5
──一方その頃。
リュシアが魔王ゼルリアドに一撃見舞ったのを確認した俺は、一人
おそらく、傭兵としての経験ががっつり活かされているんだろうな。
魔王ゼルリアドの動きを適切に先読みし、その上で深追いすることなく、しっかりと善戦することができている。
あの調子であれば──俺の加勢も必要ないかもしれないな。
「へぇ……? こりゃ驚いたな」
そして俺に釣られたか、レシアータもリュシアの戦いに目を向けていた。
「あのお嬢さん、思ったよりうまく戦えてるじゃないか。魔王の動きを完全に見切っているね」
「ああ……。何か戦い方のコツを掴んだのかもしれないな」
「ふん……。それはちょっと困るよねぇ、魔王が倒されるとかさすがに予想外なんだけど」
「…………」
レシアータの奴、口調こそいつも通りだが、少しずつ怒りが露出し始めているな。
徐々に余裕がなくなっていっているのが見て取れる。
──戦闘が始まってから数十分。
《無限剣の使用可》を解放した俺は、レシアータと互角以上の戦いを繰り広げていた。
あいつの攻撃はすんでのところですべて防ぎ、俺からの攻撃についても、すべて防御されるか避けられる。
一瞬でも油断すれば死んでしまいかねないほどの、ギリギリの攻防が続いていたからな。
互いに息切れし始めてきたし、精神的にも余裕がなくなるのは無理もないだろう。治癒神の回復魔法も今は使えないしな。
「グアアアアアアアアアアッ…………!」
と。
向こうでは、リュシアがまた渾身の一撃を見舞ったようだな。
魔王ゼルリアドの悲鳴が室内に響き渡り……それがまた、レシアータの怒りをさらに増長させたようだ。
「ふふふ……あはははははははははははっ! たしかに君たちは計画の障害になると思ってたけどさ、さすがにここまでやられるのは心外だよねぇ! ちょっともう、ここらでとっととくたばってほしいっていうのが本音だよ!!」
そう
乱暴な言葉遣いになっているのもあるし、何よりわかりやすく早口になっている状態だった。
「……ふざけるのも大概にしろよ、レシアータ・バフェム」
だから俺は、ありったけの怒りを奴にぶつける。
「ああん……?」
「ここまでの悪事を働いておいて、このまま悲願を達成できると思ってんじゃねえ。おまえは殺されるんだよ……今ここで、俺たちにな」
「はは、ははははは! 何を言ってるんだい? 僕は帝国の未来を憂う正義の戦士だ。そんな僕がやられるなんて、そんなことを時代が許すわけが──ぼごあっ!」
奴のセリフが途中で途切れたのは、駆け出した俺が、レシアータの腹部に強烈な殴打を見舞ったためだ。
「ぐおっ……けほ、けほっ……!」
レシアータは自身の腹部を思いっきり抑え、じりじりと後ずさっていく。
目も思いっきり充血しているので、相当のダメージになっていることは想像に難くない。
「ど、どういうことだよ……。なんで、君にそんな力が……」
「《∞チートアビリティ》の《煉獄剣の使用可》を重ねがけしたんだよ。戦闘中に一気に俺の力が上昇してたこと、気づかなかったか?」
「能力の、重ねがけだって……? ははははははは、なんだよそれ。《∞の神》、もはやなんでもありじゃないか…………」
「はん、よく言うよ。妖術も剣も使えて、治癒神の力も再現できる奴が」
「うるさいっ……! 僕を煽るな!」
ぎろりと俺を睨み、レシアータは俺にダガーを振り払ってくるが──。
カキン、と。
その刀身を、俺は事もなげに受け止めた。
「え……。嘘、だろ? なんで、こんなに簡単に……」
「今度は《攻撃力の操作》っていう能力の効果だ。これの影響で、おまえの攻撃力は四分の一に落ちてるんだよ」
「よ、四分の一だって…………!?」
さっきまでヘラヘラとした表情を浮かべていたレシアータの表情が、絶望のそれに塗り替わっていく。
──まあ、そうだよな。
相手の攻撃力を下げておきながら、自分の力はより強化させていく……。
こんな凶悪な能力を、俺は聞いたことがない。
レシアータが絶望するのも無理のないことではあるだろう。
だが……こいつは明らかにやりすぎた。
十年前は《治癒神神聖教団》とやらに所属して、リュシアをはじめとする子どもたちを残虐な目に遭わせ。
昨日は大勢の死者を従えて、大勢の住民を殺害し。
《闇夜の黒獅子》のメンバーを魔物に偽装させ、俺たちに殺させて。
挙げ句の果てにはディスティーダ団長を魔王に変えて、団長自身にリュシアを殺させようとしている。
おそらく他にも数え尽くせないほどの悪行を積んできただろうし──さすがにこいつに関しては、このまま野放しにしておくわけにはいかない。
甘い処置で済ませてしまっては、まず間違いなく、またとんでもないことをしでかすだろうからな。
「ククク……あっはっは。これは驚いたなぁ。本当になんでもできるよねぇ、その《∞チートアビリティ》ってやつ。それが《∞の神》の力ってやつなのかなぁ?」
「…………」
「だからこそ気にかかるよ。それくらいの力があれば、太陽神・治癒神・知恵神、その三柱に突然襲われたとて、簡単に返り討ちにできたはずだ。なのに、なんで負けることになっちゃったんだろうね……アハハハハハ」
ドクン、と。
レシアータの言葉を受けて、突如、脳裏にいくつもの言葉が蘇ってきた。
──宇宙。
──電脳世界。
──エストリア世界創生計画。
──全知全能アルフ神。
なんだこれは。
いったいどういうことだ……?
