──アルフがレシアータに勝利する、少し前。


 私──リュシア・エムリオットは順調に魔王ゼルリアドへダメージを与え続けていた。

 やはり団長の意識がまだ残っているようで、立ち回りが団長のそれになっている。

 しかし今の魔王ゼルリアドは団長ほど素早くはないので、当時とまったく同じ戦い方をしていても、身体がそれについてきていないのだ。

 だから私が団長の動き方を誘発し、その上で、相手以上の速度をもって攻撃を叩きだす……。

 それを繰り返すことで、着実に魔王ゼルリアドにダメージを与え続けることができていた。

「ウゴォォォォォォオオ…………!」

 おかげで現在、魔王ゼルリアドはすっかり恐慌をきたしている。

 当初よりだいぶ動きが粗雑になってきたし、行動の随所に〝焦り〟が見え始めている。

「ふう……」

 けれど、これで油断するつもりはない。

 いかに優勢な状態であろうとも、こちらのミス一つで、戦況が大きくひっくり返ることがある──。

 これもまた、ディスティーダ団長の言葉だったから。

 だから私は疾駆の速度を緩めることなく、引き続き魔王ゼルリアドの出方を伺っていたのだが──。

「ウグ……。ハァァァァァアッア……!」

「えっ…………?」

 なんと表現すべきだろう。

 魔王ゼルリアドの雰囲気が、一瞬にして変わったというべきか。

 さっきまで焦ったように私の動向を目で追っていたのが、すっかり落ち着き始めているというか。

 いったいどういうことだ……?

「貴様カ。我ノ意識ヲ目覚メシ者ハ」

「…………っ」

 思わぬ展開が引き起こされ、私は咄嗟に立ち止まった。

「クククク、当惑シテオルカ。マア無理モナイ。我ノ意識ハ普段、遠キ異次元ニテ眠ッテオルノデナ。電脳世界ニ降リテクルマデニ時間ガカカルノダヨ」

「と、遠き異次元……? 電脳世界……?」

「フ、人デハ理解デキヌカ。貴様ラノ言葉デイウナラバ、魔王トシテノ自意識ガ目覚メタトデモ思ウガイイ」

「…………っ」

 ──魔王としての意識が目覚めた。

 詳しいことは不明だが、一つだけはっきりしているのは、魔王ゼルリアドの動きから〝団長らしさ〟が消えたことだ。

 魔王になってから時間も経過したことで、とうとう時間切れになったということか……?

「フフ、意識ガ判然トセヌ状態デ、散々我ヲイタブッテクレタヨウダナ。ダガ、モハヤソウハイカヌゾ……」

「え……わ、わあああああああっ!!

 ドォォォォォオン! と。

 どこからともなく不可視の衝撃波が発生し、私は悲鳴と共に後方にのけぞる。

 こんな攻撃、さっきまでは全然してこなかったのに。

 これもまた、魔王の意識がけんざいしてきたゆえのことか……!!

