──一方その頃。

 リュシアが魔王ゼルリアドに一撃見舞ったのを確認した俺は、一人あんの息をついていた。

 おそらく、傭兵としての経験ががっつり活かされているんだろうな。

 魔王ゼルリアドの動きを適切に先読みし、その上で深追いすることなく、しっかりと善戦することができている。

 あの調子であれば──俺の加勢も必要ないかもしれないな。

「へぇ……? こりゃ驚いたな」

 そして俺に釣られたか、レシアータもリュシアの戦いに目を向けていた。

「あのお嬢さん、思ったよりうまく戦えてるじゃないか。魔王の動きを完全に見切っているね」

「ああ……。何か戦い方のコツを掴んだのかもしれないな」

「ふん……。それはちょっと困るよねぇ、魔王が倒されるとかさすがに予想外なんだけど」

「…………」

 レシアータの奴、口調こそいつも通りだが、少しずつ怒りが露出し始めているな。

 徐々に余裕がなくなっていっているのが見て取れる。

 ──戦闘が始まってから数十分。

《無限剣の使用可》を解放した俺は、レシアータと互角以上の戦いを繰り広げていた。

 あいつの攻撃はすんでのところですべて防ぎ、俺からの攻撃についても、すべて防御されるか避けられる。

 一瞬でも油断すれば死んでしまいかねないほどの、ギリギリの攻防が続いていたからな。

 互いに息切れし始めてきたし、精神的にも余裕がなくなるのは無理もないだろう。治癒神の回復魔法も今は使えないしな。

「グアアアアアアアアアアッ…………!」

 と。

 向こうでは、リュシアがまた渾身の一撃を見舞ったようだな。

 魔王ゼルリアドの悲鳴が室内に響き渡り……それがまた、レシアータの怒りをさらに増長させたようだ。

「ふふふ……あはははははははははははっ! たしかに君たちは計画の障害になると思ってたけどさ、さすがにここまでやられるのは心外だよねぇ! ちょっともう、ここらでとっととくたばってほしいっていうのが本音だよ!!

 そうわめく口調にもまた、余裕がなくなっているのが感じ取れる。

 乱暴な言葉遣いになっているのもあるし、何よりわかりやすく早口になっている状態だった。

「……ふざけるのも大概にしろよ、レシアータ・バフェム」

 だから俺は、ありったけの怒りを奴にぶつける。

「ああん……?」

「ここまでの悪事を働いておいて、このまま悲願を達成できると思ってんじゃねえ。おまえは殺されるんだよ……今ここで、俺たちにな」

「はは、ははははは! 何を言ってるんだい? 僕は帝国の未来を憂う正義の戦士だ。そんな僕がやられるなんて、そんなことを時代が許すわけが──ぼごあっ!」

 奴のセリフが途中で途切れたのは、駆け出した俺が、レシアータの腹部に強烈な殴打を見舞ったためだ。

「ぐおっ……けほ、けほっ……!」

 レシアータは自身の腹部を思いっきり抑え、じりじりと後ずさっていく。

 目も思いっきり充血しているので、相当のダメージになっていることは想像に難くない。

「ど、どういうことだよ……。なんで、君にそんな力が……」

「《∞チートアビリティ》の《煉獄剣の使用可》を重ねがけしたんだよ。戦闘中に一気に俺の力が上昇してたこと、気づかなかったか?」

「能力の、重ねがけだって……? ははははははは、なんだよそれ。《∞の神》、もはやなんでもありじゃないか…………」

「はん、よく言うよ。妖術も剣も使えて、治癒神の力も再現できる奴が」

「うるさいっ……! 僕を煽るな!」

 ぎろりと俺を睨み、レシアータは俺にダガーを振り払ってくるが──。

 カキン、と。

 その刀身を、俺は事もなげに受け止めた。

「え……。嘘、だろ? なんで、こんなに簡単に……」

「今度は《攻撃力の操作》っていう能力の効果だ。これの影響で、おまえの攻撃力は四分の一に落ちてるんだよ」

「よ、四分の一だって…………!?