「おや、もしかして一瞬、〝そっち側〟にいったのかな?」
俺の異変に気づいたらしいレシアータが、なぜだか嬉しそうに問いかけてくる。
「実は僕にも同じことがあったんだよ。よくわかんないんだけどさ、治癒神の力を再現し続けていたある日、急に〝世界の裏側〟みたいなのが見えるようになってさ……♡」
「世界の、裏側……」
なるほど。
言い得て妙だな。
「そうそう♪ どうかな、ここはその情報を教える代わりに、僕を見逃すつもりはないかなぁ?」
「──ふざけるなよ、この馬鹿野郎が」
俺は力一杯に拳を握り締めると、それを思いっきりレシアータの腹部に見舞う。
「ぐぼぁっ……!」
目を充血させ、苦しそうに呻きだすレシアータ。
だがもちろん、俺の攻撃はここで終わらない。
「がばぁっ……!」
「ぼげぇええ……!」
「ぐぼぉっ……かはっ、かはっ…………」
レシアータに反撃させる余地さえ与えず、俺は間断なく殴打を続ける。
剣で斬りつけてもいいが、それだと一瞬で勝負が終わってしまうからな。
今まで散々人をコケにしてきたこいつは──それ相応の罰を与えねば気が済まなかった。
「ぐぐ……あはははは……。参ったなぁ、強すぎるよぉ……」
レシアータは腹部を抑えつけながら、苦しそうに肩で息をする。
こいつもなかなかに強かったが、さすがに純粋な戦闘力だけでいえば、フレイヤ神には劣るからな。
互いに全力で戦い始めた頃から、その差が徐々に現れ始めていた。
「言っておくが、その程度の痛み……おまえが今まで犯した罪に比べれば、まだまだ軽いほうだからな」
「あっはは、僕に説教する気? 本当にそれでいいの? 君の目の前にいるそいつは、もしかしたら分身かもしれないんだよ?」
「ほざけ。俺には見えているさ。おまえはもう残り体力がギリギリで……妖術を使う気力さえ残ってないとな」
「…………」
「それでもなお、いまだに敵を揺さぶろうとするその
「くくく……あはははははは。本当に怖いなぁ、なんでもお見通しってことかぁ…………」
レシアータは狂ったように笑いだすと、勝負を諦めたか、適当にダガーを後方に放り投げる。
「じゃあさ、せめて
「黙れ…………!」
俺は剣の柄を握ると、そのままレシアータの懐に着地。
そしてそのまま、奴の胸部に容赦なく突き刺した。
「げぼぁっ……ぐごっ……」
さすがに堪らなかったのか、醜く
「クク、アハハハ……本当に、甘っちょろいんだねぇ、君は……」
あくまで余裕たっぷりな口調を崩さないレシアータだが、その声が少しずつ、細々しくなっていく。
「まあいいさ。たとえ、僕が死んだとて……世界はきっと、栄誉あるルズベルト帝国を、応援して、くれるだろうからさ……」
そこまで言ったのを最期に、レシアータの全身から、ついにすべての力が抜けていった。
そして同時に、俺は忘れずに《∞チートアビリティ》の『管理画面《ステータス》の表示』を起動。
レシアータの頭上に浮かんでいる横線が、綺麗さっぱり消えていることを確認するのだった。