念のため《∞チートアビリティ》の『管理画面《ステータス》の表示』を使用するが、無事、魔王の体力を削り切ることに成功したようだな。

 さっきまでは見上げんばかりに巨大だったその身体が、少しずつ縮小していき……。

 そしてひときわ眩い閃光が周囲を照らした後には、ディスティーダ・エムリオット──リュシアの父が、壁にもたれかかっている状態だった。

「ぐほっ、けほっけほっ……。へへへ、うまくやったじゃねえか、リュシアよ……」

「パ、パパ……!」

 激しくせき込むディスティーダ団長に向けて、リュシアがすぐさま駆け出していく。

「だ、大丈夫? 緊急回復用のエリクサーなら、私、ちゃんと用意してきてるから……!」

 そう言って懐をさぐるリュシアの手を、

「無駄だ。やめとけ……」

 ディスティーダ団長は優しく掴んで制した。

「薄々察してるだろ。俺はもう、とっくの前に死んでんだよ。──魔王ゼルリアドとやらに意識を呑まれかけてた時、ようやっと記憶が戻ったのさ」

「パ、パパ……!」

「今は治癒神の力が一時的に作用しているだけ。あの男レシアータがくたばった今、どんな薬を用いたって、俺はこのまま……逝くことになるだろう」

「そ、そんなの……! そんなのって、ないよ…………! パパはいつだって最強だったじゃん! ずっとずっと、私を守ってくれてたじゃん…………!」

「へへ……。すまねえな、リュシア……」

 赤子のように泣きじゃくるリュシアに、ていかんしたような表情で彼女を受け止めるディスティーダ団長。

 ……本当に、二人は親子のような関係だったんだろうな。

 血の繋がりがなくても、ディスティーダ団長は〝実の娘〟のようにリュシアを可愛がって。

 そんな彼の温かい心に触れて、リュシアの心の傷が少しずつ癒えていって……。

 心なしか、そういった光景が目に浮かんでくるようだった。

「アルフ殿……」

 そのディスティーダ団長の視線が、ふいに俺に据えられる。

「俺は事のてんまつを見られませんでしたが、無事、あのレシアータを倒してくれたようですな。あいつは治癒神の力で無限に回復してきますし……もしあいつを倒せるとしたら、あなたしかいなかったでしょう」

「……もしかしてディスティーダ団長、あいつと戦われたんですか?」

「ええ。死者の軍勢くらいであれば、俺だけでも簡単に始末できました。……しかし何度も回復し続けるレシアータには、さすがに分が悪かったんです」

「そうですね……。フレイヤ神と戦っている時も思いましたが、神の力はとにかく常識を逸脱しています。いくら最強の傭兵とて、勝てないのも無理はないでしょう」

 むしろ、死者の軍勢を蹴散らしただけでも十分すごいよな。

 最強の《闇夜の黒獅子》を相手にする以上、まず間違いなく大勢の死者を寄越していただろうし。

「でもまあ、良かったですよ」

 俺が押し黙っていると、ディスティーダ団長がふっと笑いながらそう言った。

「まさかこんな形でくたばっちまうとは思ってもみませんでしたが……最期の最期に、あいつレシアータの死を確認できただけでも幸せ者だ」

 そう言っている間に、ディスティーダ団長の身体が少しずつ薄れ始めてくる。

 あまり口に出したくはないが、着実に〝その時〟が迫ってきているんだろうな。

「パパ、パパぁ……!」

 リュシアは現在も、そのディスティーダ団長の胸の中で泣き続けている。

 いくら団長の死を予感していたといっても、彼女はまだ十五歳の子ども。

 大好きな父親の死は──到底受け入れがたいだろう。

 そんなリュシアを片腕で抱き締めながら、ディスティーダ団長は再び俺を見つめて言った。

「アルフ殿。図々しい頼みなのはわかってますが……どうか、この娘のことをお願いできますか。これまでの旅で痛感されたとは思いますが、戦闘的にも精神的にも、まだまだ未熟なところがありますんでな……」

「……ええ、もちろんです」

 ディスティーダ団長の強い眼光を受けて、俺も力強く頷く。

「俺だってまだまだ未熟者ですから、あなたのようにリュシアを導けるかは不安ですが……。アルフ・レイフォートの名にかけて、彼女をしっかりとお預かりさせていただきましょう」

「へへ……ありがとうございます。アルフ殿に預けられるのなら、もう安心だ……。もう思い残すことはねえ…………」

 シュイイイイン、と。

 切なげな音をたてて、ディスティーダ団長の身体がさらに薄れてきた。

 かろうじて触れ合うことはできるようだが、ディスティーダ団長の身体は今やほぼ半透明。向こう側にある大理石が視認できてしまうくらいには、彼の姿が透けてきている状態だった。

「パパ、駄目! 逝かないで! 逝っちゃ駄目だよ…………!」

「へへへへ……。ったく、あれから十年も経つってのに、おまえさんはガキの頃のまんまだな……。相変わらず甘えん坊か」

「だって、しょうがないでしょ……! パパは、パパなんだから……!」

「はっ、訳わからねぇこと言ってんじゃねえよ…………」

 ディスティーダ団長はそっと瞳を閉じると、優しくリュシアの後頭部を撫でた。

「最後の一撃、めちゃくちゃ良く効いたぜ……。まだまだ太刀筋の甘いところはあるが、おまえさんなら、絶対に最強の傭兵になれんだろ」

「ほ、ほんと……?」

「ああ。おまえさんがしっかりトドメ刺してくれなきゃ、俺は魔王ゼルリアド=フェドゼイオンとして帝国中を荒らしまわるところだった。……リュシア、おまえさんが、俺を、救ったんだぜ……?」

「あ…………」

「クク、面白いいんだよなぁ……。俺に救われたおまえさんが、最期の最期に、俺を救ってみせるたぁ……。だがそれも、おまえさんが真面目に鍛練を積んできたからだろうよ」

 シュイイイイイイイン、と。

 ディスティーダ団長の全身が、薄れていく。

 消えていく。

「だからおまえさんは、絶対に立ち止まるんじゃねえ……。俺がいなくなったのもバネにして、もっと、もっと強くなるんだ……。そうすりゃ、きっと、いつか、俺さえ超える傭兵に……」

「パパ、パパぁ──────!」

 リュシアがそう叫び声をあげた時には、ディスティーダ団長の身体は完全に消えていた。

「パパ、パパ、パパぁ…………」

 激闘の終わった室内には、リュシアの悲痛な泣き声だけが響き渡ることになった。