 さっきまでヘラヘラとした表情を浮かべていたレシアータの表情が、絶望のそれに塗り替わっていく。

 ──まあ、そうだよな。

 相手の攻撃力を下げておきながら、自分の力はより強化させていく……。

 こんな凶悪な能力を、俺は聞いたことがない。

 レシアータが絶望するのも無理のないことではあるだろう。

 だが……こいつは明らかにやりすぎた。

 十年前は《治癒神神聖教団》とやらに所属して、リュシアをはじめとする子どもたちを残虐な目に遭わせ。

 昨日は大勢の死者を従えて、大勢の住民を殺害し。

《闇夜の黒獅子》のメンバーを魔物に偽装させ、俺たちに殺させて。

 挙げ句の果てにはディスティーダ団長を魔王に変えて、団長自身にリュシアを殺させようとしている。

 おそらく他にも数え尽くせないほどの悪行を積んできただろうし──さすがにこいつに関しては、このまま野放しにしておくわけにはいかない。

 甘い処置で済ませてしまっては、まず間違いなく、またとんでもないことをしでかすだろうからな。

「ククク……あっはっは。これは驚いたなぁ。本当になんでもできるよねぇ、その《∞チートアビリティ》ってやつ。それが《∞の神》の力ってやつなのかなぁ?」

「…………」

「だからこそ気にかかるよ。それくらいの力があれば、太陽神・治癒神・知恵神、その三柱に突然襲われたとて、簡単に返り討ちにできたはずだ。なのに、なんで負けることになっちゃったんだろうね……アハハハハハ」

 ドクン、と。

 レシアータの言葉を受けて、突如、脳裏にいくつもの言葉が蘇ってきた。


 ──宇宙。

 ──電脳世界。

 ──エストリア世界創生計画。

 ──全知全能アルフ神。


 なんだこれは。

 いったいどういうことだ……?

「おや、もしかして一瞬、〝そっち側〟にいったのかな?」

 俺の異変に気づいたらしいレシアータが、なぜだか嬉しそうに問いかけてくる。

「実は僕にも同じことがあったんだよ。よくわかんないんだけどさ、治癒神の力を再現し続けていたある日、急に〝世界の裏側〟みたいなのが見えるようになってさ……♡」

「世界の、裏側……」

 なるほど。

 言い得て妙だな。

「そうそう♪ どうかな、ここはその情報を教える代わりに、僕を見逃すつもりはないかなぁ?」

「──ふざけるなよ、この馬鹿野郎が」

 俺は力一杯に拳を握り締めると、それを思いっきりレシアータの腹部に見舞う。

「ぐぼぁっ……!」

 目を充血させ、苦しそうに呻きだすレシアータ。

 だがもちろん、俺の攻撃はここで終わらない。

「がばぁっ……!」

「ぼげぇええ……!」

「ぐぼぉっ……かはっ、かはっ…………」

 レシアータに反撃させる余地さえ与えず、俺は間断なく殴打を続ける。

 剣で斬りつけてもいいが、それだと一瞬で勝負が終わってしまうからな。

 今まで散々人をコケにしてきたこいつは──それ相応の罰を与えねば気が済まなかった。

「ぐぐ……あはははは……。参ったなぁ、強すぎるよぉ……」

 レシアータは腹部を抑えつけながら、苦しそうに肩で息をする。

 こいつもなかなかに強かったが、さすがに純粋な戦闘力だけでいえば、フレイヤ神には劣るからな。

 互いに全力で戦い始めた頃から、その差が徐々に現れ始めていた。

「言っておくが、その程度の痛み……おまえが今まで犯した罪に比べれば、まだまだ軽いほうだからな」

「あっはは、僕に説教する気? 本当にそれでいいの? 君の目の前にいるそいつは、もしかしたら分身かもしれないんだよ?」

「ほざけ。俺には見えているさ。おまえはもう残り体力がギリギリで……妖術を使う気力さえ残ってないとな」

「…………」

「それでもなお、いまだに敵を揺さぶろうとするそのがい……。ふん、ただヘラヘラしてるだけじゃなくて、生き残るための戦略ってことかな」

「くくく……あはははははは。本当に怖いなぁ、なんでもお見通しってことかぁ…………」

 レシアータは狂ったように笑いだすと、勝負を諦めたか、適当にダガーを後方に放り投げる。

「じゃあさ、せめてく前に思い出話をしてあげるよ。307号……リュシアが僕にいじめられている時、いったいどんな顔で、どんな言葉で命乞いをしていたのか……。ウフフフフ、そそるだろう? まずはね──」

「黙れ…………!」

 俺は剣の柄を握ると、そのままレシアータの懐に着地。

 そしてそのまま、奴の胸部に容赦なく突き刺した。

「げぼぁっ……ぐごっ……」

 さすがに堪らなかったのか、醜くえつするレシアータ。

「クク、アハハハ……本当に、甘っちょろいんだねぇ、君は……」

 あくまで余裕たっぷりな口調を崩さないレシアータだが、その声が少しずつ、細々しくなっていく。

「まあいいさ。たとえ、僕が死んだとて……世界はきっと、栄誉あるルズベルト帝国を、応援して、くれるだろうからさ……」

 そこまで言ったのを最期に、レシアータの全身から、ついにすべての力が抜けていった。

 そして同時に、俺は忘れずに《∞チートアビリティ》の『管理画面《ステータス》の表示』を起動。

 レシアータの頭上に浮かんでいる横線が、綺麗さっぱり消えていることを確認するのだった。