「クタバレ、人ノ子ヨ」

 私が地面に転げている間に、魔王ゼルリアドはさらなる攻撃に移ったようだ。

 私に向けて人差し指を向けると、その瞬間、天から無数の槍が降りそそいでくる。

「…………っ!」

 考えるまでもなく、一本でもまともに喰らえば即死は免れないだろう。

 私は咄嗟に踏ん張り、そこから一気に疾駆していく。

 着地もままならぬ体勢から走り出した形になるが、もはやそんなことは言っていられない。

 ──無数の槍が天から降りそそいでくる魔法。

 こんな魔法は見たことがないものの、下手すれば一撃で殺されることが直感で伝わってきたから。

「クク、踏ン張バルデハナイカ。ソレデハコチラハドウカナ」

「えっ…………!」

 魔王ゼルリアドの目が怪しく光った、その瞬間。

 私の身体が、ぴたりと動かなくなった。

 いくらもがこうとしても、金縛りに遭ったかのごとく、まるで言うことを聞いてくれない。

「な、なんで……! 動いて、動いてよ……!」

「クク、セメテモノ情デ三秒後ニハ金縛リヲ解イテヤロウ。──ホラ、モウ動ケルゾ」

「…………っ」

 魔王ゼルリアドが宣言した通り、その数秒後には身体の自由が利くようになった。

 ──天空からの槍はもう目前にまで迫っている。

「うぁぁあああああああああああああああああああああ!」

 その瞬間、私は獣のように叫びじゃくっている自分の声を聞いた。

 まさに我を忘れた全力疾走だった。

 アキレス腱が切れてしまいそうだった。

 それでも走るしかなかった。

 コンマ一秒でも気を抜いていたら、あの槍に突き刺されて死ぬから。

 生きるためにはそうするしかないから──。

「フフフ……、ハハハハハハハ! ヤルデハナイカ。サスガニアノ状況カラ生キ延ビルトハ予想外ダッタゾ」

 そして気づいた時には、すべての槍が降りそそぎ終わったらしい。

「はぁ、はぁ……」

 気づいた時には、私は地面に横たわっていた。

 視界がうっすらぼやける。

 それが涙だと気づくのに、そう時間はかからなかった。


 ──伝承で語り継がれている通り、魔王ゼルリアド=フェドゼイオンは化け物だ。

 ──さっきまでは団長の意識が残ってたから善戦してただけ。

 ──魔王としての自我が蘇った今、もはや勝てる相手ではない。

 ──私が今こうして生きながらえているのも、魔王ゼルリアドが拘束を解いたからでしかない……。


「クックック……。良イ顔ヲシテイルナ。絶望ニ染マリキッタ、我ノ最モ好ム表情ヨ」

 そして私が地面に仰向けになっている間に、魔王ゼルリアドは次の攻撃に移ろうとしているらしい。

 次なる魔法を発動しようとしている気配を感じるが──さりとて、私は一ミリも動くことができなかった。

 もう……スタミナが全然残っていなかった。

「パパ、パパ…………」

 けれど、自然と怖くはなかった。

 元を辿れば、あの魔王ゼルリアドはパパが変化して誕生した化け物。

 パパに助けてもらうことがなければ、この命は十年前に散っていた。その意味では、ここらへんが潮時なのかもしれない……。

「パパ……。大好きだよ……」

 私は──いつの間にか笑っていた。

 パパに殺されるんだと思えば、それでもいいと思えたから。


 ──ごめんパパ、やっぱり私はパパを超えられなかった。

 ──私はここで死んじゃうけれど、でもきっと、アルフさんがなんとかしてくれる。

 ──今までありがとう、パパ。


「クク、トウトウ諦メオッタカ。最期マデ足掻イテクレネバ面白クハナイガ……マア、コレモ余興クライニハナルカ」

 そう言ってから、魔王ゼルリアドがその巨大な腕を大きく掲げる。

「死ヌガイイ。小サキ人間ヨ……!」

 私がぎゅっと目を閉じた、その瞬間だった。


「オオオオオオオオオオッ……! ナ、ナンダ、コレハ……! 人ノ身デ、我ニ抗ウツモリダトイウノカ…………!」


「え…………?」

 思わぬ呻き声が聞こえ、私は思わず顔を上げた。

 詳しい事情は不明だが、さっきまで余裕綽々としていた魔王ゼルリアドが、上半身を大きくらして悶絶している……?

 そして次の瞬間に聞こえてきた声に、私は思わず叫びそうになってしまった。

『おいこらリュシア・エムリオット! そう簡単に諦めてんじゃねえ!』

「えっ……えっ? パパ!?

『こいつは俺が抑えつける! その隙に、おまえは特大の一撃を見舞ってやれ! できるだろ!?

「パ、パパ……! うん…………!!

 どこからともなく聞こえてきた、ディスティーダ団長の声。

 魔王ゼルリアドの様子から推察すると、たぶん魔王の中で〝抗っている〟んだと思う。魔王に意識を乗っ取られてもなお、私を守るために……!

 そこまでディスティーダ団長にしてもらっているのに、自分だけ地面に伏せているわけにはいかない……!!

 尽きたはずの体力がどこからか湧いてくる。私はふらつきながらも立ち上がり、ハルバードを構えた。

「グォアアアアアアアォォォオアアア……! オノレ小賢シキ人間メガ!! 大人シク我ニ取リ込マレテオレバイイモノヲ…………!」

『うぐおっ……!』

 そしてやはり、魔王の力も相当のものなんだろう。

 滅多に弱音を吐かないはずのディスティーダ団長が、苦しそうな声を私に投げかけてきた。

『リュシア、この状態も長くは保たねえ……! 早く、早くしろ……!』

「ヤー!!

 このまま魔王を倒したら、ディスティーダ団長はどうなるのか。

 体力の落ちきった私で、今の魔王を倒しきることができるのか。

 いくつか不安要素はあるが、今はそれについて考えている場合ではない。

 現在の私がやるべきことは──ありったけの力をあいつにぶつけることなのだから!!

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!」

 私は雄叫びをあげながら、《闇夜の黒獅子》で教わってきた全力の一撃を、魔王ゼルリアドに見舞ってみせた。

「グォアアアアアアア! オノレ、小癪ナ人間ドモガァァァァァァァァアアア!!

『へへ、よく見せてくれたじゃねえか! 後は任せておけ!』

 私の攻撃を受けて、魔王ゼルリアドは苦しそうにもがき始める。

 ──今こそ、千載一遇の好機だ!

 そう判断した私は、引き続き魔王ゼルリアドに全力の攻撃を浴びせていく。

 銃弾による攻撃、ハルバードによる斬撃……。

 自分の持つすべての力を、かの魔王ゼルリアドに放ち続けた。

「オノレオノレ! 人ノ分際デ、我ヲ傷ツケルナドト…………!」

あいにくだが、リュシアは自慢の娘なんでね!! いくら天下の大魔王様でも、さすがに痛いんじゃねえの?』

「グオオオオオオオオオオ…………!」

『さあ来いリュシア! 俺もできるだけ魔王の意識を抑え込んでみせる! 最高の一撃をお見舞いしてこい!』

「は、はいっ!」

 私はそこで一度だけ深呼吸をすると。

 勢いよく地面を蹴り、ありったけの力をもって、ハルバードの刃を魔王ゼルリアドに突きつけた。

「グォアアアアアアアア……! 馬鹿ナァァァァァァァァァァアア…………!」